トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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14756字。数字が階段になるまでちょっと惜しい。


第三章:西の森を行け 24話

 

 

 ―――ゴブリンの生態について、分かっていることはまだ少ない。

 

 

 200年が経過しなお、”まだ”であることには、彼らの神出鬼没さとそして、彼らの拠点を求め森の奥に向かった者の多くが帰らぬ者となっているからだ。

 

 彼らは森に簡易拠点を築き、”異界”から現出した不可思議な道具を崇め時折人里まで降りてくると、盗みやそれを見つかれば暴行、時に人の命を奪う。これゆえに討伐隊が時折組まれ人里の近くに拠点を構築されないよう追い払っているがいたちごっこで、しかし頻度は低いため”異界の魔獣”やはぐれの魔獣などに対して、脅威としては低く見積もられていた。

 

 根絶やしにされないのはそれらが理由で、この街の歴史と共に生きている、と言っていいほどに長い。

 

 姿形は耳の長い、皮が緑色の小さな人間のようで、彼らを最初に見た者は殺すのをつい躊躇ってしまうこともあるという。

 だがそれではいけない、彼らはほんの僅かにでも隙を見せればその人間の理性から離れた凶暴性を遺憾なく発揮し、小柄な体躯にあるまじき膂力を以って手傷を負わせに来るからだ。たとえ負けると分かっていても放たれた矢のように敵に突き刺さろうとする様は、慣れない戦士達を震えさせる。

 

 200年来、その戦い。

 いつか終わる日が来ると願っているのは人々だけか、それとも―――

 

 

 

 とん、てん、かん、と釘を打つ。 

 何をしているかなど分からなかったが、部隊の長が言うから打つのだ、考える余地も無かったし、考えるだけの頭など持っていなかったからきっとそれが正しいのだと、最良の道なのだと信じて釘を打つ。

 

 森の中、しがないゴブリンは丸太を縛る。

 なぜこの縛り方をするなど分からなかったが、部隊の長が言うから縛るのだ、考える余地も無かったし、考えるだけの頭など持っていなかったからきっとそれが正しいのだと、最良の道なのだと信じて丸太を縛る。

 

 ぱちぱちと、焚き火を焚いて完成を祝うのだ。

 時折弾ける火種が熱いしどこかへ飛んでいくが、事前に回りの草木を狩っているので燃え移ることはない。部隊の長が言うことはやっぱり正しい、考える頭がないだけに、彼についていくのが最良の道だと信じて焚き火を囲う。

 

 そうすると、完成を祝って部隊の長が、身体に装飾をいくつもつけた部隊長がこっそり持ちだしたハチミツを振る舞ってくれるのだ。高々と掲げ、ねぎらいの言葉をかけると彼は丸太の上から降りようとする。

 しがないゴブリン達はようやくハチミツが舐められる、この時のためによくわからない仕事の数々をしているのだと、五年も生きていない若輩のゴブリンは思い諸手を上げ、長と共に降りてくるハチミツへと手を伸ばし―――

 

 

 どさり。

 

 ハチミツが落ちてしまう。

 これには彼も、仲間達も落胆だ、何をしているのだと、せっかくの美味がと名残惜しがり、ツボに残ったハチミツへ手をのばそうとする。だが途端―――

 

 

 どさり。

 

 再び何かが落ちる。

 ハチミツに目を取られ続けていたから気づかなかったのだろう、それは長の身体で、頭がなかった。考える頭がないだけに、状況を把握するのには時間がかかってその頃には、二つ目の身体が胸元に穴を開けて倒れる。

 

 状況が切迫したことにようやく気付くのだ。各々に武器を取り、背を合わせ敵を見るため四方八方へと目を向ける、見えない、音も出さない相手の来る方向を固まって全体を見渡すことで、見つけ出すのだ、今は”死んだ”部隊長の教えだった。

 

 最初の一人は死ぬかもしれないが、敵の位置がそれで知れるならたやすい。

 しがない若輩のゴブリン達は、じっと周りを見て、耳を澄まして、それで―――

 

 

 どさり。

 

 また一人が倒れた、音もなく、敵は見えない。

 こうなるとパニックだ、残ったのはたった四人で、一人は逃げ出し、一人は”祭壇”に祈り、一人はそれでもじっと敵を見つけるべく周りを見る。

 

 

 どさっ、どさり。

 

 また一人が倒れた、遠くだった。

 それからまた一人、周りに目を向けていた一人だった。

 

 しゃがみこんだ彼らは興奮して、武器を手に勇んで叫びだす。

 ゴブリンの性なのだ、悲しいことに強大な敵に虚勢を張るのが彼らの処世術であり、群れが襲われた際、残った単身が犠牲となることで全体を生かす、生存本能の一種であった。

 

 

 また、どさりと倒れる、隣のゴブリンだった。

 

 もう闘う気力が残っていないが、それでも本能が叫び続ける。敵はどこだと、出てこいと――― その願いが叶ったのだろうか、いや、もしかすると叶わないほうが幸せだったのかもしれない。

 

 森のなかからゆらりと、姿を現した”悪鬼”。

 彼らにはそう見えた、黒の外套、素材の分からない鎧、頭を覆う兜はまさしく悪魔のようで、そして――― 赤い目が、彼を見る。手に握ったその何かを彼に向け、一言だけ、彼には分からない言葉でつぶやいた。

 

「―――すまんね」

 

 

 

 

 ゴブリンの頭が弾け、しばらく身体だけがバランスを維持しようと奮戦したのちどさりと、地面に倒れる。その様子を見届けるとティコは耳をすまして音を聞き、目くじらを立て周囲に気を配って、それからようやく状況の終了を認識するのだ。

 

―――否、彼の耳は再びの外部の存在の襲来を認識し、頭を低く取る。

 

 手に持ったライフルのスコープを通して見てみれば数匹のゴブリンが間抜け面を晒し近寄ってくるのだ、おおかたここにいた分隊と合流しにきた別働隊といったものだろう。

 

「ってーと、避けやしないってこったか・・・ちょうどいいさ」

 

 まっすぐに、足りない頭なりに隊列を見出さず歩いてくるゴブリンに向けて、ティコは銃を構える。今彼が構えているのは”.308スナイパーライフル”と俗称されるスナイパーライフルで、近年のウェイストランドでは東西問わずメジャーになりつつある銃だ。

 

 新式のDKS-501と比べ弾数や頑丈さに欠けるものの口径が.223のDKS-501に対し.308と大きく、そのぶん威力、射程は高い。拡張性も高く、ティコが構えているものにもサプレッサーと、ティコが自前で買ったCFフレームが用意されていたために軽く比較的、扱いやすい長距離銃となっていた。

 

 ティコはヘルメット越しにスコープをのぞいて、照準を脳天気に歩くゴブリンの胸元に合わせるのだ。

 

 正しい引きつけ、正しい構え、照準は真っ直ぐではなくコトリと落ちるのを想定して。狙撃の瞬間彼は息も止め、心音の間隔を縫って引き金に指をかける、心音の微妙な振動ですら狙撃の際には邪魔になるからだ、彼は自分の心臓が鳴った瞬間、次の鼓動までに照準を合わせ直すと、引き金を引いた。

 

「恨むなよ」

 

 一言だけ、出会ったのが不幸だと今散らす命に手向けを。

 刹那に飛翔する弾丸は空気を重く裂き、重力と磁場に引かれながら飛び続けるのだ、その弾丸はやがて―――

 

 

「ウギッ」

 

 .308口径、7.62mmの弾丸はさぞ大きかっただろう、胸元に吸い込まれた弾丸は弾けるのではない、プスッ、と刺さるように飛び込んだ後ようやく流血を飛び散らせるのだ。弾丸の勢いはどうやら一人では殺せなかったようで、上手いことに二人目の土手っ腹にも刺さると多大な出血を強いる。

 

さも当然のようにゴブリンは大混乱だ、”見えぬ矢”に射られたことが彼らに臨戦態勢をとらせ、しかし賢くも射出方向を悟った彼らは木陰に隠れて機会を伺う。

 

 弾丸の節約と、手間も減ったことにほくそ笑むティコは弾丸の自動装填が完了したことを確認すると、再び銃口を向けて照準を合わせるのだ。間抜けにも隠れていなかった一匹は仕留め、しかし残りの隠れたゴブリンを見て面倒だ、と舌打ちをすると移動を開始する。

 

 

 腰を低くし、森の木陰と新緑の葉々に身を隠しながら彼らに対し90°、真横をとるように移動するのだ。常人なら足音を立て、小枝に身体を引っ掛けただろう、だが彼は”レンジャー”である、訓練された男のスニーキングは音の一つも立てずに彼らの真横を奪った。

 

 思った以上に近距離で、スコープはかえって見づらい。そう瞬間に判断したティコはスコープを覗きこまずに、目測と直感のみを頼りにして照準を頼りにして、撃つ。

 

 またゴブリンの頭が弾け、別方向からの攻撃に混乱をする最中にもう一発叩きこむのだ。二人目のゴブリンが斃れたところで、ティコはこれ以上弾の無駄だ、と銃を背負うと接近戦を敢行する。

 

 残りは一匹、久々の腕試しにゃちょうどいい。

 刃こぼれが目立ち、そろそろ交換せにゃいかんな、と思えるようになってきたククリナイフを腰元から引き抜くと彼は同じように背を屈め、音を消し気配を殺しゆるやかに、しかし急速に最後の一匹、指揮官らしきゴブリンの背後へと滑りこむのだ。

 

 真後ろに足音がし、ようやくその存在に気付いた時。

 ゴブリンは武器をやけくそに振ろうとして―――

 

「修行が足りん」

 

 頭頂部にククリナイフを振り下ろされ、頭蓋を両断される。

 場所が場所だけに出血量は少なく、しかし致命打となった一撃にぐりんと目を回すと、ゴブリンは倒れてわずかな死後の微動だけを残し、やがてしんと静止する。

 

 されどティコ、戦いに、命の奪い合いに慣れきったレンジャーに多少の動揺も見られない。彼はポケットに手を突っ込み、数の減った手持ちの弾丸、そして暮れそうな夕日にため息を吐くと、ゴブリンの討伐の証拠、長い耳を切り落としては今日はこれくらいにするか、と踵を返しゴブリン達の組み上げた祭壇へと赴く。

 

 そして祭壇をナイフで崩し、上に乗っかっていた”異界の道具”を取り出すと手づかみにしまじまじと見つめるのだ。その”崇め奉られるもの”を見て彼は、またため息を吐くとそれをナップザックにしまい込んだ。

 

 

「・・・圧力鍋が神様の道具ってんなら、俺らは神になれるな、っと」

 

 へこんだ神々の叡智を背中に負いながら、彼はまた、来た道をたどって帰っていった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 二週間は経っただろうか、パーミット一等市民区、”28番目の金庫”ことVault28は今日、ここ一番の大盛況を記録していた。長く秘匿されていたと思われていた新しい区画が研究員の功績にもより開放され、それらを待ち望んでいた、暇を持て余していた富裕層の人間達がここぞとばかりに押しかけたからだ。

 

 解放されたのは三つのエリアで、上層に位置するカジノフロア、プールフロア、そしてシアター。カジノはこの世界においても、それなりに規模を誇る街へ行けばあり珍しいものでもなかったが、スロット、精密な真円に作られた色とりどりのルーレットなど未知のものに惹かれた人々はあっというまに引き寄せられる。

 

 元々Mr.ハンディや警備ロボットにはその取扱いマニュアルがインストールされていたのだろう、分からないことはディーラーのハンディに聞けば分かる、ということも広まったこともありルールも次々に理解されていき、その実に斬新で面白いルールに財布の中身を減らしていく人々は絶えない。

 

 ギャンブルとは実に罪深いもの、と言う。なお加え問題は貨幣の換算であったが、そこは200年の歴史、既にドル、チップとの交換レートをこれまでの取引から最下層に隠れているのだろう、メインフレームが算出していたようで、”現在最も広く使われる貨幣かつ貴金属を含む”と判断された金銀銅貨は互いに文句のない、納得の行くレートで取引されていた。

 

 

 プールフロアに関しても、水浴び、浴場、そして個人用の大型プールという文化は存在したものの、ほどよい温水プールを共同で使う、という斬新さが目についた。

 

 とはいえやはり、他人の前で裸になり同じ水の中を泳ぐ、ということは忌避せざるを得なかったのだろう、当初ここは大した人気は出なかったものの、生産の終了したらしい水着が売りだされると一転、伸縮自在の素材が用いられた水着、その斬新な柄、縫製、全てが新しく、美貌を見せびらかしたい貴婦人方が来ると下心から男も集まる。

 水も川の水のように生臭くなく、冷たくない水は齢を食ったご老体が久しぶりにはしゃぐのにもちょうどよく、その手の人間が多くを占めるこの場所においてあれよあれよと受け入れられていったのである。

 

 

 そして残る一つ、シアターでは―――

 

 

「よっし!よしっ!・・・なるほど、そう来たか・・・やっぱラルフィはかっけーなっ、翔べ!もっと速く!もっと遠く!」

 

 誰もいないシアター席のど真ん中、室内にはけたたましく大音量の音声が響き渡っているが、よく聞けばそれはラブロマンスでもSFでも、アクションでもない、アニメ作品特有の可愛らしい声優の声であるとわかるだろう。

 

 ならば見ているのは誰か、大人の遊びにあぶれてしまった小さな子どもか?

 そうではない、青年だ、ロイズは半ば占拠したともいえるこの広いシアターの中で、カラーの有声映画たる子供向けアニメ”ラルフィ・ザ・ロボット”を鑑賞していた――― 隣にいるティコと一緒に。

 

「なるほどな、相棒はこう言うのが好きなのか」

「別にいいだろっ、少年の夢はいつだって不滅なんだっての!」

「いや悪く言うつもりはないんだが・・・しかし、寂しいなあ」

 

 言いながら、ティコは周りを見る。

 

 ここはガラガラだが、実のところ反対側の第二シアターでは無声映画や言葉のないタイプの喜劇が放送されていて、そちらは映画という文化自体が無かったこともありかつ、直感で理解が可能な点盛況の一途だ。

 

 反面こちら、シアターを取り仕切る二機のMr.ハンディの趣味なのか仲違いでもしてしまっているのか、対極に有声映画(トーキー)ばかりを放送しているこちら側は、最初こそ人が訪れたものの二時間長編という大作の数々を『字がわからない』『言葉がわからない』の状態で見続けるのは苦痛なのかあっとうまに廃れてしまい、放送担当のハンディを嘆かせるに至る。

 

 結局見る者がロイズやティコ、興味の尽きないセネカとたまに呼ぶテッサ程度でしかなく、ついには”常連”と見なされハンディに歓迎されてかなわないロイズはよくこうやって、無数のフィルムの中から好きなものを観る権限を与えられていた、それくらいには誰もいないのだ。

 

 見れば研究趣味なのかせわしなくメモを取っている老人や、意味の分かっていなさそうな子供、時折覗きに来ては帰っていく人々がいるが、席のほとんどは空っぽで空虚極まりない。

 

「オレだって何言ってるかわからねー映画二時間も見る気はしねーって、仕方ねーだろ」

「まあだから俺らはこうやってポップコーン片手にしてられるわけだよな、はあ極楽」

 

 誰もいないものだからティコもヘルメットは外し、ポップコーンを摘んでは口に放り込んで完全にリラックスの姿勢。ロイズはロイズで感動に打ち震えており、Mr.ハンディから購入したコーラもどきを喉に流し込む。

 

 ヌカ・コーラでないのは商標の関係であるとか、製法を秘匿されたからだろうか。

 ともあれ喉に刺激を与えるのにはちょうどよく、彼は勢い良く飲んだあと少しむせ、それから背もたれに身体を預けて満足気に口元を笑ませるのだ、少なくとも今、彼は幸せで―――

 

 

「・・・くぅーっ、12話のテープはバンカーには無かったからよ、ようやく見られるとは思わなかった・・・別世界でだぜ?はあ、Vault-tecさまさまだよ様々―――」

 

 興奮してぐっと手を握ろうとしたその瞬間、ロイズの視界が塞がれるのだ。

 

 彼は驚いて飛び上がりそうだったがその感触をよく感じてみると、それはただ目を手で塞いだ、ちょっとした”いたずら”だということがわかる。

 

 するとすぐ耳元で誰かが囁くのだ、声色はそう、猫の鳴き声のように愛しさを感じさせる、魅力的な可愛らしいそれ。目を塞ぐ手は小さいから小柄なのだろう、そんなことを感じさせる”彼女”、あどけない少女のいたずら、それをロイズは察する。

 

 そう―――

 

「だーれだっ」

「ゼノ!」

「あったりー、バレちゃった?けっこう自信あったんだけどなぁ」

「作り声しなきゃバレるっての、ってゼノ、お前何でここに?」

 

 ロイズが聞くと、ゼノは後ろでに手を組み、笑う。

 それから頭の上の耳をぴこぴこと揺らし、答えるのだ。

 

「コネ、ってのがあってね?こっちに今は住ませてもらってるんだー、最近は色々賑わってて楽しいよね!」

「聞いて驚くなよっ?あれオレが開けたんだぜ?すごいだろ!」

「わーすっごーい!さっすがロイズ君!ゼノ感動しちゃう!」

 

 この間はカジノで大当たりしちゃった、とさらりと言ってのけるゼノだが、不運が多いロイズとしてはその幸運を分けてもらいたいとつい思ってしまう。なお先日もティコとテッサ相手にスッたばかりであった。

 

「知ってる?ロイズ君達がいなくなってからあっち(闘技場)のお客さん、すっごく減っちゃったんだよ?ウグストさんは修行って言って山に篭もりに行っちゃったし、目玉の人達がみーんないなくなっちゃってさ!」

「うっはー・・・そりゃ痛いなー・・・けど嬉しいよな、オレらのやったこと、全部無駄じゃなかったって分かるとよ」

「窓口の人も暇そうにしててさ、ロイズ君戻ってきてくれないかなって・・・ふふふっ!」

 

 まるで自分のことのように嬉しそうに笑うゼノを見ていると、ロイズもつい笑んでしまう。なんと言うべきか、ここのところ痛烈な出来事が多く、強烈な人間との出会いの多かった彼としてはこの、裏表のない底抜けな猫娘はとても癒やされるのだ。

 

 ゼノも席に座り、それからロイズはふと、何か用があったのかとゼノに聞く。するとゼノは猫耳をぴんと立てて思い出したように、ぱんっ、と手を叩くとゼノは腰のポーチに手を伸ばすのだ、ポーチも彼女の趣向なのだろう、拳を表すマークが丁寧に刺繍してあって、微笑ましくなる。

 

 だがふと、それが自分を表すパンチのマークであることを察すると、つい顔が赤くなる、わかっていてもたまらなく気恥ずかしくなるのだ。ひとしきり探したのち、彼女が出したもの、それは二枚のチケットであった。

 

「外のレストランのチケットもらっちゃったの!今からどうかなって、それで!」

「おー、いいなー!オレそういうトコ行ったことないからさ・・・ないから・・・」

 

 誘われたことは単純に嬉しく、つい食指は伸びる。だがロイズはふと自分の言葉を思い返すと、ティコを見てしまうのだ。すがるようなというか、ご教授を求めるようなというか、視線を浴びたティコはこめかみを掻く。

 

 だが心配するなと、胸をどんと叩くと答える。

 

「心配すんな相棒、フォーマルな場ってのはな、店員の言うことに従っておけばどうにかなるもんだ、お前は別に臭うとか肌がズル剥けってわけじゃねぇんだから・・・まあいつもの春服でいいだろ、行って来い!」

「そ、そうだよな!別に何も心配なんかしなくてもいいよなっ!・・・よっし、行く気が出て―――」

 

 ばっと立ち上がり、ゼノの手をつい取ろうとしたその瞬間だろうか。

 ロイズは自らに、別の場所から投げかけられる視線を感じる。

 

 そして目線を向け、その方向を見るのだ。

 

 シアターの入り口だろうか、そこには一人の女性が立っており、ロイズの方を見てやまない、おまけに彼が首を傾げていると彼女はずかずかと、階段を降りてきて彼らの側まで寄ってくるのだ。

 

 見た目は上等な貴族であろうか、赤と黒のドレスを身に纏い、ポニーテールの金髪は見るも惚れるほど手入れが行き届いている。肌は若くハリがあり、細く、顔つきは化粧でごまかしているようだがあどけなさが抜けず、そこから彼女の年齢がロイズに、自分とさほど変わらないことを察しさせた。

 

 付き人も並々ならぬ気を放っているものだから、彼女が何者なのかつい、彼らは邪推してしまう。

 

 そんな彼女が扇子で口元を隠しながら、自分の、下々のところまでわざわざ降りてきて側に寄るのだ。あるのは波乱か、それとも平穏か、彼らははっと身構えて、彼女の一挙一動に目を配ってじっと見据える。

 

 ティコも手にしたポップコーンを置き、ロイズは立ったまま。

 ゼノも後ろ手に組んだ手を下ろした、そんな矢先―――

 

「―――その話、私も乗せてもらおうか」

「・・・は?」

 

 浴びせられた唐突な言葉、それについ、無礼だと忘れてロイズはすっとんきょうな声を上げる。それにはすかさずお付きの者が前に出ようとするが金髪の彼女はそれを扇子で制し、自身がよりぐっと、ロイズの目と鼻の先にまで近寄ってくるのだ。

 

 自分よりちょっとだけ背が高いものだから、さしものロイズもその見下ろす視線に圧倒され、つい張り合って胸を張ってしまう。その無礼極まりない様に、ティコは俺は知らんと目を背け手をひらひらさせ、ゼノもあわあわとしどろもどろになってしまうのだ。

 

 そうしていると、先に口を開いたのは彼女だった。

 

「聞こえなかったか?ロイズ君・・・あ、いや、ロイズ殿。私も君達に話があるものだから――― その”食事会”にぜひ誘っていただきたい・・・いいかな?」

「・・・名前は?」

「おお、そうであった、名乗らないのは無礼だな、私は・・・」

 

 彼女は扇子をぱちんと閉じ、ロイズの首筋にそっと、指を這わせるとその顎に指をかけ自身と目線を合わせるのだ。

 その実に扇情的で、積極的な行動には知らんと言いながらチラチラ見ていたティコも後ろを体ごと向いておおっ、と野次馬精神を見せ、ゼノはきゃぅ、と口元に手を当てはらはらと頬を染め見るのみ、お付きの者が困り顔になって”勘違いされる”と彼女を止めようとするが、そんなものは無視して彼女は続けるのだ。

 

 顔を近づけ、そして―――

 

 

「アニーア・クラ・トゥルス、この街の評議会の一人娘である、君に食事に”誘ってもらいたい”、よいか?」

 

 目を丸くするロイズ、前門の美人、後門の猫娘。

 彼は一歩も下がれず、はいと頷くしかなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「―――っで、話って何だよえーっと・・・トゥルスさん」

「アニーアで構わん、呼び捨てでいい、むしろ呼び捨ててくれロイズ」

「・・・?まあいいや、アニーア、アニーア?」

「うふふ・・・」

 

 ぷるぷると小刻みに震え、顔を少し赤らめるアニーア、彼女はその様子を自覚すると、扇子でそっと顔を隠す。

 

 それに何がなにやら、理解の及ばないが女性には女性の理由があるのだろう、と納得したロイズはとりあえずと、話の続きをアニーアに要求するのだ。その口調は普段の癖であまり良いものではなくお付きの男に注意を受けるが、アニーアはそこをまた制する。

 

「まあ何であるか、ロイズと・・・ゼノだったか、君はいいのだが・・・」

「さっ、誘ったのわたしなのに」

「失礼をしたか、そういう意味ではない。ただ話を聞けるなら君にも聞いておいたほうが良さそうだと・・・”灰色髪”のことでな、少し」

 

 飛び出した言葉は、唐突に。忘れもしない悪辣な徒の名であった。

 それについロイズはガタッと、身体を前のめりにしてしまいテーブルを大きく鳴らしてしまう。

 

 しかしここは仮にも上等な店舗であり、昼時とはいえそこに集う賓客はどれも身なりをある程度整えている貴婦人や紳士ばかりで、ロイズへと良くはない視線を送るのだ。アニーアが一礼し場を収めたが、その手の場収めが苦手なロイズやゼノだけであったら、追い出されていたやもない。

 

 ロイズは落ち着くと座り、それに関しては礼を言うとアニーアに頭を下げる。

 アニーアはこころなしか嬉しげにその礼をロイズから受け取ると、頭を上げるようロイズに言いそして、運ばれてきた前菜、食欲を駆り立てるその役割通りに色鮮やかに彩られた少量の料理の数々が卓に並ぶと食事を始める。

 

 誘われたのは彼女のはずであるのだが食べるよう促すのも彼女であり、しかしその音一つ立てない完璧なマナーはつい、誘った側であるはずの彼らも呑まれついつい従うとおりに身体を動かしてしまう。

 

 だがそれがしばし続き、前菜のちのサラダが卓に並んだあたりで、ロイズは目的を思い出すのだ。

 

 

「って、そうじゃなくって!灰色髪に関して何が聞きたいってこったって!」

「しーっ、声が大きいぞロイズ・・・皆の方、またも失礼した、不慣れな友人でな」

「ご、ごめんなさいっ・・・」

 

 思い出したように大きな声で言い放ったものだから、今度はゼノも一緒になって猫耳をぺたんとさせ、謝っている。それにはさしものロイズも申し訳ない気持ちになると、軽く咳をし、声の調子を整え小声でささやくように話すのだ。

 

「それで、何が・・・聞きたい、だって」

「そこまで小さくせんでもいいさ・・・まあなんだ、”灰色髪”の被害が確認された時期がいつごろか、君達は知っているか?

「被害・・・ですか?ああっ、そういえばっ」

「その通りだ、ロイズ、君達がここを訪れてすぐなのだ、だからつまり―――」

 

 サクリ、と赤々しいトマトへフォークを突き刺し、アニーアは続ける。

 

「―――関係の疑わしい者、その時に訪れた者を調査して回っている、ということだ、私が直接やることではないのだが・・・まあ、ちょうどいい機会であったしな」

「ちょうどいいって?」

「こちらの話だ、つまらぬ話だから言うまでもないさ・・・と」

「待て待て、オレらが疑わしいって―――」

「―――違うさ」

 

 アニーアは手を休めると、丁寧にフォークをフォークレスト(フォーク置く奴)に置き反論した、長丁場になる、その合図だったのだ。

 

「私も君が怪しいとは思ってない、第一”灰色髪”の起こした事件であろうものを、ことごとく打ち破っているのがロイズ君達であるからな、我が父も感謝しているよ、未然に惨事を防げたと」

「うー、そうやって面と向かって礼言われるとむず痒いっ」

 

「だが反面だ、ことごとく君達ばかりが――― ”灰色髪”に狙われている、そは間違いないだろう?」

 

「ッ、思えばそうだよな・・・恨まれる理由なんざねーってのに」

「だよねー?人から憎まれそうな顔してないもん」

「それはともかく・・・だがそれであるからこそ、君達を警戒している者がいるのだ、君達が狙われているなら、君達がいる限り”灰色髪”はこの街に居座ると。だから君達を追い出そうとする者と、”灰色髪”を打ち破ってきた君達という戦力を保有しておくべきだという声が二者ぶつかりあっている」

「・・・うぇー・・・」

 

 また降って湧いた面倒が立ち塞がるのか、と思う。

 自分たちはただ皆、帰り道を探しているだけだというのになぜこうも邪魔が入るのだろうか、運命めいたものがあるなら書き換えてしまいたいと、ロイズは苦い顔をしてサラダを噛むのだ。緑野菜も実際に苦かったので、彼はますます苦い顔になった。

 

 その様子にアニーアはくすっと笑う。

 

「だからロイズ君に聞きたい、”灰色髪”に狙われる理由があるなら話してくれていい・・・私は後者だ、我々も君達を守ろう、我が街の多くの人間は常勝無敗で姿も見せぬ”灰色髪”を恐れもしているが、勇敢にも立ち向かおうという人間も十分にいる。闘技の街の人間が、誰かを生贄にして生き延びようとするほど弱腰じゃない」

「オレら・・・がか・・・」

 

 真剣に、じっとロイズと目を合わせるアニーア、なまじテッサに及ぶかどうかの美人だが、見た目の年の頃が年の頃で化粧まで乗っているため、ロイズはつい目線を合わせるのを気恥ずかしく思ってしまう。

 

 だが今は真剣な話をしているのだ、そう思うと彼も眉間にしわを寄せ、深く考える。

 

 自分達のこの街の人々との特異点、十分すぎるほどあろう。

 思い当たるフシは多すぎて探すに探せない、だがそれが”灰色髪”などという悪辣なテロリストの琴線に触れ、興味を持たせるほどのものだったのかというと――― やはりざっくばらん、おおざっぱにそうとしかヒントが見当たらない。

 

「・・・オレらが他の人と違いすぎるってんじゃ、ダメかな、装備とか、愉快なメンツとかさ」

「ロイズくん達の着てる鎧とか武器とか、わたしも旅してきたけど見たことないからねー、悪い人引っ掛けちゃうのはロイズくんも心外だと思うんだけど、それに”先祖返り”とムーンエルフ、いつも兜をかぶった相棒さん!確かに愉快だねー、お伽話の勇者ご一行みたい」

「ふむ、やはりそれがいいところか・・・」

 

 先ほどのロイズと同様、深く考えるアニーア。

 

 アニーアはゼノにも問うが、彼女もまた首を横に振る。

 するとそこでぷつりと話は途切れ、するとカチャカチャと、無作法に、けれども努力は見られる食器音をさせながらゼノとロイズは食事を続けるのだ。ちらりと目を向ければアニーアがさすが完璧な作法を見せているからとても気恥ずかしい。

 

 そういえば、今ごろ起床して背伸びをしている頃だろうか、テッサもテーブルマナーや各種作法は見惚れるほどに完璧であったな、と思い返し、ますます香るポンコツエルフの謎についつい思いが馳せられてしまう。

 

 

 それからしばし、フルコースは中旬を迎え温かみを与えるスープも、口の中を掃除してくれたパンも、お腹に優しい魚料理も終えお口直しにシャーベットが出された頃だろうか、ふとアニーアが思い出したようにお付の男に小声で囁く。

 

 とたん出てきたものは二枚組の紙であり、ペンもあった、マジックペンだからおおかたVaultから持ってきたのだろう、こんなものまで生産されているとは、とVault28という地面の下のホテルに驚嘆しつつ、彼は差し出されたペンを受け取る。

 

 次いで出されたものは紙――― 言うなれば、色紙だ。

 なんでまたこんなものを、と思うがそれよりも早く、アニーアが口早に言う。

 

「君に調査をし終わった、という証明のためのサインを書く紙だ、存分に書いて頂いていい」

「・・・でかくね?端に小さく書くとかでいいか?」

「いやいや、ダメよ、真ん中に大きく、色紙を埋めるくらいに大きく書いてね。アニーアへ、って端に書いてくれるととても証明にちょうどいいわ・・・である」

「お、おう・・・」

 

 途端に口調が崩れた気がするし、与えられたマジックペンと色紙を見てもなんとも言えぬ違和感をロイズは感じる。

 だが斜め向かいではアニーアは目をこころなしかキラキラと、両手を合わせて待ちわびるように待っているからこれがこちらの流儀なのだろう、と無理矢理納得し、ロイズは心意気のまま大きく名前を書いてみせた。

 

「Scribe Royce、アニーアへ、こんなもんでいいか?」

「ふふっ・・・!」

「・・・?」

「あ、ああ、問題あらんロイズ、渡してくれ・・・それとこちらは別の方だからこちらにもサインを―――」

 

 シンナー臭を漂わせる色紙を手渡し、ロイズはまた別の、ひらひらの紙を一枚受け取るとまた彼はでっかく書けばいいのか?と彼女に確認する。だがアニーアは手を横に振った。

 

「いや、それは端の四角いところに適当に書いておいて欲しい、読めればいい」

「そ、そっかぁ・・・」

 

 やはりこの世界の風習はよく分からない。

 また今度機会があったら、知識保管庫でマナー完璧のテッサにでも聞こうと思い、彼はまた書類にサイン、手渡すと再び場は静まり、食事の場になるのだ。

 

 一人蚊帳の外になりかけていたゼノはシャーベットに夢中なようだから、誘われた側として無礼はしていないだろう、とロイズは安心して、運ばれてきた高級メインディッシュに内心猛りつつ自分も食事を進める。

 

 そんな矢先―――

 

 

「ねぇ、ロイズ」

「ん?・・・んぐっ、どうしたよゼノ、何かついてるか?」

「ううん、そういうのじゃなくってね」

 

 話しかけてくるのはゼノで、ロイズは食事をひといきに飲み込んで食事を中断すると応える。ゼノは少しぼうっと、考えるような素振りをしながらロイズに問うのだ、それはほかならぬ”灰色髪”の疑問に違いなかった。

 

「・・・”灰色髪”って、何でこんなことしてるんだと思う?悪い子はダメだってママに教わらなかったのかな」

「んな・・・テロリズムだろ、意味はあるけどオレらには理解できないんだよ、ママに反抗期こじらせていっちょまえに調子のってんだ」

「てろ?りずむ?」

「自分達の要求が通らないからってさ、暴力とか殺人とか、そうやって相手を怖がらせることでムリヤリ要求を押し通そうとすることとか、自分の思い・・・思想を伝えるためにそういったことをしてのけるんだ。それをやるやつは”テロリスト”って言ってさ、論理なんて通じない」

 

「ロイズくんはそう思ってるんだねー、じゃあ”灰色髪”は”てろりすと”ってこと?」

「そうなるだろーよ、んでその、魔女の霧とかいう連中はテロ組織ってー・・・どんなに命張っても社会を怖がらせても勝てはしねーんだ、虚しい連中だろ」

「そっかー、ゼノは悪い人達だってしか思ってなかったけど、ロイズくんはそう思うんだね、じゃあ―――」

 

 ロイズが淡々と、説明を終えるととたん、ゼノが頬杖をついてロイズを見る。

 

 前にも会った時、ゼノが満足したときに見せた仕草だ。

 その仕草はどことなく――― 艷があって、ロイズはつい、この可愛げに溢れるだけだと思っていた猫娘に色気を感じると、目をそらして頭の後ろを掻き、続く質問を待った。

 

「―――ゼノがもし危なくなったら、ロイズくん助けてくれる?」

「・・・ってーと」

「んふふっ、ゼノがもしその”てろりすと”に襲われたらロイズくんどうしてくれるかなーってさ」

 

 くすくすと、小さく笑いながら言うゼノにロイズは一瞬ぽかんとする。

 だが一瞬、一瞬なのだ、考える時間を設けず、彼は答えてのけた。

 

「ったりめーだろ?もし危なくなったらオレんとこ来いよ、呼べよ、いつだって助けに行ってやる・・・そいつができなくてB.O.Sの男語ってられねーってんだ!な!」

「んふふっ!嬉しいなあ・・・!あっ、ごめんねロイズくん、食べて食べて?冷めないうちに!」

「おっ、おう!・・・うめーなコレ」

 

 談笑から一転、共に気恥ずかしくなった二人は食事を進めるのだ。

 初々しい二人は多少騒がしかったが、その様子を見るとつい微笑ましくなると、周囲のジェントルマンやレディ達は彼らを見逃す。

 

 するとほどなくメインディッシュは平らげ、臭みのないチーズに珍妙なフルーツ、デザートにこちらではコーヒーの代わりか、ホットココアが出され、フルコースは最後に小さな洋菓子とをもって締めくくられる。

 

 支払いは前払いで、ゼノとロイズはチケットであったからカウンターに向かうのはアニーアのお付きの男だけ。いっせいに席を立つと、アニーアはお付きの男が戻るまで待ち、ゼノとロイズは一足先に帰りの道を辿るのだ。

 

 

 手を振り、別れ、歩き出す、それだけの最後の道筋。

 だがその直前に――― アニーアがふと、はっとしたようにゼノを呼び止めた。

 

「しばし待って欲しい、ゼノ、と言ったな?はて・・・」

「うん?アニーアさん、どうしたの?」

「いや、その、どこかで会ったことはないか?どこかそう、別の遠い場所だったような気がするのだが」

「うーん・・・?」

 

 眉間にしわを寄せるアニーアと同じく、ゼノも唇に指を当て考えだす。

 しばらくすると、合点が言ったのか彼女が答えを彼女に与えた。

 

「わたしちょっと前まで旅してたし、貴族の人ともちょっとした”コネ”があるから・・・王都とかで会ったりしたんじゃないかな?ごめんね、わたしもよく覚えてないけど・・・そういえば会ったような気がするなぁ」

「そうか、それなら良い・・・久方ぶりの出会いということか、運命的であるな・・・またよろしく頼むぞ」

「うん!アニーアさんも元気で!」

 

 今度こそ手を振り、別れる。

 時間は既にそろそろおやつが欲しい時であったが、もう彼らの腹は一杯だ、これから遊ぶ気力が満腹に削がれてしまい、彼らは互いに目を合わせるとははっ、と苦笑する。

 

 そして彼らもまた、別れるのだ。

 

 

 手を振り、笑いかけ、道を歩む―――

 だが、彼女もまた、ロイズをその前に呼び止めた。

 

 

「ね、ロイズくん?」

「ん?どったゼノ、忘れものかよ?」

「ううん、ただね・・・別れる人にはみんな聞いてるんだ、前にも聞いた、ゼノのおまじない」

 

 目をつむり、胸に手を当てゼノは落ち着いた口調で言う。

 ロイズが彼女を向くと、腰に片手を当て続く言葉を待った。

 

 

「―――ゼノ、いい子だよね?」

 

 微笑んで、頬を軽く染めて、恋焦がれる少女のように、すがるように聞く。

 ロイズはその目を逸らすことができずに――― でもぐっと、決まっていると答えるのだ。

 

「・・・前にも言ったろ」

「んふふっ」

「前には人の怪我治してメシおごってくれて――― 今日もまたメシ奢ってもらって!自分を疑える!んなやつが悪いわけあるかってーの!」

 

 ぐっと、サムズアップを見せゼノに応える。

 それを見届けたゼノはくるくると周り、スキップ混じりに嬉しそうに後ろでに手を振って、笑いながら帰っていくのだ。心底嬉しそうに、恋焦がれる少女のように――― 実際にそうなのか、とも思う。

 

 ロイズはその姿を目に映し、ふと、

 

 

 

 ―――また、会いたいと。

 

 

 踵を返し、サビ臭い”新居”への帰り道。

 そう、思った。

 

 

 

 





(´・ω・`)一応この小説はロイズくんハーレムものじゃないです、念のため。

 ミーハーな彼女はきっと、何もなければ普段はたぶん残念な娘。
 なんだろう、今回はすっごく綺麗に終わった気がする。

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