いつもより早く投稿できてなにより。
絶体絶命、しかし男として逃げるわけにもいかない。
どうしようもなく彼の男の部分が面倒を誘発してたまらないこの状況は、ようやく動き出す。
リーダー格の男がとうとう、盾を構えたまま剣で突きの姿勢を取り、一直線に突っ込む姿勢を取る。なるほど大盾とハルバード、ならばファランクスはそれを最大限有効に利用する手段であろう。
どうやら相手は自分を見くびらず最初から全力全開で仕留める腹積もりであるらしい。ロイズは冷や汗を垂らしながら、四つの獲物、全てを捌ききれるのかと、頭の中に切り札のワードを思い浮かべながら―――
「―――きさまらぁっ!何をしとるかぁっ!?」
叫び声――― いや、怒号だ。
つい耳を押さえたくなるほどの野太い叫びがテラスをつんざき、場が凍った。
いや、それだけで凍ったのではない、その叫び声の主――― 身長は3mに届かんとばかりの大男、もはや巨人と言っていい男が突きの姿勢を取っていたカッスルの腕を、後ろから持ち今にも折れんとばかりに引っ張りあげていたのである。
「いってててて!!んだオラッ・・・げえっ!?ウグスト!?」
「貴様、先ほど”亞人ごとき”とそな娘に言っていたな!?それは某に対する挑発とも受け取っていいかッ!」
「別にんなワケじゃ・・・くそっ、離せ!」
言われて巨人――― 頭から虎耳が生えている、のみならず顔つきそのものが虎に近づいていることを見るに、彼も虎の亞人なのだろう。”ウグスト”、紛れも無く闘技場No.2のウグスト・ラゴンを指す彼の手から離れたカッスルは、距離を取るとファランクスの姿勢を解く。
自然とロイズ達を背にカッスル達と相対する形になったウグスト・ラゴンが彼らを睨みつけると、彼らも負けやせんとウグストと視線をぶつけあう。
闘争心に火をつけられる形になったロイズも、それに負けるまいとウグストの隣に並び立ちファイティングポーズを取って応えると、気迫のぶつけ合いの近郊は崩れてとうとうカッスルは顔を苦くした。
「豪腕ペンドラゴンの”超獣”ウグスト・ラゴンに”白銀闘士”ロイズの二人・・・クソッ、分が悪い」
「だったらとっととケツまくって逃げりゃどうだよハゲ、来るならいつでも相手になるぜ」
「この口の減らないガキ・・・!クソッ、ウグストのデカブツに感謝しとけ!」
捨て台詞を吐き、治癒の魔法を頭のキズにかけながら背中を向けて去っていくカッスルに、ロイズは手を握り、親指を地面に向け応える。
元々両者の小競り合いが始まってから静まり返っていたレストランは、彼らが完全に見えなくなったのを皮切りに給仕がテーブルと椅子を整えに来ると、少しずつ元の様相を呈していった。
ゆっくりと立ち上がろうとするゼノにかける言葉が見当たらず、手を遊ばせているロイズ。
その横で、ウグストはゼノに手を伸ばすと優しく引き上げた。
「ふむ、大丈夫かなお嬢ちゃん。某は自らの治癒しか出来ない体質なものでな・・・客に治癒魔法の出来る者がいるか聞いてこよう」
「あ、いえ、大丈夫ですっ、わたし治癒魔法使えますから・・・」
「む?これは運が良かった!大事にも至らなかったわけであるし、ここは我々の勝利であるな!試合以外でダラダラと血を流して逃げ帰るカッスルの坊主なぞ、久しぶりに見たぞ!」
がはは、と大笑いするウグストはすっかり冷え込んだ空気を微塵も気にするでもなく、ただ結果を嬉しむだけだ。
ロイズはどうも調子を崩された気分になって、しかし助けられたことに違いない彼を見上げる形にすると、とんと腕を叩いて気を引いた。
「オッサン、ウグスト・・・だっけ、ありがとよ、あんたが来なけりゃ今度こそぶっ倒れてた」
「お?おお!君はフラティウのところのロイズ君であるな!聞いているよ、”白銀闘士”、”ゴーレム殺し”、おおそうだ、さっきはこう呼ばれているのを聞いたぞ、”魔法拳”!」
「うわわわぁっ!ゾクゾクするぅ!!」
「ミスリルゴーレムを叩きのめした時はフラティウも、ティリウスに負けず劣らぬ実にいい人材を手に入れたものだと関心したものだ!君を引き入れれば全戦全勝であるな!どうだ?今からでも某のチームに入らぬか?」
「え、遠慮しときまッス・・・」
「はっはっはっ!そりゃあそうか!容易にチームを裏切れたらそれこそ!・・・それにしても・・・」
頭の後ろをポリポリと掻いて申し訳無さそうに断るロイズに、腕を組むウグスト。
彼は少し目を瞑ると、しばらくしてにっと笑いロイズを見下ろした。
「少女一人守るために四人もの相手・・・よりによって彼らを相手取るとは、実に大義であったロイズ。君は実にいい”魂の研鑽”をしているようだな、君の鍛え、磨かれた魂は君の身体を見れば手に取るように分かるぞ!」
「た、魂の研鑽っ?」
「そうとも!人間は、生まれながらにして平等である!唯一の違いはその後の生き方において”魂”をいかに磨いたかによって決まると!某はそう信じておる!」
ぐっと拳を握り、力説するウグスト。
ロイズはそれに目をぱちくりさせると、困り顔になりながらも続く話に耳を傾けた。
「正義を持ち、人を助け、身体を鍛え技を磨く!才覚なぞ甘えよ!いかに幼少より魂を磨いたかで決まるのだ!某は名に神の名を持たん、なぜならば、神の祝福なぞ偽り!人間は人間であることによって頂へと登る最もな近道を手に入れる!と某は思っている!」
「えっとつまり、努力こそが一番重要ってこと、かっ?」
「よくぞ分かった!君の魂はいい形をしている、ゆえに君の”勇気”はッ!彼女を守り通すことに一片の躊躇いも見せなかったのであろう・・・!君と共に戦えないのは残念だが、君とはいい好敵手でありたいものだ!ではロイズ!また会おう!」
言うだけ言って振り返ると、後ろ手に手を振り嵐のようにどこかへと去っていくウグスト。
完全に置いてけぼりにされたロイズとゼノの二人は、しばししてから顔を見合わせると、互いに苦笑した。
「・・・すごい人だったねぇ」
「スッゲーインパクトでかかった・・・っでも、カッケェ!何かスッゲー!最初名前と特徴聞いた時はどんな脳筋デカブツかって思ったけど、実際会ってみるとそんなでもなかった!紳士的で力も強くって・・・無駄な出会いじゃねー、いつかあいつと戦う時は手加減なしにV.A.T.S全力だ!決めた!」
去っていくウグストが遠くに見えるのを見送りながら、目をキラキラと輝かせるロイズにゼノも苦笑気味だ。
それから彼の姿が完全に見えなくなった後、彼らはもう一度顔を見合わせ、しかし今度は憂いげな表情となった。
倒れたテーブル、ぶちまけられた料理、流れる血。
この”デートもどき”が突然にぶち壊されたからである。
「・・・ごめんねロイズ、わたしがいたからこんなんなっちゃって」
「バッカ、ゼノのせいじゃねーよ、ああいう手合いはどこにだっていんだよ、オレに任せとけ、今度会ったらフィストでぶん殴ってやらっ」
「お、お手柔らかにね?」
ぶんぶんと、目の前にスキンヘッドの仮想的を召喚してシャドーボクシングを始めるロイズと、その腕のキレが実戦さながらに激しいことを見てほのかに不安を覚えるゼノ。しかし右フックに左ストレート、考えられる限りの試行を繰り返し、最後にその仮想的を右の全力ストレートで殴り壊すと、ロイズは身体に異変が起きるのを感じる。
「しゃおらっ!・・・っ、うおっ・・・?」
「ロ、ロイズどうしたの!?あ、頭の血!?ならゼノが治すから・・・」
「あーいや、さっきのじゃねー、あの岩のデカブツぶん殴り続けてたせいで肩が傷んでんのと・・・眠いんだ、とにかくぶっ続けで動いてたから、さっきので気ぃ張ってまた眠くなってきた・・・ふわぁ」
思えばここに至るまで幾度か興奮を繰り返していたせいで、精神力は結構に摩耗していた。
そこに戦闘の緊張感と生え際の流血だ、髪の生え際のキズというものは程度が浅くても流血しやすいもので、うっかり切ると結構な量の血が流れるために視界を遮られ鬱陶しいことこのうえない。
それに腐っても血液だ、流れ出る血はロイズに、どうしようもない不快感を与えた。
それらの要素が組み合わさってどうにもならない疲れがぶりかえしてきたロイズは、手近なベンチに寄るとばたん、と横になってしまう、実際限界だったのだろう。
もう周りは見えないと、鈍くなる思考がロイズの頭から冷静な思考を奪いにかかり、目蓋を閉じにかかる。
そして―――
「・・・お・・・?」
ふと持ち上げられたロイズの頭が、ぽすん、と何かに乗っかる感覚。
目蓋をこじ開け前――― 天を仰げば、そこには微笑むゼノの顔があった。
とても近かったが、ロイズの眠気はそれを気にならない勢いで襲い来る。
「だいじょうぶ、わたしが治しておくから。ロイズは寝ていいよ・・・ゼノの足貸したげる、結構使ってるからちょうどいい硬さだと思うな?」
女の子の膝枕、腹枕をたびたびさせられることはあったが、これはなかった、それすら思わないまま。
「・・・おやすみロイズ、いい夢を、ね?」
どうしても安心する、女性的な、母性的な匂い。
肉体の柔らかさと、誰かが側にいて見守ってくれている安心感。
ロイズの意識は高所から急速落下するかのように、勢いを止めずに夢の世界へと消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――ここはどこだろう。
―――ああ、オレがいる、オレが・・・”師匠”と話してる。
だから多分夢だ、記憶をたどって辿り着いたシーンをおぼろげに再生しているのだと、夢はそうなのだと中空に浮かぶロイズは納得する。
手足の自由が効かず、重い。だが思考は思ったよりもクリアでロイズは、これが噂に聞く夢体験、”明晰夢”に類するものであるのだと感じると、素直に中空をぶらぶらと、夢の中の自分――― スクライブのローブを羽織った”いつもの”自分の周りを回りながらその様子を伺った。
「―――でもよ、ねーちゃん。オレらはテクノロジーを集めるのが存在意義で、それすらやめたらそいつはB.O.Sですら・・・ただのパワーアーマー着た兵隊じゃねーか、そんなのエンクレイヴだよ、奴らと似たり寄ったりじゃねーか」
「私もそう思う、ロイズ。でもこうも思うの、だんだんみんなヤケになってきてる、支部を維持する人数も十分な人がいない、先細っていってるのはもう目に見えてるの。トレーニングは最高レベルだし、技術の点で秀でてるけど結局は・・・味方でなく、敵を作ってばかり、NCRと同盟を結んだのだって結局は目先の利益と崖っぷちに追い込まれたからで、いつかきっとまた同じことをするわ・・・戦争よ」
ロイズは思い出す。一年と半年前くらいに、”モハビ・ウェイストランド”、現在はニューベガスを独立させた”運び屋”によって人々の生活が安寧となったその地から”パンチの師匠”が帰ってきてからしばらくの話だった。
B.O.Sの未来について、真剣に語れる相手。
スクライブでも偏屈な彼の相手をしてくれた彼女と、ロイズはすぐに打ち解けた。
「兵隊としちゃつえーんだし、NCRの連中も気に入り始めてくれてるじゃねーか、とんとんに上手いこと関係続けてって、NCRから技術の専門家みたいな役割持たしてもらえりゃ上々なんじゃねーの?だいたい、オレら他に出来ることなんてない・・・よなぁ」
「“どんな役割を担えば生き残れる可能性が高いか”ね、その点においては、今はいい方向に進み始めてるとは思う。けどエナジーウェポンを集めるのならもうみんなお金を出せば買えちゃうくらいには広まってる、NCRもエンクレイヴにVault・・・あらゆる場所から技術を吸収してもう専門家がいらないくらいになってる、私達に何が出来るのかな」
憂いの表情を見せる”パンチの師匠”。
ローブの下から刈り上げた髪が見え、どことなく色気とは正反対の女性に見えるが、それでもどこか儚げな魅力をどうしても感じてしまう。
それが彼の”パンチの師匠”で、かの運び屋とフーバーダムの決戦を生き延びNCRを嵌め、彼の慈悲により戦争に参加したB.O.SとNCR兵の生き残り、それらをロボット兵による脅迫でほぼ無血に追い出し戦争を終結させた闘士だった。
「ねえロイズ、知ってた?ちょっと前までね、モハビのB.O.Sなんて存在しないも同然だった、神話説みたいなものだったのよ。外部の存在感がほとんどなくて、順応するのを拒んで・・・以前ならパワーアーマーとレーザーライフルがあれば思い通りになった、その価値観に縛り付けられてた」
夢の中のロイズは何かを言おうとして、ためらった。
かける言葉が探せなかったからだ。
「ちょっと前の彼らね、”ハイテクレイダー”で運び屋とちょっと揉めてたの。今はマシになって何とかお互い存続させてもらってるけど・・・パルスガンを持っていったせいでセキュリトロンと徹底抗戦の構えになるわ、農業技術を持っていったせいで自給自足で引きこもれるようになって引きずり出すのに大変だったわ、イブセンは頭が回るけど、マクナマラは頑固なんだもの・・・衛星兵器は本当に起動させないで良かった・・・」
「え?最後なんか言った?聞き取れなかったぜねーちゃん」
「ううん何も、まあ、そういうことよねロイズ、私達がこのウェイストランドでどういった役割を・・・生き残るための仕事を得られるか。まあたかがスクライブの私がハイエルダーに直訴なんてクビが飛んじゃうかもしれないけど、色々やってみるつもりよ、私がやらなきゃ・・・時間がない気がするの」
”パンチの師匠”は憂いげに、しかし今度は微笑みを表情に混ぜ言う。
一方のロイズは、込み入ってきた話に適切な回答がとうとう見つからなくなった、と両手を上げると、頭の後ろをポリポリと掻いた。
「・・・まあ、ねーちゃんなら出来るさ、なんてったってオレに最強のパンチを教えてくれた師匠なんだからな!」
「ふふ、ありがとロイズ。でも運び屋はもっと強かったわよ?最初は貧弱だったけどあっとういうまに私なんか追い越しちゃったんだから、心臓と脳も一時期なくなってたし人間やめてるわあの男・・・舌先も上手いし”バーンドマン”を説得したって聞いた時は転げたわ」
「ひ、ひえぇ・・・運び屋ってサイボーグだったのかよ・・・伝説の人間になるにはそんなんしなきゃならないんだったらオレ・・・人間のままでいいや」
想像上に全身を鉄色のスキンにした超人鉄人のヒーローを思い浮かべながら、その存在が実在することに一抹の恐怖を抱くロイズ。”パンチの師匠”は、そんなロイズを見てくすりと笑い、ロイズのいる書庫――― かつての仕事場から出る素振りを見せた。
「じゃあロイズ、私行くね。もっとお話したいけど、近いうちにまたモハビに行くかもしれないから忙しいの」
「おーぅ、オレはどうせこんな退屈なトコに押し込まれてるからいつでも来てくれよ、心待ちに待ってるぜ―――」
「―――ベロニカねーちゃん!」
吸い込まれるような感覚が、再び中空に浮くロイズを襲う。
夢の世界は、因果地平の彼方に彼の意識と共に消えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――ぱちりと、目が覚める。
そのぼけた頭の感覚とどうしようもなくくらい身体を動かしたくない感覚に彼は、自分が眠っていたことを思い出し、先ほど見た夢の内容を反芻させたまらなく懐かしくなると自らの頭の下、枕をつい抱きしめようとぎゅっと握ってしまう。
その矢先か。
「うひゃぁ!?ロイズ起きたの!?」
「うっひゃーぁ!?なんだ!?ああ、あ!ゼノ!そうだっ!」
うつらうつらの思考の中だったとはいえ、思い出したロイズは自身の頭の下に敷いていたのが固めの低反発まくらではなく、柔らかい腿肉であったことを思い出し、それをたった今撫で回したことを理解すると急に頭を上げようとした。
そうすると当然彼の寝顔をずっと見続けていたらしいゼノの額とごっつんこするわけで、ごちんと景気のいい音を立ててもんどりうった二人は額を押さえてしばしそのまま固まることになった。
「あいっ、いったぁ・・・ロイズ起き抜けにすっごく激しい・・・」
「勘違いするような、コト・・・いやマジごめん、マジ・・・あれ?」
ぶつかって痛む額を押さえながら、ロイズは更に異変に気付く。
額を割って流れ出ていたはずの血液が、完全に、キズの名残も見えないほどに消えていた。
「怪我、治してくれたのか?ゼノ」
「うん、あのまま寝かせておくなんてかわいそうだったからねぇ、ゼノ得意の魔法でちょちょいとっ」
「ちょちょいってきょう日聞かねぇけど・・・あ、オレ三時間も寝てたのか」
辺りがすっかり暗く染まっていることに時間の経過を体感以上に感じたロイズは、Pip-boyで時刻を確認する。
微塵のずれもない電子式時計はこの世界の時間と完全に一致しており、既に夕刻を回って夜を迎えてほどない時刻だった。
「ふふ、ロイズの寝顔とっても可愛かった!」
「童顔気にしてるからそれ言われるとあんまり嬉しくねーんだけどなぁ・・・」
「そうなの?じゃあかっこよかった!・・・それとロイズ、いい?」
にへら、と笑顔で言い直すゼノは、もう一歩踏み込んでロイズに質問を要求する。
断る理由のないロイズはそれに『いいけど』となんとなしに答えると、ゼノの質問を腰に手を当て待った。
「ロイズのパンチってさ・・・”師匠”がいるの?例えばさ・・・綺麗な女の人みたいな」
「え・・・?」
彼はすこしばかり、どきりとした。
パンチに師匠がいることは話していない、つまり―――
「夢の中、覗いたとか?魔法?いや、そいつはまた」
「あーいや、違うよぉ!なんていうかさ・・・ロイズ強いからさ、ロイズに色々教えられたのならちょっぴり、羨ましい気がして、それで聞いてみたの。わたしも魔法くらいなら教えてあげられるかなぁ、才能があるならだし、治癒だけだけどねー」
「炎なら爆炎が出せるんだぜ、ぶっ倒れるけどよ・・・師匠かぁ、懐かしいよなぁ、もうしばらく会ってねー」
「へぇ、そうなんだ・・・また、会えるといいね」
言うゼノへロイズが向くと、彼女は裏表のない笑顔を浮かべる。
彼はそれにつられると、自分も自然と笑みが、懐かしさとともに溢れるのを感じた。
ひとしきり互いの笑顔を交換した後、ゼノは数歩歩き、ロイズから二、三人分離れたところに位置する。
それから彼女はロイズの方を向くと、またにぱっと笑いながら言うのだ。
「じゃあロイズ、今日はもう遅いから・・・ここでバイバイしよっ」
「え?ああ、だよな、女の子遅くまで遊ばせちゃアレだよな・・・つーかあぶねーだろ、送ってくぜ?」
「ふふっ、大丈夫!さっきは使わなかったけど、ゼノには”秘密兵器”があるからね!」
ぐっと拳を握り、サムズアップにして言う彼女にロイズは『ならいいけどよ』と答えるとまた頭の後ろを掻く。それから思い出したようにぽんと手を叩くと、最後に手をふろうとでもしていたのだろうか、手をあげようとしたゼノに先手を打って言った。
「あー、そうだよ。もし今度会ったらよ・・・ウチに来いよ、ポンコツエルフにグールに猫のちみっ子、退屈させねーことは約束するぜ」
「ふふ、ありがとロイズ・・・じゃあまた明日、明後日・・・もっと長いかもしれないけど、また会おうね」
ゼノは手を軽く振ると、後ろを振り向いて道を歩いて行こうとする。
その後ろ姿にロイズは『ああ、尻尾もあったのか』となんとなしに思いながら、自身も手を振って見送った。
―――だが、その去り際、思い出したかのようにゼノが止まる。
そしてロイズへと振り向くと――― その暗闇に溶け込み、しかし目立つほど光る紫の双眼を彼に向けて、一言だけ述べた。
「ああ、そうだロイズ・・・」
「どったよ?忘れ物?」
「ううん、ただ・・・」
「ゼノ、いい子だった?」
なんとない、子供が親に確認するような願い。
ロイズはその質問の意図を考えても考えても理解できなかったが、やがて直球なのだろうと判断するとぐっとサムズアップをして答えた。
「あったりめーだろ?怪我治して膝枕して、情けねーけど・・・メシおごってくれた奴が悪い子なわけあるか!」
「うふふふっ!そっかぁ!ロイズありがとう!また会おうねっ!」
ロイズが答えた瞬間、これまでで最も嬉しげな笑いをしたゼノは、夜の闇に溶けていくように歩いてゆく。
遠目にも目立つ白の髪が完全に見えなくなってしばらく、彼は星空を見上げると深くため息を吐いた。
「・・・っさてっ!」
見上げた星空に、あれはナイト座だ、あれはパラディン座だ、あれは・・・グール座だ、と見知らぬ星座を勝手にこしらえながら、ロイズはもう一度大きくため息を吐くと薄暗い街道をゆったりと歩き始める。彼はまた彼女と、近いうちに合うのだろうと脳裏に思いながら、それも悪く無いと、ほのかに感じていた。
「どうせ当分休みだろ・・・たまにゃこんなのもアリだよなっ!」
夜の闇を歩く白銀の鎧。
ただ一つの、最も巨大な光源は、遥か空から彼を青白く照らしていた。