トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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 どうも、中西部B.O.Sとエンクレイヴ総司令部が手を組んで連邦と戦っている場に放り込まれるのがFallout4のストーリーだって夢を見ました、夢でよかった。


ないよね?

15496字。


第三章:西の森を行け 32話『ひとつめの真実』

 

 

「らぁっ!!」

 

 振りかぶられた木槌、抜けて返す一拳。

 ロイズはヘビーオーガの装甲を打ち鳴らす、その一撃は弾かれど、衝撃は鎧を通ってその身体に確かな手応えを与えるに至るのだ。

 

 続けアッパー、兜を鳴らしてやり、震えた頭によろめいたところを蹴り飛ばしてから急接近。

 

 二、三撃もたてつづけに叩き込み確かな手応えを感じたころ、ヘビーオーガが腕を振りロイズを払おうとしたところで彼もバックステップ、距離を取って再び、腹を押さえ痛みに悶えるヘビーオーガへとファイティングポーズをとって相対する。

 

 

 

 ―――弱い。

 

 ロイズの率直な感想だ、かつて相対したミスリルゴーレム、超獣ウグスト・ラゴン、そして狂化したフラティウ。殴りあってそのことごとくを打ちのめした、記憶に新しく、そしてずっと残り続けるであろう強敵の数々。

 

 それらよりもずっと手応えに欠ける。

 さほど時間はかからないだろう、とロイズは思い、やや不満げに、しかしほくそ笑んだ。

 

 横目に見ればフラティウもまた、白銀の巨剣を振り回しヘビーオーガの鎧に確かなダメージを与えている。彼の戦い方もまた、ロイズと似たような正面切っての殴り合いに違いなく、それを見ると彼は、自分もまた負けていられないな、と思わざるを得ないのだ。

 

「せっかく美味いモン食っていい気分になってたとこをよォー・・・!」

 

 引き倒されたテーブルを見れば、散らばった料理の数々。

 

 B.O.SとNCRの戦争、一時期は飢えと戦う生活も強要された経験も持つ彼としては、それにはふつふつと、湧き上がる怒りを抑えきれない。例え言葉の通じない怪生物が相手だとしても、ぎゅっと拳に力が入る。

 

「招待券も持ってねー!ドレスコードも守ってねーっ!不調法だってなぁっ!」

 

 とたんに彼は踏み込み、木槌の一撃を交差させた腕で受け止めるとそのまま押し切ってヘビーオーガに身体をぶつけるのだ。

 身の丈で遥かに劣る白銀鎧の騎士が自身の最大の自慢であり長所である、パワーを上回って飛び込んできたことにはさぞ驚いただろう、ヘビーオーガは踏ん張る力を一瞬失い後ずさり、その隙は大きく、ロイズは逃さない。

 

 こまめなジャブを幾度と彼はその空いた土手っ腹に打ち込む。

 次いで振り払おうとした腕を殴り飛ばし、V.A.T.Sを一瞬起動、瞬時に回りこむと左腕を押さえてやり、ぴんと張った関節を逆から何度も殴り飛ばしてやると実に容易に、鎧の弱点を突かれたその腕はへし折れた。

 

「ウォォォォ・・・!!」

「言ってることわかんねーよっ!」

 

 かっと目を見開き、折れた腕を押さえて叫ぶヘビーオーガにもロイズは容赦無い、その顔を横合いから殴りつけてやるとパワーフィストの衝撃は綺麗にその頭骨を通るのだ、もしかすると脳震盪を起こしたかもしれない、ヘビーオーガは頭を押さえてふらつき加減を見せる。

 

 まさしく致命的な隙、生死を分かつ境界に足を踏み入れる状態。

 その隙を逃すものかと、ロイズは更なる追撃でもって確実に、この巨人を沈めることを決め挑んだ。

 

「と、ど、め、のォ~っ!」

 

 ―――瞬間、脳裏に走るはひとつのワード、V.A.T.S、戦闘補助システム。

 

 視界がスローになり、身体もその水準に従ってやや高速的に動くようになる、格闘、射撃、なんであろうと十分なアドバンテージを得られるであろう技術の叡智、ジョーカーを切ったロイズが持つのは両の拳、接近してその腕を掻い潜り、顎の下を殴り飛ばしてやるための双拳。

 

 ロイズは目が充血していくのを感じると、熱くなる身体に鞭を打って一気に飛び込んだ。ヘビーオーガもおぼつかない足元の中抵抗しようと木槌を横に薙ぐがロイズには当たらない、その下を姿勢を屈めてかいくぐった彼は瞬く間に、ヘビーオーガの懐へと潜り込む。

 

 

 目と目が合う、にっと笑う、向かう先には戦慄が走る。

 ロイズはぐっと拳を握って、軽やかに飛びかかると―――

 

 

「打つべしッ!」

 

 右ストレート、つなげて左のアッパー狙うは顎の下、顎が上がれば続くは頭に拳槌。

 

「打つべしッ!」

 

 よろめいた身体に右、左、また右、ジャブの嵐を見舞って打つ、揺れる身体は内外をシェイク、その損傷を確実に強める。

 

「打つ!べし!」

 

 蹴っ飛ばし、揺らいだ身体をつかみ引っ張頭突きを見舞う。

 

「打つッ!」

 

 更に打つは鉄山靠、背中から身体を当て、大きく後退させる。

 

「べしッ!」

 

 さらにさらに、彼は追いすがると、アッパーで兜を飛ばしてやるのだ。それでもなお、止まるまい、逃すまいと、これを止めにと―――

 

 

「―――フィナーレだッ!」

 

 

 とどめに打ち込むは右のストレート。

 兜の脱げたヘビーオーガの顔面を打ち砕き、歯を、眼球を、血液を無残にも飛び散らせ絶命させる。

 

 あっけない勝利だ、手応えに欠ける相手に違いがない。

 ロイズは倒れていく身体を腰に手を当てたまま見送ると、ふうっと一息つくと目を別の場所に向けるのだ。同時、フラティウもヘビーオーガの首元に刃を差し込み止めを決め、それに僅差で勝った、とガッツポーズを取るロイズ。

 

 見れば更に向こうでは、三体いたヘビーオーガの最後の一匹がテッサの光弾やバラッドの投げナイフ、そしてシェスカの炎、いつだったか自分の教えた方法で生み出した”青い炎”で真っ黒焦げになるのを目撃し、状況の傾きを確信するとまた振り向く。

 

 振り向いた先では、端に避難したパーティー参加者がゴブリン達に囲まれ恐怖におびえていた。

 

 されど―――

 

 

「おお相棒、もう終わらせたか!なら出し惜しみはせんでいいみたいだな!こっちも―――」

 

 立つのはティコ、黒兜のレンジャー。

 彼は右手にレンジャー・セコイアを、左手に10mmサブマシンガンを持つと、くるくるとゴブリンに、人々に、ロイズに見せつけるように回し、構えるのだ。両腕で異なる銃を構えた彼の姿は、その手に持つ凶器の威力を知る者ならば圧巻だった。

 

「―――道路掃除と洒落込むか!」

 

 刹那、銃口が弾け発砲炎が連続して噴出する。

 10mmサブマシンガンが横薙ぎに振るわれ、実に半数以上のゴブリンが出血を強いられた。

 

「魔道具か・・・?あんなもの見たことが・・・」

「誰か、彼を知っている者はいるか!?」

 

 ティコがもたらした、一瞬の血の惨劇は目ざとい者なら垂涎だっただろう。立場を持って生きる者というのはこれだけの貪欲さがなければ生きられないということだろうか。ティコは後ろから聞こえる欲望の声に軽く笑うと、更に発砲する。

 

 小柄な身体に10mmフルメタルジャケットはさぞ痛かろう、だが痛みは一瞬だ、撃ち終えたティコはくるくると、またも西部劇の登場人物のようにサブマシンガンを回すと腰のラックにしまい、今度は右手に持ったレンジャー・セコイア(.45-70ガバメント)を残るゴブリンへ向けるのだ。

 

 数は5、弾数も5、ならば、

 

「さぁさ皆さんご注目!レンジャー仕込みのファニングをとくとご覧あれってなっ!」

 

 撃鉄を起こしたまま、ティコは引き金を引くと一発目でゴブリンを手に持った盾ごと貫通、絶命。続けざまに引き金を引きっぱなしにしたまま、撃鉄を起こして離すのだ、機構上それでも弾丸は発射され、通常よりも高速で放たれた弾丸が動き出したゴブリンが一歩目を歩むより早く着弾、頭部を破砕する。

 

 

 続け三、四発目も着弾させるが五発目に限っては―――

 

「―――あっら」

 

 外れ向こうの壁に跳弾、手頃な窓ガラスを割って外へと飛び出していく。

 弾数ゼロ、絶体絶命のピンチ、のはずだ。だがティコは至って冷静に、走りこんだゴブリンを見据えると左腰のラックからククリナイフを抜き取り、つぶやいた。

 

「研いでなんとか使っちゃいたが、ずいぶん小さくなりやがって・・・」

 

 こころなし、軽くなったようなククリナイフを彼はぐっと握ると、ひとおもいに放り投げる。

 

 投げられたククリナイフは一直線、くるくると回って空気を切り裂き飛翔するのだ。その行く末をティコは見届けることなく、背中を向けるとこっそりと懐に仕舞ってあった酒瓶を取り出し、蓋を開け―――

 

「アディオス」

 

 ―――一気に飲み干す。

 

 

 同時に背後では流血が彩り、照明に照らされたしぶきは奇しくも彼の飲んでいたウィスキーと似た色を呈しやがて収束する。それに状況の終息も意味されると、人々は怒り、恐怖、喜び、感謝、様々な感情を呈し十人十色の人々に寄り添うのだ。

 

 ティコとロイズの元にもその闘いぶりに感謝する人々が集まり、その手を取るのに忙しい。

 

 だがしばらくしてそれも一段落し、外部の危険が去ったことが知らされると優雅なパーティーは一転、避難が始まる。ティコとロイズは身分が身分なものだから最後まで残りそれを見送るのだ、テッサとアルも寄ってきて、ひとまず一行は怪我人がないことに安堵する。

 

 だが、

 

「・・・相棒」

「言いたいことは分かる、オレだって・・・」

「ああ、だから言わせてくれ」

 

 ふと見れば、誰も命を落とさなかったわけではない。

 運ばれる死体を前に、ただ立ちすくむだけの小さな子どもを見てしまった時、ティコとロイズはやりきれない思いを抱えてどこか、別の場所に目を向ける。

 

 ティコはそのまま、誰とも目を合わせずにつぶやくのだ。

 言葉だけで、もう十分だった。

 

 

「・・・覚悟、こいつで十分に決まったさ」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 鬱蒼と茂る森の中を、ただ歩く。

 

 されど足元の根を踏み越え、小枝は踏まないように慎重に、周りを見渡しては何もいないことを確認し、日差しの遮られ暗がりになった森のなかをずっとずっと歩くのだ、ティコはもうかれこれ六時間、体感には七時間以上は歩いたのではないかと変わらない景色に鬱屈になりながらも、手元の地図に従って森を歩く。

 

 街パーミットの北西の、ドラム缶風呂が今も転がっている湖のある場所とは違う、あまりに暗く虫が多いので彼は虫除けの塗布剤でも持ってくればよかったと思いつつ、しかし虫が止まっても刺しはしない、自分の体臭やグール特有のラフレシアのようなフェロモンに引き寄せられてるだけなのだと察すると、また落ち込む。

 

 されど真相が、きっと目指す先にあると信じて彼は進む。

 ゴブリン達か、はたまた第三者が設けたのだろうか、樹に括りつけられた目印になる”向こうの道具”たちと案内に従ってじぐざぐと、正確な方角をカモフラージュするためなのだろう、分散された道標をひとつひとつ潰していく。

 

 そうしていると唐突に、彼は足元の何かにつまづきかけた。

 立ち止まって足元を見る、鎧を着た人骨であった。

 

 彼はふと、ポケットから方位磁石を手にとって見た。

 

「磁場が狂ってやがる・・・こっちにも方位磁石みたいなもんはあったがなるほど、あと一歩で帰れなくなったってこったか。俺も帰りは注意しておかんとな」

 

 死体に十字を切り、安らかに眠れ、と念じる。

 彼はニュー・カナーンやNCR首都にいるようなキリスト教系ではなかったが、せめてもの鎮魂だった。

 

 

 佇まいを新たに、彼は更に森の奥へと進む。

 すると―――

 

 

「―――おっ」

「ギッ?」

 

 ”指定された場所”で彼を待ち受けていたのは、数匹の、”非武装のゴブリン”。

 

 ゴブリンが遠目に見えた時には彼も銃を抜き仕留めようとしたものだが、それが指定地点に存在し、かつスニーキングで近寄ってみれば非武装でしたと蓋を開けさせられてみると彼も察し、ひとまず銃は仕舞って彼らの前に姿を現した。

 

 突然に彼らからすれば大男が姿を現したわけであるから一瞬大慌てになり、退屈なのか寝ていた個体などあちらこちらに目を向けては目を剥いて叫ぶ。

 されど彼らには指揮官を担う個体もおり、彼が叫ぶと、慌てていたゴブリンはすぐに立ち直った。それにティコは、彼らの統率体系がなかなかに洗練されていることを感じると共に、彼らが長年に渡り街を苦しめ続けている理由の一端を納得する。

 

 指揮官のゴブリンはティコと目を合わせる。

 されど互いに言葉は交わさない、そもそも言葉が分からないので、かけてもきっと無駄に違いないだろう。

 

「・・・ついてこいってこったか」

 

 だからこそか、互いにそれが分かっているならと言うように、指揮官のゴブリンは手招きをするとティコに背を向け部隊を引き連れ歩いてゆく。ティコはその姿に軽くため息を吐くと、彼らの小さな歩幅に合わせるようにゆっくりと歩き出したのだった。

 

 

 

「こいつは驚いた・・・てっきり三角わらぶきテントが住まいかとばかり思っちゃいたが」

 

 案内を受け更に一時間ほど、ティコが導かれた先に待っていたのは大きな谷――― そして、その底に位置するゴブリンの本拠地であった。

 

 断崖に設けられた木づくりの階段や橋はヘビーオーガも通れるように作ってあるのか、ティコが渡っても音が立たないほど頑丈で頼もしい。案内されるがままに歩いて行けば断崖の横穴に扉や壁が築かれているのも見えそれは、場所によっては商店らしきものも見えるなど、彼らの生活の一端を覗かせる。

 

 彼がじろじろとそれらを興味深そうに見るように、ゴブリンもティコを見るからお互い様だ。されどゴブリンの彼らを見る目は、やや憎しみが篭っているようにも見えて仕方がない、恐らくだが、取り逃がしたゴブリンから彼の噂が広まりでもしたのだろう、と彼は納得した。

 

 谷底はそれなりの大きさの岸の真ん中を河が流れており、水や廃棄物の処理には困らないであろう、水回りの都市が発展するのはどこも同じなのか、ともティコは思う。

 

 しかし見れば見るほど思うのはその立地だ、やや暗がりになっている、いくつもの断崖絶壁を経た場所にある谷の合間の街、それはたどり着くは愚か見つけることも困難に違いない、誰もがあの磁場の狂った森と、辿り着いた先にあった断崖に探索意欲を挫かれていたのだろう、そう、つまりは、

 

「道理で誰も見つけられねぇわけだ、空中からも見えない立地たぁたまげたなぁ」

 

 ふと、感心してしまう。

 200年以上を経て、ひとつの街を苦しめ続けた生物達のカラクリの一端が垣間見えたのだ。

 

 

 更に見てみれば、河岸や崖面には実の成った植物が茂っている。

 確か”ダンシャクの実”だったか、ジャガイモによく似た植物で味も調理法もそっくりなものであったが、これでもかというほどどこにでも成るのだ。

 

 彼はおおよそ、こちらの世界に紛れ込んだジャガイモが変質した食べ物か何かと考察していたがまさか、かつては人間社会の飢えを解消したそれが彼らのような怪生物の生活を助長していたとは何たる皮肉か。

 

 おかげで衣、食、住、水もインフラもそれなり揃っているのだ、なんたる恐ろしさだろう。

 

 

 ティコ自身、何か危険があったら姿をくらまそうと思っていたが、こうも予想外に高度な生活圏を持つ存在が相手に、かつ立地が立地となると難しさが顔をのぞかせてくる気がして、つい頭を抱えてしまう――― そうしていると、彼を案内するゴブリンの足が止まった、目的の場所まで着いたのだ。

 

 そこでまた、彼は度肝を抜かれることになる。

 谷底の岸、そこに首をもたげていた存在、それは。

 

「戦前の飛行機・・・旅客機か、こいつは。でかいな」

 

 ライトグリーンの塗装はほぼ錆に覆われ、尾翼が折れたかわりに木づくりの壁と扉が設けられている。

 

 ものの、長い柱状の胴体、主翼、双発式エンジン、きっとはるか昔ここに不時着したのだろう、なるほど”裂け目”は空にも現れるのか。ティコにも戦前の空港、近年ではキャンプ・マッカランで見覚えがあった、そんな戦前の輸送用航空機に違いなかった。

 

 それを目に、想像以上にビッグな”故郷からのプレゼント”が登場したことにしばらくボケっとしていると、彼は尻をばしっと叩かれるのだ。

 

「っと、早く行けってか?急かすなよ、すぐに行く」

 

 案内のゴブリンが、早く行け、こちらも嫌々やっているのだとばかりに急かすのにこめかみを掻き、ティコは彼らの憎々しげな視線を背に居心地悪くすると、ならばせめてこちらよりは座り心地の良い空間がありそうだ、と飛行機の尾翼に設けられた木扉を空け、中へと入る。

 

 内部の空間は、やや暑い。

 空調が効いていないのだから当然だとは思うが、それに駄々をこねても仕方ないだろう、傾きは完全に地面と平行だったが、思い返してみれば全てのタイヤがパンクしていたのだ、きっとここに至るまでの幾度かは、傾いた時代があったに違いない。

 

 

 内装は並んだ椅子に比例する窓、柔らかさを失ったカーペットと予想通りだが、最奥部、そこまで足を踏み入れると彼の印象は変わった。まるでカーゴカルトのように、機械類が無造作に並べられた祭壇が、置かれていたのだ。

 

 ふと、見る。

 並べられた椅子は完全に放置されていたわけではなく、使い慣れた跡が見えた。カーペットも小さな足で、幾度と無く踏み荒らされた跡が見受けられ、彼はつい思ってしまう。

 

 

 ―――まるで、ここが”教会”であるかのような。

 

 

 ついティコは思い、また癖のこめかみを掻く動作。

 そうして棒立ちになって、次のアクションを待つ。

 

 やがてその期待に応えたのだろうか、旅客機の奥、操縦室の方、声と、足音と、そして―――

 

 

「・・・かの先祖、フランシスは歩み寄ろうとした」

 

 ―――姿が現れる。

 

「“私は君達と同じだ、だから剣を向けないでおくれ”、彼は哀願した」

 

 緑の肌、結膜の黄色い目、伸びた耳に小柄な身体、後ろ手に手は組んでいる。

 

「されど身体が人ならざるのものへと成り果てた先祖に、彼らは剣を、魔杖を向けた・・・彼らはなおも歩み寄ろうとした、しかし赤き閃光が彼らを居抜き、浄化された吸血鬼のごとく灰へと変えていく・・・生き残った者は巨人に率いられ、森を目指した、誰の目にも届かぬ、剣を向けられることのない安息の地を目指そうと」

 

 他のゴブリンとは違う、少しばかり装飾品に満ちた装いだった、腕輪をいくつも重ね、イヤリングを、鼻輪を、ネックレスをつけたその姿はまさしく―――

 

「―――我らに伝わる伝承のひとつだよ、”狩人”ティコ。ようこそ、私はギギ、18代目のギギだ、君をずっと待っていた」

「話ができるゴブリンがいるたぁ驚いた、てっきり鳴き声と超音波、それと断末魔がコミュニケーションの方法だと思ってたもんでね?」

「ふふ、この場においても余裕を崩さないその心、さすがと言っておこうか・・・君が”家族”を幾度と無く殺したことは知っているよ、だが恨みはしない、彼らを戦いの中で戦士として殺してくれたのだ、彼らも君のような強敵に立ち向かえたことを誇りに思っているだろう」

 

 にこり、とゴブリン、ギギは笑う。

 今まで見たことのなかったゴブリンの柔和な表情になんとも、溜め込んだ感情を変に抜かれた気のしたティコはどっしりと、手頃なシートに座ると座席をぐるりと回して対面にギギに座るよう促す。

 

 ギギは誘いに乗ると、自分は厳かに座ってみせる。

 そして椅子を手慣れた手つきで回しティコと対面し、手に持った杖を地面につくとふう、っと一息ついた。

 

 ティコはつい思う。

 

「ずいぶんと人間臭いじゃないかゴブリン」

「もちろんだ、悲しいかな我らは元々人間であるからな」

「・・・ッ!?」

 

 唐突だ、だが衝撃的だ。ギギの口から出た言葉は彼の頭を打つようで、しかし、信用するにはまだ早い、ティコはそう思うと身を乗り出そうとした姿勢を正し、椅子にどっしり構えると平静を保つ。

 

 だがファーストアタックは十分に決められたと思ったのだろう、ギギはまた笑うと、言葉を続けた。

 

「君を呼んだのは友人だが、私からも話すことがいくらかある。君に知ってもらいたいことだ、君を――― 我らに迎え入れるならば、我々の悲願、そして我々が何者なのかを知ってもらうに越したことはない」

「・・・あいにくと、その気はないんだがな」

「まあ待て、帰るにしろなんにしろ、話くらいは聞いていけ」

 

 厳かな声で返答するティコに対し、老人然とした言い方で返すギギ。

 

「そうだな、何がいいか・・・」

 

 くるくると、指を回して悩む。

 しばしそうしたあと、これがいい、とギギはにっと笑った。

 

 

「―――人と”ゴブリン”はかつて同じ存在だった、それを分かつたのはただひとつ、”異界”からの贈り物だった」

「・・・異界?ウェイストランドが?」

 

 今では既に聞き慣れた単語の登場に、ティコも興味を持つ。

 ギギは話に聞き入ってくれるのが嬉しくなったのか、語りに身振りを入れはじめた。

 

「地下何十層まで続く大迷宮、かつて時空が乱れ村が魔獣に蹂躙されし時、村の人々はそれを神々からの贈り物と考え感謝と供物を手にその、昼間のように明るく、草原のように走り回れる穴倉へと潜っていったという」

「Vault28のことか」

「そう呼んでいるのか?ともかく”大迷宮”に避難した人々はそこでまた、三度の恩寵を受け賜わったのだ。一つ目は、からくり人形による”安全”、二つ目は、築かれたエデンの園から与えられる”快適”、そして三つ目は―――」

 

 ぐっと、溜めに溜める。

 気の短いロイズならとっとと話せと掴みかかったかもしれなかったが、ティコは齢を食っているために、語りたい時老人はどうしてもこうなるのだと理解し、じっと待った。

 

「―――”緑の霧”が与えた”進化”」

「緑の・・・いや、待った、もう一度言ってくれ」

「霧、緑色の霧が穴倉を覆ったと、そう伝承に聞いている。だがその”霧”はなにも大迷宮を全て覆ったわけではないそうでな、一部の、かつての人間達から選ばれた者がそれを浴び、その中から更に選ばれた者だけが今の」

 

 ぽんと胸を叩き、ギギはティコに目を合わせた。

 

「・・・この姿を与えられたと聞いている」

「・・・まさかと思ったが・・・いや、しかしあれは」

 

 ティコはその言葉に心当たりをつけ、記憶を探るのだ。

 ”緑の霧”、彼の記憶にはとても深く刻まれていたためにすぐに思い起こすことはできたが、しかし、にわかに納得することはできなかった――― それがもたらす悪夢を、ずっと昔からよく知っていたから。

 

「即ち我々は”選ばれし者”ということ・・・わかって、いただけたかな?」

「俺の知る”選ばれし者”はもっと面白い奴だったけどな」

「ふふ、では分かりやすく言おうか」

 

 両手の指を組み、不敵に笑うギギ。

 ティコもその様子には目を細めた。

 

「我々の悲願は、あの街を”取り戻すこと”・・・かつてあの村は我ら先祖の物だった、されど人間達は!姿を変えられてなお歩み寄ろうとした我らの先祖達に剣を向け、閃光で虐殺し!そして我らに恩寵を与えた”大迷宮”すらも奪ったのだ!」

 

 語気を強め、心底憎し、と言った感情をむき出しにし、ギギは怒鳴るように言い放つ。理知的にしていても種族は種族なのだと、対面でその怒り顔を目にするティコはため息混じりに納得してしまう。

 

「故に彼らをもはや同胞とは我らは認めん、故に我らは彼らが蔑みに呼んだ”ゴブリン”の名前を受け入れた、いつか虐げた者に命を奪われる恥辱を与えるため!故に!我らは長きにわたって彼らと戦ってきた!この暗い谷底に隠れ、食も、住む場所も彼らよりか遥かに過酷な環境を耐え忍んできたのも、あの街をただ手にするそれだけを願って・・・」

「Vaultがお前達を追い出したのなら、あれは彼らのモンだって思いやしないのかい」

「からくり人形はあの大迷宮が我らに与えた試練、故に”攻略法”があるのだ。いつか我らがあの場を取り戻すことを大迷宮も、あの街も願っているのだよ、狩人。”緑の霧”もまた試練、選ばれた我々を今もあの場所はきっと・・・待ちわびている」

 

 

「失礼、興奮してしまったかな。ともあれ家族たちが”異界”の道具を崇拝するのは、あの街の”大迷宮”をたどり着くべき聖地としているからなのだ。我々とあの場所は、かつて村だった場所は、切っても切れない固い何かで結ばれてしまっているのだよ」

 

 

 

 ―――妄執だ。

 

 これは聞く耳無いのでは、とティコも頭を抱えるが、それはもとよりのことだ。とはいえ彼らの目的がとても友好的なものでもなければ、本拠地を晒したことも違いない、彼としては隙を縫って帰りたいところであったが、しかし、引っかかる言葉があった。

 

「・・・攻略法?」

「そうとも・・・だがしかし、それに関しては”友人”の方が詳しいからな、ここから先は彼と話すといい。ここに君を呼ぼうと提案したのも彼であるし、無下にはされんだろう、彼はとても人格者で、気高い。私は珍しく三十を越えて長老となったが、寿命が二十と行かない我らのリーダーを長きに渡って努めてくれている”真の長”だ」

 

 まるで自分のことを話すように言う、心底敬愛しているのだろうと、ティコは思う。

 

「そう、ゆっくり彼と話すといい、そう―――」

 

 

 興奮を収め再び厳かな語りに戻ったギギがまた、にっと笑う。

 それにティコは、言い知れぬ不気味さを感じた。

 

 そう、

 

「―――同じ”世界”の住民として」

「なっ・・・!」

 

 知らないことを知られている、その不気味さ。

 

 

 ギギが席を離れると、操縦室の方でぼそぼそと、話をする声が聞こえる。

 ティコはまたも衝撃的な――― しかし心の中では少しばかり期待していた事実を告げられ、また、ううむと唸った。

 

 するとしばらく、ギギの去っていった方からまた別の、しかし違う”重量”を持った存在が歩いてくる音を耳にする。とても重く、それこそ人間すら上回る足音だ、のしのしとそれが歩いてくるにつれ、姿も露わになる。

 

 そして口元を歪ませ、参ったとばかりにヘルメットの下で苦い顔をするティコを”彼”は見下ろすのだ。”彼”は彼をひとしきり見下ろしたあと、顎に指を当て知的そうに振る舞ったのち、ティコの胸元のプリント”L.A.P.D RIOT”に目を通す。

 

 そうすると、うんうん、と一人納得したように頷いた――― とても、見知ったように。

 

 

「ふむ、懐かしい。ロサンゼルス市警の・・・警備部の人間かな?狩人ティコよ」

「・・・デザート・レンジャー・・・は昔、NCR、新カリフォルニア共和国さ、今はな」

「ほう!カリフォルニア共和国とは古いな!記憶が正しければ19世紀にごく短い間だけ存在した、国家に反旗を翻し独立した勇敢な共和国であったはずだよ・・・やっぱり、ベアが旗印にされているのかな?」

 

 無邪気で、図体に似合わず楽しそうだ。

 その仕草にはティコもやりにくさを感じる。

 

「双頭のベア、ってとこだな、しかしお前さん歴史に詳しいな。相棒と話が・・・合いそうだ」

「そうか!会ってみたいな!しかしアメリカにおいてその名を冠する国家を設立するとは、初代の大統領はとてもエスプリに富んだ人物であった様だ!ははは!」

「ああ、タンディもアラデシュも草葉の陰で笑ってるだろうよ・・・ははっ」

 

 まるで久方ぶりに友人に会ったかのように、笑う”彼”。

 そうしていると彼は、はっと気付いたというように頭を下げた。

 

「おお、すまない、名前を名乗り忘れていたな、ティコよ――― 同じ世界の住民よ」

 

 ティコは立ち、彼を”見上げる”。

 それほどまでに大きいのだ、そう、彼は―――

 

「私は”ジョージ”」

 

 緑の肌、盛り上がった筋肉、猫背でなければ3mは超すであろう身長。

 

「かつてVault28のメンテナンス部に配属されていたしがない男だったが、今はご覧のとおりだ、はした金を貰ってこき使われるだけの人間が千を超える部族の長とは、人生わからないものだな」

 

 柔和な笑みを浮かべるその顔は、彼をその姿にした元凶が、”緑の霧”が”成功作”であったことを示唆する。全身を黒地の鎧――― この世界の鎧に包む”巨人”。そう、その姿はまさに、かつてアメリカを震撼させ今もなお傷痕を残し続ける―――

 

 

「今は”ロンサムジョージ”と名乗っている。21世紀初頭に絶滅した亀の最後の一匹、そしてアメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンへの敬意と、私がかつて名乗っていた名前のトリプルミーニングだ、面白いだろう?」

 

 

 

 ―――スーパーミュータント。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 暗い穴倉に身体をひそめ、ずりずりと、服が汚れることに内心舌打ちをしながらアルは匍匐前進をして進む。

 

 場所はVault28、そのダクトの中だ。ロイズきっての願いで、危険だと分かっていながらもそれがティコや、自分たちのためになると思った彼女は排気路を巡る生暖かく、なんともいえぬ臭いのする空気によく利く鼻が祟り、たびたびうえっと吐き気を催しながらも彼女は目的の場所へとたどり着いた。

 

「ここがその、あの金髪さんの親父さんの部屋ってことですかっと・・・うーっ、ダンナに見繕ってもらった服なのにこんなに汚しちゃって、あとでじっくり磨き洗いしないとだめだなぁこれ」

 

 ダクトの排気口は蓋で塞がれていたが、言うとおりならばこれは外れるはずだ、ととんとんと叩いてみせる。

 

 するとあっけなく蓋は外れ落下し、カラン、と大きな音を立てるのだ。それにはアルもびくっとし、とっさにダクトの曲がり角にすすすと身を隠した。同じく言うとおりならば、ドアの外には警備の兵隊さんがいるはずなのだ。

 

「・・・来ないなっと、よし」

 

 どうやら警備の兵隊さんは怠け者なのか、はたまた愚鈍なのか来る気配はなく、それにアルはチャンスと見受けるとダクトから顔を出し辺りをきょろきょろと見、何ら脅威になる”からくり人形”のような装置がないことを確認するとダクトを飛び出す。

 

 へりに手をかけ、くるっと一回転して飛び出すとすたっと音を立てないように着地、ぱんぱんとほこりを払う。猫系の亞人の血が流れる彼女の動体視力と身体能力あってこそ、余裕をもった遊び心であった。

 

「あとは金庫のォ」

 

 やはり、言うとおりなら時間はたっぷりある、いけすかない贅沢三昧をしているお偉いさんの部屋だ、ちょっとばかり先に物色してやってもいいだろうかと思うがそこは彼女、今は役目を全うするに執心するのだと自分を抑えると目立つ場所に安置されていた金庫に目をつける。

 

 金庫は情報通り鍵を必要としないナンバータイプのものであり、彼女は懐から出した紙に書かれた数字、ロイズがこの世界の数字とアラビア数字を双方書いて訳したものに目を通すと、それに従って金庫のダイヤルを回していった。

 

「4,2・・・6で最後は9、っと、開いた。この数字分かりやすくていいなぁ、こっちも最初からこれくらい簡単ならいいのに。算数なんていやだいやだ、アタシは体動かしてるほうが性に合ってる、うん」

 

 ひとりごちながら金庫の重い扉をよっこらと空け、中身に目を通すアル。

 

 金庫の中には金の延べ棒が数本入っており彼女の(きん)の目が(かね)の目になりかけたが、そこは彼女、頭を手頃な場所にぶち当てると目を覚まし、金庫の中から目当てのものだけを取り出すのだ。それにどちらにせよ、重たく目立つ金の延べ棒を持ったまま逃げ切るのはなかなかに難しかった。

 

 一枚のカードキー、薄っぺらく今にでも折れてしまいそうな”マスターキー”と書かれた一枚を金庫からおっかなびっくり取り出すと、彼女は胸ポケットにしまってふう、と一息つく。

 

 そうすると、彼女の中にやはり邪な感情が湧いてくるのだ。諌められてしばらく止めていたが彼女も元は手癖の悪い女の子、宝の山が目の前にあるとなるとつい少しくらいは、とわきわきと手が動いてしまう。

 

「にしし、無造作に小箱に放り込んだ宝石のちょっぴりとか、それくらい減ってもわかりませんよねー、こういうのはもっと大事に扱わなきゃならないんですよーだ、盗まれる場所に置いたあんたが悪い!うん!」

 

 手頃な宝石、色とりどりのそれらをちょっとばかり拝借し、懐のポケットに放り込んでやるアル。

 

 ティコが知ったらまたなんとも言えぬ、ロイズが知ったら気に入らないといった顔をするかもしれないがそも、現地人の彼女からすれば感覚や常識に差異があるのだろう、バレなきゃ犯罪じゃない、を地で行っていた。

 

 そうしてほくほく顔で、少し長居してしまったか、と帰ろうとダクトに目を向けるアル。

 

 彼女は助走をつけて、壁を蹴って跳ぼうと―――

 

 

 

「―――なんでアルちゃんここにいるの?」

「―――ッ!?」

 

 

 びくり、と身体が震える。

 

 なぜだ、誰かがいた?亞人の血が流れる”先祖返り”の五感をもって、このたかだか二十畳程度の部屋にいる他者の存在を感知できなかったのか、とアルは戦慄する。そして彼女はゆっくりと振り返ろうとし、同時、懐に手を差し込むのだ。彼女は護身用に22口径ピストルを一丁だけ持たされていて、万が一の時は脅し程度に使う予定であった。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、きっと――― 口ぶりから自分を見知っている相手だろうか。彼女はほのかに期待し、ならば口約束で少しだけ黙ってもらうくらいはできるかな、と思いながら振り向く。

 

 だが、

 

「・・・あんた、一体?」

「ん~?わからない?私だけど・・・ああ」

 

 振り向いた先、誰とも分からない。

 ただひとつ分かるのは、頭の上に生えた耳を見ればわかるように、自分と同じように、されどずっと濃く猫の血が流れる亞人。そして―――

 

「―――灰色の、髪・・・!」

「このかっこで会うの初めてだもんねえ、まあいいか、アルちゃん何やってるの?あぶないよ?」

「あんたに心配される謂われなんてないさ”灰色髪”!アンタこそ何してんのさっ!動くんじゃない!こいつはそんなちゃちぃローブなんか簡単にぶち抜けるよっ!」

 

 ピストルの安全装置を外し構え、正中線に”灰色髪”へと向けるアル。そうだ、目の前にいるのはこの街の、敬愛する人の、そして世界の敵である最悪の悪徒なのだ、そう思うと冷や汗が垂れ、銃を握る手がつい震える。

 

 されど銃を向けられている彼女、”灰色髪”はわずかにもぶれることなく、ただ後ろ手に手を組んで余裕たっぷりといった仕草で彼女を見ているだけ。両の紫色の目は実に不気味で、アルは息を呑む。

 

 すると二人の話し声を聞き届けてきたのだろうか、突然に扉が開く。

 

「何が・・・っ、お前達、どこから!?」

「灰色の髪、まさか・・・!とにかく逃げられると思うなっ!」

「あらら・・・お仕事ごくろうさま、でもごめんね、私はまだやることがあるから」

 

 警備兵が二人だ、剣を抜き、いつでも戦える体制を取る。

 これにはアルは更にやばい、まずい、と内心ドキドキで仕方がない、だが一方の”灰色髪”はちっとも、焦る様子がないのだ。まるで何事でもないというように、彼女は指をくるくると回して―――

 

 

「すこーし静かにしててね」

 

 ―――彼らに向けた。

 

 とたん、現れるは紫色のマナの風。

 それが警備兵達を包んだとたん、彼らは姿勢を棒立ちへと変え、こころあらずといった様相を呈すのだ。まさしく一瞬だけ彼らは廃人になったも同然、魂の抜けた人形のようにされてしまい、それにアルは更なる戦慄を覚える。

 

「なにもなかったの、だから外に立ってて?」

「・・・了解」

「何もない、そう、何もなかった・・・そうだ」

 

 なんと、催眠か。

 

 ”灰色髪”の魔法は陰魔法でもとりわけ”汚い”、催眠、記憶操作、精神汚染、これらの類を操る魔法であったのだ。きっと今まで誰もが”灰色髪”の名前も、性別も体つきも――― 今はっきりと見える顔も知らないのは、その全てを消しているからなのだ。

 

 村一つ、街一つを範囲におさめる記憶消去魔法、尋常ではあるまい。

 アルは背筋を登ってくる感覚が足まで届き、震えるのを感じる。

 

 圧倒的理不尽、それが目の前にある。それには振り絞った勇気ですら萎縮していくのを実感し、照準がぶれるのだ。しかしそれを何が楽しいのか、”灰色髪”はにこりと笑って見ているだけで、アルに優しげに話しかけるのだ。

 

「やだなあ、そんなに怖がらなくてもいいよぉ?アルちゃんにはどうこうするつもりはないから・・・ただちょっと、忘れてもらうだけ」

「っ!?」

「私もやることがあるからね、大丈夫、お家まで送り返してあげるよ。そしたらもう、こっちに来ちゃだめだよ?・・・次に来たら、何が起こるか私にも分からないから、きっとあの”ジョージ”って人なら知ってるかもしれないけど」

「な、な、な・・・!」

 

 声までもが、震える。

 それが引き金だ、アルの指の引き金も引いてしまったのは偶然だったか、恐怖の産物だったか。

 

「なめんなぁっ!」

 

 刹那、小さな発砲音。

 飛翔した弾丸はぶれてしまった照準によって”灰色髪”の心臓を抉ることはなかったものの、それでも、その肩口に小さな切り傷を与える。”灰色髪”はそれに痛みを訴えるように、切り傷を押さえた。

 

「っ・・・!」

「・・・あっ」

 

 やってしまった、とは思った。

 だが―――

 

「もうアルちゃん怖がりなんだから、まあ無理もないよねえ、あんなの見せられたら」

「あ、アンタ・・・!アンタは、一体!アンタなんて知らない!」

「私はわたし、ただの灰色の髪の女の子、それだけ・・・じゃあ、アルちゃん」

 

 意にも介していない、そんな圧倒的な存在感。

 ただ切り傷を我慢しているだけで、なぜこれほどまでに恐ろしいのか。

 

 くるくると、またも彼女は指を回す。

 原始的な催眠術のように、目を奪うように、くるくる、くるくると回り続け―――

 

「―――また会おう、ね」

 

 

 紫色の旋風に、アルの意識は刈り取られた。

 

 

 

 

 ―――ゆっくりと、目が開く。

 目が覚めると、目の前には、 

 

「・・・ロイズさん?ポンコツ?」

「ひどい言い分だね、家の階段で眠っていた君をベッドまで運んだのはボクなのに」

「おっ、ようやく起きたかちみっ子、どうしたんだよ心配したんだぜ?何かあったか?」

 

 何とない、いつもの日常風景だ。

 

 思い出す、そうだ、自分はあの”28番目の金庫”に行って、”ますたーきー”を持ってくるのが目的だったのだ。そうだ、そうだ――― ?

 

 なぜか頭が痛むような気がしてたまらない、それに少しだけふらつくと、その身体をテッサに受け止められる。だが彼女はそれに感謝の言葉も出さないまま、はっと懐に手を入れた。

 

 引き出すと、22口径ピストルと、いくつかの宝石と―――”ますたーきー”。やるべきことは確かにやった、自分はあの広めの部屋に入ったあと金庫を開け、これらを手に取りまた帰ってきたときと同じようにダクトを通り、そして逃げてきたのだ。

 

 ―――なのに、感じる違和感はなんだろう。

 

「これ、全部です・・・」

「・・・この綺麗な宝石はどうしたんだい?」

「ちょっと手が動いちゃったって言いますかぁ~」

 

 にへへ、と笑ってごまかすアル。

 ロイズなら怒るかもしれないが、なぜだか、隠し立てする気になれなかった。

 

「・・・ちゃんと売るトコは選べよ」

「・・・え?」

「もう何も言わねーよ、やることやってくれたんだしよ、オレはそれでいい」

 

 あっさりと許すロイズ、それに彼女は拍子抜けしてしまう。

 思った以上に彼が丸くなっていることに、一波乱あるのか、と勘ぐってもしまう。

 

 だがしかし、今なにより感じていたのは―――

 

 

 「―――何か忘れてるような気がするなぁ」

 

 

 何かを手に取り忘れたのか、知り忘れたのか。

 アルの頭に引っかかる違和感はどうしても抜けきらなかった。

 

 

 

 






参考なまでに、

http://fallout.wikia.com/wiki/Transport_plane
Vault-wikiより輸送機。
キャンプ・マッカランとかにたまにあるアレです、正直自分もはっと思い出しました。実際の大きさは大したことないんですけど、ゲーム中の描写だからで本来はもっとでかいんでしょうね。

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