トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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(´・ω・`)10/24で一周年です、よくもまあここまで続いたもんですわ。
(´・ω・`)ほんとはもっと早く書こうと思ったんですが、祖父の仕事の手伝いとかシフト追加出てください^^とかで時間がなかなか取れずにここまで待たせてしまいました。

(´・ω・`)ティコとロイズの出会い、プロローグのちょっと前の話です。
(´・ω・`)今週Fallout4発売ですね、自分はNVのラウルのイケボみたいなのが聞けるであろう日本語版が好きなので、そっちの発売まで待って入ってくる情報だけで一ヶ月我慢します。

16071字。


一周年編 『なれそめ』

 

 

 

 

 ―――荒野を流れる風は、乾いているから喉が渇く。

 

 

 彼は、水筒の蓋を開けしかし、ふうっと吹いた風がその飲み口に砂をひっかけたことに嫌な顔をするとハンカチを取り出し、飲み口を綺麗に吹いてから水を喉に流し込んだ。

 

「大尉、またやられたんです?」

「ん?ああ、マーティンか、相変わらず俺はここのつむじ風に好かれるらしい」

 

「ティコはウェイストランドに嫌われてるんでしょ、さんざん荒らしまわった恨みぃーって」

 

 彼に話しかけたのは二人、片やゴーグル付きのヘルメットを深かぶりにし、軍用ライフルを背負った男。片や赤いポニーテールを晒し、10mmのサブマシンガンを腰元に引っ掛けた女だ、共通する点は、その服装がカーキ色の軍用アーマーであり胸元に”双頭のベア”が、国家たるNCRのマークが描かれていることだった。

 

「馬鹿言っちゃいけねぇエミリーの嬢ちゃん、好かれてなきゃこうまで長生きできやしないさ・・・それにしてもまだ追いついてこないのか、その・・・B.O.Sの兵隊さんとやら、もう3kmは引き離しちまったと思うんだが」

「荷物がまとまらないとかで遅れて出てくるんだっけ?別にいいのよB.O.Sの奴なんか、実質敗戦した連中に気を遣ってやる必要なんてないじゃない、パワーアーマー着てようがなんだろうが、兵隊なら走れっての、走れって」

 

 腕を軽く振り、走る素振りをするエミリー。

 それにティコは軽く笑いつつ、征く道の先を見る。

 

 この”輸送キャラバン隊”は彼の左遷先のようなものだ、グール達からは英雄の相棒として、首都NCRにいる”Vaultの住人”を崇拝するささやかな者達からの畏敬の念を向けられる対象として、生きる伝説として、幾多の戦場を駆け生き延びてきた彼は今、うかつに死ねない身分としてこのような裏方仕事ばかりを任されていた。

 

 レイダー(荒くれ者)も部族も野良のスーパーミュータントも、このB.O.Sの本拠地たるロストヒルズから目的地のボーンヤードにかけてはそうそう巡り会えない。NCRが巨大な国家となってから、その貪欲な領土欲は手の届かない範囲を増やせどしかし、手の届く範囲では今や、過去に奴隷商人が跋扈していた時もどこへやら、かつてのアメリカには届かずとも一時の暗黒時代と比べ比較的安心して歩ける場所になっていた。

 

 

 マーティン、と呼ばれた兵卒は、大きくあくびをするとティコに向く。

 

「ま、でもどうせまた何もない道ですよって、自分らは問題起こしたり扱い辛かったりとかで左遷された除け者なんですから・・・あっ、いえ、隊長を悪く言うつもりは無くてですね、いや、ははっ」

「別に今さらだろうに、まあときたまレイダーに撃たれんこともないが、まともな練度のある奴らとはここしばらく会っちゃいない。俺さんとしちゃ退屈なことこの上ないが、まあ平和が一番ってな」

 

「・・・最前線で戦う同志に申し訳が立たない気がします」

 

 言葉を挟んだのは、一人精悍な男だ。

 ヘルメットを首の後に下げ、ゴーグルをし長距離用にカスタマイズされた軍用ライフルを携える彼は一人、このいまいちに緊張状態に欠ける輸送隊の面々において周囲の警戒を怠らない。顔つきといい力の抜き方を知らなさそうな動きといい、典型的な生真面目であった。

 

「バーンズは生真面目すぎるのさ、誰かがきっつい仕事をしなきゃいかんなら、誰かが楽な仕事につかなきゃいかん。俺らにそのお株が回ってきて、今はこうやって足を痛めるくらいしかならないってもんさ」

「・・・最前線じゃあ、B.O.Sの助力もあってトンネラーを押し返せてきたと聞いています。なら今は手が一つでも必要なはずですから」

「じゃああたしらに手ェ貸しといてよバーンズ、最前線の連中にメシと武器届ける奴がいなきゃ軍隊なんて回らないっての。難しいこと考えるのは置いといてさ、あたしらの戦う相手はこれよこれ、この山積みの武器を試したい欲求と、嗜好品をつまみ食いしたいって食欲に耐えることよ」

 

「そう言いながら結局食べてるじゃないか、チップス」

 

 説教たらしく言うメアリーにバーンズはむすっと言う。

 メアリーは手に持ったポテトチップスをまた一枚、口に入れて頬張ると、悪い悪いと言いながらバーンズに差し出した。

 

「いらないよ、それより本当に遅いなB.O.Sの・・・彼の荷物は積み込んでるのに」

「本当、ずいぶん大荷物だってのにあたしらに積み込ませて・・・って―――」

 

 共に愚痴りあうエミリーとバーンズ、その最中、二人の雰囲気が変貌する。

 

 エミリーは頬張っていたポテトチップを放り投げ、10mmサブマシンガンを手に取る。バーンズも姿勢を低くし、軍用ライフルを構えると軍用ライフルのスコープを覗き込むのだ。仮にも軍属である彼らは、肌で接近する”気配”を見ぬくと僅かな時間で戦闘態勢に移行した。

 

「全員気ィ抜くなよ・・・岩場は絶好の狙い所だ・・・足音がでかいからただのレイダーじゃあないだろう、ヤオ・グアイか最悪デスクローの可能性もある。いつでも撃てるようしとけ」

 

 ティコの指示で総員が気を引き締め、接近する存在に対し息すらつかぬほどの空気で出迎える姿勢を見せる。

 

 一歩、二歩、三歩、その存在は、岩場の向こう、見えぬ場所から確実に近づいているのだ。その足音は重く、ゆえに人間ではない、獣か、はたまたスーパーミュータントか、何が近づいてくるにせよ、人より重く地を震わせるということだけで、その存在が脅威になることを彼らは直感していた。

 

 ひときわ重い足音、跳ねる音だ、岩をまた一つ飛び越えたのだろう。

 そこからぐぐっと、ガシャガシャと岩を駆け上ってくる音が響く。

 

 その時点で、ティコ達は相手が金属を装備している、”人型の相手”だと察した。

 

「三時の方向、奴さんが来るぞ!」

 

 ティコが言うと同時、岩場を飛び越えて彼らの目の前に躍り出る存在。

 岩を一拍、二拍、テンポ良く踏みつけ飛び出してくるそれは、陽射しを撥ねる白銀色をしていた。

 

 

 ガシャリ、と重い音を立て地面を踏みつけ膝をついたそれ、頭まで全身を白銀色のパワーアーマーで包み、腕には血の滴るパワーフィストを携えている。

 銃器を持たず、そして身体を覆うは旧世界の最新鋭パワーアーマーT-51b、そしてそれを白銀色に塗り抜いているということは、彼がどこから来て、どの組織に所属しているかをはっきりと語っていた。

 

 

 ―――なんだ。

 全員が、察する。

 

 それでも全員は着地した彼に銃口を向けることだけは止めず、彼の方からアクションを起こすのを待つ。ちょっとした”いたずら”で”報復”だった、さんざん予定を狂わせ待たせてくれたこのパラディン(士官)に対しての。

 

 ゆえに心の中では軽く笑って、”効くはずもない”銃の銃口を向け続けるのだ。

 パラディンは着地の衝撃から立ち直ると周りをきょろきょろと見、そして状況を理解したようにはっとする。

 

 そして―――

 

 

「・・・やっ・・・」

「や?」

 

 小さく声を上げ、彼はばっと手を広げる。

 一見にはそれは、降伏の合図のそれであった。

 

「やめろって!オレ、オレ違うって!遅くなったけど合流したロイズだっ!だから撃つなって!降ろせって!たーのーむかーらーっ!後生!」

 

 情けなくも若い声を上げ手をぶんぶんと振って弁明する彼に、一行は笑うよりも前に、その奇天烈な様を前にしばし呆然とする。

 

 B.O.S、技術を信奉する彼らにあって実働部隊の最高位を占めるパラディン。

 

 パワーアーマーを身にまとい戦闘行為に臨む彼らの戦闘能力は、大国NCRの精鋭兵、重歩兵、レンジャーにも引けを取らぬどころか凌駕する。有名なところだと戦時、ここより少し東にあたるモハビ・ウェイストランドでの太陽光発電所、ヘリオス1発電所における戦闘では有効な装備を用いてなお、キルレシオにおいて1:15という圧倒的差をもってNCRを悩ませたことが記憶にあたらしい。

 

 ティコはその戦闘に参加してはいなかったが、現地のレンジャーステーションに派遣されていたため又聞きもしており、かつかつて、遥か昔に”Vaultの住人”と共にB.O.Sに協力を要請、スーパーミュータント軍の生産拠点であるマリポーサを攻撃した際にもその威容を目にしていたためその強さをよく存じていた。

 

 まさに”歩行戦車”。

 対抗できる兵器がなければ街一つ滅ぼせるというのは、実際にかつて、Vaultの住人がこれを着用した際、街を牛耳る悪党を一夜持たずに滅ぼしたこともある記憶から裏付けられている。

 

 それがこうも情けなく、効くはずもない弾丸に怯えているのは滑稽だった。

 

「っ、だからほら!撃つなって降ろせって!な!な!戦争反対!」

「ってなぁ・・・坊主」

 

 ティコを含め、一行は頭を掻く。

 

 パラディンが来るかと気構えてみれば、来たのはなんだ、彼がヘルメットを外して顔を晒してみればそこにいたのは慌てた様子の若者ではないか。年の頃は17か16あたり、まだまだ青い青い、顔つきの幼い青年だ。

 

 頬についた小さな傷や、顎や頬の筋肉のつきかたを見れば彼が相当に鍛錬だけは積んでいることが伺えたがそれでも、彼らにとってはその目がまるで戦争を知らないような初々しいものであることが見て取れた。

 

 ティコが銃を下ろし、続いて兵士も銃を下ろす。

 それに安堵したのか気の抜けた顔になった青年、ロイズ、と言ったか、彼はふうっと息を吐くとその場にへたり込む。ティコは代表として、彼に手を差し伸べた。

 

「なんでまた、こんな若いヤツが派遣されてきたってんだ・・・坊主、遠征の経験は?」

「さ、三回!ハブ方面に一回とNCRに二回!」

「そりゃ初々しい、っでだ」

 

 パワーアーマーのせいで重いが、多くが特殊樹脂であるために比較的軽めなT-51bを纏うロイズをティコはぐいっと引っ張り立ち上がらせる。ロイズはぱんぱんと尻についた砂を払うと、どこか不服そうな照れ顔をして、そして―――

 

 

 ―――チュイン、と、顔の傍を横切る銃弾。

 

 砂に埋もれて煙を巻き上げ、頭かくして尻を隠さない銃弾に、ティコ達は戦慄し戦闘姿勢を取るのだ。この青年のおかげで気配に気付かなかった、その油断に歯を噛みつつ、マーティン、エミリー、バーンズ、ティコはすぐさま手頃な岩場を盾に射撃の方向から身を隠す。

 

 荷車を盾にしないのはこれに火薬が満載されているからで、可能な限り守るべき対象なのだ。キャラバンが狙われる理由的に十中八九、敵の目標はこれであるため無茶苦茶に狙ってはこないだろうが、それでもうっかり弾を貫通されると不幸が起こりかねない。

 

 

 ティコは遮蔽に隠れながら、ヘルメットのアイピース越しに岩場の向こうを見た。

 そして耳を澄ます、すると聞こえてくるのは銃声に混じったいくらかの声だ――― 下衆い。

 

「たった四人だぁー!格好の獲物だぜッ!」

「新鮮なバラモン肉だぁ!」

「新鮮な肉だぁ!」

 

 ―――レイダー(ならず者)だ。

 

 このあたりではかなり数を減らしていたと思っていたが、まだいたのか。

 ティコは不運な出会いに、けれども昔はよく経験したなと懐かしさを思いながらも、ハンティングライフルで応戦する、スコープ越しの一発が、八人いた一人の側頭部を撃ちぬいた。

 

 エミリーも10mmサブマシンガンで弾幕を張り、バーンズとマーティンが軍用ライフルで狙い撃ちに徹するのだ。少なくとも、今まではずっとこうやってきた、十分に火力もあったから、多少のミュータント程度ならばこの場所では十分に相手取れる。

 

 ちらりと横を見れば、あの若いパラディンもヘルメットをかぶり込み、被弾をものともせず戦闘準備を進めていた。

 

「パラディン!前衛を―――」

 

 頼もうとして、言い終える前。

 ロイズは急に駆け出すのだ、銃器を持たず、手に持つのはただ一つ、ここに来るまでにサソリかクマあたりを仕留めて、そのせいで血に濡れたのであろうパワーフィスト。

 

「銃だけ持ってかれたか、そもそも持ってきちゃいないのか!」

「なんにしたって隊長!あの子が突っ込んでくれたおかげで!」

「あぁ!」

 

 ロイズが拳を握って猪突猛進に前進し、岩場に手を掛けぐんぐんと登っていく。

 

 その様は圧巻だ、脅威の対象を移したレイダー達がこれでもかと銃弾を見舞うもののまるで効く様子を見せず、カンカンガンと装甲で弾き一歩、また一歩と猛進していく姿は歩行戦車の呼び名をあるがままにしていただろう。

 

「そこっ!」

 

 バーンズがスコープ越しの狙撃で一人のレイダーを仕留める。

 そうなると、味方が次々にやられていく様を見て隠れ、しかし接近してくるパワーアーマー兵に対し恐怖したレイダーはこのまましてやられるものかと、グレネードランチャーを取り出すのだ。

 

「坊主!避け―――」

 

 ロイズも一瞬岩場を登るのをやめ止まるが、既に遅い。

 レイダーの放ったグレネード弾がロイズを直撃し、岩場から転がり落とす。

 

 されど仮にもパワーアーマー、落下の衝撃で頭を回せどグレネードの直撃を受けてなお、ロイズ本人には目立ったダメージが見当たらない。むしろ無知にも近距離でグレネードを使ったレイダーの方が衝撃波で気を失い、結果、掃討ののち胸元を足蹴にされ頭を撃ち抜かれる結果に終わった。

 

 

「敵影なし!隊長、あの子を!」

「分かった、ところで積み荷は?」

「いくつか弾を受けてますが貫通はせず、相手の銃の口径が小さかったのが幸いでした」

 

 積み荷も、それを運ぶバラモンも大した傷を負っていないことに安堵すると、ティコはひとまずぱんっと服についた砂を払って、地面にへたり込んでいたロイズのもとに寄り手を差し伸べる。

 

 

 ロイズはしばしその手を見つめたあと、しかし、手は取らずに自分だけで起き上がった。

 

「あらま、嫌われたか」

「別にヘマこいたんじゃねーし・・・気持ちだけ受け取ら」

「そりゃあいい、小憎たらしい坊主」

 

 レンジャー・ティコとスクライブ・ロイズ。

 その出会いは決して、仲睦まじいものでもなかった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ウェイストランドにも夜は来る。

 

 夜行性の生物はより活発になるし、夜に灯りを焚こうものなら誘蛾灯のように面倒事が引き寄せられるのは世の常、されど旅をするなら野営は必須であり、彼らも例外なく焚き火を焚き、見張りを立てて野営に勤しんでいた。

 

 焚き火を囲むのは三人、夜の前半はバーンズを除いたNCR所属のティコ達。

 彼らは毎晩、少しばかり話題を持ち寄っては話し、暇を潰して疲れては地面に敷いた布の上に横になって寝息を立てる。

 

 だが同じ釜の飯を食らい、同じ道を歩いている者同士、どうしても話題が共通のものになってしまうのだ。これにはなかなか毎晩辟易するものだが、それでも今夜は少なくとも、彼らの話題は共通ながら盛り上がる。

 

 

 ロイズのことだ、彼らとは少し離れ、パワーアーマーを脱いでリコンアーマー姿で座り込みランチボックスにスプーンを差し込む彼は、その生意気さや所属組織、顔立ちの幼さまでその他のあらゆる要素から話題となった。

 

「・・・いくらなんでもナマイキすぎない?あのボーズ、一発かましてやりなよティコ」

「やめとけやめとけ、パラディンだってんなら組織間の問題になるぜ。それに、毎度ロストヒルズに立ち寄るたびにこっそり貰ってた戦前製のタバコ、もう貰えなくなっちゃ困るだろエミリーは」

「っあー・・・戦前製はかなり美味いからなー・・・あーもう、あたしは引き下がるよ、けど」

 

 エミリーが言いかけるところで、バーンズが割って入る。

 彼も彼で、困った顔をしていた。

 

「自分も暴力的な指導は反対です、ですが、一度は物申した方がいいと思います、仮にもこれからしばらく輸送任務に従事する仲間なんです。チームワークも何もない状態では彼に背を任せることなどできません」

「隊長!俺もそうですよ!あんなナマイキなガキに舐められっぱなしなんて腹の虫が収まりませんっ!」

 

 マーティンも割って入り、三人で頷く。

 ティコはガムドロップを口に放り込むと、ううむ、と唸った。

 

「まあなんだ、言い分は分かったし俺もそう思う・・・分かった、任せとけ」

 

 胸をぽんと叩き、ぐっとサムズアップするティコに隊員一同期待の目を送る。

 

 それから彼は手近にあった、半分に量を減らしたウィスキーの瓶とグラス二つを手に取ると、砂を踏みしめ話の聞こえない程度には離れていたロイズのもとへ向かい、彼の側に立ったのだった。

 

「・・・んだよ」

 

 憎々しい、いや、顔つきが幼いから小憎たらしい、といった表現がしっくりとくる青年だ。

 彼はランチボックスに詰め込まれた各種、手作り感あふれる食材から一旦手を離し、側に立ったティコに軽い睨みの入った視線を送る。ティコはそれに可愛げのないガキだな、と溜息をつくと、否応言わさず彼の隣に座り込んだ。

 

「んだよ!?」

「まあそう離れるな坊主、少し話でもしようじゃないか?」

「・・・薄いけど臭う、お前、グールかよ」

 

「だったらどうする?」

 

 軽めの睨みが、強めの睨みに変わりティコも挑発するような素振りで彼に向かう。

 傍から見れば一触即発だ、だがしばしの間を置いた後、ロイズは彼と会話に支障がない程度の間を置き、再び座ってランチボックスの蓋を閉めると彼に会話を促した。

 

「んだって、何の用だよ、グールがB.O.Sにしでかしたこと、知らないワケねーだろ」

「それを言いやぁB.O.Sがグールにやらかしたことも、知らん訳でもないだろう?」

 

 B.O.Sとグール、その確執は決して浅くない。

 

 B.O.Sは純血主義であり、いわゆる”余所者”を基本的に受け入れないのがポリシーだ。彼らはFEVによって変質したウェイストランド人とは違い純粋な戦前アメリカから続く人間であるため、グールがコミュニティ内に発生することはまずない、故にグールは”例外”を除いて全てが余所者だ。

 

 そしてB.O.Sは旧世界、戦前の技術を求める組織であり、そのための手間や犠牲は惜しまない。

 

 かつてそんな彼らとグールの間にあった確執が、今の今まで続いている。

 発端はティコの記憶にも深い、かつてFEVを創りだしたウェストテック研究所こと”グロウ”。かつてVaultの住人と共にこの、高濃度放射能汚染地帯へ潜り、そこに秘められた情報と先人の記録を彼はB.O.Sへ持ち帰った。

 

 B.O.Sはそれまでにもグロウへの挑戦を行ったがすべて失敗し、ゆえにグロウに潜り失われた技術の欠片、死んだ仲間たちのドッグタグ、そしてかつてここを訪れた、原初のB.O.Sメンバーの記録を持ち帰ったVaultの住人を歴史上初の外部からのB.O.Sメンバーとして迎え入れたことは彼らに広く知られている。

 

 だがその後、グロウに旧世界の、それもパラディンを退けるほどの非常に高度なテクノロジーが眠っていると確信したB.O.Sは、ミュータント軍との戦いに終止符が打たれ、その後の処理が一段落つき平穏が戻ったのちグロウを調査すべく人員を送った、だがそこでは想定外の存在があった。

 

 

 グールだ、ネクロポリスを追われた者や、各地で迫害を受けた者がかつてのサンディエゴ、核兵器により放射能汚染を受け”(ヒューマン)”の住めぬ地となったグロウの北と西に広がる街の話を聞き集まり、そしてグロウそのものを占拠していたのだ、その地は”デイグロー”と呼ばれていた。

 

 彼らの目的もまた、テクノロジーだった。しかしそれはB.O.Sのように調査するわけではなく、生活の糧とするため売り払うために貴重なテクノロジーをサルベージしていたのだ。流出した技術は取り戻しようがなかった。

 

 これにはB.O.Sも憤慨し、少しの交渉のあと、技術を求めるB.O.Sとデイグローのグールたちの間で血が流れた。

 戦力ではB.O.Sが優勢ではあっただろう、だがデイグローは放射能汚染地帯、補給もままならずヘルメットも外せなければ食事も取れまい、前線はある程度まで到達するととたんに進まなくなってしまう。グロウへ到達できないB.O.Sは軍を下げ、そして、グール達との長きに渡る敵対が始まった。

 

 その後デイグローがグールの街としてNCRに吸収され、B.O.SはNCRと同盟を結び明確な敵対を公言しなくなってからも、B.O.Sとグールの溝は深い。この”敵対”はその意識を持ったまま遠征した東海岸の遠征隊が、保護する”現地住民”からグールだけを外す程度には続いている。

 

 

 ―――けれども。

 

 

「・・・まあ大元辿れば俺らのやらかした事っても言えなかないし、グロウはちっとばかり恨みがあるからなぁ・・・昔のB.O.Sにも恩義はある、お互い水に流そうじゃないか坊主」

「何を勝手に・・・って、昔のB.O.Sってなんだよ、オレの知ってるB.O.Sはちょっと前までグールは見かけ次第撃ち殺せってくらいだったけどよ」

 

「おや、今のB.O.Sじゃあティコさんは名が通って無いのかい?」

「・・・ティコ!?」

 

 ティコがぐっと親指で自分を指し、言う。

 とたん、ロイズの目が驚きに変わった、ランチボックスを足元に置いて、彼に目を向ける。

 

 彼の話に耳を真剣に傾けたくなった、その意識の現れであった。

 

「興味湧いたかい?坊主」

「・・・他の奴らはB.O.Sの歴史に興味なんてないから知らねーかもしれねーけど、オレは知ってる。ミュータント軍のボスを殺した”Vaultの住人”、その仲間の一人に、デザートレンジャーのヤツがいたって」

「古巣は無くなっちまったが、まあな。まあ長いこと留守にしてたから今更戻っても誰だお前、って言われるのがいいとこか、つらいなぁ」

 

「はぁ・・・」

 

 一人で笑ってまた落ち込むティコに、ため息がちに応えるロイズ。

 しかし自分の顔がそんな、湿気たものになっていたことに気付くと、彼はまた小憎たらしい視線を向けたまま彼との会話に入った。

 

「で、その英雄さんがオレみたいなスクライブに何の用だっての、オレはただの、改良型T-51bのテストのために白羽の矢が立っただけの男でお前らの役に立つような戦闘技術も何も持っちゃいねーけど」

「俺らは護衛の人員を頼んだつもりなんだが」

「スクライブ長に聞けっての!オレだってなんでこうなってんのか自分でもわかんねー!」

 

 ガンッ、と横に置いてあるパワーアーマーを殴りつけるロイズ。

 しかし装甲の硬さに、手を少し赤らめてしまい痛がるが意地を張って我慢する。

 

 ティコはそれにぶふっと笑いかけ、ロイズからの恨みがましい視線を向けられるも、ごまかすように指を振り答えた。

 

「・・・まあなんだ、言いたいことはだな、俺らはなんだかんだ言ってもこれからしばらく、同じ道を歩いて同じメシを食って、背中任せ合う仲になるわけだ。そんなツンケンされるとちょいとこう、不和っていうかな、部隊の連中が気を悪くしちまう。安心できない奴が背中にいるとな、どうしてもそっちに気ぃ配らなきゃならんのだ」

「別に何もしやしねーって、今更NCRが敵に回るなんざゴメンだよ」

「そう言ってもな坊主、得体の知れんパワーアーマーの兵隊が背中に突っ立ってるのは中々怖いもんだぜ?おまけにパラディンってのはかなり気が強い連中ばっかりだったから・・・ああ、お前さんスクライブだったか」

 

「・・・だったらどうしろって」

 

 頬杖をつき、ぶすっと答えるロイズ。

 ティコはそれにまたも、可愛げがないな、と思いながらも応対した。

 

「別に無理に戦えってワケじゃあないんだ、坊主。ただちっとでもいい、あいつらと話でもしちゃくれんか。イヤならそうだな・・・どっかカッコいいとこでも見せてやってくれや、それだけでもちっとばかし、安心してくれると思うからな」

「話せってのはまあ気が向いたらでいいけどよ・・・カッコいいって何だよ」

 

「ミニガン持って突っ立ってるだけでもいいぞ?あの立ち姿はなかなか様になるしな、それだけで敵の観測手が他のゴロツキに後退命令下すくらいには役に立つ、パワーアーマーが着られるなら使い方くらいは分かるだろ?荷物に積んであるってこたそうだと思ったんだが」

「いや、オレはミニガンは、そのよ」

「あー、確かにB.O.Sの奴ならエナジーウェポンじゃなきゃイヤだろうなぁ、悪かった、うちの重火器兵の連中は大抵ライトマシンガンかミニガンを気に入ってるもんだからな。ガトリングレーザーが積んであるから好きに使ってくれや」

 

 手をひらひらとさせ、ティコは言い切る。

 ロイズは一通りそれを聞いた後でなおティコの言葉に割り込もうとしていた様子だったが、ティコはそれに気づかず後ろ手に手を振って去ってしまう。

 

 あとに残されたロイズはただひとり、その背に小声でつぶやくのだった。

 

 

「・・・オレ、銃器全般ダメなんだけど」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「・・・・・」

 

「相変わらず可愛げないわねぇ、ちゃんと言ったの?ティコ」

「まあ見てなって、そのうちビシっと決めてくれる奴だぜ、ありゃ、きっと・・・たぶん」

 

 野営を無事に終えた一行は、また砂漠を歩く。

 かつてはこのあたりにも大きな街が栄えていたから、砂漠の中の瓦礫の山だ、遮蔽が多く警戒し辛かったが、それでもT-51bパワーアーマーを装備したロイズが前を歩くことによって与えられる外部への威圧は少なくとも、レイダー(ごろつき)からの襲撃を戦う前に防いでいた。

 

 それでもなお、ロイズは可愛げもなく無言だ。

 

 たまにチラチラと、何か言いたげに部隊の面々を見るがそれでも、しばらくするとぷいっと向こうを向いてぶすっとしてしまう。好好爺じみたティコからはそれでもまあ、小憎たらしい程度には思えるが、マーティンやエミリーからするとどうしてもやりづらかった。

 

 そうしてしばし時間が経過したところだろうか、業を煮やしたエミリーが、ロイズの肩をつかんで引き寄せた。

 

「ちょっとアンタ!ガキッ!挨拶のひとつくらいはしたらどうなのよ!?ええ!?B.O.Sの奴だから表立ってケンカ売るのはガマンしてたけどねぇ?さっすがにこれ以上何も言わないなら怒るよ!?ええ?」

「落ち着いてエミリー!もう怒ってます!」

「バーンズは黙ってて!ッ、この・・・」

 

 パワーアーマーのヘルメットへ向かって振りかぶり、殴りつけようとするエミリー。

 効かないとは分かっていても、やらないわけにはいかないのだ、激昂した感情を叩きつけたくて、ただそれだけで彼女はロイズのヘルメットへ拳を叩きつけ―――

 

 

「・・・ッ!」

 

 ―――倒れた。

 

 

 唐突で、突然で、これには殴られたはずのロイズの方も驚きに目を見張る。

 バーンズもマーティンも、ロイズに一斉に目を向けるが彼は手をぶんぶんと振って違う、違う、と拒む。それは当然で、エミリーに刻まれた銃槍と出血、それを成すための銃器、それを彼は手に持っていなかったからだ。

 

 だが困惑する彼らに、一喝する声がある。

 

 ティコだ、遠方に潜んでいた敵を唯一悟った彼が、姿勢を低くしエミリーを陰に隠すよう支持したのだった。

 

「距離4,200ッ!ありゃスナイパーライフルだ!エミリーを荷物の陰に隠せ!バラモンでもいい!奴ら積み荷が目的なら狙っちゃ・・・」

 

 言いかけるその途端、積み荷につながれていた双頭の牛、バラモンに銃弾の雨が降りかかった。

 

 穿たれた孔を見るに小口径の弾丸の雨で、尋常ならざる速射、察するにミニガンを使用した攻撃であった。ティコはそれに、敵の目的が積み荷の奪取ではないのかと冷や汗を垂らし思う、だが再三仕掛けられた攻撃は積み荷に大きく仕掛けてこないところを見る限り、やはり積み荷を奪うことが目的なのだと再確認した。

 

 ならばなぜ、足を奪ったのか。

 ここじゃあ、時間をかければもっと大きな司法の番人が報復をしてくる、足を取りに行く時間が果たしてあるものか。

 

 ティコは隠れた瓦礫から顔を小さく出し、スコープで――― 覗きこむ前にやめた。

 スコープが必要のないくらい、相手が巨大だったのだ、そう、それは即ち彼の記憶にも刻まれている、かつて”戦争”をした相手。緑色で鎧の如き肉体を持ち、人間では扱えないほど巨大な火器を軽々と扱う巨人。

 

 身の丈3m、腕の太さは子供の胴より太い。

 恐らく組織的戦闘をするのなら最悪の相手であり、故にNCRも歴史上いい顔が出来ないはずであるのに来るもの拒まず重用している、そんな。

 

 昔出会ったある男、過ちを認め爆炎に消えた男は、”人類の進化系”だと言っていた。

 ―――スーパーミュータント、その小隊だった。

 

 

「確かに奴さんらなら、手で引いて行けるもんなぁっ!」

「隊長んなこと言ってる場合じゃ・・・エミリーしっかり!バーンズ、救急箱どこだッ!?」

「積み荷の中だけど!でも扉に行けば敵に姿を晒すことに・・・」

 

「くそっ、俺が」

 

 血を流し、破った服で出血箇所を縛ってもなお状態の悪化していくエミリーに、マーティンが瓦礫の陰から飛び出そうとする。

 

 仲間が死に瀕していて、だからとやかく言っている場合ではないのだ。

 ティコも止めようとするが、冷静さを欠いたマーティンに声は届かない。

 

 当然のように、飛来した弾丸はマーティンに向かい飛び込んで―――

 

 

「・・・なっ」

 

 ―――弾かれる。

 

 無数の弾丸が飛び込んで来るのに、そのひとつとしてマーティンに当たることはない。

 それはひとえに、彼の前に”鉄壁”が立ちはだかったからだった、ロイズ、T-51bを着た彼が、誰にもアテにされてはなかった彼が、弾を全て受け止めていたのだ。

 

「下がれよ!オレがやるッ!」

「わっ、分かった、頼む!」

 

 一喝し、マーティンを下がらせるロイズ。

 T-51b越しのくぐもった声は、それでも威圧感に満ちあふれていただろう。

 

 彼は飛翔し空を抜けていく弾丸のほとんどを身に食らいながらも、されど全く動じることはない。27000Jまでを受けきる鉄壁の装甲、それは伊達でなく、戦車に竹槍が飛んできては折れて地面に落ちるようなものだった。

 

「これか!?これか、これだ!」

 

 積み荷に差し掛かると銃撃もやみ、あとは狙い撃ちのスナイパーライフルだけが飛んで来る状況。

 

 しかしその銃撃もすぐにやむ、バーンズの狙撃が、スーパーミュータントのスナイパーの左目を撃ちぬいたからだ、脳に打撃を受ければさしものスーパーミュータントと言えど立っていられるほど頑丈でなく、崩れ落ちる。

 

 ロイズはその隙にも絶えず身体に刺さる銃弾から救急箱をかばいながら、走ってエミリーとマーティンの隠れる瓦礫にたどり着くとそれを彼らに手渡した。

 

「これでいいんだろっ!?」

「B.O.Sの坊主、見直した!助かる!」

「あとはオレらに任せとけよ、オレが、いや、オレらがやるっ!」

 

 ロイズはまた弾の雨の中を往復し、積み荷からまた別のものをひったくって今度はティコの元へ行く。彼もまた瓦礫に隠れると、ティコが弾切れのハンティングライフルの弾を込め直しながら、横目で彼を見た。

 

「大した度胸だ坊主!慣れてんのか?」

「いや、いや、マジで震えた・・・ここに来るまでにサソリと殴りあったけど、パワーアーマーがこんな耐えられるとかマジで知らなかった・・・うー・・・でも、カッコいいとこってこれだろ、グール」

 

「死ぬ覚悟で俺の部下を庇ってくれたってワケか坊主!最高だよお前は!見直した、だがあとはムチャせんでいい、俺らプロに任せときな!」

「ッたって、オレが、B.O.Sが黙って見てられるかよっ!なんか作戦ねーのか!やるぞ、オレやるぞ!」

 

 そう吐き、手に抱えたパワーフィストを彼は腕に嵌める。

 その様子を見て、ふとティコは聞いた。

 

「お前さん、銃は持ってこなかったのか?」

「こっちのが使いやすいんだよ!」

「あー、たまらんな!お前さんやっぱバカかもしれん!もしくはアホだ!」

 

 なんだと、と食ってかかろうとするロイズ。

 だが瓦礫の一部が銃弾に砕かれ、彼らは物事の優先順位を再確認した。

 

「ケンカなら後でたっぷり受けて立とうじゃないか坊主、今は――― バカのお前さんが、馬鹿になっちまった俺さんの馬鹿っぽい作戦を引き受けちゃくれないか、聞きたいんだが」

「死ねって以外は受けてやらっ、それで?」

「あー、じゃあ言うぞ、言うぞ?言ったら作戦開始だ、いいな?」

 

 ロイズが頷き、ティコが銃をがしり、と構える。

 瓦礫がまた剥がされ、気に入らずも密着した二人の身体ギリギリのところまで減少した。

 

 ティコはヘルメットの下ですうっと息を吸うと―――

 

 

「―――突っ込め坊主!後ろは任せろ!」

「合点!死んだら恨むからなー!」

 

 合図と共に瓦礫から走って離れ、地面を擦ると一気に加速、距離400mほど離れたミニガンの射手とライフルの射手、計二名の目標に疾走する。

 

 パワーアシストが走力の補助をなし、それは走行速度は生身より劣らせるもののロイズの身体にかかる負荷を大きく低減するのだ。正面からは目立つことこのうえない白銀鎧の兵士が一心不乱に突っ込んでくるものだから、狙いは一点に集中した。

 

「顔どころか、身体まで出して!」

 

 バーンズの狙撃がライフル持ちの手に当たり、一時的に射撃を止める。

 されど5.56mmを使用してもなお貫通には至らず、自力で弾を引き抜いたスーパーミュータントは再び攻勢に転じた。

 

 ロイズは正面から迫る弾にどうしようもない恐怖を覚えながらしかし、責務と執念だけを頼りにひたすら突撃する。

 

 しかしいくら装甲を貫通しないと言えど弾が顔に当たるたびに視界がぶれるものだから鬱陶しくたまらない、彼が顔をかばおうとした、その時―――

 

「B.O.Sのガキっ!借りは返すよっ!」

「俺も俺も!」

 

 冷却のたびにミニガンを絶えず掃射していたスーパーミュータントのもとに、まばらながら弾が届く。それは口径の小さな弾丸で大したダメージには至らなかった様だが、それでも射手の手を休ませるには十分だった。

 

 復帰したエミリーが、片手だけを頼りにサブマシンガンの弾をばらまいたのだ、マーティンも一緒になり、弾幕形成の補助をなし双方、銃弾の雨の交錯に転じる。

 

「ありがとよねーちゃんっ!」

「振り返らなくていい!走りな!」

 

 激励を受けたロイズはまた再び、疾走する。

 

 既に目測100m程度の距離にまで到達しており、敵は目と鼻の先、敵の低い声が聞こえる距離にまで寄っていた彼は、ふと耳を澄まして銃弾の中、声を聞く。

 

 ―――それは真横から響く声であった。

 

「ニンゲンめ!喰らえ!」

「邪魔ぁすんなぁ!」

 

 中空から突如姿を表したスーパーミュータント、青い巨躯に車のバンパーを鍛えたソードを持つかつての”ザ・マスター親衛隊”、ナイトキン。多重人格とかつての栄光に悩まされ、今でも人間に抵抗するものが多いと効くそれの襲来を、ロイズは足を止めて迎え撃つ。

 

 突然の”三人目”、振り下ろされたバンパーソードを腕を交差させて受け止め、鈍い衝撃に歯を噛みながら彼は、握りこぶしを握ってその剣を振り払うと一気に踏み込み拳を叩き込んだ。

 

「ニン・・・」

「地獄で言ってろ!」

 

 パワーフィストのプレスがダイレクトにナイトキンの腹部を穿ち、大きくその巨体が弾き飛ばされる。

 

 グルグルと回転し、砂を擦り付け転がる。

 

 そこに追撃の狙撃が入ると、姿すら消していないナイトキンは.308口径弾と5.56mm弾の二種による穴をいくつも穿たれ砂漠を血で濡らす。そしてロイズが再び走りこむと、既に敵の潜む瓦礫は目の前であったのだった。

 

 

「ようやく着いたぁっ!」

「たかだか、パラディンが一人!我らに勝てると思っているのか!ハハハ!」

 

 笑いながら、身体を出してミニガンを構えるスーパーミュータント・マスター。

 しかしその手は唐突に止められた、ティコの狙ったハンティングライフルの一撃が、奇しくも弾帯ベルトをちょうど撃ちぬき切り離したのである。

 

 ティコはガッツポーズを取ると、再び銃を構えた。

 

「してやった!」

 

「ぬうっ!?」

「タイマン張ろーぜスーパーミュータント、オレは拳二つでいいからよっ!」

「ナメるなよ、ニンゲン!」

 

 スーパーミュータントも手頃な瓦礫から長めの金属パイプを引っこ抜くと、彼に応戦するのだ。

 ライフル持ちは部隊の面子が一斉に攻撃を仕掛けているため出るに出られず、ロイズとスーパーミュータント・マスターの一騎打ちとなる。

 

 横薙ぎに金属パイプが振るわれるが、ロイズは身軽にそれを躱してパンチを叩きつける。

 再び触れば、それを縫ってまたパンチが、拳を叩きつければ受け止められ、再三の拳が打ち込まれるのだ、もはや勝負が始まったばかりなのにも関わらず、勝負にすらなっていない、そんな光景に違いなかった。

 

 むしろ当たったところで、どうなっていただろうか。

 金属パイプ程度でパワーアーマーを抜けるものか、ミニガンを手放した瞬間、スーパーミュータント・マスターの敗北は確定していたのだ。 

 

「かっ、かつて、マスターの元戦ったこの俺が、負けるもの・・・」

「言ってろっ!」

 

 二の句は継がせない、そんな意思を示すようにロイズは顎を打ちぬく。

 

 当然脳が揺れ、スーパーミュータント・マスターは大きな隙を晒すことになるのだ。そこから始まったのは、ステップで前に踊りでたロイズの拳の連打だった。

 

 脳天をひたすら、ひたすら、へこんでもなお、左右に揺れてもなお殴って位置を矯正し、殴ることで無理矢理に立たせて拳を叩き込む。側で見ていたライフル持ちのスーパーミュータントはその様を見ると、一目散に逃げ出してしまっていた。

 

「とどめぇっ!」

 

 アッパーで土手っ腹から叩き、その巨躯を浮かせてなお、蹴り飛ばす。

 ロイズは顔が原型を留めないほどに変形したそのスーパーミュータント・マスターを見下ろし、ぜえぜえと息をつく。さしもの彼といえど、疲れたのだ、ひとやすみ、したい気分であった。

 

 

 彼はミニガンを回収すると、歩いてティコ達のもとへ戻る。

 思い出して少しだけ、自分のしたことが気恥ずかしくなったが、それでも十分だった。

 

 ティコが代表するように出て、彼を迎え入れる。

 彼が手を伸ばすと、ロイズは少しだけ戸惑いながらも握手で応えた。

 

「助かった、礼は言うさ」

「べっつに、オレはただ自分の身守っただけだし」

「そういうことにしといてやる、まあなんにせよ―――」

 

 彼はちらりと、倒れたバラモンに目を向ける。

 出血も既に前より収まっていて、それはバラモンが死していることを示していた。

 

「今晩はたっぷりバラモン肉のステーキを食わんとな、ここに置いていくのは少し、勿体無いだろう?」

「ス、ステーキ・・・!?」

 

 ロイズの目がつい輝く。

 B.O.SがNCRと手を組んだ最大の理由は、補給が追いつかず飢えたことだ、故に彼は生まれてこの方、ステーキなどという上等な食事に手を付けたことはなかった。故に心がつい、ときめいてしまう。

 

 ティコはそこに、少しの可愛げを見出す。

 

「なんだ、案外カワイイ奴だな、まあ期待しとけ、小器用な料理は苦手だが肉を焼くことに関しちゃ長年の経験と舌を持つこの俺は、この部隊の誰よりも優秀だって自覚があるさ。バラモン・ウェリントンより美味いのを食わせてやる」

「お、おうっ!」

「・・・でだ」

 

 ティコはこめかみを掻く、悩ましくなったり、照れたり、困ったりする時の癖だった。

 

「改めて自己紹介しとく、俺はティコ、レンジャー・ティコだ。お前さんが知る通り昔っから生きてる男で、西部をひととおり回って、ミュータント軍の親玉を殺したこともある、そんな死に損ないだよ」

「・・・ロイズ、スクライブ・ロイズ。オレは別になんでもない・・・ちょっと運の悪い奴」

「ははっ、なんだそれ」

「オ、オレだって別に好きでやってるわけじゃ!」

 

 うー、と食ってかかろうとするロイズに、笑うティコ。

 そうしていると急に、ロイズのお腹が可愛く鳴った。

 

「何はともあれ、バラモンを捌かんとな・・・ああ、お前はいい、休んでてくれ」

「・・・なんでだよ?パワーアーマーなら余裕で」

 

「いや、一つ言い忘れたことがあってな」

 

 ティコはまた、こめかみを掻いた。

 少なくとも今のは、困ったときのものだった。

 

 

「―――バラモンが潰れたから、誰かが積み荷を引かなくちゃならなくてな」

「・・・あ?」

 

 ロイズはふと、冷や汗を掻く。

 何か嫌な予感が、身体を走ったからであった。

 

 そう、例えば―――

 

「・・・俺らはちと力不足だし、次の街にバラモンを取りに行ってたら本末転倒だしな?んでだ、そこにすごーく調度良くパワーアーマー着た奴がいるってわけだ!これはなんて運がいい!運命を感じるな、な?」

「オレの方は運が悪いのを感じて・・・」

「まあまあ、ここはひとつ、仲良くなったと思ってだ、な?な?」

 

 ティコがロイズと肩を組もうとし、それをロイズはゆるゆると抜ける。

 しかしそうしているうちに、機動力で劣るパワーアーマーは掴まれてしまった。

 

 

「頼むな、相棒!」

「いやだぁーっ!」

 

 

 ―――トレンチコートのレンジャーと白銀鎧のスクライブ。

 彼らが世界を超える、その72時間前の出来事であった。

 

 

 

 

 





参考なまでに、

http://fallout.wikia.com/wiki/Nightkin Vault-wikiより
ナイトキン:スーパーミュータントのある種理想形、能力と知能両方を兼ね備えており、ザ・マスターの近衛兵を務めていたことからプライドが高く、かつ大抵の個体がステルスボーイによる中毒症状で何らかの精神疾患を抱えているため凶暴。肌が青い。
 ザ・マスターが敗北してもなおプライドの高さから人間の元に下ることを選ばない者が多く、長年ウェイストランドを悩ませている方々。

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