(´・ω・`)何か特別編でも書きたいわね!
(´・ω・`)実写トレーラーのラッドローチに戦慄しました。
16939字、戦闘回は長い。
ちょっとだけ切りそろえた、女の子の髪。
金糸のように手元を滑る髪、それに手櫛をかける繊細で血色の薄い指先。
子供だけに許された、あどけなさもいたいけさにも満ちたまんまるお目目は碧色に輝き、目元の線の美とあわせればそれはまさしく、綺麗に整え嵌めこまれた宝石のよう。薄緑のワンピースもかわいらしく、その手作りの縫製には腕の良い者の存在が透けて見える。
―――ニュイは、兄が好きだ。
だがそれは恋愛感情や性的な意識ではない、唯一の家族としてのものだった。
両親がどこともへなく消えてしまってから、ずっと二人で暮らしてきた兄、ムンド。彼の存在はニュイの心を大きく占め、きっと、彼がいなくなれば彼女の心は埋められないほどの喪失を被ることとなろう。
だが、その兄は消え去ること――― 外の世界へ旅立つことを願っているのだ。
理由は外への興味、そして”英雄”への邂逅の夢。
だがそれだけでないことはニュイにも分かっている。
兄はきっと、両親を探しに、ニュイの寂しさに終止符を打つべく出て行く。その理由もあるのだろう、ずっとそばに居て、同じ話を幾度と無く聞かされた彼女だからぼんやりと察することができた。
「ニュイ、楽しみだよなっ!外で今一番新しい英雄が、俺達に外での生き方を教えてくれるってさっ!どんなのだろうな?きっとでっかい破壊魔法とか、例の矢を連続で撃つ方法かな?」
兄は今、とてもはしゃいでいる。
それはそう、兄はずっと外を求めていたが、それでも不安がつきまとっていた。エルフとしても二十年と少ししか生きておらず、人間の若者よりも技にも力にも劣り、あるのは裁縫と細工をする腕前だけ。
そんな自分が外という未知の領域において、生き残ることができるのか。その不安がいつも足を引っ張って、彼を外の世界に連れ出さなかった。
だから嬉しいのだ、外の世界における、信頼できる実力者。
兄は妹のためにエルフのプライドなどとうに捨て去っていたから、教授願うことに一切の抵抗はない、確かな腕を持つ者に確かな技と力を身につけさせてもらうことで、絶対的な自信をつける。ずっと求めていたことだ、それさえできればきっと自分が外に行けると。
ずっとそばに居て、ずっと兄の弱みも強みも見続けて聴き続けてきたニュイだったから、それは手に取るように分かった。例え八年しか生きていない、人間の幼子と変わらない姿の少女だとしても、家族の機微は読み取れた。
「あっ、そういや服装聞いてなかったなっ・・・この”とれんちこーと”って奴でいいのかな?模造品だけど・・・あーでも動きやすい方がいいのかなぁ、でもでもティコさんだってこの姿で冒険してたんだよな?じゃあいいのかなぁ」
あれは違う、これもなんか違う、と服や道具を取ってはせわしなく動いている兄を見て、ニュイは微笑む。
兄を見ている、それだけで彼女には楽しかった。
そう、彼がいなくなっては少女は壊れる。
―――一緒についていきたい、と言うのも、本心だ、だが少し違う。
外の世界には彼女は、言うほど興味はない、ただ、兄が去っていなくなるそれが耐えられなくて、だから一緒に行きたいのだ。たとえ危険だとしても茨の道だとしても、兄と一緒にいられなくなることがたまらなく嫌で、悲しくて、だから彼女もその背中を追う。
「ニュイ?」
「うん?なんでもないよお兄ちゃん?」
「あっ・・・そっか、ニュイも楽しみだよな?なんてったってあのゴブリン軍の将軍を討ったって人だぜ?すっげーこと教えてくれるんだよなっ、なっ!」
「・・・うん、きっとすごいんだろ、ね」
青年の身なりに違い、年頃の少年のようにはしゃぐムンド、昨晩も興奮で眠れなかったことは記憶に新しい。
”英雄”、奇抜な格好が記憶に残る黒衣と赤い目の大男。集落の長の友人の娘のまた友人、と関係で言うと全くの他人であることになるが、長が迎え入れているのだからきっと善性の人間なのだろう。
だが、一つ気がかりになるものもあった。
彼の顔で、皮が剥け、焼けただれたかのようなそれだった。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「ティコさんって・・・やっぱり外で、あんなケガしたんだよね」
「・・・ああ、きっとだよな」
その質問には、ムンドもやや顔を背けて答える。
ひとつの不安要素だ、外の世界から来た、屈指の実力者が顔全体を爛れさせるほどの大怪我をしていた。それはきっと、外の世界が思っているよりもずっと厳しくて、痛みと苦痛を伴わねば行きていけない世界なのではないか、という邪推を彼女たちにさせる。
もちろん定期的に来る御用商人は身なりにも良いし、傷も見当たらないものだから全てがそうではないだろう。だが可能性を見せつけられるだけで、ニュイは自分の兄にもその危険が、外の世界に出ればつきまとうではないかと不安が過ぎる。
自分はどうなってもいい、だが兄だけはどうしても。
ニュイはそれほどまでに、彼に依存していた。
「―――大丈夫だ」
「・・・え?」
ムンドが言う。
ニュイは首を傾げて彼を見る。
「大丈夫だよ、そのために、外の生き方を学ばせてもらうんだろ?むしろ、一度経験したって人なんだから、避け方だって知ってるはずだって!な!ニュイが危ない目にあった時は、俺が守ってやるって! ・・・そろそろ待ち合わせ時間だったっけ」
「うん、お兄ちゃん。あ、そうだ・・・」
「うーん?」
今度はムンドが首を傾げ、目を合わせる。
膝を少し折って目線を合わせる、その小さな気遣い、だから好きなのだ。
「―――がんばって、いつか一緒に行こうね、外っ」
「・・・ああ!そうしようなニュイ!」
笑ってムンドはニュイを撫でる。
ニュイも笑ってそれを受け入れ、しかし、離れた時に少し残念そうな顔をした。
「よし、決めたっ!この服にする!あのティコさんがこんなの着てるんだから、きっとこれはいい奴なんだろ、うん!じゃ、ニュイ、荷物まとめたか?行くぞっ?」
「あ、お兄ちゃん・・・うん、だいじょぶ、先行ってて!忘れ物、すぐに行くから!」
「ああ!中央の広場だからな、忘れるなよっ!」
「うん!」
扉を開け、手を振り笑ってムンドは消えていく。
兄と一瞬、離れ離れになることにニュイはちょっとだけ寂しさを覚えたが、それでもまたすぐに会えることに心を落ち着かせ、彼女は机に手を入れ忘れ物を探す。
いつも持っている、兄が作ってくれたネックレスだった、いつも盗まれないように、なくさないようにと机の奥に仕舞っていたものだがなぜだろうか、今日という日に限ってつい持っていくのを忘れそうになってしまっていた。
「・・・よし!」
淡い光を持つ翡翠のネックレスを首から下げ、ニュイは鏡を見て身だしなみをチェック、その幼気な美しさに欠けがないことが確認されると、兄に追いつこうと小走りに扉へ手を掛ける。
もう十分も経ってしまった、兄はもうそろそろ広場にたどり着く頃だろうか。黒衣の大男はもう来ているだろうか、今日はどんなことが教われるのだろうか――― 幼いなりに好奇心を働かせつつ、彼女はぎぃ、と木づくりの扉を開き、鍵を締め、兄お手製のドアプレートをひっくり返して不在を示す。
日照りのおかげで雨も乾き、今日はとても良い天気だ。
ほどよい太陽光線が木々の間から差し込み地面にスポットライトのように当たっている。
今は確か、危ない時期だと長老が言っていた。
だがきっと、今日はいい日になるんじゃないかと、ニュイは思って、そしてふと空を見上げる。
―――とたん、ニュイの目は見開かれた。
「なんで、どうして」
戦慄が身体を走り、血管が膨張する。
口元が震え、脳神経は極限までの緊張を見せる。
ニュイは、足元から崩れその場にへたり込む。
空が歪み、護りの天蓋が消え去る時、現出するは”紅”と”蒼”。
―――二匹の竜が、彼女の真上から目を向けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「じょ、冗談じゃない!なんだありゃぁ!?」
「う、うっそぉ・・・?」
一足先に広場に来ていたティコとアルは、空を見て目を丸くしていた。
天蓋に歪みが発生してしばらく、上空を今日偶然にも飛翔していた二匹の巨大生物が一目散にこの場所へと強行着陸を敢行してきたのだ。そしてなにより、その大きさが規格外のものであったために彼は、二度驚いた。
砕け散った結界が粒子となって消える中、悲鳴とともに真下の家屋を潰し破壊し着陸し、土煙を巻き上げた存在。
身の丈は、その長い首と翼を折りたたんでなお、かつての戦前に存在したような二階建て住宅を超え三階建て住宅に迫らんばかりの大きさを誇り、きっとそれらをめいっぱい伸ばせばそれはそれは圧倒的なサイズを見せつけてくれるのだろう。
ウェイストランドにも、これほど巨大な生物は存在しえなかった。ジャイアント・ラッドスコルピオンの女王も部屋に収まるサイズであったし、以前街に引きずり込まれてきたデスクローのアルファ個体というものもこれほどの威容は誇らない。
―――これが、竜か。
ティコは一歩後ずさりを覚えながら、冷や汗を垂らす。
二匹の竜、紅竜と蒼竜であったか、紅と蒼、対になる色を持つ雌雄の竜は、咆哮を上げた後に周囲に目を向けぐるり、と見て回る。それは目つきからして、まさしく”品定め”と呼べるものだった、奴は圧倒的な捕食者として獲物を見定める権利を有しているのだと、ティコは悟った。
そして始まるのは大破壊。
紅竜が咆哮と共に首を高々と掲げ、そして口内に光が灯る。
赤赤しく、そして莫大な熱量をその一瞬の溜めの間にもたらしたあと、紅き竜は一帯を薙ぎ払うように爆炎のブレスを放出するのだ。ティコ達は間一髪射程を逃れたものの、可燃性の高い液体状のブレス、火炎放射器に近いそれに道を阻まれる。
悲鳴が、断末魔が響く、広場だから多くの人が集まり日常を暮らしていた。突然の、悪意すらないのかもしれない、この蹂躙は一瞬にして多くの命を奪い去ったのだ。
「こいつはたまらん!」
「逃げましょダンナぁ!無理です!」
アルが目の前の理不尽に対する逃亡を提案し、ティコもまた、今のままでは敵わないことを知る。
手持ちのライフルは5.56mmのアサルトカービンがいいところで、試しに何発かを叩き込んでみるもののしかし、がらりと余裕を見せつけるかのように開いた土手っ腹の鱗にすら弾かれ空へと散っていく。
ティコは再三どうにもならないことを悟ると、アルを肩に抱えて全速力での逃亡を図った。
「ダンナぁ!みんな逃げますってきっと!アタシらもとっとと荷物集めて逃げちゃいましょって!」
「そうするに越したこたないかもしれんが・・・ちいっ」
ティコはふと、目を道の先へ向ける。
そこではアウルを含めたエルフの戦士たちが武器を手に取り、竜のいる場所へと駆けているのが見えた。他の住民もそうだ、武器を取り、家から飛び出す。彼らはつまり、逃げないのだ、この森を破棄する選択肢ははなからないのだろう。
すれ違いざまに、アウルと目が合う。
その目はまるで、「勝手に逃げるが良い」と言っているようで、ティコはつい目を背けてぎりっ、と歯噛みする。悔しさだ、アウルに対するものではない、戦う男として今、人々を放置して逃げることしかできない己に対する悔しさだった。
「・・・ああ、ちくしょうっ!」
「ダンナ!?」
ティコは立ち止まると、アルを下ろして彼女と目を合わせる。
「嬢ちゃん、すまんがテッサを連れてなるだけ安全なとこにいてくれ、地下室でも井戸の中でも、ここにゃ結構ある・・・俺は」
「無茶ですって!」
「野郎どもががん首揃えて立ち向かおうってのに、命張れずに逃げ出すのもレンジャーとしちゃ面目潰れでな!それに――― きっと俺らなら出来る、倒せるかは知らんが、追っ返すくらいはやってみるさ、そのために色々持ってんだ」
アルの頭を軽く撫で、ティコはばんっ、とその肩を叩く。
「分かりましたダンナっ!ご武運を!」
アルが一礼し、駆けていくのを見送ると、ティコはため息一つ。
あんな小さな女の子にまで心配させて、やんなっちまうなぁ、と心のなかでぼやきながら、彼は腰元の無線機を手にとった、彼の相棒と、機械人形につながる手のひらサイズのカラクリだった。
「・・・相棒、相棒!聞こえてるか?フォートウォースもだ!いたら返事しろ!焼け死んじゃいねぇだろうな?」
『おや、ティコ様!こちらも緊急事態は察知しております、いざ出撃を・・・』
「その前に相棒だ!相棒!聞こえてるなら返事しろっ!」
走りながらの通信に、返信は途切れる。
だが数拍置いて、ようやく返って来た、ロイズの、相棒の声だった。
『んな叫ばなくっても聞こえてるっての!フォートウォース、バルブ締め頼むっ!』
『イエッサー!T-51bオートフィット、正常に機能しています!』
いつもの可愛らしい、喧嘩っ早そうな青年の声。
それにティコは安堵の声を漏らすと、されど、すぐに気を取り戻し彼に問いかけた。
「相棒!俺は奴を仕留めに行く!お前は・・・聞くまでもないか?」
『ったりまえよぉっ!ドラゴンぶん殴るなんて伝説の勇者のやることだぜ!?これを逃がしちゃ男が廃るってやつよ!それで!どうすりゃいいよ!』
「5.56mmじゃまるで足りん!そっちに武器を取りに行くからお前さんは好きにしてくれ!ただし死ぬな!」
『オレを誰だと思ってやがんだってグールっ!歩行戦車と空飛ぶ戦車だ、対等だろーよ!』
「違いねぇ、だが無茶すんなよ!・・・奴さんでかい!」
無線越しに警告を入れ、オッケー、と景気のいい返事が届いたのを最後に無線を切る。
駆け足に、吹きすさぶ火の粉を避け彼は、炎に包まれ始めた森の集落を走った。
「―――氷だ!氷の魔法を使え!」
「駄目だ!蒼竜の方を回復させてしまう!」
「構わん!紅竜だけでも仕留めれば・・・ッ!」
叫び声が響き、またひとつ、命が奪われる。
森は焼け、家も焼け、時に凍てつかせられる。
ホーリーエルフの戦士長アウルと、正規の戦士たち、そして集落から集まった非正規兵とも呼べる人材は、今、紅と蒼の竜を相手に必死の抵抗を続けていた。
「ハールが死んだ!炎の防護マントなんて役に立たない!」
「腕が凍った!誰か治癒の魔法を―――」
竜は強大で、他の追随を許さない圧倒的戦闘能力をもって君臨する。
遠ざかればその背を追いすがるように、対面すれば矮小な体躯をあざ笑うかのように豪炎と雪火が包み、骨まで焼き焦がし魂まで凍りつかせてゆく。されど近寄ればその巨躯の餌食となり、叩き潰され地面に赤い花を咲かせるのがいいところだ。
エルフ達も属性に対する防御用装備を身につけて対抗せど、されど竜は嘆かわしいことに対になる属性をもって共につかず離れず”狩り”に興ずるものだから手に負えない、炎に対抗する装備をもって迎え撃てば蒼竜の氷のブレスに凍てつかされ、逆ならば紅竜の業火に焼き焦がされる。
この二匹の竜が伝説と称される理由はそこにあるのだ。
対になり互いの弱点を補いあい、そして圧倒的な力によりねじ伏せる。
アウルの元に、氷のブレスが迫る。
彼は全身の力を、マナを振り絞って防護壁を張り、辛うじてそれに耐えるも全身にはおびただしい凍傷が刻まれ彼に膝をつかせる。
だが今、膝をついて隙を晒すわけにもいかない。
戦わねば、自分が勝たねばこの集落は終わりを迎えるのだ、かつてはやり過ごした経験もあったが、今は違う、真正面から相対し打ち砕かなければ、せめて逃げる者がいるのならその時間を稼がなければ、この地に遺した伝統も想いも、全て砕かれる。
だが―――
「・・・プニル、ドラウ?」
呼びかけた言葉に、返事はない。
ああ、なんと。
なんと理不尽なことか。
両翼を固めて同時に魔法を行使し、魔法障壁を張った二人は力及ばず、目を見開いたまま凍結して死していた。中央にいたアウルだけが、運良く死を免れたのだ、彼が手を伸ばし、肩を揺すると同時、ドラウ、と呼ばれたホーリーエルフの戦士の身体が肩口からぽきりと折れる。
凍結しきらなかった血液が肩から漏れ、残った筋繊維がだらりとその肩を垂れ下げた時、アウルはつい、情けなく声を上げてしまった。
だが再び、咆哮が聞こえた瞬間、彼は本能的に顔を上げる。
その視線の先に見えるのは、二匹の竜、実にこの短時間で戦士たちの半数以上を殺し、自らが圧倒的な勝者であることを誇るかのように鳴く紅と蒼の竜。
なんと絶望的な絵面だっただろうか。
そうだ、対になる属性で互いを補い合っているから、この二匹の竜に抵抗できる存在は限られていたのだ。それ即ち、人間の中に存在する”規格外”、極稀に生み出される”英雄”、そのひとにぎりにほかならない。
―――絶対的な、力。
互いを補い合う小細工も、竜の力も全て覆し正面から打ち砕ける力を持つ者だけが、伝説の存在を打ち砕ける。
アウルは咆哮する竜に目を向けながら、そう思わざるを得なかった。そしてその存在は、この場所にはきっといない、もしかすると小さなあの長老がそれに当たるかもしれないが、彼女は専門外だ、竜を倒せる力は持たない。
アウルも、誰もかもが、それを悟ったようだった。
足がすくみ、震えに呑まれる、目が見開き、最期の時を待つかのように動けない。
そして再び、竜が動き出す。
ずしん、ずしんとその場から動かなかった身体をようやく動かし、直接彼らを率いる者――― アウルを殺しに来るのだ。それは即ち、手の届かない距離から殺せるはずの彼らにとって、矮小なエルフ達を舐め腐っている、絶対強者の自信を持っているからこその特権だった。
一歩、また一歩と紅蓮の色を持つ紅竜が動く。
蒼竜はまるで奥ゆかしい妻のようにその場から動かずじっとそれを待つのみ。
アウルは必死に理性を押しとどめ、せめてもの抵抗をしようと指先にマナを溜めようとするが、されど溜まらない。震える身体とぐちゃぐちゃの精神が、魔法を行使する力量に至らないのだ、アウルはそれに更なる絶望を抱き、そしてとうとうただ、後ずさるだけになってしまう。
「う、っく・・・っ!なぜだ、何故結界が・・・?」
問いかけの答えは帰ってこない。
竜にとっては、散歩道に獲物の溜まり場を見つけたそれだけのことだった。
だから、目の前の金糸の髪と青目のエルフを食らう、それだけが願い。
「何百年も続いたこの集落を、こうも簡単に、こうも・・・!」
ぎゅっと拳を握り、 しかしされど戦士、彼は剣に手を掛けた。
せめて一振り、その鱗を削り取れれば十分だと、それだけで一矢報えると、いつか英雄がこの怪物を地に伏せさせる時、剣の一振り分の苦労を自分が代行できればいいのだと――― そう願って、アウルは高く高く腕を振り上げた竜と相対する。
叫び、唸り、そして―――
―――瞬間、熱波が疾走った。
「ッ!?一体・・・!」
覚悟を決め、死を受け入れた瞬間あまりの衝撃波が、熱波が、閃光と爆音が場を駆け包み込んだのだ。それはあまりに大きく、腕を振り上げた紅竜がつい、姿勢を崩して後ろを――― その原点へと目を向けるほどに。
途端、二匹の竜の悲痛な叫びが響いた。
「・・・なんなのだ、何だ、何なのだ!?一体!」
アウルはわけもわからず、手に持った剣を振り上げ乾坤一擲を紅竜にぶつけることすら忘れ、場を包み込んだ土煙と煤の嵐から腕で身体をかばって振り払う。やがて一分も経たぬ頃だろうか、土煙は一瞬にして晴れた、大きく広げられた一対の翼が、それを振り払ったからだった。
「・・・なあっ!」
視線の先、アウルも、エルフの戦士たちも、生き残った民兵も誰もが驚愕する。
紅竜の後ろでじっと、妻のようにその狩りを待っていた蒼竜、土煙が晴れた場でようやく、その右腕と右の片翼が跳ね飛ばされ多大な出血を蒼竜が強いられていたことが彼らの目に飛び込んできたからだった。
悲痛な竜の叫びは、苦しみと悲しみ、その両方だった。
場を包み込むあの爆音と衝撃波の大本は、蒼竜の、伝説の竜の腕と翼に安々と傷を与えた攻撃であることに違いがないと、場の誰もが瞬時に納得し視線をあちらこちらへ動かす――― 紅竜ですらも。
「あっ・・・!」
「あれは!」
誰が最初に見つけたか、その”存在”はゆっくりと、場に現れた。
片や燃え盛る森と家の山の灯りをぎらぎらと反射する、白銀鎧を身にまとって。片や煤けた風に靡く、トレンチコートを身にまとって。
片や鋼の拳を打ち鳴らし、兜の下ににっと笑った顔を作って。片や未知の道具を背負い、その先から小さな煙を形作って。
アウルは目を見開く、ああ、”あの二人か”と。
記憶を洗えば、あの兜の男は逃げていたはず――― 戻ってきたのか、と。
背後に浮いているあのカラクリ人形も、今は各部を光らせ戦闘態勢へと移行しているようにも見える。
出血箇所を氷結させ、辛うじて傷を塞いだ氷の竜をかばうように、炎の竜が彼らの前に立ちふさがる。そしてこう言うのだ、”一人残らず地獄に落とす”と。咆哮は言葉でなくとも意味を持っていた、故に、二人は相対し応えるのだ。
「相棒、手負いの獣と顔に傷つけた女は一番危なっかしい、それに寒いのは慣れとらん・・・赤い方は鱗もだいぶ分厚い、青い方から仕留めにかかるか」
「わかってらっ、オレもドラゴン二体はきついよなーって思ってたんだよ・・・赤い方抑えるから、隙見てミサイルもう一発ぶちかませッ!フォートウォース、後方支援頼む!行くぞグールッ!・・・地獄に落ちんのはてめーの方だっ!」
「死ぬなよ相棒!今夜はトカゲ鍋で一杯〆るぞ!」
拳を握ったロイズが駆け、ティコがその場に静止し背負った銃を手に取る。
歩行戦車と飛行戦車、その闘いが今、始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
見上げ、首が振りきれるほどに巨大な竜、それが横合いから振りつけた腕を、ロイズはパワーアーマーの膂力をもって受け止める。
「っでぇっ!?」
T-51bの防御力はその衝撃を受け止めど、されど重量比は圧倒的であり、ロイズは腕を受け止めたその姿勢のまま大きく地を擦り跳ね飛ばされることとなった。
だがその竜の無防備となった姿勢に、銃弾の雨が降り注ぐ。的が大きく、そして鈍い、ティコはおおざっぱに狙いを付けるとその土手っ腹に12.7mm、先に持っていた5.56mmとは比べ物にならないほど強力な鏃を立て続けに撃ち込んだのだった。
掠った腕や横腹の鱗には銃弾は通らず突き刺さる程度に終わったものの、されどどて腹の薄い、薄い色が示す通り薄っぺらい鱗を12.7mm、50口径の大型徹甲弾は貫通しその肉体に針で刺した程度の傷を追わせることに成功する。
しかし針といえど立て続けに刺し込まれれば痛きことこの上ない、紅竜は顔を歪ませ、着弾点をかばうように腕を移動させてその未知の武具に抵抗すると、口内に赤き炎を輝かせた。
「来るか!?」
『お任せを!私の勇者の剣を喰らえ赤トカゲ!アッハハハハ!』
憎しみの顔を堪えた紅竜がティコの方を向きブレスを吐こうとする直前、その前に踊りでたMr.フォートウォースが身体をぐるりと回転、武装の切り替えを行い、瞬間プラズマ弾をありったけ撃ち込んで見せる。
スピーカーから流れる勇壮な音楽と共に飛翔、プラズマ化させ淡い緑色の煙となった空気を尾に引くプラズマ弾はMr.フォートウォースの精密な照準補正のもと紅竜の口元に直撃、摂氏一億℃の緑色光弾の破裂はその周辺、即ち紅竜の口元の鱗を瞬時に、されどわずかに溶解させどろりと垂れさせる。
この痛みにはさしもの紅竜もたまらず顔を逸らしてしまい、まるで嘔吐するかのように無防備に放たれたブレスは明後日の方向へ飛んでいった。
たったの数分、たったの数分でも戦闘であるにもかかわらず、蒼竜の腕と翼が弾き飛ばされ紅竜の身体に手傷が負わされている。側で見ていた者達――― アウルや、集落の戦士たちは呆気にとられてしまっていた。
誰もが口をあんぐりと開けてしまっていて、戦闘行動を忘れてしまっていたのだ。
「・・・人の身で、竜を相手取るなんて・・・」
「あの鎧騎士、紅竜に殴られたのに立ち上がった!?」
「あのカラクリも相当だ、外じゃあんなものが・・・」
戦士たちも民兵も、いつしか互いにその感想を言い合うだけになってしまう。
ひとえに誰もが足を竦ませていたからで、そしてこの戦いについていけないと直感したからであった。今自分が加わっても、巻き添えを喰うか、もしくは足手まといになるしかないという直感が誰もの身体に走ったのである、それほどまでであった。
ブレスを履き終え、無茶苦茶な姿勢で放ったために吐ききれず口元から零れた可燃性の液体を拭う紅竜、これでまだ、余裕を持つ強者たる素振りであった。
だが―――
「ナプキン貸してやろうかこのヤローっ!」
それだけに、自分が唯一今圧倒できた相手に油断をとった。
背後に回ったロイズ、T-51bパワーアーマーを纏った彼がその背に手を掛け足をかけたのだ。
ずんずんと、突起物の多いその背は格好の登りやすさをもっており、パワーアーマーの握力によって振り払われることもなく簡単に登って行こうとするロイズ。紅竜はそれに煩わしさを覚えて背に手を伸ばそうとする。
だがそこを見逃すティコとフォートウォースではない、がら空きになった腹に再び連射を加えるのだ。
ティコの持つ12.7mmサブマシンガンは手持ち小銃としては最高レベルの口径、50口径を誇る大火力の装備であり、恐らく持ち込まれた装備中時間あたりの火力では最高を誇るだろう。
それ故に反動が凄まじいと思われがちだが、機構上反動がある程度抑制されているために鍛えているティコなら十分に扱いきれるし、それに相手がこれでは四の五の言ってられない。空飛ぶ戦車を相手にするなら戦車や駆逐艦の機銃が丸々手持ちになったような、これが適任なのだ。
しかしこれでもパワーアーマー兵、強いては一定以上の装甲の相手をするにはやや力不足なところがあるというのがウェイストランドの恐ろしいところで、それゆえに今回ロイズに竜と殴りあうという比重をかけて申し訳ないと思っているし、不安要素も抱えている。
装弾数15発は心もとないとはいえ、弾のサイズ、それゆえの重量もバカにならないからマガジンも二つしか持ってきておらず、おまけにミサイルランチャーも担いできたので実際、今の彼の戦闘はなかなかに疲労状態からのスタートとなっていた。
だがMr.フォートウォースの装備するプラズマライフルは、更に上を行くものだ。
燃費が悪くあっというまに損傷した”P-94プラズマキャスター”をベースに開発が進められ、後年にプラズマライフルと便宜的に呼ばれていた前者を小型携行型に改良しガッツィータイプに組み込んだものだが、それでも十二分の威力を誇る。
物理運動的ダメージはゼロに近い反面、マイクロフュージョン・セルから供給されたエネルギーを元にした一億℃を誇るプラズマリングを大気中で崩壊しないよう調整し、プラズマの持つ熱量を直接ぶつけられた物質は崩壊、溶解、例え易く生身の人間に対し使用した場合、肉体の構成分子をバラバラに分解されドロドロの物体に、いわゆる”粘液の山”とされてしまう。
性質上弾が遅く、かつ発射地点が容易に見分けられるためあまり使用する者はいないが、反面この過剰な熱量はパワーアーマーにすら打撃を与えるに至るのだ。このチームの最高火力は実にMr.フォートウォース、彼と言ってもいいだろう。
12.7mmの弾丸とプラズマ弾の嵐は紅竜の腹に幾多に突き刺さり、薄い鱗は溶解、貫通され紅竜は苦悶の声を上げるのだ。
そして一瞬力が抜けたのか、腹を隠すためか姿勢を低く取った絶対強者、だがその姿勢はかえって、背にしがみついていたロイズを容易に頭頂部まで登頂させてしまう。紅竜は後頭部を足蹴にされた感触からそれに気付くも、既に遅い。
ロイズは右手でがっしりと角をおさえ、左手を振りかぶる。
にっとヘルメットの内で笑って、ぐっと拳を握って。
「ずぅ――― っと昔っから、やってみたかったッ!」
思い切り、ガツン、と音を鳴らして殴りつける。
左側頭部からディスプレイサーグローブの衝撃波が通り、紅竜はその左目にまともにそれを受けてしまうと通るのは脳に響く猛烈な振動と、左の目玉を震わせる猛烈な波動だ、痛みを伴うそれに紅竜は大口を上げて吠える。
赤赤しく燃え上がるような左目に亀裂が入り、水晶体を砕く。
硝子体がびしゃり、と飛び出し破裂した血管から飛び出た血液と共に外部へ流出していく。
「どうだよォッ!ぶちまけちまえ!」
ロイズは二撃、三撃、四撃、立て続けに打ち込むのだ。
だがそこから来る苦悶の咆哮、それに呼応したかのようにロイズは後方でまた別の音が響くのを感じ後ろを振り返る。
蒼竜だ、蒼き竜はつがいの紅き竜を守ろうとしてかその口内に青白い冷気を貯めこむと、一気に紅竜の頭頂部に乗りっぱなしのロイズに向けて吐き出した。
「―――あっ、やっべぇ」
嘆くのもつかのま、凍てつくような吹雪が彼を吹き飛ばす。
幸いだったのは吹き飛ばされたから、凍結させられなかったことだろう、事実転がり落ちていく彼の上を通り過ぎた吹雪は手頃な樹に命中すると真っ白く彩り氷結させていた。それにロイズは軽く冷や汗を掻く、冬季仕様に調整したT-51bだったのならまだしも、通常仕様のモデルなら死にはせずとも内部機構に霜が張りショートしていただろう。
ゴロゴロと紅竜の身体を転がってそのまま落ち、地面にがつん、とぶつかってロイズは止まる。
パワーアーマーと言えど落下の衝撃は殺せず、鈍い衝撃にロイズは頭を抱え隙を見せるがしかし、その頃には既に紅竜の注意は別の方向に向いていた。
ティコとMr.フォートウォースの掃射に対し、姿勢を低くし厚い側の鱗で受け止める姿勢に入ったのだ。
元々12.7mmでも鱗を貫通せど傷は浅く、プラズマ弾も致命的なダメージを与えるには一歩足りない程度であったためその厚い、真っ赤な鱗では弾丸は突き刺さるのがいいところでプラズマ弾も表面をわずかに溶かす程度に収まる。
そしてそうなれば途端、ティコの方は銃弾が底をつき、残るはフォートウォースだけが射手を務める結末。
しからば紅竜は黒衣の男が、戦う力を失ったものと見て笑う。表情など作れない竜でも、身体にまとうオーラは無力になった者を笑うそれであった。紅竜は身体を起こしティコに対し正面を向く、大口を開き、煩わしい蝿を焼きつくさん業火を今度こそ叩き込まんと。
だが―――
「―――そいつを、狙ってたもんでな」
「オレを忘れちゃいないってぇ!?」
ティコと、そしてその相棒が動く方が早い。
ロイズは飛び込んで紅竜の顔を横合いなら殴りつけ大きく動かす。
そしてティコは足元に転がしておいたミサイルランチャーを担ぎあげると、背中のラックに数本だけ放り込んでいたミサイルの一本を装填し、されど、大口を開け口内を赤く光らせ始めた紅竜とはまた、別の方角めがけてその砲口を向けるのだ。
戦慄する。
ティコでも、紅竜でもない、その砲口の先にいた者が。
蒼竜だ、青き竜は、一度その威力を身に受けた竜はその巨躯を登ってきた戦慄に本能的に危険を直感し、鳴くような声で紅竜を呼ぶ、助けてくれないかと、死にたくはないと。出血と深い傷で身動きできないその身は情けなくも弱々しく。
絶対強者の弱音が赤き竜の耳に届き、紅竜は動く。
その身をもってつがいの竜を守るために。
だが、それも遅い、ティコの指は既に、その引き金を引いていた。
「・・・邪魔しなけりゃ、次に地獄に送ってやるさ」
死刑宣告と共に発射されたミサイル、着火された燃料による驚異的噴射、そして他の追随を許さぬ速度で飛翔する。熱気と凍気の交じり合った混沌とした空気を切り裂いてとぶその鋼の槍は鈍重な、巨大な竜が一歩踏み出すのよりずっと疾く、伸ばそうとした手を振りきって更に加速する。
紅竜の目に遠ざかるそれが見え、蒼竜の目に大きく大きくなっていくそれが映る。
ロイズの目に勝利が見え、ティコの目に一段落の終わりが映る。
目のいいフォートウォースのカメラは加速するそれに追従し、その終わりの瞬間まで見届けるのだ。
爆裂し、中空に線を引く煙に誰もが唖然とし、そして、次の瞬間目は更に別に移る。
身動き取れず、一歩だけをようやっと踏み出した蒼竜は運悪くもさらけ出した横腹にミサイルの直撃を受け、その衝撃が襲いかかったのだ。
1キロ超の成形炸薬量を誇るミサイルは弾頭形状によりノイマン効果を引き起こし、一転に衝撃を集中させた爆発は蒼竜の厚い、しかし紅竜よりも薄い鱗に大穴を開けると途端、その体内に凄まじい熱量と衝撃を見舞うのだ。
身にまとう空気ですら氷点下の蒼竜に対し数千℃の熱風は内蔵を、骨を溶かし血液を沸騰させ、気化させる。
衝撃波は体組織を押しつぶし、骨を砕き、身体構造をめちゃくちゃに粉砕してやるとそれでようやく役目を終えて空気中に還って行くのだ。一瞬、一瞬の爆発だけで、伝説の生物のその片割れは致命的ダメージを負う。
されどもはや虫の息、肺を潰され、呼吸もままならず出血も酷いを通り越した。
蒼竜は荒く、とぎれとぎれの息を流水のような吐血まじりに吐きながら、紅竜の目を見る。
彼の存在の、絶対強者が最期に遺す言葉はなんだろうか、死にたくない、なぜ我が、地獄から戻ってこよう―――
―――否。
”逃げて”。
蒼竜が最期に残し、紅竜に伝えた意思はそれだけ。
蒼き龍は首をだらりと地面に叩きつけると、そのまま全身を体色とは対の赤色に染め上げ倒れ息絶える。
後に残された紅竜は、その姿を目にし咆哮するのだ、だが決して悲しみは、与えられた使命を上回らなかった。
「・・・ッ!逃がすか!」
「おいコラ!空はフィールド外だろっ!降りてこいよっ!」
『この期に及んで逃げるか!レッドチャイニーズより意気地がないなぁ!やっぱりアメリカ最高だぜ!』
翼を羽ばたかせ、凄まじい暴風を引き起こしつつ赤き竜は空へと飛び立とうとする。
ティコはミサイルランチャーの再装填を急ぎ、ロイズは手出しが出来ないと喚くのだ、フォートウォースは翼を狙い穴を開けてやるも、しかし竜の飛翔は止まる気配がない。すると首を傾げる彼らに、いつしか気を戻したアウルが訴える。
「竜の翼は半分飾りだ!速度はともかく、翔ぶだけならマナを操りできる!逃げる前に仕留められないのか!?」
「今やってる!伏せてろ!どこに落ちるかわからんからな!」
言い終える頃には空飛ぶ竜は空高く、されどティコは装填の終わったミサイルランチャーを向ける、ミサイルランチャーに取り付けられた誘導システムなら、あの巨体を補足して叩き落とすことなど容易であろう。
今晩のトカゲ肉を二倍にするのさ、ティコが独り言をつぶやきながらミサイルを再び発射する。
先と同じように、今度は上へ上へ、真っ直ぐに飛翔するミサイルはあっというまに竜へ追いつき、しかし―――
「―――ろ?」
背後に憎しみの視線を向け、必ず戻ってくるとでも言うように去る紅竜は飛来したミサイルをすんでのところで飛びかわす。
誘導システムが正常なら、すぐに再誘導をかけ前方から直撃するだろう、そう踏んでティコもロイズもほくそ笑んだのだがしかし、ミサイルはそのまま直進し帰ってこない、明後日の方向へ飛びすさび、帰ってくるでもなければ曲がりすらしないのだ。
これにはティコ自身も呆気に取られ、ロイズに訴える。
「相棒!?メンテやってたんじゃないのか!?」
「重火器は後回しだっての!一日でできるかよ!オレにも外出る時間くらいくれよっ!つーか自分のモン壊れてるかくらいなんで把握してねーんだよっ!?」
「ってなぁ・・・これは・・・っ、まさか」
思い出すのは先の街、先の戦争。
ゴブリンの将軍、スーパーミュータントのロンサムジョージとの戦闘だ。
思えばあの時、彼の5mmミニガンをミサイルランチャーにかすっていたかもしれない、外見には大した傷にはなっていないが、なまじ外付けの装置だから掠った衝撃で配線に故障が生じたのかもしれないとティコは思い出しながら考えた。
あの巨人も、とんだ置き土産をしてくれたものだ。
痛手を与えたのはいいが、手負いの獣こそ一番恐ろしいのだと、ティコは思い愚痴る。
既に紅竜は遥か彼方へと逃亡し、これでは狙いもつけられないと断念、ミサイルランチャーの砲口を下ろしてため息を付いた。
「っ、うー・・・逃がした・・・」
「悔しいのは分かるがよくやったさ相棒、どうせ手負いだ、また来る。そんときゃ降りてくる前に叩き落としてやろうってもんだ・・・はぁ、このとこ戦い続きか、しばらく休暇取りたい気分なんだがなぁ・・・有給申請する相手がいないか」
地団駄を踏み悔しがるロイズ、ティコはミサイルランチャーをその場に下ろすと、ひとまずと、仕留めた竜の元へと向かうことにした。
エルフの人々も仕留められた竜と、そしてロイズとMr.フォートウォースの元へ一目散に駆け寄っているところで、ティコはエルフ達に失礼と声を掛け中に割って入る。エルフ達も既に、ティコには畏敬と尊敬、驚嘆の目を向けていたためにすんなりと入れた。
ティコはその、死体になってもなお見上げるほど大きい巨体を目にし改めて驚く。
死してなお冷気が漂っており、流れだす血液は足元を濡らししかし、既に冷気によって薄い氷を張っているものがチラホラと見えた。
「・・・我ながら、よくもまあ仕留めたもんだ」
ウェイストランドですら見たことのないこの生物を仕留めきったという事実に、年甲斐なく高揚感と感動が湧いてくる気がしてティコは、少しヘルメットの下で嬉しそうに顔を作る。
そして仕留めたのが自分たちであるなら、所有権も自分たちに、まあそうでなくとも少しくらい死体にちょっかい出す権利はあるよな、と欲張りながら彼は蒼竜の死体の周囲を歩いてみよう、ぐるりと見てみようと歩き出す。
―――ひとまず危険は去った、それでいいじゃないか。
そう思って、その巨躯の威容を目に焼き付けていくのだ。
これを肴に酒を飲む趣味は無いが、けれど酒の席の話には持って来いかもしれないな、と思いながら彼はひたひたと、血液を踏みしめながら歩く。
だが、
「おっと」
何かにつまづいたようで、ティコは踏みとどまる。
彼は一歩下がって振り向いて、それが蒼竜の踏み潰した、瓦礫の山だと確認するとそれもまた、目に焼き付けるのだ。そして思う、道にはみ出るまで押し倒されたここに住んでいた者はどうなったかと。
このあたりも例外でなく、紅竜のブレスで焼き焦がされていて見る影もないのだ。
彼は”一段落”が来るのはもうしばらく先だとため息しながら、手頃な瓦礫を蹴りつける。
しかし、途端彼は戦慄した。
なぜなら―――
「ッ!」
―――蹴りどかした瓦礫のあった場所から、瓦礫の下から、一本の手が伸びていたからだ。
それは男のように筋肉の付きは良く、しかし大人のように熟しきらない。
”青年”のものだ。蒼竜の流血で気づかなかったがそうか、この血の海の中にはきっと彼のものが、ティコはそう悟るとせめて、その身体だけでも地上に戻してやろうと瓦礫をどかしに入る、付近のホーリーエルフ達も集まってきて、その行程はスムーズに進んだ。
蒼竜の冷気が火を消したから、熱も篭っていない。
ほとんど木づくりだから軽く、ひょいと持っては隣の奴に渡してリレーをする。
あっというまだ、あっというまに。
だが、
「・・・おい、なあ・・・」
その姿が見えてくるたび、ティコは込みあげる何かに襲われる。
その服装が、手先から足まで見えてくるたびに、ずたぼろに割かれ押しつぶされたその身体が見えてくるたびに襲われる。
血に染まった茶色の外套、胸甲、ジーンズを模したらしいズボン――― そうだ、自分の着ているものとよく似ているではないか。
じゃあ誰だ、これは―――
―――この、顔の潰れた誰かは。
「戦場にも出たこた十分ある・・・だから慣れっこだ、だがな、そこで見るのはせいぜい兵隊の死体だ、死ぬこと覚悟決めて死にに行った、あくまで英霊になった奴の死体だ、だからせめて楽になれた、だがよ」
瓦礫が全てどかされる、ティコはしゃがみ込み、死体に寄る。
その、もう力の入らない手を握って、彼はつぶやくのだ。
「・・・顔見知った、それも守らなきゃならんような奴が死ぬってなぁ・・・なかなか堪えんだぜ」
ぎゅっと握って、握り返されない。
たまらなく、悲しさが襲う。
「ムンドの兄ちゃん・・・」
見知った顔だった、顔すら分からないけれど、彼だと思いたくも無かったがしかし、彼だと分かった、分かってしまった。自分に教えを請いに来たあの快活な青年が、今死んだのだ、あまりにあっけなく、そして悔やむ。
少しの黙祷を皆で捧げたあと、ティコはせめて顔だけでも隠してやろうとハンカチを取り出した。
しかし、そこに歩み寄る誰かに気付いて彼は手を止め――― そして、”彼女”が誰か気づいた途端にすぐさまハンカチを掛けた。見られてはいけなかったのだ、そう直感した、だが彼の動作はほんの数瞬だけ遅れてしまった。
「・・・ね、ティコさん」
彼女は、少女は、問う。
男は思う、なぜ自分は、これほどに厄介事を呼びこむのだろうか。
単純に運が無い、そういう体質だから、それだけでは片付けられないほど大きくてそして。
「・・・今、ねえ、今のって!ねえっ!」
少女が、ニュイが問いかける声に返す言葉がないのだ。
過酷な世界で慣れっこだったはずなのに、煤けに纏われ汗にまみれ、きっと必死で生き延びて、それでもなお兄を探しに来たであろう少女に何も言えなかった。きっと言った後にどうなるか――― この甘く優しい世界では、想像がつかなかったから。
でも問題は時間が解決してしまう、きっと。
だが今は――― 解決するのが早すぎた。
「お兄ちゃん!ウソでしょっ、ねえっ?いや、いや、いやいやいやぁっ!!うああぁぁっ!!」
少女は彼が見ているその目の前で、頭を抱え震え、叫びを上げると共に足元から崩れそして、地面に倒れこんでしまう。ティコはすぐさま駆け寄ってその身体を抱き上げ揺するがしかし、彼女は目を覚まさない。
ティコは気付く、彼女が涙も流していないことに。
泣く暇すら無く、衝撃が意識を彼女から奪い去ったことに。
彼もまた、頭を抱えたい気持ちだった。
だがきっと、これからもっと厄介事が舞い込む、そんな気がしてたまらなくて、彼は考える頭を止めることを許されなかったのだ。
参考なまでに、
12.7mmサブマシンガン Vault-wikiより
http://fallout.wikia.com/wiki/12.7mm_submachine_gun
デザイン元はTDIベクターとあの有名なP90の合いの子。
NVだと実質ラスボスのユリシーズが持ってることもあり、作中最高レベルのDPSを痛感した人もきっと多いはず。これだけの大口径小銃とかパワーアーマー以外撃てるのだろうか、一応銃口下の四角い部分が反動抑制してくれるとの説がありますが。
NVでも弾と金の余った人のゲーム後半の道楽みたくなってますが、恐らく今作では例のアレを除けばティコの持つ武器では最高火力になると思います、彼は基本的に実弾縛りみたいなものなので。