「……ふう」
畳間が金剛真手の頭の上で、深く息を吐きだした。
そして懐から、中央に歪な形をした千手の家紋のアップリケが刺繍された、小さな巾着袋(袋の端に小さくうちはの家紋が刺繍されたもの。アカリと孤児院の子たちお手製)を取り出した。
畳間は掌を皿にするようにして、それをひっくり返す。ちょいちょいと揺らされる巾着袋から、小さな丸薬が数個転がり落ちた。それは失った血を急速に生成させる増血丸と、チャクラを回復させる兵糧丸。
畳間は掌の丸薬を口に放り込んで、ごくりと呑み込んだ。
すでに、雨隠れの戦いにおいて、畳間はこれを内服している。最初に呑んだときよりも、薬の効きがにぶいのが分かった。
(さすがにこれ以上影クラスとは戦いたくないな……)
ちらと、畳間の心の内に、本音が零れる。
思い出すのは、雨隠れで交戦した、暁の構成員たちのこと。
続いた交戦で、思った以上に体力を消耗した。見た目の負傷はそれほどでも無いが、流した血は多い。ぶるりと震えることがある程度には、体から熱が奪われていた。
(暁……。小南というくノ一もそうだったが、木ノ葉に喧嘩を売るだけのことはある……)
ウラシキが見せた引力と斥力を操る術や、ウラシキが見せなかった輪廻眼の使い方を見せたペイン六道。『紙』を媒体にした忍術を扱うくノ一。恐らくは水遁に限って言えば、現代最強と予測される鬼鮫。そして、謎の時空間忍術を使う仮面の男。
敵は4人で、木ノ葉側も精鋭4人を送り込んだが―――人数有利はあったというのに、かなりの苦戦を強いられた、と畳間は報告を受けている。
空間を水遁で満たすことで自来也の火遁を封殺し、同時に足場を『濡れた紙』で崩すことで機動力を奪い、チャクラを吸い取る術でイタチの須佐能乎や、シスイの仙術攻撃を吸い上げた。
とはいえ、ガイに限って言えば、高速で空中を飛び回るうえに、ただの体術であるため、敵の妨害工作はあまり意味をなさなかったようだ。仮面の男は時空間忍術や『木遁』をフル活用して、ようやっとガイを足止めするのに精いっぱいといった様子だったらしい。触れられれば時空間に攫われるリスクもあるというのに、ガイは時空間へ飛ばされる前に高速離脱して退けたというのだから、さすがはガイである。
戦力的に見れば六代目に最も近いのはガイだろうが―――あのタイプは前線にいさせた方がガイ自身も、そして周囲にも、良い影響を与える。六代目政権下での切り込み隊長として、たくさん活躍してくれることだろう。もっとも、そんな役目が必要になることは、きっと無い。
畳間が到着した際には、
ガイvs仮面の男。
イタチ、シスイ、自来也vsペイン、小南、鬼鮫という構図になっていた。
―――畳間は、瞑目。体の中のチャクラを感じ、外界に存在する自然エネルギーに触れる。それを取り込み、混ぜ合わせる。それが仙術チャクラとして体の中に満ちるまで―――畳間は少し前のことを思い出す。
★
―――花樹界降臨。
雨隠れに到着した畳間が見たのは、各々が戦っている姿である。
互いに膠着状態―――ガイの場合は、高速で飛び回ることで、時空間忍術すらも翻弄していたが―――ということを察した畳間は、初手でその術を繰り出した。
「とうさ―――う……」
「五代目―――う……」
「畳の兄さ―――う……」
「火影―――う……」
「千手畳―――う……」
「千手畳間ァーーー!!」
シスイ、イタチ、自来也、小南、鬼鮫は花粉によって倒れ伏した。
何故か花粉の毒が効かず動き回れる上に、6人もいる輪廻眼使い―――ペインたちは、怒声をあげて畳間へと襲い掛かったが、畳間は花樹界の木々による奇襲を仕掛けて拘束。すべてのペインを同時に縛り上げ、木々のうねりに呑み込んで、圧し潰し、ひねりつぶした。
一気に傾いた戦況にさすがに焦ったのか、仮面の男が逃走を開始する。しかし時空間忍術ですぐに姿を消すのではなく、時々姿を遠くに見せながらのものだった。
恐らく、この状況下でガイを自由にすれば、本当に戦局が決まると判断したのだろう。畳間自身、仮面の男に
畳間は小南は拘束し、鬼鮫に関してはペインたちと同じように殺そうとしたのだが、鬼鮫が咄嗟に放った全力の水遁によって花粉が押し流され、動く隙を与えてしまった。
だが畳間が仮面の男に邪魔をされたくなかったのは、体を満足に動かせない小南と鬼鮫の相手をすることではない。
「―――輪廻眼」
―――
天空に浮かぶ、異様な圧。
天を仰いだ畳間は、赤い雲の刺繍をあしらえた黒いコートを風に揺らす細身の男を、その視界に捉えた。
「な、長……門! やはり……おま……えが!! その……姿は……一体……!?」
畳間は浮かぶペイン―――自来也が言うに、長門―――へ向けて、鋭い視線を向ける。その瞳に浮かぶ多重の円。まさに、かつてウラシキが持っていたものと同じ―――輪廻眼。
「どうやら紛い物では無いようだ」
空を見上げた畳間は、長門の輪廻眼をじっと見つめる。
―――間違いない。あれは本物だ。
圧殺したペインたちは、皆が輪廻眼を持っていたようだが―――畳間には、それらすべてが
「―――貴様、このチャクラをどこで……。それに、その体は……」
畳間は静かに、驚きを口にする。
自来也も言及していたが―――長門の身体は、一目見て、異形と呼ぶにふさわしいものだった。
その右肩から腕にかけて、そして左足に当たる部分のコートは歪に押し上げられており、異様に膨らんでいる。それは人間の形でも、人間の大きさでもない。
そして片側の頭部からは歪な角―――いや、『枝』が生えており、顔の半分は、人間の色をしていない。その色はまるで―――樹木。
長門から感じるチャクラも、異様なものだ。
それは畳間にとってはとても特別で、涙が出そうなほどの懐かしさを感じさせるものであり―――同時に、
畳間が見ている長門の身体は、どうも
畳間は少しだけ眉間にしわを寄せて、「そうか」と何かに気づいたように、小さく呟いた。
「……お前たちも本気、ということか」
「……」
喋ることが出来ないのか、あるいは喋る気が無いのかは定かではないが、長門は丸く、大きく開いた輪廻眼を不気味に輝かせて、畳間を見下ろしている。
畳間は長門が問いに答えないだろうとは思いつつも、口を開いた。
「一応聞いておくが、
―――火影たる畳間ですら詳細を知りえない、かつて二代目火影が行ったという、秘匿された人体実験。
―――柱間細胞。その研究。
初代火影・千手柱間は生前から、異様な再生力を持っていた。印を結ぶことなく、自分の身体に生まれたあらゆる傷を癒すことが出来た。そんな柱間も、畳間を生かすために己の命を捧げ、世を去った。しかしその遺体は、死後幾日経とうと、腐敗することが無かった。今もなお、その亡骸は木ノ葉の最奥―――歴代火影が守る霊墓にて、厳重に安置されている。
それに目を付けたのが、他ならぬ実弟たる、千手扉間。彼は実兄である柱間の、生前から見られ、そして死後に確定した、その身体の明らかな異常さを、木ノ葉のために活用できないかと考えた。扉間はたった一人の兄であろうと、戸惑うことなく、その遺体から細胞を採取・培養し、被験者に移植―――柱間の木遁と、生前から見られた異常ともいえる生命力を次代に残すための実験を開始したのである。
しかし結果は―――失敗。
当然、扉間はこの実験の被験者には、犯罪者や、敵対組織の者を選んだが―――成功例は無く、すべての者が死んだ。
何度か実験を重ね、しかし木遁を次世代に残すことが不可能だと知った扉間は、その事実を闇へと葬った。
人体実験という外聞の悪い事実は秘密裏に抹消されたのである。
扉間が残したのは、次世代がむやみにこの危険な実験を繰り返さぬための、次代の火影達へ向けた警告文と、数件の失敗例についての言及。そして柱間の遺体を埋葬している霊墓に添えられた石碑には、『続く火影たちへ』という書き出しで、絶対に柱間細胞の実験はするな、といった旨の碑文が記されている。
感じ取れる初代火影のチャクラに、暴走した木遁の片鱗。
空に浮かぶ長門は、その抹消された『柱間細胞の研究』の被験者ということだろう。
木ノ葉でその研究が打ち切られて久しいこの時代―――長門が二代目時代に行われた実験の被験者であるとは、考えにくい。
であれば―――恐らくは、柱間の細胞を持ち出した者が、暁にいる。そいつが、消された実験を、再開したのだ。
(仮面の男か、ゼツか……)
下手人は不明。どのタイミングで初代火影の細胞が持ち出されたのかも、定かではない。
角都と戦った後の畳間は、それが『蛇』によるものかとも考えたが―――柱間の眠る場所は、歴代の火影にしか参拝できぬ、木ノ葉の秘奥である。
時空間忍術で入り込もうとも、中に出現した瞬間に、警報が鳴り、畳間が駆けつける。角都の『蛇』ごときが入り込める場所ではないし、秘密裏に持ち出すことなど到底不可能である。
答えは出ない。
だが、しかし、
―――まだ、楽に殺せる範囲だ。
そのチャクラの増加具合からして、長門は柱間細胞に適合しつつあることは間違いない。だが、今はまだ適合の途上にあり、未だ完遂されていない。今ならば、問題なく討てる。
暁の本拠地の情報を、早くに手に入れてよかった。今このタイミングで長門を討てるのは僥倖だ。暁は木ノ葉攻略に向けて、ちゃくちゃくと準備を整えていたのだ。それが為される前に攻め込むことが出来た。情報を提供してくれた者には、感謝しかない。
もしも長門に適合した柱間細胞を、さらに変異・適合させやすくし、他の暁構成員たちに植えられていれば、さすがに木ノ葉といえど分が悪い。一人一人が素で影クラスの実力者たち。それが初代火影の力の片鱗を手に入れてしまえば―――恐ろしいことになる。
―――こいつはここで殺さないとダメだ。
畳間の足元から木の根が蠢き、畳間を空へと押し上げた。畳間は長門へと襲い掛かり、戦いが始まる。
(……万華鏡の瞳術を封殺するとは―――)
対象に凄まじい重力を掛けて地面に縛り付ける瞳術、思兼神。畳間は何度か発動したが、発動のタイミングで長門周辺に発生するチャクラ場を輪廻眼によって吸い上げられ、発動を阻害された。
(―――ならば出向くまで)
引きずりおろすことは叶わなかった。ならば―――空へ続く道を造るのみ。木遁を天高く伸ばし、地面を底上げしてやればいいのだ。畳間は樹界降誕を上空へと成長させた。
畳間は大樹の
一瞬で空へ辿り着いた畳間は拳に木遁―――木僧衣を纏い、振りかぶった。
瞬きすらしない長門は、気だるげな様子。だが、術のキレは暁の頭目相応のもの。神羅天征が発動し、畳間は不可視の壁を殴りつけたような強い衝撃を拳に感じ―――拳が痛む直前に、飛雷神の術を発動した。
『飛んだ』のは、駆け昇る途中に刺し置いた、マーキングのついたクナイ。飛んで後退した畳間は、直後足場を蹴りつけて、長門への突撃を再開する。
神羅天征に絶対の自信を置いていたのか、あるいは五代目火影を甘く見ていたのか―――長門にとっては―――初手で完全に神羅天征を攻略して見せた畳間を目の前に、長門は驚愕に瞳を揺らす。
畳間は駆ける。木僧衣の拳に当たる部分の中央から、鋭利な『挿し木』が伸びる。狙うは心臓。頭部は首を逸らされれば避けられかねない。確実に仕留め、戦いを終わらせる。
(さあ、どうする?)
長門がどう対処するか。どのように己を迎え撃つのか。
―――多重影分身の術。
畳間の周囲、長門を囲むように、数百の畳間が出現する。
その全てが各々物理的な攻撃手段を構え、長門へと襲い掛かる。多重影分身は膨大なチャクラを消費するが、分身の生成速度がどの影分身よりも早い。木遁分身は影分身すら越える強度を誇る凄まじい術だが、自分の細胞を媒体にするという性質上、一度に生み出せる分身には限りがあり、生成スピードも遅い。
この局面―――数で呑み込むが正解と感じた畳間の、最速の詰みの一手。
「がああああああ!!」
長門の方向。突如、長門の身体が膨れ上がり―――暁の外套を突き破って、無数の『挿し木』がその体から射出される。
最前列にいた畳間の分身が消滅し―――同時に畳間は飛雷神の術で木の幹のクナイへと飛び、さらに残った影分身を起爆する。
「―――多重分身大爆破」
次々に爆発していく影分身。立ち上る煙と、何かが焦げる嫌な臭い。
天空に出来た煙の幕が、神羅天征によって吹き飛ばされ―――直後、巨大な咢を開いた龍が、地上から空へと駆け昇る。
「―――仙法。木遁・木仙龍の術」
花樹界の木々を練り上げた巨大な龍が、長門を喰らい、天へと昇る。
「……」
畳間は木仙龍の中にいる長門のチャクラを確認、その体内でチャクラを吸い上げる。
―――水断波。
突如、地上から延びた水の刃が、木龍の胴体を切り裂いた。
「鬼鮫か。……さすがにカカシを倒しただけはあるな。
幹に立つ畳間がちらと地へと視線を向けると、地に伏した鬼鮫が、こちらを鋭い瞳孔で睨みつけている。その少し後ろには、巨大な水球。その中にいるのは―――暁のくノ一。
鬼鮫は痺れ完全に動けなくなる前に、巨大な水球を創り上げ、その中にくノ一ともども潜り、身を隠した。
そして化け物へと姿を変えた鬼鮫は、水球の中で花粉を洗い流して体の自由を取り戻すと、水球の中を自在に泳ぎ回り、侵入してくる樹界を、上下左右と移動して、必死に迎え撃ち、破壊していた。小南へは器用に酸素を供給して見せていたのだから、大したものである。
だが、所詮それはその場しのぎに過ぎない。いずれ鬼鮫の体力は底を尽き、樹界に呑み込まれるのを待つのみだった。しかし水球の中にいれば、今しばらくの猶予はあったものを―――。
「仲間を救うために、安置を捨てたか。……良い忍びだ。本当に」
そんな忍者と敵対し、殺さねばならぬ状況は、本来ならば不本意極まるもの。
畳間は少しだけ哀し気に目を細め―――しかし無慈悲に、指先を動かした。
―――木殺縛りの術。
畳間の指先の動作に呼応して、地に伏す鬼鮫の周囲から現れたのは、蔓や草花。それらは毒で動けない鬼鮫の身体に絡みつき、手足を細かく縛り上げた。鬼鮫は指ひとつすら動かせぬように、関節まで雁字搦めにされ―――ごきり、と骨の折れるにぶい音が響き、動かなくなった。
「千手畳間ァああああああ!!」
鬼鮫が動かなくなり―――鬼鮫の水断波によって上下に切り裂かれた木龍が、地へと力なく落ちていく中、その裂け目から長門が飛び出してくる。
イかれた声帯で濁った怒声を大声で叫びながら、その表情を憎悪に染めてあげて、長門は畳間へと向かってくる。
「……」
仲間思いと思しき長門が、どのような理念でこのようなことをしたのか―――気にならないと言えば嘘になる。だが、仲間思いということと、他者を踏みにじり利用する冷酷さは、矛盾しない。今更問答をするような状況ではないし、仮に哀しい過去、やむに已まれぬ事情というものがあったとしても―――見逃す気は無い。
それに、
(こいつ……第三次、あるいは第二次で、木ノ葉の忍びに身内をやられたな。あるいは―――オレに化けた
畳間は火影を襲名した際に、戦時中、畳間に化けて悪行を行う者が存在したという情報の公表は行っている。しかし、憎しみで視野が狭まった者には、畳間の言葉は責任逃れ、あるいは自分の悪行を誤魔化すための方便に過ぎないとしか、受け取れないだろう。
そういった人間はこれまで何人もいた。話し合いの末に理解を得て、友好を結んだ者もいれば、聞く耳を持たず木ノ葉に敵対し―――この世から消えた者もいる。
長門は―――後者になるだろう。
話し合える余地は無い。やったことの規模があまりにでかすぎる。霧隠れ乗っ取りが暁主犯によるものだという裏取りも既に終わっており、その悪行が言い逃れできぬ事実である以上―――哀れとは思えど、許せる事案ではない。長門が生きていると、霧隠れと木ノ葉隠れの里は友好を結べない。排除する以外に道は無い。あるいは―――ナルトやサスケ、カカシの世代ならば、分かり合えた道もあったかもしれないが。
「……どのみち、初代火影の力は野放しにはできない。……回収させてもらうぞ」
自分に言い聞かせるように呟いたのは、畳間の弱さ。
長門はすでに満身創痍。途中、神羅天征で爆風を吹き飛ばしたと思われるが―――だからこそ、そのインターバルの時間に、木仙龍を叩き込んだのだが―――少なくない影響を受けているようだ。血に塗れ、破れた服から見える人の皮膚や、柱間細胞の木の面は焼けこげている。
畳間が両手を合わせる。今やるべきは、時間稼ぎ。
ペインと鬼鮫を始末したことで、花樹界に咲く花の毒粉の放出は、既に止めている。直に自来也たちが動き出すだろう。そうすれば、いくら輪廻眼といえども、多勢に無勢。すぐに
「―――ッ」
突如、畳間の身体が、何かに引き寄せられる。
長門の体から無数の『挿し木』と、黒い棒状の何かが放出され、長門のほうへと引き寄せられていく畳間へと、殺到した。
―――飛雷神の術。
目の前に迫っていた攻撃の数々が消え、畳間は木々の隙間に立っていた。
畳間はパンと手を叩き、直後、木の巨人が現れる。
―――木人の術。
飛雷神の術で『飛んだ』畳間が速やかに生み出した木人は、空に浮かぶ長門へ、その剛腕を凄まじい勢いで突き上げる。
「神羅天征!!」
木人の拳が、神羅天征によって押し留められる。しかし、木人に痛覚は無い。畳間は木人の拳がへしゃげ、潰され、腕へとめり込んでいくのも構わずに、腕を伸ばし切らせる。
「うおおおおおおおお!!」
長門が雄たけびと共に、チャクラを解放する。
木人の拳は潰され、先が平らな、丸太のような腕となった。これではもはや、腕を伸ばし切ったとしても、長門には届かないだろう。
―――手裏剣影分身の術。
神羅天征の発動が終了したと同時に、長門へ向けて畳間が放ったのは、無数の手裏剣の雨だった。
長門は苛立たし気に手を振るう。長門の木の表皮のような色をした腕が肥大化し、手裏剣の雨を薙ぎ払った。
直後、畳間は足場を蹴って加速し―――その場から消えた。
次に畳間が現れたのは、天空。目の前には、何が起きているのか理解していない長門がいて―――畳間はすれ違う。
振り抜いた刀。畳間の背後にいる長門が眼を見開き―――血の華が咲く。
―――飛雷神斬り。
滞空する畳間は、横目に長門へと視線を向ける。
腹を切り裂かれた長門の傷口からは、凄まじい量の鮮血が迸り、畳間の身体を赤く染め、その頬を濡らした。
―――須佐能乎。
だが、それだけでは終わらない。
すれ違いざまに長門を切り裂いた畳間は、空中で反転。さらに須佐能乎を展開させた。
須佐能乎は、自身が持つ穂先がねじれた槍を持った腕を後方へ目いっぱいに引き絞り、長門の上半身を貫き抉る、最後の一撃を放とうとする。
そして槍を長門へ投擲しようとして―――輪廻眼によって、吸い上げられる。
しかし、
「神羅天征!!」
しかし畳間の吶喊は、インターバルを終えた神羅天征によって阻まれる。畳間は上空へと弾き飛ばされ、その畳間を追って、無数の『挿し木』が長門より放たれる。
畳間は針山にされそうになるが、その直前に『飛ぶ』。
畳間は木の幹にしゃがみ込み、上目遣いに刺すような鋭い視線を、長門へと向ける。神羅天征との激突によって発生した眩暈を隠し、回復を待つ時間稼ぎだ。
しかし長門の眼には、次の攻撃を仕掛けようと準備する威嚇のように映った。
「
―――畳間は注意深く長門を見つめた。
柱間細胞と正しく融合を果たしつつある長門の身体は、最初の異形染みた姿から、少しずつ人間のそれへと変化してきている。そして見えて来た、
長門の怒りは、それも理由の一つなのかもしれないと、畳間は思った。
「かつての罪が今になって追いついて来るというのは……」
きついものがある。
だが、感傷に浸っている時間は無い。自来也たちの参戦を待つつもりだったが、その猶予も無さそうだ。あれが適合しきってしまえば、不味いことになる。
そう感じた畳間は片手に、自身の胸部ほどの長さの金剛石の槍を作り出すと、それを握った手を、いっぱいに引き絞る。
「千手畳間ァ……!!」
呼吸すら絶え絶えの長門は、憎々し気に畳間の名を呼ぶ。
しかし長門は限界が近いのか、宙でふらふらと危なげに揺れている。長門は苦虫を嚙み潰したかのような表情を受かべ、その眼に手を掛けようとして―――
「―――長門!!」
―――やけに艶のある女の声が響き、その手を止めた。
「ダメよ、長門! それをすべきは、
「―――小南」
鬼鮫の水球が解け、解放されたくノ一―――小南の、魂の慟哭。樹界に守られた自来也が、その声を聴いて、悲痛に顔を歪める。
―――螺旋槍。
逃がす気は無いし、問答に付き合うつもりもない。
畳間は長門の身体を串刺しにし戦いを終わらせようと、金剛石の槍を投擲した。
「―――長門!!」
「わずかに逸れたか……」
小南の悲鳴。
長門の呻き。金剛石の槍の軌道は、長門が咄嗟に避けたことでの心臓から外れ―――肩を貫通し、肉を抉り取っただけに終わった。
痛みに呻く長門を、見開いた眼で見つめた小南が、怒りに体を震わせる。
「……ッ。千手、畳間……っ!!」
小南は鋭く目を釣り上げて、畳間を睨みつける。
畳間は無表情で、睨みつけて来る小南を見下ろした。
これではどちらが悪役か分らんな、と内心非常に心苦しく思ってはいるが―――これは戦争である。
「……だから嫌なんだ」
と畳間は小さく口にした。
その言葉をどのように受け取ったのか―――小南が顔を伏せる。
そして、「仕方ない」という小南の呟きが、畳間の耳に届いた。
小南のチャクラがにわかに増加する。それでも、畳間にとっては大したことの無い量だが―――油断はしない。畳間が指を動かすと、木々がにわかに騒ぎ出す。そして小南を
「―――なんだ……?」
空からゆらゆらと振ってくるのは、一枚の『紙』。
その紙に書かれた図を認識した畳間が、弾かれるように空を見上げれば―――白く染まった空が、横たわっている。
それは、空を覆い尽くすほどの量の、分厚い『紙』の雲。それらは次々に、畳間へ向かって落ちて来る。
幻想的な光景だ。空を覆い尽くすだけの紙吹雪が、畳間に降り注いでいるのだから。
だがそれは、畳間の勝利を祝うものではない。
畳間が驚愕に目を見開く。
「……これは―――ッ!!」
「
「なんだ、これは。ほぼすべてが起爆札、だと―――!?」
―――馬鹿な、狂ってる。これを集めるのにどれだけの時間と労力を割く必要があると―――。
畳間は『暁』の執念に、初めて恐怖を覚えた。
「まずい―――。シスイ―――」
周囲を舞う美しい紙吹雪―――その全てが、周囲の者を地獄へ叩き落す爆発の
畳間は足場を蹴って加速。同時に紙吹雪が畳間に殺到し―――起爆した。
―――爆発とは、嫌な縁があるな。
畳間は背中に爆発を受け、宙へと投げ出される。飛雷神の術で場所を移動した畳間は、しかし図ったかのように、飛んだ先で待ち構えていた起爆札の爆発をもろに受け、胸部の鎧を損傷する。
畳間は咄嗟に顔を庇った。
次々に起爆していく札。右で爆発が起き、畳間はその衝撃で左へと弾かれ―――左で爆発が起き、右後方へと吹き飛ばされる。
(まずい、逃げ場が―――ッ)
里へ戻ることは出来る。だがそれをすれば、シスイたちを見捨てることになる。この爆発だ。いくら飛雷神のマーキングが『消えない』ものだとしても、物理的にマーキングを吹き飛ばされれば、『飛んで戻る』ことは出来ない。
どこへ飛んでも変わらないのなら―――畳間は地面に手を叩きつけ、遠方のシスイたちの周辺に、木遁と金剛石の壁を生成する。
「イタチ!! 須佐能乎で身を守れ!!」
畳間が叫ぶ。
爆音で聞こえていないかもしれない。すでに爆炎でイタチ達の姿は確認できない。ただ、生きているのは分かる。届いてくれと、畳間は爆炎の中に消えた声に願った。
そして畳間はイタチ達の周辺に展開した『壁』を維持しながら、さらに新たな『壁』を生み出す。それは、自分を守るためのものでは無い。
畳間が無数の爆発に晒されながら作り上げたのは―――
爆炎の向こう側にいる長門を逃がさないように―――それもある。
だが―――この戦地の近くに、人の気配を感じた。弱弱しいチャクラ。それも、複数。子供や、老人―――戦いの見物に来たのか。あるいは近くに集落があるのか。それは分からない。だが畳間は、彼らに被害が拡大することを恐れ、己の身を削ってでも、守りの壁を作ることを選んだ。
その最中も、畳間は爆発に晒され続ける。
―――これ以上は。
無数の爆発をもろに受け続ける畳間の限界は近かった。壁を天空にまで伸ばし切り、ドーム状にして長門を封じ込めることは諦めざるを得ない。
畳間はドーム作成を中断し、己を守るための繭を創り上げる。
だが、畳間の身体に張り付いた起爆札や、展開する繭の内側に入り込んだ多くの起爆札の爆発には、なおも晒されている。
畳間は久方ぶりに開門をして、体の治癒力を最活性化。外側からの爆発と、内側の爆発で破壊されそうな繭の修復を行いながら、さらにその周辺に須佐能乎を展開。
防御を固め、肉体の修復に残るチャクラのすべて注ぎ込み、畳間は爆発が終わるのを待つ。
★
一方、天空へと逃げ出した長門は、爆炎を眼下に見下ろして、苦悩していた。
小南の言う通りに逃げるべきか。だが今ならば、五代目火影を殺せるのではないか。そんな甘い誘惑に晒されていたのである。
だが、長門の身体は切り裂かれ、血とチャクラを多く失った。柱間細胞の適合によって生きてはいるが、しかし戦えるような状態ではない。
爆発が終わった時、五代目火影が死んでいるか、あるいは長門以上の瀕死の重傷を負っているならば良い。暁の勝利だ。
だが、もしもそうでなかったならば。もしもこの爆発の海を五代目火影が凌ぎ切り、そしてそれほど消耗していなかったなら―――長門は、今度こそ確実に殺されることになる。
しかし、小南を見捨て、
爆炎の海だ。
畳間が長門を視認できるはずが無い。
だが、その殺意は確実に長門へと向いていた。
動揺する長門は―――再び爆炎を貫いて、飛来する須佐能乎の槍に、瞠目する。
―――避けられない。
「長門―――!!」
直撃の瞬間、長門の前に飛び出したのは、小南だった。
槍は小南の腹に直撃。小南の血と臓物をぶちまける。
腹部を貫かれ、血反吐を吐いた小南は、しかしこれ以上は許さないと、掌の肉を削がれながらも、槍を握りしめて停止させた。
「―――小南!!」
「行って! 長門!! 速く!! ……。 ―――お願い」
小南が怒鳴りつけ、そして、力なく懇願する。
お前も、という長門に、小南は首を振る。
この爆発を制御するには、小南は近くにいなければならない。
小南は、畳間が周囲に展開した
この場を離れるわけには、いかなかった。
「小南……」
長年連れ添った相棒の名を呼ぶ長門の声は、弱弱しく震えている。その姿はまるで子供のようで、小南は長門を安心させるために、痛みを堪え、身に濡れたまま、優しく微笑みかける。
その姿を見た長門は、ぎり、と悔し気に奥歯を噛みしめて―――小南に背を向ける。
「なが、と。……もしかしたら。五代目火影は……私達が思っているような―――いえ……。今更ね……。もう、引き返せないところまで……来てしまったのですもの」
畳間の行動を見て生じた違和感と、可能性。
去り行く長門の背に伝えようとして―――小南は小さく、首を振った。
★
―――そして、爆発が終わる。
無傷のシスイたちが、畳間がいたはずの場所へと駆け寄っていく。
「父さん!!」
シスイが心配と、そして喜びに声をあげた。
畳間は体中に傷を負い、鎧も破損していたが、自分の足で、立っていた。凌ぎ切って見せたのだ。
シスイが安堵を表情に浮かべて駆け寄ってくる。
「……まだまだ若いな」
父の生存に対する喜びを前面に出している姿に、畳間は普段は見せないシスイの幼さを見て、責めるような口調で、しかし少しだけ嬉し気に微笑みかける。
そして、畳間は空を見上げた。長門が逃走した方角である。
「……逃がしたか。……あの傷だ。遠からず死ぬ、と思いたいが……。初代の細胞とはな……未知過ぎて、わからん……」
「兄さん、大丈夫ですかのォ?」
「大丈夫だ。問題ない」
自来也に軽く手を振って、畳間が歩き出す。
「五代目、お体に触りますよ」
イタチが畳間に声を掛けた。
歩き出した畳間を止めるような、口ぶりだった。
「……?」
畳間は歩みを止めて、振り返る。
心配の声を掛けてくれた―――のだとは思うが、どうにもニュアンスが可笑しい気がして、畳間は小首を傾げる。
イタチは真顔で、畳間を見つめていた。
「お体に触りますよ」
「……?」
ちょっと何を言っているか分からないが、畳間はイタチを安心させるべく、懐から巾着袋を取り出して、その中身を掌の上にジャラジャラと出し、それを呑み込んだ。増血丸と、兵糧丸である。
「そんなにたくさん吞まれると……お体に触りますよ」
「お前はオレの祖母ちゃんか。大丈夫だって」
そして歩みを再開した畳間が向かう先には―――地に倒れ伏す、小南の姿。すでに、命の温もりは、失われているようだ。
「小南……」
自来也が悲痛に眉を寄せる。
畳間は自来也の肩を優しく一度叩いた。
「道を誤ったのは事実だが……。仲間思いの、良いくノ一だった。叶うなら―――いや、なんでもない」
―――叶うなら、違う出会いをしたかった。
そう口にするのを、畳間は止めた。
その言葉を口にすれば、異なる出会い方をした自来也を責めることになる。
(本当に、たいしたくノ一だったな……)
先ほどの戦いの最中、小南を殺すのではなく、
長門や鬼鮫を殺した後は、唯一小南のみを捕虜として木ノ葉に連れ帰り、尋問・洗脳し、すべてを吐かせるつもりだったのである。
だが、見誤った。
一番厄介なのは、このくノ一だった。
畳間はそう痛感する。
「……自来也。お前に聞くのも酷なようだが……。周囲に、子供を含め、人の気配がいくつかある。このくノ一は、
畳間が子供を大事にするというのは、周知の事実である。小南が近くに子供の気配を感じたうえで、無差別爆破を行ったのか、そうでないのか、畳間は疑問に思った。
だが、自来也はそれを否定する。
「そうは……思えません。別れたのはこの子が幼い頃ですが―――それでも、小南は優しく、穏やかな子でした。子供を……
「……そうか。ありがとう」
やはりそうか、と畳間は思う。
小南は畳間に貫かれたあと、万が一にも畳間が作った周囲の壁が破損しないように、あの瀕死の状態で、無差別に、無尽蔵に起爆し続ける起爆札を操作し続けていたということになる。子を、無関係なものを巻き込むまいとするその姿勢―――。
きっと、小南は自来也が言う通り、その本質は優しく、穏やかな女性だったのだ。
それがなぜ、暁などという犯罪集団に成り下がってしまったのか。それが、悔やまれる。
もっと別の形で、語り合うことが出来ていれば―――もしかしたら、違った道を歩めたかもしれない。
手の届かない場所はいくつもあり、畳間一人で出来ることなどたかが知れているが―――こうして、手から零れ落ちてしまった者を直視するのは、辛いものがある。もしも木ノ葉で語り合うことが出来たなら。その憎しみや怒りを受け止められれば。畳間だけでは無理でも―――孤児院の子たちの姿を見て、触れ合えたなら。もしかしたら、その憎しみと怒りを、溶かすことも出来たかもしれない。
しかし、過ぎたことだ。
畳間は未練を振り払うように首を振って、周囲を見渡す。
「……ガイは?」
「そういえば、戻られませんね」
イタチが答える。
「あの爆発だ。異変を察して戻って来ても良い頃だが……。ガイを釘付けにし続けるとは……仮面の男―――それほどの手練れか」
「そのようで」
自来也が頷く。
「周辺に敵の気配はない、か……。シスイ、お前はどうだ? 何か感じるか? 感知に関しては、オレよりもお前の方が上手だ」
仙人モードで周囲を探っていた畳間が、シスイに問う。
シスイは小さく首を振る。
「いえ、この里全体と、さらに範囲を広げて探りましたが……問題ありません」
「そうか。ならば、雨との戦争はこれで終結だ。雨には暁以外に、まともな戦力は存在しないからな。本拠地も掌握した以上、暁に大規模な行動は取れまい。あとは残党狩りと、霧隠れの方だが……残党については、里に戻ってから部隊を編成しなおす。霧隠れはカカシに任せておけばいいだろう。ナルトたちも弱くない。カカシなら上手く使いこなし、霧隠れを見事解放してくれるはず」
「兄さんのカカシ贔屓に拍車が……」
相変わらずのカカシに対する高い評価に、自来也が苦笑いを浮かべる。
畳間はふんと鼻を鳴らした。
「贔屓じゃない」
「……まあ、今のカカシは、確かに目を見張るものがありますが……。よくまあ、短期間で叩き込んだもので。こう言ってはなんですが、カカシにはミナト程の才能は無かったと思いましたがのォ」
「それはまあ、叔父貴の手記のおかげだよ」
「二代目様の手記……。ちと興味がありますのォ……」
「見せんぞ」
「ケチ」
「あのなぁ。だったらお前、六代目になるか? そうすれば遠慮なく見れるぞ」
「遠慮しときます。ワシは、火影の器じゃありませんからのォ」
「そうは思わんが……。まあ、本人が言うならそうなんだろう。そこばかりは、心構えの問題だからな……」
「……兄さんも、カカシに期待するのは分かりますが、ほどほどに。人は、意外と脆いものですから。潰れん程度に」
「……肝に銘じておこう」
「いやあ、ワシにお鉢が回って来ても困りますからな!!」
「……さて」
自来也の軽口を無視して、畳間が話を切り替える。
突然無体に扱われた自来也は畳間に抗議をするが、畳間は黙れと切り捨てる。
酷い、と自来也がしくしく泣くふりをする。
「皆、ご苦労だった。ご苦労ついでだが―――イタチ。次の任務だ。お前はこのままガイを追え。オレのクナイを渡しておく。接敵した時か、ガイと合流出来た時には、オレを呼べ。自来也はシスイと共にこのまま雨の長の下へ行き、雨隠れを木ノ葉が占領することを伝えろ」
「……殺しても?」
おふざけから一転。もしも雨隠れが歯向かってくるようなら始末しても良いか、と自来也が言外に尋ねる。
畳間は呆れた様に目を細める。
「物騒なことを言うな。オレが言うのもなんだが、お前最近、ちと他里に対して冷徹がすぎる時があるぞ。戦争を仕掛けたのはこちらだが……オレ達は雨を潰しに来たわけじゃない。里と里の絆は大切に、繋がりは保たねばいかん。大切なのは、平和という夢を目指す心―――
「……」
沈黙する自来也は、畳間の言葉を心中で反芻し、気恥ずかし気に頭をがりがりと掻いた。
「いやぁ、おっしゃる通りで!! すみませんのォ!! ちと
「頼むぞ」
ぽんぽん、と自来也の肩を叩き、畳間が笑う。
人は変わるものだ。よくも悪くも。それを理解していれば、修正は出来る。
ゆえにそれは、もしも自分が
自来也が里にいる期間は短いが、それでも自来也の明るさや、時に見せる鋭い言葉に、冷たくなりつつあった自分の心に気づき、はっとさせられることは何度もあった。
「しかし畳の兄さん。ワシらごと毒付けにするというのは、なんとも
「いや、それは……。敵が未知数だったから、初手で動けなくした方が良いと思って……」
「兄さんはいつも―――!」
「いや、だからそれは―――!」
窘める兄貴分と、素直に受け入れる弟分。
責める弟分と、責められる兄貴分。
それは、畳間に残された数少ない『友』との、大切な時間だった。
その後、小南を埋葬したい、という自来也に許可を出し、畳間は消耗した体を休めるべく、近場に木の椅子を作り出して、腰を下ろした。
―――そして少しして、ナルトに施された九尾の封印に異変が生じ、畳間は雨隠れを後にする。
★
時間は角都戦後に戻る。
呑み込んだ丸薬の効果が出て来たのか、少しだけ体力が回復した畳間は、ゆっくりと立ち上がる。
(回復が早い。というより、使用したチャクラ量の差か……。やはり、こっちの方がコスパは良いな……。若干だが)
真数千手と金剛真手。どちらも畳間の奥義であるが、もともと才能があったとはいえ、柱間の力によって後天的に習得した木遁よりも、生まれ持った才能を最大活用する鉱遁の方が、畳間の素質に合致していた。ゆえに規模は同じでも、金剛真手の方が、消費するチャクラの量は少なくて済む。
金剛真手はその材質的に、真数千手よりも硬い。また、角都の様に物理的に迎え撃つとしても、激突した瞬間に金剛真手の拳は破裂し、その場で超巨大な金剛槍となって、敵を襲う。非常に殺傷力の高い術となっている。しかし一方で、その硬さゆえに柔軟性に大きく欠ける。出現させた際に向いていた方向にしか攻撃が出来ないうえに、一度拳を放つと、途中の軌道変更が出来ないという弱点がある。不動―――固定砲台である。覚醒状態のウラシキや、ガイの様に、高速で動き回る小さな対象に放つには不向きである。
対して真数千手は、畳間の相性ゆえに、使用するチャクラ量が金剛真手よりも多いということ以外に、これといった弱点は無い。畳間の意志のもと、全方位に向けて一斉にその剛腕を叩き込める上に、途中の軌道変更も柔軟に行える。加えて、背負う千の手を切り離せば、本体である仏像が起動する。立ち上がった仏像は、短距離であれば瞬間移動並みの速さで走り回ることが出来る。バケモンである。
そして―――飛雷神の術を発動できる程度に回復した畳間が、確認と、万一の際の増援として、その気配を殺して霧隠れへ『飛んだ』ときには―――既に霧隠れの解放は、カカシの手によって為し遂げられていた。
ギャグ的なの入れられそうなのここまでくらいなんで許して……