トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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たぶん今まで一番長いです。

11/22変更:街が小さすぎたのでちょいと拡大。


パラダイス・フォール
第二章:パラダイス・フォール 1話


 春うらら、温かいそよ風が旅征く者の道筋を示し、程よい陽光が明るく照らすそんなこの季節。

王歴626年は4月22日、この”世界”の人々が豊穣神の月と呼び、安息日とする日でもある。

 太陽の恵みはお腹も財布も膨らませるし、日々の疲れも家族と過ごす一日で癒やす、家族が身近にいなくても、窓の外の日差しをつい見てしまえば一筆手紙を送りたくもなるだろう、拝啓お母様、私は今違う世界にいます―――そんな日。

 

 青々と茂り地平線まで広がる草原を突っ切り、一直線に伸びる道。

舗装されてこそいないが旅人が、商人が、兵隊が、あらゆる人が繰り返し歩むたびにに草がはげ、いつしかこの地域を統べる都市、領都サンストンブリッジとその庇護を受ける村々をつなぐ街道となったそこには、今日も人の足跡が刻まれていた。

 

 

 ―――否、よく見ると、刻まれた足跡はある地点を軸に途絶えている。

 

 見ればそこには白くて丸い、がっちりとした作りをしたキャンピングカーのキャンパーがひとつ、二本の尻尾をゆらゆらと揺らす牛の家畜、モートにつながれ荷車としての役目を果たしている。

 燦々と照る太陽はモート、ブラフマンの肌にほどよい暖かさを提供し、その心地よさに目を細めながら道端に生えた草をもっしゃもっしゃと口に運んでいた。

 

そして彼らの飼い主たる二つの影。

片やトレンチコートをなびかせ、手に持つ45口径リボルバーで敵を打ち砕き幾度と無く砂漠を越える長い旅を経験してきた不死身の男、グール、レンジャー・ティコ。

片や白銀のパワーアーマーを陽光に輝かせ、両の拳で敵を打ち砕く。研究担当スクライブ、今日もパンチの研究ぬかりない、スクライブ・ロイズ。

 

 快進撃を続ける未来のヒーロー。

そんな彼らは今まさに、ご機嫌そうに雑草を頬張るブラフマンと荷車の隣で―――

 

 

 

―――倒れていた。

 

 

 

 事の始まりはサンストンブリッジまであと32000ヤード(30km)を切ったあたり、コンパスがあれば迷わないだろうと高をくくったティコが寄り道しようと道を外れ、小さな滝を探し当てて久方ぶりのシャワーを謳歌していたこと。

 

 焼けた皮が染みるティコでも、地下バンカー育ちでシャワーには困らなかったロイズでも、溢れる水を頭からかぶり身体に染み付いた臭いや汚れを落とすその瞬間は心地よく、乾いた心にもうるおいをもたらし旅のモチベーションを維持してくれる。

 そんな出来事があったからだろう、さっぱりとし気分を良くした一行は、次はあっちが、いやあっちが、そっちがいいのではと荷車を引いてあちらこちらに赴いた。

子供が大きなショッピングモールを探検するかのような心で二人は歩き、目に耳に、新鮮な情報が入る楽しみに心を震わせた。そしてふと、気がついた頃には―――

 

―――迷っていた。

 

 狂う磁場、位置の違う星々、妖精さんのいたずら、果たして太陽はここでも東から昇るのか。

食べ尽くした果実の山、腐るほどある弾薬、しかし食料箱がわりの冷蔵庫には電子ロック。

キーピックを入れる穴がない、電子ピックなんてあるはずない、ファンを壊すか?それはまずい、開かない、メシがない。

 

 ようやく死活問題を理解した二人は顔を青ざめ、勘と記憶を頼りに道を引き返す。

そしてしばらく、実に出発から一週間が経過した日、空腹と疲労をおさえてなんとか街道へとたどり着いたのだった。

 

 

 ひとつの目的を達成したことでどっと疲れがわき倒れる二人。

 その目で天を仰ぐ白銀鎧の騎士と、地面に鼻先をこすりつけぴくりともしない黒衣のレンジャー。

 もうダメだ、疲れた、腹も減った、水はたぶん残ってるがもはやそれでは腹は膨れない。

 きっとこのまま日が過ぎ、週が過ぎ、月が過ぎ、自分達は次第に土に埋もれていくのだろう。

 きっとそこにはいつかどこからかやってきた小さな種が豊富な栄養を基に芽を吹かせ、雨や風にも負けず大きくなっていき、根を張らせ大きくなっていくのだろう。そしてそこには人が集まり、村が、街が、都市が誕生し・・・誰かがいい名前をつけてくれるといいなぁ。

 そういえば日が熱い、たぶんそうなる頃には隣で一緒に倒れてる奴はギンギラギンのアルミホイルに巻かれたようなムニエルになってるだろうか無駄死じゃないぞ、大きな木の根本をいたずら小僧が掘り返した時なんかに一緒にパワーアーマーが掘り出されて、どこかの胡散臭い学者先生が盛り上がるかもしれないがそれはそれで悪くない。

 そして掘り返されたご神木には更に下があり、根本にもう一つの死体があることに気づき誰もが手を合わせこう言うのだ、”偉大なるレンジャー・ティコここに眠る・・・”と・・・ああ腹減ったなぁ・・・。

 

 

意識は薄れていき、至近に見える土の色もますます色を減らしてゆく。

腹の音は既に鳴ることすら諦めており、指先も震えだす―――そして、そして―――

 

 

「おや大変だ・・・こんなところで商人さんが倒れておられるとは」

 

 救世主が舞い降りた、少なくともティコにはそう思えた。

残った塵芥のような体力を振り絞りがばっと起き上がると、声の主に振り向く。視線の先にいた救世主、やや太り気味で、ヒゲを生やし仕立てのいい服を着た、身なりの良い男。宝石の埋め込まれたネックレスと金の刺繍のされた帽子をかぶる裕福そうな男は、ティコの姿を目を細め見下ろしていた。

 

ティコは声を絞り出す。

 

「―――食い物を・・・」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「うめぇ・・・!うまい・・・!おいしい・・・!」

「本ッ当に助かった!恩に着るキャラバン主さん!」

「キャラ・・・?ああ、旅商人のことですか?いえいえ構いませんよ。私はボクソム、主に宝石類を取り扱う商人です、同じ商人として放っておけませんでしたので・・・それよりも」

 

 ゆっくり進むボクソムの荷車に並走しながら、パンと水を必死に口運ぶティコとロイズを見てにこやかに微笑む商人ボクソム。しかしキャンパー荷車の方向へ振り向き、その顔が彼らから見えなくなると彼は目を細め、ブラフマンに引かれるキャンパーにじっくり目をやる。

 

「・・・これほどの魔道具の数々、さぞ名のある商人とお見受けしました。どちらから運ばれてるので?」

「ああ、Brotherhood of Steelが持ってるロストヒルズ・バンカーさ・・・とんでもなく遠いがね、海を越える程度じゃ済まないぐらいには・・・。俺はティコ、こっちのデカいアーマー来てる兄ちゃんがロイズ。俺は取引相手のNCRで、Brotherhoodに所属してるのはこいつの方さ」

「ブラザーフッド・・・エヌシーアール・・・聞き覚えがありませんねぇ、違う大陸の商会か何かですかねぇ」

「まぁ・・・商会ってよりか軍隊に近いな・・・これだけの装備があってもまだ足りない戦争してるってくらいには」

 

 にこやかな笑顔でそれとなく話を振るボクソムに、ヘルメットの頭頂部を押さえ深かぶりしながらティコは答える。そこに触れてはいけない事情、しかし商機があると察したボクソムは、

 

「もし取引するようなことがあれば、一言口添え頂いても・・・」

 

とだけ聞き、ティコも一言「帰れたらな」と答え再び水とパンを口に運んだ。

 

 

 

 それからしばらく、ボクソムの案内と正常に戻ったPip-boyのコンパス―――ボクソムはこれにも目を光らせていたが、のおかげで無事残るところ領都サンストンブリッジまで5000ヤード(4.5km)、を切った。

 このころにはもう、領都サンストンブリッジの広く伸びた城壁が地平線の先に見えてくる。双眼鏡を覗きティコがより拡大して見るが、目測でも端から端まで2kmに届かないぐらいと取る。遠近感から円形をしているのも見て取れたため、仮に真円にできているならおよそ314ヘクタール、現実の地球で言うなら、日本の国営武蔵丘陵森林公園よりやや大きく、ニューヨークのセントラル・パークより小さいといったところだろう。

 

「村で教えてもらってはいたけどよ、ここまでデカいとは思わなかったぜ・・・端まで3.5kmはあるんじゃねーか」

「この地域では・・・いえ、この王国でも王都や港町のポート・ピティーに次いで大きい街ですからね、驚くのも無理はないでしょう」

「3.5kmで円だとすると・・・戦前のストリップ地区が7km程度だからだいたい・・・」

「お前やっぱスクライブが天職だ」

 

 街が近づいてくるにつれ、マントを羽織り帽子で日差しを避けながら歩く旅人や、荷車に商品を山積みにし護衛の傭兵に囲まれ歩く交易商、そんな主人に恵まれず職を探して街を目指す傭兵など様々な人が見受けられるようになってくる。

 

 ―――だが、更に近づくにつれ、様子が変わってくる。

 

 道行く人はいつしか、街に近づいてくるのではなく離れていく道筋をたどり、その足は速い。むしろ中には全力疾走をしている者もいて、ちらほらと血を垂らす怪我人も混じっていた。

 

「怪我してる人がいる?街で何かがあったのか?」

「なんだぁ?少し騒がしい・・・いや、様子がおかしいな、喧嘩なら当事者同士が流血するだけだが、逃げてくる人の数が多いし・・・なにより傷跡だ」

 

 逃げてくる人につく傷跡。

それは肩を裂かれたものであったり、鎧にへこみをつけたものであったりと千差万別。

ただひとつ違和感を感じるのは、裂かれた傷が等間隔を経て”三つ”ついていたことだ。

 

「まるで、獣に裂かれたような・・・」

「―――魔獣だっ!」

 

 逃げる一人が一行へ向けて叫ぶ。

その顔は恐怖に塗られており、手ぶらの姿はまさに全てを捨てて慌てて逃げたことを感じさせた。

 

「魔獣?確か村で話聞いたよな、確か・・・」

 

 ロイズが記憶の引き出しを探ろうとした頃には既に、ティコが双眼鏡をのぞき城門の方角を見据える。そこから見えるものにティコはヘルメットの下で一筋の冷や汗を垂らし、双眼鏡を外すとすぐに身体を動かし荷物の中から一挺のライフルを抜いた。

 

 すると、後ろでどさり、と何かが落ちる音が響く。

ふと二人が振り向くと、そこには表情を引き攣らせながら腰を抜かし、城門の方――― 突進する魔獣の方へ指を向け震えるボクソムの姿があった。

 

「ま、ま、魔獣!?なんでこんなところに・・・!逃げなきゃ・・・!」

 

 震えていた指を下ろし、立ち上がり歩こうとするボクソム。だが抜けた腰は簡単には戻らず、動こうとしては転び、転びを繰り返してしまう。

 ならば、とボクソムが見渡すが護衛の傭兵も一人残らず逃げ出しており、それを理解したボクソムはついぞ頭を抱え縮まり、荷車に擦り寄って震えるのみになってしまった。

 

「あの給料泥棒どもめ!主人を見捨てて逃げるなど・・・!ことが終わったら商会に役立たずの傭兵の名前を告げてやる!・・・だから早く行ってぇ・・・」

 

 荷車のモートもついに異変に気づき、荷車がひっくり返るのも構わず逃げ出してしまう。

しかしボクソムはそれにすら気づかず、影にしていた荷車が消えた今となってはただ地べたに体育座りをするだけ。

 

―――もう逃げられない、殺される―――。

 

 

 『ことが終わったら』という現実逃避をしようと自身に振りかかる魔の手が迫っていることなど頭は理解している。早く去ってくれないか、なんて願望ももはや無意味、脳裏に流れる商業に捧げた生涯に現実を遠ざけながら、ただ時間がたつのを待つ。

 

・・・しかしその脳裏に流れる映像にノイズが走る。

カチャカチャと鉄をすり合わせるような音が真後ろ、それも間近から響くそれが耳に通り、ボクソムはつい後ろを頭だけで振り向く。

 

 

 ―――大きな銃身を脇に持ち、鉛の308口径弾を込め余りをポケットに突っ込みスコープをのぞき、目標をセンターに入れたことを確認し口元に笑みを浮かべる男。トレンチコートを風になびかせる”レンジャー”。

 

 片や鋼鉄のヘルメットをかぶり、その右手には鋼の拳をはめ込み身体をほぐしステップを踏む”スクライブ”。

 

 

「ボクソムさんよ、あんたにゃ命を救ってもらったわけだ、だから・・・」

「これで借り返すぜ!」

 

 

彼の背後に、立っていた。

 

 

 

「相棒!スコープで確認した、奴は手負いだ!手強いぞ!」

「ヤオ・グアイよりもちょっと大きいくらい・・・どうするグール!」

「俺が撃ってスピードを落とす!そしたらお前が・・・」

 

ヘルメットの下で、笑みを浮かべ言う。

 

「ぶん殴れ!」

「合点!!」

 

 言うと同時に、空間を乾いた音が震わせる。

ティコが手に持ち、迫り来る『魔獣』に向けはなった一挺のライフル。一度目を狙ったが、振り回されるそれには当たらないと悟り足に狙いを定めたあと、.308口径のハンティングライフルが火を吹き、弾丸を放ったのだ。

 

 以前の45口径リボルバーとはまた違った、先端を鋭利に尖らせた7.62mm×51mmの弾丸、通称では.308口径弾と名高い弾丸が空気を穿ち飛翔する。この空間の誰もがその瞬間を認識できず、音速を超え飛ぶ弾丸は魔獣のその足に食い込むと、力尽きるその時まで傷口をねじり回しようやくその役目を終えた。

 

「さすがに転びゃしないか!もう一発!」

 

 ティコが引き金を引き、次の弾を撃つ。

だがその弾は魔獣の胴体へ食い込むだけで、魔獣の表情に揺らぎを与えることすらできない。

 片足の傷をかばい、もう片足をバネにして速力を維持し、スピードをわずかに落とした程度の四本足の熊の魔獣、こちらがとったアドバンテージの距離をものともしない怒涛の突進に向け、更に二発――― 魔獣の接近速度から撃てる限界の弾を撃ちこむ。

 

 三射目は二発目同様、胴体に食い込みその役目を終えた。しかしボルトを引き薬莢を飛ばし、数秒をおいて装填しすぐさま放った四発目は、撃ち漏らしていたもう片足に当たり、そのスピードを大きく減退させることに成功した。

 

「今だぜ相棒!叩きこめ!」

「よしきたぁ!」

 

 合図と同時に、アイスリットの裏側で視線を鋭くし拳を握りしめ、今か今かと出番を待っていたパワーアーマー姿のロイズが駆け出す。パワーアシスト機構の補助ですぐさまトップスピードに乗ったロイズは、姿勢を低くしたまま突進すると速力を落としながらも近づくことをやめない熊の魔獣に、勢い良く肩からタックルを食らわせた。

 

「おうわっ!?・・・まだぁ!!」

 

 勢いが相殺され両者よろめくが、それでも互いの瞳に闘志は燃え上がったまま。

毛を逆立たせ吠える魔獣に、拳を構えることで応酬するロイズ。その一瞬の意志の交錯のあと、両者の力のぶつけ合いが始まった。

 

 勢い良く振りかぶられた魔獣の腕を避け、機敏にも小出しにされたもう片腕を腕をクロスさせて受け止め”左腕”のパワーフィストで殴る。

 毛深く、分厚い皮を破ることは叶わないが、パワーアーマーの膂力とパワーフィストのプレスが合わさった二重の衝撃に魔獣は体勢を崩す。しかし身体を腕でかばい隙を見せず、その腕にもう一発のパワーフィストを打ち込もうとするが、くるりと身体をねじり避けられてしまった。

 NCRとの戦争の最中、実戦をすることはなかったが死が密接に存在したロイズは、コンマ一秒のぶつかり合いに心を湧き踊らせる。対する魔獣はその目を獲物を狩るそれから、対等な存在との死闘を演じるそれに変えると、再び姿勢を低く保った。

 

 両者の距離が一旦離され、視線が交錯する。

アイスリット越しのロイズの視線を魔獣は知ること叶わないが、ロイズの方は魔獣の、充血した瞳が放つ威圧と、覇気がびりびりと伝わっていた。

 

 

―――どれだけ時が止まっていたのか、誰も数えていなかっただろう。

 

 ほんの少し風が吹いたのをきっかけに、両者が動く。

 

 魔獣は足のバネを使い全力で跳びかかり、ロイズは姿勢を低くすると頭の中だけで一つのワードを思い浮かべた。

 

 

 左腕の戦闘補助デバイス、青いボディにグリーンディスプレイの落ち着いた色が目を引くそれ、Pip-boy3000は、本来ホロテープやホロディスクに内蔵された音声、果ては手書きのメモを転写して保管できるデータストレージに加え、GPSから電球色のまばゆいライトにマップ機能、はては健康診断まで備えている、まさしく誰が言ったか”人を堕落させる”ほどの機能を備えたデバイスである。

 

 更に旧型の2000+では外部デバイスを取り付けることによりようやく実現できたガイガーカウンター、モーションセンサーと暗号通信の受信機能が標準で搭載されていて入れたり尽くせたりである。

だが、このPip-boyには、もう一つ、”切り札”と呼べる機能が存在する。

 

 

『V.A.T.S.』

 

 

 装着者と機器を”接着”するバイオメトリクス・シールにより、思考を読み取ったPip-boy3000がその機能を解放する。

 製作会社であるVault-Tecの名を冠したその機能、Vault-Tec . Assisted . Targeting . System。それはまさに、戦闘行動において最重要となる『速さ』そして『正確さ』を装着者に提供するのだ。

 

 目が充血し、頭痛がしだすと同時に、神経が極限まで緊張し、目の前で動く魔獣の姿が、周囲がゆっくり動くようになっていく。

だが自身の身体だけは、その時間から切り離されたように――― 厳密にはややゆっくりになっているが、高速で動く。

飛びかかる魔獣の顔が、牙が、飛び散る唾や指の微細な動きが手に取るように見える。

 

 姿勢を更に低くし、飛び込んでくる魔獣の真下に潜り込む。ふと見ると、魔獣の目がゆっくりだが自分を捉えていて、その腕が身体を庇おうと腹へ伸ばされようとしているところが見えた。

 

―――だが遅い。

 

 右の拳を握り、大地を蹴るとロイズは翔ぶ。

この瞬間に達するまで決して使おうとしなかった一撃必殺の拳、右手に嵌めたハイテクフィスト。

 

『爆殺フィスト』

 

 機構はパワーフィストと似たようなものだが、決定的違いとして本来パワーフィストのプレスが取り付けられていた部分が、二本の筒に変えられている点が挙げられる。

 

 拳が魔獣の腹に食い込み、指先にメリケンサックのように取り付けられたボタンが押されると、爆殺フィストの内部機構の撃鉄が、二本の筒を――― そう、まるでダブルバレルのショットガンのようになった部分を後ろから叩く。

 

 刹那、ロイズの右拳の先から大爆発が起こり、魔獣の身体に穴が穿たれる。

拳の先の二本の銃身、ダブルバレルになったその銃口から、ゼロ距離にて放たれた弾丸は先に放った弾丸と同様、ライフリングを通して得られた回転により魔獣の内臓をねじり、抉り、乱暴に破壊すると、ロイズが腕を下ろし、魔獣が地面に横たわるのと同時にその役目を失った。

 

充血した目が戻り、世界が再び動き出す、その感覚に少しふらつくと、ロイズは膝をついた。

そんな彼に手を差し伸べる者が一人。誰もたった今までの、人知を越えた格闘に動けなかった中でたった一人、黒衣のレンジャーが手を差し伸べた。

 

「お疲れだ相棒、今のV.A.T.S.だろ?身体はなんともないか?」

「頭痛いし少しダルい・・・こんなのをVault育ちの英雄達ってのは使ってたのかよ・・・でも今は・・・」

 

 手を取り立ち上がると、ロイズは膝に手をやり息を整える。

そしてすっくと立ち上がると、目を閉ざしながら空を見上げ、一言つぶやいた。

 

「疲れた」

 

 そのままふらりと倒れる。

慌てる”相棒”や事態を察して集まってきた他の人々に囲まれながら、ロイズは気持ちの良さそうな寝顔を浮かべていた。


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