トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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第二章:インタッチャブルス 18話 『殴ったほうが早いワケ』

 

 ―――緩やかな風が、ロイズの頬に小さく残る切り傷を撫でる。

 

 

 ところどころ軽量化や冷却効率のためか穴や空白が多い、全体的に四角さが目立つ銀色の銃、レーザーライフルを持つロイズの左手は機関部の下に設けられたハンドガードに添えられ、ストックの底を右肩に、右手を細身のグリップに添え、指先をゆっくりと引き金へと近づけてゆく。

 

 ほんの少しだけ斜めになるように右を向き、左足を半歩だけ前へ踏み出す。

 出来る限り自分の体格に合った、楽な程度に両足を開き立ち撃ちの姿勢を取った後、顔を傾けた。

 

 

 ”ハイテク機器”と称されるこの手の武器にしても珍しく、照門も照星も無い。

 代わりに、限りなく平行に造られている銃身をサイト代わりにして目の前、ほんの21ヤード(20m)ほど離れた目標へと狙いをつけ、引き金へ指を置いた。

 

 深く呼吸し、次いで息を止める。

 精密な狙いを邪魔するものは心臓の鼓動だけ――― だが規則正しく動く鼓動の隙間をロイズは見つけ、呼吸、鼓動、照準、すべての要素が一直線上に並んだその瞬間に、引き金に力をこめ、引いた。

 

 

くたばれ!(Fuck)

 

 

 刹那、 レーザーライフルの銃身に取り付けられた弾薬、小型核融合電池たるマイクロフュージョン・セルから熱がほとばしり、銃身に沿うように固定されていたチューブを赤い光が走る。知覚できないほどの速さをもってチューブを沿い銃口に集まった光の濁流はチタンに格納されたクリスタルアレイを通り、そしてほんの数ミリ程度の小さな発射口を抜けて発射され、一瞬にして真っ赤なレーザーとなり外の世界へと殺到した。

 

 反動はない。

 

 ロイズの定めた照準に従って大気を焦がし、進路上のあらゆる分子を焼きつくしながら直進する超高熱のレーザーはほんの一マイクロのぶれもなく進み続け――― 

 

 ロイズの目の前21ヤード、立てかけられた柱にぶら下げられた板切れに書かれた、ジャイアント・ラッドスコルピオンのデフォルメ画から遥か1メーターほど左に離れた、その裏に広がる城壁に突き刺さり、ジュッ、と小さく焦げ付く音を鳴らした後、わずかに白くなった城壁のレンガと、立ち上る黒い煙を残し消えてしまった。

 

「へへっ、前より20cmは近いとこに当たったろ?」

「だぁーっ!何でお前はそんなにセンス無いんだよ!?もうセル一個使って全部外してんぞ!?」

「そ、そんなに言うなら自分でやってみろよグール!エナジーウェポンじゃ勝手が違うってかもしれないだろ!?」

 

 眉間にしわを寄せ、ならばやってみろとレーザーライフルをティコに渡すロイズ。

 

 今日の彼らは、幸か不幸か四人全員やることがないのをいいことに、身体が鈍ってしまうとティコがたびたびしていた射撃練習に来ていた。

 彼らの武器はティコとロイズによりメンテナンスが行き届いていたが、それでも銃器というのは結構かまわれたがりなレディーで、メンテナンスだけをしていても長期に渡り使用せず放置していると、まるで恋焦がれる少女のように忘れた頃に拗ねていうことを聞かなくなってしまうのだ。

 

 オートピストルなんかだと、弾を薬室に押し上げるバネが長期放置でダメになってしまい、肝心な時に撃てなくなってしまうこともある。こうならないように、弾薬は決して無限ではなかったが使えなくなってからでは遅いと、ひと通り使えるものは使っておこうと四人の両手で持てる限りの武器を引っ張り出し、まず壊れないだろうと踏んだ城壁に向けて射撃練習がてらに銃を慣らしていた。

 

 ロイズは当初何が理由か渋っていたが、ティコの方は一度、仮にもB.O.Sでイニシエイト(教習生)期間を経たはずのロイズの射撃能力がどのようか見ておきたく、テッサは自分も銃を撃てるのかと聞き、そうだと答えられると眠気眼をかっと見開き家を飛び出し、アルもダンナのためならどこまでも、と意気揚々についてきてくれた。

 

 ロイズが射撃練習用にパワーアーマーのインナースーツ、各部に接続部の設けられたリコンアーマー姿になっているのとは対照的にいつものカーボンコンバットアーマーとトレンチコートにヘルメットの格好のティコは、ロイズがほらほら、とレーザーライフルを差し出すのに目を向け、うーむ、と軽く唸るとそれを受け取る。

 

 それからレーザーライフルをじっくりと見て特に異常がないことを確認した後、的のある場所まで歩いて行くと、懐から一本の瓶を取り出し的の側に置く。

 彼が以前一本煮物に使ったヌカ・コーラの青い瓶ではなく、こちらで一般的にお酒などを入れておくのに使われるやや不揃いな瓶だ。以前ならヌカ・コーラの瓶を使ったかもしれないが、あれはあれで、緻密に印刷されたラベルや限りなく精巧な造りが結構な価値になるそうで、手に入る目処がない以上気が引けた。

 

 草原(くさはら)の上に倒れないように瓶を押し付け、ティコはロイズ達、脇で見ているテッサやアルも、のいる場所に戻ってくる。

 門からさほど離れていない場所で先程から結構やっているため、彼らの他にもサンストンブリッジに入ろうとする旅人や目ざとい商人、それに混じって娯楽に飢えている貴婦人までもが、彼らの射撃練習をさほど遠くない場所で見物している。

 中には『あのボウズが次当てるのに賭けないか』だの『あの黒い男ならきっとやるぜ、銀貨張ってもいい』だの、ちょっとしたトトカルチョに発展している人々もいた。

 

 顎に指を当て冷静に、しかし目の中に輝きが見えるテッサや、猫目をまんまるに見開いて期待の眼差しを送るアル、そして千差万別の視線を送る人々を横目にもう一度地面に立てた瓶が倒れていないのを確認し、ティコはレーザーライフルのその軽さを見せつけるようにグリップに開けられた穴に指を入れてクルクルと回しギャラリーを沸かせた後、先のロイズと同じ構え方、しかしそれよりもずっと手慣れた感じの構えを取ると空のマイクロフュージョン・セルを排出し入れ替え、ヘルメットの赤いアイピース越しに目標への狙いを定め引き金を引いた。

 

 AER9、レーザーライフル。

 サンビームレーザーライフルと称される、よりライフルに近い形状を持った旧式のWattz2000ほどの威力もなければ最新モデルのAER12ほどの洗練性もないが、上記二つに比べAER9は非常に整備性と耐久性が高いという利点のあるレーザーライフルであった。

 

 その信頼性の高さから戦中米軍によって、ややデリケートであったが高性能のAER12を差し置いて使われ、他のエネルギー兵器に対し非常に多くが生産されたために戦後200年以上が経過した今のウェイストランドにおいても入手性は比較的容易だ。

 特にロイズの所属するB.O.Sにおいては、士官階級であるパラディンが軒並み上位モデルであり同時に三発発射可能なトライビーム・レーザーライフルや鹵獲したプラズマ武器を使うようになったために教習生のイニシエイトにも出回るようになり、一人あたり一つのレーザーライフルを渡すことが可能になったために自主学習に磨きがかかり、昨今におけるNCRとの共同戦線の際もナイトになった彼らは広く活躍するようになった。

 

 彼らの荷物のトランクにも数挺ほど投げ込まれていたため、高い耐久性と合わせ当分は予備パーツには困らないだろう。予備のマイクロフュージョン・セルも結構な数があるし、なによりレーザーライフルは燃費がよくマイクロフュージョン・セル一つあたり24発分の充電を誇る。

 

この練習は、その確信から来るちょっとした贅沢であった。

 

 

 そしてレーザー兵器の最大の利点として、弾道が常に一定であると言うことがある。

 光の振幅を揃え発射される光線は当然風の影響を受けず、かつ距離に応じて弾が重力に引かれ落下する心配もない。よって経験者は初心者にエナジーウェポンを勧めるならまずレーザー兵器を選ぶという。

 

 だからこそ、経験豊富なティコの放ったレーザーはその銃口から一直線に伸び、吸い込まれるように草原に立てられた瓶に直撃した。

 

 赤いレーザー光は瓶に直撃するとまずその表面を包み込み一瞬真っ赤に染め上げると、間髪入れずにその形状を崩す。

 核融合電池がもたらした超高熱が瓶を構成する分子の隙間に潜り込み一気に燃え広がると、瓶はとたんに真っ赤に光り、そして瞬く間にちりぢりに、まさに”灰の山”と形容するに相応しいレベルで分解され、草原の上で小さな煙を上げた。

 

ギャラリーが沸き、アルはぱちぱちと手を叩き鳴らす、テッサも感心したように手を叩いていた。

 

「ほらよ相棒、なんともないぜ」

「うー・・・ったってよー・・・」

「次は焦点収束機付けて撃ってみようや、お前の拳は逸品だが、今のままじゃ背中向ける相手にゃみすみす逃げられちまうぞ」

「あーわかった、やってみる」

 

 言うティコの声はいつもよりも穏やかだ。

 ティコが差し出したレーザーライフルを受け取ったロイズは、脇に置いておいたバッグから焦点収束機を取り出し銃口に当てる。

 やはり腐ってもスクライブか、先ほどの壊滅的な射撃センスとは裏腹に簡単に銃口を覆うように焦点収束機を取り付けたロイズは、再びレーザーライフルを構えると的に向かって構え、放つ。

 

 

 そして発射されたレーザーは、見事突破した。

 

 

 

 先ほどの場所から40cmは上、的からの距離、その最長記録を。

 

「だぁぁーっ!さっきよりもっと見当違いなトコ当たってんぞ!つまり本当はもっと酷かったってことか!?こいつはもうダメだ!プラズマのデカい弾も絶対当てられねぇぞ!」

「オブラートのオの字も無いくらい全部言うなよハゲ!あーもうパラディンといいシニアナイトといいうるせぇっ!だいたいこんなもん必要ねーし!テッサ、パス!」

「ん?ああ、これだね、ほらっ」

 

 レーザーライフルをティコに押し付けると、ロイズはテッサに呼びかける。

 テッサは急に呼びかけられたが察しがいいようで、すぐさま手に持つ、ここに来た時から預けられていたロイズのパワーフィストをロイズに放り投げると、ぱしっと受け取ったロイズは両手に嵌めると同時に的へと向き、地を踏み抜くと共に勢い良くダッシュする。

 

 そしてそのままの勢いで右手を振りかぶり、飛びかかるようにジャイアント・ラッドスコルピオンのデフォルメ笑顔の眩しい板切れをアッパーで殴りぬける。パワーフィストのプレスによる圧力とロイズのダッシュからの殴打という、二重の衝撃を受けた板切れは木っ端微塵に砕け、柱の方も天高く飛び、城壁に当たり弾かれた後空中でくるくると回るとすぐさま落下してきた。

 

「うおぁっ!?」

 

 空中で回転しながら放物線を描き落下した柱は危うくも飛び退いたティコの目の前に落下し地面に刺さり、ティコはつい尻もちをついてしまうが、もっともそんなことつゆしらず、その一連の流れにギャラリーは更に沸き、ロイズが反応してガッツポーズを向けると貨幣を投げる者まで現れ、その盛況に反応して更に街道を通る人々を増々引き寄せていた。

 

「どうよ、どうだよ!こいつさえありゃ銃なんて使わなくても、へぶっ」

「アホかこっちゃ死ぬトコだったぞ脳筋スクライブ!」

「いってぇー!やったなハゲ!」

 

 頭にごつんとゲンコツを食らったロイズが頭を押さえ、しゃがんだまましばし悶えた後、パワーフィストを外しティコに飛びかかりパンチを見舞おうとするが全てすんでのところでいなされる。

 それをアルはやいのやいのと茶化し、ギャラリーも喧嘩だ喧嘩だ張った張ったと互いに違ったベクトルで盛り上がっていた。

 

 

 するとその二人の間に一人の少女がすうっと割って入る。

 それに気づくとロイズは手を止め、ティコも立ち止まりコートの裾を払うと彼女の方へと向いた。

 

「二人で盛り上がるのもいいけど、そろそろボクを忘れてばかりなのはひどいんじゃないかな二人共」

「おぉそうだった、レディを待たせるのは礼儀に反するよなテッサの嬢ちゃん。ほら行った行った、どうどう!」

 

 なだめるようにティコが肩を持ってぐいぐいと下がらせると、うー・・・、と悔しそうに唸りながらも静かになっていくロイズは、悔しさを押しこめるためなのかささっと柱を持ちまた城壁まで歩いて行くと、また別の板切れ、今度は茶色のきらめく体躯に足六本と触覚、ウェイストランドに住む誰かならきっと迷わず”ラッドローチ”と叫んだであろう巨大ゴキブリの描かれたものを紐でぶら下げる。

 それからティコはレーザーライフルを手に持ったままテッサの前まで歩いて行くと、一度弾薬のマイクロフュージョン・セルを外してから彼女に手渡し、後ろから覆いかぶさるようにレーザーライフルを手に持つ彼女の手を握った。

 

「これだけ隙間が多いのにこれだけ重いんだね、こないだ君の・・・はんちんぐらいふる?だったっけ、あれを持たせてもらった時よりも幾分重たいよ。一体何が詰まっているんだか凄く気になる・・・今度見せてもらうのはダメかな」

「レーザーライフルは数があるから一つくらいバラしてもいいか、まぁ今度相棒がメンテするときにでも見せてもらいな、エナジーウェポンはあいつの管轄だからな。しかし大丈夫か?機械部品が詰まってるぶんハンティングライフルよりも重い銃なんだが・・・今からでもレーザーピストルに変えてやっても」

「いや、いいよ、これでいい。でも君の使っている大きいのも使ってみたいかな」

「やめときな、セコイア(.45-70ガバメント)はじゃじゃ馬だから素人にゃ使えん」

 

 レーザーライフルは軽量化のために隙間の多いデザインがされているとはいえ、安定したレーザー射撃を実現するためにその重量は従来の火薬を使った銃に比べやや重い。特にティコが使っている回転式拳銃のレンジャー・セコイアが4ポンド(1.8kg)、.308口径のハンティングライフルが6ポンド(2.72kg)とすれば、レーザーライフルはおよそ8ポンド(3.62kg)ほどの重量になる。

 

著名な自動小銃のAK-47がキログラムで4.3程度の重量と考えると、結構な重さだ。実に2リットルペットボトル二本ほどを持っているという状況で、肉体が頑強な亞人はおろか、下手をすれば人間にすら単純な膂力では負けるムーンエルフのテッサにとっては腕にずしりとくる重さだった。

 

 

 いくつか言葉を交わし、テッサはティコに手を導かれ手から足から、先ほどロイズやティコがやったものと同じ姿勢に近づくよう動作を導かれてゆく。

 右手をグリップに、左手をハンドガードに、肘でバランスをとり、両足は楽な程度に開く。

 大柄なティコからはテッサがすっぽりと覆えてしまうためにティコとしてもやりやすいようで、腕の位置や姿勢が整った後ティコは中腰になり、テッサと視線の位置を合わせ銃口が的を向くように調整したあとポケットから小さな黄色い缶のようなもの、弾薬であるマイクロフュージョン・セルを取り出した。

 

「そんな小さなものにあれだけの威力の光線をいくつも出すマナが入っているとは驚きだね・・・仮に高純度のバレライトだとしたら結構な価値を持つことになる。いいのかい?こう、タダで使って」

「数には限りがあるが、んな大それたもんでもないさ。それよか俺らは当分旅を一緒にする仲になるってわけだからな、こいつの使い方、いや、むしろこいつがいかに危ないもんかを知って貰った方が都合がいいってことだ。こう言っちゃ悪いが・・・テッサの嬢ちゃんは知りたがると止まらない所があるからな?うっかり銃口覗いてズドン、なんて洒落にならんからな」

「うっ・・・痛いところを突いてくるねティコ。これでも自制しようと努力してるんだよ?ただどうにもならないのは、ボクの知識欲ってのは理性をずっと上回っていて勝てないってことくらいかな」

「反省してるようでかけらもしてないぜ、それ。それよかほら、リロードはこうするんだ。・・・よし、その姿勢だ、撃つぞ」

 

 固定金具を引きマイクロフュージョン・セルを外すと今出した方を弾倉に押し込み、しっかりと固定したあと、ティコはテッサの両手を後ろから握りその華奢な指先をトリガーへと導く。

 

 草原を抜ける暖かな風になびく白銀の髪、色白で端正な顔つきと、そして普段丸くくりりとした青い目が目標に向かって細められる。華奢な体躯を青色に染めるエルフの少女が不釣り合いに大きく、無骨な形の獲物を構えるギャップにはどこか戦場の乙女のごとく美しさを、そして手に持つ金物の武器が、先にその威力さえ見せつけど未だ未知を兼ね備えていることからミステリアスな印象も受け、人々の視線は彼女に釘付けであった。

 

 余った視線はそんな美しいエルフの少女を半ば抱くような形にしているヘルメットの男に注がれるが、ティコはそんな視線を受け流しテッサの照準に最終調整を加えた。

 

「今だ、引け!」

 

 ティコの合図と共に、テッサはその白い指先で引き金を引く。

 身体に押し付けていた合金の銃身とは異なりそこだけ触れていなかったために、冷たいままの金属の感触が指先から伝わった瞬間、真っ赤なレーザーが発射され、刹那にして的めがけ殺到したレーザーはそのすぐ横、ほんの40cm程度右へと着弾し小さな黒煙を上げた。

 

 テッサは銃を下ろすと、自身がレーザー射撃を成功させたことが嬉しくなったようで「やっ、やったっ!」と目をいつぞやのようにキラキラさせて喜色を浮かべる。ティコも自分が補佐したとはいえ、まさかここまで近くに当てるとは思わなかったのか「テッサの嬢ちゃんはセンスがあるな」と後ろから回していた手でサムズアップをし褒め称えると、テッサから離れた。

 

「すごい、すごいよティコ!これだけの威力なのにかけらも反動がない、おまけに見てくれ!弓なんかとは違ってこんなに連射が効くなんて!これは革命だ!兵器業界の革命が訪れたよ!」

「テ、テッサの嬢ちゃん、興奮する気持ちは分かるが・・・待て!グルグル回すな、こっちに向けるな、止まれテッサっ!」

「ハハハ!久しぶりに最高の気分だ!」

「ああっ!このレーザースパズめ!」

 

 ティコが離れた途端、テッサは興奮をとうとう抑えきれなくなったのか立て続けにレーザーを的に向かって撃ち込み続ける。そのうちの一本は的に直撃しデフォルメのラッドローチを灰の山に仕立て上げ、ティコがテッサを後ろから羽交い締めにしたところでようやく止まり、レーザーライフルをぶんどるとようやく休息をつけたのである。

 

「はぁ、美人にはトゲって言うが、テッサの嬢ちゃんはエキセントリックで困りもんだな」

 

 草原の上に座り、積まれた武器の束にマイクロフュージョン・セルを外したレーザーライフルを放り込むティコは、ふうっと一息つきながらひとりごつ。

 ふと視線を向けた方向では、ついさっきレーザーをセル1つの半分叩き込んだテッサがまだ満足していないのか、得意気に説明に熱を入れるロイズと談笑しているのが目に入った。ギャラリーも彼らが休みに入ってからは着々と数を減らしており、今では身なりがやたらと上等であったり、逆に汚かったり、よほど暇そうな人種しか残っていない。

 

「お疲れ様ですダンナぁ、どーうぞっ」

 

 二人に向けた方向とは反対側から、ふらっと視界に入る影が一つ。

 目を向けると、前に買ってあげたいつもの赤が基調になった服を着こなしたアルが写った。

 

 手には水筒が握られており、片手に蓋を持ちティコに差し出している。

 

「おお、サンキューだ嬢ちゃん」

「途中買ったグレーフの絞り汁です、目にいいって聞きますけどどうなんでしょうね」

「そう言った眉唾モノの話はあんまり信じないほうがいいぞ嬢ちゃん、うまけりゃ買う、これが一番だ。だが美味いからってクスリとかにのめり込んじゃダメだぞ、最初はいいかも知れんが後から地獄を見る」

 

 経験者みたいですね、とアルがいうのに対し、「酒には溺れたがな」と笑いながら答えるとティコはヘルメットを脱ぎ水筒に口を付ける。

 濃厚なためにやや水で薄めるのが主流になっているグレーフの絞り汁は絡みつくでもなくすんなりと喉を通り、そのコクのある甘みにティコはつい一口が二口、二口が三口と結構な量を腹に収めてしまった。

 

 紫色に汚れた口元をハンカチで拭いながら、ティコはふと以前自分たちが訪れた村、ポスパの村を思い出す。あそこを出る時にはこれでもかというほどこの果物を貰ったが、アレがなければ本当に死んでいたかもしれないな、と薄ら寒さを感じた。

 

 思えば、あそこでの出来事がこの世界での生き方に踏ん切りをつけさせてくれた。

 かつての”相棒”と共に生きてからは勧善懲悪に磨きをかけた彼であったが、荒野を生きる人間が正義や正当性を主張する方法といったら得てして、ピストルやナイフで傷を付け合い、最後まで立っていた者が正しい、といったものだ。

 

囚われの村人たちを救った時も、したことは同じだ。

 

「確かに救えた命はあった、十分だ」

 

それでも失われるはずだった命を確かに、自分たちは救った。

自分の今までの生き方が、この世界においても正当性があるのだと確信できた。

 

今日の彼の、この世界における生き方を決定づけた。

 

 

「ああ、考えるほどワケが分からなくなってくる、やめたやめた」

「ダンナ何考えてたんです?教えて下さいよぉ」

「ハハ、大したもんじゃないさ」

 

 寝転がるティコの側にぺたんと座り、彼の顔を覗きこむようにせがむアル。

 ティコはヘルメットをかぶり直すと、彼女の頭を軽く撫でた。

 

 アルはそれを気持ちよさそうに受け取ると、彼の手が離れてから口を開く。

 

「ふーん・・・じゃあダンナぁ・・・」

 

 座り直したアルの視線は、どこか別の場所を向いている。

 それから一拍置くと、話を続けた。

 

 

「アタシの考えてたこと、聞いてくださいよ」

 

 そう言ってアルはティコの隣に寝転んだ。

 手を頭の後ろで組み、その手で顔を隠すようにするアルの表情は見えない。

 

 ティコはその、普段とは打って変わりどこかしおらしいアルを見やると、いいぞ、と話を続けることを許した。

 

「ダンナ達、近いうち出てっちゃうんでしょ?」

「ずっといてくれってのはナシだぜ」

「そんなこと言いませんよぉ、ただ・・・」

「ただ?」

 

 アルは言葉を途切らせると、すーっ、と息を深く吸う。

 ティコもつられるようにヘルメットをずらし息を深く吸ってみると、改めてこの世界の空気の綺麗さを身にしみて感じ、ほんの少しだけ落ち着いた気がした。

 

「アタシも連れてってくれないかな、って」

「そりゃまた・・・なんでだ?俺らは行商人ってワケでもないし、面白みはないと思うんだが・・・」

「ダンナだからですよ」

 

 アルはがばっと身体を起こすと、ぺたんと正座してティコの方を向く。

 表情には、笑みを浮かべていた。

 

「ほんとあの時はダメだって思ったんです、でもダンナが来てくれて・・・その恩返し、しなきゃって」

「そんな気にすることじゃないぜ嬢ちゃん、こう言うのは何だが、やるべきことってのをやり遂げただけだ、んな抱え込むようなことじゃない・・・それに院長の許可はどうだ?育ててもらって、勝手にポイして抜けだすってのはちいと虫が良すぎるぜ」

「それは何とかします!でもアタシ、世界を旅するとかも夢だったし、それをダンナと一緒に出来るなら・・・だから今『いい』って言ってもらえれば、それだけで・・・」

 

 食い付くように懇願するアルの声は、いつもより細い。

 そこまで言葉にしたところで、ティコがアルの頭にぽんっ、と手を置く。

 

「え・・・?」

 

 意表を突かれ固まるアルをよそに、がばっとティコが身体を起こしトレンチコートをなびかせ立ち上がる。そしてアルに手を伸ばすと、つられるように手を伸ばした彼女の軽い身体をひょいっと引き上げ立たせた。

 

「嬢ちゃん、ちょっと持ってみな」

 

 そう言いティコが懐から取り出したものを、アルは手で受け取る。

 唐突に差し出され、目をぱちくりしながら受け取ったもの、それは拳銃にしては小さく、しかしアルの小さな手にはやや重く大きい拳銃。記録に挑戦するようなものを除けば、実用的に使われる拳銃の中では最も小さい、特に多くの現物が失われたウェイストランドにおいては紛れも無く最小のサイズを持つ拳銃、22口径の小さなピストルだった。

 

「これって・・・」

 

 ぺたぺたと、重く冷たい銃身をアルは触ってみる。

 持ち手から引き金に掛けては黒いが、肝心の銃身は銀色でできている。

 

 銃の知識など欠片もない彼女であるが、渡されたそれが殺傷能力を持ったものであることは分かっていた。

 

「ほら嬢ちゃん、構えてみな、こうだ」

 

 どうしていいか分からなくなっていたアルを少し歩かせ、まだ談笑に花を咲かせていたロイズとテッサに声をかけどかせると的の対面21ヤード、先ほどロイズやティコが射撃するのに使っていたポイントに彼女を立たせる。

 

 そしてテッサにやったように後ろから抱き構えを指導すると、ポケットからマガジンを引っこ抜きピストルに押し込み、安全装置を解除すると彼女の指を引き金に導いた。

 

「ダンナ、何するんです・・・?」

「まあ分かるさ、ほら、よく前を見な、フロントサイトとリアサイト・・・ここが一直線に並んだら撃つんだ・・・今だ、撃て!」

 

 ティコの指に導かれアルが引き金を引く。

 連動してボルトが動き小さな弾薬を後ろから蹴とばすと、火の着いた火薬の爆発、その圧力に押され鉛の弾丸が銃腔内に刻まれたライフリングに沿い回転し、やがて空気を引き裂き外の世界へと飛び出した。

 

 放たれた弾丸は、的の遥か上、ロイズやテッサよりもずっと遠いところに着弾すると城壁の硬さに弾かれピンッ、と少し離れたところに落ちる。

 22口径は極めて反動が小さい、”オモチャのよう”とも揶揄されるほどの小ささであるため、戦前、戦後を問わずして子供用、競技用として使われているのだ。アルも、弾丸がずっと離れたところまで飛んだのに対し腕を伝ってきた衝撃が小さいことに驚いていた。

 

「ほら嬢ちゃん、まだだ、もっとやるぞ!」

「へ?ダ、ダンナぁ!」

 

 もう一度引き金が引かれ、的よりずっと遠いところに着弾する。

 それからもう一度、また一度、そこにもう一度――― 弾倉内に16発つめ込まれていた22口径LR弾は、あっというまにうち尽くされてしまった。

 

 的の周りにはいくつもの弾が転がる。

 だが確かに、的にした板切れには二つほどの、小さな穴が穿たれていた。

 

 

「ふ、ふーっ、ふーっ・・・」

「・・・嬢ちゃん」

 

 空になったピストルを構え固まっているアルの指をやさしくほぐし、ピストルを抜くとティコはアルに語りかける。

 アルはそれにはっと気づくと緊張が解けてかへたり込み、荒く息をしながらティコを見上げていた。

 

「俺らの旅にゃ、多分だが・・・これよりもっとデカい物を使う場面が多くなる。だからなんというか、だな」

 

 セーフティーをかけ直したピストルをポケットに仕舞い、背を向けるティコ。

 肩に塗られたベアのマークが、陽光を受けて眩しく光った。

 

「嬢ちゃんみたいなのが殺し殺されの世界に入るのは、まだ早い気がしてな。もっと大きくなって、経験を積んだその時俺がいたら・・・また声をかけてくれや、引き受けるぜ」

 

 最後にそれだけ言い、ティコは積まれた武器の中に無造作に手を突っ込む。

 その背中を、アルは息をするのも忘れて見ていた。

 

 




22口径ピストルはNVの方のです。
モデルはwikipediaがスタームルガーMk-Ⅱ、Vault-wikiがMk-Ⅲって書いてあるけどどっちなんだろうか。

形状はMk-Ⅲに近いけど色はMk-Ⅱ寄りになっているという。

1/10 修正、そうだよ普通の瓶は無機物だよどうしたんだ自分。

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