綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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忍び耐える者

 砂金と砂鉄の喪失により風影は戦闘能力を失い、同時に風影の砂金によって運営されていた砂隠れの里は、その財源を失ったことで、財政に極めて大きな打撃を受けることとなった。一方で、畳間の新たなる血継淘汰・鉱遁によって生み出される金剛石を、畳間は値崩れしない程度に火の国の大名や商人に次々と売り捌くことで莫大な利益を生み出しており、木の葉は財政面で大いにうるおい、里は創立史上最高の黒字をたたき出していた。

 砂・岩・霧・雲の四大連合は、霧に木の葉の内通者がいること、また砂隠れが著しく弱体化したことでその実質的な維持を困難とし、名目上の形骸化したものとなった。雲・岩は今もなお木の葉に対して圧力をかけ続けているが、大蛇丸の穢土転生による拠点へのゲリラ的な爆撃と襲撃による被害は甚大で、かつ国境を守る”黄色い閃光”、”昇り龍”、”白い牙”の強固な防衛線を突破できなかった。また、風影は財源の再確保のため、水影は忍刀七人衆をマイト・ダイによって壊滅させられたことによる戦力の激減によって里から離れることが出来なくなったことも、要因としては大きい。

 よって、戦争が始まって四年―――第三次忍界大戦は、ようやく終戦の兆しが見え始めて来たのである。このままなし崩し的に終戦まで持っていきたいというのが、ミナトと畳間の想いである。

 

「―――ミナト、本当にいいのか?」

 

「ええ。畳間様が戻るまでは、オレが防衛に就きますから」

 

 小さな荷袋を背負い、修繕跡だらけの紫の外套に身を包んだ、頬に向こう傷のある大男―――畳間が、正面に立つ火影の刺繍の入った外套を羽織る波風ミナトに声を掛けた。

 アカリが里に戻り、畳間とアカリの婚約が木の葉の人々に知れ渡ってから数か月。国境線での直接戦闘は岩隠れとの一回のみで、岩の戦線は緊張感は持ちつつも、余裕のある雰囲気が流れ始めていた。いまだ雲隠れとの交戦は続き、雲隠れの戦線においていえば戦いの日々は続いているものの、全戦力を常に前線に配置し続けなければならない状況ではないと判断したミナトは、結婚を控える畳間を一度里に戻してあげたいと考えたのである。

 本当に大丈夫かなと心配はあるものの、ミナトを始め、カカシやガイからも背中を押された畳間は、後ろ髪を引かれつつも、里へ帰還することにしたのである。

 

「……」

 

「心配なのはわかります。ここだけじゃなく、オレの抜けた雲の戦線のことも、気にされているんですよね? 雲にはオレの影分身を置いてありますし、綱手さんのカツユで定時連絡も可能です。畳間様も、何かあればそれこそ”飛んできて”くださるわけですから」

 

「……いや、分かってはいるんだ。長く戦場に居過ぎたせいで、離れ辛くなってるだけだ。離れたくない、わけじゃない。帰りたくないわけでもない。……久しぶりの里だ。むしろ帰れるのは嬉しいはずなんだが……妙な気分だな」

 

 苦笑して頬を掻く畳間に、ミナトが同じように苦笑して首肯する。

 

「ワーカーホリックみたいなものでしょうかね。オレも、最近は似たような感じですよ。里での業務もあって、瞬身で都度帰っていたので、畳間様ほどではないですが……。とはいえ―――」

 

 そう言って、ミナトが間を開ける。

 

「―――畳間様は、それだけが理由じゃないですよね?」

 

「うぐっ……」

 

 痛いところを突かれたと、畳間が苦い顔を見せる。

 うちはアカリとの結婚。勢いで言ってしまったことだが、後悔はしていない。

 しかし、結婚するにあたって、一つだけ大きな障害がある。それが、千手とうちはという、対立する二つの一族の者であるということだ。アカリは失明したとはいえ、今代におけるうちは最強を謳われたくノ一だ。うちは史上でも数えるほどしか開眼者のいない”万華鏡写輪眼”すら開眼しているアカリは、うちは一族にとって、文字通りの灯だろう。そんな女が、忌々しい千手の、それも当主に嫁ぐとなれば、一族総出で反対してきかねない―――そう考えるのは、偏見があるからだろうか。

 かつて、幼少期の畳間は、うちは一族に対して偏見を持っていなかった。成長とともに、うちは一族に対して、かつての扉間と似た思想を抱くようになり、気づけば遠ざけるようになっていた。暴走の危険があるなら言われた通りおとなしくしていろ―――と考えるのは、誤りなのだろうか。

 きっと、師が生きていれば、それは正しい選択だと首肯するだろう。うちははいずれ闇に堕ちる呪われた一族であると、何を当たり前のことを言っているのだと、真顔で言ってくるに違いない。

 しかし祖父が生きていれば、あまり褒められた対応ではないなと、困ったように腕を組み唸るだろう。

 

 安定策を取るならば、師を習うべきだ。だが―――それはきっと、二人の未来に影を落とす。一族同士の確執で愛し合う者が幸せを掴めないなど、あまりに稚拙な悲劇の物語だ。

 ここは、分岐点。恐らく、この選択が、未来を変える。うちはに譲歩するか、強行するか―――。しかし、火影の側近である畳間と、木の葉における最大派閥となったうちはの関係が悪化すれば、四代目の治世に悪影響を及ぼすことは明白で―――。

  

「あぁ……めんどくせぇ……」

 

「はは。親へ挨拶に行く新郎の気分ですか?」

 

「ミナト、なに笑ってんだ。クシナとの結婚のとき、もっと反対してれば良かったな」

 

「はは、勘弁してください」

 

「はあ……気が滅入る……。とりあえず帰るよ、オレ」

 

 肩を落としたままため息を吐き、顔を上げれば、久しぶりに見る木の葉の街並み。初代火影の顔岩の上に、畳間は立っていた。

 

 若者たちが戦争で出ているためか、里が賑わっているようには見えない。畳間は顔岩の上から屋根伝いに地上へ降り、ぶらぶらと里の中を散策した。

 幾たびの崩壊を経て整備しなおされた演習場。幼いころ通った木の葉食堂のあった場所は、店主夫妻が亡くなったことで、今は古ぼけた空き家になった。年月を経て劣化したことで改築された忍者養成施設”アカデミー”。中からは子供たちの明るい声が聞こえている。戦争の中にあっても、アカデミーの教師はその暗い現実を思わせず、子供たちに夢と希望を教えてくれているのだろう。

 広場に足を向ける。多くの花々に埋もれるようにそびえ立つのは、巨大な慰霊碑。先の、そして現在の戦争で命を落とした者達の名が、そこに刻まれている。当然―――畳間の弟の名も。

 

「縄樹……。兄ちゃん……今度、結婚するんだ。相手は、アカリだよ」

 

 畳間は慰霊碑の前に立ち、眠る弟の魂に話しかけた。

 火影になると胸を張って語った弟。その死は、畳間の心をへし折った。四代目火影を固辞したのも、当時、自分に影を負う自信が無くなったということも、要因としてあったのだろうと思う。悪く言えば、逃げ出した。火影になった者に、逃げ道はない。あらゆる辛苦を耐え忍び、歯を食いしばって、皆の前を歩む者を火影と呼ぶ。あらゆる辛苦に耐え忍ぶ覚悟を、あの時、確かに畳間は持たなかった。ミナトを擁立し、兄貴分を―――自身を庇護してくれた最後の人を失って、多くの仲間との絆を築き、純粋な尊敬を向けられ、自身を支える愛に気づきようやく、畳間は耐え忍ぶ力を育めた。

 

「お前が死んで……戦争が終わって……また、戦争が始まった。かつてのお前と近い歳の子が、今、戦場で戦ってる。里のために命を落とした女の子もいた。たくさんの人が、死んだ……」

 

 綱手と良い仲と噂されていた加藤ダンも、この戦争で命を落としたと聞いた。綱手はその死に立ち会えなかったが―――あの子は一晩泣いて、すぐに自分の戦場に復帰した。強い子だと思う。

 

 ―――お兄さまの試験を受けてから、心構えは出来ていた。

 

 そう言って辛さを押し隠し、隈の目立つ笑顔を浮かべた綱手を見て、畳間の心もまた奮い立った。抱きしめようとしたら突き飛ばされたのは悲しかったが、時の流れとはそういうものだ。

 時の流れと言えばと顔を上げれば、初代、二代目、三代目の顔岩の横に、新たに彫刻された四代目火影の顔岩。若すぎると不安視されていたミナトも、20歳となった今では、名実ともに木の葉の”影”として成長した。若き獅子の下、里は今一丸となって困難を耐え忍び、戦っている。初代・柱間の治世から25年、二代目・扉間の治世から15年近い時が流れた今、木の葉は多くのものを失い、多くのものを得た。変わったものもあり、変わらないものもあるが―――先代の火影たちが願った里の姿を、木の葉は維持できているだろうか。

 優しく受け入れてくれた祖父、厳しく導いてくれた師、寄り添い歩んでくれた先生、諭し見守ってくれた兄―――もはや、畳間を庇護してくれる者はいない。寂しくないと言えば、ウソになる。それでも―――畳間はもう、一人じゃない。縄樹を、失ったたくさんの人たちのことを忘れるわけじゃない。記憶の奥に置いていくわけでもない。忘れることなんてできない。怒りも憎しみも、当たり前に抱いている。ただ、それらすべてを背負い、前に―――平和という夢へ向かって進むだけ。これまで繋がったすべてを”活かす”ために、生きる者は前に進むのだ。

 

「縄樹……。兄ちゃんな、今、頑張ってるんだ。綱も……、お前の姉ちゃんも頑張ってる。縄樹みたいな子が少しでも減るように、兄ちゃんたち……頑張ってるぞ」

 

 縄樹から、自身はどのような兄に見えていたのだろう。

 

 頼りがいがある? それとも、情けない兄だっただろうか。

 優しい兄? 怖い兄? 弟は憧れを、この身に向けてくれていただろうか。この背は、目指す先として在れていたのだろうか。あの無垢な弟に、胸を張れる兄だっただろうか。

 思いを馳せようとも、今となっては知る術はない。この思い出の中で朗らかに微笑むだけ。弟はもう、いない。

 

 縄樹と同世代だったミナトは火影となって妻を娶り、教え子であるミコトは結婚し、子を儲けた。本当なら、縄樹も―――。

 三代目火影の顔岩の隣に彫刻された顔岩―――『四代目火影』。その名を背負い誇らしげに笑う縄樹の後ろで、それを祝福し、イナやアカリとともに微笑む自分を幻視する。決して叶わぬ儚き幻が、畳間の心に浮かんでくる。

 

 ―――火影を目指す子供たちが、その尊き夢を抱いたまま、大人になれるように。

 

「縄樹……兄ちゃん……頑張るからな……っ」

 

 顔を上げた畳間の頬を、一筋の雨が伝う。

 

 

 

 

「……お前、なんでいるの?」

 

「妻が家にいて何が悪い」

 

「お前昔から変なとこだけすごい積極的だよな」

 

 久方ぶりの自宅に戻った畳間を出迎えたのは、白いエプロンを身に着け、箒で玄関先をせっせと掃いているアカリだった。手伝いの者に暇を出して久しく、荒れ果てた家を想像していた畳間は、その整った外観に遠目で疑問を抱いていたが、その理由がこれである。

 目が見えないはずなのに器用に掃除しているなと感心―――はしなかった。

 

「お前……仙術使ってんの? 贅沢すぎだろ……」

 

「周囲の気配は、仙人化すれば分かるからな。目が見えないのは、思ったより不便なんだ」

 

「そりゃそうだろうけど……。猿魔あんた、それで良いのか?」

 

「……」

 

 無言で返す猿魔に畳間も諦めて、玄関へ向かって歩き出す。そんな畳間を、アカリが呼び止めた。

 

「畳間」

 

「ん?」

 

「おかえり」

 

「……ただいま」

 

 二人は互いに、優しい微笑みを湛えた。

 

 

 

 

 その夜は、悲惨なものだった。互いに料理などしてこなかった身。豪快に食材を火あぶりにしようとするアカリと、変にオリジナリティを入れようとする畳間の料理バトルは互いの敗北で終わり、いまいちな味の料理を食わせ合う結果となった。

 その後、縁側で月を眺め、茶を啜る二人。畳間の肩に、アカリが静かにしな垂れかかる。

 

「なあ畳間。わざと話題にしてないんだろうから私から言うが、一族はどうするつもりだ?」

 

「察してるなら言うなよ」

 

 苦い茶を啜り、畳間が苦み走った表情を湯のみで隠す。実際、後回しには出来ない問題であるゆえ、畳間も観念したように構想を話し出した。

 

「……二代目時代から時を経て、うちはも”警備隊”の実態には気づいているだろう。千手への恨み節の再燃も、それに気づいたが故ということもある。だから、説得は難しいだろうな……」

 

「そうだな」

 

「そうだなって、お前のことでもあるんだぞ。もうちっと考えてくれよ」

 

「嫁に貰われる側に頼るな。ダンナならしっかりしろ」

 

「お前昔っから変なとこちゃっかりしてるよな」

 

 ふんと鼻を鳴らすアカリに、畳間がため息とともに肩を落とす。

 

「お前も昔から私がいないとダメだったからな。頼ってしまうのもしょうがない。私は頼りがいがあるからな」

 

 腹を立てているのか喜んでいるのかいまいち分かりづらいアカリの言葉に、畳間はそうだなと穏やかに笑う。

 

「うちはは……里の最後の砦。オレは今、そう考えている。うちは一族は戦場に出すには、確かにリスクが大きい。その考えは、今も変わっていない。だが、うちはが里にいる以上、木の葉が落ちることはまず無いとも言える。火影が長期に里を不在に出来るのは、うちは一族の存在が大きい。数を減らした千手と違いうちは一族は健在で、写輪眼という名声も、戦国時代を遠く過ぎてなお巨大なものだ。他里も、警戒せざるを得ない。里への襲撃は、リスクが大きすぎる。木の葉が陥落する前に、報告を受けた前線の戦力が帰還する」

 

「まあな。うちは一族の名は、偉大だ。私も兄さんも、頑張ったからな」

 

「ああ……アカリも、カガミ先生も……頑張ったからな」

 

 静かな、時が流れる。互いに、兄であり師である男のことを静かに偲んだ。

 

「……迷惑、掛けたなぁ」

 

「主に貴様がな」

 

「いやお前だろ」

 

「なにをぉ?!」

 

「やるかぁ!?」

 

 アカリの上目遣いの睨みを、畳間もにらみ返し―――互いに同時に吹き出した。

 

「楽しかったな、あの頃は」

 

「そうだな。今はつらいことも多いが……。畳間、それでも、私は幸せだ」

 

「……」

 

 畳間の沈黙に、アカリが意を決してあの話題を口にする。

 

「はっきり聞くが、イナはどうなる?」

 

「……里は、抜け忍として処理をしている。見つけ次第、殺さねばならない。恐らく……イナは(マダラ)によって洗脳されている。だが、里にそれを公表するわけにはいかない。三代目もそうだったが……ミナトも、同じ考えだ。木の葉隠れの里は、うちはマダラという恐怖に耐えられない。初代火影亡き今、木の葉の誰がマダラを止められる? オレも、イズナだったころと比べても力をつけているが、それでも、あの人は別格だ。それこそ、爺さんのような力か、叔父貴のような戦闘のセンスが無ければ……。オレが物心つく前に起きたうちは一族の離反も、マダラの襲撃に呼応してのものだった。公表すれば、不要な混乱を招くことは避けられない」

 

「だから、イナを人柱にするということか」

 

「……言い訳はしない。里を―――守るためだ」

 

「……いや、言い方が卑怯だったな。身を切られるような痛みを感じているのは、お前の方だ」

 

 これしかなかったのだと、畳間は言い続ける。だが、懺悔はしない。許しは請わない。

 里を守るには、必要な犠牲。そうやって、多くの先達たちが里を守るために命を落とし、また命を落とす者を見送ってきた。痛みに、耐えて来たのだ。綺麗ごとでは、里は守れない。かつて扉間は、兄の死という悲哀を耐え、里を守った。柱間は、弟たちの死という辛苦に耐え、里を興した。その痛みを耐え忍ぶ番が、回ってきただけの話しだ。

 

「アカリ……幸せにするよ。お前だけは、必ず」

 

「……期待しないでおくよ」

 

 アカリの肩を、畳間は震える手で強く抱きしめる。アカリは少しの痛みに耐えて、畳間の体に、身を任せた。

 

「それで、うちは一族はどうするつもりだ?」

 

「お前、今それ蒸し返す?」

 

 雰囲気がぶち壊れた。でも、それでいいと二人は思った。二人の間に、辛気臭さは似合わない。互いにぶつかって、笑い合う―――かつてのまま。今夜、二人は一つになった。

 

 

 そして―――戦争は膠着状態のまま、二年の月日が流れる。

 四代目火影―――波風ミナトに、第一子が生まれようとしていた。


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