綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

50 / 156
援軍

 景色を置き去りに駆け抜ける畳間の視界の先に、砂浜が現れる。畳間は速度をあげ、そのまま海上を蹴りつけて走り続ける。

 目指すは渦隠れの里。霧の陰謀により―――そして自分自身の迂闊さにより引き裂かれたかつての絆を取り戻さんがため、畳間はわき目も振らずに走り続けた。

 

「敵陣に入ったか……」

 

 周囲に霧が立ち込みはじめ、畳間は水上を滑るように足を止めた。水しぶきが上がる。

 

 前方、左右―――霧の中、三方向より襲撃者の気配。さらにその奥にも、迫る気配を察知した。

 左右から迫る攻撃を背中を大きく逸らすことで躱す。畳間は両腕を伸ばし、畳間の首があった場所を通過する二本の腕を素早く掴み―――万力の如き力を込めて、掴んだ腕を握りしめる。同時に、勢いよく捻りあげた。畳間の手のひらに伝わる―――骨の砕け、肉がねじ切れる感触。鼓膜を揺さぶる絶叫。

 

 畳間は背筋ですぐさま姿勢を戻すと、そのまま人ふたりを振り回し、前方からの襲撃者に無慈悲に叩きつけた。ごきりと、鈍い音。一瞬のうめき声が霧に呑まれ、水しぶきのあがる激しい音が、3つ聞こえた。

 

「―――面倒だ、消えろ。―――水遁、水断波」

 

 畳間の口から凄まじい勢いで飛び出した一線は、畳間の首の動きに合わせ、前方のすべてを薙ぎ払う。 

 ―――霧が晴れる。

 

 霧が晴れた畳間の視界に、人の影は映らなかった。ただ少し離れたところの海面が、どす黒い赤で染まっている。

 

 畳間は再び駆け出した。

 走りながら、印を結ぶ。印は、水遁・水龍弾の術。水は龍を形取り、畳間に並走する。

 

 ―――渦隠れの里が、視界に入る。立ち上る煙が、異変を示していた。

 

 途中、何度か襲撃を受けたが、畳間は足を止めることなく、すれ違いざまに襲撃者を蹴り、殴り飛ばし、その骨を砕いた。畳間に並走する龍は、畳間の進行を邪魔しようとする霧隠れの者の術をその身に受けて畳間を守り、そして敵を無慈悲に食い殺す。

 

 里に到着し、数年前に歩いた道を駆け抜ける。

 

 畳間は霧の者と交戦している渦の者を視界にとらえた。渦の者は、霧の者に押されているようで、膝を付き、苦し気な呼吸をしている。畳間は駆け抜ける勢いで、畳間は霧の者の横っ面を蹴り飛ばし、渦の者の前に降り立った。劣勢にあった渦の者は呆気にとられたように畳間を見つめ、その額あてに刻まれたマークを見て、歓喜の声をあげた。

 

「木の葉の増援か! 長の書状は届いたのだな!」

 

 畳間は首肯し、渦の者の方に手を置いた。チャクラを流し込む。

 

「俺のチャクラを分けた。手当ては出来ないが、体力は戻ったはずだ。立てるか?」

 

 手を伸ばした畳間の手を掴み、渦の者が立ち上がる。

 

「すまない、恩に着る。名を聞かせて欲しい」

「……千手畳間」

「―――!?」

 

 躊躇い気に伝えた畳間の名。

 それを聴いた渦の者が目を見開く。その目に怒りか、あるいは憎しみの色が宿るのを見て、畳間は思っていた以上に、霧の謀略の影響が深いことを察する。

 里同士を憎しみ合わせる策だ。殺された渦の忍は、憎しみを煽るために、おそらくは慕われるに足る者が選ばれたはず。仮に畳間が渦の内偵中に命を落としていれば、木の葉も同じ感情を渦に向けたに違いない。

 また、畳間の姿をした者が、それとは別の事件を起こしていないとも思えない。先の反応は、木の葉の実情を知っている風だったが、畳間の名そのものに負の感情を抱いていてもおかしくはなかった。

 畳間はなだめるように片手をあげて、手のひらを見せた。

 

「三代目火影の命によって渦の助太刀に来た。思うところはあるだろうが……俺は渦で起きたあらゆる事件と無関係だ。初代火影・柱間と、木の葉隠れの里に誓う。信じて欲しい」

 

 畳間の言葉に、渦の者は複雑そうに眉根を寄せた。

 

「聞かせてくれ。何があった。なぜ里が壊滅している?」

 

 畳間は周囲を見渡した。崩壊し、燃え上がっている建物。散乱する物言わぬ骸。詰みあがる瓦礫の山は、そこら中が赤く染まっている。地獄絵図というべき光景に、畳間は表情を歪めた。

 

「霧の尾獣が里を襲った。これまで仕掛けて来なかったのに……突然だった」

「尾獣だと? だが、うずまき一族は封印術に長けているはずだ。封印することは出来なかったのか?」

「不意を打たれたんだ。封印班は……二代目水影に皆殺しにされた。あれは……化け物だ」

 

 痛苦の表情を浮かべ、渦の者が声を絞り出す。

 木の葉が動き出した途端の、電撃的侵攻。確実に情報が漏れている。内通者―――可能性がないわけではないが、疑い出せばもはや切りがない。なにかしら、情報を得る手段を霧が有していると考えて、今は終える。以降は今考えるべきことではない。今すべきことは霧隠れを撃退することだ。

 

「戦況はどうなってる?」

「長が部隊を率いて二代目水影と交戦している。非戦闘員は、下忍たちと共に、里外れに避難しているが―――それも、いつ嗅ぎ付けられるか……」

「―――里の西は、あらかた片づけて来た。万一のために、影分身もいくつか残してある。逃げるなら、そこからだ。非戦闘員と合流し、最悪の場合、俺の分身と共に木の葉へ亡命しろ」

「里を捨てろというのか? まだわれらは戦える。長とて―――」

「残念だが、時間がないようだ。ここは俺が引き受ける(・・・・・・・)。決断は早めにしろ」

「え?」

 

 渦の者の困惑の声。直後、畳間は渦の者を突き飛ばす。渦の者がいた場所を、水鉄砲(・・・)が貫いた。

 

「―――なんだぁ? 気づいてたのかよ」

「二代目……水影……! ならば、長は……!」

「おそらくは、そういうことだろうな。俺も、奴を相手に渦を守り切れるとは言い難い。木の葉からの後続が間に合うとも限らない。三代目火影が思っていた以上に、状況は最悪だ……。守れる者は、守ってやれ」

 

 渦の者が震える声で呼んだ名に、畳間の視線が鋭く細められる。

 瓦礫の腕で畳間たちに人差し指を向ける、眉の無い、着物の男。特徴的な髪型とちょび髭と恰好はふざけたものだが、その纏う気配は、並みのそれではない。二代目水影―――当時うちは一族最強の手練れ、うちはカガミを殺した男。

 

「―――さあ、行け!」

 

 畳間の掛け声とともに、渦の者が駆けだした。その背を撃ち抜こうと放たれた水鉄砲を、畳間は刀で切り落とす。

 

「俺が相手になるって流れだったろうが、ちょび髭」

「殺せるなら殺すだろーが。ってかちょび髭言うんじゃねぇ、殺すぞ!!」

「それは俺の台詞だぜ……」

 

 視線が交差する。

 

「実際に会うのは初めてだよな、千手畳間」

「そうだな。もっとも、俺はお前を殺してやりたいと、ずっと思っていたが」

「まあ、俺も仕事がら恨みなんて腐るほど買ってるけどよ。お前になんかした覚えはねぇな」

「しらじらしい。うちはカガミのこと、忘れたとは言わせんぞ。それに……俺の姿で随分と悪さをしてくれたらしいじゃねぇか」

「ひとつ言っとくけどよ、その他もろもろ、俺の趣味じゃねえ。依頼主がどうしてもって聞きゃしねーんだわ、これが。謀略だのなんだのより、俺は喧嘩が好きだってぇのに」

 

 戦場に似つかぬ口調と雰囲気は、畳間の調子を崩そうとする。師を殺された怒りも、呑まれてしまいそうなほどの、引きつけられる雰囲気。器の大きさが滲み出ているようで―――だからこそ畳間は、平素の冷静さを取り戻し、観察眼を研ぎ澄ませた。影相手に、怒りで勝てるはずもなく、冷静に、二代目水影を殺すための策を考える。

 

「しっかしおめぇも、とんでもないのに目ぇつけられたもんだな。ちっと同情するぜ」

「どういうことだ……?」

「おっとっと、これ以上は言えねえな。……そんな不愉快そうな顔すんなよ。最近のわけぇのは余裕がねーぞ、余裕が」

 

 袖を振り回すという、おちゃらけた二代目水影の仕草に、畳間の眉間に皺が寄る。そんな畳間の表情を見て、二代目水影が詰まらなさそうに吐き捨てる。

 

「ってかその顔、二代目火影そっくりだな、おい。わけぇ頃に戦場で見たことがあるが、はえーのなんの。ありゃ、とんでもねーおっさんだったな」

「お前が我が師を語るな」

「―――どうもかなり憎まれてるみてぇだが……忍者同士の殺し合いなんて、それこそ日常茶飯事だろーが。そんなんだったら、忍者なんて辞めちまえや」

 

 そういって面倒くさそうに袖を振る二代目水影に、畳間は再び怒りが滲み出る。

 だが、二代目水影はそのふざけた所作の割に、隙が無い。無造作に立っているようで、気配が感じられない。まるでそこにいて、いないような、奇妙な感覚。自然と一体化しているとでもいうような、浮遊感。

 

「黙れ、ちょび髭」

「おいおい、木の葉の小僧、こりゃ忠告だが……喧嘩は相手みて売れや。金角を殺ったってんで、調子乗ってんじゃねぇのか? ……ま、あのカガミの弟子だ。一度戦ってみたかったとこだし、大目に見てやるよ。金の卵かどうか、試させてもら―――」

 

 二代目水影の言葉の最中、その顔が奇妙に歪む。二代目水影の後頭部から、水の針が数本突き抜けて現れ、宙へ飛んで行った。

 

「お前なぁ……話してる最中に攻撃すんじゃねーよ」

 

 呆れたように言う二代目水影は、変わらぬまま、畳間を見下ろしている。

 幻術であると気づき、畳間は解印を結ぶが、変わった様子はない。幻術は未だ、続いているようである。

 

「これはカガミ先生を殺った、大蛤の幻術か……? すでに発動していたとはな」

「知ってんのか。いや、カガミの奴だな。あの最期でよく残せたもんだ。やっぱ、あいつはマジで強かったぜ」

「―――火遁・業火滅却」

 

 畳間の放った火遁が、周囲一帯を火の海に沈める。

 

「カガミカガミと、馴れ馴れしい」

「人様の里でなんつー術使ってんだお前は」

 

 少しして、ひょうきんな声が聞こえてくる。二代目水影の姿は、先ほどと同じ位置で、ずっと畳間を見下ろしていた。

 

 ―――畳間は首を少し動かした。背後―――炎を突き破り飛んできた水鉄砲が頬をかすめる。振り返り、2発、3発と続く水鉄砲を、刀で弾き落とした。

 畳間はお返しとばかりに、水鉄砲が飛んできた方角を水断波で薙ぎ払う。

 

「とんでもねぇ術持ってるな」

 

 聞こえてくる声は、変わらず、焦りも動揺も感じられないものだった。

 畳間は冷静に、周囲を警戒した。見える景色のどれが幻術で、どれが現実なのか、判別が付かない。少し離れて見える瓦礫の山が実は幻術で駆け抜けられるかもしれないし、何もない道を行こうとすれば、見えない壁にぶつかるかもしれない。動き回るのは下策。立往生は死。

 

 畳間は己の体を中心に、最低限のチャクラで結界を作り出し、周囲からの攻撃に対応していた。畳間のチャクラに触れた物体を、畳間は条件反射の速度で叩き落とす。しかし―――攻め手が無ければ、じり貧である。守りは愚策。攻めなければ、確実に負ける。情報の秘匿などと言っている余裕もなさそうで、畳間は封印を解く意思を固める。

 

「解」

 

 畳間の瞳が赤く染まり、その中を黒い紋様が泳いだ。

 

 ―――万華鏡写輪眼。

 

 畳間のチャクラに禍々しいものが混ざる。畳間の周囲を、視認できるほどに濃密な、薄暗いチャクラが覆う。それは徐々に人の形を作り出し、安定する。

 

「……カガミが使ってたな。スサノオって言ったか。ってかお前、千手じゃねーか! なんで写輪眼なんだよ! どっちかってーと初代火影の木遁だろうが!」

「そっちも使うが、こっちも使う」

「なんでもありかよ……」

 

 二代目水影が、疲れたように額を片手で押さえ―――もう片方の手で、水鉄砲を乱射する。当然それは幻術であり、水鉄砲は全く別方向から、スサノオに着弾した。

 

 スサノオがチャクラを弾く。畳間は水鉄砲が飛んできた方角を見据え、万華鏡写輪眼にチャクラを注ぎ込んだ。万華鏡の紋様がぐるぐると回転し―――畳間の視界で景色が歪み、隠されていた世界が露わになり―――崖の上にいた水影は消え去り、少し離れた場所に、水影と、そのさらに奥に巨大な蛤が現れた。

 

「見つけたぞ」

「これだから写輪眼は……何しですか分からねぇッ!!」

 

 二代目水影が嬉しそうに吠え、印を結ぶ。直後、家一つ分ほどはありそうな大きさの水鮫が現れた。鮫はその牙をスサノオへ向け、空中を泳ぎ出す。

 畳間はチャクラで巨大な矛を作り出し、スサノオはそれを握り、鮫を迎え撃つ。

 

「……ッ」

 

 ―――激突。

 水しぶきが上がり、水鮫が弾ける。チャクラの矛の先が、少し欠けていた。二代目水影がそれを見て目を細める。畳間のスサノオを剥がすために必要な術の威力を、今の一撃で把握したらしかった。

 

 二代目水影が両手すべての指を、畳間に向ける。その指先に莫大なチャクラが込められていく様子を、畳間の写輪眼が捉える。

 発射される10指の水鉄砲。畳間はスサノオを動かし、そのうちのいくつかを叩き落とすが、そのたびに矛が傷ついた。着弾した水鉄砲はスサノオの鎧を少し削った。

 一撃一撃が、おそらくはAランクの忍術に匹敵する威力を誇る水鉄砲。スサノオが剥がされるのも時間の問題だろう。空気にさらされれば、再び幻術に落ちる。それを阻止すべく、畳間は削られた矛を振りかぶり、大蛤へ向けて投擲した。

 しかし―――突如現れた莫大な量の水で構築された流水の壁が、それを遮った。

 

「やはり直接叩く他ないな……」

 

 痛みを伴うスサノオを発動させたまま移動するのは難しい。しかしここに棒立ちでは、やはりじり貧だ。畳間は右目にチャクラを込め、二代目水影を睨み付ける。二代目水影が再び水鉄砲を放とうとした瞬間、畳間は右目のチャクラを解放した。

 

「―――思兼(オモイカネ)

 

 瞬間、畳間の体がスサノオを纏ったまま宙に浮き、驚いたように上空を見上げている二代目水影の頭上を通り過ぎた。二代目水影が放った水鉄砲は、畳間がいた場所に直撃する。

 畳間の体は凄まじい速さで、一直線に大蛤へと向かう。蛤を守る流水の壁に突っ込み―――同時に、大蛤が畳間へ向けてその巨体を浮かべた。激突の瞬間、畳間はスサノオの中で手のひらを力強く合わせ、すぐに大蛤へ右手を向ける。

 

「畳式拘束術―――入纏垂手(にってんすいしゅ)

 

 畳間の腕が木となって伸び、その手のひらが急速に巨大化する。手のひらに封と刻まれた巨人の手は、大蛤に触れるとさらに巨大化し、5本の指が大蛤の輪郭に沿って伸び進む。指先が地面を貫き大蛤を拘束したとき、木の手のひらが停止する。

 ぽんと、畳間の手と木の腕が分裂する。大蛤を叩き割ろうと、スサノオの腕を振りかぶった瞬間、スサノオが水の龍に飲み込まれた。衝撃に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられたことで、畳間はスサノオの中で体を強く打ちつけた。

 

「ったく次から次に……、とんでもねぇことやりやがるぜ。マジで木遁と写輪眼かよ」

「……ッ」

 

 肩を抑えながら立ち上がる畳間に、近づいてきた二代目水影が面白そうに言った。

 

「悪りィな、正直なところ舐めてたぜ。楽しくなってきやがったッ!!」

「これで終わりだ。―――土遁・土砂崩れの術」

「大爆水衝波!!」

 

 土の雪崩を吐き出した畳間に対し、水影は莫大な水を呼び出して応戦する。土は性質的に水に勝る。だというのに、水と土は拮抗し、その動きを止めた。弾けた水が、飛沫となり、あたりに立ち込める。水影の姿が、飛沫の向こうに消えた。

 

「水で土を止めるとは……」

 

 ―――霧が、周囲に立ち込める。

 

「霧隠れの術……? いや、違う……。何だあれは……幻術か?」

 

 畳間が首をあげ、空を見つめた。そこには、水蒸気でできた、水影の顔がおぼろげに浮いている。

 

「いや、違う……幻術か? また幻術なのか……? いや、違う……」

 

 徐々に小さくなっていく水蒸気の顔は、子供ほどの大きさになり、その姿を安定させる。ミニ水影とでもいうべき風貌―――直後、腕から巨大な刃物が突き出した。

 

「なんだあれは……」 

 

 ―――また幻術なのか!? 

 

「いや、幻術じゃないな。不出来な分身だ。本体は……そこかッ!!」

「―――ばれてるじゃねーか! ちィ、これだから写輪眼はッ!!」

 

 物陰に潜んでいる水影を、写輪眼の視界に捉えた畳間が飛び出す。

 水影は焦って声を荒げた。しかしどこか楽しそうな色を帯びたその声は、二代目水影がこの戦いを楽しんでいることを示している。

 

「妙だな……」

 

 畳間が呟く。

 写輪眼に映る水影のチャクラは、酷く不安定で、弱弱しいものだった。先ほどまでの滾るチャクラはどこへ―――。直後、水影の分身が刃を向けて、畳間めがけて突っ込んでくる。

 

「邪魔だッ!!」

 

 分身の刃と、畳間の刃がぶつかり合い―――その瞬間、畳間の視界が白く染まった。

 

 ――――――――――。

 ―――――――。 

 ――――。

 

 ―――音が、聞こえない。瞼は開いているのか、閉じているのか―――。今、確実に隙だらけだ。

 

 畳間は焦るが、体が動かない。黒暗行の術を受けたときに似ている―――畳間がそう思ったとき、麻痺していた感覚が怒涛の如く押し寄せる。

 激痛。体中が弾き飛びそうな感覚の中、畳間はうめき声をあげることもできない。

 

 何が、起きた。

 記憶が曖昧だ。二代目水影との戦いで、何が起きた。

 何が……。

 

 ―――畳間の意識が、暗い世界に沈んでいく。

 

 

 

 

「あー……。せっかく金の卵を見つけたと思ったのによぉ。あっけねぇ……。結局、おめェもただの卵だったか、千手のわけぇの」

 

 瓦礫に紛れ、血と泥に濡れた体を横たえた畳間を見下ろして、水影が吐き捨てる。

 

 莫大な水を油で包み込んだ分身を作り出す術―――二代目水影の奥義・蒸気暴威。油による加熱により分身の内部で水蒸気へと変わる水は、任意のタイミングで水蒸気爆発を起こし、敵を爆殺する。使用時は本体が弱るという弱点があるが、それも大蛤の幻術と併せれば、容易に克服できるもの。二代目水影の切り札にして、奥義である。

 本来は同時に発動するものであり、別々に発動した時点で手を抜いてはいたが―――とはいえ、二代目水影の奥義の一つを破ったことには違いない。畳間に期待を寄せていた水影は、あっけなく吹き飛んだその姿に落胆を隠せなかった。もっとも、あの間抜けた分身が、一撃で戦況を変えるほどの爆発を起こすなど、初見で見破るのは難しい。

 

「俺の術が強すぎたってとこかぁ? って、お?」

「あ、う゛……」

「あの至近距離で爆発を受けて、よくもまあ生きてたもんだ。だいたいの奴は死んじまうんだが……ってか、傷も微妙に治ってねえか……? たいがい化けもんだなこいつ。まあ、あのおっさん(初代火影)の孫だってんなら、そういうもんかもしれねぇな」

 

 畳間が溢したうめき声に、二代目水影が呆れたように笑う。

 畳間の浅い傷が、少しずつ修復されている。意識を取り戻すのもそう遠くないかもしれない。だが、負った傷は深く、意識が戻っても戦える状態ではない。なまじ戦えたとしても、大蛤が、すでに畳間の封印から抜け出している。二代目水影も今度は最初から本気で来るだろう。大蛤の幻術に対処しながら、蒸気暴威による攻撃をすり抜け、大蛤を再度封印するなど、出来るはずもない。詰みだ。

 

「―――大人しく寝てた方が良かったな、千手の小僧。見逃す道理はねぇぞ。まあ、世の中こんなもんだ」

 

 水影が人差し指を畳間に向ける。

 

「じゃあな―――」

 

 

 

 

「―――なにッ!?」  

 

 畳間の体を水鉄砲が貫いた瞬間、畳間の体から爆炎が吹き荒れた。水影の体が炎に呑まれ―――直後、弾けたように水しぶきが舞う。

 

「―――水分身か? 違うな。私の写輪眼は、影分身以外の分身を見抜く。体そのものが水に変わっているところを見るに、血継限界―――特異体質か」

「千手の若いのは確かに瀕死だった。……新手か?」

 

 水蒸気の向こう側に、長い髪を風に揺らす人影。徐々に晴れていく霧から現れたのは―――。

 

「―――木の葉隠れの里、うちはアカリ。久しぶりだな、二代目水影」

 

 赤い瞳で敵を見据える、黒髪のくノ一―――アカリ。

 二代目水影がその姿を見て、幻術に掛けられないように、アカリの足元に目線を逸らす。

 

「カガミの妹か。久しぶりだな。見た感じ、あの頃より強くなってるみてぇだが、兄の敵討ちに来たのか?」

「―――違う」

「ちげぇのか」

 

 アカリに否定された二代目水影は、驚いたように目を丸めた。

 

「てっきり千手の小僧みてぇに、うちはカガミの仇を取りにきたもんだと思ったが……。お前は何しに来たんだ?」

「友を、助けに」

 

 言葉少ないアカリに、二代目水影は納得したように頷く。

 

「……なるほどな。友達ってのはいいもんだよな。死地に助けに来てくれる友を持てて、千手の小僧も幸せもんだぜ」

「よくも私の友達を、ボロ雑巾みたいにしてくれたな……」

「そりゃ悪かった。……ってかそういや、千手の小僧はどこいった?」

「教えるわけがないだろう」

「っは、そりゃそうだ」

 

 二代目水影が辺りを見渡すが、畳間の姿はない。今の一瞬で、意識の無い畳間を遠くへ連れて行けるとも考えられず、試しにとアカリに聴いてみたが、アカリも当然教えるはずがない。 

 

「って、なに―――ッ!?」

 

 水影の見ている前で、アカリの足が一歩前に進み―――消えた。周囲を見渡すが、姿は見えない。

 水影は瞳術を持つわけではないが、影を背負うに足る実力を持つ。それこそ、二代目土影や二代目火影のように、消えない限り(・・・・・・)は、見失うなど早々ありえることではない。

 

 ばしゃりと、水がはじける音。

 二代目水影の後ろに突如として現れたアカリが、炎を纏った拳で水影の頭部を殴り抜け、水影の体が水となって周囲に飛び散った。

 

「……無の透明化か? 二代目火影の時空間忍術か? 千手の小僧と言い、またやっかいな術を……」

 

 人の姿を再構築した二代目水影は、嫌そうに顔を顰める。

 

 ―――直後、二代目水影が屈んだ。

 水影の上を、アカリの拳が通る。水影がカウンター気味に後ろ蹴りを繰り出すが、その時にはすでに、アカリの姿は消えていた。

 

「消えたまま攻撃できない。攻撃の瞬間は姿を現す」

 

 二代目水影が呟き、瞬間、二代目水影の目の前にアカリが現れる。

 

 巨大な火の玉と化したアカリの拳が、青く燃え上がっていた。二代目水影の水を蒸発させるべく、拳に凝縮させた超高温の火のチャクラ。

 二代目水影はアカリの思惑に気づいたらしく、今度は余裕ぶって体で受けようとせず、両頬を勢いよく膨らませ、人一人を飲み込んで足りる量の水を吐き出した。アカリはもろにそれを受け、押し流されるが、次の瞬間には、その姿を消していた。

 

「今、手ごたえが消えた。実体が消えてるとこを見るに、透明化じゃなく、時空間だなこりゃ。んで、一撃当たったっつーことは、姿を消すにも条件があるわけだ。そんだけわかりゃ、十分だ」

 

 二代目水影が、大蛤を呼び出した。周囲に霧が立ち込め、二代目水影の姿が消える。

 

 ―――薄い灰色の世界。

 アカリは霧の中へ消えていく二代目水影の姿を見つめた。

 

「もう、私の輪墓(リンボ)の秘密に気づいたか……。さすがに強い」

 

 アカリは苦々し気に呟き、目を細める。

 万華鏡写輪眼―――輪墓。うちはカガミの死によって、アカリが手にした万華鏡の能力の一つ。それは、この世と、この世から少しだけ位相がずれたもう一つの世界―――輪墓をつなぐ力。

 本来、輪墓の世界と現実世界は、お互いに干渉することは出来ない。だが、アカリは自分を起点に、輪墓へ入り込むための扉を開くことが出来る。入門の条件は、起点とした場所から一歩踏み出すか、あるいは一歩退くこと。そうすることで、アカリは輪墓の世界へと入り込む。

 

 奇襲と回避を同時にこなすことが出来る強力な時空間忍術―――。だが、意識のある状態であまり長くいると気をおかしくするため、すぐに外に出なければならないという弱点もある。また、体の一部だけを輪墓の世界へ移し、敵の攻撃を避けるという荒業も出来ない。

 

「畳間をやったあの爆発する分身と、幻術の霧……。厄介だが、私には”あれ”がある。……必ず、お前を守るからな、畳間。それと……その写輪眼、どういうことか、説明してもらうぞ。何を隠しているのやら……この大馬鹿者め」

 

 アカリは横たわる畳間の側に屈み、浅い呼吸を繰り返している畳間の頬を優しくなでる。

 先ほど、変わり身の術で爆炎を起こした隙に、アカリは畳間をこの輪墓の世界へと避難させていた。近くて遠いこの世界なら、戦いの余波で畳間が傷つくことは無い。

 口移しで鎮痛剤と回復薬を呑ませてから、その体調も安定しているようだ。畳間は今、安らかな表情で眠っている。

 

 ―――アカリが、静かに瞳を閉じる。

 

 

 

「―――来たか。って、またスサノオかよ。どうなってやがんだ」

 

 大蛤の上に立ち、蒸気暴威を侍らせた二代目水影が、げんなりしたように愚痴をこぼす。二代目水影の視線の先には、青白いチャクラの鎧―――スサノオが、アカリを守るように座している。

 アカリはきょろきょろと周りを見渡しており、二代目水影を捉えていないようだった。

 

「行くぜぇ! 蒸気暴威!!」

 

 蒸気暴威が両腕に刃を備え、アカリのスサノオへ突進する。

 

「ほら、ドカーンッ!!」

 

 二代目水影の掛け声と同時に、蒸気暴威が爆発する。アカリのスサノオは剥がされ吹き飛び、アカリ自身もまた爆発の中に消える。

 

「お、やったか? って、ちィ、上か! やっぱ感知してやがったッ! 戻れ、蒸気暴威!!」

 

 上空、アカリが巨大な棍を振りかぶりながら、大蛤を目がけて勢い良く落ちてくる。

 二代目水影は上空のアカリに気づき、水鉄砲を数発放つが、弱った水鉄砲はアカリにとって脅威ではなく、巨大な棍によって弾かれる。

 

「この水鉄砲結構いてぇな!」

猿魔(・・)、それくらい耐え忍べ! おおおお!! 叩き割れ、金剛如意!!」

 

 アカリの棍に目が浮かび上がり、涙目でアカリを見た。アカリは大蛤から目線を外さず、雄たけびをあげる。

 

「蒸気暴威ッ! 限界だッ! 爆破しろッ!!」 

「爆発は出来んだろう! この距離だ!! お前も巻き込まれるぞ!!」

「俺は水になれるからいいんだよ!!」 

「―――あっ」

「おい、アカリ。お前今の”あっ”て」

「―――猿魔、変化! 盾だ!」

「馬鹿かお前は!!」

 

 ―――蒸気暴威が爆発した。 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。