トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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第二章:インタッチャブルス 21話

 

 

 

 

 

 

 ガラリ、と勢い良く扉が開かれ、薄暗い部屋の中にティコが侵入する。

 その手にはエッチングのされた黒色の45口径大型拳銃、.45-70のライフル弾を装填したレンジャー・セコイアが握られており、いつでもその猛威を振るえるよう撃鉄が下ろされグローブ越しには、指が引き金へと掛けられていた。

 

 銃と同様、”ブラックアーマー”と無法者や敵の組織に対し揶揄され恐れられる通り、焦げ茶のコンバットアーマーにヘルメットも黒色の彼は赤い目、右こめかみの暗視装置と連動して働く特殊なアイピースの下で、銃口の向きに従うように部屋の中を見回す。

 

 見つけたのは二つ。

 片や物言わぬ男の影が見えた瞬間、ティコはとっさに地面に倒れ伏す男に銃口を向ける。だが男の腹部から流れた血で周辺が汚れておりその顔が既に蒼白になっていることを認識すると、彼が事切れているのだと判断し、目線をもう一つへと動かした。

 

 見つけたもう一つ、部屋の隅、彼と彼の相棒が持ち込み積み上げている銃器や、弾薬類に補給品のケースで山となったその場所に背を預けるようにして、膝を抱えてただじっとしている女の子、髪は短めの赤、年の瀬は11、12の程度、赤いジャケットを着た彼女はまさに、

 

 

「嬢ちゃん?・・・嬢ちゃん!?大丈夫か!」

 

 ティコは回転式拳銃の撃鉄を押さえ、引き金を引いたままゆっくりと撃鉄を下ろし拳銃を安全な状態にすると右腰のホルスターにしまい、彼女、今はこの孤児院の同居者たるアルの元へと駆け寄るとその肩を持ちそっと揺らした。

 

「・・・ダンナ?」

 

 小さな頭が、ゆっくりと上を向く。

 

 ティコから見たアルの顔にはいつも通りに揺れる短い赤髪や、子供らしい丸みを帯びた輪郭がついさっき見た時と同じように存在していたが、ただひとつ、彼女がたったひとつ特異なる点として持つ”先祖返り”を示す、金色の目の渕は赤く染まっており、それが彼女がほんの先ほどまで泣き腫らしていたことを指し示していた。

 

 ティコはその幼い顔に残る涙の跡を見て悲しみを感じたが、一方で、端まで見た彼女の身体の一片にも傷がついていないことを確認し安堵すると、ほっと息をついた。

 

「怪我はないな・・・無事で何よりだ嬢ちゃん、じゃあ俺は―――」

 

 ―――他の子の安全を確認してくる。

 だがそう言い終わる前に、ティコの身体が地面に向けて小さな力で引き寄せられた。

 

「ダンナぁ、っ、ダンナぁ・・・!」

 

 耳元でか弱い声が、すすり泣き言葉をこぼす。

 ティコはそれだけで、アルが自分を抱きよせたのだと理解した。

 

「嬢ちゃん・・・」

 

 カーボン素材のコンバットアーマーとヘルメット越しに感じる小さな腕の感触をティコはたまらなく愛おしく思う。故郷(ウェイストランド)ではグールとして迫害されることも少なくなかった彼と、先祖返りの身体的特徴のせいで親に見捨てられたアル、思い返せば、彼女を彼は似通った傷の持ち主として大切にしていたのだろう、同じく、親のいないアルも彼を。

 

ティコは彼女を優しく抱き返すと、その髪を梳かすように優しくなでた。

 

「ダンナ、アタシ・・・殺す気なんてなかったんです、ただ脅かそうって・・・」

 

 涙声でアルが言いながら、ティコの肩に頭を押し付ける。

 トレンチコートの肩部分に入れられたショルダーアーマーに彼女の額がこつんと当たり、目元から流れた涙がコートの布地をほんのりと濡らした。

 

「それなのに脅かされたから、つい指引いちゃって・・・やろうとしたわけじゃないんです、驚いて指に力が入っちゃっただけで」

 

 ティコはアルの言葉に反応し、彼女の側にあった22口径ピストルを見た。

 撃ち終えたことを示すようにピストルのスライドはスライドストップに止められ背部から飛び出しており、露出した薬室は空気の通り道となっていた。

 

 撃ち終えた弾の行く先など、考えるまでもない。

 背後に倒れている死体の腹の中で大暴れし、力尽きて今は脂肪と肉の隙間で眠りについていることだろう。

 

 ティコからすれば、それは当たり前の日常だった。今日でこそ国家や組織という枠組みが広がりウェイストランドにおける旅は比較的気楽になったものの、以前はそうではなかった。

 特に彼の旅の始まった時期では、旅とは弾の数の持つ限り可能なもので、村程度のコミュニティは日々無法者(レイダー)や野生のミュータントの襲撃に怯えながら生きねばならない時もあったほどだ、かつての”相棒”と旅をした時も、一体何匹のサソリを仕留めたか覚えていない。

 

だが、

 

「アタシ、スリとかそんな小さいことはいっぱいして来ましたけど、殺しはしたことないんです、本当なんです、ダンナぁ・・・」

 

 この小さな少女にとっては、それは初めてのことなのだ。

 ここにいる多くの子供達が今日、心に傷を負っただろう、だが、その中でただ一人彼女は”奪う側”に回ってしまった。日々を脅かされ、戦う手段を幼いころから教えられてきた彼とは違い、生死を彷徨い戦う必要のないはずのこの平和な世界で生まれた少女が、だ。

 

 ティコは縋り付き泣くアルの感触をまるで、何かにすがりつくようだと感じる。

だが、ティコはその答えを返せない、目の前で縋り付き泣いている小さな子どもの心の傷を、どうすればいいか、彼はまさしく、言葉を失った、かける言葉をどうすればいいか分からなかったのだ。

 

―――だから。

 

 

「―――泣け、嬢ちゃん」

 

 アルの目が見開かれ、震える。

 ティコはその身体が小さく強張るのを感じると、更に言葉を続けた。

 

「泣け、もっと泣け、胸は貸してやるからもっと泣くんだ嬢ちゃん・・・それが一番いいんだ、一番な」

 

 ただ、泣く、泣きはらす。

 理由など問わない、悲しみを紛らわせ、感情を吐き出す魔法のひとつ。

 

 大声を上げ涙でコートを濡らす少女を抱きしめながら、ティコはただずっと、そうしていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「落ち着いたかい、嬢ちゃん」

 

 

 数十分、いや数分だったかもしれない。カーテンに遮られ、陽の差さない薄暗い部屋で時の経つのを忘れていたティコは、自らの大柄な体躯にしがみつく少女の力がようやく緩んだのを感じると優しく、包むように声をかける。

 

 カーボン製コンバットアーマーの胸元に顔を押し付けていたアルの嗚咽は既に止んでおり、ティコの声に反応して顔をゆっくりと離していくアルの様子は彼から見て泣き疲れと心労、そして怯えの残り香による疲れが押しているようで、この小さな赤毛の少女が負の感情の綯い交ぜに目を腫らしていることはティコにとって居た堪れなかった。

 

「大丈夫です、ダンナ・・・少しふらつくけど」

「あれだけ泣けば疲れるってもんだ、嬢ちゃん。とにかくここにいてくれ、俺は」

 

 振り返り、倒れる襲撃者の死体に目をやる。

 

「これを片付けてくる、見てていいもんじゃない」

 

 言い終わるとティコは死体の重荷になる装備を外すと持ち上げ、そのまま担いだ。

 人間力を入れないと重心の関係で重くなるもので、腕にかかる男の体重は通常のそれよりもずっと重く、それがティコの肩にずしりと重なる。 

 とはいえティコは長年秩序の乱れたウェイストランドを生き延びた豪傑であり、150年という時を経て、加え常に食べるものの足りない世界で鍛え上げられた肉体は相当に頑強に作られている。それこそ小手先の器用さでは現相棒のロイズに劣るものの、パワーアーマーを加味しないのであれば単純な膂力で勝るほど。

彼からすれば大した重荷には遠かった。

 

 思えば時間が経ち血の匂いも濃くなっている、慣れていても、この臭いに包まれて眠るのは御免被りたいとティコは思う。

 

 死体を担いだままティコは階段を降り、庭へと出る。

 かなりの惨状だ、片付いていない死体がいくつも、それもきっとパワーフィストで殴り飛ばされたのだろう、頭や胸を大きく損傷したものばかりが散見された。

 

 庭にはテッサがいて、ここに着くなり傷ついていたモートのブラフマンに治癒の魔法をかけ傷を塞いでいたが今は別の対象に意識が向いているようで、彼女は小さな切り傷こそ残るもののひと通り傷を塞ぎ終えたブラフマンをほっぽり、庭の中央にいた。

 

「―――ああ!ティコ!早く来てくれたまえ、君の相棒が・・・」

 

 彼女はティコが庭へと出たことに気づくと、銀の髪を靡かせ振り向き血相を変えて彼を呼ぶ。

 彼女の側には数名の人間がおり、一概に顔を合わせ、何か重く大きなものを抱えているようであった。

 

 

 ―――相棒が?

 

 ティコはその様を見て、テッサの言葉と結びつける。

 彼は抱えていた死体を隅にどさりと放ると、小走りに抱えられた荷物へと近寄った。

 

「相棒!?」

 

 抱えられていた荷物、それは荷物などではなく、彼の相棒ロイズその人であった。

 

 彼は全身足から頭までを白銀のパワードスーツ、B.O.S仕様のT-51bパワーアーマーで覆われており、全身の突起や装甲の隙間などに手を当てられ、数名の男たちが一人ひとつで小さな子どもを運ぶ中、数人がかりで運ばれていた。

 ヘルメットをかぶりっぱなしにしているために表情をうかがい知ることは出来ないが、身体に一切力が入っていない、普段憎まれ口を叩くその口から言葉が発せられていない、しかし外傷の一切が見当たらないことからティコは彼の状況を察する。だが彼はその姿を見て居ても立ってもいられなくなり慌てて彼の運搬人の隙間に割って入ると、その装甲材から冷たさの伝わる身体を両の手で持ち、運搬に加わる。

 

 ロイズの身体はそのまま孤児院の中、適当な部屋のベッドへと運ばれ、降ろす際にベッドをわずかに軋ませた後落ち着く。しかしそれを見ていたティコは落ち着けず、彼のヘルメットをゆっくりと外し、小さく頬に切り傷を残しツンツン頭が特徴の顔を覗き込みその目が開かれないのを見て頭を抱えると、彼の顔の横に頭を落とした。

 

「畜生、相棒・・・俺がシカの尻を追いかけていたばかりにこんなことに・・・」

 

 絞るように言うティコは、己の不甲斐なさを呪いシーツを握りしめる。

 目の前で相棒が物言わぬのは己のせいなのだと、無力感を感じ更に己を呪った。

 

「お前が死んだら、俺はとうとうひとりぼっちじゃねぇか・・・!ウェイストランド(故郷)から来た奴は俺とお前しかいねぇんだ、あそこの記憶を共有してるのはお前しかいないんだよ・・・くそっ、どいつがやった、お前を殺したんだ、一人でだって乗り込んで―――」

「あのぅ・・・悲しいのは分かるんじゃが・・・」

「あぁ?」

 

 背後から急にかけられた声に、ティコは不機嫌そうに声を上げる。

 だがしわがれた声の持ち主は、赤いアイピース越しに光る眼光の凄みに気圧される集団の中一人、一瞬だけ気圧されるとそれを押し返し、ティコと目線を合わせた。

 

「死んじゃおらん、ただの過労じゃよ」

「・・・は?」

 

 白ひげを蓄えた老人が、言う。

 ティコはその言葉を受け一瞬固まったが、すぐにベッドの上のロイズに向き、その口元に耳を近づけた。

 

「・・・うぇぁ・・・くっせ・・・」

「寝言まで無礼だなこの野郎は、心配して損したぞ相棒」

 

 ティコは急に覚めると、ロイズが確かに規則正しい呼吸をしていることを認識しどさり、と尻餅をついて座る。それから深く呼吸すると立ち上がり、自身の背後、白ひげの老人へと向いた。

 

 ティコはもう一度、今度はまじまじと白ひげの老人を見やる。

 全体的に青と白を基調とした服を着た老人は白ひげを蓄え、同じ色の髪をしている。

 

 だが、ティコはそれよりも気になるものをその衣服に見つける。

 衣服のところどころ、そして頭にかぶられたつばのない帽子の中央に凛と煌く、

 

「・・・赤十字?」

「ほぅ、この印は分かるようじゃの、そうじゃよ、治療術師じゃ、お前さんの相棒はただの過労じゃよ」

 

 白地に赤の赤十字、ティコの元の世界でも医療を行使する場所や組織において使用されているマークを携えた治療術師の老人は笑いながら言う。

 しかしこの赤十字、どことなく元の世界にいた医師の集団”アポカリプスの使徒”の使用するマークに似通っていて、彼はそれに少し郷愁を覚えた、ルーツが同じならば旗印の変遷もまた同じようになるのだろうか、と彼は心のなかで納得した。

 

「しかしよ爺さん、アーマーを脱いで検査はしてないんだろ?脱がし方は知ってる、今からでも」

「大丈夫じゃよ、マナは正常に流れておる・・・手のひらでマナを流し込む場所の状態というのが分かるでの、逆手に取って身体の状態を知る、まあ治療術師のちょっとした技法じゃの」

「なるほどそんな方法があったんだ、実際に使い慣れないと分からないものもあるんだね・・・メモはどこかな」

 

 隣で控えていたテッサは相変わらず知識に目ざといようで、治療術師の言葉に反応してすぐさま衣服のポケットをまさぐりだす。

 ティコはその日常の片鱗を見て安心する心を強めると、治療術師に一礼し、次いでロイズを運搬した者達にも礼を言う。

 ロイズを運んでいたのは、通りがかりや巡回中の警備兵、それから貧民街の男達であり、見慣れた鎧の騎士が倒れているのを見つけすぐさまここへと運んだのだという。ティコは思っていた以上に自分たちの顔が知れていることに驚くと、もう一度礼を述べた。

 

「なんてことねぇさ赤い目の旦那、この騎士様がうろつくようになって治安も大分良くなったんだぜ」

「しかし騎士の鎧って思ったより軽いんだなー、これなら俺も装備を今度変えようかな?」

「しかしこっぴどくやられたもんだなこの孤児院も・・・子供たちのことは任せといてくれよ、こんな時こそ助け合いさ」

 

 思い思いを口にし男たちが去ったあと、治療術師の老人はロイズの身体に治療術をかけその目を覚まそうと尽力する。

 あとに残されたティコとテッサもお互い目を合わせ無言の了解を取ると、孤児院の被害状況、とかく失ったものがどれほどあるのか、住人の安否はどうなのか、を確認するため部屋を出た。

 

 割れたガラス、透明度はウェイストランドに残るそれよりも少なく言うなれば”すりガラス”に近い安価な窓ガラスの欠片を箒で端に寄せながら、ティコとテッサは部屋を一つ一つ見て回る。

 一階部屋は特に荒らされ具合がひどいもので、テーブルは引き倒され残された子供たちも泣きはらした跡が目の下に残っていた。一方二階部屋の子供たちは、子供たちが言うにロイズの指示によってただひたすらに部屋に鍵をかけ篭っていたことが功を奏したようで被害の一切が見受けられず、ティコは自身の相棒の行いに再び目頭を熱くした。

 

 寝室、講義室、食堂、孤児院の主要な部屋を見て回り子供たちの数を確認し終え、その数が減っていないことにティコとテッサは安堵する。だが、一方で残った部屋の数が少なくなっていくごとに彼らの中にある焦燥感も募っていく。

 

 部屋をひとつ、またひとつ、とじっくり見てまわり、あるものが消えていることに焦る。

 そして最後に残った部屋――― 院長エリスの部屋の扉を開いた瞬間、彼らの中の焦燥は弾け、焦りと、怒りと、少しの悲しみと、あらゆる感情が綯い交ぜになる感覚を彼らは覚えた。

 

「おいおい、おい、冗談じゃない、院長はどこだって?」

「今日の彼女は別段予定は入っていないと聞いたよ・・・これはもしかするともしかするかもしれない」

 

 壁をどん、と叩き声を荒くするティコに対し、テッサはただ冷静にその足を部屋の中へと進める。

 

 孤児院は傷を受けたものの確かに残っており、子供たちはただの一人も欠けること無くその姿をこの施設の中に留めている。だがひとつ、ぽっかりと穴を開けたかのように、院長エリスだけがその姿へと何処へと消していた。

 

 そうなると、彼らの中に再び焦りが灯る。

 この辺鄙な孤児院、何があるでもない場所が襲撃を受けたその理由がエリスなのではないかと頭のなかに過ぎる。だとしたら何のためか、いや、そんなことはどうでも良かった、女が一人傲岸不遜な賊の集団に捕らえられれば何が起こるか――― 辱めかもしれない。

 

―――助けださなければ。

 

 ティコの頭に、かつてアルを救い出しに赴いた時の感情と同一のものが生まれる。

 だが同時に、どこへ行けばいいか、敵は何か、目的は、あらゆる情報の不足に頭を抱えることになる。

 

 しかし、その全てを振り払う機会は、想像以上に早く訪れた。

 

「おや、これは・・・」

 

 部屋の中へと足を踏み入れたテッサが、地面に落ちていた紙片を拾い上げ、目にする。

 するとたちまちその、丸くくりりとした青い瞳は鋭く尖り、眉間にしわを寄せる彼女を見たティコはその背に近寄った。

 

 するとテッサが振り向き、紙片を差し出す。

 ティコは唐突に胸の前に差し出された紙片に立ち止まり、それとテッサとを交互に見た。

 

「これは君が見た方がいい、ティコ。君宛てだ」

「あいにく字が読めないもんでな・・・読んでくれるか」

「分かったよ、ただ、これをそのまま読み上げるのは胸糞が悪くなるものだから・・・少し噛み砕いて、要所だけ読むね」

 

 頼む、とティコが言うとテッサはその紙片、ティコ宛てのメッセージに目を移し、すぅっと一呼吸した後にその、澄むような透明感のある、よく通る声で読み上げ始めた。

 

「親愛なる”狩人”ティコへ、私はお前から唯一無二のものをひとつと言わず、幾つも奪われた者だ。

 信頼し長年を戦った友人を、誇りをかけた計画を、あらゆるものを奪われた。

 よってお前の大事な物を奪うことにする、ただし、お前がその身代わりを果たすというならばその限りではない――― 以下に記す場所へ一人で来い、君の信頼する”相棒”や懇意にしている騎士団の面々には頼るな、大切な者の首筋を切り裂かれたくなければ。

 

 ・・・大筋はこんなとこかな、ほんとはもっと口汚い言葉で書かれてるんだけど、それは、ね」

「助かるテッサ、しかし・・・そうか」

 

 紛れも無い脅迫状だと、ティコは思った。

 そしてこのメモの表すもの、それが考えうる限りで最悪の事態であると、そうも悟った。

 

 何者かにエリスは拐われ、その場所にティコは誘われている。

 

「顔を見せたくないシャイなお嬢さんが、こっそり書き置きした舞踏会へのお誘い・・・ってなわけじゃあなさそうだ。多分筋肉モリモリ、肌は緑で歯を食いしばってるような奴が書いたに違いねぇ・・・しかし、何で俺をご指名なのか・・・やっぱり、あれか」

 

 探せど探せど、自分がこの世界を訪れて害意を加えた人物、しかもこのサンストンブリッジにおいて、生きている人間に限れば見当たらない。

 だがあえて一番近い例を挙げる、それも自分を殺したいほど憎いと思っているであろう対象を挙げていくと、二つだけ、該当するものがティコの頭のなかに浮かんだ。

 

「前の村の魔法使いの兄ちゃん・・・いや、ありゃお縄になったはずだ、無いな。そうなりゃやっぱ、嬢ちゃんを助けだした時にまとめて潰した奴隷商の連中が恨み辛みで仕掛けてきた、ってのが妥当か」

「あのときのことはボクも感謝しているよ、そういえばあそこで聞いた話だけど、彼らは数年ここで活動していたらしいよ、だから地盤があって、やり直す能力があったのかもしれない」

「俺が潰したのは氷山の一角だった、ってこともあり得なくはないか、たまらないな」

「それとこのメモ・・・一人称が女性のものだ、一人思い当たるエルフがいる」

 

 長い耳をピン、と弾く素振りを見せるテッサ。

 ティコはいつもの癖で腕を組むと、言ってみてくれ、とテッサに答えた。

 

「君が制したあのダークエルフ、実はもう一人いてね・・・名前は分からないけど彼女は風魔法を使っていたよ、暴れる奴隷の皮を絶妙に裂いて黙らせていたから相当の使い手だ、魔法使いには及ばなくても魔術師とは呼べるだろう」

「へえ、風のマジックっては何が出来るんだ?」

「風の刃や風圧で敵を飛ばすのが一般的だけど、歴史上では空を飛んだ者もいるみたいだね、空気を操るわけだから、見えない攻撃に転ずるっていうのが最大の利点さ。欠点は他に比べて威力に欠けることかな。ロイズの鎧なら相性はいいだろうけど、君だと多分・・・」

「なるほど、照準をずらされるのは手強いな」

 

 腰のホルスターに入ったレンジャー・セコイアを撫でながらティコは言う。

 ククリナイフの腕前にも自身があるが、やはりティコの最も得意とするものは銃に他ならない。特に人質を取られることになっているこの状況、相手にとって”未知”に違いなく、距離というアドバンテージを容易に埋められるこの武器は必要不可欠だった。

 

「それに奴さん、”俺に身代わりになれ”なんて言ってきてら、まともに戦う気はないだろうさ・・・しかし」

「ティコ、行っては駄目だ、ボクはこのなりだったから丁重に扱われてはいたけど、そうでない者の扱いはよく知っている・・・ひどい目に遭うよ」

「ああ、そうだな、しかし待っていても院長さんがひどい目に遭うのは確かだ・・・それでも相手方の戦力、ステージの広さ、構造、人質の場所、全て分からん、どうすればいいのか、皆目見当がつかないぜ」

「それは・・・」

 

 お互いとうとう言葉を失い、部屋の中に沈黙が訪れる。

 敵が時間の指定をしてこなかったとしても、待ち続けることは愚策に違いないのだ。しかしいつの時代も、人質を取られる事態というものは得てして取られた側があらゆる要素で不利になるもので、守るべきものの多い国家、組織などは末端まで手が行き届かず特に顕著だ。

 それに大抵の場合犯人の要求を呑むか、あるいは人命を失う結末を迎えるケースが多い。

 

 各々の感情は目に見えるようになり、ティコはヘルメットのこめかみをとんとんと苛立ちを隠せないように叩き出し、テッサも備え付けのベッドに座ると唇を指でなぞる。ティコとテッサの心に巣食い始めた焦燥感は、ますます鳴りを潜めなくなっていた。

 

 そのまま時間が経ち続け、いつのまにか日は沈みかけてゆく。

 そんな中、真横から差し込む赤い夕陽に黒色のヘルメットを照らされたティコが、思いついた、とばかりに手をぱんと鳴らした。

 

「何かいい策が思いついたのかい?ティコ」

 

 テッサもティコのその様を見るや、表情をいくぶんか明るくさせ彼に寄る。

 だがティコは目を逸らし気味に、どこか歯切れの悪そうな素振りを見せた。

 

「あー、いや、策ってほどじゃない。むしろ正面突破とか、王道直進って形になりそうなんだよな・・・どうするか」

「なんでもいいさ、この時間にもあの院長は辱めを受けているかもしれない、やるだけやろう、ボクも協力するよ」

 

 テッサが真っ直ぐな瞳をティコに向ける、それでも彼はまだ歯切れの悪そうな素振りをやめなかったが、しばらく見つけていると彼も目を合わせないことが申し訳なくなったのか彼女にヘルメット越しの目を合わせ、一息吸うと話しはじめた。

 

 ほんの数分、短い会話だったかもしれない。

 だが意思は十分に伝わり、テッサも頷く。

 

「―――確かに、捻りがないといえば無礼だけど、真っ直ぐな作戦だね」

 

 顎に手を添え、目線はどこか知らない場所を見つめながらテッサは言う。

 ティコは”そうだろ?”と答え、ホルスターから抜いたピストルの輪郭を撫でた。

 

「騎士団が動いてくれるかどうかだが、今回襲いに来た連中が敵の全貌だとは思えん。数の上じゃどっちにしろ負けるだろうよ・・・装備と練度の優位性で仕掛ける方法だ、失敗は許されないぜ」

「でもティコ、つまり君は最初敵中に一人で飛び込むことになるわけだ。危険すぎる」

 

 言うテッサの目は、心配を隠せない色だ。ティコの方も立案した作戦が自身の身を危険に晒すことに流石に怖気があるのか、意味もなくピストルの輪郭を撫でる手を、そこはかとなく早める。

 ティコ自身長い生の間に、特に荒野において、生のほとんどをデザート・レンジャー、そしてNCRレンジャーとして勧善懲悪に傾倒していた彼は悪党に恨まれることもあり、黒色の目立つアーマーに銃口を向けられたことも一度は二度ではない。

 

「楽して手に入る命はないってな、それに・・・」

 

 ティコは目線を別の場所に向ける。

 そこには天井と壁の繋ぎ目しかなかったが、その方角、壁の向こうはロイズの眠る部屋だ。

 

「相棒があんなになるまで一人で死合ってくれたってのに、俺がボケっと突っ立ってるワケにもいかん」

「ティコ・・・」

 

 たった一人の、同郷の人間だからな、とティコは言う。その口ぶりには、どこか届かないものを望むような、そんな感情をテッサは感じる。

 そのままトレンチコートを翻し部屋を出ていこうとするティコをテッサはただ見ているだけ、その後ろ姿にますます彼女は彼の言う”故郷”が気になるが、そのはやる気持ちを抑えると、彼女もまた自身の役割を全うしようと手を握った。

 

「じゃあテッサ、そっちのことは頼む。俺は―――」

 

 くるり、と手に持った大型ピストルを回すと、ティコはすとんとホルスターに入れる。

 襟を正し、ぱんぱんとほこりを払うと、彼は一度だけ後ろを振り向いた。

 

 

「レディのお誘いは断れないからな」




ボルダーシティのクエストの勝手がわからなくて銃撃戦になった人は多いはず。
しかしNVで22口径ピストル使ってみるとスライドがちゃんと動いてて感動しちゃう。

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