トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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https://twitter.com/kyousuke4926/status/669581712259612672
(´・ω・`)ロダと両方画像上げるのアレなのでTwitterだけどスターライト・ドライブインはこんな風におっきぃ街作れるから楽しいです。
(´・ω・`)ただここはオブジェクト数上限の関係でMOD必須なのはつらい。

(´・ω・`)しかしX01パワーアーマーが数揃えられなくてつらい、すごい少ない。


8559字、10000字以下は久しぶり。


第四章 妖精郷と再臨の氷魔 6話

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ヒュン、と風を切って弾丸が翔ぶ。

 

 

 飛びすさんだ.308口径の弾は空をねじりきり、ただ真っ直ぐに突き進むとその眼前に備えた標的、やや歪な形をした手製の酒瓶、そのわずかに右へ逸れると遥か後方、幹の太い樹に突き刺さり運動を止めた。

 

 弾丸はきっと主人を信じ、その腕前を信じていただろう、故に.308口径の正義の剣は問うのだ、なぜ外した、と。

 

 少なくとも、ティコはそう、自分が責められたような錯覚を覚えた。

 

 

「―――っぁ」

 

 小さく声が漏れて、顔の表情が間抜けにも、理解を超えたものを目にした時のものに変わる。

 

 彼自身、外したことに自分で驚いていた。

 

 的に置いた数本の酒瓶、その最後だけを外したかもしれないがそれでも、的との距離は100m程度しか離れてはいなかったのだ、普段の彼なら、ちゃんとじっくり狙えば長年の経験と勘が四、五百メーター先の目標の心臓を撃ちぬくのも容易。

 たまに肝臓、もしくは胃のあたりに当たってしまうこともあったが、それでも静止した目標を十分に余裕のある環境と時間で狙って、外すなど彼自身、一体何年、何十年前ぶりのことだか覚えていない。

 

「くそっ」

 

 こめかみを小さく掻き、ハンティングライフルを肩に担いで嘆く。

 思ったより、自分の精神に余裕が無い、焦っている。

 

 そうティコは冷静に自己判断を下した。

 

「・・・やんなっちまうなぁ」

 

 頭を抱えても出てくるものは、後悔と自分への責。

 思い出すのはたった昨日、小さな部屋での出来事、小さな少女との一幕。

 

 壊れた心が魅せたのは、何だったか。

 

 

 

 ―――お兄ちゃん?

 

 確かにそう呼ばれ、ティコは一時うろたえ周囲をつい見回してしまった。

 自分を慕ってくれたあの青年がいるはずもないのに、きっと幻覚を見ているのだとは納得してみていても、ならばその幻覚がどこにいるのか、それを探り当てようと彼は見回して、そして、その視線が自分を刺し貫いていたことを察すると共に戦慄する。

 

「・・・どうしたの?お兄ちゃん」

「ああ、ああ・・・そうだな、ああ」

 

 無垢な目は、しかし濁りを堪えたまま。

 彼を捉えて離さない、彼は最適解が見つからないまま―――

 

 

「―――そうだな、ざっと半日は、寝てたさニュイ」

「そんなだったんだぁ!もう私ったらおねむだね!お兄ちゃんはなんともない?」

 

 その目の期待を裏切れなくなって、ついその存在を騙ってしまった。

 同時、凄まじい罪悪感が彼を襲うも、しかし逃げるように彼は問いを口にする。

 

 少女は首を傾げてそれを受け止めた。

 

「ところでニュイ、俺はその・・・ヘルメット、いや兜も被ってるってのによく分かったな?声もその、しわがれちゃいる気がするんだが」

「だってぇ、その服をここで来てるのなんてお兄ちゃんくらいのものでしょ?声は・・・うぐっ!」

 

 ティコは再び頭を抱えた。

 

 記憶を書き換え納得させ、兄の死を受け入れない。

 しかし逃れきれない記憶の齟齬が彼女を苦しめるのだ、頭を抑え汗を垂らす彼女に、彼と彼の周囲を囲う者達が慌ててフォローを入れる。

 

 それが例え嘘でも、状況を解決する最適解だと信じて疑えなかった、疑う時間も余地もないと、そう思えたのだ。

 

「あっ、あぁ!えーっと・・・お兄ちゃんね、喉火傷しちゃったんだよ!ニュイちゃん!だからこんなになってるの!ね?」

「やけど・・・火傷・・・」

「あ?ああ、ドラゴンが襲ってきたのは覚えてるだろ?その時にちとヘマをしてな、喉元をごっそり焼かれちまって・・・すまんな、不甲斐ない兄で」

 

 言う方も気が気でない、だが気が気でない者の心を戻すためにつく嘘の数々は、彼らの心に傷と疲れを与えつつもしっかりと彼女へと食い込み、記憶の齟齬に確かな修正を加えていくのだ。偽りの絆創膏は確かに、心に空きかけた傷を塞いだ。

 

 

「お兄ちゃん火傷したのっ!?ね、大丈夫!?みせてっ、治してあげる!いつもみたいに!」

「いや、いや!大丈夫だ大丈夫だから、な!ちゃんと治してもらったしそれにほら・・・俺は強い、知ってるだろ?その、何だ・・・お前を外に連れ出すまで死にゃせんよ、それよりお前も病み上がりだ、じっくりもっと寝てな、ほら」

 

「でも」

「いいから・・・っと、俺は少し席を外すから、後を頼む、戦士長」

「あ、ああ。なんだ、後で長老にも話しておけよ」

「合点」

 

 状況が一段落したことに安堵したティコは、しかしそれでも、この閉塞した空気に耐えられなくなりつい、席を外して外の空気を吸いに逃げようとする。

 

 立ち上がり、去っていく彼、背丈の大きさもまるで違うはずなのに少女は彼を別の存在と挿げ替え疑わず、幻の兄を自分に重ね続けているのだ。これにはさすがのティコも、両肩にずっしりとかかるプレッシャーを感じずにはいられなかった。

 

 

「じゃあ嬢ちゃんも、しばらくな」

「あ、ハイ・・・ダンナ・・・いえ、ムンドさん」

 

 後ろ手に開いた扉を締め、引かれる後ろ髪を振り払い外へ出る。

 そうしてヘルメットをようやく外し吸った外の空気は、とてつもない解放感を彼に与えた。

 

 そして今、だぶついた悪感情を振り払うために彼はここにいるのだった。

 

 

 

「・・・あんまりだぜ」

 

 また一発、弾を撃つ。

 

 一度冷静になった弾だったから、今度は外さない。正中線に従って正確に酒瓶の中央を穿ち、余った衝撃で瓶を木っ端微塵に砕いてやる、気がつけばその、パリンパリンと何度も瓶の割れる音が気になったのか少しずつ人が集まり始めていた。

 

 ティコはハンティングライフルの弾を一発一発込め直し、リロードを終える。

 

 リロードの最中、彼はどこともない解放感を感じてもいた、もとよりリロードの瞬間というものは得てして無防備であるため、ひたすら無心で弾を高速で込めなければならないのが彼の駆け抜けた多くの戦場での決まりごとで、彼にも無意識に刻み込まれていたからだ。

 

「っと、こいつもいつまで持つか」

 

 並べた瓶、まだわざわざ並べたそれに再び狙いをつけながら、ティコはぼやく。

 

 思えば手に馴染むこの銃も、結構にくたびれを感じさせてきた。

 ウェイストランドの銃器製造メーカー大手、ガンランナー謹製の武器群はなかなかに良品質の製品が並んでいたがそれでも、こちらに来てからは特に消耗が激しく銃身の交換と修理、メンテナンスに事欠かない。

 

 先のAK-112のように、完全にスクラップになる銃がそろそろまた出てくる頃合いかもしれない。命あっての物種、それが分かっている彼は特に銃に負担をかけるような使い方が散見されるために予測できた。

 

「・・・まあ、考えてもしゃあない」

 

 彼にとっての銃はきっと、守る力だ。

 

 レンジャー訓練を受けている彼は槍やナイフ、といった格闘武器に近接格闘術も十分に学んでいたがそれでも、この世界の巨悪が想像以上に強力であることを知った今ならそれに対抗するに、より強力な装備がいる。

 

 魔法、という便利な代物が使えない、まともに扱えないのは相棒も同じであったがあちらは切り札としてそれが持てている。

 そうなると銃を持たない自分はきっと、この世界の並、程度の水準に立つことになってしまうのだろう。遥か進んだ世界の知識と技術があるから、もうちょっと上かもしれないがそれでも力不足は否めない。

 

 銃が使えなくならなくても、使えない状況に陥ったらどうだろうか。

 やはり考えてもなかなか良い想像は掻き立てられない。

 

 結局彼は考えても仕方ない、と結論付けた。

 そしてもう一度、スコープを覗いて瓶を眺めると―――

 

 

「―――おっ」

 

 自分が撃つより早く、一拍早く瓶が倒れた。

 指でつまめるような小石が酒瓶を台座から倒す程度の速度で飛んできて、こつん、と倒したのだった。

 

 ティコはハンティングライフルを肩に担ぐ。

 

「資源の無駄はよくねーんじゃねーのっ」

「後で相棒に直してもらえりゃ、もっといいのが出来るとは思わんか、リサイクルさ」

「オレ任せかよ!・・・ったく、まあいいけど」

 

 後ろからの声に振り向きながら会話する。

 ロイズだ、彼の相棒は小石を手のひらに乗せ、指で上に弾いてはキャッチしながら彼の元に寄ってきた。

 

 彼は振りかぶると、思い切り小石を投げる。

 距離にして100m程度、投げるにはあまりに遠すぎる距離であったが、小石は残った瓶の端をかすめて転がった。

 

 戦い方は力押しが光るのに、こういったあたりは本当に器用なのだとティコは改めて実感する。

 

「あっちゃー、外した」

「当てるほうがどうかしてるぜ相棒、少なくとも俺にはできん」

 

「っじゃ、一勝もらいっ」

「呑みは俺が上だから一勝一敗か」

「ド、ドラゴン殴ったのオレだしっ」

「倒したのは俺だったか」

「うがーっ!」

 

 とはいえ、言い負かしに関しては負けはしない。

 それでも勝ち誇らず、引き分けに持ち込んでは地団駄を踏むロイズはそのままにするあたり彼の性格はロイズとは対照的とも言えた。

 

 ティコは立ち上がり、ロイズに目を向けると問う。

 

「それで相棒、何の用だ?ちょっとプライベートに射撃演習と洒落込みたい気分なんだが」

「あー、いや、言いたいことは分かるけどよ、なんてーか、その」

 

 もじもじと、言い出しにくそうに頬を掻くロイズ。

 しかししばしの後、彼はようやく彼を向いて答えた。

 

「・・・どーしてっか、って思って」

「気ぃ遣ってくれるのか相棒?」

「まあ」

 

 視線を再び外し、頷く。

 こういった素直になりきれないところが可愛いのだ、とティコは思う。

 

「素直に嬉しいよ、だが心配いらん、俺の強さは良く知っちゃいるだろう?」

「言ってろ、的外してるじゃねーか」

「いやま、俺だってたまのミスくらいは」

 

「その割に的が近すぎんだろ、それに何だよ、せわしないの気づいてないのかよっ」

「・・・あぁ」

 

 言われて気づき、ティコは自分の身体が今、どういったポーズをとっているかを感じた。

 

 また、癖のこめかみを掻く姿をとっていて、それは完全に無意識的に彼にそうさせて止まず。そして今一度考えてみれば、先も、さっきも、結構な頻度でそうしていたんじゃないかと思って、彼は『お手上げだ』と彼の相棒を両手を上げた。

 

 

「よく見ていてくれて感動だぜ相棒、俺らやっぱり相性いいな」

「ばーか、単に観察してただけだっての、グールがエルフを食ったりしねーようにって!」

「照れ隠しか相棒?そんなこと言って寂しいんだろ?ほらハグしちゃる」

「やめろぉっ!マジで!」

 

 近寄って彼を抱こうとするティコと、必死に後ろ歩きでぐるぐるその場を回って逃げるロイズ。

 

 その姿は実に滑稽で、おかしくて、周囲から見に来ていたエルフ達は首を傾げ、彼らを奇異の目で見るものだからたまらない。まずロイズが気付くと、ティコの頭をごつん、とげんこつして止める。

 

 そうなると話題は元に戻るのだ、ロイズがここに来た理由を再び、ティコは問う。

 

「・・・それで、なんだっけか」

「どーしてるかって、二度言わせるなよ」

 

「そうだったなぁ、ま、相棒にもう嘘はつけんか」

 

 肩に担いだハンティングライフルでとんとんと、肩を叩く。

 彼はふうっと息を吐くと、少しの間を開け、ようやく決したように話した。

 

「正直なところな、かなり悩んでる」

「年の功でどうにかならねーの?今回」

「問題が問題だからな、さすがに経験のない事柄に関しちゃぶっつけ本番でどうにもならん。レイダー連中に拐われた女の子を助けに行ったら股を裂かれるまでヤられて殺されてたとか、帰ってきたら村の人口が半分減ってたとか、そうならまあ経験在るんだかな」

 

「・・・ヘビー」

 

 想像しておえっ、とえづくロイズ、彼はその手の惨事には適正がなかった。

 ティコはそれに気付いてか気付かずか、構わずにそのまま話を続ける。

 

「前者は諦めて、帰って分別在る大人に任せりゃ良かった。後者は日常を戻すために手を取り合えばいつかどうにかなった・・・ならんこともあったが。他にもあるが何かしら対処法ってのは存在するもんだ、それがわかり易けりゃなおのこといい、ただ」

 

 また、こめかみを掻く。

 悩ましげな様は、ロイズの目にも分かった。

 

「今回は犠牲者が小さな女の子、そしてきっとな・・・解決するのもその小さな女の子なんだろう、キャパシティもリソースも足りちゃいないと来とるんだ、俺はメンタルヘルスの専門家じゃあない、多少応急処置や毒の対処は可能だが精神面の・・・特にこんな問題は初めてだ、長生きを無駄にしやがって」

 

 自ら頭をこつん、と叩く彼の自責は、ロイズにも伝わってくる。

 己の無力を嘆き、そして責任が自分にあることに使命感もあるのだろう。

 

 だがそれでも、どこか彼はそこに違う感情を抱き始めるのだ。

 どこか自分で感じる――― これは。

 

「対処法ってのは何にだって必ずある、鍵穴があるなら鍵はないわきゃ無いのさ。だが問題は、鍵がどこにほっぽってあるかだろう、探しても探しても見つからない鍵はなかなか辺鄙な場所に放り込まれてるもんだが・・・案外、ポケットにあるなんてこともある」

 

 続けるティコは、それに気づかない。

 ロイズはただじっと、それに聞き入る。

 

「・・・解決するには時間がかかりそうだ相棒、すまんがもうしばらくここに滞在することを許してくれ。見捨てていけるほど俺は冷静でも冷淡にでもなれやしないらしい・・・なんとか、”俺がしてみせるからな”」

 

 ―――ああ、そうか。

 

 湧きだした感情にようやく理解が追いついて、ロイズは頭を抑える。

 そうすると、大きく声を張り上げるのだ、感情をぶつけるように、相棒に投げかけるように。

 

「あーっ、もうよっ!」

 

 周囲に集まっていたエルフ達すらびくつかせるほどの大声で言うものだから、ティコもつい表情を変え、目をまんまるくして彼を見て、もともとの幼気な顔つきで自分を睨みつける彼とじっと目を合わせる。

 

 ロイズはとたん、ティコの頭をこつん、と小突いた。

 

「あ、相棒?」

「な~にが相棒だよっ!」

 

 唐突な事態に、ティコも頭を掻いては困った様子になる。

 ロイズは立て続けるように、そこに言葉の追撃を送るのだ。

 

「さっきから聞いてりゃ、自分の経験がどうとか自分でなんとかするとかっ!お前目の前に誰がいるか分かってんのかよ!?お前の相棒だぞ相棒!あんまり認めたくねーけど、なんか悔しいけど相棒って呼ばれてる男だろ!」

「・・・あぁ」

 

「だったら頼れよ!どうしようもないこととか、わかんねーことがあったなら頼ってくれよグール!お前にはレンジャーの、オレにはスクライブの知識と経験があってそれで!そりゃ全く違うもんだろ!」

 

 ティコに詰め寄り、鼻先触れんばかりの勢いでまくし立てるロイズ。

 さしものティコも、これにはうろたえ一歩後ずさった。

 

「あのちみっ娘もポンコツエルフも!ここにもあの婆ちゃんとか戦士長だっているだろーよ!なんだって一人で背負い込むなよっ!いつもそうだ、背負い込んで勝手に動いて!仲間がいるならたまにはたよれよなーっ!何が相棒だよ、勝手に呼んでろっ!」

 

 言い切ると同時、離れ息を整えるロイズ。

 ティコはそれにしばし呆然とするとしかし、ようやく戻ってきて言葉の一つ一つを反芻させるのだ。

 

 そして思い出し、実感し、考え、それからたまらない気持ちになった。

 

「・・・すまん相棒、少し耄碌してたかもしれん」

「だったら俺らにも協力させろ、お前だけの問題じゃねーだろ」

「悪かった、”あの時”からはだいぶ時間が経ったが、なまじ一人で色々こなす事が多かったからな・・・仲間を守ってばかりで、守られることを忘れてた。人には立派なこと言っといて、俺の方こそ未熟だったってわけか」

 

 ヘルメットを深くかぶり、心持ち表情をより隠そうとするティコ。

 ロイズはそれを腕を組んで見届け、彼の言葉を待つ。

 

「改めて言わせてもらう、俺には今直面してる問題の解決策がわからん、専門外だし経験もない、だから・・・頼らせてくれ相棒」

「あたぼーだろ、バッチコイって奴だよ」

「へへっ、頼れる男になりやがって・・・ああ、そうだ」

 

 ティコは顔を上げ、ロイズと視線を合わせる。

 ロイズは期待し、ティコもまた応えるのだ、問いの答えはもう、持っていた。

 

 

「―――これからも、相棒でいてくれるな」

「へっ、好きにしやがれっ!」

 

 照れくさそうに鼻の下を指でこするロイズと、ヘルメット越しにもわかる嬉しさを隠し切れないティコ。

 

 二人の距離は肩いくつぶんか空いていたままだったが、その距離感は幾分か縮まった気がしたのは気のせいではなかっただろう。彼らはしばしそうやって、お互いの距離に戸惑っていてそれから、ようやく別の話題へと話を移す。

 

 本題だ、今直面する問題、そのものに。

 ―――そう、思った矢先。

 

「・・・あっ」

 

 ロイズが短く声を上げる。

 

 次いで向かう視線の先は、とてとてと、近寄ってきてはロイズの視線を受けて足を止めた小さな少女の姿を捉えていて、同じく視線を送ったティコは気付くと、軽く目をそらしてまたこめかみを掻いた。

 

 なるほど確かに、問題の方から直接来てくれれば手っ取り早い。だがこれではぶっつけ本番だ、彼女にごまかすための嘘も考えていなければ問題の解決策も無いのだ、これでは話の出端をどうすればいいかすらもわからない。

 

 されど、先に少女が、ニュイが動いた。

 金糸の髪を揺らして、今ではすっかり澄み切って、淀みに澄み切りきった緑目を向けてくる。

 

「お兄ちゃん、と・・・」

 

 すっと動く視線は自然とロイズを捉え、きょとんと首をかわいらしくかしげる。

 

 今のロイズはパワーアーマーを脱ぎ去っていつもの春服姿だ、最近少しこの服装だと暑くなってきた季節だが、この森のなかの集落はほどよく木陰が心地よく、上着のセーターもしっかりと着込んでいる。

 

 そのため頬の傷や童顔が目立つ以外はそこらにいる普通の人間と変わりないが、それでもここでは人間そのものが珍しい。一応は初対面であるロイズの顔をじっと見て、聞きたげに、しかし一歩踏み出せない姿を取るのだ。

 

 

 ロイズはそれを見ると、ふぅ、と仕方なさげに息を吐く。

 そして彼女にすたすたと歩み寄ると、跪いて目線を合わせた。

 

「よっ、オレ、ロイズ。スクライブ・ロイズってんだ」

「“すくらいぶ”さん?変わったお名前、だね」

「あーいや、スクライブは階級っつーか仕事の名前ってか・・・ロイズ、って覚えといてくれよ、なっ」

 

 ぐっと親指を立てサムズアップ、するとつられてニュイもしてしまう。

 そのままロイズはにっと笑うと、彼女に優しく問いかけた。

 

「っで、オレらに何か用?何だっていいぜっ」

「あ、ちょっとお兄ちゃんを見に来たってだけで・・・」

「ああ、あいつか」

 

 ロイズが振り返ると、ティコが手を振る。

 ニュイはそれに応えるように手を振った。

 

「オレ、お前の兄ちゃんとダチになってよ、今ちょっと色々教えてやってたんだ・・・あの武器の使い方とか、外に出てくなら必要だろ?オレ、外の世界から来たから色々知ってんだ、お前の兄ちゃんにたっぷり教えたら今度は教えてやるからさ」

「う、うん!」

「じゃ、また今度な?そろそろメシだろ、兄ちゃんの分も作って待ってな!」

 

 言い終えると同時、手を振ってニュイはぱたぱたと帰っていく。

 その際の饒舌な語り口と意外性に、ティコはロイズをまた違う目で見た。

 

 曰く、前にもあったが子供の扱いが上手いのだな、と。

 

 

「B.O.Sン中はバンカーで世代が完結することもあるからよ、ガキのお守り任されることだって結構あったんだよ。なまじオレなんか書庫整理で暇持て余してたから頼むって、ちょっと上世代の姉ちゃん達に押し付けられてよ、それで」

「なるほど、なら今回相棒に寄りかかっていいってこったか」

「っ、言った手前引かねーけど、ほどほどに頼むぜおい」

 

 肩を組もうとするティコをのらりくらりとかわしつつ、ロイズは返す。

 そうしながらも、会話は続けられる。

 

「まーどっちにしろよ、頼れるやつらみんな集めて一度じっくり話し合ってみるのもいいんじゃねーかな、あの婆ちゃんはほら、知恵袋ってのありそうだし、テッサはテッサで色々知ってるだろうしちみっ娘は年代近いし」

「違いねぇ、船に乗りかけさせちまうがいつか借りは返すさ」

「“トイチ”でたっぷり返してくれよなー」

 

「馬鹿言うんじゃねぇさ」

「十分だろ」

 

 こつん、とロイズの肩を小突くティコ、ロイズは小突き返す。

 そうするとようやく用事は終わったと、ロイズが帰ろうとするがそれをティコが呼び止めた。

 

 

「・・・ああ、そうだ相棒」

「んあ?」

 

 彼はハンティングライフルをくるりと回して、肩に担ぎ直す。

 

「誰が“教えてやってる”だって?」

「ありゃ言葉の綾ってーか・・・あー」

 

 意図を察したのだろう、ロイズは彼からライフルをひったくると構え、スコープをのぞきこんで引き金を引く。

 発射された.308口径の弾丸は先と同じように空気をねじり切ると大気中を飛翔していきそして、的にされた酒瓶の遥か上方を抜けていくとその後ろの樹へと突き刺さるのだ、外された弾丸からの恨みがましい視線が送られたような気がして、ロイズはハンティングライフルをティコに返す。

 

 ティコは笑って自分も構え直すと、撃った、瓶の端を砕き台座から蹴落とす。

 

「気を遣って上手くやってくれたのはありがたいが、下手なまんまだと言い訳つかなくなるかも知れんからな」

「わーかったよ、今度教えろ」

「任せとけ、みっちり教えてやる、嬢ちゃんにも9mmの使い方を叩き込みたいからな」

 

 

 もう一発銃声が鳴り、銃弾が飛翔する。

 今度は正中線を穿った、見事な一撃であった。

 

 晴れやかではなかったが、心と視界のもやが晴れた、ティコはそう感じていた。

 

 

 


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