トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

41 / 91
いつのまにか週一が八日一になってるやあ。


第三章:奮戦、白銀闘士 7話『対峙する二人』

 

 

 ―――必ずしも、昨日まで隣にいた人間が今日敵にならない、とは限らない。

 

 

 戦いに生きる世界ならば、それは顕著だ。

 とりわけ戦後世界、砂と瓦礫の間にちょっぴりの街、そんなウェイストランドの人間というものは道徳観念や人道精神の欠けた人間が多く、味方に銃口を向けることを厭わないなどということはきりがない。

 

 金銭、愛憎、愉悦、理由だけなら枚挙に暇がなく、もしかすると理由すら無い、そんな倫理の破綻した悪魔が地表をうろついているのかもしれない。

 背中合わせの緊張感、ぴったりと張り付けた背中は安心と信頼、心強さを与えてくれるもののはずだが、張り付けた背中のすぐ間近から寒気が漂うことすら、コミュニティが再興し人々の営みがようやく旧世界の栄光の残滓、蝋燭のような僅かな輝きを取り戻したアメリカに生きるアウトロー、ウェイストランドを自由に放浪する人々には日常だった。

 

「―――本当に後悔はねぇんだな、相棒」

「へへっ・・・馬鹿言うなよグール、今までなんとなく仲良くやっては来たけどよー・・・こんな時まで気ィ遣われるほど甘えた男じゃねーよっ」

 

 向かい合うのは二人の男。

 

 いつになく真剣な目を”相棒”に向けじっと待つティコは、ただ何かを思うかのように手のひらをじっと見つめたあと目を合わせた青年、ロイズの心の裏側を見透かそうとするかのように、彼の指先の動きに表情一つ、すべてに目配せをし口をぴったりと閉じる。

 

 ロイズが着ているのはいつもの重厚な、戦衣とも呼べるパワーアーマーではなく軽装のリコンアーマーで動きやすい、対しティコはいつものレンジャーコンバットアーマー姿であったが、ヘルメットを外しているぶん互いの表情は隠れず、ロイズはその真っ直ぐで、手の内から心の底まで見通した上で、なのに自分の意思を尊重しようとしている、そんなティコの憐れむような目つきに仄かな不快感を感じ眉間にしわを寄せた。

 

 

「ロイズ、ボクはほかでもない君自身の意思を尊重したいと思う。でも、考えなおす気はないかな、確かにボクから見て君の選択は悪いとも言えない、このまま君が突き進むというのなら止めはしない―――でもきっと、身を滅ぼすと思うよ」

 

 銀糸の髪を揺らし、ロイズの傍らから声を掛けるのはテッサ。

 いつもなら見た目の癖にどこかネジが外れていて素直に褒めることのできない彼女も、引き締まった空気の中では際立って冷静だ。女性としては低めの、しかし美しく通る彼女の声色はロイズの心に訴えかけると、わずかな漣を波立たせる。

 

 ロイズは、表情に僅かな陰りを堪えたテッサに顔を向けた。

 

「テッサ・・・嫌なら引いとけよ、今ならまだ降りられる」

「いや、いいさ、君達からはもうさんざん貰ってるから・・・最後くらい、君と添い遂げさせてよ」

 

 ほんのりとだけ微笑み彼の肩に手を置いたテッサに、勝手にしろ、とだけロイズは言う。

 それだけで彼の心中を察したテッサは肩から手を外すと、微笑んだまま一歩引いた。

 

「・・・アタシは、どんなことがあってもダンナについていきますよ。ダンナのためについてきたんです、ロイズさんが悪いって言う訳じゃないけど、ダンナに賭けなきゃ裏切っちゃう気がするから・・・アタシも添い遂げさせて下さい」

「嬉しいね嬢ちゃん。待ってな、このわからず屋を叩き潰して、今夜は勝利の美酒と洒落込もうや」

 

 ぐしぐしと、アルの赤毛をティコは撫でる。

 グローブ越しではない、生の手だ。グールの皮膚は滑らかさとは程遠かったが、慕い思う者の感触には些細な問題でアルは笑み、手が離れた後も名残惜しむようにティコに上目遣いを送ったあと、彼の斜め後ろ、すぐそばに寄り添うように立った。

 

 すると向かい合うロイズに、また来客の姿が見える。

 黒き鎧を身にまとい背に身の丈ほどの剣を背負った大男、フラティウであった。

 

 フラティウはロイズには触れること無く、彼が目を合わせるのを待つと口を開く。

 

「ロイズ、付き合いの浅い我が何かを言うのは間違っているかもしれないが・・・考えなおした方がいい、押して押す、更に押すのが戦い方の一つであるとは我も思う、自分がそうしているからな。だがロイズ、ティコは強い、彼が手の内に何を潜ませているかは分からないが・・・ここは我は降りるとする、君達だけで終わらせるがいい」

「そーよっ!アンタ鎧が本体みたいなもんじゃない!腕っぷし強いってことはここしばらくで何だかんだ分かったけどそれだけじゃ勝てないわよ。あの男ゾンビだけど強いわ、バラッドがあれだけ褒めるほどだもの、ま、あたしには誰も勝てないけど!」

 

 忠告、そしてささやかに願うように言うフラティウの言葉に続け、真っ赤な髪をかきあげながら魔女装束のフランシェスカもロイズの選択を諌めようとする。

 シェスカの口ぶりはいつもどおりの、無遠慮で軽快な女の子のそれであったが、それでも彼女がティコの能力を賞賛するところだけはひどく冷静であることが、彼女がいつもどおりを演じながらも彼の能力と風格に一目置いていることを察させた。

 

「僕は昨日ティコさんに助けてもらったのもあるから、ティコさんにつかせてもらうよ・・・ごめんねロイズ」

 

 おずおずと、二人とは少し離れていたバラッドも続き、フラティウと彼にひっつくようにシェスカが離れると再びティコとロイズが向かい合う。

 

 目を合わせ、互いの心を探るように視線をぶつけあった。

 思えば二人、それなりの付き合いであるが、それでも互いにまだ知らない所は多い。互いに背中を合わせ強大な怪物と戦った一度は彼らの絆を深めるのに大きかったが、それでもまだお互いの手の内を全て見せ合うのには遠かったのだ。

 

 ロイズは自らが生まれ育った組織、技術保管集団のB.O.Sで培った技術、そして常人ならば手の届かないような”旧世界”の叡智を蔵めた書物の数々と”テクノロジーの現物”から得た知識。

 ならばティコはあのウェイストランドで一世紀半以上に渡り生き、幾多の敵と渡り合い幾人もの人間と共に時間を過ごした経験が根付いている。

 

 互いに違った良さを持ち、互いに違った癖と欠点を持つ。ならば今は互いに読み合い、一瞬でも早く、正確に相手の隠し持つ手札を覗きこんでやるのが筋であると。一発入魂、ただ打ち込むストレートだけが真実を語ると悟ったロイズは開いていた手のひらを握り、そのまま叩き込み―――

 

 

 

「ストレートッ!」

「フルハウス」

「うおあわぁぁぁーーー!!」

「ああっ!だから言わんこっちゃない!だから考えなおしたほうがいいって言ったのに!」

 

 卓上に叩きつけた勢いのまま五枚のトランプカードが宙を舞い、あれ散る花吹雪のように机に突っ伏してバンバンと悔しげに卓を叩くロイズをひらりひらりとかすめ、やがては地面に落ちてゆく。

 落ちたカードをテッサが拾い上げると書かれていたのはハートの数字階段状、対しティコはスリーカードにワンペアひとつ、盛大に敗北を喫し、手前に積んだ最後のキャップがガラガラとアルの手でティコの前に運ばれると彼は、見せつけるようにキャップをひとつひとつ積み木のように積んでは並べる。

 

「はーいこれでダンナが13対2で圧勝でーす、掛け金無くなったのでロイズさんはしっかーく!まだ続けますかー?次は身ぐるみ剥いでその次は身売りするのがオチですよー」

「そりゃあいいな相棒、今度ストリップにでも出て二人でエデンの園でも開きに行こうか、俺は嫌だ」

「あーたしかにロイズさんネコっぽい感じですもんねー、猫仲間が増えて嬉しいなぁ」

「二人で勝手に盛り上がるなよ!つーかやめろよそういう話は!なまじバンカーでそういう奴ら見てただけにマジで背筋が寒くなんだよっ!」

 

 

 得点ボードをぺらりとひっくり返し、右へ左へ見せつけたあとアルはボードを置いて手頃な椅子に座る。このボードもわざわざ商店街通りから買ってきたもので、Pip-boyに家計簿をつけていたロイズは無駄遣いが増える一方な気がし密かに財布の紐を固くしておこうと考えていたのは今も昔。

 たった今彼は、赤髪のウィッチとトレンチコートのレンジャーに煽られポーカーゲームを挑んだ結果大敗、稼ぎの金どころか持ち込んだキャップまで奪われ、財布をすっからかんにされ丸裸同然であった。

 

 共に卓を囲んだシェスカもフラティウもポーカーのポの字も知らなかったことにつけ込んだいやらしさがあったわけではあるが、地の頭がいいのか、はたまた世話焼きな性格が災いして親身に教えすぎた結果なのかあっというまにロイズは追いやられる結果となったのである。

 

「あーっはっはっはっ!あはっ!あはっはっ!ほんっとに弱いのねアンタ!あたしとフラティウ様は経験一日目よ?なのにこの体たらくってあははっ!これが天才と脳筋君の違いかしらっ!ほら次はどうするの負け犬君?鎧でも売る?靴でも舐めちゃう?いやよ汚い」

「うっせぇーっ!つーか何でんな引きいいんだよ!オレがいい引きだった時はみんな降りてよー!」

「ロイズ、君はなんというか・・・顔に出すぎるのだ、分かりやすすぎて、申し訳ないぐらいに」

「う・・・うーっ、くっそぉ・・・もうやらねぇ・・・」

 

 机に顔を押し付け、犬のようにうなりながら卓を離れるとベッドにゴロリと横になりふて寝を決め込むロイズと、その背中に向け大笑いを浴びせかけるシェスカ。

 一方で、ロイズが散らしたトランプカードを拾い上げたテッサはちゃっかり卓に加わると逆にトランプカードの緻密な印刷の方に目を奪われたらしくゲームそっちのけでカードを眺め、ゲームの強制中断という名の休憩に一役買っていた。

 

 だがカードに目を奪われたのは彼女だけではない、フラティウとシェスカもトランプカードを渡された当初はその精密な筆通しとインクの定着具合に目を引かれ、ひそかにロイズが得意げな算段を、ティコが袖の下にジョーカーを忍ばせる時間を稼がせていた。

 

 経年劣化やプラントの壊滅によりかつての栄光には程遠くなっているものの、それでもウェイストランド、強いてはアメリカの物品製造技術はこの世界の、人間の手先の器用さがものをいう職人芸の及ぶところではない。

 この世界にもトランプに近しいものは存在するが、紙媒体である以上経年劣化は避けられずかつ寿命は短い。ミリ単位のズレすらない精密なマークの並びに乱れぬフォントの美しさ、かつ200年が経過し黄ばみや縁の汚れがあれどなおインクの滲みひとつない印刷は十分に価値を持つにふさわしかった。

 

「しかしトランプか、久しぶりに遊んだがこのポーカーというものは面白いな。なまじ我は”賭けられる”側にばかり立っているものだから、こういったやり取りは闘いとはまた別に心が踊るというもの」

「俺もこっちにトランプがあったって聞いた時にゃ驚いたが、まあ俺らみたいなのがいるんだ、誰かが先に広めてくれたってことか」

「歴史を辿ると数百年は昔みたいだし、あんた達の故郷ってとこから誰かが来てもおかしくはないんじゃない?みんな遊びに飢えてるのよ、こんな時間つぶしにちょうどいいもの広めてくれるなら皆万々歳だわ、職も増えるしね」

「違ぇねえ、折角だ、機会があればキャラバンも教えてやるさ、貧乏人が細々と賭け遊びするにゃあれがちょうどいい・・・っと嬢ちゃんお茶ぁおかわりしていいか」

 

 キャラバン、というものもトランプゲームの一種であり、戦後スカベンジングされるバラのトランプカードを有効利用したがっていたり長きに渡る旅の暇を持て余していた、文字通り輸送キャラバン隊の間で流行することになった小さな暇つぶしのアイデアである。

 

 NCRの市民やバラモン農家のような富豪が集まり、じゃらじゃらと財産を落としていく絢爛豪華な地の楽園、かの”運び屋”と彼が従えるロボット達によって独立を果たしてからはますます元の栄光に近づいているニューベガスに足を踏み入れること叶わない民衆の間のギャンブルとして、ベットが低いキャラバンは親しまれていた。

 

 卓に置かれたカップを手に取り、中身が空っぽになっていたことに気付いたティコがアルにカップを渡す。傍らにずっといたアルはすかさずよろこんで、とカップを受け取ると他の面子の冷めたカップも回収していき、キッチンに運ぶとティーポットに入れた水を四角形の電気ホットプレートで沸かし始める。

 

 持ち込んだガラクタがひとつ、セル動力で動かしているこの電気ホットプレートは軽い調理にちょうどよく、火加減を見る必要もなく気楽でかつ小さめで軽いため小柄なアルとしても嬉しい味方だった。

 噂では重量1㎏に満たないこのステンレスとアルミの塊を敵に投射する変態レイダーが東海岸に現れたり、包丁を熱すると爆炎を発するナイフが出来上がるなどといった話もあるが噂は噂なので信ぴょう性は些か欠けるだろう。

 

「はいどーぞダンナぁ、それと紅炎のなんたらさん達もー。商店街でロイズさんが買ってきたブルーハーブのお茶ですよー、気分が落ち着いていいとか得意気に語りながらよく一人で淹れて飲んでました」

「ほう、君にそんな趣味があるとは思わなかった。今日の競技が終わったらぜひいい茶葉を紹介してはくれないか?」

「アンタ料理もできるし家事一切得意なんでしょ?もう鎧脱いで主夫でもやったら?そこの銀髪エルフとかちょうどいいんじゃない?」

「いいじゃねーか別に!バンカー生活で家事は自分でやってただけなんだよ!つーか何でオレがこのポンコツ拾わなきゃなんねーんだよ!やめろよほんと!」

「今の言葉には目を瞑るとして、君ほど生活力ある男は家に一人欲しいね。どうだいロイズ、ボクより少し年上だけどうちのエピロス姉様なんか、見てくれはいいのに生活力壊滅的でいつも散らかった部屋で寝てて・・・」

「お前以上のポンコツなのかよ!押し付ける気満々じゃねーかふざけんな!」

 

 浴びせられる視線と言葉にふて寝を決め込もうとしていたロイズもばっと起き、振り向いて言葉の一つ一つにしっかり突っ込みを入れる。

 

 実際のところ、ロイズの生活力という名の乙女力は結構な水準にある。

 バンカー生活で家事一切は自分でやり、かつ書庫整理という役割上ちょびちょびと軽食を作ったりお茶を淹れては飲んでいた彼はいつしかそれらを厳選する目が養われていっていた。

 

 割と暇だったので書庫でひっそり身体を鍛えていたり、ナイトとの模擬演習に率先して参加していた以上筋力も確かなもので、力仕事もでき家事も引き受けられる万能主夫の開発はかねてよりじわじわと完了していたのである。

 

 

「そういや大男、お前さんらは午後から試合だったか」

 

 テッサの手からひょいっとカードをひったくり、集めたトランプカードをシャッフルしながらティコが言う。

 

「ああ、今日は”土人形のオーケン”の召喚する魔獣が相手となる。彼は腕の良い召喚術師でな、人間相手の闘いとはまた違うものであるからロイズにとってもいい経験になるであろう、午後になる前にバラッドを返してくれ」

「任せとけ、まあ役所からの要請ってんじゃ断れんからな、手早く済ませるさ・・・にしても本当、あの怪我が一日経たずに治るってな驚いた、スティムなんか目でもない、医者の不養生もし放題だな治療魔術って奴ぁ―――しかし俺だけ、何で」

 

そう言いながら、ティコは目を細めて卓の近くに椅子を置いて座るバラッドと自身の腕を交互に見る。

 昨日(さくじつ)のゴブリンメイジとの熾烈な戦闘の後バラッドを、治療術師が勤めるこの世界の病院、治癒院に連れ込んだティコはバラッドの全身に広がる凍傷と共に、自身の身体にも少しだけ張り付いた霜焼けに治癒の魔法を掛けてもらっていた。

 

 苦痛に悶えていたバラッドの傷はスティムパックの効果もあわせてか、治療術の行使によりあれよあれよと消えていきティコの脳裏にこの世界の不思議で素敵な物理法則に対する一抹の疑問を抱かせるに至ったのだが、バラッドの傷が癒え彼が両足で立ち上がれるようになった時、一方のティコは自身の方にも降りかかった不思議さに頭を悩ませた。

 

 

 治療術を使っても、傷が治らないのだ。

 

 グールの肌なので傷の治りがあまり見て実感できないというのは当然あったが、それにしたって冷気に焼かれて皮膚の内側から熱されているような痛みがマナの光を受けても一向に消えず、幾秒、幾数十秒、消えない傷に治療術師が首を傾げるのに合わせてティコも頭をかしげた。

 

 やれ「火傷が邪魔をしているのか」だの「呪いでも受けたか?」だの言われ困るがなまじ魔法(マジック)というカテゴリーに関してはずぶの素人であったティコに思い当たる節はなく、結局手頃な薬草をいくつか束にしてもらって家に戻り、擦りつけて治そうとしていたために今日に至ってもその腕には小さな霜焼けの跡が残っていた。

 

「先天性の病や呪いで身体のマナを乱されて、治療術が効かなかったり魔法が使えないのってたまにいるって聞くわ、なんなら確認してみれば?あ、あたしはイヤよ、そんな手に触りたくないの」

「慣れちゃいるがズバズバ言うなあシェスカの嬢ちゃんは、まあ炎ならサンストンブリッジでアルレットの姉ちゃんにやってもらったから別にいいが」

「シェスカちゃん、一応僕も助けてもらったんだからお手柔らかにしてあげて・・・と、ああそうそう、そういった体質の人って、逆に催眠術とか睡眠の魔法とかが効きづらいみたいなんですよ、だから陰魔法の使い手にとっては天敵だそうです」

「まああたしの炎は防げないけどね!」

 

 得意気に胸を張るシェスカを、苦笑いしながら見やるティコとバラッド、フラティウも彼女の遠慮ない物言いには少し困った様子で、ティコに目だけで謝罪した。

 

 昨日の一件を、半ば役所も兼ねる闘技場業務棟に報告したティコとバラッドは早急に編成された調査チームを現地まで案内する以来を受けていて、そのためにこのティコ達のログハウスを溜まり場としていたのだ。

 ティコとしては立派な稼ぎぶちで、バラッドとしても故郷の異変とあれば良心が断ることもない、集合時間までまだ時間があると、ティコはシャッフルの終わったトランプカードを卓を囲んだ面子に配るとアルが寄越したお茶をすする。

 

 憎々しげな視線を送るロイズを笑うシェスカにポーカーフェイスのフラティウ、経験豊かなアドバイザーのティコと加わったテッサで卓を囲み、観客の二人の声援のもとに手札を切る。

 時間が訪れるまで、彼らはずっとそうしていた。

 

 

 

「ツーペア」

「ワンペアよ」

「ストレート!」

 

「悪ぃ降りる」

「フルハウス!」

 

「ツーペアッ!」

「ストレート!」

「ロイヤル・ストレート!フラッシュ!」

「おい誰かこのエルフ止めろ!おつりまで巻き上げられるぞ!」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 日差しは立夏を越えやや暑くなり、ほのかにそよぐ風では身体に溜まる熱を奪うには力不足を感じるようになった季節。

 時間はまだ朝が終わっていないような、けれども昼の訪れには早い午前九時頃、アサルトライフルを担いだティコは手ぬぐいで額の汗を拭うバラッド、そしてロイズと共に、役場から派遣された雇われ調査隊を昨日訪れた激戦の跡へと導いていた。

 

「分かってはいたんだが中々暑くなってきたなバラッド。ちょっと前まで雨の中歩くのも気が引けるくらい冷える日もあったってのに、今じゃ羽虫が木から木へとパルクールなもんだからやかましくて敵わん」

「そう言うなら兜くらいは脱いでおけばいいじゃないですか、こんなところにティコさんの肌どうこう気にするのはいませんよ」

「来る時にそうしときゃ良かったって今思うぜ、でも今更脱いだら片手塞がるからなあ、我慢するしかないか・・・あーすきま風涼しっ」

「現在外気温21℃記録ーっ・・・うーっ、ヘルメットなんかしてられねー。グール、家に上がる前にちゃんと体拭いとけよ、これからもっと暑くなる」

 

 木々の間から差し込む日差しを時折直に浴びては体温の上昇にうだりながら、ティコは胸元をぱたぱたとさせながらAK-112アサルトライフルを担ぎ木々の隙間を縫うように歩く。

 機動力を武器とするバラッドは薄手の服で、正反対のロイズはがっちりと着込んだT-51b型パワーアーマー姿だ、バラッドは暑がる素振りを見せないが、いかんせん排気能力に欠けるパワーアーマーは耐熱力のおかげで外部からの温度上昇の影響を受けないもののロイズ自身の体温に応じてしっかりと蒸れ始めており、ロイズの頬に一汗を垂らす。

 

 かといって、一方の調査隊の面々もだいたいが暑苦しい軽鎧姿だから贅沢も言ってられない、ティコとロイズはならばせめて早く終わらせて帰ろうと、歩む足を少しだけ早めると目的の場所まで警戒をしつつも一直線に進み抜いた。

 

「―――で、これが戦った場所ってか?一面ハゲ山でここだけ殺風景たぁ相当デカい魔法を使われたってこったか、よく生きてたもんだな」

「あの涼しさが少しでも残ってりゃ気も紛れたんだがね隊長、それでお次はなんだって?まさか手ぶらで帰るってわけじゃないに」

「センサー感なし、半径400m以内には誰もいない、終わらせんならとっとと調べて終わらせよーぜ、午後から予定詰まってるからよ」

「口の悪い新人共だなオイ・・・まあいい、全員三、いや四人一組で周囲を捜索するぞ!何かあっても戦うなよ!急いで戻ってこい!」

 

 ようやく辿り着いた激戦の跡地を見た調査隊の隊長格の男はその被害の大きさに目を見張り、改めてティコとバラッドを見るがすぐさま仕事に移る。声を掛けると共に、あらかじめ決められていた割り振りで部隊が分割し各々武器を構え四方に散る。

 ティコ達の分隊もティコとロイズ、バラッドに調査隊の一人を加え、辺り一面草木が凍り落ち、ハゲ山となり日光が燦々と降り注ぐ空間を抜けると、更に森の奥へと潜った。

 

 ここからは最も防御力の高く、Pip-boyのセンサーで方角、敵性反応を認識できるロイズを先頭にあとの三人がやや間を開けて木々の間を抜けていく。間を開けているのは、昨日のゴブリンメイジの一件で警戒した面子が一網打尽にされる危険性を考慮し下した判断だったが事実、狭い森のなかではこうしたほうが移動にもちょうどよかった。

 

 時折引っかかる小枝を手でのけながら、しばらく葉葉の隙間から降り注ぐ光に目を眩ましながら、背後を振り返っても既に他の部隊が見えないほどの距離を進んだ頃、双眼鏡で周囲を見通していたティコがその目に、森のなかに一つ、異質な存在を見つける。

 

「調査員さんよ、聞きたいんだがこんな森にテント張ってる奴に心当たりないか?」

「心当りがないから自分たちが来ているんだ・・・テントだって?このあたりに来るとして、長居する理由が見当たらない。近づいて様子を伺おう、ゴブリンのキャンプの可能性がある」

「そうは言うけど敵性反応なし、あってもパワーアーマーはぶち抜けないだろーしオレが近づいて様子見てくる」

 

 調査員が剣を抜き、つられてティコもAK-112のレバーをセミオートからフルオートに切り替えたタイミングでロイズはティコから双眼鏡を借り、森の奥に点のように見える異質なテントを視界に入れたあと彼はヘルメットをかぶり、三人に手で背を低く取るよう合図をとると先行して森の奥へと進んでいく。

 

 その様子を少し離れながらも後ろからついていくティコ達は固唾を呑んで見守り、やがてテント群が近くに見えた頃、ティコはライフルに掛ける手を、バラッド達も己の獲物に携えた手をいつでも使えるよう戦闘姿勢を持って見送った。

 

 テント群に突入したロイズは拳を構え、Pip-boyのセンサーとリンクしたヘルメットに映し出されるものに一挙一動警戒しつつテント群を一周すると、再度センサーを確認し生命体の反応が確認できないことを認識するとティコ達を呼ぶ。

 

 大手を振って、あまりにも目立った。

 

 

「ッおーい!グール!バラッドともう一人も!来いよっ!」

 

 ティコは相棒の気楽すぎる素振りにこめかみを掻きながらも、銃を手に携えたままバラッド達と共に森を抜けテント群へと入る。

 テント群はいわゆる既成品のぴっちりしたそれとは違い、紐で縛って固定した木柱に布を被せた小さなものばかりで総じてゴブリンの背丈に合わせてだろう、人間が入るには結構に窮屈な高さをしていた。

 

「どうしたって相棒?過酷な敵情視察についにおかしくなっちまったもんとばかり・・・」

「バッカどこもおかしくなんかなっちゃねーよっ、多分ここがその”ゴブリンのキャンプ”ってのは間違いねーと思う、それよりコレだよコレ、オレらじゃねーとわかんねーだろ」

「こいつは・・・」

 

 ロイズが指さしたところに従ってティコが視線を送った先。

 

 テント群の中央に鎮座するように備え付けられた”祭壇”だ。

 テントにまるで囲まれるように、あたかも”守られるように”木柱を縛って作っただけの簡素な、しかし異なる文明を持った種族が意味を持たせ造った祭壇はエキゾチックで奇妙な神聖さを後ろで見ていたバラッドと、調査員へと感じさせる。

 

 だが一方のティコとロイズ、二人にとってはその”祭壇”に並べられた”ご神体”にこれっぽっちの神聖さも抱かなければ、かえって親しみと懐かしを感じていた。

 異国情緒を感じるとすれば、彼らにとってはこの世界のほぼ全てに該当するだろう、だが実際にそこに並べられていたものは、神聖さとは程遠い物品の数々、”彼らの故郷”の人々が慣れ親しんだものばかりであった。

 

「炊飯器、アイロン、あとは・・・」

「こいつはR91のアサルトライフルじゃねえか・・・ボロボロだが」

 

 風景の中央に鎮座し、あまりにも異彩を放ちながら最も高い位置に飾られていたのは一挺の銃、アサルトライフルであった。

 

 木柱に縛り付けられたアサルトライフルの紐をククリナイフで切り、ぼろぼろと落ちる古びた錆の張り付いたそれをやっとの思いでティコは手に取るとまじまじと見る。

 

 R91アサルトライフル、戦前米軍も採用し、米の州兵の間でも広く使われていた5.56mm口径のアサルトライフルである。民間の製造業者によって大量生産されたこのモデルは特に首都ワシントンDCなどの都市部近辺に密集しており、製造業者の復興などが進んでいない東海岸ではとりわけ広く使われていた。

 

「やっぱりあるんですねー、こういうの。ゴブリンが前線に張るキャンプにはこういった不可思議なものが多いんです、学者たちはゴブリンの独自文化の研究に一役買うとか、源流の分からない彼らに近づけるとかで、こぞって手に入れたがるみたいですけど」

 

 だがこれは世界をまたいだ場所に存在する物品であり、この世界にあってはならないはず。

 裏返して、ぐるぐる回して、こん、とちょっとだけ叩いてみて、まじまじと表層的な観察を続ける内に彼は思う。

 

 ”時空の裂け目”という不可思議な現象がこの世界で起こっているのは知っている、ならばこの銃器や生活用品の数々も”向こう側”からやってきたものではないのかと、ティコは考えながらふと、R91のマガジンリリースボタンを押す。

 

 しかし弾倉を外すためのそのボタンを押しても弾倉は落ちず、ティコは少し考えたあとボタンを押したまま弾倉を無理やり引っ張りだした。

 

「っと、中もボロボロか、弾も入っちゃいるがもはや使えやしない、銃の”ぬけがら”ってとこだな、相棒、こいつがいつごろのモンか分かるか?」

 

 外れた弾倉からボロボロと、赤色に変色したサビがこぼれ落ちグローブを汚したことに顔を苦くしながら、ティコは弾倉についたサビをぱっぱと払うとロイズに差し出す。 

 ロイズは差し出された弾倉、次いで銃そのものを受け取ると、眉間にしわを寄せ銃を見た。

 

「別に考古学者ってワケじゃねーんだからこの場でどうこうってのは無理に決まってんだろ・・・まあ、じっくり見りゃだいたいは特定できると思うけどよ、でも相当古いんじゃねーかな、暑い所寒い所に好き放題置きまくってメンテナンスフリーに100年以上は経ってると思う」

「そりゃあいい、早速持ち帰って―――」

「それは聞き逃せないぞ新人、調査で見つけたものは役所に提出したあと、一等市民区の研究棟にて調査が行われるんだ、勝手に持ち帰るなどしたら契約違反でいくら払うことになるやら・・・だいたい素人が持って返ったところでインテリアがいいところだろう?」

「そりゃあ困ったな・・・」

 

 言いながら、ティコは調査員に背を向けるようにするとロイズから弾倉をひったくる。

 

 もしもゴブリンという存在が、流れ着く故郷の品々にいくばくかの縁があるというなら、彼としては是非その足跡を追いたいと、そう思ったのだ。

 

 一瞬の内に、流れるような動作でボロボロの弾倉から弾薬を一発だけ引き抜くと、素早く懐にしまい弾倉を銃に押し込み、調査員に銃を手渡す。

 

 素直に従ったと持ったのだろうか、調査員も心持ちにこやかに銃を受け取ると背中に背負っていたナップサックに押し込み、ならば自分は別の面子を呼んでくると、隣でテントの中をのぞいていたバラッドを連れて森の向こうへと消えてゆく。

 

 たった二人だけになった森の一間、しばし沈黙が流れたが、それを打ち破るようにロイズがティコに目を細めながら、少しだけ睨みつけるように言った。

 

「・・・いいのかよ」

「弾の減りなんざ知っちゃいないさ、それに―――」

「ん?」

 

 

「何でこいつらが、こんなものを”崇拝”してるのかが気になってな」

「どうせカーゴカルトみたいなもんだろ・・・まあ、どうなってもオレは何も知らねーからな」

 

 そう言うとロイズは、手を頭の後ろで組み手頃な切り株に腰を掛けどこかへ目線を送る。

 その”知らんぷり”と言わんばかりの応対を了承しながら、ティコは懐に蔵めた一発の弾を目の平に出した。

 

 5.56mm、白い粉の噴いた錆色の弾丸は、何も言わなかった。

 

 

 

 




参考なまでに

・電気ホットプレート
 http://fallout.wikia.com/wiki/Electric_hot_plate
 Dead moneyやOld world bluesに時々出てくるアレです、Miscじゃなくてクラフト用の道具ですけど小さいし割と持っていけそうな大きさ。

・R91アサルトライフル
 http://fallout.wikia.com/wiki/Assault_rifle_%28Fallout_3%29
 Fallout3の標準アサルトライフルの子です、中華にとって変わられちゃう気がしてならない。
 設定的にAK-112の後釜として制式採用されたモデルな気がするのですが、西海岸では見かけられないのはやっぱワシントン付近の州兵に重点的に配備されたからなのか・・・。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。