トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

32 / 91
第二章:インタッチャブルス 最終話 『トレンチコートと白銀鎧』

 

「ひいっ、ひいっ、ひい・・・」

 

 

 既に松明の光が消え、暗闇となった通路をおぼつかない足先で走る。

 コロッセオから逃げ出した傭兵達は脳裏にあの恐ろしい”死の鉤爪”の姿を走らせながら、必死に外界へ逃げるべく足を運んでいた。

 

 あと少し、あと少し、あと少し・・・

 

 通路の出口が近づいてくるたびに、心のなかに希望の光が灯る。

 まるで光り輝く天国への扉が闇の先に待ちかまえているように、暗闇の中唯一の道標は足を進める旅彼らの姿を光で照らし目の前に広がっていき―――

 

 ようやく辿り着いたその場所には、とても美しい、女神とも形容したくなる存在を待ち構えていた。

 

 流れるような美しい銀の髪は街灯の光を受けいくつもの影をなびかせ、月明かりを受けてきらきらと輝いている。青いワンピースはその髪と白い肌にとても映え、華奢な身体は庇護欲か、もしくは神聖さを誘うような魅力に包まれていた。

 

 そして、その手には無骨で大きな未知の道具が握られている。

 この華奢な少女には不釣り合いに大きなその武器――― レーザーライフルは、両舷に騎士を侍らせていることもあり彼女に更にミステリアスでミスマッチな、妙な雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。

 

「今日は十日夜か、ちょっと足りないけどまあ十分だよね」

 

 声色は言うなればささやくような低い声、といった感じで耳を惹かれる。

 

「ティコはよくやっているかな?ロイズも何だか大きな獲物を持って突入していったけど・・・まあ、彼らなら大丈夫だよね・・・わかる、わかるよ、マナの流れだけで十分にわかる、誰かと思えばボクをふん縛って牢に放り込んだ傭兵さんじゃないか」

 

 そして言うと共に少女が振り向く。傭兵達はその姿に一瞬息を止め足を運ぶのも抑えたが、しかしその顔を見た瞬間、お互いの表情に変化が生まれた。

 

「て、てめェ・・・ムーンエルフの・・・」

「久しぶり」

 

 傭兵はテッサの姿を記憶から掘り起こすとその関係が宜しくないものであることを思い出したようで、丸くくりりとした目をやや細め見つめるテッサと目を合わせる。

 両舷を騎士に固められ、正面にはムーンエルフ、今にも逃げ出したい気持ちを物理的に固められる結果になった傭兵は焦燥に駆られると、すぐさま剣を抜きテッサに向けた。

 

「またふん縛られたくなけりゃそこをどけッ!こちとら手練が6人だ、騎士相手だって・・・!」

「やめておいた方がいい・・・あの時とは違ってボクは力を十分に発揮できる、あんまり血の流れる結果は望んでないんだけど、でも」

 

 テッサはその身に余る大きさのレーザーライフルを構えると、傭兵に銃口を向け引き金に指をかける。動けば撃つ、とばかりに視線は彼女に覚えがある傭兵を睨みつけており、その様に彼らは一瞬竦むと彼女と睨み合う。

 

「ボクを君が捕まえた時のこと、憶えてるよね?君達のせいで親しい友人が二人も死んだんだ・・・許しては置けない」

 

 テッサは一歩前へ出て、暗闇の中へと足を進める。

 闇の中でも光る蒼い瞳に気圧されたように、傭兵たちはテッサが一歩進むたびに一方後ろに下がっていく。

 

「塵一つ残してたまるものか、その点においてボクがこれを持っているのは非常に都合がいい・・・当たれば灰の欠片さ、さあ、辞世の句を言うくらいは許してあげるよ、さあ、さあ!」

 

 普段の理知的で飄々とし、しかしたまに知識欲に駆られるところのある彼女の姿とは似ても似つかわしくない、怒りを堪えたエルフの姿であった。彼女の周囲のマナが彼女に反応して色づき、暗い通路をほんのりと照らし始める。

 

 万物に宿り、超常を引き起こすマナが実像を持って現れている。だがその光はあの世から指す光であり、レーザーライフルの金属音は地獄の呼び声、目の前のムーンエルフは悪鬼羅刹か死神か、しかし美しさは衰えないから妖狐かもしれない、追い詰められる傭兵達にはそうも見えるほどであった。

 そしてテッサの歩みにいいように追い立てられる傭兵達だったが、背後から響く野太い咆哮に心臓を射抜かれる。そうだ、このまま後ろに下がればあの”異界の魔獣”に食い殺されるのが落ちである、傭兵達の心は板挟みにされ、焦燥が身体を駆け抜ける。

 

真っ先に動いたのは先頭の男、テッサを見知った男だった。

 

「くそがっ!」

 

 刹那、レーザーライフルの先端に集まった赤い光が一瞬にして線となって放たれ、傭兵の男を射抜く。

 剣を振りかぶるよりも、地面を蹴るよりも、引き金を引き放たれた赤いレーザーは速く、傭兵の男の身体を真っ赤に染めると一瞬にして真っ白く輝かせ、肉を、骨を、内臓を、細胞の奥、分子の隙間に入り込んだ熱線はその身体を焼き焦がし、灰の山として顕現させた。

 

「・・・因果応報だよ、ボクもあの二人に救われなければこうすることもできなかった。暗い地面の下で辱めを受け、もしかすると身体中に消えない傷を刻まれていたかもしれない・・・この武器と言い、本当に運命のめぐり合わせにも感じるよ――― 月の神よ、感謝します」

 

 両手を合わせ祈りを捧げたあと、テッサはレーザーライフルをぐるりと手で回し再び傭兵達へと向ける。

 

「君達の顔はあいにく知らない、さあ、降伏すれば命だけは救おう、どうかな?」

 

 睨みつける銃口に、銀の髪をマナに光らせるムーンエルフの少女。

 彼女の要求を聞かない者は、既に存在しなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「おわぁぁっ!」

 

 重量約90kg、パワーアーマーT-51bを纏った白銀の騎士が、また地面を転がる。

 飛ばされた先にいた騎士の一人、紫のショートヘアにカチューシャをつけた騎士団支部副長、アルレットがそのまま転がっていく彼に駆け寄ると、その肩をつかみ起き上がらせた。

 

「ロイズさん!いくらその鎧の性能が高いと言えど無茶です!本当に死にますよ!」

「いいッスよアルレットさん!まだ誰も死んじゃいないんだ・・・最初に死ぬのがオレになるんなら!」

 

 彼らの周囲には傷を受け治癒の魔法を掛けられている者がいれど、命を落とした者がひとりとしていない。そしてロイズのパワーアーマーにつけられた無数の傷痕、へこみや欠け、亀裂といった大きなダメージが無いあたりはパワーアーマーの頑丈さを賞賛すべきであるが、幾重にも刻まれた切り傷がロイズが幾度と無くデスクローと戦っていたことを示していた。

 

 デスクローは跳ね飛ばされたロイズを見据えると、あたかも勝ち誇っているかのように天に向かって吠える。その姿を目にした騎士達は震える足を叩き無理矢理に立たせ、ロイズもアルレットを後ろに下がらせると、気丈にも再び拳を握りしめた。

 

「まだ、まだオレには切り札があるっ!」

 

 再び地面を蹴り、デスクローへ向かって低い姿勢のまま拳を構え駆け寄る。

 そして応戦するように振りかぶられたデスクローの爪を片手で弾いてかわすと、頭の中でただひとつのワードを、彼が持つ”切り札”を、脳を通してその腕に嵌められた戦闘補助デバイス、Pip-boyへと伝えた。

 

「V.A.T.S起動!今度こそ!」

 

 途端、世界がゆっくりになっていき、彼だけがこの世界から切り離されたような感覚を覚える。

 行動力、精神力を示すAPはダメージと疲労によってやや平常時より低減していたが、それでも高速化した彼はデスクローの腕の下をくぐり懐に入ると、明瞭な視界に従って必殺の拳をデスクローへと叩き込んだ。

 

「爆ッ殺ッ!フィストッ!」

 

 デスクローの胸元へ吸い込まれるように撃ち込まれた右腕、その手に嵌められたハイテクフィストの爆殺フィスト。右フック気味に入り込んだ拳の先端がデスクローに押し当てられると、取り付けられたスイッチが反応しロイズの右手上部、フィストに取り付けられたダブルバレルが弾け、一気に二つの散弾ショットシェルがデスクローの胸元をえぐり取る。

 

 右手に感じる反動はパワーフィストのそれなどとは比べ物にならない。

 だがゼロ距離からの弾丸の直撃にさしものデスクローも悲鳴を上げるダメージを受け、とっさに腕を振り回しロイズを再びティコ達の元へと跳ね飛ばす。V.A.T.Sが切れたためにかわしきれなかったロイズはまたゴロゴロと転がされるが、右手に確かに感じた手応えとえぐれたデスクローの胸元を見て、口元にひそかな笑みを堪えていた。

 

「おっと、大丈夫か相棒!」

「全然っ!確かにダメージは与えられた!もう一発やれば・・・!」

「馬鹿野郎もう一発くらいじゃ足りねぇぞ!それにあいつは頭がいい、次は貰ってくれるか分からん!」

「じゃあどうしろって!」

 

 振り返るロイズ、ティコは彼と視線を合わせると、次いで視線と共に指を動かしデスクローの後ろを指さした。

 その場所にあるのは、一挺の銃器。

 デスクローの襲撃に際し唯一ティコが拾い上げることのできなかった、最も大きく、最も強力な、”レンジャー”の武器であった。

 

「あれが・・・」

「こんなこともあろうかと、俺が持ってきた必殺の武器だ相棒。あそこまで俺が行く時間を稼いでくれればいい、そうすりゃ・・・奴も流石に耐え切れんだろ」

「おっしゃ、任せろ・・・アルレットさん、団長、手伝って!」

 

 呼びかけに応じてアルレットと、そしてエルヴェがロイズとティコに駆け寄ってくる。

 一方の手負いのデスクローは、傷が堪えるのかロイズ達からの攻撃が止んだのを見て一時傷口から弾を抜くことに執心しているようであった。

 

「ロイズ、作戦が?」

「グールの武器があそこにある、あれがあれば勝てるから、何とかしてコイツをそこまで行かせる!頼むっ!」

「他でもない願いですが、本当にそれで勝てるんですか?」

「ガンランナー謹製の製品だ!パワーアーマーはブチ抜けないが、中の奴を失神させるくらいは訳ない代物だぜ!」

 

 太鼓判を押すように、自身の胸をぽんっと叩くティコ。

 だが折れた肋骨が痛むのを思い出したようで、いてて、とこぼしたがさも大丈夫のばかりにサムズアップをすると、ショットガンに弾を込め戦闘姿勢を取る。

その姿にエルヴェ達も覚悟を決めると、騎士達に呼びかけ、陣形を固めた。

 

「相棒、V.A.T.Sは後何回使える?」

「もうかなりキテるから・・・後一回で勘弁してくれよ、流石に今度は死ぬ」

「ならチャンスは一回きりか、ほら、ショットシェル切れてるだろ」

「サンキュ」

 

 爆殺フィストのカバーを開き、薬莢を放り出すとロイズはティコから渡された二つのショットシェルをダブルバレルに装填しカバーを閉じる。

 拳で空を殴り、調子が戻ってきたのを確認するとロイズは拳を構え、左足を一歩出し膝を軽く曲げ軽くステップを踏み始める。ロイズがいつも取る、ボクシングスタイルの構え方だ、アルレットとエルヴェもロイズ達と並び、片手で魔法を、片手に剣を携える戦闘姿勢をとった。

 

「私が先陣を切ろう、ティコ、頼んだ」

「おうよ団長さん、これが終わったら冷やした黒ビールでも飲もうや」

 

 いい店を見つけたんだ、と言い拳を突き出すティコの手を、エルヴェも拳で突き返し笑う。

 その笑顔はすぐさま戦士のそれとなり、並ぶ”ブラックアーマーのレンジャー”との相乗効果による威圧感は、味方であるはずの騎士達の視線をも引いた。

 

「アルレットさん、無茶しないで下さい、殴られるのはオレが担当ッスから・・・」

「あなたはもう十分無茶をしてる筈ですよ、私にも無茶させてください」

 

 仮にも騎士なんですから、と剣を胸元に構え騎士のポーズを取るアルレット。

 ロイズはぐっと拳を握ると最前列に立ち、いつでも出られるとばかりに後ろに視線を送った。

 

「・・・来るぞ!」

 

 エルヴェが言うと同時に、デスクローが重く、力強い踏み込みをもって走りだす。

 エルヴェは魔法を込めた左手で大地を叩くと、呪文を叫んだ。

 

「ラ・テーラ!!」

 

 叫ぶと同時にデスクローの前方から土の槍が伸び、デスクローの足を取る。

 不意を突かれたデスクローは大きく転び、その横をティコが駆け抜けた。

 

 しかしその程度でデスクローがへばるわけもなく、すぐさまその鋭い爪を地面に突き立て立ち上がると、自身の横を抜けていったティコを追いかけようとする。

だがその真後ろから、白銀の影が飛びかかった。

 

「お前の相手はこっちだってんだ!!」

 

 飛びかかったロイズがその背に飛び乗り、デスクローの足を重くする。

 そのままロイズが左手のサタナイトフィスト・スーパーヒートでデスクローの頭をガンガン殴りつけると、さしものデスクローも熱さと痛みが煩わしくなったらしくロイズを振り払おうとする。

 

「あらよっと!」

 

 デスクローの手が回される直前、先手を打ってロイズは飛び降りると砂を擦り着地し、再びボクシングスタイルの戦闘姿勢を取りデスクローと相対、頭の中で一つの単語を思い浮かべ、充血する目と研ぎ澄まれる神経を、全て機械制御の思うままに任せた。

 

「V.A.T.S再起動ッ!」

 

 ロイズは時間から切り離され、周囲がスローモーションに見える中をやや早めに、傍から見れば高速に動く。

 振りかぶられるデスクローの両腕をしゃがんでかわすと、彼はそのまま一気に回り込み、その肩口に向けて右手のフィストを叩きつけた。

 

「もう一発っ!」

 

 ショットシェルが弾け、デスクローの右肩に深く散弾が食い込むのを右手にかかる手応えだけで感じながら、彼は今度は左手を振りかぶる。

 真っ赤に燃える新型フィスト、サタナイトフィスト・スーパーヒート、その一撃はデスクローを真っ赤に炎上させ、肩口についた傷口を焼き焦がしデスクローに激痛を与え、それに伴う悲鳴をコロッセオの中に響き渡らせた。

 

「アルレットさん!」

「攻撃、はじめ!」

 

 瞬間、ロイズは横にステップで飛び退き、後方に控えるアルレットへと目を向ける。

 アルレットはそれだけでタイミングを受け取り、周囲に散開させた騎士隊に攻撃命令を出すと共に、自身も風の魔法をデスクローへと叩き込んだ。

 

 炎弾、氷弾、風の刃に土の槍、魔法適正に長ける騎士達の一斉攻撃は主にデスクローの肩口についた傷と、胸元にえぐりこまれた大きな傷口を集中的に狙う。攻撃のほとんどは強固な表皮を通ることは無かったものの、弱点に対するこの執拗な攻めにはデスクローも流石に我関せずとは行かず、痛みに耐えるために身体を覆い隠す姿勢を取りその場に立ち尽くすのみとなった。

 

だが、

 

「もうダウンですかってぇ!」

 

 隙だらけのデスクローに、騎士隊の攻撃と入れ違いになるようにロイズがもう一発の拳を叩き込む。デスクローの身体が更に炎上し、襲い来る痛みと炎をデスクローは振り払う。

 この執拗な攻撃の嵐、並のミュータントでは死んでいてもおかしくはないだろう。だが、この生物はただのミュータントではない、彼らの故郷、戦後世界ウェイストランドにおける生態系の頂点に君臨する存在、”死の鉤爪”の名を冠する存在なのである。

 

 ロイズの拳の殴打によりふらつきながらも、デスクローはまだ倒れない。

 

 

 ―――だから。

 

 

「グールッ!!」

 

「おうよ!いつでも撃てるぞ相棒!」

 

 ロイズは相対するデスクローを越えた、その先にいる男に、彼の相棒に呼びかける。

 気前よく返事を返す彼の手には一挺の銃――― 俗に”対物ライフル”と呼ばれる大型ライフルが握られていた。

 

 ウッドストック、長い銃身、スコープ、大きなマズルブレーキ、そしてなにより通常のライフルと比べ特異な点は、それがあまりにも巨大だということだけだ。50口径、専用の大口径弾を使用するこの大型ライフルは、読んで字のごとく物質を破壊するために、言い換えれば戦車を破壊するために生まれた。

 

 装甲技術の向上などにより一時は姿を消した時期もあったが、21世紀のテロ事件や射程距離の長さ、強化ガラスの貫通が可能な点などが注目され再び脚光を浴びたこの銃は、23世紀の今にあっては特に、パワーアーマーの跋扈(ばっこ)により第一線で使用される武器となっている。

 

 特にティコのようなレンジャーは、なまじ大型ミュータントやパワーアーマー兵を相手取る機会が多かっただけに使用率が高く、過酷な訓練により鍛え上げられたその肉体はこのずば抜けた反動のために伏せ撃ちが鉄則のこれを腰だめで撃てる、ということもあり、ウェイストランダーからは”ブラックアーマー”と並びレンジャーの代名詞ともされている装備であった。

 

 その対物ライフルは今、ティコの手に握られ頭を押さえるデスクローへと向けられている。

 重量20ポンド、最大射程2km超、鉄板を叩き壊すほどの銃の引き金にティコは手を掛け、そして―――

 

「あいにくと、お前さんを逃すのにもいかんでな!」

 

 対物ライフルの銃口から、火が噴いた。

 いや、火などという生易しいものではないだろう、爆炎とも形容できる炎が吹き出し、その中から大口径の弾丸が空気をねじり切り、射線に従い真っ直ぐに目の前の、”死の鉤爪”へと向かっていくとその表皮に穴を穿ち、臓器を、肉を、あらゆる肉体を構成するパーツを破壊しながら進んでいく。

 

 やがて、体内に真っ直ぐな穴を開き反対側へと到達した弾丸は、そこでその内側に溜まったエネルギーを全て弾けさせ、デスクローの背中に巨大な銃槍を刻みつけると共に外界へと飛び出し、夜空へと消えていく。

 

―――白いコロッセオを血で染め、咆哮を夜空に響き渡らせた最強のミュータントは、わずかな死への抵抗の後その身体を地面に横たわらせ、完全に沈黙した―――。

 

 

 

 

「ははっ・・・ははははっ・・・!」

 

 誰が漏らしたか、ようやく沈黙の戻ってきたコロッセオの中に、笑い声が響く。

 だがそれを皮切りに、コロッセオに一斉に歓声が上がった。

 

「やったぁーっ!」

「倒した!あの異界の魔獣を、倒したんだっ!」

「静かに!それよりも要救助者の手当てを・・・え?終わった?」

 

 銀と青をベースとした鎧を纏った騎士達は、老若男女問わず、剣を下ろすと両手を上げて歓声を上げる。

 傷を負った者の治療も完了し、この面子に死者が存在しなかったのも手伝い、この喜びの嵐は一気に激しくなった。

 

 

 

「・・・っはあ・・・!やったんだよな、オレ、やった・・・!」

 

 ロイズも信じられない、といった面持ちでデスクローの死体を眺めており、恐る恐る近寄ってはつんつんと、その死体をつつくのを繰り返している。そうしていると、横合いからロイズは頭をはたかれびくっとし、目をまん丸くしながら振り向いた。

 

「そんなことしなくても死んでるよ相棒、むしろ・・・マッサージになって生き返るかもしれないぜ」

「や、やめろよ・・・」

 

 振り向いた先にいたティコが、デスクローの死体を蹴っ飛ばしながら言う。

 ロイズがその様を見て、戦々恐々としながら彼の手を持ってデスクローから離れると、ティコはそれがおかしくなってしまい、大笑いした。

 

「っはっはっはっ!相棒!いつもはあんな意気がってんのにこういう時は怯えちまうってか!あれだ、本番じゃおっ立たないってことか?はっはっはっ!」

「う、うるせえっ!別にこんな奴!」

 

 ロイズも負けじと蹴っ飛ばすが、そのせいでデスクローの尻尾が動いたのを見たロイズは更にびくりとすると後ろに下がり、それにティコは腹を抱えて更に大笑いする。それに顔を真っ赤にしたロイズが頭をつかみヘッドロックをかけにかかるが、ティコは大笑いしながらもひらりひらりとそれをかわした。

 

 だがひとしきり笑った後ティコは一気に静かになり、ロイズもそれに毒気を抜かれてしまう。

 そしてティコはヘルメットを外すと地面に置き、その顔を見せ、微笑んだ。

 

「ともあれだ、お疲れ相棒、お前がいなけりゃ俺は死んでた」

「思ってもないことじゃねーのっ」

「本当だよ相棒、ヘルメット外してパワーアーマーの傷見てみろ、お前がここまでやってくれたお陰で、俺らは生き延びられたんだ・・・本当の本当に、感謝してるよ」

「オレ、が・・・」

 

 ロイズはヘルメットを外すと首の後にぶら下げ、俯いて胸甲の傷に目をやる。

 そこについた無数の傷痕に、ここまでやられたのかと、驚いて目を丸くした。

 

 それからロイズは顔を上げ、ティコと目を合わせるとしかしすぐ目を逸らし、それしきり黙ってしまう。

 

「どうした相棒?」

「あー、いや、その・・・」

 

 歯切れの悪いロイズの言葉を、ティコはずっと待つ。

 グールの彼は皮膚はボロボロであったが、けれど真っ直ぐな瞳でロイズの言葉をじっと待った。

 

「・・・とよ」

「ん?聞こえないぞ相棒」

「・・・りが・・・よ・・・」

「もう一オクターブ高めで頼む!相棒!」

「あーもう!」

 

 ロイズはティコと目を合わせると、顔を少しだけ赤くしたまま声を張り上げた。

 

「ありがとよって言ってんだよ!この難聴グール!お前が決めてくれなきゃオレも駄目だった!」

 

 顔を近づけ強く言うロイズ。

 ティコはそれを笑顔のまま、しかし聞いた後はニヤニヤとしたまま、彼の頭に手を乗せた。

 ロイズはそれを振り払おうとするが、そのたびにティコが手を離しまた手を乗せ、いたちごっことなる。

 

「可愛い奴だな相棒!ほらもっと素直になれ、ほらほらっ!」

「やーめーろー!臭うー!ハゲるー!やーめーろー!」

「―――っははっ、最高だ、相棒・・・ところで弾はもう入ってないな?」

「え?ああ、もう使い切って・・・って」

 

 ティコはロイズの右手を持ち上げると、ふわりと浮かせそこに自分の拳をぶつける。

 あっけに取られたロイズだったが、すぐにその意味を察すると、今度は自らの意思で手を上げ、ティコの拳と自身の拳をがしっ、とぶつけた。

 

 

「これからも長くなるさ、俺達は"最強のふたり(インタッチャブルス)"だ、そうだろ?頼むぜ、相棒」

「・・・足引っ張んなよ、グール」

 

 

 

 打ち付けられた拳はすぐに離れ、何事もなかったかのように、彼らは歩き出す。

 

 

 片や戦乱の世を生き、多くの命と向き合い、人を止めてからもその生き様を貫き続けた男。

 片や戦前の世から続く血統に生まれ、しかし地上の光から長くを遠ざけられ、そして今ようやく光を掴む道を追い始めた青年。

 

 片や暖かい風にトレンチコートを翻す、ピストル片手に真っ赤なアイピースを光らせる"レンジャー"。

 片や眩い陽射しにその白銀の鎧――― パワーアーマーを輝かせ、拳を握り敵を打ち砕く"スクライブ"。

 

 彼らはこの地に喚ばれた英雄か、それともただの偶然か。

 

 だがそんなことも、関係ない。

 どちらが皮膚が削げ落ちた、人間を止めた嫌われ者のグールであるとか、

 どちらが手段のために目的を蔑ろにし、嫌われ者になった組織の一人であるとか、

 どちらかつての”英雄”と共に生き、そして今生ける伝説であるとか、

 その伝説を知っているとかいないとか、

 

 そんなことは、どうでもいい。

 

 

 二人の男の間には確かな友情が、絆があった。

 口にしないし顔にも出さない、けれども確かな繋がりは、二人の中に根付いている。

 

 

 トレンチコートが夜風に靡く。

 白銀の鎧が月明かりに輝く。

 

 トレンチコートと白銀鎧、彼らが思い、成す先は、同じ道の上にあるのだろう。

 

 

 

 




不足箇所があったので再投稿。
これにて二章は終結、エピローグと間話を挟んで三章へ。
ようやく終わった感じがして嬉しい!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。