トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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(´・ω・`)ミニニュークケース欲しい
(´・ω・`)でもあれ全作持ってるんですわ

 T-45dフィギュアがお手頃お値段でいい感じ、でも一番欲しいT-51bは毎度ハブられてるというか、次点でNCRレンジャーも欲しいんですがハンドメイド以外どこも出していないというか。

14661字。


第四章 妖精郷と再臨の氷魔 2話 『雨音のなか』

 

 

 

「―――それで、実のところは何が目的だと?」

「だぁ~からぁ!単なる雨宿りだってダンナたちもいっとろーでしょうが!」

「信じられるかぁ!」

 

 だんっ、と机が叩かれる。

 

 今、ティコ達がいるのは集落の入り口入ってすぐのそこ、樹木の上に建てられた見張所兼尋問所のようなところで、例外なく武装を解除されていた。諦めて捕まり、背中をつつかれながらここまで赴いた彼らは戦士長のアウルを正面に、周囲をエルフの戦士たちに囲まれ不毛な問答を繰り返していたのである。

 

「っつー・・・ものわかりの悪いリーダーさんだな、こりゃ」

「いい加減にイライラしてきたっ、一発はっ倒していいかよグール」

 

「やめといた方がいいよロイズ、ホーリーエルフの好戦性は折り紙つきだから。誇り高き民とか選ばれし者達とか言っておいて、本国じゃあダークエルフは迫害して問題を引き起こすし、高圧的な外交は比較的仲の良いエルフ同士の中でも軋轢を産んでるんだから」

 

 頭を抱えるティコと、苛立ちを隠せないロイズ。

 それにテッサが隠しもせずに言葉をぶつけてやると、アウルの方も負けてはいられない。

 

 周囲を固めるのは美形揃い、金髪碧眼、時に緑、鍛えられた身体は革鎧から見え隠れ、そんな世の女性にとっては天国にも思えるこの場でも、漂う剣呑な空気と刺さる鋭い視線からは、つい身を引きたくなったことだろう。

 

「本国の連中と一緒にしないで頂きたい!我々はかの遥か昔安寧の時代、本国から重大な使命を受けこの地に移り住んだ士族ファフニールの血を受け継ぐ、まさに、誇り高き―――」

「じゃあ、その使命ってなんだい?」

 

「っ、ぐ・・・それは」

 

 アウルは口をつぐむ。

 問いかけに対する答えが用意できていない、その証左だった。

 

 そんな彼に軽い軽蔑の視線を贈り、テッサはティコとロイズに向き直る。

 

「ほらね?自分たちの過去の使命すら失伝しちゃってもプライドと虚栄心だけが生き残ってるのがこの手の、集落住まいのホーリーエルフ達なのさ・・・ボクはこうはなりたくないなあ、せめて文化と歴史は大事にしたいよ」

「うるさいっ!だいたいなんでムーンエルフがここにいるのだ!お前たちは本国から滅多に出てこない内向的な種族だろうに・・・さては」

 

 アウルはちらりと、ロイズに視線を送る。

 それから軽く笑って言葉を続けた。

 

「そこな男の背中でも追って、飛び出してきたとかか?ムーンエルフには悲恋上等の迷惑な気質の者が多いとも聞く。悲しいなあ、中途半端な寿命の種族は・・・我らのように不老長寿でもない、たかだか、200年―――」

「―――聞き捨てならないね」

 

 続ける言葉を妨げて、テッサは尖らせた視線を送る。

 美しさと幼さに確かな年季と、威圧を含めた”長く生きた者”の睨みだった。

 

「ロイズは大切な人だけど、でも仲間でしかないよ。彼と一緒にいればいくつも発見があるし楽しいけど、でもそんなんじゃない、もうしばらく、共に旅をして苦楽を共有する大切な仲間さ、そうだろう?」

「言うじゃねーかテッサ、オレ見直した」

「惚れなおしたかい?」

「バッカ、オレはもっとかわいい系のが好きなんだっての」

 

 目をそらし気味に答えるロイズ、あら残念、とくすりと笑うテッサ。

 その快い美しさには、周囲のエルフたちも息を呑む。

 

 されどアウルだけは呑み込まれまいと言うように、また机をだんっと叩いた、それに反応したのはティコで、アウルをひとまず宥めると空気を読み、手頃な流れになったところで自らもアウルに問いかけた。

 

「まあまあ落ち着きなさんな戦士長、ちょっと口悪いがここは俺に免じて、な」

「なぜ貴様なぞに免じなければ!だいたいなぜ兜をかぶりっぱなしに!顔を見せたくない理由が―――」

「―――あるさ、たっぷりとな」

 

 ティコもまた、無言に移る。

 テッサよりも倍生きた男の、包み込むような凄みだ。

 

 目の前のエルフの戦士長が何年生きたかは知らないが、それでもかの荒野を、伝説と共に生きた男の凄みはまさに、テッサとすら比較にはならなかった。アウルは押し黙り、言いたげなことはあるが出鼻を挫かれたといった様子で居所悪そうにティコを睨む。

 

「ッ・・・まあいい」

「わかってくれて何よりだ、だが戦士長、雨宿りってのは本当でな?ここから分かるかどうか知らんが外は嵐なんだよ、しばらくここにいさせてくれりゃいいのさ。食い物も飲み水も用意してある、迷惑にゃならない程度に居座るから、な?」

「・・・それが事実だとして、だ」

 

 アウルは言葉を返す。

 

「今は非常時だからこそ地上の結界は緩めざるを得なかった、だがそれでもあの結界は簡単には抜けられぬよう細工を施しておいたはずなのだ。二択の道を選んで行くとして、それが十、二十と重なったらどうなる?失敗すれば振り出しに戻り、そして選んだ道が正解か分からなければ?普通は抜けられまい、君たちは少人数であったから大群の結界には阻まれなかったようだが、それにしても」

 

 アウルの睨みは強くなる。

 明確な疑いを込めた視線、それであった。

 

「“適当にやって”抜けられるのはよほどの奇跡が起こらなければ無いのだよ。だから君たちは抜け方を知っていてうかつに来てしまった以外には考えられん、だがここへは許可した者以外は入り方を教えていない・・・許可した者も、道具を渡して結界を抜けられるようにしてあるだけだが」

「・・・っとなると」

「抜け方を知っているならどこから教えられたか、それとも道具を持っているなら何を使ったか、洗いざらい吐いて欲しいのだ・・・命を奪うわけではない、集落の安全のために記憶を消し、道具があれば解析し二度とそれでは抜けられぬようにする。”雨宿り”の代償としては悪く無いんじゃあないか?」

 

「記憶を消すのは外法だって知らないのかい?あの”灰色髪”・・・ゼノビアが使うのと同じだよ」

「あの外道と一緒にするな!我々はあくまで自分たちの身を守るためにだな!」

 

 またテッサとアウルがやいのやいのと言葉のぶつけあいに興じる。

 一方、ロイズは目に見えるほどにイライラが加速しているようで、ティコはそれにこれはまずいと、早めにどうにかしないといかんと考える。

 

 彼はひとまず机を軽く叩き、二人の気を引くとすぐさま、言葉を投げかけた。

 

「そこらで中断だ中断!わかった、話す!だからここは俺に譲ってくれテッサ、っと、相棒もちょっといいか、手ェ貸してくれ」

「んだよ?」

「ちとPip-boyをな・・・説得には現物見せるのが一番ってな」

 

 落ち着き、座ったテッサとアウルを前に、ロイズが左腕のPip-boy3000を前に出す。

 アウルも、周囲の戦士たちも一斉にそれは何かと怪訝な顔をするも、ティコは視線が集まったのが逆にいいと、いつもどおりの大仰な素振りで説明を始めた。

 

「こいつだ、こいつがこの結界を突破した”魔道具”ってやつだ!もっと近くで見ていいぞ!ほら、ほら!」

「ちょっ、グール・・・!わあっ、近寄りすぎだろエルフ!ちょっ、興味あんのわかっけどそのまで近寄るな!なまじイケメンだからタチわりぃ!やめろ!やーめーろー!」

 

「見たことのない魔道具だ・・・だが、それなら調べさせてもらわなければ・・・っと?」

 

 アウルが無礼にもPip-boyを外そうと引っ張る。

 しかしぴくりとも動かず、その”固定された”ごとく様相に彼は首を傾げた。

 

 それにティコは、ヘルメットの内側でほくそ笑んで彼に向く。

 気づいたアウルが彼を向いたとたん、彼は話し始めた。

 

「そうだろう?これは”呪いの道具”って奴さ、だからこいつの腕からは一生外れん、シャワーも寝る時も、フォーマルな場でも戦闘中でも死ぬときもずっと一緒ってわけさ。こいつは”どっちに行けばいいか”ってのを教えてくれる便利なもんでな」

「こんなものが大量に出回っているのか・・・?」

「それに答えるなら、俺らをここに滞在させてくれるって約束してくれるか?」

 

 ティコは笑んで聞く、アウルはしばし悩んだあと、よし、と覚悟を決めて言葉を返した。

 

「・・・分かった、調べなければならん、どちらにせよしばし滞在は”してもらう”こととしよう」

「よしきた!なら答えるぜ、こいつはそういくつもない、古代遺跡”バルト”から見つけた一品ものだ、だからお前さんらはこいつにビビって眠れぬ夜を過ごす必要も、ベッドに世界地図を書く必要もないってこった!」

 

 でっちあげである。

 だが言ったもの勝ちなのだ、されどアウルは怪訝な目を向ける。

 

「・・・その言葉の根拠はあるのか?」

「大量に出回ってるなら調べて無力化すりゃいいだろ?一品ものなら相棒が去ればもう怖いものなしだ、そうだろ?」

「確かに、言う通りではあるな」

 

 納得した様子のアウル、ティコはぐっとサムズアップを送る。

 しかしティコはすぐさまはっと、思い出したように彼に問いかけた。

 

「そういや戦士長、追加で聞きたいんだが」

「無礼な質問以外ならな」

「なら大丈夫だ、聞きたいのは、”非常時”ってどういうことだ?」

 

「なっ・・・」

 

 とたん、顔の色が変わる。

 

 アウルの端正な顔はまさに、”そんなことも知らないのか”と言わんばかりで、ティコもロイズも、一行全員はその理不尽な視線の投げかけにどうしても、首をかしげざるを得なかった。

 

「本当に、知らないのか?旅をしているのに?」

「ああ、そりゃあそっちの理由なんて」

「こちらだけの理由ではない!よく生きてここまで来られたな!今は―――」

 

 

 アウルは眼の色を変え、ティコに答えようとする。

 だがその途端、尋問所の扉が開かれた。

 

 アウル達と同じ、若い声が響く、だがその声は彼らとは一線を越え威厳を持っていた。見れば、白と緑を基調とした豪奢な服に身を包んだエルフ、頭には草冠を頂いた長髪のホーリーエルフがそこにはおり、視線を一身に受けるなり柔和な笑みを向けてきたのだった。

 

 見た目には子供のようで、しかしオーラは目に見えるよう。

 ティコ達は身構えるが、それは手で制された。

 

「―――それは儂から説明しようかな、旅人よ」

 

 ホーリーエルフの戦士たちが、アウルも含め一斉に跪く。

 一方、彼らに軽く手を振り『面を上げぃ』と言い頭を上げさせた彼女、少女、身なりの豪奢なエルフは、テーブルに座るティコ、彼をこの”一団”のリーダーと見受けたのだろう、彼と目を合わせて笑顔を見せた。

 

「長老・・・」

「こら、誰が喋っていいと言ったか」

 

 こつん、と手に持った小ぶりな杖で、少女はアウルの頭を小突く。

 それにわずかに頭を押さえた後、彼は跪いて頭を下ろした。

 

「儂はこの小さな・・・そう、小さなファフニールの集落の長、ウィルウィルじゃよ。千里眼でお主らのことを見ていてその・・・そう、興味が湧いたものでな、直接赴いたというわけじゃよ」

「長老を煩わせるわけには!」

「こら、喋っていいとは言っとらん!」

 

 少女がまたもこつん、と、自分より一尺半は背の高い男を小突く。

 アウルの身体はただそれだけなのに、力の抜けたようにへたりこんでしまった。

 

「うちの血気盛んなのが迷惑かけたみたいでな、そこは謝ろう。それで、今の集落を取り巻く危機について知りたいんじゃろう?教えてやるとも、だがまあ、確かに外に居たはずのお前さんらが知らないというのもわからん、外じゃまだ広まってないのか?大きな噂になるはずなんじゃなのぅ」

「今のところ、オレらが終わらせた戦争以外にでっかいニュースってのは聞いてねーな、もったいぶらずに教えてくれよ」

 

「おやまあ、最近の若い子は勢いがあっていいのぉ、じゃがそれだけに、とても・・・うまそうでいい」

「ひっ」

 

 頬杖をつきながら要求したロイズを、流し目だけでびくつかせるウィルウィル。

 猛禽か、肉食獣のような視線に彼は目をそらし、それだけで姿勢を綺麗に正してさも「私はいい子ですよ」と振る舞おうとする様は実に滑稽で、ティコもテッサも、アルも大笑いした。

 

「元気があってなにより、うん、うん、若いモンはそうじゃなきゃならん・・・っと、話に戻るか。お前さんら、旅の途中上を見なかったか?」

「強いて言えばうまそうに真っ白な雲と、真っ黒に汚れちまってお世辞にも口に入れたくない雲だろうな」

 

「なるほどなるほど、じゃあ奴はこの上しか飛び回っていないということか・・・なるほどわかった」

 

 一人うんうんと、納得して手頃な椅子に座るウィルウィル。

 その椅子とテーブルは子供の身体には小さいサイズのもので、ティコとロイズは生暖かい視線を送らざるを得ない。だがウィルウィルは、そんなもの気にせんとばかりに話を続けた。

 

 

「―――竜じゃよ」

「・・・は?」

 

 ロイズがすっとんきょうな声を出して身を乗り出す。

 興味と疑問と憧憬が、いっせいに顔を出したような顔だった。

 

「あの、翼があって赤くって、鱗があって火を吐くヤツかよ?マジでいるのかよっ!?オレ、ドラゴンの背に乗って飛ぶのって長年の夢でっ」

「こりゃこりゃ落ち着け!だいたい竜の背に乗って翔ぶなぞお伽噺の勇者くらいじゃて・・・それに赤いのは”紅竜”じゃな、青い”蒼竜”とつがいになって最近たまにこのあたりを翔んでは巣に戻っていくんじゃよ」

 

「翔んでるって、オレらが見なかったのって」

「そう」

 

 軽く頭を抱え、ウィルウィルはため息を吐く。

 ロイズは伝説やおとぎ話に聞く伝説の存在の実在、その邂逅に興味が尽きないようで、前のめりのまま彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「巣に戻っておっただけで、うっかり見つかってたら黒焦げか、もしくは氷漬けにされてたじゃろうて。運が良かったな・・・いや、悪かったのか?ともかく、本来は何十年も先に目を覚ますはずの竜がなぜか数日前に目覚めての、それで」

 

「眠りを妨げられて機嫌が悪い、ってところかい?」

「黒兜は察しが良いの、まあそんなところじゃけん。おかげで地上の結界を緩めて空中に張りっぱなしにしておるでの、まあ、そのせいでお前さんらが入ってきたんじゃろうて・・・そこを考えると今すぐ追い出すのは寝覚めが悪いの」

 

 わしゃわしゃと長い、白みがかった金髪を掻くウィルウィル。

 そんな矢先、今まで聞くに徹していたアルが声を上げた。

 

「ねえ長老さま、アタシ、竜って本でしか聞いたことないんだけど、どんな相手なの?」

「おや、亞人返りのお嬢ちゃんかい?珍しいねぇ、どれどれ答えてやるか・・・そうだねえ、飛竜はあれの子供みたいなもんで、地竜は好戦性もなければ草食べて暮らしてるような無害なヤツ・・・一方で紅竜と蒼竜は」

 

 ウィルウィルは両手に違う色の炎を現出させる。

 

 ためしにアルが手のひらを近づけてみると、赤い炎は確かな熱さを、青い炎はひんやりとしていて、しかし青い炎は手を入れてもそれ以上の感覚は得られなかった、つまり無害なのだ。

 

「蒼竜はメスでの、たまに紅竜の後ろを飛んでいて何もせん、ただし紅竜に危害が加われば容赦なく攻撃をしてくるでの。おおよそ高位魔法程度の吐息は身も心も凍るもんじゃから普通は生き残れん、害悪じゃ」

 

 青い炎が勢いを増すと、アルの手が凍り付きそうになる。

 あわててアルが手を引くと、そこには氷の結晶が浮かんでいた、突然の有害さに、アルはうー、と唸って手を温める。

 

 ウィルウィルは軽く笑って彼女の手に治癒の魔法をかけてやったあと、また話を続けた。

 

「更なる問題は紅竜、オスらしく餌を集めるのが仕事じゃが・・・その区別がないんじゃよ、野生動物も、魔獣も、人間も構わず取って食う、おまけに大木のごとく巨躯を満たすために必要な食事がわかるか?そんなものだから、大抵は追い返されない程度の軍事力を持つ街や村を襲って人を喰う、最悪じゃ」

「は、はへー・・・運が良かったぁ」

 

「じゃろ?そんなんじゃから、二百年程度の休眠期を経て目覚めるたびに、討伐するか追い返すんじゃよ。王都の一級魔術師や剣神が出張ってな、まあそれでもごくまれーに飛竜からそこまで成長するヤツがおるから堂々巡りじゃのぅ・・・ともかく、災害みたいなもんじゃて、神に愛された一部の人間しか、抵抗する術を持たぬ」

 

 言い切る。

 

 長い歴史が証明していると、竜の脅威をよく知っているのだと。

 そう目で答えていた。

 

 

 そんな最中、ティコはロイズを見る。

 ロイズはそれでおおよそ悟ったらしく、少しだけ考えてから答えた。

 

「・・・”対抗できる兵器さえ無ければ、街一つ滅ぼせる”」

「なんか聞き覚えあるよなぁ?相棒」

 

 ロイズは、視線を下へ下へとずらす。

 そこにあるのは修繕したとはいえ傷の残る、白銀色の鎧、パワーアーマーT-51b。

 

 それに目を向けて、またロイズはティコに目を向けた。

 

「いや、ちげーだろ、パワーアーマーとドラゴンはちげーだろ」

「でもあっちは空飛ぶ戦車、こっちは歩行戦車だぜ?いい勝負になるとは思わねぇか」

「違うって!絶対違うって!ドラゴン倒すにはこう・・・勇者の剣的なのが絶対に―――」

 

「勇者でも魔王でも構わんから、そろそろ身の振り方を考えてはどうかのぅ、わしとしては・・・おろ?」

 

 二人の会話に首を突っ込み、解答を急がせようとするウィルウィル。

 だが彼女の視線が、別の何かを捉えて止まった。

 

 そこにはテッサがいて、首を傾げていた、きょとんとしてそして、彼女も何かを思い出そうとしているような素振りだった。ウィルウィルは彼女に指を指し、そのままにかっと笑って何らかのジェスチャーを送る。

 

 たぶん、二人にしか分からない、エルフにしか分からない荒唐無稽なジェスチャーがあるのだろう。ティコ達は、そう勝手に納得すると二人の行く末をただ見守ることに徹したのだ。

 

 

 すると―――

 

「・・・ああ!」

「思い出したかテッサちゃん!?」

 

 指をぴんと立て、そのままウィルウィルにテッサは送る。

 近づいていく二人の指、それはぴたりと合わさると、テッサの嬉しげな笑顔になり変わった。

 

「ウィルおばあちゃん、ああ!思い出した!実家の方でよく遊びに来てくれてたウィルおばあちゃんでしょ?ボクのこと覚えてくれてたの!?」

「小さいころだったのによく覚えていて・・・嬉しいのぅテッサちゃん!久しいのぉ、こんなに大きくなったものだから最初はわからなかったんじゃよ、いやぁ~・・・テッサちゃんが遊びに来てくれると知っていたならちゃんと準備して待っていたんじゃがのぉ・・・少しボケたかなおばあちゃん」

「ボク以上の知識の宝庫が何を言うのさおばあちゃん!それに実家から勝手に出てきて、ここにも偶然寄ったんだよ、ボクもウィルおばあちゃんがいるって知ってたならお土産持ってきたのに・・・あっ、こんなのどうかな?弾丸キーホルダーって言って、ロイズが作るの得意なんだけど」

 

 ティコの首元にかかった、ロイズお手製の9mm弾キーホルダーを見せつけテッサはなおも勢いを止めない。それはウィルウィルも同じで、周囲を囲む皆に次から次へと疑問を抱かせるには十分すぎた。

 

 最中、最初に口を開いたのはアウルだった。

 彼は再三小突かれそうになるも、三度目の正直、今回だけは手前で停まった。

 

「長老、お知り合いですか?」

「知り合いも何も、友人の娘さんじゃよ!いやぁ久しくて泣きそうじゃよぉ・・・今お母さんは何をしとるんじゃ?そろそろ好き者な被り物を、まともなものにしとると思うんじゃが」

 

「とても民に慕われる者として、今も(まつりごと)に興じています。エピロス姉様は寝てばかりだし、クレタ姉様は浪費癖があるしでボクにとっては母が一番鼻高々です、おばあちゃん。おばあちゃんこそ何でこんなところに?」

「まあちと、腰を落ち着ける場所と・・・あとはまあ、ちと役割をな、っと」

 

 ウィルウィルはニヤケ顔のまま、テッサを見てはいししと笑う。

 彼女は続けてアウルを呼ぶと、やっぱり、その頭を軽く杖で小突いた。

 

「なにをしとるか!宴の準備をせい!テッサちゃんたちの持ち物も返してやれ!」

「で、ですが!」

「調べるならいいと彼らも言っておろう?それに!友人の娘が数十年振りに会いに来てくれたんじゃ、もてなさんでどうする、長老の名が廃るわい!さあ戦士たち!村の女どもに呼びかけて今日はたっぷり飲んで食え!食料庫がたんまり余っておったろう?わしが許可する!」

 

 長老の一喝に、アウルは不服そうにしながらもそれを無視し、戦士たちは嬉し半分に尋問所から出て行く。

 

 ウィルウィルはまたティコ達に振り返ると、その中からロイズを見つけて見やった、少女、それもアルとそれほど変わらない見た目であるのに、慈愛と包容力に包まれた笑み。ロイズはつい、また頬杖をついていた姿勢から正して彼女の目を見る。

 

 にこり、と笑われると、ロイズはつい照れ隠しに頬のキズに手を当ててしまった。

 

「ロイズ君だったかな?”だんがんきーほるだー”、楽しみにしておるよ」

「えっ、は、はいっ!イエッサー!」

「君たちもありがとう、テッサちゃんをここまで連れて来てくれて・・・積もる話をぜひ聞かせてもらいたい、わしの家の一番いい客間を貸そう、たっぷり休んで夜は宴としようじゃないか・・・夜は長いぞ」

 

 その言葉を最後に、ウィルウィルは立つ。

 そのままアウルに彼らの案内を押し付けると、すうっと消えるように外へと出て行った、残された面子はひとまずと、身の安全と休める場所を確保できたところに安堵したのである――― ただ一人を除いて。

 

 

『宴ですか?パーティーですか!?なんとも素晴らしい!ぜひ私のハンディ流宴会芸108式・・・ああいえ、ガッツィーになってからは容量を圧迫されて8式くらいなんですが、それをお見せする機会がこうもそうそう得られるなんて!ティコ様、ロイズ様、今宵はぜひ私にお任せに・・・ああ!アウル様!なぜ頭を掴まれるのですが!痛い!離して!』

「カラクリ人形め、お前も十分に調べてやる!」

 

『ああ!そんな殺生な!私のレーザー・ウォールアートや人体切断マジック、火炎放射くぐりを・・・ああっ!助けてロイズ様!ロイズさまぁ!』

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 しとしとと、雨が降る。

 

 集落の中央あたり、長老の屋敷は唯一樹に併設されていない完全人工の木造家屋であり、それゆえ集落でも目立つものであった。他の家屋に比べ低い位置に陣取るにも関わらず目立つこの場所に、ティコ達は招かれたのである。

 

 

 宴は、盛況のうちに終わった。

 

 長老の友人が多種族の、ムーンエルフであることにやや素直に喜べない顔をする者は多少いたものの、ほんの数日前からとはいえ非常時、うかつに外にも出られず、外部からの商売人も期待できず今後フラストレーションが溜まることが想定されていたために誰も彼も、”最後の晩餐”にすべく楽しみに興じたのである。

 

 祭りの片付けを手伝い、集落の住民と少しばかりの交友を楽しんだ末、ティコ達はあてがわれた部屋に腰を落ち着け、一息をついた。屋敷といっても一世帯用、さほど大きくないものであったから一室のみであったが、ここにいるのは苦楽を共にした仲間、それに年代も種族もバラバラだ、間違いなど起こりようがないのである。

 

 

 世話好きなアルは片付けをずっと手伝っていたためにくたくたで、既に寝静まっている。ロイズは、しこたま赤ワインを飲んでダウンした相棒をベッドに横たえてやると、窓へと歩いて行く。

 

 ティコがベッドに横たわると、アルが無意識か起きているのか、ふらふらと寄って行き、彼の布団にもぐりこんだ。ロイズはそれを見て見ぬふりをした。

 

 窓枠には、テッサが背もたれかかりながら窓の外を見ていた。

 窓は閉まっているから、降り注いだ小さな雨粒がしとしとと、ガラスを打ち鳴らす。ガラス窓は濁りが強い技術的に未熟なものであったから外は見えない、にも関わらず、テッサはただ、指に赤ワインのグラスを挟んだまま、窓を打ち鳴らす雨だけをずっと見ていた。

 

 儚い美しさ、それを感じずにはいられない。

 ロイズはその感情を押し込めると、彼女に声をかけた。

 

「寝酒を嗜むタイプっては思っちゃいなかった」

「飲まないだけで、飲めはするのさ。ただどうも、頭がぼうっとする感覚ってのが好きじゃなくて・・・今回はただ、美味しさがそのイヤーな感じを上回った感じかな・・・これ、すごくいいよ」

 

 テッサは一口グラスを傾けると、足を縮めて窓枠を半分ほど空ける。

 『どうぞ』と呼ばれるとロイズは、窓枠に腰掛けた。アーマーは脱いでいつもの春服姿になっていたが、彼女に比べるとずっと大きな身体だったから、普通に座っただけですっぽりと空いたスペースが埋まってしまった。

 

「あー、よく分かるわ。オレは飲めねーだけなんだけど、タバコや酒勧められると断ってる」

「君は研究畑の人間だったっけ?こういうのは一瞬だけ、自分を壊したい時に楽しむものさ、タガを外して自分を解放するためにね。だから使い過ぎると取り返しがつかなくなるんだけど、壊すのは簡単だけど、直すのは難しいからね」

「直すのは、難しい、か」

 

 ロイズはちらりとテッサへ目を向けた。

 

 彼女はそのほっそりとした太股も、そこから覗く下着も、肩紐が半分外れかかった姿も、隠そうとはしない。年齢を経るとどんな知的生物でもこうなってしまうのか、とロイズは嘆きつつも、どこか申し訳ない気がして目をどこかへと逸らした。

 

「男は夜分に狼になるってパラディンが言ってたぜ」

「君なら大丈夫だろう?騎士(ナイト)さん」

 

「だからスクライブ(刻みつける者)だって・・・」

「君がボクに刻みつけてくれるの?それは・・・悪くないかなぁ」

 

 返す言葉言葉にあっけにとられ、からかいに困り顔をするロイズ。

 テッサはくすくすと笑うと、足をたたんで窓を軽く開く。

 

 わずかに雨粒が部屋の中に入ってきて、彼女はすぐ窓を閉めた。

 

 

「・・・結界が雨風を受け止めてくれてるみたいだけど、これじゃあ明日の昼まで続くかな」

「カリフォルニアは乾燥した場所だから、たまに降る雨をバケツに貯めて地上の水源に混じって汚染される前に蓄えとくってのはよくやってたけどよ、こっちじゃそんなのねーのな。空から何万ガロンも降ってきたのが全部飲み水に出来るって・・・夢みてー、あー喉乾いてきた」

 

「ワインはもっと乾いちゃうからやめておきな、っと・・・そうか、君の故郷か」

 

 テッサはワイングラスを少し揺らす。

 赤い水が揺らぐ、その様に、ロイズはほんの少しだけ故郷を思った。

 

「そういえば、君たちの正体を明かされてからは改めて初めてだね、こうやってゆっくり話すの」

「・・・前は忙しかったし、色々あったし」

「忙しかったねえ・・・出先で戦争に巻き込まれるなんて、さすがに思ってなかったよ。死者も出たし馬鹿にするわけじゃないけど・・・君たちと出会ってからはいい意味でも悪い意味でも、退屈だけは決してしない。どうしてか君たちの側にいると災難も幸運も、まとめて降りかかってくるんだろうかね」

 

「オレが不幸体質なのわかって言ってるだろ」

「じゃあボクの幸運体質と合わせてかな」

 

 軽く笑ってワイングラスを揺らし――― テッサはそのまま、ロイズの口元に押し付けた。

 

 流れる度数の高いアルコールがわずかに喉を通り、ロイズの腹の中へ消えていくとやがて、吸収されて脳髄を震わせる。

 

 唐突な少女の行動に、ロイズはあわてて口を噤みアルコールのこれ以上の侵入を拒否しながらワイングラスを手で追っ返す。グラスの中にあった液体は、残っていたうちの三割ほどがロイズに飲まれていた。

 

「ッ!何すんだよテッサ!」

「積もる話でもしようかってさ、それならボクだけがシラフなんて・・・ずるいじゃないか。お互い感情さらけ出していこうじゃないのさ、それに、君が酒精に弱いことなんてリサーチ済みだしね」

「っ、うう・・・」

 

 体質から言うと、ロイズはかなり酒には弱い。

 ティコが『一杯だけ』と誘っても断る程度には全く飲めず、というより、彼はまだまだ若干17歳、近いうちに18を迎えるが、それでも大人と子供の中間を彷徨う青年だった。ウェイストランドじゃあ酒に関する締め付けは緩いが、それでも彼は断固として飲まないタチだった。

 

 ロイズはそれでも仕方なしと、自身もまた楽な姿勢を取る。

 テッサは嬉しげな顔をすると、話を始めた。

 

 

「改めて、君の故郷について聞きたいな・・・水も無いくらい、荒涼とした土地なのかい?」

「ま、戦争でな。でっかい戦争だよ」

「・・・大きいねえ、極大魔法が何十も街に打ち込まれるような、そんなものかい?想像もできないけど」

 

 テッサは頭のなかで、天から降り注ぐ星の屑が城塞をクレーターにする情景をぼんやりと思い浮かべる。ロイズも同様、だが彼ははっきりとその景色を思い浮かべ、そして、彼女に向かって首を振った。

 

「ちげーな、一発だ」

「いっぱつ?そんなもので?」

「一発ありゃ街一つ滅ぼすにゃ十分、そんな兵器が天から降り注いだんだよ、それこそ何万発も・・・もう200年も前の話だけど、その爪痕が今も俺達を苦しめ続けてる。火の壁が水を奪って、熱の嵐が空気と雲を奪った、昔や東に比べりゃマシになったらしいけど、それがずっと続いてんだ」

 

「・・・それこそ想像できないなぁ」

 

 テッサの想像はますますおぼろげになり、やがて消える。

 ロイズは、想像なんてしなくていい、と彼女に言うと、今度は自分から話し始めた。

 

「200年前、オレらの世界は全盛期だった。金を入れれば人もいないのに商品の出てくる装置、身の回りの世話をしてくれるロボット、超音速飛行機、ICBM・・・パワーアーマー。なんだってあったんだ、けど一つ欠けてきたモンがあってさ」

「・・・おっと、言わないでくれ、当ててみせるから」

 

 テッサがロイズを止め、考える。

 ほんの数分考えをこじらせたあと、彼女はぴんと来たように答えた。

 

「―――それらを使うのに必要なものだっ」

「っ、ははっ、アバウトすぎんだろ答え!でも当たってる、”石油”ってのが無くなって、今までの生活が立ちゆかなくなったんだよ。それで代替エネルギーの開発が間に合わなくって、そのうちに国家間の関係もこじれて、それで・・・」

 

「その兵器を、用いたと」

「まあよ」

 

 ロイズは瞼を閉じる。

 瞼の裏では、世界終末の日、VRシュミレータで何度も見た景色が浮かんだ。

 

 世界が一度終わった日、そして自分たちの生きるウェイストランドが始まった日だった。

 

「オレたちはその後に生きた人間の子孫でよ、かつての時代とは言わないまでも彼らの遺した”技術”ってのを求めてんだよ。本部の連中には忘れちまってるヤツも多いけどよ・・・それでも、無法者から技術を取り上げてやって、正しく使ってやることが世界を救うことになるって信じてる」

 

 熱弁するロイズは、拳をぎゅっと握る。

 目の輝きは、少年のそれだった。夢見る、それの。

 

「・・・長くかかりそうだねえ、しかし、あの”異界の魔獣”ってのもいるんだろう?大変だよね」

「あれも旧時代の人類の遺産だよ、だからオレら、ああいうの倒してきただろ?オレらの世界の負の遺産なんだから、オレらが精算するのは礼儀ってよ。デスクローみたいなバカにならないのもいるけど、見過ごしたらきっと誰かが死ぬ、そんなの――― 不調法ってヤツだろ」

 

「ふふっ」

「どうしたよ」

 

 軽く、嬉しげに笑ったテッサにロイズは聞く。

 彼女はグラスをもう一度傾けると、ほんのり赤くなった頬のまま彼に向いた。

 

「いや、君って本当に真っ直ぐだと思ってさ」

「っ、バッカ何言って・・・あっ、それより万が一向こうに行っちまうようなことがあったら絶対にそのへんの水は飲むなよ!?放射能に汚染されてたら身体壊すじゃすまねーから、それと―――」

 

「―――ほうしゃのう、に関してはまた置いておいて」

 

 ロイズは急に口元に何かを押し付けられ、また困惑する。

 だが見れば、それは再三のグラスではなくテッサの指だった。

 

 彼女の細く、白い指先が彼の口を噤んでいたのだった。

 

 

「・・・そろそろ、君も質問したいんじゃないかな?」

「・・・お前、ほんとジゴロ」

「うーん?」

 

 意図せぬ魔性、触れる指先も、意地悪そうに細め気味の目元も。

 目の前の”月の民”にロイズは軽く悪態をついて、指をそっと離した。

 

「ま、聞きたくねーってなら嘘になるから単刀直入に言うけどよ」

「なになに?なんでも聞いてよ」

 

「あのチマいエルフとどういう関係だよ?」

 

 率直に、聞く。

 

 テッサはもっと大きく難解な質問をぶつけられることを期待していたのか残念そうで、しかしまあ、聞きたくなるよね、と納得したように顎に指を添えると、畳んだ膝を両手でつかむ。

 

「まあなにさ、母方の友人ってところかな、昔遊んでもらってたってだけの」

「昔って・・・どれくらいだよ?」

「五、六十年前だったと思うよ?」

 

「んぁ?」

「え?」

 

 ロイズがすっとんきょうに裏声を上げる。

 テッサも同じくし首をかしげるが、しかしロイズはしばし間を開け頭のなかでこの世界と、自身が持つ常識の齟齬をもう一度よく噛み砕いてから納得した。

 

 

「お前が七十越えの婆さんってこと忘れてた」

「さすがに怒るよロイズ。一応人間的には三十差し掛かるかってとこなんだけど」

「・・・何かお前見る目変わりそう」

「無礼な、そらそらっ」

 

「やっ、やめろって、いた、いふぁいっ」

 

 怒り顔、しかし口元は笑い、テッサはロイズの頬をつねる。

 自分に非があるのが分かっているから、ロイズも突っ返せない、おまけに彼女は非力だからちっとも痛くないのだ。二人はしばしその戯れに興じたのち、テッサが飽きてやめるとようやく開放された。

 

 テッサはまた、言葉を紡ぐ。

 

「あの人が今なんの事情でここにいるかは知らないけど、でも昔は結構お世話になったんだ・・・あの人は確か、もう七百歳を超えてたと思う。だから知識や造詣が深くてさ、この姿に育って間もないころ、よくご教授願ったものさ」

「ななひゃく・・・」

「ホーリーエルフでもかなり長寿だろうね、たいていは長い人生に飽きて自害するか、その前に何らかの事情で死ぬか、たまーにだけど未来に希望を託して自分を封印する好き者もいたりするんだけどね」

 

「・・・ホーリーエルフやっべぇ・・・やっべぇ」

 

 コールドスリープという単語が出てきて、ぷつりと途切れる。

 語彙すら出てこない、といった様子でロイズは頭を抱え、テッサはその滑稽な姿にくすっと笑うと、また続けた。

 

「魔法、世界、歴史・・・そうだね、例えば君の教えてくれた技術、異世界、その歴史、それはきっと”未来の知識”なんだ。それに対してあの人の教えてくれたものはきっと、人々が紡いで、忘れないようにしてきた”過去の知識”なんだろうと思うよ」

「過去の・・・オレらにとっては、全部過去だけどよ・・・なんか」

「ボクが君の持つ知識に興味を持ったのは、その点もあるかもしれないね。いつしか過去の知識を受け入れ今につながったボクは、次に未来へ手を伸ばすことを目指した――― 知りえぬ、この世界よりも長い歴史を持つ世界の知識を」

 

「教えられることは多分ZAXのが詳しいと思うけどな」

「君の方が話してて楽しいんだ、たまにくらい付き合ってよ」

「悪かねーけどさー」

 

 長いんだよ、とロイズは愚痴る。

 テッサはそれにちょっとの反省を覚えて、それでも、諦めないぞとロイズに告げる。

 

 

「ともあれ、知識に明るく智慧もあり、長生きで・・・身体は育たなかったみたいだけど、そんなお人さ。話し好きだから知りたいことがあったら聞きに行ってもいいんじゃないかな、嫌がられはしないと思うよ」

「おう考えとく・・・っと」

 

 

 会話がぷつりと途切れ、二人の視線は移動する。

 窓に当たる雨がほんのすこし強くなった気がした、気のせいだった。

 

「・・・空、どうなるんだろな」

「きっと晴れるさ、止まない雨はない」

「そっか、そういえばよ」

「うん?」

 

 首を可愛らしくかしげ応えるテッサ。

 ロイズは頬の傷を軽く掻くと、窓を軽く空けて天蓋を見上げた。

 

「竜だっけ、なんとかなるよな」

「ここに来て不安なの?大丈夫、結界の内にいる限り見つかりはしないよ。それで時期が来て人々に紅竜の存在が知れれば、王都から腕利きが揃ってやってきて倒してくれる。ボクたちはもうしばらく、それを黙って見てればいい」

 

「だよな、安心した、だってさ」

「うーん?」

 

 軽く俯き、ロイズ。

 首をかしげ、テッサ。

 

 

「オレ、不幸体質だし」

「じゃあボクは幸運体質さ」

 

 対になる言葉、その応酬、二人はおかしくなってきて、つい笑い合う。

 テッサはもう一度グラスを傾けるも違和感に気付く、中身は既に空であった。

 

 ロイズは立ち上がるとテッサに手を伸ばし、グラスを受け取る。

 

「持ってくら、コーラでいいならしばらく付き合ってやるよ」

「ふふっ、じゃあボクも同じものを頼むさ」

 

 

 テッサは窓をつたう雨粒をなぞり、微笑む。

 離れていくロイズに、彼女のつぶやきは届かなかった。

 

 

 

「―――きっと大丈夫さ、ボクらなら」

 

 

 

 


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