トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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( ´・ω・`)遅い!貴様何をしとった!?
(´・ω・` )イエッサー!前と同じです!あと資格試験勉強とかかるーく
( ´・ω・`)ゆるさん
(´・ω・` )えぇ・・・

一ヶ月の大台に載ったよゆるして
DLC来る情報とかちょっとゆるして
シーズンパス買わなきゃゆるして
10688字


第四章 妖精郷と再臨の氷魔 12話 『昔話を、しようか』

 

 

 

 

 ―――意識の覚醒というものは、得てして気怠いものだ。

 

 ほとんど止まっていた脳がゆっくりと歩み始め、視界からの情報を、耳から入るささやきを、断片的に受け止める情報をつなぎあわせて一つの自我への認識と昇華していく。途切れ途切れに意識が切れるものであるから時間はすぐに過ぎ、気がつけば・・・などということは誰しもありがちだろう。

 

 昔から寝起きは良かったんだけどな、と目を覚ましたロイズが眠気眼にふと思った、その瞬間だった。

 

 

「ロイズぅ!」

「ぶべぁっ」

 

 身体に衝突する慣性に、ロイズは後ろ倒れにされる。

 その時ぼふっと背中と頭が優しく受け止められたから、ロイズは自分がベッドに寝かされているんだということに気付いた。

 

「テッサ?あれオレ・・・」

「あれじゃないよ!君が目を覚まさなくてずいぶん心配したんだ、もう少し気の利いた言葉くらいかけてもらってもいいねっ」

「あ、あー・・・ありがとテッサ、じゃなくて・・・オレ、確かあそこで凍らされて・・・ううっ」

 

 ふと、思い出した記憶に身を抱く。

 そうだ、自分はあの時”凍結”の憂き目に遭ったはずだ、あの氷魔の強大な魔導に身体の自由を奪われ、逃れるすべもなく白銀の強化装甲鎧と共に意識を因果地平の彼方に飛ばされたのだ、最後に情けない命乞いをしたことまで、彼の記憶には残っていた。

 

「・・・ねえロイズ、そろそろ離してもらえると・・・いや、いいさ、震えてる。もうしばらくこうしてても」

「あっ、ああっ!悪ぃ!つい・・・」

 

 胸元のテッサの言葉が彼を引き戻し同時、身を抱いたはずが胸元に飛び込んでいたらしい、ほかならぬテッサ自身を抱いていたらしいことに気づくとはっと、ロイズは彼女を離そうとするがしかし、身体が思うように彼女を離せないことに気付いた。

 

「オレっ」

「わかるよ」

 

 ―――震えている、寒気ではない。

 

 身体に通るこの寒々しさ、しかし身体は温かく震えとは縁遠い、ゆえに彼はこれが恐怖から来るものなのだということを察し、そして同じように抱き返し背中をさすってくれるテッサをしばしぎゅっと抱く。

 

 恋人同士ではなく、母に抱かれる子のようにしがみついたあと、彼はとうとう周囲を視界に入れた。そうだ、テッサリアという少女がいて、自分を心配していたならきっと―――

 

「どうした相棒?まだ寒いだろ?もうしばらく上下左右温まっても・・・」

「グールゥ!くだばれ!覗き魔ぁ!」

「心外だし侵害だな相棒!心配して見ててやったのにそれに」

 

 彼の側で壁に背をつけて立っていたティコに罵倒を飛ばし、しかし彼の言葉にはっとまた気付かされるロイズ。なるほどそうか、この場所にはそれなりに多くの面々が揃っていたのだ、彼はそれに気づくと急に顔が熱くなり、寒気を吹き飛ばしてテッサを突き飛ばした。

 

「なにさロイズ!人が心配して身体貸してあげたら!」

「あ、悪ぃ・・・でもでもなんかイヤだーっ!」

「調子が戻って良かったですねーロイズさん。タコ足、もう大丈夫そうです?」

 

『ロイズさんのバイタルは依然正常、凍傷の傷は残っているでしょうし元の状態に戻るまでリハビリに若干日必要とされるでしょうが、通常の生活を堪能するにさほど問題は見当たらないように思えます』

「その話し方は・・・フォートウォースじゃなくってZAXか」

『心配致しましたよ監督官ロイズ』

 

 アルの問いかけに答えるタコ足のロボット、Mr.フォートウォースの説明口調が、やや均一的なことを察しそれがフォートウォースというロボットではなく、遠方から通信しているZAX1.24の語りかけだと察したロイズが応える。

 

 見れば自分の身体には温めるための湯たんぽが各所に置かれ、自分の身体を覆っていたものもT-51bパワーアーマーではなくそのインナースーツであるリコンアーマーであることが分かった。

 

 リコンアーマーはやや濡れていたがそれも拭き取っていた跡が残っているあたり、つまりそうだ、見渡せば立っているティコ、テッサ、アルにMr.フォートウォース、戦士長のアウルにニュイ、皆がつきっきりで看病してくれていたことの証左だろう。

 それを顧みると、彼はふと手の先をすうっと動かし、ベッドの横で座っていたテッサの頭にぽんと手をおいた。

 

「・・・なにさ、今度は頭を叩きつけようってかい?」

「ちげーよテッサ・・・いや、なんつーか」

 

 しばしあちら、こちら、目を動かす。

 だが目を動かしてみれば必ず誰かと目が合うのだ、彼はたまらなくなって、声で先んじた。

 

 

「大体わかった、ありがとよテッサ・・・それにみんなも」

「あっ、うん・・・でも感謝はウィルウィルのおばあちゃんにしてほしいねっ、おばあちゃんがいなかったらティコは殺されて、ボクはあの銀髪氷魔に陵辱の限りを尽くされるところだったんだ・・・それに十中十、君もそのまま死んでいた」

「ばあちゃんが?」

 

言われて顔を動かすと、後ろに戦士長アウルを侍らせて、ウィルウィルがにこりと笑っている。

 ロイズはつられてぺこりと頭を下げ、それから言葉をつまらせ、やがて言おうとした時には彼女に先手を取られてしまった。

 

「なあに、そんな褒めてもなんも出ないけぇテッサちゃん。それよりロイズ君達が弱らせてくれてたお陰であれだけ立ち回れたんじゃけぇ、感謝するのはこっちの方よ・・・あの極大魔法を扱える”魔法使い”、一人じゃどうなっていたか」

「そっか・・・ありがと婆ちゃん」

「今は身体をしっかり治すさね」

 

 にっこりと微笑み、一礼するロイズの頭を上げさせるウィルウィル。

 ただそれだけの一幕、だが気づく者なら気付いてしまう、双方ともにその表情の陰に悔しさを滲ませていたことを――― 理由があるのだ。途端、ティコがいつものように手を広げて口を開いた。

 

 

「まあなんだ、相棒も俺も死んじゃいない・・・ああ、悪い、言葉が過ぎた。仕方ないか、相棒、起き抜けで申し訳ないって言いやぁそうなんだがよく聞いておいてくれ・・・戦士長、今回分かったことと――― 死者数を」

「・・・承知した」

 

 ティコの言葉に集まっていたエルフ達がきっと睨む。

 それに謝罪をし、彼が視線を送る先はウィルウィルの側に控えていたエルフ達の戦士長アウルだ。

 

 彼は重い空気を漂わせた後、一歩前に出て話し始める。

 

「まず死者数・・・”45人”だ。竜の襲撃と合わせ集落の人間の四分の一がこれで死んだことになるだろう」

「よん、じゅう・・・」

 

 ロイズの顔が青く、手が震える。

 守りきれなかったのは見てしまったが、それほどだとは思わなくて。

 自分の無力を彼は呪い出す、そしてそれに追い打ちをかけるように今まで黙っていたエルフ達が彼に声を投げかける。

 

 ―――何か変化が起きた時、その直近に起きた事、訪れた者に原因がかぶされるものだ。ティコはそれを承知のうえで、向けられる恨み節はどうにもならないのだとこめかみを掻くとただ、彼らの言い分を黙って受け止めた。

 

 

「なんで自分たちがこんな目に!」

「アンタ達が来たからじゃないのっ!?」

 

「・・・私の弟を返してよ!」

 

 次から次へと起こる怨嗟と行き場を決めた怒りの声、そのことごとくはロイズとティコ、フォートウォース、アル、テッサ、”よそ者”の彼らへと突き刺さる。言い返したくて、でも言い返せなくて、ティコは腕を組んで黙りこみ、ロイズは手を握って震えるだけ。

 

 唯一言い返そうとしたアルもやんわりとテッサになだめられ、しばしその止まりそうにない怒りの声が場を支配した後、そこに静寂を与えたのは誰だっただろう。

 

 

 ウィルウィルとアウルだ、他でもないこのコミュニティの”内の者”が彼らの口を噤ませた。

 

 

「静まらんか!」

「少し言い過ぎじゃけぇみんな、話は最後まで聞いてからにしとき?」

 

「しかし長老!」

「アウル、奴さんの目的を言いや」

 

 ―――有無を言わせない。

 ウィルウィルの指示に従いアウルは一歩前に出ると、何が出るかと唾を飲む他の面々を一瞥し口を開いた。

 

「・・・奴の目的はあの時、彼らと長老がはっきりと聞いている、集落防衛の要”大結界石”そのものだ」

「そそ、じゃけぇ、どっちにしろ奴さんは来て暴れまわった。竜もそれに乗じて来てたはずじゃしのぉ、むしろロイズ君達がいてくれたお陰で被害が最小限に抑えられたって考えるべきさね・・・竜を追い払い魔法使いに立ち向かえる者がいてこれなんじゃ、わしらだけじゃどうなっていたか」

 

 ウィルウィルも援護射撃を飛ばし、なおも黙らせる。

 決して悪意があるわけではない、ただ”立ち向かった者”に正当な立場だけを与えるそのためだった。

 

「死者が出たのは確かだが、俺はあくまで”来るべき時が来た”とそう思っている、安寧の時代が終わりを告げ、激動の時代へと動く・・・その予感も。誇り高きホーリーエルフの戦士として俺は、その時代に真っ向から向かうつもりだ、お前達はどうだ?余所者に責任を被せてただ逃げるに徹するか?」

「それは・・・」

 

「それは違います戦士長!自分達の役割はこの地を守り通すこと!」

「よく言った!ではここに軟弱者は誰一人いないな!」

 

 挑発的な物言いに触発され、竜との戦いで数を減らし、しかし生き残り目つきを変えたエルフの戦士たちが次々に同調していくと、アウルはそれに賞賛を与えていく。自らの盾である戦士達が意識を変えたことを見ると、当初は否定的、批判的だった集落の民達もわだかまりは残したままであったが、口を完全につぐんだ。

 

 

 そして全体をウィルウィルは一瞥し、状況の終了を確認するとぱんっ、と手を叩く。当然視線が一点に集まると、彼女はにっこりと微笑んでから声を上げた。

 

「さっ!じゃあ話は終わった、ロイズ君も起きた!これ以上病人のそばで喧しくしてるのも良かない、そうじゃろ?解散じゃ解散!さっさ、復興も死者の弔いもまだやることは残っとる!今日はもう帰って休んで、明日にまた動くけんの!」

「長老はどうされるので?」

「わしはもうちょいロイズ君治しておくよ、まだ完治じゃないかもだしのぉ」

 

 ウィルウィルの鶴の一声で集落の住民がぞろぞろと帰っていく。

 そうなると、あとに残るのはロイズを含んだ一行とウィルウィル、そして戦士長のアウルだけだ。

 

 空気が一時沈黙し、どうしてもやりづらい感じになる中ぼけっと突っ立っていると厳つい目があまりいい印象を与えないアウルが隣に立っているものだから、ティコはなにげなしに彼に声を掛けた。

 

「どうした戦士長、緊張してんならガムでも食うか?」

「別にそうではない・・・がむ・・・ガム?よく分からんが頂こう」

「ほれ、身体に合わなかったら言ってくれ」

 

 風船ガムを一つ手渡し、封の開封に四苦八苦するアウルに手取り足取り教授しながらようやくその口にガムを放り込んでやる。ティコも同様に風船ガムを口の中に放り込むと、ついでにヘルメットを小脇に抱えてその場に立ち尽くした。

 

「・・・甘いな、それにフシギな食感だ」

「最近材料さえありゃ作れるようになったから欲しいならやるぜ、ガム仲間が増えていい」

 

「お前ら、病人の前でノンキだよな・・・」

 

 肌の焼け爛れた長身のレンジャーと見るに麗しい、鍛えられた体躯を持つエルフの戦士が並んで口を動かしているものだから、部屋のベッドで寝かされている当のロイズはつい突っ込みを入れてしまう。

 

 あろうことかウィルウィルもそわそわとしだし、ついにはガムを一個ひったくって口に放り込んだものだから彼は頭を抱えてため息をついた。

 

「相棒はいつもの調子に戻って何よりだ、これでおしめを替えるのまでやれって言われたらその時は・・・まあ60年くらいは付き合ってもいいかもな」

「お前にされるくらいなら舌噛んで死ぬ」

「ボクは?」

「あたしは?」

 

「やめろォ!ポンコツもちみっ娘も寄るなぁ!」

 

 ベッドで身体を起こしたままであるが、ロイズの調子はいつもと寸分変わらないままだ。

 生きていて、そして何の悔恨になることも抱えていない、それが彼女らにはたまらなくうれしくてつい、ちょっかいを出してしまう。しかしひとしきりもみくちゃにされたあと、ロイズはぼふっとベッドに背中から飛び込んでは肌の感覚の違いに違和感を感じた。

 

 

 僅かだが、反応が遅れるのだ。

 

「・・・あれ?」

「あっまいのぉ・・・これ、ロイズ君、さっきまで凍ってたようなもんじゃけぇ、大丈夫だったとはいえまだ身体が慣れちゃいないんじゃよ。少しずつあっためてえーっと・・・」

 

『“リハビリ”でありますご老公、私もコールドスリープからの復帰など初めてですから計算上のことですが・・・いやはや、サイコとバファウトのちゃんぽんが功を奏したようですね、仮死状態でロイズ様を生存させたのだとZAXが仰っています』

「そっかぁ、やっぱオレ一回死んだようなもんか」

 

 軽く言ってはみるものの、身体に残る感覚は尋常ならざるものだ。

 空気、温度、意識、全てが消失し凍結する感覚は今思い出しても身震いするものだろう。

 

 ロイズはふと、身体を軽く抱いてしまい、言う。

 

「まあ、大丈夫だよ、心配してくれてありがとよみんな・・・もうちょっとだけ寝たいから、診てなくても好きにしてていいよ」

「それじゃお言葉に甘えて・・・アルベルト、ニュイ、行こうか」

「はいさー」

「じゃあお兄ちゃん、先に家でお料理つくってるね?」

 

「おう、俺はもうちょっと相・・・こいつを見ておく」

 

 

 部屋からテッサとアル、ニュイが抜け、次いでアウルが一礼し戻る。

 そうなると後に残るのは二人と一機、ウィルウィルにティコ、そしてMr.フォートウォースだけ。

 

 

 やがて目を閉じたロイズの意識は消えていき――― 今度の夢の中では、誰にも会わなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「なあ、ばあちゃん」

「どうしたロイズ君、痛いとこあるん?」

「いや、ちょっと夢見てさ・・・そ、夢」

 

 薬を調合し、ロイズの腕になお残る凍傷の傷へ塗布していたウィルウィルに、目覚めたロイズが語りかける。話すのは紛れも無い、あの”夢”、現実味がなくて、しかしどうしようもない現実感だけが残ったあの夢の話だ。

 

 一拍考え、踏ん切りをつけると彼は話の内容を少しだけオブラートに包んで、彼女に問いかけた。

 

「ここにあるっていうダイケッカイセキって奴をあいつらが狙ってるのは、あのなんだっけ・・・魔女の、マジョの」

「・・・”魔女の大陸”かね、忘れんよ、この世界の者なら知らないやっちゃおらんさね」

「そ、それ、こっからでも見えるくらいデカい霧がかかってる場所があるけどよ、その霧をもっと広げて世界中を紫色にしちまおうってのがヤツらの目的だって聞いた夢、あったら信じるかよ?ばあちゃん」

「そりゃ、そりゃぁ・・・はあ」

 

 突拍子もない、といった感じに目をぱちくりさせるウィルウィル。

 ロイズもその反応は予想出来ていたのか、なんともやりにくそうに頭を掻いた。

 

「たまーにたまーにおっきな聖堂で神のお告げみたいなもんが無いワケじゃあないけどね、そう突然に脈絡なく言われぇとわしもちと判断に困るけぇ、でも興味深い”意見”ではあるねえ、奴らの目的、大々的に事を起こす割には何が目的かわからんと評判けぇ・・・そんなことができるなら、それは」

「その結界石ってのを含めた三つのアイテムが必要、とか、あいつらに力を与えたヤツがいる、とか」

「おいおい、相棒どうしちまったんだ?いつも虚言癖みたいにおちゃらけるのは俺の役割なんだが、なんだが・・・なんだか真実味がある言い方ばかりだぜ、ホントに神に遭ってきたのか?」

 

「神ってか・・・もっとヤバめってか」

 

 口ごもり、言いづらそうにするロイズ。

 そうしていると、しばし訪れるのは沈黙だ、誰も彼も何かは言いたげであるが、誰も言葉に出せないそんな感じのなんとも言いがたい仮初の沈黙が訪れ場を包む。

 

 ―――そんな長い長い、そうも思える時間が過ぎたように思えて、時計を見れば5分と過ぎていなかった頃、ようやく口を開いたのはウィルウィルだった。

 

 

「・・・大結界石はね」

 

 ゆっくりと、ロイズの腕に包帯を巻きながら言う。

 伏し目がちになり、ゆったりとした口調でウィルウィルは話し続ける。

 

「亞人と人間は今もあんまり仲が良くなくて、でもエルフはそうでもない・・・でもでも、ずっとずっと昔は仲が悪かった時期があったんよ、それも互いに血を流して語り合うしかできなかったような時期があって、そんな時に」

「・・・続けて」

 

 長話になるぞ、と視線で語るウィルウィルに、ロイズは促した。

 

「・・・人間達を攻撃するかもしれないから、逆に攻撃されるかもしれないから、どこかで見張りを立てて人間達を監視しなきゃならないってホーリーエルフの国が色んな所にこういった”前哨基地”を造ったんじゃけぇ、古い話で覚えてる人はどれくらいか知らんけどね」

「戦争だけはどこでも変わらんか、難儀だな」

「ティコは軍人さんなんじゃけ?まぁともあれ、それで身を隠すために与えられたのが本国の魔術の粋を集めて作られた”大結界石”・・・物理的な障壁を張るだけでなく、道を迷わせ飢え死にさせ、更には全く違う景色を見せる魔の結界、それを作るためのものだったんじゃけぇ」

 

「・・・ってこた、他にもあるって?」

 

 ロイズが疑問をぶつけると、ウィルウィルは首を縦に振る。

 だがそれから悩んだように頭に指を当てた。

 

「あるにはあるけど、残ってるところがいくつあるかさね、自分たちは門戸を開いて人間達と取引してるから場所が割れてるけど、他はまだ隠れてるところがある・・・もしかすると、まだ戦争中の意識のまま生き続けているところがあるかもしれんね」

「オレ知ってる、旧世界の第二次世界大戦なんかじゃ、ジャングルに逃げたゲリラ兵が終戦に気付かないまま何十年生きてたことがあるって」

「二度目の世界大戦がどれのことだがしらんけど、ロイズ君物知りじゃねぇ、まあその、場所が割れてるからここが標的にされたって言うのは・・・無責任かもねえ、他でもないわしの判断じゃもん、人間と交わろうってしたのは」

 

 伏し目がちに、包帯を巻き終える。

 彼女は膝に手を添えると、表情から決して心の中が読み取れない、”いつもどおり”のままなおも語った。

 

「後悔はしてないけど、自分の判断がこの凶事を招いたって考えるとどうしてもやりきれないとこがあるよ、得られた物は多かったけど最後にここまで失うとは思わなかったけぇ。それでもね、わしはこの集落を今更見捨てはせんさね」

 

 最後に、にこり、とまた微笑んで彼女は言う。

 その時一瞬だけ、悲しげな感情が読み取れた、ロイズとティコにはそう見えた。

 

 

「・・・いざというときは大結界石を割って、集落のみんなを逃がす」

「婆ちゃんはどうするんだ?みんなで背中を見せるのも悪く無いと思うが」

「長が逃げてどうするか、奴さんと刺し違えられないか試してみるのも悪くはないと思ってるよ、竜も・・・きっと王都の”炎神”や”剣神”が前みたいに仕留めてくれる、わしはちと時間稼ぎしてみるさ」

 

 微笑みを変えず、言い切るウィルウィル。

 ロイズとティコは、しばし沈黙し彼女と共に微動だにせず。

 

 

 

 ―――だが。

 

 

 

「―――婆ちゃん、そいつは虫がよすぎる、”パーティー”を一人でするつもりか?」

「・・・はえ?」

 

 第一声を掛けたのは誰か、ガラガラの低い声、紛れも無いティコだった。

 唐突に投げかけられた予想だにしないベクトルの言葉に、ウィルウィルはすっとんきょうな声を上げて目を丸くする。

 

「虫がよすぎる、と言ってるのさ、だいたいニュイの事も俺に任せたままだろ?前にも決意したが、俺は事が終わるまでここに居座ることにしてるってな・・・今更逃げりゃレンジャーの名が廃るってもんだ、それに」

 

 ティコはホルスターからレンジャー・セコイアを引き抜いてくるりと回す。

 ピストルは再び綺麗に彼の大きな手の内に収まり、彼は鼻を鳴らした。

 

「・・・花火に使う火薬の量は多ければ多いほうがいい、そうだろ?」

「そそ、ばあちゃん気負い過ぎなんだよ」

 

 阿吽の呼吸、寸分狂わず続けてロイズがビッ、と拳を中空に突き出す。

 ケガをしてもなお、狂わぬ拳筋は彼の意思そのものを表していたものだろうか。

 

 にっと笑って、彼はウィルウィルと目を合わせた。

 

「オレらだって一度でヘコたれるほどヤワな鍛え方しちゃいねーっての!それによ、アイツはオレらがぶん殴らなきゃならねー、オレらの仕事のオトシマエはオレらがつける、それが一番だから・・・、むしろ、その」

 

 ウィルウィルに頭を下げるロイズ、彼女は更にわけがわからなくなり、呆然とそれを見ているだけであった。

 

 

「―――”手伝って”」

 

 頭を下げたまま、しばしまた時間が流れる。

 それを打ち破るのは今度は何か―――

 

 

 ―――笑い声だった。

 

 

「ふふっ、くすっ、ふふふふっ!」

「え?」

「あっはっは!いや参った!こりゃ参った・・・いや、ありがとうね」

 

 目尻に涙を滲ませて、ウィルウィルは微笑む。

 今度は悲しみが滲まない、心からの微笑みに見え、ロイズはにっと笑う。

 ティコもつられて笑い、ピストルをホルスターにしまうとまた、元のように腕を組んで壁に背を任せた。

 

「少し気負いすぎてたね、ずっとここを率いていたから・・・常に最善策ばっかり考えてたかもしれんね、”確実”ばかりで賭け事の結果もっと結果が良くなることを考えるのも、悪くはないか」

「イザってときゃ道連れだ、どっちにしろこのまま引き下がるなんてあんまりにも虫の居所が悪い、俺と相棒でいいならどこまでだって協力は惜しまんよ・・・ああ、フォートウォースの奴も一緒に道連れにしておくか!」

 

 はは、と笑ってティコが声を上げると、また場を笑いが包む。

 ”覚悟”を孕んだ、決意の笑みを。

 

 そうしていると、ウィルウィルがすっと立ち上がった。

 

 

「さて胸の突っかかりがひとつ取れたところでわしはこのあたりにしとくかねぇ、ロイズ君の治療はもう2日くらいで十分じゃけぇ、そのあとはテッサちゃんにでもやってもらい、あの娘なら君にべったりするくらい嫌がらんさね」

「実験材料とかにされそう」

「はは、そこはわし譲りか・・・いや、昔はヤンチャをね?まあともあれおやすみの時間が近い、ロイズ君もティコも、疲れが残らんようしっかり休んでおきぃ、ティコの方なんてロイズ君が目ェ覚ますまでずっとつきっきりだったじゃろ?」

 

「おいおい、そこは俺の口からちょっと大げさに言って株を上げる計画でな・・・ははっ、まあおやすみだ婆ちゃん、俺はもう少しだけ相棒と話しをしてから寝ることにする」

 

「わかったけぇ、おやすみね」

 

 そうして、ウィルウィルは扉に手を掛け出ていこうとするのだ。

 

 立ち上がっても背丈が低いから、どうしても扉を開くのが億劫なウィルウィルを見てそこはかとない微笑ましさを感じつつ、二人は彼女が出て行くのを見送るとすぐ、双方同時に声を上げて――― 相殺してしまった。

 

 

「相棒・・・」

「グール・・・」

 

「そっちから」

「すまんな相棒、多分話題は同じだと思うんだが」

 

 壁に背をついたまま、視線だけはロイズをしっかりと見据える。

 対するロイズも、身体を起こしてそれに向かい合った。

 

「夢ってのが気になった、こっちに来てから俺らの常識じゃ測れんコトばかりが起きてるからな・・・もし俺の爺さんの世代が信じてたらしいカミサマってのが本当にお告げをくれたんなら、他にも聞いておきたい」

「そのカミサマから、お前に伝言があるってったら?」

「神との対話なんて光栄だ、それで俺にどんなラブコールだって?」

 

「ああ、それなんだけどよ・・・」

 

 視線を交わし、ロイズはほんの少しだけ目をそらしてまた戻る。

 深く一呼吸してから、彼はようやくその言葉を口に出した。

 

 

「“グレイ”は心変わりした」

「―――ッ!?」

 

 ロイズが言い切るのと、ティコが腕組みを解いて鳴くのは同時だっただろう。

 他の誰かには分からない、そのただ一言、暗号とも言えるキーワード、ティコと言う男にのみ理解できるその言葉が、彼の平静な心に強烈なアッパーを掛け顎を撃ちぬくかのように揺り動かした。

 

 ティコはすたすたと、落ち着かない様子で歩きロイズのベッドの横にしゃがみこむと、彼の肩に手を掛けゆする。ロイズはしばし揺られたのち、それをやんわり振りほどくと咳をひとつ、ティコの気を戻してから話し始めたのだった。

 

「落ち着けよグール!」

「わ、分かった、分かった・・・相棒、だが教えてくれ、その言葉に”聞き間違い”はないか!?それで、”奴”の姿を見たのか!?どんな奴だった!?教えてくれ相棒、なあ、相棒!」

「だから落ち着けって!わかってるトコと分からないトコが多すぎるからお前に聞きたいんだよッ!”グレイ”って誰だよ!?あの四方八方肉で目ん玉ギョロギョロ動いてるヤツは何だよ?お前の知り合い幅広すぎんだろ!」

 

「その姿は・・・やっぱりか、やっぱりヤツが・・・分かった、分かった、わかった・・・相棒、今から話す、だから答えてくれ」

「お、おう」

 

 胸に手を当て数字を数え、息を整え心を落ち着かせる。

 そうまでしてようやく落ち着く相棒の姿に、ロイズはその”キーワード”がただならぬ因縁を持つと察し彼の言うとおりに一歩引き下がった。

 

 

「歴史に聡いお前なら答えられるハズだ、まず、2162年にB.O.Sは何と戦った?そして勝った?」

「162年代・・・ってと、ミュータント軍との全面戦争だよな、今東に遠征してる連中はもっとスゴいらしいけど、あの時も負けず劣らず最高の装備があったから一方的に打ち破ってミュータントをカリフォルニア一帯から排斥したって」

 

「そうだ、じゃあ聞くぞ相棒。”ザ・マスター”って何だ?」

「そりゃミュータントの親玉で――― ッ」

「気付いたよな」

 

 聡明なスクライブであるから、おおむね察しがついてしまう。

 

 その時代は生きていないが、その時代を学んでいる、あの時起こったあの事件、この事件、客観的な情報だけだがこの会話を続けるにはそれだけで十分だったのだ。それを確実なものとする百年以上前の戦争は、当時を生きた目の前の男の記憶に今も刻まれ続けていた。

 

 

「・・・俺と昔の相棒、イアン達もいたな・・・あいつが死んだ後確認の意味も含めてハロルド爺さんに聞いたのさ。ミュータント軍を束ねた”ザ・マスター”、ユニティ思想で世界を包もうとしたその本名・・・”リチャード・グレイ”、それが奴の名前だった」

 

 ロイズは驚きに目を丸くしたまま、口を閉ざしたままだ。

 ティコは手頃な椅子を探すと引きずってロイズのベッドの隣に座り、それからゆっくりと、一度うつむいて、それから思い出すように語り始める。

 

 

「前からもちょくちょく・・・旅の合間に話してはいたが」

 

 ヘルメットを外してはっきりと見える表情。

 見えたのはティコの、哀しげな目であった。

 

 

 

 

「―――少し、昔話をするか」

 

 

 

 


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