トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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第三章:呪われたグラディエーター 17話『New Clear Cola!』

 

 ―――パーミット一等市民区裁判所。

 

 

 罪人を裁くこの場所はその性質上、一等市民区でも中枢に位置する。

 卑しい身分、ましてや卑しい罪を犯した人間を見ることも嘆かわしい貴族たちの目に触れないように移動式の檻に押し込まれ、光を遮る黒い布をかぶせられた罪人は今日もこの場所で裁かれその身分を落としてゆくのだった。

 

「―――判決」

 

 ごくり、とつばを飲み込む音はしんと静まり返った裁判所にも響くようで、ぴんと張り詰めた緊張の糸が彼ら、鉄壁テストードの生き残った三人、アポン、タイン、カーライルの背筋を伸ばしてやまない。

 振り上げられた小槌が卓を打ち鳴らし、裁判長の言葉が投げられるまでの時間はまさに無限のようで、この場にいるあらゆる人間の背筋に昇るものがあるかのような感覚を忘れさせない。

 

 眼下を一瞥した彼は、ごほん、と咳をし声を整えると声を響かせた。

 

 

「縛り首と処す」

 

 冷徹に、冷静に、死を告げる文言を述べる裁判長。

 その瞬間、張り詰めた緊張の糸がぷつりと切れるような気がして、同時に死を言い渡された三人は崩れ落ちる。

 

 罵声と、涙声と、因果だと冷徹に述べる声。

 様々な思いを含んだ声が響き裁判所がやかましくなっていくのを止めようと裁判長がまた小槌を振り下ろそうとしたその瞬間、耳を打つような大声が響き渡った。

 

「待てよッ!そいつら殺しちゃ意味ねーってグールも言ってただろッ!」

 

 変声期を越え、大人と子供の中間に位置するような青年の声だ。

 皆の目が向くのは証人を座らせるスペース、リコンアーマーを身にまとった軽装のロイズはだんっ、と死刑判決を言い渡された面々と彼らとを隔てる柵を殴り大きな音を立てると、判決の主を睨みつけた。

 

「そいつらの後ろにゃやっべぇ奴がいる!そりゃ忘れてるかもしれねーけど・・・」

「証人、静粛に。判決は既に下された」

「ッ、だったら今からでも・・・」

「よせよ相棒」

 

 身を乗り出して講義するロイズを、手で制したしなめる男。

 隣に立った黒衣のレンジャー、ティコは彼がうなりながらも大人しく座ったことにサムズアップすると、彼もまた裁判長を睨む。表情はヘルメットにより遮られていたが、その赤い目はあたかも声のドスの効きのせいで、睨んでいるかのように見えたのだ。

 

「証人、ですから・・・」

「まあ殺すことにゃ俺は講義はせん、やったことがでかいからな。ただ”すぐにじゃない”、そう言ってるのさ、理由もある」

「・・・話を聞きましょう」

 

 小槌をゆっくりと下ろし、ティコの話に耳を傾けようとする裁判長。

 観衆がざわめく中、ティコは裁判長に一礼し礼儀を示すと懐から一本の筒を取り出した。

 

 紛れも無く闘技場で使われた魔道具、彼らからすれば馴染み深い”グレネード”、BITE-ME催涙グレネードそのものであった。唐突に武器を取り出した彼に対し、警備兵も剣を抜き観衆も更にざわめく。

 

 ティコはそれに両手を上げて敵意がないことを示し、静かに、静かに、と観衆を誘導するとようやく話し始める。

 

「こいつはBITE-ME催涙グレネード、出処はビッグマウンテンだとかガンランナーとか色々言われてるが、まあどうでもいい・・・こいつは人間の目に鼻、口、穴がありゃどっからでも侵入して痛みと咳、嘔吐感、たまに命だって奪うシロモノさ、今回誰も死ななかったのは運が良かったな」

「して、そんなものを勝手にこのような場所に持ち込んだ意味は?検査は何をしていた?事と次第によっては貴方も・・・」

「心配するな裁判長、こいつはもう役目を終えてる、ただの鉄屑さ」

 

 ぽんぽんと、投げては取り、投げては取りを繰り返すティコ。

 これには観衆に立ち上がる人間も出てきて、ついには裁判長も手で制した。

 

「―――問題は、こいつが”異界”のもんだってこったな」

「異界の?その発言の正当性は?」

「そっちにゃ学者先生がいるだろう?後で調べさせりゃいいさ、こいつはやるさ。ともあれだ、異界のモンを当たり前に使える奴らがバックについていて、それでこの大事を引き起こした。俺らが出張って食い止めたから良かったが、じゃなきゃ死人は出てた――― そうだよな」

 

 ちらりと、証人席の後ろにいるバラッドとフラティウ、そしてシェスカをティコは見る。

 その瞬間ぞくり、とシェスカとバラッドは、今まで忘れていた死の可能性を再認識し身震いした。

 

「そいつらは忘れてるっつーが、もしかするとだが記憶にこう・・・何か細工でもされてるとか無いか?こっちじゃ頭を打たれて記憶の飛んだ運び屋の伝説とかがあるんだが・・・。ともあれ、事件が一段落するまで処分は保留しといたほうがいいってワケだ、裁判長」

「・・・ずいぶんと詳しいですな」

「見ての通り、全身異界グッズで固めてるもんでね、その道にゃプロと言ってくれて構わん、それでだが―――」

 

 ティコが話を続けようとしたそのタイミングで、割り込む声。

 

 ティコも出鼻を挫かれたことにこめかみを掻き、話の途中なんだ、とばかりに後ろのフラティウに視線を送る。だがフラティウは一礼をティコに送りながらなおも目を合わせ、それでも話したいのだ、と言わんばかりに真剣な視線をティコに返した。

 

 これにはティコも根負けして、譲るよと両手を上げて座り込む。

 隣にはまだ何か言いたげな相棒がいたが、手で制して耳を傾けるに執心した。

 

 フラティウは息を吸い、そしてゆっくりと吐く。

 

 覚悟を決める前のように、言い淀むようにする彼に急かすような空気が出来上がるころ、視線を重たく裁判長に合わせたフラティウはようやく口を開いた。

 

「色々と考えました、何の目的なのか、誰が特をするのか・・・”誰がやったのか”。その上で、推論を述べます」

 

 一度目を閉じ、そしてまた開く。

 覚悟を決めたかのようであった。

 

 

「―――『灰色髪』の仕業であると推測します」

「―――!」

「ちょっとウソでしょフラティウ様!あんなの・・・あんなの!」

「相手にするには大きすぎますよ!?冗談でも・・・冗談じゃ、無いですよね」

 

 重い、鈍い、絞りだすような言い方。

 ティコとロイズにはその理由が分からなかったが、しかし、とたんにざわめきだす観衆、詰め寄る彼の仲間たちを見てその名詞がただの有象無象を指し示すものではないと察すると、次なる会話に耳を傾けた。

 

「“灰色髪”、その名を持ち出すのはただごとではないですぞ、フラティウ殿・・・根拠は?それが一番重要です」

「ええ、もちろん」

 

 そう言うとフラティウは今なお崩れ落ちたままの鉄壁テストードの面々を指さし続ける。

 

「彼らは”忘れた”と言っています、”知らない”のではなく思い出せない、忘れたのだと。かと言って三人が目の前に現れた相手の顔と名前、特徴すらも忘れるでしょうか?まさかでしょう、彼らは恐らく、精神に何らかの魔法を受けたと推測され――― そして」

「そして・・・?」

「以前のミスリルゴーレム、”ゴーレム暴走事件”において召喚を担っていたオーケン、彼の杖の細工、マナを増長させる特殊な術式であったと聞き及んでいます。即ち・・・」

 

 少し溜め、鼻先を軽く掻くフラティウ。

 たったそれだけの動作であるのに、誰も彼もがその先を待ち焦がれていた。

 

「何らかの陰魔法を受けたものに違いないでしょう、そしてそれほどの高度な魔法を複数、それも一時的にではなく以後ずっと記憶を消去する力、姿も表さぬ強力な相手、そして自ら手は下さぬ愉快犯」

 

 また、すうっと息を吐いては吐く。

 その額には、冷や汗が浮かんでいた。

 

「出会った者全ての記憶を消し、歴史上に残る被害をいくつも出しながら決して顔も名前も知られていない最悪の怪傑――― 魔女の霧が首魁”三毒”、その一人『妬みの灰色髪』、その仕業である線が濃厚です」

 

 言い終えるとともに、裁判所を包むのは静寂。

 小さな不安は饒舌に語り、大きな不安は沈黙するという、席に並ぶ観衆の目はことごとく丸く、それは現実を受け入れがたいといった色だった。

 

 一礼すると、フラティウは席に座る。

 裁判長はそれから、深く目を閉じしばし黙りこむとやがて、十と数秒のち口を開いた。

 

 

「・・・もしそれが事実だとすると、この街は歴史に残る事件が更に起こる・・・まだもっと、酷いことが」

 

 目を閉じたまま言う裁判長も額には汗を流しており、その表情も間近に見ればやや崩れかかっていることが読み取れた。

 

「金にがめつい闘技場の連中はまだ興行を続けるつもりだと言う、もしそうならきっと、まだ闘技場が狙われるであろう――― その時」

 

 その時、ようやく目が開かれる。

 開かれた目の視線は、フラティウへと、ティコへと、ロイズへと、闘う男達へと向けられていた。

 

「人々を守るのは君たちなのだろう、我々にできることは裏方がいいところ・・・それも力になれるか怪しい。このことは評議会の役員にでも報告しておきましょう、腰の重い彼らが動くか分からないが、もし事実だとすれば動かなかったことは後悔になる」

 

 視線を受けた者が全て一礼を返す。

 それほどまでに法の番人は神聖で、返さずにはいられなかった。

 

 裁判長は小槌を持ち上げると、もう一度打ち鳴らす。

 そして今度は迷いなきとばかりに、すらすらと言った。

 

「判決」

 

 目線は鉄壁テストードの男達に、険しい顔はそのままだが、視線には別のものが篭っている。

 

「縛り首はそのまま――― だが執行猶予をつけよう、君たちの”身の振り方”如何に寄っては”減刑”もありうる・・・ではこれをもって今回の裁判を閉廷とする。長居せぬように」

 

 途端、鉄壁テストードの男達は抱き合い、泣き、神の名を呼ぶ。観衆が帰っていくのを目で追いながら、その最後尾が去った後、フラティウにティコ、ロイズ他の証人達もようやく終わったと席を立ち、腰を回した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 判決が下り、聴衆が退場した後の裁判所。

 法廷の扉は固く閉じられ、両脇に控える警備兵は誰も入れんとがっしりと根を張る。

 

 ティコ達はそれでも法廷前、控え室がわりの広間の一端、ちょうどよくテーブルと椅子が設けられたスペースに集まって、卓を囲み飲み物に口をつけていた。

 

 だが談笑しているように見えるその空間も、近寄ってみれば空気の比重が重いことに気づくだろう。何気ない会話を隠れ蓑にして大事な話に踏み込むためらいを隠すようにと、どうしてもどんよりとした空気が漂うその空間、埒があかないと考えたティコが切り開いた。

 

「―――で、教えてくれや、その何だ・・・ハイイロなんたらってのを」

「・・・君が見過ごすとは思っていなかったが、まあいい、話そうか・・・とは言っても、これだけ有名な話を知らぬ者はそうそういないと思っていたが・・・本当に知らないのか?ティコ」

「俺と相棒は世間に疎くてな、ちょいと世間知らずの坊やたちに教えてくれる感じでいい」

「じゃあボクが話そうか、彼らが関わった事件に関する資料は実家に結構あったからね、たまには知識を提供するよ」

 

 そう言うと数少ない椅子、既に埋まったそれに座るロイズをテッサはどかそうとするが、彼はどかない。

 彼女の細腕ではロイズを押しのけることはできず押し合い引き合いもんどりあいになった結果、ついにぷうっと頬を膨らませたテッサがあてつけにと、ロイズの膝の上に無理矢理収まって彼を赤くさせてから、さも勝ったとばかりにガッツポーズをとって話を始めた。

 

「あてつけだよ、どかないロイズが悪いのさ」

「ロイズ達って毎日楽しそうだよねぇ」

「とっても!じゃあ話そうか・・・まずは”灰色髪”からでいいかな」

 

 テッサは目の前のカップに手を付け口に含むと、喉を潤し声を整える。

 それから咳払いをひとつして調子を戻すと、口を開く。

 

「魔女の霧のことについてはロイズもティコも、記憶に新しいだろう?ボクもアルベルトも痛い目を見たからいい思い出はないね」

「あー、あの黒人のエルフだっけ、デスクローに握りつぶされた・・・」

「そうさ、ダークエルフが原点となって様々な、人間以外の異種族の”はぐれもの”を集めて構成されているのが”魔女の霧”、そして今やかなりの規模の組織を統括している存在こそが首魁”三毒”、その一人が『灰色髪』って言われてるね」

 

 いつもの調子で知識を披露するテッサの顔は、久々に役目を得られたためか少し嬉しげだ。

 だがその場の全員は、その言葉に真剣に聞き入っていた。あまりに顔が真面目なものだからテッサも気圧されて、髪を握って寄せるとごほん、と咳をする。

 

 それに自分達が少しばかり気を張りすぎていたことに気づくと、彼らは少しだけ緊張の紐を解いて聞き入った。

 

「三毒はそれぞれ強力な魔法を持っていると言われてる、そのうちの一人”灰色髪”はつまり、なぜ彼が・・・女性なのかも男性なのかもわからないから便宜的にそう呼ぶけど、彼がなぜ『灰色髪』と呼ばれるかに所以があるのさ」

「名前が知られてないってこた、つまり」

「そうさ、誰も彼を”覚えていない”のさ。最初の事件はずっと前だね、ボクが産まれてまもない頃だと思う。ある街で破壊活動が行われその裏に暗躍していた存在の証人をかき集めることになったんだけど、誰一人覚えていない――― ただ共通項として”灰色の髪の誰かにそそのかされた”とだけ言うものでね、捜査が難航したんだけど・・・」

 

 唇に指を這わせ、考えながら話す素振りをテッサは見せる。

 それから深く彼女は椅子に沈み込む、後ろにはロイズがいるので彼に身体を預ける形になり、初心な彼は結果涙目で助けを求めてはフラれるのだ。

 

「それが何年かのインターバルを置いて各地で起こるのさ、街から街へ、村から村へ、根絶されたはずの疫病がどこかでまた誕生するように、誰にも顔も名前も、性別も声すらも覚えられていない”灰色髪”はそんな暗躍をずっと続けてる、でもずっと何十年も同一犯がやってるみたいだから・・・」

「―――寿命の長いエルフあたりを、警戒すりゃいいのか?」

「その線が濃厚だって言われてるけど、ダークな彼らの方を警戒してほしいな。でも一時期灰色髪のダークエルフをひっ捕らえて尋問するのが流行した時代があってね、そのあとひどい事件があったもんだから下手に刺激しないようにって、ダークエルフを表立って訝しむのはよしたほうがいいかな」

 

 世知辛いよねぇ、と愚痴り、またカップに口をつけるテッサ。

 

「ともあれ灰色髪はそれだけ強力だ、記憶を書き換え、道具に呪文を書き込んで性質を操る。それを誰にも認識されず覚えられず、ただの一人で・・・一人かは知らないけどやるのさ、もし本当に今回の相手がそれだとしたら厄介だよ、強い弱いんじゃない、見えないと言っていい」

「ふーむ・・・そりゃなんというか」

「他にも首魁には”怒りのハンニバル”と”愚劣のガイセリック”がいるけど、彼らが有名な”休日事件”や”フランデンブルグの崩壊”は別件だし置いておくとしよう、まあ両方出てきたらボクらは逃げるしかないだろうね、くわばらくわばら」

 

 相手が悪なら喜び勇んで相対すると、彼らの性格をこのしばらくでなんとなく理解したらしいテッサが、忠告するとばかりにティコと、後ろに振り向きまだまだ赤いロイズに目だけで制する。それを受けたティコは腕を組むと、唸った。

 

 深く考えるようなその素振りに目を向け、フラティウは首を傾げる。

 それからティコが顔を上げると彼は、ティコに声をかけた。

 

「何か思い当たるフシが?ティコ」

「まあ、昔の話だけどな・・・相棒」

「ふぇ・・・っと、あ、ああ、どうしたよ」

 

 聞くフラティウの言葉を受けて、ティコはロイズを呼ぶ。

 顔を赤くし放心寸前だったロイズも、それに気づくと気を戻し応えた。

 

 ティコは少し考えて、どこか遠くを見てふうっと息を吐くと、ロイズに向き直る。

 

「精神操作、ってのを聞いて気になった。”リチャード・グレイ”、お前なら知ってるな?」

「リチャード・・・あ!ああ!”ザ・マスター”!?」

「ああ、まあ似たようなモンだから思い出したんだが・・・」

 

 顎に指を添え、確信を持てないような心情を隠せない彼は言葉を続ける。

 見慣れぬ単語に興味を示したのか、ウェイストランドを知らない、”この世界組”も目を彼に向けた。

 

 

 

 ―――ウェイストランドの英雄譚は様々だ。

 

 ウェイストランドが始まってすぐ、ということで広く知られている”原初の英雄譚”ならばB.O.S創始者ロジャー・マクソンの”脱出”が該当するだろう。だがそれを上回る勢いで、全ウェイストランドを救ったその英雄の逸話は知られていた。

 

 ”Vaultの住人”、その英雄譚。

 そして彼が追い、ついに仕留めた”ミュータント・マスター”。

 

 ミュータントのマスター、”ザ・マスター”、リチャード・グレイはかつて人間だった、だが彼もまた、ウェイストランドの過酷な現実の前に不幸を一心に浴び死を迎える――― そのはずだったが、ウェイストランドの残酷さは彼に死すら与えずに新たな生を与えた。

 

 FEV、強制進化ウィルスの不完全、かつ大量摂取により現在高濃度のFEV化に置かれた人間が変質するスーパーミュータントや不完全体のケンタウロスのどれとも違う、全身を肉塊とし不自由、しかしそれを上回る遥かな知性と”超能力”を手に入れたFEVの極致に至った彼は、やがて自らを”特別な生命体”と認識する。

 

 そして彼を自分達の一種の到達点と認識し、彼の”選民思想”に同調した同胞たち、自らこそ人類の進化系と認識し、地上を席巻するに相応しいと立ち上がったスーパーミュータント。何が起こるかなど明白で、歴史が動く瞬間だった。

 

 

 人間を格段に越える体格、そこから来る膂力、知性は落ちるものの銃弾すら通さぬ肉の鎧をもって外界へと少しずつ手を伸ばしていった”スーパーミュータント軍”はついには無数の人間達を誘拐し作り上げた無数の軍隊により、その勢いを当時のB.O.Sすら上回るほどに強化していく。

 

 パワーアーマーを着た兵隊ですら引きちぎる彼らの勢いは街を破壊し、人を消費させ、本格的な侵攻が今なお進んでいないのにも関わらず2162年のウェイストランド、情報伝達が未熟な当時に知られぬまま確実に包み込んでいく。

 

 そしてようやく状況が危惧され、ウェイストランドが動き始めたそのタイミング、初動が遅く彼らの勢いを止められないことは明白で――― だが、イレギュラーが存在した。

 

 

 ”Vaultの住人”とその同胞の存在である。

 

 地下シェルター、Vault13を救うために外の世界へ赴いた彼は彼に同調した仲間たちと共に、最初はその道中を水質浄化チップの回収のためだけに歩いていた。

 だがスーパーミュータント軍が動き出し、その手がVaultまで及びそうになった時、Vaultを守るために立ち上がった彼らは山を越え、砂漠を越え、時に人の手を借り――― そしてついに、ミュータント・マスターの居処を見つけ決戦に臨む。

 

『本当に、人間ごときが私に、俺に、敵うと、思ってんのか?やってみろよ!』

『―――わからない、でもやらなきゃいけないから・・・とっておきがね』

 

 Vaultの住人がどのように彼を倒したかは伝わっていない。

 だがザ・マスターは人間の精神を破壊する能力を持っていたとされ、Vaultの住人はそれを対策するための何らかのアイテムを持っていたことは確かだ。

 

 そのアイテムがどこに流れ着いたか定かではないが――― 使われないことが一番いいのかもしれない。

 

 

「・・・ってなわけでな、昔はかなりヤンチャしたもんさ、あの頃から髪は剃ってたんだけどな」

「ったぁ~あんた一体何者なのよ?聞いたこともない話よ・・・」

「ティコさんもロイズもだけど、分からないところ多いよね・・・」

 

 ティコは昔を語っただけで、だがその話は彼らには突拍子もない。

 ティコは手のひらを振りながら、”火傷して、歳を喰っただけの男さ”とぼかした。

 

「しかしその、”バルトの住人”とやらの持っていたそれがあれば、もしくは。彼と共に君は闘ったというのなら、持っているのかティコ?」

「ボルトだボルト、Vaultだ・・・まあ、ヌルフィアーって言うんだけどな、持ってりゃ良かったんだがちと無くしちまって・・・どこへ行ったのやら。こっちに都合よく流れ着いては、ないかなあ」

 

 腕を組み、申し訳無さそうに頭を下げがちにするティコ。

 この上ない脅威に対する一抹の希望が不明確なことにフラティウ達もうなだれるが、やがて、悩んでも仕方がないと顔を上げた。

 

「うむ!悩んでいても、解決策は出てきまい!それにまだ”灰色髪”の仕業だと確定したわけではないのだ!我々に出来ることは―――」

「警戒して、注意して、異変を感じたら呼び合う、でしょ?」

「シェスカ・・・」

「フラティウ様昔よく言ってたもの、覚えてるわよ。まーとにかく、いい?火傷男も童顔も何かあったらフラティウ様を呼ぶこと!百人力なんだから!」

 

 立ち上がり、指差し言うシェスカ、ティコもロイズもそれに同調すると、ロイズはようやく話が終わると膝の上のテッサをひょいと持ち上げ投げ飛ばす。テッサはすとんと着地すると、わざとらしい困り顔を作ってロイズに向けた。

 

「おやおや、乱暴なのはよくないよロイズ、君の身体はいつもどおり居心地がよくて・・・」

「えー?なあに?アンタ達どういった関係?」

「勘違いされるような言い回しやめろよポンコツ!もうやめろよっ!?いいな!?」

 

 ロイズが少しづつ近寄ってくるテッサと距離を取りながら言うが、なまじまだ赤さの抜け切らない顔で叫ぶものだから微笑ましい。するといつのまにかロイズの横に回っていたティコが彼の方に手を回しぐっとサムズアップする。

 

 ロイズは振り解こうとするもそれほど力を入れているわけではない、振りほどけないから彼は彼らしいと言えた。

 

 

 そうして騒いでいると、大きな咳がひとつ。

 目を向ければ案内所だろうか、囲いの中にいる制服の女性が彼らを不機嫌そうに見ている。

 

 それにようやく、ここが裁判所と言う神聖な場所であったことを思い出した彼らは、しっと黙ると周りを見て、思った以上に騒がしくしていたのだと自覚するとしずしずと、とりあえず今日は解散にして後日また会おうと、互いに手を振り別れたのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 一等市民区は通常、一等市民区の住民や裁判所、役人の出頭命令など、特別な権限がなければ入れない。

 ただしその場合も居住、過度な長居は禁止とされ、従わない場合には罰則、軽くても追い出されるのがオチだ。ゆえにロイズ達はぞろぞろと列をなして出口へと向かってゆくところだったが、ロイズはふと、この街のとても見覚えのある様相に足を止めてしまう。

 

 それはなんというか、つい最近まで自身がよく歩んでいた風景のような気がして、

 

「どう見ても、”戦前の街”だよなぁ」

 

 あちこち目移りしてしまう。

 一等市民区、その外郭部分はこの世界特有のレンガ造りの建造物、しかしそれも外壁の外など比べ物にならないほどの大きさ、最低でも二階建てが並び窓枠にはことごとくステンドグラスや大きな窓が嵌っていた。

 

 だがその中核、特に”歓楽街”と呼ばれる場所を通って見ればどうだ、アスファルトに鉄骨建築、看板には英語のネオンがバチバチと明滅しており、しかし字は読めず縁起物のように扱っているのだろう、”風俗店”の看板の下に”教会”の看板を建て改築してあるのには思わずロイズは笑い、それを聞いたティコも転げる。

 さてはストリップ場を講堂か何かと勘違いしてしまったのだろう、その光景を想像すると更にひきつる笑いと腹の底からの笑いのダブルパンチが止まらなくなり、他にもさては筐体に絵を飾ったのか、”ゲームセンター”は”画廊”に、”オフィス”が”休憩所”として使われているなどなんとも言えない勘違いの片鱗を見せつけてくれる。

 

 つまり、彼らが慣れ親しんだウェイストランドに今なお残る、戦前からの建造物群、”戦前の街”の様相を呈しているのだ。

 

 この街は異界と密接に関わっているとも、街の中枢は特に異界からの建造物群があると話には聞いていたが、こうも正常な稼動状態でいくつも存在するとなるとさすがに彼らも度肝を抜かれ、ふとノスタルジーに浸ってしまう。

 

 だがふらりとティコが足を向けようとするその矢先、もうひとつ。

 異界からの刺客が彼に向けられるのだ。

 

『お進みください、お進みください』

「わーってるよ、急かすな急かすな・・・っと、IDカードを持ってる奴を追い出す機能なんざないはずなのに妙に利口ときてやがる、このポンコツメカめが、コンバットインヒビター引っこ抜いちゃろうか」

『私への攻撃は敵対行動とみなし強力兵器の使用を・・・』

「分かった降参だ!すぐに行くからな!な!」

 

 諸手を上げ、参りましたとばかりに帰り道に戻るティコ。

 だがそんなこと言ってません、ただの巡回なのですよ、と見せつけるようにその”からくり人形”、街を二本の足でゆっくりのったりと歩いて回る”プロテクトロン”はぐるりと回るとどこかへと去ってゆく。

 

 彼らはIDカード、この街では”住民票”と呼ばれている手のひらサイズの識別カードキーを持たぬ者を追い返すことを目的としているそうで、腕にはレーザーも完全搭載だ。そのためIDカードを持っている彼らは何かを言われる謂われはないのだが、なぜかこの機に限って執拗に彼らを追い回していた。

 

 それにバツを悪くし、戦前の店の店頭に飾られた一本のウイスキーを名残惜しそうにティコは見る。そこでふと、思いついたように銃を引き抜いてプロテクトロンの背中に向けてみる彼は一転―――

 

 ―――そこかしこからビープ音が鳴り、去っていくはずのプロテクトロンもぐるりとティコに向き直ると手に搭載されたレーザーを向け、どこからともなくやってきたアイボット達に彼は囲まれる羽目になったのである。

 

 

「わかった降参だ、弾は入っちゃいない、悪ふざけだ、OK?」

『了解しました、ただし、あまり過度ないたずらは管理者に問い合わせを・・・』

「大丈夫、もうやらん・・・警備ご苦労様!」

 

 両手を上げ完全包囲されたティコは、ようやくレーザー砲塔が下がったのを見届けると去っていくプロテクトロンに敬礼し、今度こそ帰りの列に戻る。そのころにはもう誰も彼もが彼のこの”馬鹿げたイタズラ”に冷ややかな目線を送り、ティコはいたたまれなくなると何も言わずにすっとロイズの隣に並んだ。

 

「今回は死ぬかと思った、いや本当だ」

「死なれちゃ困るんだよ」

「嬉しい事言ってくれるねえ相棒、っと、だが収穫はあったな」

 

「ん?なんだよ?」

「まあ見てな・・・施設のほとんどが稼動状態ってこた発電施設が生きてるってことなんだろう、おおかたメンテナンスボットが奇跡的に稼働し続けててってこったろう、なら、だ・・・」

 

 ティコはまた、列を離れる。

 

 しかし今度行く先は街の方ではない、その隅、道端にひっそりと置かれただ鎮座する”赤い箱”であった。

 

「なあ、それ・・・」

「え、なんだいそれ?ボクもすごく気になる!使えるの?」

「まあ見てなって」

 

 ティコはおもむろにその赤い箱――― ”ヌカ・コーラ自販機”に近寄ると、そのコイン投入口を覗きこむ。そして不純物がないことを確認すると彼はさっそくと、懐からじゃらじゃらと硬貨やキャップを出して手のひらに載せた。

 

 それを見たバラッドが彼の横からのぞきこみ、興味深そうに見る。

 なおテッサは彼の上を行く勢いで釘付けだ、街に来た時から彼女は興奮しっぱなしで、いつか貧血で倒れるのではないかとロイズとしても結構な心配であった。

 

「それ、”クラウン”ですよね?高価な・・・それに、異界の通貨じゃないですか!?コレクションアイテムとして出回ってるって聞きましたけど」

「そんな呼ばれ方をされてるって聞いたが、だが”こいつ(キャップ)”には違った使い方があるのさ。棚に飾って喜ぶのもいいが、そんなのよりずっと美味くて、上手くて、旨い使い道さ、金ってのはそうあるべきなんだよ、そらっ」

 

 ティコはキャップをひとつ、自動販売機のキャップ投入口にころりと転げ入れる。

 とたん、長年動いていなかったのだろう、スピーカーからギャリギャリとやかましい音を立てたあと、自動販売機はどすん、とこれまたうるさい音を立てて一つの瓶を転げだした、ティコが手に取れば、そこには”Nuka Cola”の真っ赤なラベルに黒色の毒々しい液体。

 

 だが身体に悪いものほど美味いと相場が決まっているのだ、ヌカ・コーラはそんな飲み物だった。

 

 とどのつまり、これは戦前の自動販売機にありがちだった”ある重大な欠陥”を逆手に取ったトリックである。

 戦前の自動販売機のモデルには、1ドル硬貨とキャップの重量のほんのわずかな差異を見分ける能力が欠落しているものがあり、それによって故障させられたり、内部の飲料をだまし取られることがしばしばであった。この欠陥はあろうことか軍用の商用ターミナルにまで存在し、結局直されることはなかったという。

 

 今なお動いている自動販売機は珍しく、ティコも実際使うのはあまり経験はない。

 だがティコはそこを突いて、200年冷蔵されたままであったヌカ・コーラを世に解き放った。

 

「ッ!ビンゴだ!こいつを待ってた!」

「う、ウッソだろお前!ヌカ・コーラじゃねぇか・・・!くぅーっ!オレもキャップ持ってくりゃ良かった・・・!」

「まだまだあるぞ、1ドル硬貨もだ!そうだテッサ、お前がやれ!お前は運がいいから故障しないだろ!」

「まっかせてよ!ボクの悪運は姉様にも折り紙つきだよ!」

 

 じゃらじゃらと数枚の1ドル硬貨とキャップをティコから受け取ったテッサが、次から次へとキャップを入れてはヌカ・コーラが落ちてくるのに目を輝かせる。

 それはひとえに彼女の運の良さか、あっというまに全て使い切り、なおかつ故障していないという事態を引き起こしたが、それでもまだ不満なのだろうか、テッサはティコの袖を引いて催促する。

 

「はは、すまんが弾切れだ、代わりに飲ませてやるからさ」

「“ぬか・こーら”・・・!ロイズに言っても飲ませてもらえなかったけど、とうとう・・・!」

「オレも、オレもだよ!禁コーラ生活で気が狂うかと・・・ッ!」

 

 キンキンに冷えたヌカ・コーラを額に当て、うっすらと涙ぐむロイズ。

 一方でテッサも頬ずりしており、実に奇妙な空間が出来上がっていた。

 

 ティコはフラティウ達にもヌカ・コーラを渡すと、はっと思い出したようで自動販売機に備え付けられた栓抜きできゅぽん、と栓を抜いてまた手渡す。しゅわしゅわと飲みくちにまで炭酸が弾ける様は慣れていたが、だがその色が見るも黒いことに彼らは訝しむ。

 

「ティコ、これは・・・?」

「毒々しい液体ねえ、何も入ってないでしょうね?」

「入ってるのは最高に美味い清涼飲料水だけさ、アメリカの味を味わってくれ、ぐいっとな」

 

 そう言い、ぐいっと飲む素振りを見せるティコ、それに触発されたのはひとえに彼が、なんだかんだ信頼を彼らから受けているということの証左であったのだろうか、フラティウが飲み、そして、その勢いが一気に増し彼が一気飲みを成し遂げると、隣の二人もちびちびと飲み始める。

 

 そして三人の瓶が空になると、バラッドは口元に手を当て驚きの目を、シェスカも目を丸くしそして――― フラティウは、唸った。

 

「うまいッッ!!」

「本当だ!ガラバサワーみたいなのにそれよりずっと臭みがなくて、甘くて・・・すごい強い」

「へぇ~!こんなもんがあったのねえ!ここの連中こんなのばっか飲んでるのかしら・・・あたし実家に戻ろうかな」

 

 それぞれが思い思いの感想を口にし、そして瓶が空っぽになっていることを嘆く始末。

 アルとテッサも口に含むと、か弱い乙女らしく半分だけ飲み進めた。

 

「美味しいですねダンナ!ダンナが勧めるだけあって最高ですよっ!」

「うん、美味しい!ロイズはこれだけの味を隠し立てしていたわけかぁ・・・恨んであげようかなっ」

「べ、別に隠してたっつーか・・・数が無かったっつーか・・・っと、おい、グールっ」

 

 矛先を逸らすように、ロイズはティコを向く。

 ティコは何だ、と首を傾げると、ついでと言って自身とロイズのぶん、二人分のヌカ・コーラの栓を抜いた。

 

「どうした相棒、腐ってたか?200年ものだしな」

「いやそうじゃなくって・・・いいのかよ、こっちじゃキャップって、その」

「高いから使っていいのか、ってか?」

 

 分かっていたとばかりに言葉を差し込むティコは、ヘルメットを脱ぐと顔を露わにする。

 そうして見える笑顔は、彼のいつもの調子を表していた。

 

「いいか相棒、金ってのは貯めるに越したこた無いが・・・使いドコロを見つけたら惜しげなく使っていくもんなのさ、俺は特にな・・・相棒は近いうちにこっちに来るだろ?だから前祝いだよ、そう思って受け取ってくれや」

「グール・・・」

「うん?いらないのか相棒?残念だな、じゃあ俺が・・・」

「いやっ、いるっ、いるってのっ!抜け目もない!」

 

 ロイズの手に渡され、しかしぼおっとするロイズの手からヌカ・コーラをひったくろうとするティコに抵抗し、ロイズは引き下がる。

 ティコはそんな彼を微笑ましげに見ると、手に持ったヌカ・コーラを頭の高さに掲げるのだ。グラスを鳴らす合図で、ロイズはそれを仕方なさげに見ると応じ、向けられる瓶と瓶で合わせチン、と鳴らす。

 

 

「勝てよ相棒、勝たなきゃ払ってもらうぜ」

「当然だろグール、お前がひっくり返るくらいでっかいカップ持ってきてやらっ」

 

 言うと同時に、一斉に飲む。

 まるで示し合わせたかのように喉を通る量も一緒であり、むせて互いに笑顔を浮かべるタイミングも一緒だった。

 

「相棒、この街にゃ謎が多すぎるが・・・俺はこう見えて長生きだ、お前がイヤじゃなきゃ頼ってくれ、出来る限りの支援と知慧を授けてやるさ、なんてったって現実のベテランだからな、俺は」

「誰が嫌だって?オレが故郷(ロストヒルズ)に帰るまではとことん付きあわせてやる・・・頼りにしてんぞ、グール」

 

 そしてまた、飲み口に口をつける。

 絢爛な街の一角、不釣り合いな格好の者達。

 

 しかしその中の二人の男は、不思議なほどに街に溶け込んでいた。

 

 

 

 




参考なまでに、

現在のヌルフィアー
http://fallout.wikia.com/wiki/The_Forecaster
第188交易所高架化で役に立っている模様。



サブタイはミススペルじゃないです、ダブルミーニングです。

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