魔法とは、”当たり前のもの”である。
この世界に存在する生きとし生けるものすべてが、大気中に存在する触媒”マナ”を取り込み、理を超えた超常を引き起こす『魔法』を使うことができる。
野駆ける獣も、空飛ぶ鳥も、水斬り泳ぐ魚でさえも・・・そして人も。
獣は風切り駆ける体躯をより軽くするために。
鳥たちは空をもっと素早く飛び、伴侶を求め奏でる歌声をより遠くに飛ばすために。
魚は暗く深い海をより遠くまで見通すために。
そして人は、彼らよりもっと高度に。
この世界の人々は生まれたその時から、魔法という神々の祝福に囲まれて生きている。
魔法使いとは、”当たり前を超えたもの”である。
誰もが使える魔法だが、全ての人の顔、声、体格といったものが十人十色であるように個人差も当然存在する。
人が魔法を使う際、大気中に存在する万物の素材たるマナは一度人体に吸収され、そこでようやく火や水といった”形を持ったもの”として顕現する。だがすべての生物に、そのマナの”変換器”となれる限界が存在する。
許容量を超えたマナの吸収は躰に異常を起こし、理を超え続けた者は重い後遺症を抱えることですらある。この初期症状が、まるで喉に食べ物を詰まらせたときにする咳のようなものであることから、『栓づまり』と呼ばれ認知されている。
しかしほんのひとにぎり、栓がつまらないほど飲み口の大きな人間がいる。
それが”魔法使い”。この世界に生きる人々の多くが、小さな火で葉巻をふかしたり、木の上の果実を小さな風の刃で果実をまっぷたつにしてしまうくらいしかできない魔法を、より精密に、より強力に、より長時間行使し続ける人間、それが魔法使いである。
同様の性質を持ち、より強靭になった程度の獣”魔獣”などとはてんで違う、その力を効率的に使う術を知り、磨き、頂点を極めた者ならば城を焼き、大河を凍らせ、千の軍勢を吹き飛ばす。生きる上でも、他者を踏み越え進む戦場でも、多くのアドバンテージを持つ彼らは重宝され、その素質があるだけで一生を保証されるとも言われる。
だから魔法使いは魔法使いとの婚姻を好むし、遺伝した素質が受け継がれるケースが大半なため騎士団、貴族階級のトップは魔法使いが占めるのだ。
・・・本来ならば。
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ウィルフレッド・シルベスターは魔法使いである。
王に仕える大臣の第二子である彼は、大臣を世襲するだけの権利には恵まれなかったもののその地位を利用し将来は王都の要職につくことは自他共に想像していて、自身の”氷”の魔法適正を知らしめるかのような銀の髪と線の細い甘いマスクは女性を魅了し、いつか最高の伴侶を娶ることも決まっていた。
そうして何不自由ない暮らしを謳歌できると思い続けてきた彼にある転機が訪れる。
大臣である父の死だ。
そしてそのポストには自身の兄が座り、若いながらも長年王家に仕えてきた家系らしさを見せる優秀な腕を振るった。出来のいい兄を持ち、ウィルフレッドも鼻高々だった。
だがある日、魔法使いとして内地の軍に従事していたウィルフレッドに、突然にも転勤命令が下る。場所は王都から遠く離れた辺境、大劇場も市場も、自身の豪華な邸宅すらもない田舎の村、ポスパ。
しぶしぶ受け入れ、将来出世するためのちょっとした試練だと認識したウィルフレッドだったが、三年も経った頃、一つの疑問が過ぎる。
「兄が自分を飛ばしたのではないか」
と。
そんな矢先、田舎村でただひたすらに地平を眺め、時折やってくる野生動物を追い払うだけの退屈な日々を送っていたところ一人の訪問者が現れる。自分を大臣に仕えていた者だと言うローブの女。彼女は、兄であるブルースこそが権力闘争でウィルフレッドを辺境の地に追いやったのだと話した。
女はさらに言う、戦うべきだと。
このあたりの山賊でもけしかけて、この退屈な村を潰してこの不正を許す王家にキズをつけてやりましょうと。
それが”第一歩”なのだと。
その時、ウィルフレッドの中でくすぶりはじめていた疑念が、とうとう大きく燃え上がった。
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「だーから!!さんざんこの王国に貢いできた悪人どもを裁くってだけだっての!」
「バカを言うな!そんなことをして王国が・・・王立騎士団に、軍隊に!彼らが黙っているものか!」
「逃げた奴が呼んでくれるって?どんだけ距離あると思ってんだよ?あいつらが着く前にお前ら殺して俺はオサラバだっての!」
日が西へ傾いて四十五度ほどになろうとしているまどろみの時間。
ポスパの村の中央にある広場に置かれた木椅子に、銀の髪を伸ばす細身の男が座っていた。内側に鉄の軽鎧を着用し、それを覆うように着こまれた白いローブには銀色の塗料でいくつもの紋様が描かれている。
ローブの魔道具を着た男、ウィルフレド・シルベスターは、足下に彼の鉄鎧と同様の鎧を着た警備兵の遺体を転がしたまま広場に立つ無数の十字架――― いや、”氷の十字架”を侍らせていた。その無数の氷の十字架も、見ればほんのすこし前には笑って各々農業や収穫に勤しんでいた村人たちが張りつけられ、春服ゆえ露出した手首や足首を覆う氷の枷が与える凍傷に苦痛を訴えている。
「くっ・・・ううっ・・・うあぁぁ・・・!」
「痛い痛い痛い痛い!!誰かぁぁーーーっ!」
「嫌なやつだとは思ってたけど、何であいつが・・・!」
「おっ?今いやーなこと言ったやついたよなー?・・・そんな子にはおしおきだっての!!」
ウィルフレドが立ち上がり、張りつけにされた村人の枷をひとつ増やす。
純粋な重みと、更に範囲を増した凍傷に苦痛の叫びが上がった。
「お父さん!」
苦痛にうめく村人を見て、小さな声がもやの出た冷たい空気に響く。
声の響く方向には氷で造られた大きな檻があり、中には小さな子どもや女の子、それと年頃の女性達が詰め込まれていた。
「はぁーぁ・・・金目の物は少ないし、女もこんな芋臭いのがいいとこ、改めて考えるとよーくこんな退屈なトコにいて我慢出来たよな・・・偉いぞ、俺様」
「なんでこんなことを!あなたは大臣の弟なんでしょう?国に仕える魔法使いなんでしょう!?」
白い息を吐き、やり遂げたような表情でこぼすウィルフレドに檻の中から一人の女性が叫ぶ。それを聞いたウィルフレドは、心底嫌な顔をし首をもたげると、顔を上げ女性を見下しながら檻に手を掛ける。
「だぁーれがそんな口効いていいってぇ?女子供は使い道があっから生かしてやるだけだ・・・次生意気な口効いたらカチンコチンにしてやんよ」
射殺すような目を向けると、女性は「ひっ!」と小さく声を上げ萎縮してしまった。
女性が黙ると、気分を直したウィルフレドはふふんと鼻を鳴らし、また元いた、もう既に表面が覆われかけていた木椅子の霜をぱんぱんと払うとそこに座り、今度は磔にされた――― 実に40人もの村の男に目を向け、
「じゃあそろそろ余興に入るとするか!悪いな!本ッ当に悪いな!うちの部下達がすっごく飢えてるらしくてよー・・・ ちょっと血、見せてもらうわ」
「!」
「しっかし300人以上もいて、捕まえられたのは90人がいいとこか・・・俺もこいつを使いこなさないとなー」
ローブをぽんぽんと叩き、冷たい目を村人へ向ける。先頭にいる村長は今なお気丈に振る舞おうとしていたが、多くの磔にされた村人は苦痛と恐怖に叫び、泣き、助けてくれと叫ぶばかりだった。
ウィルフレドの後ろに控えていた山賊たちが迫る。
やはり氷の魔法の余波が寒いのか、村人の家屋から拝借したらしい上着を羽織った彼らは、蛮人にふさわしい手製の斧から奪いとったのであろう鋭い剣、あるいはきっとおぞましい用途に使うのであろう熊手や、おろし器のような調理用具までを思い思いに手に持ち下衆な笑みを浮かべていた。
叫び声が響き渡る中、村長は覚悟と、そして悔恨に目を瞑る。
自分はもう十分に生きた、だから死んでも構わないのだ、若い彼らと引き換えにしても。
だが自分がふがいないせいで、多くの村人が逃げ遅れ、これから辿るであろう凄惨な未来を演じることになってしまった。
せっかく助かったエミとケールも、檻と十字架に離れ離れ――― そういえば、あの二人は無事だろうか。
白い人、ロイズ君だったか。彼が騎士なら、きっと王立騎士団を呼んでくれるだろう。
悔しいがここで殺される人の仇を討ち、今逃げている多くの村人たちが山賊達に追いつかれる前に、彼らを叩いてくれるだろう。
―――だから、せめて彼らだけでも―――。
「魔法使いの旦那ァ!!大変です!!」
響き続ける叫び声を切り裂くように、一人の盗賊が大慌てで飛び込んでくる。その様は、圧倒的優勢に立っていたはずの山賊にしてはひどく間抜けでよく通る。ここにいる全ての者がそれに目を奪われ、いつのまにか広場は静寂していた。
磔にされた一人の顔が、ついぞ笑みを浮かべたものになっていく、それは連鎖するように広がっていった。誰もが考えたのだ、『ついに助けが』『王立騎士団が来た』と。
「一体なんだってんだ?騎士団は最低でも、歩いて2日の領都にしかいねーはずだろ?」
「いえ!騎士です!騎士団はいませんが―――」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
耳をつんざくような絶叫が響き、ウィルフレドと彼の前にいた、息を切らす山賊の横を勢い良く何かが通り過ぎる。振り返れば、そこには口から血を流し白目をむき、胸部を大きくくぼませた、傍目にも絶命したとわかる山賊が転がっていた。
「―――ロイズさん!」
檻の中から声が響く。静寂を通り抜けるエミの高い声が、呆然とする山賊達や磔の人々の間を通り抜けて、ある一つの方向へと飛び込んでいく。
そこに見えるは一人の影。
白銀の鎧は日差しを弾き、まばゆい輝きを見せる。
左腕にはかつて栄えた先進技術の粋、”人を堕落させる”ほど人を導き支え、一生を補助する戦闘補助デバイス”Pip-boy3000”を取り付けている。
そして両手には、旧世界の1950年代、かつてのアメリカ合衆国で歌われた曲の名を冠した黒いパワーフィスト。
『稲妻よりも疾く』グリーズド・ライトニング。
アイスリットで表情をシャイに隠す超合金装甲服、パワーアーマー―――T51bに身を包む、ロイズが血に塗れた拳を握りしめていた。
急な乱入者の登場に、一同は息を呑む。だがその中で一人、ウィルフレドは笑っていた。
「騎士団が来たらちょっとマズかった気がしたけどよー・・・、たった一人で何ができるんですか?丸腰の
ウィルフレドがますます笑いを強めると、山賊達も自分達の有利が依然保たれたままであったことを再確認し、ウィルフレド同様日差しの中から現れたたった一人の”白銀の騎士”に向けて笑い声や罵声を浴びせはじめた。
「うるせぇ!」
たった一人の騎士が、何十人もの男たちに向け一喝する。
山賊達は黙る気配がなかったが、ウィルフレドが静かになったのを察すると一斉に笑い声をとめた。
「“
たった一人のスクライブが、拳をかまえステップを踏み始める。
アイスリットの中の目を鋭くし、ロイズは言う。
「オレに殴られたいのはどいつだっ!?」
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「だからよ相棒!お前が善良で、いい子で!全人類の救世主なのは認めるぜ!?だがそれが50人の
「だからって見捨てんのかよグール!」
「災害だと思って諦めろ!」
山賊の襲来を知らせに来た青年が大急ぎで逃げ出したのを見届けたあと、ティコとロイズの二人は顔を突っつき合わせ、お互いの行く道を話し合っていた。
片や150年の時を生き、善も悪も、あらゆる物事を経験し
「俺が最初に会ったB.O.Sの連中だって、
「別に悪くはないだろ!外部の人と協力しなきゃ生きられないって師匠のベロニカねーちゃんも言ってたし!それに預かった荷物があるだろ!」
「お前が
生きた時間と、経験と、生まれた場所、全てが違う二人が対立するのは時間の問題だったのかもしれない。世話になった村が襲われたと聞いた時、ロイズは真っ先に村の方向へ走りだそうとした。対しティコは引きずられるのも厭わず彼の腕を引き、必死に止めようとしたのだ。
ティコなりの優しさだった。50人の
たとえ彼が向かおうとも、いつかは限界が訪れるだろう。
パワーアーマーが壊せないと悟るや火をつけたり、何十人で組み付いて動きを封じるかも知れない。
自分が遠方から射撃を加えようとも、遮蔽物の多いこの村では建物を利用して四方八方から囲まれなぶり殺しにされるかもしれない。
そのうえ、自分達はこの世界において”対人戦闘”を経験していない。
この世界の人々が、戦う時に何を使うか――― 剣や斧だけなのか、弩や銃のような強力な遠距離武器があるのか、魔法の威力がどれだけなのか、未知数が大きすぎるのだ。
「お前のためだ相棒!分かって死ににいくのはバカのすることだぜ!?」
「お前が後ろから撃ってくれれば圧倒できるだろ!」
「敵が何使うかも俺たちゃ分からねえんだ!先手が取れないんだよ相棒!」
「あぁ!?聞いてりゃお前、本当に―――」
ロイズが立ち姿を整え、視線をより鋭くする。
「“英雄ティコ”かよ!」
「!!」
―――英雄ティコ。
2162年、カリフォルニアが全長3mを超える超人、次世代の人類たる自分達が世界を席巻すべきだ、という”ユニティ”たる信条を基に、スーパーミュータント、そしてその主でスーパーミュータントをも超越した超存在”ザ・マスター”がカリフォルニア侵攻を企て、未然に時の英雄『Vaultの住人』によって食い止められた事件。
Vault13の英雄には、3人の
一人はピストルを得意とし、地下Vaultから外の世界を初めて目にした彼を一人前に戦えるようにした元ガードの”イアン”。
一人は格闘術を得意とし、利害の一致から同行を決めたが最後まで共に戦い続けた
そして一人は。
ゴミの街、ジャンクタウンに訪れたVaultの住人と共に街の悪を倒し、その後も彼の思想に共感し彼ともにショットガンを握り続け戦ったデザート・レンジャー、”ティコ”。
歴史書にも書かれているほど、ウェイストランドでは広く知られている。
Vaultの住人は紛れもない英雄として語り継がれているが、近年ではその同胞達も英雄と扱う動きがあるのだ。
「輸送キャラバンに配属された時はどんな奴か、ってずっと気にしてたってのに、実際会ってみりゃ口が軽くて皮がズルムケで!臭うだけで逃げ回んのが得意な意気地なしだったなんてな!!」
「お前・・・」
「もう頼らない!オレ一人でも行ってやる!」
パワーアーマーの駆動音を響かせ、一歩、また一歩と離れていくロイズ。ティコはその背に手を伸ばすが、足は動かなかった。
「・・・確かに英雄って言われてたけどよ・・・俺じゃあねぇ、
マスクの下で、歯をぎり、と食いしばりひとり呟く。
「俺一人じゃ、一人で生きていくことはできてもだ・・・お前みたいな”英雄的”なやり方はできねぇ」
拳が握られ、震えだす。
100年以上前から、ずっと彼の心のなかに残る『英雄』の姿が浮かぶ。
姿も、それに合わせて口調も変わったが、内面は当時の熱い正義に燃える心が葛藤していた。
『また、新顔か?流れ者なんてここじゃ珍しくもないんだが・・・一緒に一杯やるか?』
『ありがとう、君は?』
かつての英雄が、共に戦った人の姿が、頭のなかを過ぎり続ける。
『フォースフィールド発生装置はちょいとショートかませば通り抜けられるもんさ、こっちは任せておけ、相棒』
『ありがとうティコ・・・生きて帰ってきてね』
誰よりも他人を考え、誰よりも強く生き―――
『放射線のホットスポットには注意しろよ、この辺りは核攻撃をまともに受けちまったそうだ・・・二度は来たくないもんだな』
『うん・・・RAD-Xは飲んだ?行くよ、みんな』
『RAD-Xの効果が切れちまったかな・・・相棒、イアンも・・・あと犬ッコロ、これが最後のカプセルだ、お前らにやるさ・・・なに、俺には長年培ったサバイバル術がある』
『そんなの嘘だ!ティコ!僕はいいから君が飲んで!』
『いいから飲め!』
誰よりも自分を犠牲にすることを厭わず―――
『なんだって!?アイツがVaultから追い出された!?あのタヌキジジイめ!どこに行った!?俺は行くぞ!』
『ティコ・・・気持ちは分かるけどよ・・・』
『悔しくはないのかよイアン!自分のケガなんか顧みず
―――救った人に裏切られながらも―――
『・・・久しぶりだね、ティコ・・・僕のために、そんな・・・!』
『はははっ、気にすんな相棒、ちょっとケガぁ・・・しちまっただけさ。・・・治療には何年かかるかわからんがな』
『そんな・・・!グールになるまで無茶して・・・!』
『遅かれ早かれなってたさ、お前のせいじゃない。しかし・・・俺が来るまでもなかったかな?』
『そんなでもないよ、嬉しい。・・・こんなにたくさんの人が追いかけてくれた』
―――多くの救った人々に救われた英雄。
「・・・俺も、お前みたいにできるか・・・?”相棒”・・・!」
震える手が、腰にかけたホルスターに伸び、ティコは駆け出した。
コンパニオンってRAD-X飲んでないのにVault34でも平然としてたりするから怖い。