トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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(´・ω・`)ストロング、二週間、間に合った。優しさのミルク欲しい。
(´・ω・`)・・・あれもしかしてX6-88ちゃんとパンイチ(ディーコン)って同時に連れていけないのか。全コンパニオン同時連れ歩き計画破綻の予感。

(´・ω・`)すいませんこんなの造ってて遅れました
https://twitter.com/kyousuke4926/status/678513479192436736


10624字。


第四章 妖精郷と再臨の氷魔 8話 『影の兵士と視る氷魔』

 

 

 

 

「お兄ちゃん、おいし?」

「ああ、今まで食った中でも一番かもしれん。噛めば噛むほど肉汁が溢れてきてジュゥシィ・・・付け合せのサラダもとびきりだな、俺の知ってる野菜ってのはもっとこう、固めの葉っぱが多かったんだがこっちのはとっても、やわこい、ああ」

「・・・こっち?」

 

「うちのは、ってことですよね?ダン・・・ムンドさん」

「ああ、そうだ!今日のは格別ってな!」

 

 夜分に差し掛かり、樹上に建てられた家も、G.E.C.Kの造った仮住まいも、すべてが灯りを焚いて扉を締め、家族揃って豊穣神に祈りを捧げ夕餉に入る頃。ニュイも――― 彼女が幻想を見るティコも、それについてきたアルも、共に食事に手を付けていた。

 

 ティコは今、ヘルメットを脱ぎその醜い顔、焼け爛れたようなグールの顔を晒しているが、それもまたニュイは受け入れてしまっていた。

 

「お兄ちゃん、やけど大丈夫?痛くない?」

「なあに、俺を誰だと思ってるニュイ、この程度慣れたもんさ」

「な、慣れるの早いんだね?」

 

 彼女の目にはきっと、竜の襲撃で顔を焼かれた兄が映っているのだろう。

 グールのティコはこの場にはおらず、それはテーブルのグラスに甲斐甲斐しくワインを注いだり焼き上がったパンを持ってきたりしているアルとも示し合わせているから、今この瞬間、食事をしているのはティコではなく幻想の兄、ムンドだった。

 

 嘘は慣れてる、だがやむなしとはいえ子供にこれだけの嘘をつき続けるということは、ベテランのティコと言えどなかなかに参ってしまうもので彼はしきりに癖である、こめかみを掻く仕草を続けている。

 

 あまりに異質な、ヘルメットを脱いだ顔を見せた時にはせめて現実を受け入れるのではないかという一抹の希望があったが、それも杞憂に終わった。彼女の目は彼の鍛え上げられた肉体も、あまりに違う背丈も、焼けた顔もすべて幻想に修正されるのだ、ティコはこの時点、半ば模索を諦めてただ食事に興じる。

 

 

「でも大丈夫だよ、長老さんもいるしすぐに治してもらえるよ」

「あ、ああ・・・そうかもしれん、心配かけて悪い」

「明日にでもなおそ?酷いやけどだけど、きっとだいじょうぶだから」

 

 にっと笑って、あからさまな善意を向けて言うニュイ。

 それにティコは少し考え、ふっとアルを見る。

 

 彼女もまた、テーブルにつき食事に手を付けると、ティコの視線を目だけで返した。察しのいい彼女の了解を得たいと、ティコが思った通りであった。

 

「なあ、ニュイ」

「どしたの?お兄ちゃん?」

「いや、この傷のことなんだがな・・・いつでも治せるんだろう?」

 

「・・・うん、大丈夫だと思うけど」

「ああ、そりゃ良かった、じゃあ」

 

 コトリと、テーブルにフォークとナイフを置いて一呼吸。

 一瞬だけまた考えて、そしてじっとニュイの目を見て応えた。

 

「この傷、しばらく治さんでいいか、ニュイ」

「え!?どうして?そんなにひどいのに!」

「いや、ちょっとな、つまり―――」

 

 考えたのはごまかしの台詞、また子供に嘘をつくと、いたたまれなくなりながら考えた台詞。

 そして、この台詞の通りに事が進んだのなら、きっと事が全て終わると思っての台詞。

 

 相棒を通して聞いた、長老の”選択肢”、そのひとつに至る道まで期日を伸ばし、自分が”ティコ”ではなく”火傷を負った兄”でいられるための言葉。

 

 

「―――ドラゴンを倒すまでだ」

 

 

 ”復讐”。

 

 その時まで、きっと終えれば彼女が現実を受け入れるはずだと。

 それをやるのは他でもない自分たちだという宣言であり、アルも一瞬目を丸くしたと思えばすぐに、”まあそうだよね”と納得した表情を見せフォークを動かし言葉だけに耳を傾け続ける。巻き込まれるのも今更であるし、ついていくと決めたから、アルは何も言わなかった。

 

 反面、ニュイは口元に手を当て驚いた様子を見せる。

 

「・・・竜って、紅竜のことだよね!?無茶だよお兄ちゃん、いくらなんでも・・・」

「あー、いや、すまん勘違いさせること言ったな・・・ドラゴンが死ぬまでだ、いくらなんでもその、装飾師?の俺にんな芸当ができやせんさ、ほら、青い竜を仕留めた奴らがいただろう?」

「ティコさんと、ロイズさん?」

 

「そうさ、ミサイ・・・あの”爆炎の槍”で青い奴を仕留めた奴らだ、違いは赤と青だろ?ならきっとまたやってくれる――― きっとだ、そうだろう?いつだってヒーローは勝つんだ、そう信じてきた」

 

 

 本音と、虚偽と、交えながら言う言葉はきっと真実に近い。

 起こったことも、これから起こることも。

 

 焼けた顔でにっと笑って言う。それはたぶん初対面であったなら見るにおぞましい印象を与えていたものだろう、だが心からの微笑みはそれでもなお、見えない暖かみをニュイという少女に与え、痛ましさを緩和する。

 

 しかしそれでも、”実の兄”が無茶をしていると彼女には見えて仕方なかったのだろう。口元を震わせる彼女、ティコは察すると、手をすっと伸ばす。軽く頭を撫で、答えるのだ。

 

「痛かったさ、とってもな。だからきっとあてつけで心の突っかかりだ、傷を治してもドラゴンが居続ける以上はきっと、俺は心休まらない・・・奴が斃れる時までこの傷を残しておきたいのさ――― 復讐が、やり遂げられる時まで」

 

 焼かれたのは共に地獄の業火、そして違いは目に見えるかどうか。

 その違いだったが、ティコはふと思ったまま言ったことがそのまま、見せかけと実情との差異を特に孕まない程度にニュイに伝わったのを理解する。

 

 思えば自分は、ムンドという青年のことは何も知らないのだ。

 軽く会話した程度で、いい印象を受けた青年だということは分かっていたがそれでも、彼の身辺、経歴、趣味趣向、利き手から秘密の合言葉まで、何も知らない。それなのにこの少女は、あからさまに違う部分ばかりのこの年寄りを兄と信じてはばからない。

 

 ニュイが髪をくるくるといじりながら考える間に、ティコもまた考える。

 

 

 ―――この少女が見ている幻想に、一歩踏み込んでみてはと。

 

 

 

「・・・なあ、ニュイ」

「どしたの?」

「いや、聞きたいことがあってな」

 

 言いながら、手はつい癖に動く。

 躊躇っているのだろうか、迷っているのだろうか、ティコ自身にも甲乙つけがたい判断であったが、しかし、一歩、一歩目を踏み出さないことには何も始まらないし、それに一歩目なら――― きっとやり直せる。

 

 虎穴に入り込むほど尋常ならざる覚悟ではないのだ、少し、草原で寝る虎の子を撫でに行く程度の勇気だった。

 

「・・・なあ、俺ってやつは、その」

「うーん?よく聞こえなかったからもう一回言って?」

「ん、あぁ・・・ああ、俺ってやつはその・・・」

 

 最初の一回は言葉が窄み、彼女の耳に届ききらなかった。

 

 だがその時既に、自分が一歩踏み出していることを否が応でも理解していたティコは、再び、今度ははっきりと問いかける。目を見て、手を止め、はっきりと口を動かしてその問いを投げるのだ――― 淀んだ目に。

 

 

 

 

「―――どんな奴、だったか?」

 

 

 日常の些細な会話に紛れ込ませるような、何気ない問いかけ。

 

 だが言葉というものは、確かに意味を持って心へと染みこむのだ。

 今、ティコが投げかけた言葉はきっと、傷口に染みこむものだった。

 

「お兄ちゃんが、どんな人だったかって・・・そんなの・・・」

 

 首を可愛らしく傾げ、問いかけに応えるニュイ。

 しかし染みこんだ言葉が心に伝播するのに従いその顔が、急速に曇っていく。

 

 淀んだ目の焦点が少しづつずれていったところで、ティコも、アルも異変に気付いた。

 

「ニュイちゃん?」

「かっこ良くて、優しくて、手先が器用でいつも・・・いつも、いつも?」

 

 淀んだ目から伸びた僅かな光が、現実を捉えた。

 

 途端、彼女の額からはどっと汗が吹き出すのだ、ティコはガタリ、とテーブルを音立てて経とうとするが時既に遅し、まくしたてるように、早回しにしたホロテープのように、彼女の口からは現実との差異が並べられる。

 

 

「いつも、どうしてたっけ・・・お兄ちゃん、いつも!いつも・・・そうだ、いつもはお兄ちゃん”左利き”だったよね?なんで今日は右手で・・・それになんか、すごくお兄ちゃんが大きく見えるし、それに、それに!」

「ニュイ!?」

 

 刹那、暴走するように頭を掻きむしる彼女に、ティコはとうとう立ち上がる。

 彼女は目を見開いたまま涙を流し、ただ言葉を拙く紡ぎ続けた。

 

「お兄ちゃん、いつもつけてるニュイとおそろいのネックレス、してないし・・・!いつもなら絶対外さないのに、いつもなら、いつもなら・・・いつもって、何?何なの?あの時倒れてたのって、いや、違うの、あれは・・・!」

「ニュイッ!」

「ニュイちゃん!」

 

 とっさにアルとティコが動き、彼女に詰め寄る。

 アルは冷えた水を気付け薬のように無理やり飲ませ、ティコはその肩をつかんで揺するのだ、現実に戻ってこいではなくきっと――― 虚構にもう一度戻ってくれ、と願うように。

 

「あなたは誰?あなたは、お兄ちゃんと同じ格好の、同じ、同じ・・・?」

「そうだ、俺だ、お前の兄ちゃんだ・・・ッ、そら見ろ!」

 

 ティコは懐から出したネックレスを掴むと、彼女の目の前に揺らす。

 それは以前、ムンドが”約束”を遵守させるために彼に手渡した、碧色、翡翠じみた宝石のネックレス。

 

 ―――きっと、彼ならいくつでも作れて、自分では作れない、事実最後の品。しかしそれを目にした途端、ニュイの目がふたたび淀み始める、現実から精神を雲隠れさせるような淀みが彼女の目を覆い、そしてそれを契機にしようやく、彼女の”暴走”は収まる。

 

「お兄ちゃん・・・」

「分かったか、どこにも行きゃしない・・・あの時死んだのは別の誰かだ、そう思え」

 

 自ら道を遠ざける選択だったかもしれない、だが目の前の少女の心を守るために、虚構に虚構を上塗りするのが今の彼の選択だった。

 

 遠回りが最も近い道であってほしいと、そう言い訳を心の隅に置いておきながら。

 

 

「・・・そうだよね、そうだよ・・・ごめんねお兄ちゃん?」

「今日は休め・・・嬢ちゃん、すまんが消化にいいスープをひとつ頼む、後で持ってってやってくれ」

「あいさー、じゃあニュイちゃんお部屋に行きましょねー」

 

 精神を傷つけた残滓があるのだろう、アルに支えられ、ゆらりとテーブルから立ち上がったニュイはワンテンポ遅く歩いて行くと、私室の扉を開け小さな灯りをつけ、最後にティコに向かって微笑むと扉を締め、部屋の中へ消えていく。

 

 ティコはその間一歩も動かず――― 動けず、ただ手を振るだけだった。

 彼はヘルメットをテーブルから持ち上げると、顔を隠すように被る。

 

 そしてぎゅっと手を握ってわずかに震え、しかし、アルの視線を受けていることを察するとその力を抜いた。

 

 

「・・・ダンナ、あの娘」

「ああ、助かった嬢ちゃん。今日は嬢ちゃんも休むといい、後片付けは俺がしておくから大丈夫、気立ての良い女の子にこれ以上働かせるにゃ男としちゃ廃る・・・そんな目で見るなって、なんとかするさ」

「はい、でももし何かあったら」

 

「分かってる、その時は皆に頼る、相棒にも釘を刺されたからな」

 

 言い切って、聞いたアルが頷きてとてとと、歩いて外へと出て行く。

 一人部屋に残されたティコはヘルメットを抑え、そして片手はまた震えていた。

 

 彼は歯をぎゅっと食いしばると、吐き捨てるようにつぶやいた。

 

 

 

「・・・この役立たずの、年寄りが」

 

 椅子にガタンと乱雑に座り、項垂れる。

 とても一杯、いや一瓶飲んで忘れたい気分だったが、なぜか身体は動かなかった。

 

 酒に逃げてはならない、そんな使命を感じていた気がした。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ガシャ、ガシャと、音が鳴り響く。

 

 ロイズはこの小さな集落、その外周を朝から何周も走っていた。それはこういった、長期滞在が予想される場所における日課のトレーニングでもあったし、パワーアーマーという機械を定期的に稼働させ、そして身体に慣らしておくための行動でもあった。

 

「残りッ、半周ッ!」

 

 息を切らせないのはひとえに彼のトレーニングの成果であり、温まったパワーアーマーも彼の動作に追従する。

 

 これは”パトロール”としてこの時勢、集落の住民からも好意的に見られていたしなにより、見るからに数十キロはありそうな鋼のフルプレートメイルが人間の走行に近しい速度で駆け抜けていくのはまさに物珍しかったようで、見物に訪れる者にロイズは手を振って走りぬけ、眠る老エルフに足音の目覚ましをかける。

 

 定めたコーナーを周り大きな樹をぐるっと回って、家々の隣を駆け抜ければスタート地点、そしてゴールともなる集落入口の警備詰所まではすぐそこだ。ロイズは少しだけ消耗した体力で額に汗を掻きながら、それを拭くのはゴールテープを切ってからだと手を止める。

 

「やっ、せっ、のっ、ゴー・・・」

 

 目の前の集落入口、ゴールラインへ入ろうとロイズがホップ、ステップ。

 ジャンプには至らず、最期の一歩を控えて足を急に止める。

 

 

 ―――その途端だろうか、ロイズは自分と接続された科学の叡智、Pip-boy3000が自分の視界外に”敵”を捉えたのを感じた、Pip-boyの網膜投影上に表示されたコンパスマーカーには警戒色の”赤”のマーカーが写り、そしてそれは集落の住民とはまるで違う、己の背後に存在した。

 

 ロイズは戦慄し、そして振り向く。

 瞬間、飛来した矢がヘルメットに弾かれ逸れるのを間近で捉えた、額から垂れた汗は、頬にまで達していた。

 

「敵襲かよ!んな朝っぱらからッ!」

 

 ぎゅっと拳を握り、矢から前へ、視界を移す。

 森の奥、がさがさとやかましく音を立てながら接近する影は音だけで相当数の存在を認識させ、ロイズと、そして門の上で警備にあたっていた二人のホーリエルフの戦士に戦闘態勢を取らせる。

 

 彼らが鐘を鳴らし戒厳体制を集落に知らせると同時、木々の間から出現するのは無数の敵だ、それはゆうに二十人はいるであろう、しかし攻めるにはやや足りなさを感じる数で、しかし―――

 

 

「―――”影”?」

 

 ロイズの目には少なくとも、その存在は人間には映らなかった。

 ローブじみた軽装防具、それをまとった人間、しかしそれは何故だろうか、彼にはその輪郭しか見えないのだ。

 

 装備の輪郭には覚えがあり、それはかの、ロイズの記憶にも新しくそして、これからも忘れないであろう”幻惑のゼノビア”のまとっていたような宗教団体、もしくは反政府団体、もしかするとテロリストとも呼べる彼ら、異種族を滅ぼさんと活動する”魔女の霧”の構成員だろう。

 

 だが唯一それに感じる気味悪さ、違和感、なにより見た目に既に現れる差異。

 それにロイズは足をつい一歩だけ横に動かすと、均等に距離を取った。

 

「・・・真っ黒、顔も黒くて装備も真っ黒、髪から手から足まで全部真っ黒・・・まるで影が動いてるみてーだっ。ステルス的な装備なのかほんとに”影”なのか知らねーがよ、でもこの先行こうってんなら通行証出せよ・・・オレも持ってねーけど」

 

 二十の影、それは全てが同じではなく、各々違った人相であるから更に気味が悪い。

 

 持った武器も各々それぞれで、統一性に欠けるものだ、まるで”あらゆる武器を使う”ことが目的なのではないかというように、一切の統一性のない装備群を纏った彼らにどうしても、ロイズは目的を判別できなくなる。

 

 ウィルウィルが言っていた”襲撃者”であることに違いはないだろう。

 だがそれならなぜこのタイミングで、影のように真っ黒ならば夜襲こそが最善手ではないのか。装備も統一せず、攻め時も明らかにおかしい、全くもって”理由”に欠けるのだ。

 

 ならば――― ロイズは攻めのタイミングを伺おうとするが、しかし。

 

 

「ッ・・・!」

 

 瞬間、”影”の一人に矢が突き刺さる。

 

 勢いのままに影の兵士が倒れ、しかし彼らの視線はただ一点。

 ロイズへと向けられたまま、それは更に彼に不気味さを与え、彼は逃げるように後ろを振り向く。

 

 少し視線を上げてみればどうだ、詰所から飛び出してきたエルフの戦士が、竜に殺され残り少なくなった彼らは先手を打たねば負けるとばかりの形相で弓を構え、続けざまの一発を射んとしていたのだ。

 

 戦士長のアウルもおり、彼はロイズへ目を向けると彼に向かって叫ぶ。

 だが時を同じくして、倒れた”影”が立ち上がった、ゆっくりと、矢を胸に突き立てられたままだった。

 

 

 アウルは苦い顔をし、ロイズは目の前の相手が正真正銘人間でないことを悟る。

 

「ッ、やはり対になるマナか、それとも徹底的に破壊するしか・・・!鎧騎士ロイズ、聞こえるか!」

「んな声でっかくしねーでも、聞こえてるっての!」

「奴らはマナによって生成された兵士だッ!徹底的に壊さねばすぐに起き上がってくる!」

 

「ッ、なるほど、じゃあありゃ”敵”で、んで―――」

 

 不気味さを拭えなくも、しかし、ロイズは言葉を受けてほくそ笑んだ。

 

 魔法の生物、徹底的に壊さなければ蘇る兵士。ぎゅっと握った拳に力が宿る、モーターが回転し、彼の四肢に力を与える、そして踏み込んだ足には勢いが宿り、そして彼の心にひとつの確信を与えるに至るのだ。

 

 つまり、目の前の敵は―――

 

 

「―――殺せるってこったぁっ!」

 

 影の兵士がいっせいに飛びのき、しかし逃げ遅れたのは矢の突き立った一人。

 

 踏み込んだロイズの拳がねじ込まれると同時、その手に握ったハイテクフィスト、こんなこともあろうかとあらかじめ上位フィスト、グリーズド・ライトニングに換装しておいたフィストが炸裂し、プレスが命中に従って飛び出した瞬間二重の衝撃が叩き込まれる。

 

 パワーアーマーの重量と、勢いと、そしてプレスの衝撃による打撃はまさしく振りかぶられた鉄骨の直撃並だ、軽々と軽石のように跳ね飛ばされた影の兵士は樹木のひとつに叩きつけられた瞬間、片手足をもがれ打ち付けた頭を砕かれる。

 

 途端、”影”は影のように、光に消えるように消え去った。

 ロイズの心に宿った、”殺せる”という確信が確実なものとなり、彼の足を更に軽快にさせる。

 

 もはや目の前にいるのは烏合の衆、ただ武器の種類が多く、見た目不気味なだけの黒子と違わないのだ。

 

「アウルの戦士長っ!」

「どうした!」

「後ろから援護射撃頼む!オレのことは気にすんな!どうせ効かねぇっ!」

 

 だとすれば残る懸念は相手の速度、追いつけるか否か。

 ならば後方支援で敵の足を射ればと、ロイズは戦士長に要請し、彼も頷いた。

 

 同時、影の兵士がロイズを取り囲み一斉に攻撃をかけるのだ、槍、斧、剣、メイスに戦槌、魔法の武器まで様々が彼を襲い来る。

 

 

 だが―――

 

 

「効くかよぉっ!!」

 

 T-51b型パワーアーマー、その強靭極まりない装甲板には打撃も斬撃も鋭い突きも大地を揺るがす衝撃も、魔法の炎も効きなどしない、ロイズはそのままこれはいいと、影の兵士二人の頭をつかんでやるとそのまま一思い、双方勢い良く叩きつけ頭を砕く。

 

 しかしそれでもなお、視界だけは奪っても動くものだから、もう一度殴り飛ばして完全に機能を停止させるのだ。

 

 圧巻な様、一度は見てもなお信じがたい剛力の戦場を目にした戦士達も一瞬腕を止めるが、アウルに喝を入れられすぐさま気を戻し弓を射る。放たれた弓はロイズごと影の兵士に振りかかるもロイズにはもはや効かず、影の手足を奪う。

 

「第三射、第四射、命令は待たないでいい!射れるだけ射れ!魔法でもいい!あの鎧ならいくら射っても撃っても通すまい!」

「こんな機会そうそうないな戦士長!グリムとヒルトは右のをやれ!俺は左のを!」

「陽の光がちょうどいい!今日はいい魔法が撃てる!」

 

 光弾、光線、弓矢、様々だ、時にはそれが敵を滅することもあれば、手足を奪うだけにもとどまる。

 

 ただ、ロイズはそれでも止まぬ敵の攻撃を真っ向から受け止めつかまえ、殴り飛ばして消し飛ばしながら、そのあまりの”手応えのなさ”にやや失望するのだ、懸念していた襲撃者とやらが予想よりずっと単純で弱かったことに、燃えかかっていた心に息を吹きかけられた気分だった。

 

「弱くて、迷惑かけることしかできねーんだったら!そもそも来るなってぇ!」

 

 槍を折っては殴る。

 剣を折っては殴る。

 槌を弾いては殴る。

 

 夢中になって腕を奮っているうちに、彼は敵が最後の一人になっていることに気づく。

 

 

 そうなるともう、誰も手出しはしない。

 戦士たちは最後の一人は譲ろうとばかりに弓を構えるだけにし、敵の”弓手”から目を離さない――― だがそれを目にした時、ロイズはまた、一抹の違和感を感じてもいた。

 

 

「・・・ンなんで、こいつオレだけ狙って・・・?」

 

 弓を引き、射る。

 ただそれだけの動作を何度も繰り返すのはいい。

 

 だがもし最優先で倒すとしたら、門上の射手ではないか、前衛でなおかつ無駄とわかる相手、ロイズのパワーアーマーにこれまで執着しひたすら攻撃を続けるのはなぜか。

 恐怖でどうかなっているなら無理もないが、目の前の相手にはあまりにも感情といったものの兆しが見えない、無感情で無感動で、むしろ痛みすら感じない、彼の目にはそう見えて仕方がなかった。

 

「こいつらも」

 

 周りを見回せば、かろうじて消滅していない、手足を持って行かれ這いずるのがようやくの”影”達。

 

 そのすべてもなぜか、ロイズから目を離していない。実際には目がなく、黒くぬぺっとした能面だから気味が悪く、ロイズはその尋常ならざる執着と狙いの絞りぶりにどうしても違和感を感じてしまう。

 

 それは、まるで。

 

 

「・・・オレだけ狙ってきたみてーだ」

 

 全ての攻撃は自分に集中していた、思えば。

 再優先撃破目標と断ずるのなら戦闘中だろう、ではあるいは、自分の情報を事前に集めていた者が自分を殺しに来た?それならばもっと、きっと情報を集めるはずだ、先にいた街パーミットにでも行ってみれば、彼の戦闘能力も弱点も露呈するはず。

 

 ―――なら、なぜ。

 

 

「・・・まあ」

 

 考えても仕方ない、と。

 今は目の前の相手を叩き潰すことが再優先だとロイズは断じ、拳を振りかぶる。

 

 影は、もはや避けない。

 

「もしお前のご主人様(マスター)、ってのがこいつ通して見てんのならよ」

 

 拳を握り振りかぶる姿勢のまま、言葉を紡ぐ。

 影は、それをただじっと聞いているようにも見えた。

 

 彼は握った拳を突き出した。

 

 

「―――何寄越してきても、ぶっ潰すからなっ」

 

 影が霧散し、消え去る。

 ロイズはただその様をじっと見てふと気づく。

 

 

 日課のランニング、そのゴールテープを戦闘中に切ってしまっていた。

 

 それにどうしようもなくしまらない気分になった彼はしばし苦い顔をすると、消え去った影、不満の残る戦い、ゴールテープ――― 様々な不運に心が曇るのを感じ、ヘルメットを外すと頬の傷を小さく掻きながら集落へと戻るのだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 ―――森が一望できる崖の上、その男はいた。

 

 

 魔道具の遠眼鏡を通してみる世界、結界が晴れ外界に晒されたホーリエルフの集落は矮小で、森の一部にすら程遠い。

 

 だが彼はその端、門構えでの交戦を見て笑む。

 自分がずっと見つけたかった相手、その存在が確認できたから。

 

 

 ウィルフレッド・シルベスター、短い銀髪の男、脱獄囚。

 かつてティコとロイズ、その二人の出発点となった村を襲い、そして撃退された彼、顔立ちはほどよくしかし、憎しみに塗れたその顔は見るからに闇を抱えていることを感じさせるものであった。

 

「“怠け者”の奴から借りた、二十人用意した影の兵隊・・・あっというまに全滅、って。まあ期待しちゃいなかったがよぉ、さすがにかってぇ鎧着てるよなぁロイズ・・・あの時と同じだ、でもあの時よりずっと強くなってんだろーなぁ・・・なぁ」

 

 ナイフでリンガの皮を剥いては捨て、剥けたところからかぶりつく。

 かつて貴族の坊っちゃんであったころの面影はまるでない、生きることすら無頓着になった、欲望と復讐のままに生きる男、それが今のウィルフレッド・シルベスターであり、身に纏った無数の魔道具、一級品ばかりをそろえたそれはそのための道具だった。

 

 使えば命を蝕むものも存在した、だが彼の心にそれに対する恐怖はかけらもない。

 

「まあいいや、どうせ今の俺には勝てないしよぉ、って」

 

 豪奢な杖をくるくると回す。

 その一品で屋敷がいくつ買えようか、無数の宝石の取り付けられた杖を少しも惜しむ様子もなく、彼は肩をとんとんと叩いて首を回す。

 

 もう一度遠眼鏡を覗くと、同じように首と肩を回すロイズが見えた。

 

 

「この遠眼鏡、なかなか便利だよなぁ、持ってた奴は・・・トビシロだったか、あの女、最初に俺をけしかけた女・・・死んだんだったか?まあ当然の報いだよなぁ、って。俺を利用しようとした罰だ、ってよ」

 

 くくっと笑い、くるくると遠眼鏡を回す。

 

 そして彼は背後を振り返った、二十人の”影”、きっと最後の二十人だろう。

 だが確かなる兵士がそこにおり、彼の命令を待つかのように静まっていた。

 

 ウィルフレッドは遠眼鏡を覗き、また集落を見る、結界が修復され消えていく集落の姿の中、彼は確かにその男を見た。遠眼鏡を握っていない右手、指の欠けた手、この手をその無残な姿にした一人の男を。

 

 

 ―――トレンチコートの、黒兜の男。

 

 

 ”狩人ティコ”と呼ばれるようになっていると、ウィルフレッドは聞いていた。

 

 そのことを思うと、歯を噛み砕きそうになる。自分をここまで貶める原因になった男が、街の英雄ともてはやされ、賞賛されているのだと思うととても腸が煮えくり返り、殺しても殺し足りない気分になるのだ。

 

 逆恨みに違いなかったが、彼にそんなことを考える良心など残ってはいない。

 彼はすうっと、息を吐くと”影”に命ずる。

 

「・・・行け、あいつだけ狙え」

 

 途端、寸分狂わない動きで同時に影の兵士が動き出し、崖を下って森のなかへと消えていく。

 

 持たせた”結界破り”の道具で結界に穴を開け、きっと彼らはあの黒兜、ティコと交戦するだろう。もちろん勝てるなどとは思ってもいない、むしろ勝ってもらっては困るのだ、自分の手で彼を殺すことが今の彼の、最上の目標だった。

 

 彼の能力を推し量り、見極めた上でギリギリまでいたぶる、そのための兵士だった。

 

 

「さて、もう少し観戦と行くか、ってよ」

 

 ウィルフレッドは遠眼鏡を覗き、集落へと目を向ける。 

 戦いが終わり、きっと油断していることだろう、彼らの驚く顔もまた、見ものだ。

 

 彼は、彼らはどんな戦いをしてくれるだろうか、自分にどれだけ抗ってくれるだろうか、想像するだけで笑いがこみ上げてきて、くくっとこぼれる。彼はその時を待ち焦がれ、つい身体を抱いた。

 

 

 

 

 ―――あの集落を、氷漬けにしてやるその時を想像して。

 

 

 

 


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