トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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きりがいいのでこのへんで切って投稿。


第二章:インタッチャブルス 23話

 ―――駆け抜ける光の濁流と、荒れ狂う轟きの暴風雨が円形のコロッセオに疾走り、古代コンクリートの白い石材に反射し幾度も駆け抜け暴れまわる。

 

 人間の受光量の限界を超えた光に目を焼かれた者は一時的な失明と目眩に陥り、心的な許容限界を超えた音の暴力に本能が警鐘を発し、身体を抱いてしゃがみこむ。難聴、耳鳴り、失明、目眩、一時的なものだが五感の大部分を奪い去られたことはコロッセオ内の者達の心理に大きな混乱を招き、コロッセオの観客席に集まっていた傭兵達はパニックを起こしどこか音調の狂った言葉を口々に叫び合う。

 

 マグネシウムを中心とした装薬に火を付け、その反応を使うだけの単純なものではあったが、単純こそが最高であると言われる通り絶大な威力を発揮したフラッシュバンの光と音は、コロッセオの外にまでも届いていた。

 

 

「うわっ、あの音は一体何だ?コロッセオの中ってことは・・・なるほど始まったのか」

「その通りさ、ティコからたった今連絡があったよ。じゃあ騎士さん、突入をお願い、ボクはここで退路を確保するから」

 

 通りすがりの貴族や配達人が振り向き、明らかに異常をきたしているコロッセオに訝しむ視線を向ける中、コロッセオの正門、つい先程にティコがくぐっていった場所の前に一段気を落ち着けた十数名ほどが集まっている。

 その身体には青と銀を基調とした魔道具の鎧、先頭に立つのは栗色の髪の男、エルヴェシウス・F・レスターと、紫色のショートボブの女、アルレット・アルケイン、知るものが見れば、それがこのサンストンブリッジ貴族区の治安を担う騎士団支部の面々であり、ほかでもない騎士団支部長と副長が揃い踏みしているとわかっただろう。

 

 これから何が行われるのか、先ほどの音の正体と関係があるのか。付近の住民たちはこの一団が他の空気とは打って代わり物々しい雰囲気を纏わせているのを感じると、つい足を止め、あるいは部屋の窓ガラス越しに、または家の扉を開けて、何が起こるのかと不安、あるいは好奇心を抑えられなかった。

 

 だがもう一つ、彼らの目を引くものがある。

 騎士の一団に混じり立つ、しかし彼らとはあまりにも離れた出で立ちの少女だ。

 

 腰まででばっさり切られた銀糸の髪は風になびき、街灯の光を反射してきらびやかに輝いていて、極めて整った顔立ちとしかし丸くくりりとした青い目は彼女の美しさの中に可愛らしさを演出し、青いワンピースと合わさり寒色系で揃えられた様はどこか儚げな印象をも与える。

 だがなにより目を引くのは二つ、一つは長い耳でありそれは彼女がエルフ、銀の髪と揃えて”月の民”ムーンエルフであることを察しさせる。

 

 そしてもう一つ、それはその手に握られた無骨で、角ばった鉄の塊だ。

 複雑な構造を持ち、各部は軽量化のために穴や隙間が多い、ケーブルなぞ誰も知らないであろうそれは誰もが”魔道具”と認識して離さない――― 焦点収束機を取り付けたAER9レーザーライフルを携えた彼女は、道すがらの人々にその儚き美しさと無骨なシルエットとのギャップを持って、戦場に咲く一輪の花のごとき印象を与えていた。

 

「ティコにもロイズにも断りなしに持って来ちゃったけど、まあこんな時だし仕方ないよね」

 

 所有者の断りなしに武器と弾薬を持ち出してきたことを心のなかで詫びながら、しかし都合よく納得させるとテッサはレーザーライフルをよっこらと持ち上げ肩に担ぎ、視線を騎士団長、エルヴェに送る。

 

 エルヴェは視線を受け取ると、それが準備完了の合図と取ったのか剣を抜く。

 同行する騎士団の面々も一斉に剣を抜き、盾を構え、そして空気が変わる。まるでそこだけが戦地であるような、戦闘を知る者だけが醸し出せる独特の覇気が彼らを包み、エルヴェは剣を高々と掲げた。

 

「バーナード、ミーシャ、お前たちはこのお嬢ちゃんとここを見張っててくれ。行くぞお前たち!ここのところ大手柄は彼らに奪われっぱなしだ!ここで騎士団の根性見せないと立つ瀬がないぞ!」

 

 エルヴェの鼓舞に呼応し、騎士達がわっと声を上げ後に続く。

 テッサは手に持つエネルギー銃の重さを細腕で感じながら、祈りを視線に乗せその背を見送った。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 地を蹴り駆けると共に、地面を薄く覆っている白い砂が舞い上がる。

 閃光と爆音が混乱を招いている最中、ティコは壁へと急接近すると共に飛び上がり、壁を構成する石材の隙間につまさきを差し込み力を込め勢いを維持すると、そのまま観客席の手すりに手を掛け一気に身体を観客席へと登らせた。

 

 隙だらけで、だから無謀で、蛮勇とも呼べる行動だ。

 だが今この瞬間において、彼を止める者はいない。閃光に視界を焼かれ、絶えず襲い来る耳鳴りに苦しむ者達にとってはそんなことを知覚することすら敵わなかったからだ。

 

 ごく一部、よそ見をしていたために視界を維持しティコの姿を捉えていた者はいたがもはや手の届く位置にはなく、まして彼の目標、エリスのいる場所にいるダークエルフのトビシロは愚か、悪徳貴族方もことごとく同様の苦しみに見舞われていて、彼の乗り上げと歩みを止める者は誰一人として存在し得なかった。

 

 そして武器をことごとく脱ぎ捨てたティコの身は軽く、彼のレンジャーとしての適正と鍛えを見せつけるがごとく動きはスムーズ極まりない。これがもしここに段差がなく、エリスの場所まで直通で行けるのであれば武装解除を装うこと無くフラッシュバンをもって突入し、そのまま制圧射撃に移る、という流れのプランAを取る予定であった。

 結果戦闘力を削がれる形になってしまったこのプランBではあったが、ここまで順風満帆に進むのであれば十分戻って武器を取る時間はある。どちらにせよウェイストランドでは通用しまい、フラッシュバンどころか手投げ弾の知識すら欠片にない相手が敵になってくれたからこその戦術であった。

 

 ティコはヘルメットの下で笑みを浮かべると、到達した観客席から一直線にエリスの元へと駆ける。

 速度を優先した荒い走りであったために足音が大きく響いたが、誰も聞きはしない。そのまま他の者と同様、申し訳ないと思うがフラッシュバンの餌食にされたエリスの手を取り、抱え上げ、観客席を飛び降り武器を手にとって―――

 

「おあっ!?」

 

 刹那、ティコは自分の身体が、進む方向とは逆に浮いていくのを感じた。

 共に腹部に衝撃と、鈍い痛みが走り、とっさに足をついたときには既に遅く、足裏に感じた石材の当たる音とともに自分が、手すりを越えて転がり落ちたのを理解する。

 

 落下の瞬間体の角度を変えたがために頭から落ちることだけは避け、正面からどさり、と硬い地面の感覚を味わったティコは全身に降りかかった衝撃による感覚のズレを抑えつけながらも立ち上がった。

 何が起こったのか、一体自分は、渦巻く思考を抑え冷静に頭を働かせ、まず腹部を押さえ、そこに目立った傷はなくただ砂を押し付けたような跡があることから自分が何者かに蹴り飛ばされたのを理解する。

 

 その瞬間、彼の身体からどっと汗が吹き出した。

 あの混乱した状況下、自分が蹴りつけられ、座席から落ち、今は閃光がコロッセオを包む前にいた白い地面の上に立っている。それだけで答えは導き出せる、つまりは、

 

「やってくれるわ、狩人ティコ・・・!ああ、頭が痛い!」

 

 ―――失敗した。

 

 見上げたところ、観客席のへりに立ち、荒げた声を上げる女と目を合わせる。

 トビシロは頭を押さえ、合わせた目もどこか焦点が合わなくなっていたが次第に視界と聴覚が戻ってきたのか、ティコとはっきりと目を合わせるとその表情をまさに怒りを隠し切れない、といった形相へと変え、彼を睨みつけた。

 

「陽魔法に閃光を使う魔法があるけど、あんな音を出すものなんて長年で見たことも聞いたこともない、そもそも音で相手を混乱させる魔道具なんてもの、誰が考えたのかしら、いつかその名匠に会ってみたいものね」

「ハハハ・・・おおかたガンランナーあたりか、機会があったら工場見学に行こうぜ」

 

 なだらかな声質で答えるが、端々に怒りを隠しきれていない様子からそれが皮肉なのだろう、とティコは思う。しかし着実に状況と、圧力の上で押されていることが感じられ、ティコは無意識に数歩後ずさった。

 

「でも運が悪かったわね、私が風魔法を使い手だったってこと、知らなかったでしょう?気流の流れを読んでものを見る、斥候時代によくやった手法だもの・・・戦闘経験はこっちが上かしら?」

 

 指先でくるくると、トビシロは円を描いてみせる。

 するとその小さな空間に、小さなつむじ風がうずを巻いたあと、ひっそりと消えた。

 

「あなたとはもう少しお話してみたかったところだけど、気が変わったわ。ゴルフェはカッコよくて、イカす男だったけとあなたは・・・本当に危険な男よ、これ以上時間をかけたら何を出されるかわかったものじゃないもの、次は空を飛んでくるかもしれないし、突然消えるかもしれない」

 

 トビシロの瞳がティコを射抜いた瞬間、彼は後ずさる足を止め、とっさに身構える。

 何を出してくるか分からないのはお互い様だ、と心のなかで悪態をつき、彼女の一挙一動に目をやった。

 

 トビシロは近くにいた傭兵を呼ぶと、短く話してからまたティコを向く。

 傭兵は駆け足で裏手に消えていって、あとにはティコを見据えるトビシロと、フラッシュバンのせいでより怯えを強めたエリスと、ようやく五感が帰還しまた睨み合う二人に目をやる悪徳貴族と傭兵達が残された。

 

「ティコ、あなた魔獣を何匹も仕留めてるんでしょう?酒場の吟遊詩人がたまに歌ってるわよ、有名になったものね・・・それでなんだけれど」

 

 言い終えるとともに、ガラガラと、ティコの向かいの通路の奥から何か物が運ばれてくる重い音が響き、ティコはその方向に視線を移す。

 相当重いのだろう、ゆっくりと運ばれてくるそれをティコは後ろに下がって迎え入れる準備をし、それが光のもとに晒されるのを冷や汗を垂らしながら待った。

 

「ちょっと、こないだ”作った”魔獣がどれくらい働いてくれるのか、あなたの身体でテストしてほしいのよ、死んじゃったらまぁ・・・結果オーライ?」

「ああ・・・ああ、ああ、ああ、あいにくと悪いが、俺の身体は一つしかないんだぜ?だから今回は少し日をおいて、勇敢な競技者を募ってからおっぱじめるってのは」

「だーめ、そんなこと言って逃げようとしても絶対にダメよ、それにいいじゃない?女の子三匹にちやほやされるなんて、男冥利に尽きるでしょ?」

 

 通路を通りコロッセオの競技場へと運ばれてきたもの、スポットライトに照らされるもの、”檻”は三つあり、それぞれ同一のものが内封されているのを、ティコは目にした。

 

 その後ろには怯えを隠さない運搬員の傭兵達が控えており、それぞれが一様にティコに憐れみの視線を送ったあと、檻の扉におっかなびっくりとしながら手を掛け、やがて、重く大きな扉が開かれる音を聞いた瞬間に身体をびくりとさせ、裏方に全力疾走をもって引っ込んでいく。

 

 そしてほどない時間が経った頃、檻の内容物――― 世間一般が知る”犬”とは遠くかけ離れたサイズに、グロテスクに肥大化した筋繊維を持つ三匹の”犬の魔獣”は、眠りから覚めると共に檻を鼻先で開けはなちその目の前――― ティコを目にするとともに舌を垂らし、目の色を変えた。

 

「それがメスオスのメスじゃないってんなら引き受けるが、こいつはちょっとノーサンキューだな・・・」

 

 人間と、魔獣、互いの力量差など知らずとも分かる。三つの視線を視線で返しながらゆっくりと、刺激しないようにAK-112をつかみ、地面から持ち上げようとするティコ。

 だが視線を魔獣に移していたためにAK-112の肩掛け用のスリングが別の武器に引っかかっていたことに気づかず、そこから鳴る鈍い金属音を、甲高く鳴らしてしまった。

 

「・・・クソッタレ(Fuck)だっ!」

 

 途端、犬の魔獣達がすっくと立ち上がり、三者三様にティコの方向へと身体を向ける。

 ティコはAK-112を胸元に抱えると、背中を向け全力で駆け出した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

―――ゆっくりと、目蓋が開いていくのを感じる。

 

  目に入ったのは薄明かりに照らされた天井だ、木目の形が大きな人の顔に見えて、ロイズはついびくりと身体を震わせた。

 

「おぉ、起きたかの青年・・・名前を聞いてなかったの」

 

 ふと声がし、ロイズは身体をゆっくりと起こそうとする。

 しかしまるで布団の上に引っ張られるかのような感覚を全身の筋肉に感じ、ロイズは自分が少しと言わず相当疲労していて、その感覚が短くはない時間寝ていた上でまだ残っているのだと直感した。

 それでも身体を無理矢理に起こすと、声の主であろう、白髪と白ひげで帽子に赤十字をつけた老人が彼の身体をあわてて押さえ、起こす補助をすると共にぼう、っと、手のひらから暖かな光を身体に向けられる。

 

 ぼんやりとした頭のままのロイズは最初それにびくりとしとっさに身体が動きそうになったが、その光の感覚が全身に伝わり、それがとても暖かく、まるで全身をデトックスしマッサージを施しているような感覚を与えるのを感じると、落ち着いてそれに身を任せた。

 

「まだダメじゃよ、何をしたのか知らんが君の身体が限界まで酷使されたのと同然だった、寝ていなければひどいめにあうぞ」

「・・・気持ちいい・・・爺さん、爺さんは誰だよ?」

「最近の若いのはみんな口が悪いのかのぅ・・・ワシは少し離れたほら、教会の治療術師じゃよ、倒れた君が運ばれたときにワシも呼ばれてそれからつきっきりじゃ」

「つきっきり・・・?」

 

 はっとロイズは部屋を見渡し、続けて窓の外を見る。

 外はもう暗く、街灯の明かりがほのかな温かみを夜空へと立ち上らせていた。

 

 しかしロイズはそこで背筋に冷たいものが登ってくるのを感じ、こめかみに青筋を立てると勢い良くベッドから飛び出そうとする。しかしその瞬間に全身の筋肉が悲鳴をあげ、ロイズはバランスを崩しとっさに受け止めた治療術師の老人にベッドへと押し返されてしまった。

 

「エリス院長は!?あの人が拐われた!こんなトコで寝てる場合じゃねぇっ!」

「慌てるな青年、それに関してはあの赤い目の男とムーンエルフが何とかすると先に出て行った、今の君はここでワシの治療を受けていればいい・・・それにその身体じゃあ戦えんじゃろう?」

「でも・・・!」

 

 老人の言うとおり、身動きをとるなら容易だが、しかし激しい動作をしようとするたびに身体を鈍痛が走り、筋肉から一瞬力が抜ける感覚を覚える。しかしそれでも、ロイズはやらなければならないと、老人の静止を振り切るように動こうとした。

 

「オレが、オレの力が無いからあの人はあんな目に遭ったんだッ!それに、もしかするとここが襲われたのもオレたちのせいかもしれないし・・・とにかく!だからオレが寝てる場合じゃなくって!オレが助けに行かなきゃ!」

 

 老人の腕の中で、悲壮さを声に滲ませながら言うロイズ。

 老人はその姿に心を動かされそうになったが、一度、心を鬼にしてロイズをベッドに無理矢理押し返した。

 

 治療術師の老人はそれでもまだ動こうとするロイズの肩をがっとつかみ、正面からその目を見据える。ロイズはその年老いた人間の持つ、貫禄を有する目に射抜かれるととたんに冷静になり、身体の力を抜いてベッドの上に座り込んだ。

 老人はそれを見るとロイズの肩を離し、離れるとベッドの側にあった椅子に座る。それから手のひらにまた光を灯すとロイズの背中からあて、同時に口を開いた。

 

「青年・・・齢を取っているワシだから言おう、老いて分かることだが、ムチャというのは後腐れが無かったり、無理の無い範囲でやるべきだとワシは思う。特にこういった、人の命の関わる時じゃと・・・ムチャをして、それで駄目なら後悔すると思うぞ」

 

 ゆったりと、白ひげの中の口をもごもごと動かし喋る老人の言葉を、ロイズはじっと聞く。

 暖かな光が身体の痛みを少しづつ癒やすのを感じながら、面持ちを固くして、何も言わずに聞いていた。

 

「後悔先に立たず、仲間を信じてみるのもいいではないか?」

 

 老人は言い終えると同時に、当てていた手を離す。

 それを見てロイズは、魔法ならすぐに治せるものじゃないのかと聞くと、彼は軽く笑って切り傷やかすり傷とは違う、病や疲労まで治せる魔法があるのなら今頃皆昼夜を問わず働いているじゃろうな、と答えた。

 

 ロイズは老人の言葉を思い返す。

 後悔先に立たず、やって後悔したら、その後悔は一生消えないかもしれない。

 

 だが―――

 

 

「出来る時にムチャをしないと、それも一生後悔すると思う」

「・・・ぬ?」

「ロジャー・マクソンって人がいたんだけどさ、その人、自分が正しいって思ったことのために国家を、組織までもを振りきって立ち上がったんだよ。ずっと昔の人で、B.O.Sの創設者なのに組織に知らない連中もいるんだけど」

 

 老人の方は向かないまま、ロイズは首をうつむき加減に話す。

 老人は、再びロイズの背に手を当て治療術の光を灯すと、続けてくれ、と言った。

 

「それから世界が終わった日をロジャーは経験したんだけど、それから危険なのも分かってるのに外の世界へ出て、ロストヒルズを見つけて、B.O.Sを創設して・・・それがあったお陰でオレらがいるし、きっとロジャーが何もしなければオレらはいなくてミュータント軍も倒せなくて、きっと、世界がもう一度滅びていたんじゃねーかなって思うんだ」

「世界が終わった日・・・というのは分からんが、英雄的な男だったみたいじゃの」

「ああ、オレもそう思う、だから―――」

 

 ロイズは老人の方を向き直り、その目を見た。

 

「ロジャーはそのムチャに手を届かせなきゃならないって思ったから、きっとやったんだと思うんだ。人が人を助けていいのは手が届く範囲までって誰かが言ったらしいけど、なら手が届くのに伸ばさないで待ちぼうけてたら・・・きっとやらなかった時より死ぬほど後悔すると思う」

 

 ぐっと手を握り言うロイズ。

 老人は考えるように腕を組むと、その姿をじっと見つめていた。

 

「自己満足かもしれねーけど、傷だらけになって、ボロボロになって、それでやるだけやって後悔したほうたぶんダメになったとしても自分を納得させられると思う。極端だけど、もしやらなかったことで世界が滅んだりしたら目も当てられないし、自分の知らない所で事が運んでそうなるって考えたら、身体も落ち着かないしさ、だから」

 

 ロイズは無理矢理身体を立ち上がらせる。

 今度は老人も止めず、彼の背中、パワーアーマー接続部の取り付けられたリコンアーマー姿を、椅子に座ったまま眺めた。

 

「オレ行くよ、治療ありがとな、爺ちゃん」

「・・・はぁ、最近の若いもんは威勢がいいのは分かるが・・・」

 

 ため息を付きながら老人は立ち上がり、ロイズの背に近づくと両手を当てる。

 

「エル・ヒール」

 

 老人が呟くように唱えると同時に、彼の両手をより強い光が包む。

 とたん、ロイズは全身を快感にも似た解放感が走るのを感じ、一瞬膝をぐらりとさせるがすかさず踏ん張る。全身を見ながら彼は節々の痛みが消えていくのを感じると、腕から足から、軽いストレッチをする真似を見せる。

 

 そして老人の方へ驚き顔のまま振り返ると、老人の”そうじゃろう”とでも顔に書いてあるような表情と目を合わせ、彼の言葉を受けるままにした。

 

「ワシが使える最高の治療術じゃよ・・・まあ荒療治じゃな、疲労が魔法で消えない理由はつまり、一時しのぎしか出来ないってことじゃ。本当ならあと3,4時間は休んでもらいたいんじゃが、青年が行くというから掛けておいた、手向けじゃないぞ、後からどっと疲れが舞い込むから覚悟しておれ」

「上等だ、じゃじゃ馬のV.A.T.Sだっていつか使いこなしてみせら」

「若いのはいいのぅ、しかしあの鎧の顔・・・どうも気に入らんなぁ、睨むようで」

 

 ぐっと拳を握り決意表明をした後、黒色のアイスリットにより中が見えないフルプレートメイル、T-51bパワーアーマーはその重量感のせいで、あたかも中に誰かが入っていて、すぐにでも動き出しそうな威圧感を部屋の隅で呈しているそれにロイズは歩み寄るとその後ろに歩み寄った。

 

 そのままバルブを回し、パワーアーマーの背面を開く。

 大きく開いたパワーアーマー背面部に身体を滑りこませるように入り、開いたカバーからまさしく”中に入る”ように着用するとチェインメイルの上体とゴム質の下体、それらがリコンアーマーの接合部とフィットするのを感じ次いで、治療術師の老人の方に向き直る。

 

「ごめん爺さん、ちょっとバルブ回してくれね?」

「バルブ?ああこれか、本当に面白い構造をしとるのぅ、この鎧」

 

 背を向け老人に背中についたバルブ、重厚なパワーアーマーの中で唯一どことなくコミカルに映るそのパーツを老人に回させた。

 まるで戦車か潜水艦のごとく、カバーを閉めるために必要なこのバルブがあるからこそT-51b型パワーアーマーは一人で着用できないという欠点があったが、そんなもの、この高性能パワーアーマーの与える恩寵からすれば些細なものであった。

 

 やがて老人がバルブをきゅっと閉めると、パワーアーマーはリコンアーマーにちょうどフィットする。時を同じくして、搭載されたマイクロフュージョン・セルの核融合発電力から溢れるエネルギーが全身を駆け巡り、モーターを稼働させ、ヘルメットの暗視装置、Pip-boyとのリンク、吸気フィルター、様々な戦闘補助システムを起動させる。

 

まさしく”エンジンが入る”のだ。

 

「モーターよし、リンクよし、股ずれ靴ずれなし、オールグリーン・・・万全」

「場所は貴族街のコロッセオじゃ、行って来い青年・・・ああ、また名前を聞き忘れていたの、青年は・・・」

「ロイズ」

 

 老人が再三聞く前に、ロイズは自分の名を名乗る。

 Brotherhood of Steel、純粋な戦前からのアメリカ人の血が流れる、その名前を。

 

「スクライブ・ロイズだよ爺さん・・・じゃあ」

 

 両の拳を打ち鳴らすロイズの表情は、ヘルメットの下いつになく鋭く、研ぎ澄まされていた。

 そしてロイズは目をつむり、目蓋の裏に景色を浮かべる。幾多の敵と戦い続けている、自身を"相棒"と呼ぶ者の姿を。

 

 

「オレが行くまでくたばるなよ、グール」

 

 

 




パワーアーマーの着方がまったく分からなかったのですが、上半身はチェインメイル上のインナーで下半身が特殊ゴム質状のインナーとなっていたのでたぶん上体と下体分かれてるんじゃないかと思いこうしました。

バルブは謎だけどたぶん内部機器へのアクセスに使うかこう使うはず。

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