趣味で初めたことと言え読んでくれる人がいると嬉しいものです。
青々と茂る木々の合間にぬっと盛り上がっている小高い山の上。このデレクタの地平線が見られるほどの場所に、
しなやかな身体のラインは彼女が女性であることを理解させ、うなじに垂らしたフードを覆い隠すほど長い、今はやや乱れてはいるものの柔らかく手入れが行き届いていることを感じさせる
「・・・失敗?なんで?」
眉をしかめ彼女が一人言う。その手にはルーペそのものの形をして、中央にはツルツルに磨かれた青い鉱石がルーペのレンズのように嵌めこまれた魔道具が握られている。
彼女がそれを目に当てマナを集めると、青い鉱石にはそこからずっと離れた、一つの集落が拡大された映像が
「ポスパの村にはまともな兵士はいないし、騎士団の到着を待っても二日はかかる・・・彼が裏切った?・・・いや、まさかね、あの冷気の柱の説明がつかないわ」
魔道具から見える小さな村、自分が山賊達と馬鹿な魔法使いをけしかけ襲わせたはずの村、ポスパの村には、多少足元がおぼつかないがそれでも通常通りに日常生活を送る村人たちが溢れていた。
それどころか、彼らは担架を持ち何人もの人手を使ってあるものを村の外へと運び出している始末だった。
「あのまま他の村も潰して回って欲しかったのに、嘘でしょ?魔法使いがいるのにあの数が全員殺されたの?実戦経験のない田舎の村人に?・・・まさかね」
拡大してわずかに見える担架には、詳細には分析できないが大柄な、いかにも蛮族といった装備を身にまとった者が運ばれていた。
それが指す意味、つまりけしかけた山賊達はそのことごとくが返り討ちにされ、今まさにその骸の埋葬に村人たちが追われているというわけだ。
「魔法の威力を引き上げるローブとマナの吸収効率を格段に引き上げる杖、あれだけあって魔法使いが負けた?そんなはずない、騎士団ですら小規模なら相手に出来るあの装備があって、負けるはずがないわ・・・」
魔道具の映像を切ると懐にしまい、フードをかぶり焦りの表情を覆い隠す。
その端正な顔立ちと褐色の肌、”ダークエルフ”たる彼女はマナを纏い、そのなだらかな身体で風を切ると、表情を厳しくして森の奥へ消えていった。
「原因を調べて対策を練らないと・・・こんなハナからつまづいていちゃ何も出来ないじゃない。とりあえずはそう・・・風が教えてくれた記号・・・”白銀の騎士”と”狩人”、これについて調べなきゃね」
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燦々と陽光が降り注ぎ、地平線まで広がる草原が風にそよぐ気持ちのいい空間。
そこに一直線に伸びた街道を、白くて丸い、がっしりとした作りをした一台の荷車。キャンピングカーのキャンパー部分だけを引っこ抜いてこしらえた、キャンパー荷車がタイヤで小石を弾きながらゆっくりと移動していた。
先陣を切るのは一匹の、茶色の毛皮にがっしりとした筋肉を隠し、角を前に向け二本の尻尾を時折ごきげんそうに振る家畜、モート。
荷車と接続されゆっくりと進むモートの上には、脱いだトレンチコートを羽織り焼けた皮を更に焼こうとする日差しを防いでいるレンジャー、ティコが手に持ったポテトチップをつまみ、自分が食べてはモートに食べさせ、往復させながら寝そべっていた。
「ほれほれうまいか、ブラフマン、俺はもう腹いっぱいだから全部食っていいぞー。・・・あーたんまり食ったし飲んだし、もらえるものも貰った。こんな贅沢一生に何回あったかなぁ・・・なあ、相棒?」
「オレは一生で最初だった・・・それと気が散るから話しかけんな」
名付けられたモート、命名ブラフマンの上に寝そべるティコが顔だけ上げて荷車を見る。強固な外壁で日差しを通さない荷車の中には、山積みになった箱といただき物のグレーフを端に寄せ出来たスペースで、パワーアーマーの内部機構にドライバーを入れているロイズの姿があった。
「思ったんだけどよ、B.O.Sじゃパワーアーマーは
「ご名答グール、お前らから引き渡されたジャンクのアーマーが想像以上に多すぎて修理しても修理しても終わらないんだよ。ナイト連中もしびれを切らしてお遊びで新機能やらなんやらつけてる始末さ。だから実地テストも兼ねて、オレが輸送のついでにこいつ使ってこいってお達しさ」
「へーえ・・・いよいよ平和だな」
装甲表面を取り外し、留め具を外してフレームの点検をする。液圧装置が正常に動いているかも確認し、バッテリーの消耗や精密部品の摩耗もチェックする・・・エトセトラ。
鍛冶屋が打って鍛えて、悪くなったかは目と音で確認するのが主流の中世の鎧とは違い、部品点数のただでさえ多いパワーアーマー、それも戦前に製造された中では最新モデルたるT-51b型とあっては、慣れない者が見ていると途方も無い作業だった。
「端からこうなるとは思ってなかったっつーかさ、ほんとに反則だよなー。何もないところが突然凍るなんて、内部機構に霜が貼らなくてほんとに良かった」
「俺も追いついた時にはびっくり仰天しちまったぜ、とうとうエイリアンの侵略を受けたんじゃないかってな」
「エイリアンなんているわけねーだろ・・・いないよな?」
パワーアーマーを脱ぎインナースーツの軽装アーマー、リコンアーマー姿で作業をするロイズは、暑さにぱたぱたと手で扇ぎ、傍らに置いてある水筒から水を飲み答える。
その姿と声色には、どこか張り詰めた緊張が解け丸くなっているかのような印象を受けた。
「ともあれ、次の目的地は確か・・・あら?どこだったか?年をとると忘れっぽくてな」
「とうとう頭まで腐ったんじゃねーかグール、確かここからだいたい・・・あと
「今まで会った中でトップクラスにキツい男な気がするぜ、相棒・・・とりあえずは、そこで食い扶持を得て、情報を集めて・・・」
「もし帰れる方法があるなら、それも調べたいかな・・・せっかく戦争が終わって”外”の世界を歩けるようになったんだ、ここでくだばってたまるか」
ふとドライバーを締める手を止め、眉間にシワを寄せるロイズ。しかしすぐそれに自分で気づくと、少し唇をとがらせまた同じように作業に入る。ティコもそれに気付いてか気付かないでか、色の薄い目をしっかり覆い隠せるほど大きな愛用のサングラスの位置を整えるとまたトレンチコートをかぶり、視界に入る光を完全にシャットアウトすると腕をぶらりとブラフマンから垂らし寝の姿勢に入った。
「なんにせよだ・・・頼りにしてるぜ、相棒」
「別に・・・それまでの縁だよ。・・・よろしく、グール」
それから、ロイズは周りが見えないほどパワーアーマーの修理に集中し、ティコはトレンチコート越しに感じる陽光の暖かさに、意識を手放した。
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―――カリカリと筆を走らせる音が、暗い部屋の中に響く。
がっしりとした石造りのその部屋は薄暗く、ひとつだけ点けられたランタンがわずかに壁や数置かれた調度品を照らしていた。
壁に掛けられたありがたそうな絵画、生けられた花と値の張りそうな花瓶、棚に飾られた銀のトロフィーと鳥の剥製。だが目を引くのは、窓際にどっしりと構えた鎧騎士の置物だろう。
きらびやかに輝く剣を携え、磨きぬかれた表面はランタンのわずかな明かりを反射し輝いている。そしてその胸と、剣の柄に刻まれた羽を広げる鳥の紋章。
王国が誇る精鋭の集結する”王立騎士団”その領都サンストンブリッジ支部長エルヴェシウス・F・レスター、普段はエルヴェと愛称される彼は薄暗い部屋の中、執務机に座りランタンのわずかな明かりに照らされる一枚の紙―――月末に王都へ送付する報告書を見て、その短い茶髪を掻きむしっていた。
「どーやって報告すりゃいいんだ?これ・・・」
顔をしかめ一人不機嫌そうに漏らす彼の手元にある数枚の紙。一枚は今まで筆を走らせ、たった今先が詰まった報告書。そして残りの数枚は、ほんの二日と数時間前、辺境の村ポスパが襲われたと語る数人の人々の報告を受け出動した際の、調査で得られた資料が事細かに記されていた。
「辺境の村が襲われて出動して、でもようやく辿り着いた時には平和な村の生活だけがありました、って。一応村人達の傷と実行犯がいたから事実みたいだが・・・よりによって大臣の弟のウィルフレドの兄ちゃんか、魔道具の出所もわからんし面倒な」
エルヴェは何度読んだか覚えていない資料をめくり、ある一枚に目をやる。
それを見て更に顔をしかめると、机の上に一度置いて大きくあくびをした。
「魔法使いと山賊に襲われた辺境の村を、ふらりと現れた”白銀鎧の騎士”と”狩人”が救ってくれた、ありえないにも程がある」
頬をつねり、眠たげな目をぱっちりと開かせると頬杖をつき、再び資料に目を通す。
「だいたい俺でもな、よっぽどのバカが相手じゃない限り魔法使いを一人で仕留めろってのは無謀なんだよ・・・それが村人連中、騎士団が先手を打ってくれてたのかだの、命の恩人だので歓待しようとするし・・・嘘をつく必要もないが、事実にしちゃ出来過ぎてる」
―――”大やけどの狩人ティコ”と”白銀鎧の騎士ロイズ”。
「―――か、もし存在するんだったらぜひスカウトしたいところだな。・・・おいレット、アルレット、ちょっといいか」
エルヴェがとんとん、と机を指で叩き呼ぶと、エルヴェの執務机の脇にとりつけられた小さな机で黙々と筆を走らせていた、紫のショートヘアに赤いフチの眼鏡をかけた女性が眼鏡の位置をくいっと直すとエルヴェに目を向けた。
「・・・はい、なんでしょう隊長?」
「お前に頼みたいことがある」
「お金の催促ならもうダメですよ、銀貨十枚分にまで膨れてます」
「それはまたそのうちとして・・・少し調査、してもらいたいのさ」
眠気眼はどこかへ去ったかのように急にいきいきとしだすエルヴェ。それを見て、『また何かしでかすのか』といった困った表情をレットはし、仕方なさげに羽ペンをインク瓶に突き刺し置いた。
「このティコとロイズ、何者なのかちょっと調べてもらいたい、なんなら悪所に少し小銭渡してもいいぞ」
「あのスラムはとても居心地が悪いし臭うので行きたくないんですが・・・まあやりましょう、しかし、何で急に?」
「ん?まあなんというかな・・・ちょっと興味が湧いたのさ」
魔法に適正のある人間、しかし多くが魔法使いと言える程強力でもなく、魔法使いだとしても特に身体強化に適正のある者が進む道である騎士、その世界で長年生きてきたエルヴェにとって、自身が背伸びしても簡単には届かない魔法使いをたった2人――― ポスパの村人の言うにはほとんどは1人で戦い、もう1人は魔法使いを一瞬で仕留めたという、その二人に彼はとても興味をそそられた。
加えて、大して利益にも名誉にもならなそうな辺境の村を救い、しかしその手の業者に売り払えば当分飲んで遊んで暮らせるであろう、希少な高位の魔道具を奪い取りもせず村人の好きなままにさせた、たった二人の戦士。
彼はとても気になった、そんな―――
「おとぎ話に出てくるような英雄が、な。やってくれるか?」
「承りました・・・貸していたお金、少しでいいから返してくださいね」
「それはまた今度として・・・ともかく頼んだ、レット」
言葉が交わされると、少し微笑み、そして大あくびをもう一度したあとエルヴェは再び目の前の報告書に筆を走らせた。