【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第三五話「この世は一夜の夢」

「ねえー、私のネックレスどこにやったか知らないー?」

 

 ある休日の午後。

 一人の女性の声が、ごく普通の一軒屋に響き渡る。

 

「あーん? こないだ、今日の同窓会のときすぐ出せるようにってクローゼットから出してなかったかー?」

「あー、そういえばそうだった。ごめんありがとー」

 

 女性はそう言いながら、ぱたぱたと廊下を走る。

 二〇代半ばくらいの女性だった。

 黒髪はまるで漆を塗ったみたいな艶やかさで、それが背中の中ほどくらいまで伸びている。透き通るように白い肌や美しい目鼻立ちは、その胸の大きさも含めて現役時代の織斑千冬を彷彿とさせたが、いかんせんこちらはそれよりも覇気がない。

 その代わり、見る者全ての警戒心を優しく溶かしてしまうような、そんな暖かさがあった。

 

「…………ったく。ホントお前は昔っから、肝心なところでそそっかしいところだけは変わってねーよな。ほら、ハンカチ」

「…………あ、ありがと」

 

 そんな彼女に、呆れたように言いながら歩み寄る青年。

 特徴的な赤髪を短く切り、灰色のバンダナで髪の毛を持ち上げているという風貌だった。

 

「楽しんで来いよ。連中と会うの、去年以来なんだろ?」

「…………まあね。鈴とはこないだも会ったけどさ」

「アイツ、未だに昔のこと引きずってんのか?」

「いや、なんかセシリアとどーのこーのって言ってた…………」

 

 なんかよく分かってない微妙そうな彼女の顔を見るに、多分聞いてはいけない大人の事情的な何かがあるのだろう。

 

「んじゃ、いってくるね」

 

 話を逸らすように、女性は玄関へぱたぱたと移動する。バンダナの青年はその後を追って、

 

「おいおい、待てよ。…………旦那様にいってきますのチューは?」

「………………バーカ」

 

 一瞬しらーっという顔になった女性は、呆れ顔でドヤ顔の青年に返し、

 

「いってきます、あなた」

 

 そう言って、啄むようなキスをした。

 

 五反田イチカ――旧姓織斑、二六歳。

 現在、結婚一年目の新婚夫婦である。

 

***

 

「やあーっと来たわねぇ! ノンケ女めぇ!!」

 

 同窓会――と言っても、IS学園の同級生全員が集まっているわけではない。そういうのは一〇年に一回あるくらいだ。ちょうどもうすぐそんな時期ではあるが。

 だから、女性らしいおめかしをして居酒屋に現れたイチカを出迎えたのは、いわゆる専用機持ちの面々であった。

 

 もうすっかり出来上がった鈴音は、赤ら顔でイチカを睨みつけながら、腕の中で締めている金髪碧眼の女性――セシリアの首をさらにギリギリと締める。

 

「ちょっ…………鈴さん、ギブ、ギブですわ! なんでイチカさんに対する怒りをわたくしにぶつけるのです!?」

「あんたが『イチカさんはあの後も順調に大きくなったというのに、鈴さんときたら……ぷぷっ』とか言うからでしょぉー!!」

「その後ちゃんと『でもそこが可愛いんですけどね』って付け加えたじゃありませんのー!」

「それ、褒め言葉じゃ、ないっ!!」

「ひぎぃっ!?」

 

 そんないつも通りのやりとりに、イチカは思わず苦笑した。色々と変わったこともあるが、それでも彼女達の関係性は一〇年前のあのときのままだ。

 …………実はやりとりの構造自体は同じでも、貧乳を馬鹿にした後にフォローを入れていたり、そのフォローの入れ方が()()()()()()()()()()だったり、なんだかんだで二人とも深爪だったり、変わっているところはいっぱいなのだが、イチカはそれには気付けない。やっぱり鈍感はどこまでいっても鈍感なのである。

 

 変わったといえば――――簪だろうか。

 

「あ、簪、またお腹大きくなってきたねー。もうすぐ八か月だっけ?」

「うん……。…………まさか、お姉ちゃんに三人も孕まされるとは思ってなかったわ……」

 

 細胞かなんかの色々な研究の結果、今では女性同士で子供を作ることができる。簪は楯無の猛烈アタックから逃げ切ることができず、既に第三子をお腹に宿していた。…………いいのか、いいのか日本。近親相姦で。

 

「フフ……まさか簪が肝っ玉母さん枠になるとはな。そういうのは鈴のポジションだと思っていたが」

 

 なんて笑うのは、どこか千冬を彷彿とさせるスーツ姿の箒だ。

 彼女はこの年齢になるまで独身貴族を貫いている。姉の後を追い研究者になった彼女は、今や束と千冬のあいのこのような感じの人外へと成長を遂げていた。その長い髪をまとめているリボンは、大学時代にみんなで買ってやったものになっている。

 最近はIS学園の教師にと招聘を打診されており、受けようかなーどうしよっかなーと答えを渋って交渉中なんだとか。こういうところのやり方は姉に似てきた彼女である。

 

「私からしてみれば、みんな変わったよ。っていうか安定しすぎでしょ! なんで対暗部の家系の簪ちゃんが家庭に入ってるのに私が女スパイなんてことになってるのさ!」

 

 そう言ってがん! と空のジョッキをテーブルに叩きつけたのは、金髪を三つ編みにしたシャルロットだ。彼女の一人称は、時系列が飛んだのを機に――なのかどうかは知らないが――『私』になっていた。

 彼女は今、女スパイをやっている。IS学園潜入はTSFに厳しい変態達が多かったから即バレだったが、そうでなければ彼女の隠密能力や対人能力は凄まじいものがある。それを買われているのだろう。

 その為、彼女はこの中では一、二を争う程多忙だ。

 

「――――フン、だから軍属になっておけとあの時あれほど言っただろう。下手に民間に身を置くから安く使われるのだ」

 

 ――――もっとも、同じように多忙な人間といえば、この()()()()()()()もいるが。

 

「…………ラウラもあれからだいぶ変わったよねぇ……」

 

 ラウラ=ボーデヴィッヒの体型は、高校卒業後に激変した。

 というのも、どうも彼女の幼女体型は何かしらの遺伝的異常が原因だったらしく、体調不良を治療する一環で遺伝子治療を施したところ、急速に成長が再開したのだ。ラウラとしては喜びの極みだったが、イチカが順調に成長していく中で唯一の貧乳仲間が育って行ったのをみて、鈴音は大荒れだった。割りを食ったセシリアが不憫なほどに。

 

「今じゃ、貧乳はあたしだけ、かぁ…………フフ……いいわよ、貧乳は希少価値だもんね、ステイタスだもんね…………」

「鈴さん、そのネタもう一〇年近く前ですわよ」

 

 ぽんぽん、と平たい胸を撫でるセシリア。直後バギィ! と殴られるが、長年のコンビでもうすっかり慣れたものなのか、あっさりと立ち直った上で、

 

「一番変わったのはイチカさんですわよねぇ。ああ、あんなに純真無垢だったのに今となっては結婚一年目だなんて…………」

「私はもともと純真無垢でもないし……」

 

 苦笑するイチカだが、昔はもちろん今も純真であるのは疑いないところではある。

 彼女に関しては、一人称の他に口調も変化した。なんでも『女として生きることに決めたからには、やはり女性的にならなくては』――――とのこと。別にどうでもいいんじゃない? と弾以下全員が言ったのだが、こういうところではどうにも頑固なイチカは今の口調を遵守していた。…………と言っても、わりと抜けているイチカなので、けっこう頻繁にボロが出るのだが。

 席に座ったイチカは、そのままカシスオレンジ(女子力の塊だ)を注文する。そんなイチカに、既に顔が赤い鈴音はいやらしい笑みを浮かべながら顔を近づけ、

 

「で、イチカ。子供の方はどうなのよ」

「なっ…………!?」

 

 その言葉に、まだお酒も飲んでいないのに、イチカの顔が真っ赤に染まった。

 

「なぁーにカマトトぶっちゃってんのよ。弾ともよろしくやってんでしょ? えーと、高一の頃からだから……もう一〇年になるじゃない!! え、一〇年、マジで? 時間経つの速すぎない?」

「鈴さん、脇道に逸れてますわよ」

 

 ついでに言うと、さっき一〇年前であることは言われていた。まぁお酒が入ると直前の話の内容もぽろっと忘れてしまうのはよくあることなのでしょうがない。話を聞いていないわけではないのだ。

 

「あーそうだった。とにかく、一〇年も一緒にいるんだから、そりゃヤることやってんでしょ?」

「え…………、あーと…………」

「鈴ーイチカは純真なんだから、人前でそういうこと言えるタイプじゃないってば。お酒呑ませてべろんべろんにしないと。ただでさえ元男なのに妙に古式ゆかしいところあるし」

「シャル、古式ゆかしいなんて言葉よく知っているな……」

「職業の関係上、お年寄りがよく使う言葉は勉強しないとねっ☆」

「………………悪女だ…………」

「何人も人を殺している顔をしている……」

「対暗部の家の人とバリバリ軍属の人に言われたくないんだけどっ!?」

「だから! 別に減るもんじゃないんだしいいでしょ! あたしたちだっていつまでもガキってわけじゃないんだから…………子供のこと、考えてるの?」

 

 ギャーギャーといつもの――――一〇年前のように騒がしくなったその場をなだめ、鈴音はイチカの目を見据える。イチカは少し恥ずかしそうにしていたが、

 

「…………一応、今年中にできたらいいな、とは思ってるけどさ…………」

 

 そう、ぽつりとつぶやいた。

 直後、

 

「きゃ――――!! 聞いた!? あのイチカが!!」

「やったぜ。」

「ああ……完全にメス堕ちしてしまったんですのね…………」

「っていうか、一〇年前の時点でイチカは女の子みたいなものだったし」

「初恋の男の子がいつの間にか男と結婚して子供のこと考えてるのか……私は独身…………」

「…………今から妊娠時のためになる話とかしておく……?」

 

 そんな感じで、その場はさらに騒がしくなった。いつもはなだめるべき鈴音が率先して騒いでいるのでなおさらである。イチカは恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、

 

「し、しっかし、鈴もずいぶん変わったよな~。当時はとんでもないことになってたのに」

 

 と、若干無理やりな感じで話題の方向転換を狙う。テンパっているので男口調に戻ってしまっているのはご愛嬌だ。変態達はそういうところでもニヨニヨしている。

 しかし、そんな無理やりな感じでも鈴音にとっては効果があったらしく、

 

「あっ……あのときのあたしは、まだ乙女だったからよ!」

「あやうく世界がぶっ壊れるところでしたけどね」

 

 恨み言のようにぽつりというセシリアに、鈴音は眉を八の字にしてしなだれかかる。

 そんな鈴音の頭をセシリアはぽんぽんと撫でながら、

 

「とはいえ、今はきちんとこうして丸く収まっているわけですし」

「俺としては、そこがどうやってそう収まったのかのほうが気になるんだけどなー……」

「色々とあったのだ、色々とな」

「これが丸く収まったと言っていいのかちょっと良く分からないがな……」

「イチカ、ちょっとボロ出すぎじゃない? 酔ってるの? 来る前にお酒入れてきたの?」

「イチカちゃんは酔っぱらうとすぐ男のときの口調が出まくるからね…………」

「あっやべっ……じゃなかった、いけない」

「ブフォッ!!」

「ちょっと! セシリアがまた鼻血噴いたわよ!」

「…………完全にメス堕ちしたTSっ娘がちょくちょく男口調出すの尊すぎない……?」

「ほんと、こういうところは変わらないなぁ…………」

 

 そんなことを話していると、ちょうどイチカのもとにカシスオレンジが届いてくる。

 

「しかしあの時は、まさか教官を倒せるレベルにまで強制的に成長するとは思ってなかったぞ」

「なんかそれ、年齢にレベルってルビ振りそうだからやめようね」

「姉さん曰く軽めに世界が終わっていたらしいからな」

「なにそれ…………こわい…………」

「あの時はなんかこう…………目の前でイチカと弾がカップル成立した絶望というか、フラれたショックとかで…………茫然自失としてただけで、何をしたかったとかそういうわけじゃないんだから!」

 

 一応注釈しておくと、当時の鈴音はフラれたショックで自身の秘めていた力を暴走させていただけで、その力がたまたますさまじすぎたせいで抑えようと動いた千冬を地平線の彼方までフッ飛ばしたことや、世界の組成そのものに亀裂を入れて世界の外側から得体のしれないエネルギーを大量に流れ込ませて世界を崩壊させかけたことには悪意も何もあったわけじゃない。なのでリンさんと化してFIRST COMES ROCKしたわけではないのである。

 ともあれそんな超絶修羅場な過去もすでに彼女たちの中では完全に消化されてしまっているので、鈴音はビールジョッキ片手に首をかしげ、

 

「あの時って結局どうなったんだっけ?」

「イチカさんが『責任とる』って言って突撃していったんではなくって?」

「いや、そのあと弾君が『俺を置いてくな』ってついていったんだよ」

「確か、それを見て鈴がなんかもういろいろと馬鹿馬鹿しくなって落ち着いたんじゃなかったか?」

「あー……そうだったねー……」

「最終的に惚気で世界が救われたというのが私的には最高の展開だったな」

 

 などと、適当な感じで言い合う。青春の思い出ってもっと尊いものじゃないの? と思うかもしれないが、しょせん実態なんてこんなものである。お酒の席で話されたら、酒の肴になるのがせいぜいなのだ。

 

「…………ごめんね、鈴」

 

 ちなみに、イチカはその時になって初めて鈴音の気持ちに気づいた。彼女はわりと今でもそのことを引け目に思っている節があるが、肝心の鈴音はあっけらかんとしている。

 

「だからもう一〇〇回くらい言ってるけど気にすんじゃないわよ。一〇年前の失恋でフラれた相手に詫びられるとか、むしろ惨めすぎるわ」

「実際惨めだったからなんとも言えませんわねぇ」

「乳をもぐ」

「もはや報復の宣言に脈絡がありませんわっ!?」

 

 もがれそうになりながら喚くセシリアを肴に、()()の女性達はまた別の思い出話に花を咲かせる。

 ――――少なくとも、彼女たちの未来は幸せなものになったようである。

 

***

 

「ただいまぁ~~……あなたのイチカちゃんが帰ってきたぞぉ~~…………」

 

 夜。

 旧交を温めすぎてもはや熱する領域までやっていたイチカは、どろどろに酔っぱらって自宅に帰ってきていた。ちなみにここまでは箒に送り届けられている。

 出迎えた弾は、そんなイチカを見て呆れたように笑う。

 

「……ったく。あんまり強くないのに、なんであいつらと一緒のときはそんなになるまで呑んじまうのかねぇ」

 

 ふらふらよろめくイチカを支え、そのままリビングへと連れて行く。イチカはふにゃりと笑いながら、そんな弾によりかかっていた。

 

「うふふふふ」

「なんだよそんな笑って」

「なぁーんでもなぁーい」

「酔っぱらいめ…………」

 

 弾は嘆息し、体の中身がどろどろに溶けているんじゃないかと思うくらいになっているイチカをそのままソファに横たわらせる。

 イチカが彼女たち専用機持ちと全員一緒に飲みに行くのは年に一回あるかないかくらいだが(個別に会う機会は何回かある)、そのときはいつもこんな感じなのであった。といっても変態達がこぞってイチカにお酒を飲ませて酔わせている、という側面もあるのだろうが――おそらく、彼女たちと一緒にいると、イチカも童心に返ってしまうのだろう。

 

(まぁ、イチカが一番素の自分でいられる場所は俺の隣だろうけども)

 

 なんて張り合ってしまう弾だが、やはり彼一人でイチカの心の栄養すべてをまかなうことはできない。こうしてぐでぐでになるまでお酒を飲んで友人と幸せなひと時を過ごしているイチカを見ると、やはりそう思ってしまう。

 結局のところ、ただ彼女の友人に対して嫉妬しているというだけのことなのだが。

 

「………………んふー」

 

 そんな弾をソファに横たわりながら、イチカはにんまりと見上げていた。

 

「……なんだよ?」

「なーんにもー」

 

 言いながら、イチカは上体を起こし、横にいた弾の首をぎゅっと抱きすくめる。

 

「女の子になってから、こういうのかわいいなーって気持ちが分かるようになったんだー」

「なんだそれ」

「弾もきっと、女の子になれば分かると思うよ?」

「もう女の子って歳じゃないだろ…………」

 

 首をかしげるイチカに、弾は思わず苦笑した。その答えが不服だったのか、ぎりり、と抱きすくめた腕の力が強まる。しかしそれは、二人の結びつきを強くするような感覚だった。

 相変わらず、いつもは鈍感な癖にこういうときだけは鋭い。大事なところでの人間的直感の鋭さは、男だったころから何一つ変わっていなかった。それに、そうして気づいた相手の気持ちを気遣う優しさも。

 

「……今にしてみたら、男のままでも巡り合わせが違ってればイチカのことを好きになってたんじゃないかなぁって、思うんだよ」

「え……それ、ホモってこと?」

「そりゃーお前のことだろうが!」

「私は女の子になったしー、心も女の子だしー」

 

 へらへら笑いながら、イチカは目をそらす。完全に棒読みであった。

 

「…………ったく。そうじゃねぇよ。そういうことじゃなくて…………なんだ……その、俺はお前っていう人間の、そういうとこが好きになったって話をしてんだよ。男とか女とか関係なく。惚れ込んでるんだ」

「………………なにー? いきなり。弾がそういうのなんか珍しいー」

 

 言いながらも、イチカは満面の笑みを浮かべている。酔いでとろんとした瞳の中には、確かな喜色が泳いでいた。

 

「………………」

 

 少々、沈黙が続く。

 

「…………で、お前はなんかないの?」

「え?」

「『え?』じゃねーよ! 旦那が愛の告白をしたんだよ! ふつうそこでなんか返すだろ! 『私もあなたのことが好きです』とかさー! それでいちゃついてさー! なんでここ一番のときは鋭くなれるのに、こういうところでそれを発揮できないかなお前は!」

「うわーん…………弾が怒ったー…………」

 

 ばったりとソファに倒れこんだイチカは、そう言ってふて寝の構えを見せる。弾が呆れてため息を()きかけると、

 

「私も、弾が大好きだよ」

 

 と、ぽつりとつぶやきが聞こえた。

 少々、沈黙が続く。

 

「だぁ――っ!! 恥ずい! 恥ずかしい! 夫婦の営みをやるにはまだお酒が足りない!!」

「お前十分飲んでるだろ! っつか、そういうセリフ言った後に照れ隠しで男口調出すのやめろ! なんかムードが壊れる!」

「ムードのこと言うなら弾があそこですぐに俺のこと抱きしめればよかったじゃん! そしたら俺もスイッチ入ったよ! あの流れで何もしないって男としてどうなんだよ!」

「頼むから男口調で夫婦の営みのことを匂わせるのはやめるんだマイハニー!!」

 

 ギャーギャーと、先ほどまでの夫婦の蜜月が嘘のように騒がしい室内となったが、弾は知っている。

 イチカは酔うとすぐ、女口調ではなく男口調で話してしまう、というのを。

 別に普段女口調を無理に取り繕っているというわけではないらしいのだが、お酒を飲んで気分が大きくなると、そうなってしまうのだとか。

 だが、実際に酔いつぶれたとしても、イチカは弾の前で男口調に戻ることは殆どない。それは『作っている』のではなく、自然とそうなっているのだ。それくらい、彼女の中で『弾の伴侶である自分』というのが根付いている、ということ。

 だからこれは、単なる照れ隠し。

 

「まったく……ほんと面倒な嫁だよ」

 

 それが分かっている弾は、ひょいとイチカを横抱きに抱きかかえる。

 

「わっ…………弾?」

「こんなところで寝てたら、夏でも風邪ひくぞ。布団まで連れて行ってやるよ」

「わおー…………なんか王子様みたい」

「これでも俺は、いつだってお前だけの王子様のつもりなんだぜ?」

「…………今のはないなー」

「……………………」

「しかも言った後自分で照れてるし」

 

 散々な言われようだったが、弾はめげずにイチカを運ぶと、二人の寝室までやって来る。結婚祝いに『ドッタンバッタンやっても大丈夫だぞ』と言って千冬から贈られたキングサイズのベッドは、イチカが大の字になってもまだまだ弾が転がる余裕を持っていた。

 

「…………覚悟はいいな?」

「なんかそう言うと、まるでトドメを刺す前みたいだね」

「俺的には、そのつもりなんだよ」

 

 その言葉を最後に、弾は寝転がったイチカの上に覆いかぶさる。

 あまりにも不恰好な誘いの言葉に、イチカは思わず苦笑して、しかし目の前の愛しい人に、満面の笑みで笑いかけた。

 

「いいよ。かかって来な」

「……………………なんで押し倒されてる側がそんな男前なのかねぇ」

 

 ――――そうして。

 

 どこかの世界の、どこかの夫婦の幸せな夜は、静かに更けていくのだった。




A()n()o()t()h()e()r() Ending:
 正直NL展開よりトンデモ百合展開の方がヤバい

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