綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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少年編
導入


 忍びの祖、六道仙人の時代から時が流れ、六道の血は千手とうちはという二大一族に引き継がれている。六道の息子たち、インドラ、アシュラの代から続いた長きにわたる2つの一族の争いは、『千手柱間』、『うちはマダラ』の代にて、一端の終幕を見せる。そして時は流れ―――。 

 

 少し肌寒くなってきた木の葉隠れの里。いくつかの動物たちは眠りに就き、木々はその葉を散らし、新たなる芽への礎とする季節である。

 忍達の連合組織である里。その木の葉隠れの里の創始者にして、長たる『火影』の役職を担っている『千手柱間』は、執務室において、鬱々とまでは言わないが、それなりに元気の無さそうな表情を浮かべ、書類仕事に取り掛かっていた。里を見渡せる窓に背を向けて、背中を丸めているその姿に、忍界最強の男の貫録はない。ちらりとお気に入りの盆栽を眺めて、柱間は少しばかりの息抜きをする。

 そんな柱間の耳に、聞きなれた足音が飛び込んでくる。歩幅、音からして、恐らく小さな子供。気づいた柱間の表情に一筋の光が差したと思えば、柱間はそわそわと落ち着かない様子を見せる。

 少しして、少年が1人、麻雀卓を担いで飛び込んできた。少年の姿を認めた柱間は、待っていたぞと喜びを顕わに、飛び上がるように立ち上がる。仕事中など知らぬとばかり、少年は柱間の傍へ駆け寄ると、手に持っていた麻雀卓を柱間へと手渡して、急いでと急かす。

 少年こと畳間(たたみま)は、柱間の初孫である。待望の孫の誕生を心底喜んだ柱間は、それはもう畳間を甘やかした。現在進行形で甘やかしていると言ってもいい。仕事を中断して―――無論、柱間とて組織の最高責任者。必要最低限の仕事を片付ける分別は持ち合わせているが―――畳間を優先してしまうほどには、とにかく甘かった。

 

「じいちゃん、今なら大丈夫だ!」

 

 そんな大声出したらバレるだろうと言う言葉すらも柱間には浮かんでこない。一生懸命に人の目を凌いでここまで辿りついたのだろうという、祖父想いの畳間の行動に感動するばかりである。柱間は畳間の頭をよしよしと撫でて、その華奢な体を肩に担ぎあげた。ずっしりと感じる畳間の体重が、少し重くなったかも知れないという喜びを抱かせる。その顔に隈取―――それは仙人モードと言われる忍の特殊な形態の証―――を浮かび上がらせて、周囲の気配を探る。仙人モードには人の気配を探る能力が増幅される効果があるため、これを使い、逃走を確実にしようというのである。誰もいないことを確信し、柱間が執務室を出ようとしたその瞬間。後ろに現れたよく知った気配に、柱間はその動きを止めた。

 

「兄者。畳間を甘やかすのは良いが、仕事は終わったのだろうな?」

「扉間、その速さ・・・。飛雷神か」

「畳間が火影邸に入るのを見たと、ダンゾウから知らせを受けたのだ。畳間が兄者の下へ向かった後の兄者の出奔率は目に余る」

「しかしだの、朝から晩まで書類ばかりだとワシも気が滅入る。たまには可愛い孫とお出かけというのも・・・」

「黙れ!」

 

 柱間はその大らかさから行き過ぎた『甘ちゃん』に変貌してしまうときがある。例えば他里との初の会談の際、殺戮兵器にもなりえるチャクラの塊たる『尾獣』を無償で配ろうとしてみたり。そういったとき、しっかり者の弟である扉間は、厳しい言葉と共に柱間を叱責するのである。しかし、扉間の心労など畳間は知らない。ズーンと落ち込む柱間の姿を見て子供ながらの義憤を抱く。それはお爺ちゃんっ子がゆえの行動である。

 畳間は柱間の肩を足場に使い飛び上がり、祖父を苛めた悪人・扉間を目指した。勢いよく飛び出したその姿はさながら猫のよう。しかし数多の戦場を潜り抜け、『忍界最速』の異名を欲しい侭にした千手扉間にとって、それは亀の歩みのようなものだ。素早く半身を引いて畳間の襲撃を避け、扉間は目の前を通り過ぎていく畳間の服を掴んだ。宙釣りに持ち上げられた畳間は唸り威嚇するも、普段より鋭さを増した扉間の目つきの悪さに心底ビビった。それでも祖父のためと畳間は抗議するが、扉間は疲れたようにため息をつくだけである。

 

「兄者だけではない。貴様もだ畳間。兄者は忙しいのだ。あまり我儘を言うな。それに、ワシに対する敬意が足りん。ゆえに、今日はワシがみっちり付き合ってやろうではないか」

「なっ、扉間おぬし!」

 

 扉間が『付き合う』というのは忍術の修行のことである。幼いながらにギャンブルと盆栽好きな畳間であるが、それ以上に忍術を学ぶことが好きだった。誰だって自分の好きなことに詳しい人がいて、それを分かりやすく教えてくれるならば懐く。畳間は扉間のことを畏れ、苦手意識も持っているが、心底嫌いなわけではない。どころか、稀にではあるが世話を焼いてくれるこの大叔父のことを、実はそれなりに尊敬しているのである。飛びつかないわけがなかった。2つ返事で了承する畳間は、すでに柱間との約束など忘れたかのように扉間の術の名前を連呼している。

 それに納得できないのは、せっかくの休憩と、孫との触れ合いと言う期待の時間を、真横から颯爽と掻っ攫われた柱間である。孫の名を呼び考え直せと縋る柱間の声に、さすがに可哀想だと思わないではない扉間であったが、柱間の出奔はこれが初めてではない。黙れと柱間の声を遮って、扉間は現れた時と同じように、しかし今度は畳間を伴って、その姿を消した。

 取り残されたのは、畳間の持ってきた麻雀卓を片手に持ち、哀れなほどに落ち込んだ柱間只一人。しばらくして執務室に追加の書物を持ってきた、サルこと猿飛ヒルゼンに発見されて慰められるまで、柱間は呆けた顔で立ちすくんでいたのであった。

 

 

 

 

 平和な時間とは滝が流れ落ちるように過ぎていくもので、火影邸を縦横無尽に駆け回っていた畳間幼児は、その快活さをそのままに、すくすくと成長していた。そんな畳間少年が今何をしているかというと、木の葉隠れの里の外れ、鬱蒼と茂る深夜の森の中で、扉間と向かい合っていた。体中を泥や木くず、木の葉で汚した畳間は、その肩を荒く上下させ、血走った眼で扉間を睨めつけている。静かに構えられたクナイは腰だめで、扉間の見せる少しの隙も見逃すまいとぎらぎらとした眼球を見開いている様は正気であるとは到底思えない有様である。

 

「おおおおおおお!! やろうぶっ殺してやる!!」

 

 駆け出した畳間の叫び声には怨念と怒りが溢れんばかりに込められており、事情を知らぬ者が見れば卒倒しそうなほどの鬼気迫る迫力がある。畳間にとっての最速の突進は、しかし扉間にとっては未だ子供のじゃれ付きと言った程度も同然であり、余裕の表情を浮かべている。畳間の突進が扉間に肉薄するというところでしゃがみ込んだ扉間は畳間の足を引っ掛ける。勢い余って宙に浮いた畳間はそのまま前回り。丁度良い位置に落ちてきた畳間の尻を、扉間はそれなりの威力で蹴り上げる。

 

「あ――――!!」

 

 尻を駆け抜ける電光石火の衝撃は畳間に悲鳴を吐き出させ、森が静かに揺れる。顔から地面に滑り込んだ畳間は土と零れる涙でどろどろになった顔を顰め、下唇を噛んだ。痛みを堪えるためうつ伏せのまま尻を抑える畳間に、扉間は休む時間は与えないとばかりに虎の印を結んだ。

 

「木の葉秘伝体術奥義・千年殺し!!」

「アッ――――!!」

 

 顔から液と言う液を垂れ流しながら、畳間は痺れるような、それでいて焼けるような、地獄の痛みにのた打ち回り、絶叫をあげる。声にならない声を絞り出し、芋虫のように這いずりながら扉間から逃げる畳間は肩越しに、しゅっ、しゅっとシャドー千年殺しを空中に繰り出す扉間を見た。無表情のまま異様な行動を取る扉間は、畳間にとって恐怖の対象以外の何物でもない。何故こんなことになったのかと、畳間は涙を流す。

 

 ―――それは、早朝にまで遡る。 

 

 早朝。畳間は寝ぼけ眼をそのままに、祖母ミトが作ってくれた朝食が並んでいる、食卓の席に着いた。両親は任務で里を離れており、家にいるのは畳間と妹の綱手、手伝いに来ていた祖母のミトの3人だけである。2人の孫に囲まれることを望んでいた柱間は里の巡回に駆り出され、重役の人たちに連れていかれている。そのときの柱間の悲しそうな顔に、妻であるミトは同情心が湧き出てくるのを堪えることが出来なかったが、自分にとっても孫である畳間と綱手との触れ合いですぐに忘れた。

 畳間はぼさぼさの頭を行儀悪く掻き毟るが、それは寝癖ではなく、生まれつきの髪質であった。誰に似たのかと言えば、扉間―――正確には扉間と柱間の母―――である。顔つきは隔世遺伝か柱間そっくりであるが、髪はさらに一代前から受け継いでいるようだった。

 食卓に並べられた朝食の香りが食欲を大いに刺激し、畳間はふらふらと引寄せられるように席に座った。いただきますと挨拶をした畳間は目玉焼きを口一杯に頬張る。半熟でとろとろの黄身が畳間の頬を汚し、妹の綱手に行儀が悪いと叱られる。仕方ない兄だと、綱手はハンカチで畳間の頬を拭う。畳間と綱手が食事を始めたのを見たミトは、朝から微笑ましいものを見られたと満足げな表情で、調理器具を片付けに台所へと向かった。

 

「畳間はいるか」

「ぶーーーッ!!」

 

 食事を進めている畳間と綱手の前に突如として扉間が現れる。畳間はさっと己の体を見渡して飛雷神のマーキングを探し、綱手は驚きのあまり啜っていた味噌汁を噴き出した。これ以上ないほどに咽る綱手の傍に駆け寄って、畳間は背中を摩ってやる。畳間は呆れた表情で扉間を見るが、当の本人はどこ吹く風と言ったところである。

 

「食事中だったか。すまぬ」

「大叔父様!」

 

 扉間のさらりとした謝罪。咽ることから解放された綱手がテーブルを拭き、自分の不始末を処理しながら吼える。そんな騒ぎを聞きつけたミトが、エプロンで手を拭きなが台所から現れた。居間にいる扉間を見てなぜこんな朝早くから、いつのまにと目を瞬かせるミトに、扉間は会釈と共に挨拶をする。

 

「姉者、畳間を借り受けたい」

 

 驚いたのは畳間である。味噌汁を啜ろうと椀を傾ける手を止め、畳間は扉間とミトの顔を入れ替わり入れ替わりに見つめる。綱手はこれから何が起きてもいいように、畳間の哀れな運命を嘆きつつ、自分のご飯を持って避難を開始していた。

 しかしミトは疑問に思い首を傾げる。扉間に対してあんなに苦手意識を持っていた畳間が、友達への対抗心から、扉間に正式な弟子入りを果たしたのは知っていたので貸すこと自体は構わないのだが、扉間は近く代替わりした霧隠れの里へ使者として向かうと聞いていた。その準備は良いのかと思ったのである。まさか大事な政治の一端、畳間を手伝わせるとは思えない。

 ミトの疑問に、さも当然だと言わんばかりに頷いた扉間を見て、畳間は嫌な予感を隠せない。綱手の逃げ足の速さに呆れつつ、逃げられない己の弱さを嘆いていた。ミトの言う通り、扉間はしばらく里を留守にするため、畳間の修行を見ることが出来なくなる。扉間に弟子入りしてからそのあまりの厳しさに根をあげつつある畳間は、せっかくの休みを祖父と過ごすつもりで密かに計画を立てていた。まさかと思う畳間の予感は正しく、扉間はしばらく修行を見られない分、今日からしばらく畳間の修行を付きっきりで見るということであった。

 扉間の強さと師としての力量を知っているミトとしては否定する理由もない。二つ返事で畳間を明け渡すことを了承するも、それに納得できないのは畳間である。しかし抗議をしようにも、言い終わらぬうちに扉間に触れられた畳間は、千手邸からその姿を消した。

 白米を頬張っている綱手は畳間を哀れに思っても、ただ心の内で無事を祈ることしか出来ない。哀しい運命に翻弄された兄の不運を嘆いた綱手は、頬張った目玉焼きの旨さにそれを3秒で忘れた。祖母が祖母なら孫娘も孫娘である。

 

 気が付けば森の中にいる畳間は、自分が扉間の手で誘拐されたことを知る。まだ朝ご飯も食べていなかったのだと抗議する畳間は、扉間のことをおっちゃんと親しげに呼んだ。それに眉を吊り上げるのが扉間である。師と、あるいは扉間様と呼ぶように言いつける姿は、茶目っ気溢れる中年男性。政治的な場所やそれに関わるとき、扉間は怜悧な為政者となるが、しかし、プライベートでは実は中々茶目っ気もあり、冗談だって通じる話の分かる男なのである。 

 一息ついて腕を組んだ扉間は「貴様が飯を食う前に、連れてくるつもりだった」と不穏なことを言い放つ。これは良くないことが待っていると恐れを抱いた畳間の背に嫌な汗が滲みだし、今すぐに帰りたいと天を仰いだ。

 

「畳間。貴様、多重影分身の術を会得できたからと言って、忍術の修行ばかりやっておるだろう」

 

 図星を突かれ冷汗を流し出した畳間の反応に、扉間は鋭利な目じりをさらに釣り上げる。畳間が扉間の正式な弟子となったとき、まず初めに伝授された術が、影分身の術である。影分身の術は一度でもダメージを受けると消滅するという欠点があるものの、己の意志で解除した場合、影分身の得た情報がオリジナルの体へと還元されるという特性を持っている。それは使いようによってはとても有益な能力。例えば、影分身を作り出して並行して修行を行うことで、2倍・3倍とその効率を跳ね上げることが出来るのである。その利便性から、扉間は畳間へ本格的に教える術の先駆けとして選んだのだが、この術には更なる先がある。それは多重影分身と言う。

 多重影分身の術。それは術者のチャクラを均等に分ける影分身を多数作り出す比較的簡単な術である。しかしその特性から、チャクラの少ない者が使うと衰弱し、最悪の場合死に至るという大変な危険を孕んでいる。その会得難易度の割に『禁術』指定にされているそれは、影分身の術を使える者であれば苦も無く扱えてしまう。

 影分身の運用に慣れるまでは使わないことと念を押した扉間の言葉を見事に無視し、畳間はその時その場で多重影分身の術を使って見せた。

 しかし畳間は血統が良いだけのまだまだ未熟な子供である。己の才能を自覚しているぶん、タチが悪いと言ってもいい。己のチャクラ量を過信し、限界ギリギリの人数まで生み出された影分身は、2人が使用していた千手の屋敷において最も巨大な道場を、一瞬のうちに埋め尽くした。道場の障子を突き破り雪崩のように溢れ出てくる畳間を見て綱手は悲鳴をあげたが、畳間はそれどころではなかった。

 圧迫死の危険を感じた扉間は飛雷神の術を使い瞬時に道場から抜け出して、気を失っている畳間の影分身を、外側から素早く、片っ端に消していき、畳間の本体を救出した。救出された畳間は自分の許容量を超えた影分身の作成に衰弱してしまい、しばらくの間ベッドから離れることが出来なくなってしまったのである。話を聞いた柱間、綱手は大丈夫なのかと心配し、大丈夫だと分かれば片や爆笑し、片や呆れて物が言えないとばかりに肩を落とした。

 そのとき、扉間は人生でもそう多く感じたことも無い本格的な焦りを味わったと語っているが、その証明の様に、幻術を用いてまで畳間をきつく叱りつけ、二度と扉間の指導に逆らわないようにと念を押している。

 その甲斐あってか、無事に回復した畳間は影分身の術、多重影分身の術を順調に習得し、暇さえあれば影分身を使っての忍術修行を繰り返していた。言いつけは守っているので、扉間としてもそれほど怒ることは無いのだが、見過ごせない問題が1つあった。

 

「貴様、体術はどうした」

 

 畳間は無言。しかしその表情には焦りがありありと現れており、特に顕著なのが凄まじい勢いで右往左往へ泳ぐ瞳。そうなのだ。畳間は影分身を使ってでの忍術の習得があまりにも楽しいがゆえに、体術の修行をまったくと言っていいほど怠けていたのである。扉間は内心で呆れて額に手を当てるが、弟子の前でそんなことは出来ないと、無表情を貫いて、畳間を見つめている。無表情の扉間に見つめられている畳間としては堪ったものではない。

 

「今日、貴様にはみっちりと稽古を付けてやろう。この、千手扉間がな」

 

 にわかに森の木々が揺れる。扉間の開放したチャクラの圧力が森全体を震わせたのだ。畳間はそのあまりの衝撃に息を呑み恐ろしさに硬直した。

 千手扉間。それは戦国の世を駆け抜けた男。最強の忍の一角。影分身の術、飛雷神の術、口寄せ・穢土転生と、歴史に残る数々の忍術を生み出した天才的頭脳を持つ開発者。学者の側面を持ちながら、しかしその頭脳だけでなく身体能力すらも飛びぬけており、その動きは全忍の中で最速と謳われるほど。

 森の千手兄弟といえば、忍界において知らぬ者など存在しないほどの強者であり、うちはマダラが千手柱間との死闘によって世を去った今、扉間は世界で2番目に強い忍であると言っても過言ではないほどの強さを誇る。

 そんな扉間からあふれ出す威圧感はどれほどのものか―――生半可な実力の忍では、相対しただけで動くことすら出来なくなるほどの暴圧だ。いかに弟子入りしていたとしても、そうそう慣れるようなものではない。

 

「といっても、ワシとて暇ではない」 

 

 ふっと威圧感が消える。畳間は腰が抜けたように座り込みため息をついた。扉間の重圧から解放されたという事実が、凄まじい安心感を畳間に与えた。今であれば、生半可な忍の威圧程度なら、そよ風のように受け流せるような気さえする。畳間に威厳を見せられたことに満足したのか、扉間の表情も明るい。優々とした表情で印を結ぶ。それは畳間も見知った、影分身の術。煙と共に現れる扉間の分身。なぜ影分身なのかと疑問に思う畳間の答えは、すぐに明かされることになった。

 

「これから貴様はワシの影分身を相手に、殺す気で立ち向かえ。ワシの影分身を消滅させることが出来れば、合格だ。それまで貴様はここにいろ」

 

 扉間の突然の宣言。畳間は目を見開いて無茶言うなと絶叫した。今しがた実力の差をありありと見せつけられたばかりである。心などとうに折れているし、扉間様と呼び奉るくらいの意気込みがあった。それが吹き飛ぶほどの衝撃だ。畳間は考え直してくれと懇願するも、そんなものは知らんと扉間は首を振る。畳間の心に重い絶望が圧し掛かる。

 体術の修行も影分身でやればいい。そう思った畳間は扉間に提案するも、その脆さゆえに影分身は体術の特訓には不向きである。一発殴れば消えるのだから、さもありなん。

 

「忍術ならば影分身で印の練習、形態、性質変化を練習すれば良い。しかし、体術だけは、地道な努力によってのみ上達するのだ」

 

 扉間の至極真っ当な言葉を前に、畳間はぐうの音も出ない。もはや逃れるすべはないのかと脳の機能をフル回転させて打開策を考えている畳間の反応に満足したのか、扉間は頷いた。

 

「それに、ワシとて鬼ではない。ワシの影分身は今回忍術を使わん。無論、飛雷神や瞬身もだ」

 

 なるほどそれならばと希望を見出した畳間であったが、しかし扉間の異名を思い出して気の遠くなるような気持ちに襲われる。忍術を使わないからなんだと言うのだ。そもそも千手一族はその強靭な肉体こそを武器にしていた一族。忍術など使わずとも相当の実力を誇るに決まっているのだ。畳間はヤケクソ気味に笑ったのだが、扉間はそれを「納得した」と思ったのか、「後は任せた」と影分身の肩を叩く。

 

「ではな、畳間。ワシは飛雷神で帰る」

 

 待ってくれと悲鳴の如き懇願も空しく、扉間の姿は消えた。残されたのは打ちのめされたように地面に這いつくばる畳間と、気の毒そうに見下ろす扉間の分身。しかし呆然とする暇もなく、扉間の影分身が始まりの合図を伝える。その後、逃げても隠れても執拗に畳間の尻を狙う扉間の影分身の猛攻に、畳間は長い時間をかけてなにかをすり減らしていく。やがて扉間の影分身に殺意を持って立ち向かうようになるのだった。

 

 畳間が扉間の影分身を相手に奮闘している一方で、扉間は木陰に隠れ、畳間の様子を伺っていた。飛雷神の術は里へ向かうために発動させたわけではない。マーキングを付けている少し離れた場所へ飛び、離れた場所から畳間の様子を伺っていたのである。

 畳間は『千手』の直系の男子にして、火影の孫である。これから先の人生で畳間を待ち受けているであろう苦難は、柱間や扉間の人生と比べても遜色無いものになるだろうと、扉間は思っている。いずれ千手の家督を正式に継ぐときに、そしてその前から、畳間はその命を狙われる存在になるだろうと。

 自他ともに認める『甘ちゃん』である柱間でさえ、今の平和が永遠に続くなどとは思っていない。無論、今の平和が長く続くように、柱間と扉間は身命を賭して政治に当たっているが、その平和もいつまで続くか―――。うちはマダラは消えたが、その意思を継ごうとする者は、未だうちは一族の中で燻っている。里という制度は出来てまだ歴史が浅く、他里への裏切りや里内での反乱など、これから先、いつ、何があるかも分からない。

 

 そんな有事の際、始まりの里を興した男の孫にして、忍界最強の一族の直系たる畳間は、どのような形にせよ、矢面に立たされる可能性が高いのではないだろうか。柱間と扉間が生きているのであれば好きにさせてやりたいが、どれほど強いとしても、柱間・扉間ともに人である。いつまでも生きているわけではない。弟である扉間の目から見ても人間離れしている柱間はともかく、扉間自身は、老いによる『鈍り』を少しずつ、実感してきてしまっている。時間は限られているのである。

 

 柱間は器が広く人を引き付ける力があるが、身内を甘やかす傾向が強く、厳しく接することに慣れていない。ならば、次代の力を伸ばすためにも、そして畳間自身を守るためにも、厳しく接する師が必要だ。扉間はそう考えている。

 

「しかし・・・ワシの影分身ではあるのだが、少しやり過ぎでは・・・」

 

 ぼろぼろの畳間を執拗に攻め立てる己の影分身に、扉間は少し不安になる。案の定、丸一日の組手の疲れが遂に限界を迎えたのか、倒れたまま動かなくなってしまった。扉間は影分身を解除すると、畳間の傍に降り立った。疲れて眠る畳間に兵糧丸を呑みこませ、畳間を背負うと、森からすっと姿を消した。


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