綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の忍者

「さて。砂隠れの我愛羅よ。他ならぬお主が、木ノ葉を今、このタイミングで訪れたのも、恐らくは―――初代様・二代目様のお導き。どうか、力を貸してはくれんか。―――うちはマダラを、討つために」

 

 思いもよらぬ言葉を聞いて、我愛羅が眼を見開いて―――ごくりと、唾を呑み込んだ。

 そして力強い瞳で、不審者を見据え―――言った。

 

「詳しく話を聞かせてくれ。だがその前に―――アンタ、名前は? 何と呼べばいい? それも……、伏せなければならないか?」

 

 そうだった、と不審者はここ数十年名乗りなどした覚えがないからと忘れていた自らの不明を、頬を赤くして恥じて、口を開く。

 

「ワシの名は―――」

 

 そして告げられた名に、我愛羅は驚愕し、瞠目した。

 

「―――猿飛ヒルゼン」

 

「それは……木ノ葉隠れの里の、『三代目火影』の名だろう。オレは砂隠れの忍びだが、幼い頃は木ノ葉に滞在していた。当然、その名は知っている。そして……三代目火影は戦時中、オレの父と土影の手で討たれている。名を騙るにしても―――」

 

 我愛羅は、五代目火影が歴代の火影達を心の底から敬愛していることを知っている。

 特に、三代目火影は五代目火影の兄貴分であり、五代目火影の妻を逃すために命を落としたと聞く。

 この男が三代目火影の名を騙っているとすれば、それは五代目火影―――ひいては木ノ葉に対する最大級の侮辱だろう。木ノ葉隠れの里の『盟友』たる『砂隠れの五代目』として、見過ごすにはその名を騙る罪は重かった。

 剣呑さを増していく我愛羅の雰囲気を感じ、ヒルゼンを名乗る男は、我愛羅へ「落ち着け」と手を胸の前で揺らした。

 

「本人なんじゃな、これが……」

 

 ヒルゼンを名乗る男が、困ったように言った。

 変化をしているがゆえに、ありもしない顎鬚を扱こうとして、手が宙を泳ぎ、そして気恥ずかし気に手を降ろす。 

 

「本人……」

 

 我愛羅は天然が入っているが、頭の回転自体は速い。

 先ほどヒルゼンを名乗る者が口にした『死人しかいない』という言葉もあって、我愛羅は僅かな思考である可能性へと辿り着く。

 

「……穢土転生か」

 

 それは、木ノ葉隠れの里の抜け忍である大蛇丸が持ち逃げ(・・・・)したとされる術であり、現在は和平条約の締結の楔として、国際的に禁術指定されている。

 

「いかにも」

 

「……」

 

 ヒルゼンが頷く。

 我愛羅は沈黙のうちに思考する。

 疑問は、多くある。敵の可能性とて少なくはないだろう。この男を信じるには、あまりに根拠が少なすぎる。

 

 ―――だが。

 

 今の我愛羅にはそれを解明するような時間も、長々と問答を続ける精神的な余裕も無い。木ノ葉の惨状を見て、この男を不審者として切り捨て、一から情報を集め直し、再起を図ることは不可能だと断じざるを得ない。

 崖っぷちにいるのは、我愛羅の方だ。

 焦りから生まれる怒りは、瞳を曇らせる。繋がれた命と、託された時は、無駄には出来ない。

 

(―――落ち着け。考えろ。父様とチヨ婆様の心を無駄にするな。何が最善だ……。この男を切り(・・)、一人で行動するには、時間がない。甘言である可能性は……。今、身一つのオレを罠に嵌めて、誰が得をする? マダラの手の者……。いや、守鶴を奪われた今のオレに利用価値は無い。では、やはりこの男は―――)

 

 ゆえに、我愛羅は決断を下す。

 藁にも縋る思い。行くも帰るも地獄なら―――。

 

「あなたを、信じよう」

 

 我愛羅は目の前の男の言葉を、信じることとした。

 そして我愛羅は、ヒルゼンへと問いかけた。

 

「穢土転生の術が禁術だということは、この際問題じゃない。問題なのは……その術を扱える者(・・・・)。あなたをこの世に呼び戻した術者が何者か、ということだ。オレの知る限り、穢土転生を扱える忍者は二人。木ノ葉隠れの里の『五代目火影』千手畳間と……木ノ葉の抜け忍大蛇丸」

 

 そして、ヒルゼンを名乗る者の言葉―――『マダラを倒す』という言葉が真実であれば、大蛇丸が術者の可能性は低いだろう。我愛羅の認識では、大蛇丸はマダラの息が掛かっていると推測される『暁』のメンバーである。

 

「であれば……あなたを呼び戻した術者は、五代目火影……。ということになる……ッ! 五代目火影はどうしている!? この里は、何故こうなった!? ナルトは―――」

 

「……落ち着け。ワシも、全てを知っておるわけではない。じゃが……知る限りのことは、移動しながら……順を追って話そう」

 

 くい、と首を動かしたヒルゼンを名乗る者が駆けだした。

 付いてこい、ということだろう。

 我愛羅はその背に続いた。

 

 そして、駆けるヒルゼンを名乗る者が、背中越しに語り出す。

 

「まず、ワシの術者は畳間ではない。大蛇丸じゃ」

 

「そんなわけが―――」

 

 我愛羅はそこで言葉を留めて、思考する。

 そしてある可能性に気づき、瞠目すると、呟いた。

 

「……間者か」 

 

「……」

 

 ヒルゼンの沈黙を肯定と受け取った我愛羅は、驚愕に揺れる感情を胸の内に留めた。

 

「まさか、当時の根の長に裏切りの汚名を被せ、闇に潜ませるとは……。五代目火影は思い切ったことを……。いや、当時の火影は四代目か……? だが、そのメリットはなんだ? 火影達は何が目的で……」

 

「あー……、いや。その、なんというか、のぉ……? そこはあんまり追及して欲しくはないというか……の?」

 

 ―――当時の大蛇丸は普通に木ノ葉を見捨てました。単なる裏切り者の抜け忍でした。

 

 さすがにそれを口にする勇気はないヒルゼンである。

 大蛇丸が改心―――とはいえ、根っこは変わっていない―――したのは、戦争が終わって少し後のことである。また、大蛇丸が畳間とコンタクトを取ったのは、そのさらに後になる。

 畳間が受けた衝撃と哀しみは本物である。畳間はそれでも、きっと大蛇丸を許すだろう。ヒルゼンはそれを確信している。だが、自来也や綱手、アカリがこの真実を知ったとして、大蛇丸は半殺しでは済まないだろうことも確信している。大蛇丸を庇う気など更々無いヒルゼンだが、懸念はある。大蛇丸のことだ。迫る自来也達を相手に、ヒルゼンを盾にして逃走を図るくらいのことは平気でやるだろう。

 

 ―――アレ(・・)はこの身を慕っているが、ワシが死人であるという認識はブレておらん。死者使いが荒い……。立ってる者は親でも使え、というやつかの……。

 

 言葉を濁し、話を逸らして、ヒルゼンが本題を続ける。

 

「我愛羅よ。我らに残された時間は少ない。単刀直入に言う。お主には、大蛇丸の救出に力を貸して貰いたい。今向かっているのは、その大蛇丸が囚われている場所じゃ」

 

「……何故オレに? オレは何をすれば良い?」

 

 時間が惜しい。くだらない問答は、これ以上すべきでは無いと判断し、我愛羅は端的な問いを投げかける。

 ヒルゼンは我愛羅が意図を汲んでくれたことを理解し、端的に回答を告げた。

 

「情けないことに大蛇丸は、間者としての尻尾を掴まれ、浮遊する岩山の中に封じられた。ゆえに―――空を飛ぶ(・・・・)者の力が必要じゃ。空を飛べる忍者は、ワシが知る限り、忍界広しと言えど二人。岩隠れの三代目オオノキと―――『守核』の我愛羅」

 

 大蛇丸が封印されたことをチャクラの繋がりによって感知したヒルゼンは、当時、火の国の辺境にいた。ヒルゼンは大蛇丸の敗北を畳間へ報告するために木ノ葉へ来訪したが、目の当たりにしたのは、変わり果てた故郷だった。

 ヒルゼンは木ノ葉を散策し―――かつて二代目火影の精鋭部隊として、そしてヒルゼンが三代目火影を襲名した後は、相談役として傍に居た二人の衣服(・・)を見つけた。

 生き残った老人は何人かいたが―――木ノ葉の壊滅、五代目火影の死によって、既に、心が死んでいた。

 ヒルゼンも風遁を使用すれば、短時間ながら飛行することは可能である。しかし、風遁を行使しながら、大蛇丸に掛けられた封印術を解くことは難しいと判断せざるを得ない。

 封印された大蛇丸を解放するには、長時間、安定して滞空する必要がある。

 そして、思案するヒルゼンの前に現れたのは、他ならぬ(・・・・)―――空を飛べる―――我愛羅であった。

 

 ヒルゼンから、ヒルゼンの知ることのおおよそを聞かされた我愛羅は、駆けながら思考する。

 そして、一つの疑問を投げかける。

 

「何故、五代目火影を救わない? 五代目火影もまた大岩に呑み込まれたという話が事実なら、大蛇丸より先に、五代目火影を救出すべきだ。大蛇丸が五代目火影よりも強いとは思えない」

 

「可能であれば、のぉ……。しかし畳間が呑み込まれたという大岩は、うちはマダラが移動させておる。場所の特定が出来ん。それに……岩に呑まれた畳間が生きておるのか、死んでおるのか、それすらも分からぬ。捜索の最中、もしも我らの存在が悟られれば、終わりじゃ」

 

「……失礼だが」

 

 ヒルゼンの物言いは、今の時代にマダラを打倒できる忍者はいない、とも取れる。

 我愛羅は不服気に言葉を発し、それを察したヒルゼンがそれを留める。

 

「勘違いするでない。今の世にも、マダラを打倒しうる者はおる。じゃが、犠牲は出る。マダラは、古い時代の負債よ。今を生きる者が犠牲になる必要はない」

 

「……では、あなたと大蛇丸ならば、犠牲無くマダラを倒せると?」

 

 大きく出たな、と我愛羅は思った。

 我愛羅は、マダラの力を身を以て知っている。穢土転生体の三代目火影と、五代目火影に劣るだろう大蛇丸に、マダラを打倒できるとは思えなかった。

 我愛羅の問いに、ヒルゼンは即答した。

 

「無理じゃろうな」

 

「……ッ」

 

「言っておくが、ふざけておるわけではない。重要なのは、大蛇丸を救った後よ」

 

「大蛇丸を救出した後……?」

 

「うむ。ワシと大蛇丸だけでは、確かに、マダラの打倒は難しい。ゆえに、それが出来るお方のお力を、お借りする。木ノ葉隠れの里を創設し、かつてマダラを打倒した―――初代火影様の力を」

 

「―――ッ。なるほど……そういうことか」

 

 腑に落ちた様子の我愛羅の呟きを耳にして、ヒルゼンが大蛇丸救出の理由―――その全容を語る。

 

「大蛇丸は既に、初代様、二代目様の穢土転生を行っておった。『暁』に穢土転生の情報を流したがゆえに、お二人を奪われる(・・・・)ことを防ぐためにのぉ。じゃが、お二人は既に世を去って久しい。ワシもそうじゃが、表舞台に立つべきではない。ゆえにワシから大蛇丸に、お二人の魂を確保はしても、使役はするなと念を押した。そして大蛇丸はワシの言いつけを守り、最悪の事態―――己が死したときのことを考え、お二人が自動的に目覚めるように細工を施しておった」

 

 ヒルゼンは沈痛な表情で、続ける。

 

「だが、それが裏目に出た。大蛇丸の不死性が高いことが仇となった。暁は大蛇丸を最大限警戒し、殺すのではなく、封印を選んだのだ。すまぬ、我愛羅よ。すべては、ワシのミスがゆえ」

 

「いや……。気に病むことは無い。あなたはオレ達を―――『今の時代』を、信じてくれたんだろう? 不甲斐ないのは、オレ達だ。むしろ……死してなお、我らを想ってくれることに―――砂隠れの五代目風影(・・・・・)として、三代目火影(あなた)へ……感謝を」

 

「……ふ。砂隠れは、良い後継者を持った。さすがは、ワシを討った男の片割れ―――その倅よの」

 

 ヒルゼンは、緩やかに微笑んだ

 ヒルゼンにとって、自分自身の仇の倅。

 我愛羅にとって、当時両親を殺した男が属した里の長。

 

 時代を越えて、憎しみを越えて―――火の意志は伝播し、融和する。

 

 そして、我愛羅の空飛ぶ砂の絨毯に乗ったヒルゼンにより、天空に封じられた大蛇丸が解放され―――奇跡が、間に合った(・・・・・)のである。

 

 

 

 

 

 

 千手柱間最強の術(・・・・・・・・)、真数千手の半ばにすら届かんとする須佐能乎の巨体を仰ぎ見て、宙を浮く砂の上に立つ男―――忍の神とすら謳われた、当時最強(・・・・)の忍者、穢土転生によって口寄せされた、『初代火影』千手柱間は、静かに口を開いた。

 

「皆の者、はっきり言う。今のマダラは―――オレより……強い」

 

「失礼ですが……そのようですな……」

 

 柱間の静かな宣告に、同じく宙を浮く砂の上に立つ『三代目火影』猿飛ヒルゼンが応答する。マダラは、ヒルゼンの想像以上に強大な力を得ていた。生前に可能な限り近づいた歴代の火影の三名の力であればマダラを討てるという想定は、覆ってしまった。

 柱間とヒルゼンは、警戒を以て、静かにマダラを見据える。

 二人の頭上から、やはり宙を浮く砂の上に立つ『三忍』が一人、大蛇丸がゆっくりと近づいて来る。

 

「それは……戦う前から、最悪の報告をどうもありがとう。『忍の神』と謳われた初代火影様ともあろうお方とは思えない物言いですねぇ……。せっかく黄泉より呼び戻したというのに」

 

「大蛇丸!!」

 

「よい、猿飛。オレが不甲斐ないのは確かぞ」

 

「そのようなことは……」

 

 大蛇丸の軽口に、ヒルゼンが窘めるように大蛇丸の名を呼ぶが、柱間がそれを押し止めた。

 ヒルゼンは不服そうに眉を寄せるが、柱間の言葉に従い、それ以上は口を噤んだ。

 そしてそんな師の姿を見て、今度は大蛇丸が不服そうに口を尖らせる。

 柱間は大蛇丸とヒルゼンの師弟関係に微笑ましさを感じ苦笑を浮かべた。

 

「―――兄者」

 

「扉間。……これは。手酷くやられたな……。木ノ葉の者か……」

 

 突如、柱間の乗る砂の上に、男が一人現れた。『二代目火影』千手扉間が、飛雷神の術で飛んできたのだ。その両手には、瀕死のシスイが抱えられている。

 柱間は眼球が潰され、胸に風穴の空いた瀕死のシスイを見下ろし、そしてその額当てを見て、痛ましげに眉をひそめた。

 そして扉間が、この後柱間が取るだろう行動を予測し、先んじて告げる。

 

「未だ生きていることが奇跡のようなものだ」

 

「……それは早計ぞ。眼はどうしようもないが……胸の傷はオレが治せる」

 

あの(・・)マダラを前にしてか? そのような余裕が無いことは、兄者とて分かっているはずだ。今の奴の力は、想像を遥かに上回っているんだぞ」

 

「しかし―――」

 

「……兄者は甘いのだ。今、マダラのチャクラは、明らかに揺らいで(・・・・)いる。この者がマダラの弱体化を成功させたのだろう。だが、それでもなおこの(チャクラ)よ。時を置き回復されれば、劣勢がより強まることとなる。我らの役目はこの機を逃さず、マダラを仕留めることだ。だからこそ、我らは屍の身でここ(・・)にいる。兄者。既に死した我らに課された役割を、履き違えるな。そもそも、マダラがその子(・・・)の治癒を許すとは思えん」

 

 扉間とて、思うところはある。心苦しさが無いわけがない。

 扉間は、木ノ葉隠れの里を大切に想っているし、そこに住まう若き火の意志たちを、己の命以上に大切にしている。

 扉間の死因が、これからの時代を担う若き火の意志を守るためであることこそが、その証左。だが、今は火急の事態。これ以上の犠牲を出さずマダラを打倒するには、今この場で仕留める他に無い。

 情に流されては、成し得る義務も成し得ない。

 

「……扉間!! お前は―――」

 

「―――聞け兄者! 今回に関しては、オレ(・・)とて思い(・・)は同じよ。だからこそ―――」

 

 扉間は柱間との会話中もずっと、マダラを見据え続けている。シスイにも、柱間にも眼を向けず、こちらを地を這う蟻に向けるような視線で見つめるマダラを、その鋭い瞳に捉え続けている。

 

「あら……。その子……。畳間先輩のお子さんですよ」

 

「ああ。……千手止水だ。……間違いない」

 

「……この子が?」

 

「……」

 

 言い争いに発展しかねない兄弟二人の会話に、大蛇丸が割って入る。そして宙に浮く砂の上に乗る我愛羅がふよふよと寄ってきて、大蛇丸の言葉を肯定した。

 柱間が呆然と呟き、扉間が沈黙する。そしてやっと、シスイの方へと視線を向けた。

 

「……つまり」

 

 柱間がゆっくりと、言う。

 大蛇丸は静かに、深く頷く。そしてヒルゼンが続いた。

 

「……曾孫、ですな。柱間様の」

 

「扉間」

 

「―――柱間ァ!!」

 

 突如として空間を震わせた歓喜と狂気の入り混じった叫び声に、柱間がマダラへと視線を向ける。

 

「マダラ……」

 

 そして柱間は、上空から降り注ぐ己を呼ぶ怒声(奇声)の主―――マダラへと人差指を突き付けて、天空によく響く大声で、叫んだ。

 

「―――お前は後ォ!!」

 

「……」

 

 狂気に染まった満面の笑みと、柱間へ向けて乗り出した体を停止させ、マダラが沈黙する。

 

「……相変わらずだな、柱間。いいだろう。少しだけ、時間をくれてやる」

 

 叫んだあと、さっさとシスイの治療を始めてしまった柱間に、マダラは呆れた様に目を細め、そして腕を組み、『待ち』を示した。

 柱間ならば、あの状態であっても、シスイを確実に生き永らえさせるだろう。マダラはそれを確信している。しかし、両目を失い、限定月読を失ったシスイが回復したところで、もはやマダラの脅威にはなりえない。

 マダラはシスイが生き長らえることを許可する。

 それは、久方ぶりに柱間に会ったことで少なくない高揚を抱いたマダラから、シスイへ掛ける恩赦であった。

 そして、それに不服を示すのが、仏頂面の扉間である。

 

「……」

 

 これだからこいつらは……と、扉間は兄とマダラの緊張感のないやり取りに静かに嘆息する。生前から苦労は掛けられていた。

 しかしマダラが里を抜け、そして柱間が亡くなった後は扉間の独断場となり、その時期も長かった。久しぶりに感じる諦念に、僅かな懐かしさを抱きつつ、こんなもの(感覚)は思い出したくなかったとも思う扉間である。

 とはいえ、好都合でもあった。もともと扉間は、この少年を見捨てるつもりなど更々無かった(・・・・・・)のだから。もともとシスイを見捨てるつもりだったなら、そもそも最初から救出などしていない。

 

 扉間の唯一の危惧は、マダラに逃げられることにあった。最悪なのは、マダラが行方を眩ませたうえで、こちらがマダラを追う術を何も持ち得ない状態になることだった。

 

 ゆえに扉間は早々に戦闘を開始し、マダラに飛雷神の術のマーキングをつけ、いつでもどこでもマダラに奇襲をかけることが出来る状態にしたかったのである。それが叶えば、扉間は一度少年と大蛇丸を連れて大蛇丸の研究所に撤退し、大蛇丸に少年の治療に当たらせるつもりであった。その間の時間稼ぎ―――囮役は当然兄者。

 大蛇丸は不老不死を研究しているだけあって、その施設には瀕死の傷病人を仮死状態ではあるが、その命を維持させる(すべ)がいくつか用意されている。そうすれば、柱間の力を割かなくとも、木ノ葉の若き火の意志は守ることが出来る。

 

 そして扉間には、魂を世に繋ぎ止める禁術がある。

 その術は、己の魂を自然エネルギーと同化させ、その命を代償に無制限の仙術チャクラの操作を可能とする、チャクラバージョンの八門遁甲の陣とも言える。そしてそれは翻って、魂を仙術チャクラとしてこの世に残し、肉体さえ与えれば復活が可能となる状態で維持することが出来る、ということでもあった。

 肉体が死のうが死ぬまいが、シスイが生かされる(・・・・・)ことは、既に確定事項であったのだ。

 

 しかし、マダラの身体に触れてマーキングを刻むことは、穢土転生体であり生前に届かぬ出力しかない現状の扉間には無理難題である。ゆえにマダラの身体に触れ、マーキングを刻み隙を生み出すには、柱間の本気の力が必要であり、だからこそ柱間を戦わせようとした。

 マダラを相手に、ただ触れる(・・・・・)ということすらも難しいと、扉間は判断したのである。もしも―――マダラが柱間のチャクラに気を取られていなければ。もしも余興(・・)を切り上げていたならば。シスイの救出は果たせず、扉間は大地に縫い付けられていただろう。

 

 だが、そうはならなかった。マダラはこの場を離れず、シスイの治療も可能となった。マダラに多少の時間を与えることになってしまうが、是非もない。 

 敵を倒す。同胞を救う。どちらもやらねばならないのが火影の辛いところである。当然―――覚悟などとうに出来ている。 

 

 柱間がシスイの治療を行う中、マダラが須佐能乎を解除し、地上へと降り立った。

 そして静かな声で、我愛羅へと問いかける。

 

「おい、我愛羅(・・・)

 

「……なんだ」

 

 宙に浮く我愛羅が、マダラの呼びかけに応答する。

 にわかに体に走る緊張は、一度マダラに殺されたが故のもの。額に滲む汗と上がった息は、人を乗せた砂の浮遊絨毯を数個操り、全速力でここへ向かっていたがゆえのものである。

 もともと、雲隠れへ向かう途中であった我愛羅達は、その最中突如として現れた巨大なチャクラに引き寄せられて、この場所へ集った。大蛇丸を解放し、初代・二代目火影の覚醒を終えた後、雲隠れへ向かう―――その間ずっと、我愛羅はトップスピードで皆を運んでいた。守鶴を失い、チャクラのサポートを得られなくなった我愛羅には、少なくない負担であった。

 

「どうやら穢土転生ではないようだが……。お前はオレが殺したはずだ。どうやって生き延びた? いや……どのような手段で生き返った? 輪廻天生やイザナギ以外にも、そのような術があるというのか?」

 

 輪廻天生の術は輪廻眼が、イザナギには写輪眼がそれぞれ必要になる。砂隠れにそのどちらもが存在していない以上、マダラの知らない術であることは間違いない。

 マダラが我愛羅へと問いかけた。

 暇つぶし、だろう。この問いにこれ以上の意味はない。事実、マダラの声音に抑揚はない。マダラの復活は為され、尾獣を集め、無限月読を成就させるという最終目的は、既に半分以上が果たされた。

 今更、死者蘇生の秘術をマダラが手に入れる必要はない。

 

「父様たちが、オレに命をくれた。マダラ―――お前を、滅ぼし。この世界を、救うために」 

 

「……抽象的だな。かつて柱間がイズナ(畳間)に使ったという仙術の類か? 砂隠れ程度(・・)の里が、そのような術を持ち得たことは。少し、驚かされた。そして―――世界を救うのは、このオレだ」

 

 とはいえ、とマダラが歪に笑う。

 

「すべては無駄になる。今、オレの前に立った以上―――お前は、再びオレに殺される」 

 

「させると思うか?」

 

 我愛羅の横に立った扉間が言った。

 マダラから放たれる殺気とチャクラの威圧。

 扉間は戦国時代とは比べ物にならないそれらに厳戒を抱きつつ、マダラの宣告を否定する。

 

「……」

 

 すん、と楽し気に、しかし歪に笑っていたマダラが、露骨に不機嫌を表情に滲ませる。

 マダラ的に割と気に入っている―――殺さないとは言ってない―――我愛羅との会話に入って来た扉間に、苛立ちを覚えたのだ。

 マダラは輪廻写輪眼を細め、扉間を見据える。

 

「扉間……」

 

 静かに、しかし溢れる殺意を隠そうともせず、マダラが扉間の名を呼ぶ。

 

「お前は昔からそうだ。いつもいつも……人の余興の邪魔をする。お前さえ居なければ、イズナは既に……今、オレの隣に立っていた」

 

(二代目火影はマダラに嫌われているようだな……)

 

 我愛羅が内心で思った。口にはしなかったが。

 そして扉間は楽し気に―――わざとらしく嘲りを強めて―――笑った。

 思い出すのは、語られぬ死闘。千手扉間最後の戦い。うちはマダラ―――の分裂体と思われる―――を退け、その力を削ぎ、若き火の意志が炎となる時を稼ぐために命を捨てた戦いのことだ。

 うちはマダラは―――あの時から、精神的には、一切成長していない。扉間は瞬時にそれを見抜く。

 

「その様子だと、お前御執心の畳間(・・)は、正しく成長したようだな。ワシの意志を継いで(・・・・・・・・・)

 

「扉間ァ……」

 

 低く、唸るような声。すっと、マダラが組んでいた腕を解放する。

 一触即発の気配―――だが、マダラはふっと力を抜き、静かに笑った。

 訝し気にマダラを見つめる扉間に、マダラは言う。

 

「扉間。お前は一度、オレが殺してやった。死人の囀りなど、どうでもいい。それに―――遅いか早いかでしかない。イズナはすぐに、オレの隣に立つ」

 

「千手畳間は―――木ノ葉隠れの五代目火影。ワシらの後継よ(・・・)。貴様の隣に立つことなど、決して無い」

 

 ふ、とマダラが嘲笑を浮かべる。

 

「無様に死んでいたお前に、今のイズナの何が分かる?」

 

お互いにな(・・・・・)

 

 す、とマダラの瞳が細まる。

 我愛羅は隣で冷や汗を流す。なんでこの人こんなに攻めるんだと気が気ではない。

 それは、扉間がマダラの性質を分かっているからである。マダラはプライドが高いが、それは角都とは違う方向性のものであり、短慮な激高は早々起こさない。それこそ―――亡き弟を辱められでもしない限り。

 だが、苛立ち・怒りは、冷静さを奪い、思考を狂わせる。ねちねちと蓄積させていく心理的負担は、戦いの中で僅かな隙となって現れるだろう。

 これは扉間の下準備である。

 

「扉間。お前は知らんだろうが……」

 

 マダラが楽しげに言う。まるで、虫を捕まえた猫が、飼い主に見せに来るかのように、どこか誇らしげな表情で。

 

「お前が死んだあと、イズナの弟と、柱間の息子夫婦を殺した。イズナの教師を奪い、同期達も皆殺しにしてやった。イズナの恋人も、親友も……皆、死んでしまったようだ(・・・・・・・・・・)。そして、今、息子が死ぬ(・・・・・)。やがて目覚めた(・・・・)イズナは孤独に……この世の闇に絶望し……そして、オレと同じ夢を見る」

 

 扉間、とマダラが穏やかに語り掛けた。

 

「オレが、あの小僧の治癒をただ気まぐれで許したと思うか?」

 

「……」

 

 沈黙の中、思考する扉間は、その卓越した頭脳ですぐさま一つの可能性に辿り着き、目を見開いた。

 扉間の考え付いた可能性は、あまりにおぞましい所業だ。人の為すことではない。

 だが―――マダラならば、在りえる。この世に再び肉体を得て、この場所へ来る道すがら、木ノ葉の歴史、忍界の移り変わりは、扉間も大蛇丸や我愛羅より聞いている。そして、うちはマダラを黒幕とした一味の所業と、そのおぞましい陰謀も。

 今のうちはマダラならば、それ(・・)は、在りえる。

 

 そしてマダラが口端を吊り上げたことで、扉間の中でそれは確信に変わる。

 

「……マダラ。貴様という奴は……ッ」

 

 マダラの語る言葉は、扉間の想像を絶するものだった。 

 

 ―――そこまでやるのか。そこまでやったのか。

 

 一人の男を絶望の闇に叩き落すために、その親しき者達を次々と手に掛けたのか。

 そして、扉間の予想が正しければ―――マダラは恐らく。

 

 ―――千手柱間の目の前で、その子孫を殺すつもりだ。

 

 苦労して治癒した曾孫。受け継がれた火の意志の証左。うちはと千手の絆。次代の忍界を担う希望の星。千手柱間の、『夢の先』。

 

 それを、マダラは他ならぬ柱間の目の前で踏みにじるつもりなのだ。

 お前の夢は間違いだったと。お前の夢では憎しみは晴らせないと、それを叩きつけるつもりなのだ。

 何故ならば―――うちはマダラこそが、千手柱間の目指した夢が生み出した、深く巨大な闇そのものだからだ。少なくとも、マダラは自身をそのように定義している。

 だからこそ、うちはマダラが柱間の夢の先をぶち壊すことで、『柱間の夢は失敗作』であるという、証明になる。

 うちははいずれ闇に堕ちる呪われた一族である。違う。

 うちはマダラこそが、うちはを―――忍界を闇に誘う呪いそのもの。

 

 ―――やはりこいつは、殺さねばならぬ。今、ここで。

 

 扉間は畳間が味わって来た痛みを思い、声を震えさせた。怒り。そしてマダラという存在への呆れ。

 己を律することに長けた扉間は怒りに呑まれることは無い。だが、そんな扉間をして、マダラの行動は常軌を逸しているとしか思えず、その悪鬼が如き所業に、人として当然の怒りを抱いた。

 

 扉間が自然に重心を下げる。

 扉間の感知能力が、柱間がこちらへ向かってきていることを感知したのである。シスイの治癒がある程度終了し、戦いに移行する手筈が整ったということだろう。

 扉間は即座にそれを理解し、臨戦態勢を整えた。

 

「―――扉間」 

 

 後方から掛けられた柱間の声。腹の底に響く、冷え切った声音だった。

 ぞくり、と扉間の背に悪寒が走る。

 それは、扉間が柱間の意志を無視し、己の考えを強行しようとしたときに柱間が見せるチャクラの荒ぶり―――本気の怒気。

 今回オレは何もしてない、などと扉間が考えたかは定かではないが、その凄まじいチャクラの圧に、扉間は穢土転生の身でありながら、己の死を感じ取ったほどである。

 

「ほう……」

 

 マダラが感嘆の吐息を零す。

 その視線の先には、ゆっくりとこちらへと向かってくる柱間の姿。僅かに俯いている柱間の表情は伺えない。

 だが、ひび割れた体は、穢土転生の証左だ。だが―――その中身は違う。マダラの感じ取った柱間の力は、今、生前に匹敵する(・・・・・・・)

 

 顔を上げた柱間の顔には、仙術を扱う者の証たる隈取。そしてその目尻から止めどなく流れ落ちる涙。

 

 ―――千手止水のチャクラが、感知できなくなった。

 

「マダラ」

 

 ―――柱間の中に溢れる、生きたチャクラ(・・・・・・・)

 

 それはマダラの中にも流れる、始祖の力。

 柱間の表情は、まさに鬼の形相というべきもの。角を起点に広がる仙術の隈取は色濃く、力強い。

 

「―――兄者……」

 

 柱間は扉間の隣を通り過ぎ、皆を庇うように前に立った。

 がちゃり、と鎧が乾いた音を鳴らす。

 

「言ったはずぞ。マダラ」

 

 そして柱間は哀しみが滲む声で、マダラへと告げた。

 

「―――里に仇為す者は許さん」

 

 激しい怒りが、天地を揺らした。




おまけ

「……貴様、猿飛か? 歳を取ったな……」

「兄者。この世に戻り第一声がそれか」

「……二代目火影。あなたも第一声がそれでいいのか」


おまけ2

「木ノ葉は今、どうなっておる? 今の火影は誰ぞ?」

「お孫様の畳間様ですよ」

「な―――」

「おお! 畳間が!! ……こほん。何でもない。続けろ。……何だその顔は。何だと聞いている。……そのニヤケ面を止めろ兄者!!」


おまけ3

「畳間が兄者と同じ真数千手を?」

「ええ。『初代火影の再来』と称されるに値する凄まじいお力です。私も攻撃されました……」

「よく生きていたな……(ドン引き」


おまけ4

「そうかぁ……。畳間に子が……。つまりオレに曾孫が……。そうかぁ……!」

「良かったですな、柱間様」

「ちなみに綱手姫は独身です」

「……そうかぁ。そうかぁ……」

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