トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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Fallout4正式発表イエー!舞台はボストンで確定らしいので、例の連邦やらアンドロイドやら、ついでにT-45dの数的に東海岸B.O.Sも関わってくるのでしょうか、プライムが修復できているかが気になる。

しかしあの美麗なグラフィックでFalloutがプレイできるのが嬉しい・・・!
初代のドットから長く続いてようやくここまで来たもんだ!
おかげで筆が・・・筆が進む!睡眠時間は削られる!




第三章:呪われたグラディエーター 13話

 

 

 トレヴはこの町の新参者である。

 

 

 闘技場に参加するでもなく、魔獣討伐に精を出すでもないが彼はいつかは定職につき悠々自適な生活ができると願って、今日も日雇い仕事に精を出すのだ。

 

 なお今日の彼は鉱山仕事に従事しており、服装もそれに従って薄手の動きやすいものをしている。各部には採掘や安全確保用の細かい道具が支給されていて、かなり薄手で役に立つかは怪しいが(ヘルメット)をかぶらせてもらえるのはこころもち安心した。

 

 とはいえこれは借り物で、破損させてしまえば弁償となるためうかつに扱えはしない。

 以前うっかり値段の高い道具入れ用の腰袋を破損させた正規の鉱員が涙目で仕事に従事していたことは記憶に新しく、しかしいかんせん空気が悪いので咳き込んで地に膝をつく鉱員がうっかり道具を地面に落とすことが多いのもまた事実だ。

 

 口元にマスクをかけ粉塵が肺に入らないよう対策はしてあるが、それはかえって息苦しさを感じさせる。

 その代わりといっては何だが、この仕事は結構に給金がいい。

 街の隅で立哨している何倍もの資金が一日に入るため、この仕事を一日やれば少しの期間は仕事をせずに寝ていてもいいくらいには実入りがいい。もっともそんなインターバルを空けた仕事の仕方をしていいのは週一回二回でしか入らないような、信頼や影響力とは無縁の小口の労働者程度だが。

 

 そんなわけで今日も彼は息苦しさを代償に、貯金を貯めるべくツルハシを振るわけだが―――

 

 

「よう兄ちゃん、また会ったな。それにしてもこう塵が待ってるとうっかり水も飲めやせん、水筒に塵が溜まっちまう・・・早いとこ休憩か交代が来ないもんかなあ」

「はあ・・・」

 

 また会ったな、とはこっちの台詞でもあると、トレヴは思う。

 

 確か”ティコ”という名前の狩人であったか、全身に魔道具の鎧を身にまとったその姿は見間違えようもなく、たびたび見える首筋からのぞく火傷の痕は違いなかった。

 

「そんなにゴテゴテしたものを装備して、息苦しくないのか?」

「まあ見た目にゃそう見えるだろうが、なにぶんレンジャー謹製の装備でな。ガスマスクのフィルターもこういう時に役に立つとは思わなかったが・・・ああ、ガスマスクってのはこう、悪い空気の中で呼吸する装置さ」

 

 なんと、それだけの装置を自前で容易するだけの財力を持ちながら、何故彼はこんな日雇い仕事などに精を出しているのだろうか。何様か、むしろ何者なのだろうか、黒兜を常にかぶっているのは火傷を隠すためだけではないのかとついついトレヴは勘ぐってしまう。

 

 だが彼はぶんぶんと首を横に振り、それは不誠実だと絡みつく思考を振り切ろうと、ついつい止まっていたツルハシをまた動かすのだった。

 

 

 その矢先、今度はティコの動きが止まっているのを目にする。

 見れば彼は、掘り出した鉱石――― 魔法石バレライトを手にとって、まじまじと見つめていた。

 

「何してるんだ?監督に見つかったら叱られるぞ」

「いや、不思議に思ってなぁ、こんな青白い小さな石に力が詰まってるなんざ、魔法(マジック)ってのはよく分からんもんだ・・・ウランみたいなモンだったらそれこそ危険だって思うが、そうでもないみたいだしな」

「うらん?」

「使い方次第だが、手に握れるくらいありゃ城もぶっ壊せる魔法の石さ、代わりにと言っちゃなんだが掘り出した奴はだいたい死ぬ、苦しんでな」

 

 ティコの言葉に、トレヴは身震いする。

 

 この世界の堅牢な城塞を一瞬にて消し去るほどのマナを内包した魔法石が存在するなど、信じられないからだ、もしかすると自分のような田舎者は知らなかっただけかもしれないが、上級魔法すら弾く城塞の壁がいとも容易く破壊できる道具などが存在すると、戦争の常識が覆るというのは彼にも理解できた。

 おまけにそれが採掘した者を死に至らしめるという事実は鉱石掘りに従事している彼としては他人事にできない。

 

 彼は少し怯えを隠せないながら、ティコに聞いた。

 

「それ、ここから出たりしない、よな・・・?」

「まあ出るわけないと思うが・・・どっちにしろ数百mは掘らんと出んだろう。出てもここらじゃ加工する技術もないだろうし、せいぜい毒の湧く鉱山って閉鎖されて終わりがいいとこだ、その点俺らが気ぃ使わんで済むのは楽でいいな!」

 

 ふわぁっと、あくびをしながら答えるティコにトレヴは安心し、また鉱石掘りを始める。

 ティコも後ろの曲がり角からのしのしと、いかにも威圧的な足音が近寄ってきたのを感じると、手に持っていたバレライトを猫車に放り込んでまたツルハシを岩の隙間に叩きつけ始めた。

 

 そうしていると、背後に何かが立つ気配を感じる。

 ティコ的には背後に立たれるのは気に食わなかったし、何も言わずに背後に立った誰かを蹴り飛ばした時期もあったが今は昔、殺気がないのならただため息をついてくるりと後ろを振り返るくらいには、彼は丸い。

 

 振り返れば、豚面の大男。

 豚っぽい、とか豚のように太っているのではない、実際に豚なのだ、亞人であった。

 

「よぅ監督さん、元々兵隊やってたもんでな、いきなり背後に立たれるのはいい気分しないんだが」

「ほうそりゃいいな黒兜、ワシを殺してワシの家族は賠償金を、お前は借金を背負う、それでもワシはいいぞ?・・・ペースが落ちている」

 

「ああ、すまんね、仕事はするべきだ。でもだ、偉~い監督さんの話はちゃんと聞いておくべきだろ?俺さん結構上下関係っての分かってる男だからな、元兵隊は義に篤い」

「よく言う・・・元兵隊だか道具屋だか分からんが、奇妙な道具を持って鉱山仕事がやりたいなどと詰め寄りおって。塵の中でも呼吸でき暗闇を見通す兜、見た目以上に頑丈な鎧・・・それらを売ったほうがよほど金になるのではないか?」

「官給品は売れないもんでな、軍法会議もんさ。それに壊れても代えがない以上使い続けなきゃならんし・・・これは俺の正装でね、軽く100年前からちょくちょく替えちゃいるがだいたい一緒さ」

 

 おちゃらけて言うティコに、監督はぶう、っと鼻を鳴らす。

 それからティコの話が更に長くなりそうなことを察すると、先手を打って振り返り去ろうとする、その去り際に一言加えた。

 

「まあ、ワシからすれば仕事をしていれば別に構わん・・・だが気をつけておけよ黒兜、昼飯時に”うっかり”置いておいた道具がなくなっていても、ワシは一切知らんからな」

 

 言い捨てるように、されど忠告とも受け取れる一言を最後に、監督は去る。

 ティコは見えなくなった彼に軽く手を振ると、後ろで冷や汗をかいてツルハシを握っていたトレヴに声をかけた。

 

「案外いい人なんじゃないか?心配してくれてるぜ」

「そんなわけないじゃないだろ・・・俺はいつやらかすのかと冷や汗が止まらなかったぞ」

「大丈夫、”節度”はわきまえてるつもりさ。さあ、どやされる前に仕事を再開するか」

 

 ティコの言葉に何も言わず、頷きだけで答えたトレヴは仕事を再開させる。

 ティコとトレヴ、二人で連携し岩盤を砕いていき、バレライトを掘り出すのだ。

 

 

 街から少し離れた山中に位置するこの鉱山は、川沿いにあるおかげで色々と捗っていることが有名な場所だ。おまけにバレライトは魔法石で、それ自体に毒性を含まないために廃棄物は河を通して流しても公害を呼ぶことはない、エコロジーだ。

 

 魔法石バレライトの結晶はその内部に多量の、あらゆる用途に使用可能な”無属性のマナ”を内包しており、純度の高いものは最高の価値を誇る硬貨、バレライト貨幣として流通させたり魔道具制作における核を担うに至る。

 

 魔道具自体が高価なのはそのためで、純度の高いバレライトは近年ある鉱山から毒性を持つ物質が吹き出したことにより閉鎖され、生産量が減少したために高騰傾向だ。

 

 その一方で、ここで大抵取れるのは純度の低い”屑魔法石(バレライト)”。

 純度が低いために安定せず、魔道具を作るために使うには心もとなく、バレライト同士が”割ったり切ったりできてもくっつかない”という性質を持っているために硬貨にも転化できない。

 

 よってこれらは魔道具のマナの補給や、実力以上に高度な魔法を使用する際の媒体として使うのだ。高純度でも低純度でも、かえって幅広い層に需要を持つこの魔法石の鉱山は、その性質上昼は鉱員が、夜は警備がと日夜灯りが消えなかった。

 

 

「っと?」

「っとぉ・・・?」

 

 ティコとトレヴの手が、ふと止まる。

 その手に握られたツルハシの先を見れば、そこには硬い岩盤が道を塞いでいた。

 

「・・・困ったなあ」

「こいつは参ったなぁ、ツルハシじゃあなぁ・・・」

「ここはもうダメかもしれないなあ、監督に言って場所を変えてもらうよ」

「それがやっぱり・・・っお、そうだ、こいつがあったな」

 

 目の前の、崩れた岩の間ににぴったりと張り付くように現れた硬い岩盤を見て諦めた顔をするトレヴは、これはどうにもならないと先ほどの豚面監督を呼びに行くとその場を去ろうとする。

 だがティコは、どうにかならないかと懐を覗きこんだあと、はっと何かに気付いたようで彼を呼び止めた。

 

「どうしたんだ?まさかこの岩盤を壊せるとでも?」

「まあ実際使われてるからな、壊せるだろ、やるだけやってみるかーっと・・・このあたりに差し込んでだな・・・」

 

 三本一組の赤い筒、長い導火線、秘密兵器をティコは岩盤の隙間にセットすると、またも懐からライターを取り出す。

 

 ”Vault13”、特注の彫刻を刻んだライターは、彼の長い長いお気に入りだった。

 

「さて――― よっし!トレヴの兄ちゃんダッシュだ!あの物陰まで来い!」

「え?え?何だその・・・」

「いいから死にたくなきゃ来いってっ!」

 

 誰も近くにいないことを確認し、導火線に火をつけたティコはトレヴに呼びかけると、急いで離れ遠くにある物陰へとダッシュし隠れる。そして頭を出して確認しようとする彼の頭を危ないと引っ張り物陰に無理矢理引き込む。

 

―――次の瞬間。

 

「―――うわぁぁっ!?なんだぁっ!?」

「ダイナマイトだ!誰もいないし使い道も正直あんまり無かったからな!これで今日のノルマが達成できるなら安い!どれどれ!」

 

 凄まじい炸裂音が響き、次いで通路を直進した爆風が距離によって緩やかにはなったものの、トレヴとティコの隠れる物陰まで到達する。

 

 驚きに薄暗い中目をぱちくりさせたいまつを足元に落としたトレヴとは対照的に、興味津々といった様子のティコは通路に出ると、瓦礫を乗り越えながら爆発の地点まで歩いて行き、そして―――

 

「トレヴの兄ちゃん!来てみろ!」

 

 響き渡る大声で、トレヴを呼ぶ。

 それを聞いたトレヴは抜けかけた腰を気合で立たせると、たいまつを持って彼のもとに参じた。

 

 そこで見たものに、彼は目を輝かせる。

 

「これは・・・!」

「驚いた!あのかったい岩盤はお宝部屋への鍵付き扉だったってワケだ!どうだ!?」

「す、すごい・・・!この鉱山に・・・!これだけあれば!」

 

 赤い爆轟の筒、ダイナマイトで岩盤をこじ開けた彼らの前に待っていたもの。

 それは見るも美しい青白色の空間、高純度のバレライト結晶がひしめき、トレヴの持つたいまつの灯りを乱反射してゆらゆらと、揺れる灯りに従って常にキラキラと輝きを止めないでいる。

 

 バレライトの巨大なカペラ、バレライトカペラは彼らの背丈より大きな空間にびっしりと、両手どころか持ち込んだ猫車ですら持ち帰れないほどの宝の山を晒していたのである。

 

「これだけあれば、なんだって?」

「なんだってじゃないぞ!?高純度のバレライトだよ!一握りでも売り払えば・・・ひいふうみい、金貨100枚は固いっ!本当に宝の山だっ!」

「何ィ!?嘘だろ!?それが本当だとするとえーっと・・・何十キロあるんだこりゃ!?持ち帰れるか!?」

「いや、駄目だ!見つけたものは鉱山に譲る契約だから、少しだけ折ってポケットにでも放り込んでこっそり質屋にでも・・・」

「ポ、ポケットは・・・よし!今日は弾持ってきてないのが功を奏したな!今日は飲むぞ兄ちゃん!さっそく詰め込ん―――」

 

 

 刹那、再びの轟音。

 これはどうしたことかと、二人は音のする方向――― 天井を見つめた。

 

 

「ティコ、”だいなまいと”、他に誰かに持たせてたのか?」

「俺が?・・・まっさかーぁ・・・」

 

 腕を組んで、『爆発物は素人にゃ渡せん』と言いながら天井を舐めるように見るティコ。

 トレヴも音の発信源を確かめようと、あたりを見回す。

 

「・・・なあ兄ちゃん、俺の予感なんだけどよ」

「それが俺の予測と一致したら、お前を恨むぞティコ」

「・・・悪い」

 

 音の発信源がどんどん近づいてくるのを、二人は耳に入れる。

 その瞬間、彼らは背を向けて宝の山から逃げ出していた。

 

 逃げ出した瞬間その場所が、岩の塊の崩落に潰されたから正解であった。

 

「落盤だぁー!?」

「くっそぉ!もうあんたとは仕事しないっ!みんな逃げろーっ!」

 

 

 王歴五月十六日、パーミット東バレライト鉱山崩落事故。

 偶然鉱員が持ち込んだ爆轟の魔道具により崩落した岩盤が爆破され、急速に救助が成功した結果奇跡的に死傷者を生まなかったこの事故であるが原因は不明で――― 復旧にしばらくかかったそうである。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 さる闘技場そばの集合住宅。

 

 つまりはアパートといった形式の家屋であり、その手の形式にしてはそれなりに広く間取られたその一室、木づくりの扉がぎぃ、と開けられ、中に人影が侵入する。

 彼らよりもずっと前にその中にいた別の人影――― フラティウは、椅子にどっしりと構え瞑想に耽っていたらしい。気付いた彼はそのまま彼らを見据えると、低く、意図せずともどすの利いてしまう大男然としたその声をかけた。

 

「む?シェスカ、それにバラッド、帰ってきたのか・・・何だその大荷物は」

「ああフラティウ様、いたの!ちょっと買い出しよ買い出し、魔道具をいくつかね」

 

 ちらりと彼女らを伺うフラティウを見て、ぱあっと笑顔を見せるのは赤髪の魔法使いシェスカ。

 彼女はつい先程まで、日照りの強くなってきたこの季節の外に出ていたにも関わらず、ほとんど汗をかいていない。清涼感あふれる美少女然とした様は高貴な血統を納得させるが、得てして高貴な人々の暮らしの裏には働く人々がいるものだ。

 

 彼女の後ろからよろよろと歩いてきたのはバラッドで、その手には前がギリギリ見える程度の大荷物が木箱に入れられ抱えられている。

 彼は汗だくになりながら部屋の中央に歩いて行くと、その手に持った大荷物をどさりと地面に置き、ようやく終わったと嘆くようにへたりこんだ。

 

「買い出しって聞いたのに・・・買い出しって聞いたのにこんなの聞いてないよシェスカちゃん・・・はあ」

「買い出しは買い出しでしょ?優男でも男なんだからびーびー言わないの!お詫びに使えない魔道具があっったらあげるから、売っぱらって実家の両親にでもいいもの食べさせてあげなさいな、最近あたし達ばっかり贅沢してるじゃない」

「これが全部魔道具・・・?シェスカ、君はまた無駄遣いを」

 

 へたりこんで息を切らすバラッドの肩をぱんっと叩いて笑って言うシェスカと、会話の内容から木箱の中身が得てして高価な魔道具の数々を収めたものであると察し、彼女の”無駄遣い”に頭を悩ませるフラティウ。

 

 実のところ中身を見ないでもそう分かるのは、彼女が前にも似たようなことを何度かやらかしていることの証左だった。

 彼らは闘技場No.1、ファイトマネーが一戦につき金貨三枚程度、キリ番や相手次第では更に上を行くために資金には余裕があり、ほぼ毎日試合が詰められているため飢えることはなかったがそれでも質素倹約に越したことはない、そう思うフラティウとしては困りモノだった。

 

 ちなみにロイズもその報酬の山分けとして銀貨七枚、大銅貨五枚(75,000)ほどを受け取っていて、それは彼ら四人の生活費は行動、情報収集費用として当てられている。

 

 そうなるとティコは働かなくても別にいい、むしろ家を守っていて欲しい立場であるのだが、そこは彼ら、ティコが働かないと大黒柱を気取るロイズの煽りがうっとうしくてたまらなくなることと、ティコ自身行動派なタイプなので暇は最大の敵だ、飲み代も欲しいと労働に精を出しているのである。

 

 

 シェスカはその長い赤髪をさあっと右手で靡かせ、魅せつけるようにする。

 これは彼女のちょっとした癖で、会話の途中にさも大丈夫だと、相手を論破したり相手の心配に対し安心を与える理由があるときなどに、時折無意識にするのだ。

 

「大丈夫よフラティウ様、無駄遣いじゃあないわ」

「・・・うむ?まあ聡明な君が言うならそうなのだろうが・・・では?」

「まあちょっと、あたしも強くならなきゃなーって、実験よ実験」

「あぁ・・・」

 

 彼女の言葉と、思い出すように遠くを見る表情。思い出したのはフラティウも、ようやく息を整えてきたバラッドもだったであろう、つい先日鬼気迫る緊迫感の中、岩の拳を刹那の見切りで避け剣を叩き込み、弓を射り闘ったあの巨人。

 

 ミスリルゴーレムとの一戦。

 あの時のことを彼らは、たった今起こっているかのように思い出せる。

 

 ―――その時の無力感も。

 

「思えば我も、あの時まだまだ未熟であると感じたものだ・・・ティコが持ってきた道具をロイズが使ってとどめを刺さなければ、どれほどの被害が出ていたものか」

「僕なんか振り回されるだけで何もできませんでしたから、未熟なのはわかってたんですけど。それにしてもロイズ、本当に色々持ってますよね?ロイズは官給品って言うけど、あんな道具を使う国ってどこなんだろう・・・?」

 

 一抹の疑問をバラッドは浮かべるが、考えれば考えるほどわからなくなってくる。

 王国では長年戦争が無くなりその手の道具の発展はここのところ緩い、だとしたら昔からずっと内戦の続く別の大陸や、”霧”から産まれいづる魔獣と戦う宿命にある魔女の大陸か、と邪推したところで、考えても仕方ないと彼は思い思考を閉じた。

 

 そのあたりで、シェスカがフラティウの横に経つと彼の手にぽんっ、と触れる。

 彼の手に嵌められているのは、生物的に動く魔道具――― 太古のアーティファクトに類する手甲だ。

 

 試合の無い日は彼は身体に似合って大きな普段着を着ているが、それでもこの手甲は外さない。それは趣味や修練ではなく、この生物的な手甲が主人を気に入って離れることを嫌うからである。

 主人に擦りつく猫のように離れた場所に置いておくとガタガタとやかましく音をたて機嫌を損ねるこの一対の黒い手甲は、そのまま生物なのだ。フラティウは眠る時以外は彼らを腕にはめておく見返りとして、主人を思う彼らから剣先を軽くし切っ先を鋭くする支援を受ける、というわけだった。

 

 普段着ている黒鎧も魔術的な補強によりとりわけ魔法防御が著しく高くなっており、フラティウの強さの伝説の一端を担っている。全身を魔道具に固め、しかしその代償を払い続け強さに磨きをかけた男、それがフラティウ・ドムアウレアだった。

 

「それよそれ!あの童顔もこれでもかってくらい魔道具持ってるわ!鎧もたぶん、手甲は間違いなく・・・左腕に嵌めてる奴は外れないって言ってたわ!フラティウ様と同じ呪いの道具よ」

 

 自身の左手首をぽんぽんと叩いて言うシェスカ、その姿にロイズが腕にはめているPip-boy3000を想起し、彼らは納得する。

 

「フラティウ様もロイズも魔道具の助けを借りて強くなっているわ!フラティウ様は当然として、童顔も認めるわよ、あいつやっぱり強いのよ、道具だよりだけどね!でもあたしは特に道具頼りなんてないじゃない?実力勝負よ」

「うむ、確かにシェスカは杖以外を頼りにしたことはないが・・・君は十分に強いだろう?今更魔道具に頼ったところでどうにかなるのか?」

「それはわからないけど、だからこそ実験ってことよフラティウ様!あたしのこの可憐なる強さに魔道具の補助が加われば、もしかするとあのミスリルゴーレム程度造作もなく焼き焦がせるくらいにはなるかも!バラッド、運ぶの手伝って!」

 

 手をへいと上げ、またドアの外に出ようとするシェスカ、バラッドは苦い顔で『またぁ~?』といかにも嫌そうな声を出しながらも、なんだかんだ魔道具入りの木箱を手に持ってシェスカに続こうとする。

 

 だがシェスカが外に足を踏み出す直前、フラティウが唐突に立ち上がると、呪い剣ベルセルクをかついで彼女達のあとに続こうとした。

 

「ではちょうどいい、我も剣に血を吸わせる頃合いだ。合鍵を持っておくのだぞシェスカ、バラッド、適当に狩りをして夕飯時には帰ろう。三人では物足りないくらいの獲物が捕れたら・・・彼らのところにでも持って行って鍋をつつかせてもらうとしようか、ここは少し狭い」

「さっすがフラティウ様慈悲の心っ!さ、バラッドついてらっしゃい、修練場までひとっ走りよ!」

「ひ、ひえぇ~!」

 

 情けない声を上げ尻を叩かれるバラッドと、彼に先行するシェスカ。

 呪い剣を担ぎ上げいざ行かんと扉をかがんでくぐるフラティウ。

 

 闘技場No.1チーム、紅炎の黒刃の日常風景だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 闘技場には、業務棟とはまた別に併設されたエリアがある。

 

 それがこの、闘技場よりもずっとこじんまりとした修練場で、騎士団支部が持て余していたものを流用し闘技場参加者のために開放したものだ。そのため両者がはち合わせになり共に修練に励む姿は美しく、しかし時折折り合いの悪い面子は得てしているもので、両者の、特に意識の違いからいざこざは絶えない。

 

 今日もここには剣を握ってまもない新人や彼らが束になっても敵わない熟練の老人までもが頑丈に造られたカカシに剣を打ち込んでいたり、はたまた模擬試合をして己に磨きをかけている。

 

 ただしここは闘技場の舞台とは違い、魔術装置はなく”うっかり”が死に至るケースが多い。慣れてきた者ならば、『修練場の方が危ない』とはよく言ったもので実際、修練中の事故で若き闘士が死亡するケースが時折見られる。

 殺人は重罪だ、正当なる防衛や事故であれば減刑、免罪はされるだろうが、それでも殺人者のレッテルを貼られた人間にとって居心地のいい場所でなくなることは確かだろう、ここは闘技場以上に、細心の注意を払わなければならないのだ。

 

 

「フレイムゥランスぅっ!」

 

 その片隅で、美麗な声が響く。

 変声期を迎えていない少女の声はよく響き、それに合わせ赤く輝いたマナの輝きは、彼女が高度な能力を持つ魔法使いであることを察させる。

 

 現に彼女の叫びの直後に中空に現れた魔法陣、そこから突然に現れた炎の槍は、地面に置かれた丸太を焼き焦がし真っ二つに引き裂いた。

 

「っ、ダメねえ、バラッド丸太おねがいっ!」

「いいけど、かわいく言っても僕が善意でやってることは忘れないでね!」

 

 彼らが使っているのはカカシではなく、購入した丸太である。

 カカシにシェスカの高位魔法を叩き込んでしまえば木っ端微塵に砕け散ることは想像に易く、弁償する羽目になるのがいいところだろう、そのためローコストで破砕する目標としてちょうどいい硬さ、大きさを持つ丸太を業務棟から購入したのである。

 

 なおシェスカの細腕では持てないので、やっぱり運んだのはバラッドだ。

 バラッドは自分が善意でやっているつもりだったが、それが弄ばれている気がしてならなかった。

 

「それで、何がダメなの?もう丸太も残りほとんどないよ、持ってくるのはゴメンだよ?」

「うーん、バラッドも、童顔がミスリルゴーレムにやったアレ見たでしょ?」

「え?ああ、内側から壊したり・・・真っ白に光ったり?あれどうやってやるんだろう」

「それよ、それがやりたいの!・・・でもできないのよねえ」

 

 彼女がとりあえず自分を昇華させるために目指したもの、それはロイズのディスプレイサーグローブの超電磁加速衝撃波と、エレキハンドの高電圧、その解明と模倣である。

 

 ディスプレイサーグローブの衝撃波に関してはこと分からないため機会が会ったら聞こうと決めて今日のところは手を引いたが、エレキハンドの高電圧に関しては彼女は色々な仮説を立てた上で自身の魔導により実験していた。

 

「熱の強い火は青くなるから・・・あれはその上を行く火だと思ってマナの練り込みをもっと濃くしてみたんだけど・・・」

 

 彼女は使用済みになり、その辺りに散らばった魔道具の中から未使用のものを探すとひょいと拾う。

 収束箱(マジックプレッサー)と呼ばれる、手のひらサイズのマナを過度に収束するための装置だ。本来は魔道具にマナを練り込むために使うもので攻撃魔法自体の行使に使うなどとてもではなかったが、シェスカは自身の腕前に自信を持っているために選んでいた。

 

「シェスカちゃん、それ収束箱(マジックプレッサー)だよね?そうやって使うものじゃ―――」

「いいから見てて!そらっ!フレイムランスッ!」

 

 シェスカの叫びに呼応して、再び中空に魔法陣が出現するとそこから一直線に、収束した炎が殺到する。

 その色は真っ青であり、凄まじい熱気を纏った青炎の槍が丸太に叩きつけられると瞬間、丸太の中央にまさしく槍で突いたかのごとく大穴を穿ち、続けて一気に燃え広がった炎が丸太を消し炭にと変えた。

 

 その魔術の曲芸にバラッドはつい拍手を、周囲で見ていた者達も修練を忘れついエールを送る。

 悪い気のしないシェスカはまた髪をさあっと靡かせると、とうとう諦めたのだろうか、散らばった魔道具を片付けにかかる。

 

 バラッドは面倒見もよく、その姿を見ると自分も片付けに加わって箒で消し炭になった丸太を掃き掃除していた。

 

「だめねぇ・・・」

「一朝一夕にどうにかなるものじゃないさ、僕も手伝うから少しずつでいいんじゃないかな?」

 

 不満気な横顔を見せるシェスカに、バラッドは慰める。

 その言葉に少し機嫌を良くしたのか、シェスカは自分で木箱を持とうとして力足りず落とし、また散らばった魔道具の片付けに入った。

 

 傍から見れば微笑ましい光景、だが思い悩む少女の表情は少し影が差す。

 バラッドが離れ、誰もシェスカの声が聞こえなくなったその瞬間、ぼそりと少女はつぶやいた。

 

 

「真理・・・高位次元の虚理?たかが拳一つに・・・?ううん、まさかそんな大層なもんじゃないわよね・・・」

 

 

「・・・やっぱり、もっと強い道具がないとダメかしら」

 

 茶髪の優男が木箱を抱え、ぶつぶつと呟く赤毛の少女の後を追う。

 あとには修練場でひしめき合う喧騒だけが残り―――

 

 

 その中央に、ぽつん、と。

 彼女達がいた場所のまたすぐそばに、ぽつりといる何者か。

 

 

 黒色のローブには意味を持つのだろう、紋様が描かれており、深かぶりしたフードの内からは表情が伺えない。起伏にやや富んでいることからその身体が女性のものだとだけは伺えるが――― そしてなによりも。

 

「おっしここ空いたぞ!打ち込んでこい!訓練だっ!」

「矢を受けるとか冗談だろ!?治療術使えるダニーはいるけどよ!当たりどころ悪いと即死だぞ!?」

「いいから来い!そんなんでウグスト・ラゴンや紅炎の黒刃に勝てるか!」

「ああもう!」

 

 ―――飛来した矢、それは彼女のフードをわすかにかすめ軌道をそらし、矢を受け止めんと両手を構えていた男よりも離れた場所に突き刺さる。

 

 そう―――

 

「おいおい!こんな近い距離で外したのか!?二日酔いが残ってんじゃねぇか?」

「馬鹿言うなよ俺は強い方だ!・・・もう一発!ほら当たった!・・・あたった!?ダニー!カモーン!!」

 

 ―――誰も”彼女を認識できていない”かのように。

 

 

 途端、彼女がフードを外す。

 現れたのは猫の耳、猫の亞人であることを示す一対の存在。

 

 ―――そして『灰色髪』。

 

 彼女は矢が目の前を通り過ぎることもまるで眼中にないかというように、突然に頬を赤らめると片手のひらで頬をそっと押さえ、まるで恋焦がれる少女のように目を輝かせてぽつり、ぽつり、と、次第に流れるように言葉を紡いでいくのだ。

 

「ふふ・・・力への渇望、無力感への罪の意識、血統への疑い、愛情への疑い・・・それをごまかすための”フリ”!・・・そこから生まれる”嫉妬”に”妬み”!くうっ」

 

 恍惚といった様子で、下唇をつうっとなぞる。

 彼女ははあっと熱い息を吐く。

 

「シェスカちゃん、カワイイなあ・・・!」

 

 彼女はくるりと周り、周囲を見回してそして――― 失望したようにしゅんと猫耳をへたらせる。

 

「ここにはいないけど、やっぱり今年の闘技場は豊作揃いだね!シェスカちゃんは前から目を付けてたんだけど、今年はカッスル、ウグスト、フラティウ・ドムアウレアにシェスカちゃん、それに―――」

 

 両手を合わせ、夢見るように彼女は目を瞑る。

 目を瞑ると現れるのは二人の男、互いを相棒とする男達だった。

 

「“白銀闘士”ロイズ、そしてその相方・・・多彩な道具を持つ黒衣の狩人”ティコ”!彼只者じゃないよ!彼が参加しなかったのは残念だったけど・・・まあいいか!彼がロイズに与えてくれる道具の数々、とっても興味ある!盗みなんて無粋だからそっと見てるだけにしよーっと」

 

 己の美学があるとでも言うように、自分の中だけで納得すると彼女はフードをかぶりなおす。

 

「本命のシェスカちゃんやロイズを相手にしたいとこだけど、私には私でやることが多いからねー、色々けしかけて面白おかしくかき混ぜて・・・ああいそがしっ」

 

 そのまま彼女はくるりと一回りすると、ただ一言、呪文を唱えた。

 

「“ハイプノ”!」

 

 

 刹那、少女の姿は修練場から消える。

 まるでそこには何もなかったかのようにただ小さく残るつむじ風が舞っており―――

 

 

 ―――こころなしに、波乱の予感を感じさせた。

 

 

 


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