トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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第二章:インタッチャブルス 20話 『ロイズ、獅子奮迅』

 

 真上に昇った春の太陽が、南の空を折り返し西へと少し落ちていった昼下がりの頃合い。

 好意で院長エリスに使わせてもらっている孤児院の隅の一室、今や彼らが持ち込んだ荷物の保管庫兼ベッドルームと化しているその部屋で一人、フィストを嵌めパワーアーマーとの位置調整をしていたロイズは、傾いた日が差し込ませる陽光に眠気を誘われようとしていたその時、階下から聞こえた破砕音に意識を引き戻された。

 

「ガキんちょがまた何か・・・ッいや、それにしちゃ音が多すぎる!まるで十人がかりで車をぶっ叩いたみたいな音だぞこれ!」

 

 鋼鉄のフィストを嵌め、ヘルメットをうなじに垂らしたままパワーアーマーを身にまとうロイズは扉を開け放ち、慌てて廊下へと出る。

 

 元々はサンストンブリッジを訪れる旅人や観光客用に建築された旅館であり、経営者が破産を起こし手放されてからはずっと孤児院としての役割を担っていたこの建物は、それぞれの部屋が大人用に調整されていたこともあり子供が使うには広々とした間取りをしている。

 当然部屋1つあたりに割り当てられた子供の数は少なく、それを反映するかのように、ロイズと同様破砕音に気を引かれちらほらと、一人、二人程度の子供たちが横一列に並んだ10の部屋のうち9つ、ティコとロイズが使っている一室を除く全ての部屋から顔を覗かせていた。

 

「部屋にいろガキンチョ!オレが見てくるから出て来るなよ!」

 

 端まで届く大声で叫ぶと、子供たちはロイズのアーマー姿を見て安堵したようで手を振ったりお互い顔を見合わせたり、各々違った反応を見せたあとすごすごと部屋の中へ入りピシャリと扉を閉める。

ロイズはそれを見届けると、よし、と呟き踵を反転させ小走りで階下へと向かった。

 

 

 パワーアーマーのポリ・ラミネート装甲材が発する硬い、しかし見た目よりもずっと軽い足音を響かせながらロイズは階段を駆け下りる。頭の中には、何もなければいいという願いばかりだ、たった数週間ほど前に壮大なかち合いをさせられたばかりなのだから、そうそう切った張ったの大立ち回りが起こってはたまらない。

 

 グローブ越しに伝わる木造りの手すりの感触が心地よく、それがこの場所に住まう、幾人もの小さな魂たちの笑顔やはしゃぎ声を脳裏に走らせる。

 自身はやや反発的だったが、仮にもテクノロジーのためなら殺しも厭わない時期のあった組織に属していた自分を顧み、らしくないよな、とひとりごちた。

 

 だが、そんな彼の鼻先に、つんと来る匂いがたちこめる。

 生臭さと温かみの残る――― 嫌な匂いだ。

 

「あぁ・・・っクソッ」

 

 嫌な匂いだと、だが、それが何故嫌なのかと。

 それを一瞬の思惟のうちに理解したロイズは、悪態をつき足を早めた。

 

 そして階下に降りようとしたロイズの目の前に現れたものを見て、ロイズはもう一度悪態をつく。

 立ち込める血の匂い、足元を濡らす赤いぬるま湯、胸に開けられた大穴。

 

 家族や友人でもなければ顔なじみですらない男が、転がっている。

 

 

「おいアンタ・・・」

 

 大丈夫か、胸に穴を開けられ倒れている男に向け言おうとする。だが、それよりも先に動いた目が別のものを捉えた、その惨状に、ロイズは言葉を発しようとした口を閉じ歯を食いしばり、拳を握る手を正面へと移す。

 

 そしてそのまま足を踏み込み、いつも彼が信頼するフォームに沿って一気に走る。

 踏み抜かれる、割れたガラスがバキリと大きく音を立て四散し、加えロイズの脚力が乗せられる木組みの床は、パワーアーマーの重量と相まって大きくきしんだ。

 

 目の前、向かう先は一人の男。凡庸で飾りっけはなく、だがむしろ外見は汚らしい。

 革の鎧に携えられた剣は手入れがされていることを伺わせ、その様は彼が俗にいう”戦士”、あるいは”傭兵”といった職に就いていることを伺わせた。

 

 だが、たった一つ、別の要素をもって、ロイズの中の彼の評価はその更に下、”(レイダー)”へと落ちこんだ。

 彼がその手に、泣き叫ぶ小さな子どもを抱えていた一つの点で。

 

「なァにやってんだ!!」

 

 泣き叫ぶ子供を両の手でつかみ、男の手から引き離す。

 はっと気づいた男もすかさず抵抗したが、軽乗用車ほどの出力を持つT-51bパワーアーマーの圧倒的膂力からすれば赤子の手をひねるに等しく、ロイズがその鋼鉄の脚で彼を勢い良く蹴り飛ばすと男は衝撃から力を失い、子供を手から離しそのままごろごろと、割れたガラスの上に点々と血を残しながら転がっていった。

 

 ロイズの進撃は止まらない、その勢いのままに廊下を一気に駆け、その先、賊の男同様に子供の手を引き連れ去ろうとしていた別の男に肩からタックルを食らわせる。

 重量と速度による衝撃に加え、羽のように広がった肩部アーマーが賊の肋骨に食い込み、衝撃で男は先の男同様廊下を転がっていくと、やがて転がるうちに刺さったガラスの破片がストッパーになったらしく、血の匂いを漂わせながら白目を剥き物言わぬようになった。

 

「怪我ないかガキんチョ共!」

「う、うん・・・うえっ、うぇ・・・」

「部屋に入ってろ!オレがいいって言うまで絶対鍵開けて出てくんな!絶対だぞ!」

 

 泣きはらす子供を部屋の中に押し込む。

 だがその瞬間、ロイズの頭の中にアラートが響いた、Pip-boyのセンサーが、敵対反応を発見したと”DANGER”と言う表示をディスプレイに表示するとともに、バイオメトリクス・シールで神経接続されたロイズの脳に、直接信号を送ったのだ。

 

「敵性反応、5、6・・・10、いや、もっとだ、20!いや、もっと・・・!クソッ!何でこんなトコにこんだけ敵が出てくんだよ!!」

 

 左腕に取り付けられたPip-boy3000のコンパスマーカーが表示する敵の反応は急速に膨れ上がり、アラートも点滅を続けたまま一向におさまる気配はない。舌を打ち、目をかっと見開くとロイズはすぐさまマーカーの方向に振り返る、そして、どうして気づかなかったのか、ほんの少し横を向いた場所――― 孤児院の庭では、別の惨状が開かれていた。

 

「ブラフマン!!」

 

 孤児院自体の大きさよりも大きいと、誰の目から見てもそう言える孤児院の庭、敵性反応のほぼ全てが集約しているのはそこであったが、その中に僅かにだけ、赤い敵性マーカーに反し青く塗られたマーカーが覗いている。

 

 青いマーカーのいくつかは先に見たものと同様、肩に担がれ、しかし何か薬を嗅がされでもしたのだろうか気を失い力なくしている子供達のものであった。

 

 だがたった一つ、力を振りかざしている存在が見えた。

 たったひとつ、いや一匹、揺れる二本の尻尾を靡かせその脚で地面を削っている、頭部についた二本のツノは今や血に濡れており、鼻息荒くその野太い咆哮を響かせていた。

 

 この世界における家畜のひとつで、乳が出ない代わりに全身のほぼ全てを筋肉が占めることから肉牛、そして見てくれに反し長い時間を働くために、牛車として運搬にも携わるこの世界における”ウシ”、ティコが『単頭のバラモン』と称したモート、ブラフマンがたった一匹戦っていたのだ。

 ポスパの村で譲り受けた時から彼らを運び、今ではすっかり子供たちのアイドルとして定着していた彼は、今やその茶色の皮膚から桃色の肉を覗かせ、赤い血で皮を濡らしていた。

 

 ブラフマンが駆け、角を振るい、また一人の胸に穴を開ける。

 その間に賊のメイスが振るわれ彼を打ち付けるが、強靭な筋肉には通らない。

 しかし一方で、切り傷がしっかりと通っており確実な消耗を与えていた。

 

 脚は震え始め、荒い鼻息は途切れかけている。わずかな時間であったというのに、多勢に無勢、二十を超える賊の群れには、死を待つ他無かった。

 

 そこに、誰も来なければ。

 

 

 刹那、木造りのガラス戸が開けられる音が庭に響き、同時に一人の青年の、力強い叫びが通る。

 賊達は何かと思い振り返るものの、その瞬間、彼等のうちの一人は目の前に迫る鋼の拳を、スローで目に焼き付けていた。

 

「V.A.T.Sッ!!」

 

 ロイズが叫ぶと共にPip-boyのグリーンディスプレイの表示が切り替わる。

 Vault-tec Assisted Targeting System、誰よりも速くなり、誰よりも目が良くなる、と彼の相棒は言う、彼の切り札たる戦闘補助システムが起動し、ヘルメットを被った彼の、マジックミラーとなっているアイスリット越しに彼の信じる”敵”が緑の枠を持ってロックされる。

 

「相対的命中率表示、目標距離計算、その他全部!」

 

 意識が研ぎ澄まされ、目の前で動くものすべてがゆっくりと、まるで止まったかのようにスローとなり、緑の枠の中の敵との距離と、振りかぶる拳の軌道から算出された命中率や目標の脅威度が次々に算出され、ヘルメットの中に映し出される。

 

 軌道は確実に敵を捉え、枠組みに添うように”95%”の表示を彼に教える。

 

 残りの5%は、急な突風だとか、予期できないアクシデントだとか、UFOが落ちてきたりだとか、そういった不確定要素だ。だからこそ、そんな”アクシデント”が想像できない領域において、この”95%”は”100%”たりえる、ロイズの放った鋼の拳は確実な軌道で目標の間抜け面へと迫っていき、そして拳の衝撃と、フィストの機械式プレスの二重の衝撃が打ち抜いた。

 

「へぶぁっ!」

 

 間抜け面に相応しい、マヌケな声を上げ頭を弾けさせる賊の声が辺りに散った瞬間、他の賊達もいっせいに振り向く。だがその瞬間には、目を充血させながら、V.A.T.Sの稼働限界を現す数値、肉体や精神の残る力を示すある種”意志力”とも言える”AP(アクションポイント)”を確実にすり減らすロイズの二の拳が、別の賊を打ち据えた。

 

「ふたつっ!」

 

 目視、移動、攻撃、一連の流れを全て備える近接戦闘でのV.A.T.Sの使用は、身体の動きが大きいこともあり非常にAP消費が多い。事実この時点でAPは既に半分を切り、ロイズも自身の身が重くなるのを感じる。

 だが止まらず、彼は三、四の拳を打ち据える。

 一体どれだけの重量があるのだと思いたくなるほどの重厚な全身鎧を着用した騎士が目にも留まらぬスピードで動き、よりにもよって丸腰で拳のみを武器に立ち回っているのを賊達も信じられず、あっというまに仲間が四人殺されたのを、黙ってみているほかなかった。

 

「カットッ!」

 

 瞬間、驚異的な動きを見せた全身鎧の騎士の動きが鈍り、肩で息をしだす。

 突然湧いて出たように現れ、一瞬の内に間合いを詰め、目にも留まらぬうちに四人もの傭兵を殺害した、しかし賊達はそんな鬼神のごとき動きを見せた目の前の”白銀鎧の騎士”が今隙だらけで、更に数の上でも優勢ことは理解していたが、それでもその圧倒さを目に、手を出すことを躊躇ったのである。

 

 彼ら傭兵達には雇い主と自分との金銭関係という首輪はあれど、傭兵同士お互いは特に横のつながりがあるでもなく、ただ仕事を奪い合うだけのドライな関係を持つためにたった今、仲間が倒されたとして悲しむ者はいない。

 だが人間、破砕された人体を見るとどうしてか自分の身体にもある同じ箇所がムズムズするように出来ているようで、彼らの中にもまた、唐突に湧きだした頭のむず痒さを無意識に手で掻くことによって解消しようとしている者が散見された。

 

「この騎士、殴っただけでフォードの頭を木っ端微塵にしやがった!」

「あの耳長のアマ、こいつがここまで馬鹿げた力なんて言っちゃいなかったぞ!?」

 

 流石に傭”兵”とは言ったものか、広々とした庭の中央に立ち拳を構える白銀の騎士から手慣れた動作ですかさず距離を取った彼らは、携行性を高めているのだろう、剣、盾、メイスや手斧といったやや小さめの獲物を構えると、ざわめきはするものの互いに干渉しあわないよう適度な距離を持ちすぐさまロイズを取り囲む。

 

 一方、体力の限界と、役目の終わりを理解したのだろう。

 モートはとても頭のいい生き物だと、この世界の農家は言う、付き合いは短いながらも自身の主人の力なら大丈夫と、むしろ足手まといになるのだと、動物の心というものがどれほど複雑な領域にあるかはともかくとして、それを理解したモートのブラフマンは、震える足を引きずり引き下がると、孤児院の裏門を守るがごとく位置を変えた。

 

 

 

「冗談ッじゃねー・・・そんなヤワな鍛え方してるつもりはねーぞ・・・」

 

 身体が重くなり、汗が止まらない。充血し霞んだ視界が少しずつ色を取り戻していき、何者かが身体から自分を引き剥がそうとするかのような感覚は鳴りを潜めてきたが、それでもこの僅かな時間で与えられた疲労はロイズの足を止めていた。

 ロイズは自身の脳が放出するアドレナリンで今ようやく持っていることを自覚し、V.A.T.Sによる精神摩耗の大きさを再び身にしみて感じると共に拳を構えた体勢のまま、ただその黒いアイスリットの下で、各々の武器を手にする賊達を睨み続けていた。

 

 だが目の前、賊達の陣形の向こうにはまだ、自分の力の及ばなかったばっかりに薬をかがされ、今にも連れ去られそうになっている子供達が見える。だから身体を動かさなければいけない、感情の爆発が身体を動かした結果とはいえ、呪うのではなく越えなければならないのだ。

 

「ああクソ!お前ら早いとこそのガキ共拐って予定の場所まで行け!死にたい奴は好きに死ね!俺らがその分多く貰ってやる!わざわざこんな奴相手する必要ねぇんだよ!」

 

 ロイズを取り囲む賊のうち、頭目と取れる人物が背後を向き数人の子供を抱える他の男たちにせかす。

 そして再びロイズを向くと、確固とした後ろ盾を得たことに安堵を得たのか子供たちを抱えた賊の数人が運ぶ足を急かし、重荷があるためにやや鈍くなりながらも小走りに庭を駆け出して行った。

 

「待ちやがれッ!・・・つーかどけっ!」

 

 一人、また一人と子供たちを抱える、しかし血も繋がらない誘拐犯達が姿を路地に移して消えていこうとするのを見て、ロイズはまだ重さの抜け切らない足を動かし追おうとする。しかしその前には陣形を整え盾を構える賊達が立ちふさがった。

 

 ロイズは右の拳、調整中であった新型フィスト、現時点での性能面はパワーフィストと変わらないそれを正面へと突き出し賊の構える盾へと叩きつける。

 打ち込んだ拳はパワーフィスト同様、盾に押し付けられた時点でプレスが作動し、鋼の拳と機械の拳、二重の衝撃が木製の盾をへし折り弾き飛ばす。

 だが、その衝撃は全てが盾を弾き飛ばしただけに収まり本体である賊の男に届くことはなく、これを見越していたのか傾いた陽の明かりに見える、へらへらとした笑い顔を見た瞬間、ロイズの怒りは一段階昇華した。

 

「しゃらくせえっ!お前ら相手してる場合じゃねーんだよッ!」

 

 再び振りかぶる拳をもう一度盾を失った男に打ち込もうとするが、だが一転、盾を失った男は向かってくるでも武器を手に取るでもなく、ひたすらに逃げの一手を取るようになる。

 拳は空を切り、男はおいでおいでと更に遠くへと逃げる。それに腸の煮えるような感情を抱きながらも冷静にロイズは別の敵の盾を弾くが、その男も同様で盾が無くなるや逃げるが勝ちと、革装備の俊敏性を活かした立ち回りを取るようになった。

 

 パワーアーマーによる白兵戦闘は非常に強力だが、かえって弱点もある、相手が逃げの一手を取るようになる場合だ。

 

 そもそもパワーアーマー自体白兵戦をせず、ガウスライフルや携行型ミニガンといった常人では取り回しに難が残るスーパーウェポンを振り回し相手を圧倒するのが主戦術でもあるのだが、それでもパワーアーマー同士、あるいは懐に飛び込まれた場合などに近接戦闘をするケースがあるため、現代には数多くのパワーアーマー用近接装備が残っている。

 60000W、実に軽乗用車の最大出力並のパワーを持ち25000Jまでの衝撃を吸収する装甲材による”決闘”は、もはや中世の騎士と騎士の斬り合いなどという華々しいものではない、戦車(チャリオット)による轢き潰しに等しい。

 

 だから戦車が小回りの利かないように、”歩行戦車”を目的として製造されたパワーアーマーもロイズが格闘を得意とすれど、モーター駆動による動作は人間のそれよりやや遅めになるし、当然足回りもそれに追従する。これが本来なら逃げる相手は重火器による洗礼の対象としてしまえばいいのだが、なにぶん銃器の扱いの下手な彼は銃器を携行していないために、まんまと逃げまわる賊達に弄ばれることになってしまった。

 

 鬼さんこちら、と逃げまわる彼らに囲まれ、時には頭をコンッ、と剣で叩かれるロイズはふつふつと湧き上がる怒りを抑えきれなくなっていく。

だが無理矢理に思考を押さえつけ、そして、その中からたった一つの簡単な答えを導き出した。

 

 

「考えてみりゃ、パワーアーマーなら振り払えるじゃねーか・・・」

 

 25000Jの衝撃、それをパワーアーマーは完全に振り払える。

 剣や斧、メイスどころかハンマーですらも、その領域になんて届きやしない、例に取るならば、銃器なら12.7mmの名作重機関銃、ブローニングM2の直撃に、身近なものなら乗用車の時速60kmでの衝突の衝撃にすら無傷で立ち上がれるものだ。

 

 考えれば、最優先目標への障害にすら、逃げまわる賊達はならない。

 ロイズは地面を踏み込み、路地へと駆け出す、目指すはセンサーの反応半径内、赤色に光りながら遠ざかる敵対反応だ。

 

 追ってくる剣や斧、原始的な獲物を携えた賊の一味なぞ蟻を潰すようなものだ。無視してもいいだろう、そう考えロイズは、走りだそうとする。

 

―――原始的な獲物が、なぜ人間に使われているかを忘れて。

 

 

「ようやっと隙見せたな白騎士!よけてみろ!」

「はぁ?何を・・・ッ!」

 

 刹那、振り向いたロイズは飛来する光を目にする。

 数はほんの数個、だがそれは間違いなく、

 

「火炎瓶かよッ!」

 

 身なりに相応しく安っぽい、不揃いな瓶の数々の先端には火が焚かれ、遠心力によって底に追いやられたアルコールは今か今かと飛び散る時を待っている。

 幾らパワーアーマーと言えど、全身を長期に渡り火にあぶられては火傷の危険があり、なにより吸気パイプを潰されることによる呼吸不全が発生すると目も当てられない。ロイズは飛来する火炎瓶を目に入れるなり、反射的に腕を振るった。

 

「っつぁっ!?」

 

 振るった腕は飛来した一本に命中する。

 二つは付近に着弾し燃え盛るアルコールをまき散らし、路地へ一気に燃え広がった。

 

 安い酒だったのだろう、薄く、さらりとした炎が地面を覆うのを見て、ロイズはとっさに飛び退く。だが、力及ばなかった、いや、力及び過ぎたか、打ち付けられた裏拳で粉々になった瓶から弾けたアルコールはロイズへ向けて飛び散ると、発火し炎上する。

 

 多くは拳の向きに従い横へ飛び散ったものの、最も酷かったのはその拳――― 左手のフィストを包み込むように、大きく火が上がったのである。

 

「はっはっはぁーっ!どうしたんですか騎士様!火傷しちゃいますよ!ほらほら手が真っ赤に!」

 

 燃え盛るロイズの左手や肩を見て、賊達が心底やり遂げたかのように大きく笑い、彼を煽るように口々に言葉を発する。

 ロイズはというと、燃え盛る左手のフィストと付け根までが覆われ外せなくなったその状況にパニックを起こし、水を求め辺りを見回す。

 

 

 早く鎮火しなければ、早く追いかけなければ、早くあいつらを、倒して―――

 

 ロイズの頭の中は複雑な思考が絡み合う。

 

 ―――だが瞬間、彼は沸騰した頭を一気にクールダウンさせる。

 炎上した左手、嵌めこまれた新型フィスト、それが急に、

 

「火が消えて・・・!?」

 

 燃え上がった火は急速に収まり、やがて、後には左手に嵌めたフィストだけが残る。

 そのフィストは真っ赤に煌々と輝き、熱を放っているが不思議とロイズの手には熱さという感触はなかった。

 

 対になる右手のもののように、かつては青色をベースに土星を模した”サターン”のマークが描かれていた新型パワーフィスト、”サタナイトフィスト”。 

 ある者は言う、これはニューベガスを救った”運び屋”が、噂に聞く科学の宝庫”ビッグマウンテン”から持ち出してきたものだと。

 

 その噂に違わぬように、かつての宇宙開発時代に作り上げられた合金サタナイトは、不思議なまでの鋭さ、硬さ、そしてセラミックのように、非常に高い強度重量比を誇っていたために包丁から砲弾まで転用されていた信頼の置ける金属であった。

 

 だがこのサタナイトにはもう一つ、ユニークな特性がある。

 『一度熱すると熱を吸収し、二度と冷めない』といったものだ。

 

 空気中の成分を糧にしているのか、一度ある一定以上の温度に熱されたサタナイトは極端な急冷をされるでもなければ二度と熱が冷めることはない。武器として転用する場合もその特性は効果を発揮し、剣なら打ち合いで相手の剣を焼き切り、そしてフィストなら―――

 

「らぁ!」

 

 撃ち込まれた拳が、男の盾を打つ。

 盾がひしゃげ弾き飛ばされそうになると共に男は、身体のバランスを後ろに傾け逃げの手を取ろうとするが、刹那、男の身体を急速な熱波が襲った。

 

「ああああぁぁぁぁーーーーっ!?」

 

 破壊された盾の向こう側、真っ赤に燃え盛る拳から吹き込んできた強力な熱波が男の身体を包むと共に、激しい痛みに男は剣を手放す。

 そして次の瞬間、彼を包み込んだ熱波は急速にその熱を増し、真っ赤な炎となって革の鎧に身を包んだ身体を焚き上げた。

 

 男は転がり、火を消そうと必死になる。

 他の男達は巻き込まれまいと避け、その結果、燃える男の火は一片も勢いを衰えさせること無くやがて、黒焦げになった屍体となり路地に横たわるのみになった。

 

「す、スゲェ・・・!フィストがすっげぇ軽いっ!?名付けてサタナイトフィスト・スーパーヒートだ!それだ、それがいい!」

 

 ぶんぶんと左手のフィストを振り回すロイズのヘルメット下の顔は、先のパニックとは打って変わってとても感動に満ちている。熱、そして空気中の物質との化合をもって組成を変化させたサタナイト合金の拳は、グリースド・ライトニングには及ばなかったものの、普段使っているパワーフィストよりも数段軽かった。

 

「引き上げだっ!もう相手する必要ねぇっ!」

 

 そのぶんぶんと、いかにも重そうなフィストを軽々振り回す様、そして転がる燃える死体を見て肝を冷やしたのか、賊の男達が一斉に逃げていく。

ロイズは一度それに追撃しようと身構えたが、はっと優先すべき目標を思い出し反転した。

 

 左腕、炎上したのにも関わらず無事であったPip-boy3000のグリーンディスプレイに映るマスコットを見て感心しながら、コンパスマーカーを見る。先ほどまであった敵対目標を示すマーカーが、今は次第に減っていっていた。

 索敵範囲外へと既に敵が逃げていっているということを示唆していて、それは即ち時間がないということに他ならない、ロイズはこの場にいた賊達を追い払えたことに安堵しながらも、そのせいで再びどっと訪れた疲労を振り払い、路地の硬い地面を踏み込み、今なお燃え盛る炎の間を抜けると、走りだす。

 

 そして今しがた役に立ったサタナイトフィスト・スーパーヒートを外し道の端に放ると、腰の後ろ、いつも取り付けていてつい先程も無事で済んだウエストバッグに手を突っ込むと、しばらく弄った後に一本のスプレーを引き抜き、口元を歪めながらそれを見つめた。

 

「こんなモンは使わねーって決めてたんだけど仕方ねー・・・」

 

 ロイズは立ち止まるとヘルメットを脱ぎ、そのスプレー、改造され吸入口が造られている場所に口をつけるとレバーを引き、中の気体を一気に吸い込んだ。

 

 そして一時が流れ、ロイズは身体に変化が訪れるのを感じる。

 ぞくり、と背筋を通って行くような心地よさが身体を襲い、続けて感覚が極めて鋭くなっていく。

 

 彼が今吸い込んだのは、麻薬だ。

 

 だが毎日中毒死者を生む”ジェット”や手足の痛みを忘れさせてくれる”ヒドラ”、感覚を鋭くする”ステディ”のような麻薬はウェイストランドに大量に流通しているが、その中でひときわ流通量が少なく、なおかつ危険とされている薬がある。

 

 

 “ターボ”

 

 名は体を表すというとおり、この薬は”加速装置”とも言える能力を持っている。

 感覚は極めて鋭敏になるだけではない、それは―――

 

 

 ロイズは自分が世界から、切り離されていくのを感じた。

 

 飛ぶ鳥はゆっくりとスローになっていき、すぐ横を跳ぶハエとも目が合う。

 駆け出した足は極めて速く動き、もはや着用しているパワーアーマーのモーター駆動が逆に重荷を引きずっているかのように煩わしく感じられる。

 

 V.A.T.Sなど目ではない、薬の効果が切れるまでは疲労も感じなければ、速度もその更に上を行くのだ。

 

 ロイズが一歩足を踏み出しても、空を飛んでいる鳥は僅かにしか動いてはいない、切り離された時間の中で、ロイズは自身が後でどんな目に合うかなど頭に浮かべないまま、全速力で疾走した。

 

 

 

 路地を駆け、角を曲がり、ただただマーカーの示す方向へと進んでいく。

 Pip-boyの動作も通常に比べ緩慢だが、流石に電子機器というべきか、人気のない場所を選んだのであろうが、それでも時折見かける人が振り向くのより速く駆けるロイズの動きにしっかりとPip-boyはマーカーを合わせており、彼は感心した。

 

「見つけたッ!」

 

 やがて彼は、路地の中央で片足立ちを披露している一団と出会う。

 いや、彼らが片足で立っているのではない、ロイズが速すぎて、彼らの一歩を待たずして数歩を踏み込んでいるのだ。

 

 その手には子供たちと―――

 

「エリス院長まで!!」

 

 先頭を走る大男、かつてティコが地下競売場を訪れた際に門にいた巨人族の彼の肩には、栗色の髪を歩みと共に揺らす女性、孤児院の院長であるエリスが担がれていた。

 

 だがその、攻撃の決意を更に固めたタイミングにおいて、彼の身体を異変が襲う。

 どくん、と心臓が脈打つ感覚が感じられ、そして今までスローであった景色が少しずつ動き出していた。

 

 ターボの効果が切れかけていた。

 

 だがロイズは歯を食いしばると、叫ぶ。

 

「V.A.T.S再起動ッ!!」

 

 グリーンディスプレイに再び文字が浮かび、ロイズの目が充血していく。

 スローから覚めかけていた時は再び止まりだし、ロイズは赤く染まりだした目の中に炎を形作ると、身体が悲鳴を上げるのも無視し駆け出した。

 

「うおおおぁぁぁっ!!」

 

 音の速度は越えられない、叫びに気づいたのか、男達が目を見開き後ろを振り向こうとする。

 だが遅い、懐にまで飛び込んだロイズは、開いた左手で子供を引き剥がしぽいっと放ると右手で賊の男の顔を殴り潰す。

 

 一人一人を受け止めている時間はない、切り傷や打撲はついてしまうだろうが、このまま攫われるよりはずっと善なる策だ。続けて二人目に同じようにし、三人、そして四人目も引き剥がし殴り飛ばす。

 

 道の脇で何が起こったのかと見ている乞食なんて視界にすらない、ただ目標につかみかかり殴り飛ばす、それだけだ。

 残るは一人、巨人の男と、彼の方に担がれたエリスのみ。

 ロイズは目を真っ赤にしながら地を蹴り駆ける、そして歯を食いしばり、浮く血管が切れそうになるのをこらえながら拳を構え―――

 

 

「っっつあぁぁ!?」

 

 ―――彼の身体を激痛が走り、視界が揺らいだ。

 途端、スローになっていたはずの世界が再びゆっくりと動き出し、エリスを担いでいた巨人の男と目が合う。

 冷たく、ただ淡々と仕事をこなす者の目だ。それにロイズは闘争意欲と使命感を刺激され足で踏ん張るが、既に限界を迎えていたらしい身体は言うことを聞かず、踏ん張った足は折れ膝をつき、つられるように手が地についた。

 

「なんでだよッ・・・!こんな、こんなところでへこたれてたら・・・!」

 

 いうことを聞け、と身体に命令を与えるが、それでも叶わないものは叶わない。彼は霞む視界の中、巨人の男をヘルメットの下で睨み続ける。男も彼をしばらく見つめていたが、ロイズに既に動く力がないのを見抜いたのか、すぐに向こうへと向いてしまうと再び歩き、遠ざかっていく。

 

「待てよ!おいッ!待てってよ!なあ・・・」

 

 叫ぶも、男は振り向かない。

 

  とうとうどさり、とロイズの身体は地に横たわってしまい、動かそうと力を入れたことが転じ身体がごろりと転がり、仰向けのまま彼は身体に力を入れられなくなってしまう。

 霞む視界、黒いアイスリット越しに見える太陽がさんさんと照らす。

 消えてゆく意識の中ロイズはずっと太陽を見て、神が残酷なことを呪っていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 たったっ、と軽快なリズムに乗せて道を走る。

 

 街へと通づる大きな門を抜け、喧騒が耳を抜ける騒がしい商店街を通り、路地へと曲がると道沿いに進んでいく、街の門から貧民街と市民街を隔てる孤児院への道筋は、走れば三十分とかからない。

 アルはティコとテッサの二人から離れ一人街を小走りに駆け、孤児院へと向かっていた。

 

「ダンナったらドジだなぁ、おべんと忘れちゃうなんて」

 

 朝に狩猟のため街の外に出て行った三人は、夢中になり昼時を越えてようやく昼餉を摂ろうとした矢先に食事の用意を忘れていたことを思い出した。

 かつてはミュータント・マスターと対峙し退けた経験を持つティコや世界の知識という知識を貪欲に吸収しているテッサといえど、身体を動かし時間が経てば襲い来る空腹に打ち勝つことは不可能だ、なまじ逃げまわる獲物を追いかける狩猟の最中とあっては、尚更だった。

 

 そこでアルが一人名乗り出、孤児院まで食糧を取りに行くこととなったのだ。

 

「あのポンコツエルフの人があんな目立たなければもっと動きまわらずに済んだと思ったのに、ちぇー・・・」

 

 銀髪のエルフのただでさえ目立つのに輝く髪や、彼女が道端の野草に目を奪われる様をありありと想像しながらアルは一人愚痴る、ここのところはいつも一緒にいる面子ではあったが、だからといって馬が合うかというとそうでもなかった、なにせ第一印象が本強奪犯であれば尚更だ。

 

 そうしているうちに、孤児院が見えてくる。

 だがアルが足を早めようとしたその時だった。

 

「いったい何さあれ・・・孤児院が燃えてる!?」

 

 見知った自分の住居であり幾つもの思い出の残るその場所から、煙が立ち上っている。

 空へと広がり消えていく煙は白く、だからこそそれが孤児院の建築に使われている建材が燃焼しているわけではないことを示唆していたが、弱冠11才、その手の知識に疎いアルは焦燥感を覚え更に足を早めた。

 

「院長!無事ですかっ!?」

 

 たどり着いた孤児院の正門を開け放ち、中に飛び込むと最初に自身の親代わりとも言える親愛なるエリス院長を探そうと孤児院の中を走り回るが、廊下を駆け抜ける最中、見えた外の景色に彼女は一転して思考をクールダウンさせた。

 

「燃えてるのは後ろの道と庭?みんなもいるし・・・院長は、いない・・・そうだ、ロイズさん、騎士様!」

 

 建物とはやや離れた道、その地面が燃え盛っているのを見て彼女は孤児院自体が安全なことを理解し、荒らされた部屋の数々を一つ一つ、割れたガラスの散らばる床を踏みしめながら見ていきそしてエリスの部屋も見る。

 だがそこにエリスの姿がないことがわかると、ならば今この場所にいて、そして最も頼りになる人物の姿を探した。

 

 

「ロイズさんっ!」

 

 二階の階段脇、”彼ら”が使っている部屋だ。

 扉を勢い良く開けると、中に入る。

 

 しかしそこにはエリス同様、普段ならここに整理されているこの未知の魔道具の数々を弄くり回し、その合間に頻繁に子供たちに絡まれているはずのロイズの姿がなく、あるのは散らばっている工具の数々と、無造作に放り投げられた部品のいくつかだった。

 

「急用ができてどっか行ったなら、書き置きくらいは残しておいてくださいよお二人共ぉ・・・そうなんでしょ、そうでしょ?」

 

 この場所にいる数少ない”大人”が一人残らず消えてしまったことに一抹の不安感を覚えたアルは、後ろ手に扉を閉めると部屋の中へと足を進め、不安を払拭したがっているかのようについ、その赤い短髪に手櫛を通す。

 

そんな時だった、彼女の”先祖返り”により鋭敏化された聴覚が、接近する何者かを探知したのは。

 

 普段ならきっと、用事で出ていたエリスか、ふらっと外に出ていっていたティコあたりが帰ってきたものだと思うだろう、だが今、この異常な状態の孤児院に訪れた者の足音は、あまりにも冷静な間隔で響きすぎていた。

 

 彼女は扉から距離を置くように、部屋の奥へと退避すると自然と、積まれた武器の数々を背にする。

 耳に通る足音は、なぜだろうか、確実に階段を上がってきている。一段一段、ゆっくりと踏みしめるように近づいてくる足音は少しずつその大きさを増していき、やがて、アルのいる部屋の前でぴたりと止まった。

 

「へへへ・・・やっぱ余り物にゃ福があるって言うよな」

 

 アルは戦慄する。

 扉越しに聞こえたのは何処の誰とも知らない男の声、それだけで、自身の感じていた異常が確実であったことの証左だった。

 

「先に行った奴らは貧乏クジだよなぁ、俺は知ってるぜ、あの珍奇な連中がここに魔道具を山ほど隠し持ってるってことくらいよ・・・そっちを売りゃ遊んで暮らせるってもんだぜ」

 

 扉に手を掛ける音がし、隠れなければとアルは慌て出す。

 だがどこにだろうか、狭い部屋にあるのは隙間の少ない二床のベッドに部屋の隅に山積みにされた魔道具の数々、棚の引き出しは小さく、クローゼットなんて洒落たものはありはしない、代わりにといってはなんだが部屋の天井隅に竿を通し、そこに衣服を掛けておく仕組みだ。

 

 アルは逃げる場所も隠れる場所もないと察するなり手を合わせて祈った。

 

 ―――だが。

 

「おや・・・こりゃあ一石二鳥てとこかな、余り物で一攫千金とは全世界の冒険者が泣くだろなぁ」

 

 無情にも扉は開かれ、アルは目を見開く。

 開かれた扉の先、革の鎧を着た傭兵の男の後ろからは光が刺し逆光となっていたが、その顔が笑っていたことはアルにもわかった。

 

 男はアルの姿を見るなり、後ろ手に扉を閉め退路を塞ぐ。

 そしてゆっくりと、逃がさないぞ、と言わんばかりに手を大きく広げ近寄ってくる。

 

 それに圧倒されたアルは座ったまま後ずさる、だが彼女の手に、何か重い物が触れた。

 

「あっ・・・」

 

 触れたものを、とっさにアルは拾い上げた。

 冷たく、重い、銀色のフォルムはカーテンを閉めているために薄暗い部屋の中の僅かな光を反射して輝いている。

 

そう日も立たないつい先日、ティコに抱かれながら用途を教わった、鉄の砲の魔道具、

 

「22口径、ぴすとる・・・」

 

 スタームルガー、とも呼ばれる拳銃だ。

 

 使い方なら、教わった。

 そこからは、無意識に動いていた。

 

 マガジンキャッチを押しこみ弾倉を抜き、傍にあったケースから弾を抜くと、一発だけ弾倉に入れそのまま押しこむ。レバーを引き安全装置を解除し、スライドが押し込まれたのを確認すると、立ち上がるには時間のないアルは座ったまま、ティコに教わったように両手でピストルを構えた。

 

「やい盗賊のおっちゃん!動くな!こいつが火を噴くよっ!」

 

 武器を手に持った、という感覚でパワーバランスが傾いたことを感じたのか、アルの声はよく通っていた。

 それを見た男は、一度立ち止まり妙なものを見る顔つきになる。だがすぐに、アルの手にすっぽりと嵌っている獲物の小ささを見ると、軽く笑った。

 

「確かに魔道具ってのは武器にもなるけどよぉ~・・・純度の高いバレライト鉱石だってそんな大きさにゃならんだろ?お嬢ちゃん、虚勢張るのはやめな」

「そんなことない!革の鎧なんか簡単にぶち抜ける”ぴすとる”だ!死にたくなけりゃとっとと逃げな!」

 

 もちろん殺す気は、いや、殺す勇気はなかった。

 盗癖があるがゆえに多少汚くなっていたアルの手ではあったが、それでも一度も血の汚れたことはなかったのだ。

 

 だが―――

 

「生意気な事言うなよクソガキッ!俺のこの剣とどっちが―――」

「ひっ!」

 

 癪に障ったのか、短気にも額に血管を浮かせた男が剣を抜き、アルの目の前に突きつける。

 男も殺す気は無かったのだろう、だがアルは、その剣幕にふと身体が反応し強張ってしまい、つい、

 

 

 指に余計な力が入った。

 

 アルは目をつむり、自身の身体が男に切り裂かれるか、どちらにせよ痛い目に遭わされるのではないかと想像していたが、一向にその気配がない。それどころか、声すらしない。

アルは勇気を振り絞って目を開いた。

 

「・・・そんな、アタシ・・・」

 

 目を開けた先に広がっていた光景。

 ピストルの先に取り付けられたサプレッサーの先端から薄く白い煙が上がっていて、ピストルのスライドは弾を撃ち尽くしたことを訴えるように、後ろに下がったままとなっていた。

 

 ―――だが、それよりもアルの目を引いたもの。

 

 

「うっ・・・あぁっ・・・くそ、何だよソレ・・・うあっ、傷がっ、内臓まで」

 

 

 つい先程まで剣を握り、アルに怒りの形相を向けていた傭兵の男が、腹部から血を流し倒れていた。

 表情には苦悶が浮かび、革の鎧には小さな穴が穿たれている。

 

「アタシ、別に殺すわけじゃあ・・・」

 

 アルは背筋に寒いものを感じ、ピストルを手に握ったその姿勢のまま、無数の魔道具―――

 自身が今使い、人間一人に深い傷を与えた”銃器”の数々に背をつくと、へたりこむ。

 

 汗が止まらず、震える手が止まらない。

 アルはそのあとずっと、”大人”に肩を揺さぶられるまで、そうしていた。

 

 

 




22口径ピストルでも革の鎧程度ならぶち抜けると思います、ええ。
パイロマニアックスとスレイヤー取得後のサタナイトフィスト・スーパーヒートの強いこと強いこと。

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