トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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今年最後。
2014年おつかれでした―。


第二章:インタッチャブルス 16話 『知識スパズ』

 

「帰ったぜー、メシメ・・・シ・・・」

 

 両手に持った酒瓶で手がふさがっていたティコに代わりロイズが、ようやく帰ってこれた孤児院の食堂の、そろそろ古めかしくなってきた木づくりのドアを開くと同時に声を出す。

だがその口は彼の頭に浮かんだ文全てを吐き出す前に、彼が半開きにしたドアの後ろからひょっこりと覗きこんだティコと共にピシっと凍りついてしまった。

 

「半分になっても読める物は読めるだろう?本なんてそんなもんさ、さあ、だからその片割れをこっちに寄越すんだアルベルト、未知の言語で書かれた、しかもこれだけ緻密に描かれた絵巻物なんてボクとしては見逃せないね!ほら、さあ、さあ、ハリィ!」

「だーかーらー!何で部屋ン中で魔法なんかぶっぱなすんですか!貸して欲しいなら順番を守らなきゃって教わらなかったのかよー!?大体どうするんですか真っ二つにして!こんなのダンナに見つかったら・・・あっ・・・ダンナ、お早いお帰りで」

 

 ドアを開き見た食堂の中から、彼らの目に飛び込んできたのはさんざんに散らかされた部屋と、立ち上がり相対する二人の少女。

 片や不機嫌そうな表情を隠そうともしない、”先祖返り”たる金の猫目で片割れを睨む赤毛の少女アルベルト、アル。

 もう片方は、彼女よりも頭一つは背が高く、見惚れるような銀糸の髪がなだらかな身体のラインを通って行く、なによりその髪の隙間から出た長い耳がその存在を高貴で美しく誇り高いものだと――― ただ、隠そうともしない興奮気味の声に表情と、ギラギラと輝く目の色が無ければ思わせるであろう”月の民”ムーンエルフの少女テッサリア、テッサであった。

 

 互いに見つめ合い、片や睨み、片や欲望の瞳をぎらつかせる二人には、ある共通点があった。

 

 アルはティコとロイズの二人に気づくと、愛想笑いを浮かべながらその”共通点”をさっと後ろに隠してしまう。だが、テッサの方は知らぬ存ぜぬとその”共通点”、互いに似通った形をした真っ二つに裂けた書物、テッサが端を持ちぶらさげていたため”騎士物語”と書かれたタイトルが眩しく晒されたそれを片手に、アルが後ろに隠した片割れを目で追っていた。

 

「いやぁダンナ、何でもないですよ、ちょっとこのポンコツエルフさんが年甲斐もなく追いかけっこしようって・・・」

「いや、大丈夫だ嬢ちゃん、怒らないから話してくれていい・・・とりあえずは片付けて、それから話と行こうや」

「オレの持ち込んだ本なのに・・・まだ読んでなかったのに・・・」

 

 ヘルメットを外し小脇に抱え、部屋の惨状を見渡しながらアルにトーンの低い声をかけるティコの口元はひくついている。彼の足元ではどんよりとした空気を纏わせたロイズが、両手を床について膝を折っていた。

 

 

「―――ってと、テッサの姉ちゃんがコミック読みたがって、アルの嬢ちゃんが読んでるのに無理矢理奪い取ろうと追いかけっこを・・・と」

 

 いつも孤児院の子どもたちが使っている長テーブル、そこに並ぶ大人には少し小さめの椅子を借りて、ティコとロイズ、そして対面するようにアルとテッサは腰を掛けていた。

 最初は四人で始めた部屋の掃除も後から集まってきた、二人の追いかけっこから避難するように隣の部屋にいたエリス院長や、相部屋で暇を持て余していた子どもたちが集まり存外てきぱきと進んだことで、また面倒な掃き掃除もティコが荷物の中から引っ張り出してきた掃除機――― テッサはそれにも興奮して食いついてきたが、もありあっというまに終えられた。

 

「そうそう、そうです!おまけに魔法までぶっぱなすで、その拍子にこれがまっぷたつに・・・」

「見せつけないでやってくれ、相棒のバイタルがデンジャーゾーンだ。ともあれテッサの姉ちゃん、何か申開きはあるか?」

 

 ようやく立ち上がったものの、まだうなだれどんよりとしているロイズをよそに、腕を組みティコが対面に座ったアルの説明に耳を傾け、次いでその隣、アルが持っていた騎士物語の、無残に破れたもう半分のピースを手に入れご満悦そうに頬杖をついていたテッサを向くと、片腕をテーブルに乗せ重心を掛け、声に迫力をつけて言う。

 

 最初は満足そうにどこ吹く風よとしていたテッサもその視線と声に気づくと、一度ティコと視線を合わせしかしその青いくりりとした目を泳がせ始めた後、やがて観念したようにため息をつき表情を半分申し訳なく、半分仕方なかった、といったものに変えると口を開いた。

 

「いや、すまなかったと思っているよ。ボクは元々外の世界の知識欲が高ぶって故郷から飛び出してきたとこもあるから、ああいった未知のものに遭遇するとどうしても暴走してしまって・・・ああ、そういえば正式な自己紹介がまだだったね、ボクはテッサリア・ルナ・レオミュース、一ヶ月と少し前に故郷ルナアリアから飛び出してきた、しがないムーンエルフさ」

 

 ついていた頬杖を解き、ぽんと胸に手を当てるとテッサは自己紹介を済ます。

 その仕草はどこか気恥ずかしそうで、先の向こう見ずになっていた自分のことに対して多少なりとも反省するところがあったのだと察するとティコもアルも溜飲を下げ、ティコは腕を組み直しまたテッサの続く言葉に耳を傾けた。

 

「実家の関係で本に触れる機会が多かったんだけど、家から出られることは少なくてね、そうして机上の知識だけが高まっていくうちに外への欲求が膨れ上がっていって、故郷をこっそり抜けだして・・・後は運悪くあのダークエルフ達に捕まって、君に助けてもらうまで牢の中さ、感謝しているよ、本当だよ」

「それとこれとはといいたい所だが、そう素直に感謝されるとこっちも怒る気が削がれるってなぁ。ともあれ後で院長さんには謝っておいてくれよ、俺はティコ、NCRレンジャーのレンジャー・ティコだ、訳あってここに居候させてもらってる身だな、こっちは・・・おっ」

「エ、エルフだっ・・・本物のだっ・・・!」

 

 ティコが組んだ腕を解き横に手をやり、ロイズを紹介てやろうと思った矢先、ロイズの方から声を上げる。

 だがその青年スクライブの年齢通りをした童顔は、キラキラと輝いていた。

 

「エルフだよエルフ!ファンタジーじゃあお約束ってほど出て来る種族で、不老不死の魔法使いって奴だ!」

「別に不老不死じゃあないんだけどな、せいぜい200年とちょっとがせいぜいだし。それに高位の魔法使いほどは使えないよ」

 

 椅子をガタッと音をさせテーブルに手をついて立ち、指でテッサを指すと興奮気味にロイズは話す。その普段の彼をよく知っていたティコはやや引き気味となり、訂正するテッサもつい先程の自分がこんなだったのかな、と臍を噛む気持ちだった。

 

「耳が尖ってて美しいってのも書いてあったけど、本当に綺麗だな!だよなグール!ああ、お前枯れてるか」

「おいコラ今聞き逃せないことを聞いた気がするぞ相棒、俺はまだ・・・」

「そんな面と向かって言われると恥ずかしいな、ボクなんて姉様達に比べれば大したこと・・・まあ、よろしく・・・相棒くん?」

「ロイズ、B.O.Sのスクライブ・ロイズだよ、よろしくテッサ」

 

 ロイズに突っかかろうとするティコをよそに、自己紹介を終えた二人が握手する。

 職業柄、ガラに似合わず読書趣味が板についていたロイズにはグローブ越しとはいえ初めてエルフに触れたことがボルテージを跳ね上げたようで、興奮してテッサの手をぶんぶんと振っていた。

 

 テッサはというとはじめ冷静だったが、次第に手先から伝わってくる感触、戦前製パワーアーマーの特殊繊維のそれが未知のものであるということに気付いたようで、ようやく離されようとしていたロイズの手を今度は逆にぐっと引き寄せて近くで見ようとした。

 パワーアーマーの重量のおかげで側まで引き寄せられこそしなかったために、知的好奇心のスイッチが入ったらしいテッサは周りの目も気にしないでテーブルに乗り上げる。彼女は先の貫頭衣姿からエリスのお古の服に着替えさせてもらっていたが、昔のエリスの趣味だろうか、裾の長さ控えめなスカートのせいで、後ろ隣のアルからは上等な繊維の下着がバッチリ見えてしまっていた。

 

「エルフさんエルフさん、ポンコツエルフさん、後ろからバッチリですよー、降りて、座って、ねーってば」

「そうよテッサリアちゃん、女の子なんだからはしたない格好はダメよー。ほらお茶注いだからみんな飲んでちょうだいね」

 

 太ももをぱんぱんと叩いてテッサを想像から現実に引き戻そうとするアルの横から、エリスがそっとお盆に載せたお茶を一人ひとりの前に置いてゆく。

 そのたびに揺れる栗色のゆるふわヘアーや落ち着いた動作の一つ一つはティコの目を引き、視線を動かした先にいる残念で知識欲魔、しかし美しいと彼でも思える銀髪エルフと見比べて、やっぱり人間中身だよな、とティコは心の中でため息をついた。

 

「はっ、ボクとしたことがついまた・・・」

「分かってくれりゃ嬉しいが抑えてくれなテッサの姉ちゃん、見た目そんなだけどもう年取ってんだろうし・・・ん?寿命200年ちょっとってこたいくつなんだ?」

「おや女性に齢を聞くのは良くないな・・・なんて野暮なこと言う程でもないか、こないだ誕生日を迎えてようやく82だよ、最悪だね」

「ああじゃあ年下か。俺が今年151になるから・・・まあ許すか」

「お前らの基準おかしいだろ!?それだけ生きりゃ十分分かるじゃねーか!」

「それよりアタシダンナのトシ初めて聞きましたよ!?なんですか151って!やっぱ人間じゃないんですか!?」

 

 さも当然のように三桁年齢を出し双方納得するように腕を組みうんうんとうなずく二人の脇から、ロイズとアルが食って掛かる。特にグールに対しての知識が先に身についていたロイズとは違いさらっと衝撃的な告白をされたアルと、側でお盆を持って立っていたエリスは目をぱちくりさせ、ティコに視線を釘付けとされていた。

 

 その視線を受け、ティコはそういえば言っていなかった、と一言漏らすとテッサの方を一瞥し、それから言葉を発する。

 

「まあ前には大やけど、って言っていたがあれは間違ってない、グールってのは、放射能・・・なんて言ったらいいかな、こう、目に見えない地獄の業火や呪いみたいなもんで身体を焼かれて、不老長寿を手にしたそんな連中のことさ」

「呪い・・・魔道具にはそういったものがあるって聞きますけど、ティコさんにもそんなことが・・・」

 

 エリスが以前にもまして悲しそうな目でティコを見て、その視線を受けたティコは曲解されてしまったことがなんだかどことなく後ろ髪を引かれるというか、騙した気がしたようでつい目を逸らし顔をポリポリと掻く。

 テッサを一瞥すると凄く何か聞きたげにしていたがようやく自制してくれたようで、キラキラと輝く、純度の高い水晶のごとき青い瞳に射抜かれそうな錯覚を覚えながらもそれを手で振り払うそぶりをし、心なしか楽になった気になった後、微妙にテッサから視線を外しながらも彼女の方を向いた。

 

「ともあれテッサの姉ちゃん、聞きたいことが色々ある・・・そっちの聞きたいことは前言ったとおり山ほど答えてやるから、答えてくれるか」

「グールのことも、君の着ているその風変わりな装備も、君たちの色々も、全部かい?」

「そうだそうだ、ここに説明好きな俺の最高の相棒がいる。だから質問には答えてくれ」

「好きだから言い返せねーけど・・・オレこいつが相手だったら疲れそうな気がするぞ・・・」

 

 テーブルに置かれたヘルメットを見せつけながらのティコの提案に、好奇心に満ちた瞳を輝かせながら、心から溢れ出る興奮の気持ちを抑えられないらしい様子でやや前のめりになりながらティコを見つめるテッサ。

 

 そんな彼女とティコを目をじとっとさせながら見つめるロイズを巻き込みながら、アルは聞き手に回るだけだと三人に目をやりながらカップを手に取り、口に含む。

 

「あちゃっ!」

 

 猫舌でもあった彼女は舌先をちろっと出し熱さを訴えると、反応してきゅっと細まった猫目の瞳に気付いて戻す。

 院長エリスはその様にくすっと笑うと、お盆を持ってキッチンに戻っていった。

 

「まずそうだな、あんたのことは聞いたから・・・エルフってのが何なのか俺に説明してくれ、相棒とは違ってそのテのことには疎くてな」

「なんだ、そんなことでいいのか」

 

 個人的なあれこれや例の人さらいのあれこれや、もっと込み入った話を聞かれると思ったのか、拍子抜けしたように彼女は表情を緩くするとカップを手に取り、ずずっと啜る。

 そこでやっぱりあちゃっ、と熱さに声を上げると、隣でニヤニヤ、ニャアニャアと表情だけ笑って見ていたアルと目が合い、顔を赤くする。それからさも何事もなかったといったようにカップを置き、アルの顔が見えないような角度に座り直すと話を始めた。

 

「エルフってのは、この大陸デレクタの北にあるイーラット・・・それはこっちだけだね、人間の間では”魔女の大陸”って呼ばれる大陸出身の種族さ、マナの親和性が高くって種族単位でそれぞれ違った魔法適正があることが特徴だね、あと寿命はウッドエルフを除けば人間よりよっぽど長いよ」

「魔法に適性のある長寿種族、って認識でいいか、おおむね相棒の言うとおりだな」

「あと当の本人なボクの目には判断おぼつかないけど、人間達はホーリーエルフやムーンエルフなんかを美しく、それでいて気高いって思っているらしい、夕方まで部屋で寝てる生活だったエピロス姉様を見てると、そうも思えないけど」

 

 また手にとったコップを口元に当て、やっぱり熱かったらしくふーふーとコップを中のお茶を冷まし始めるテッサ。

 横からニヤニヤと迫る金色の視線を受け流しながら、彼女は話を続ける。

 

「今存在するエルフはざっくばらんに五種だね。ボク達はムーンエルフ、銀の髪で、月にまつわる魔法が得意な種族さ、満月の日は負ける気がしないよ。他はほぼ全員金髪で、高い陽魔法適正を応用した治癒魔法が得意なホーリーエルフとか、まあマナの扱いも生活レベルも高いのは認めるけど、だからってボク達をいちいち見下してくるのが鼻につく連中だね、ほぼ不老だって死ぬときは死ぬってのに」

 

 よほど嫌いなのか、口を尖らせ説明する。

 手に握られたカップのお茶は、まだ冷めない。

 

「サン・エルフは・・・特定の故郷を持たない陽気な人達だね、頭のあったかさと陽魔法の適正で彼らに勝る種族なんていないと思うよ。専ら各地を転々とする種族だから、吟遊詩人とか輸送業に携わってるって聞いたね」

 

 説明を続けるテッサを見ながら、こめかみをとんとんと叩きながらもティコは頭の中に情報を叩き込もうとする、一方その隣でロイズは、悠々と左腕に取り付けられたPip-boy3000を操作し情報メモをストレージに収めていた。

 テッサはロイズが左腕の機械を操作しているのを見てつい飛びつきそうになるが、後で聞けるとぐっと抑える。手に持ったカップの中のお茶の表面には、プルプルとした震えがもたらす(さざなみ)が立っていた。

 

「あ、あとはウッドエルフだけど・・・彼らは最も多く人間と交流しているらしいから流石に知っては・・・ああ、知らないのか、ウッドエルフは森に住んでる種族だよ、ダークエルフほどじゃないけど日焼けしたような肌の色が特徴だね、風や水のマナと相性がいいみたい。寿命が人間と同じ程度だから人間と添い遂げる者が多いらしくって、エルフとしてはハーフやクォーターを同じエルフとして迎え入れるかどうか昔から意見が割れてるそうだね。”魔女の大陸”の騒動の時にダークエルフと並んで被害を受けたみたい。最後は・・・」

「ちょっとそこでいいか」

 

 話を続けようとしたテッサの言葉をティコが遮る。

 テッサは何かな、と首を傾げながら、ようやくぬるくなったらしいお茶を口に運ぼうとしていた。

 

「魔女の大陸、って単語が気になった、そこも説明頼めるか」

「あ、オレも気になった。ほんとに魔女がいるのかって」

「ああ、そこはこれから説明しようと思ってたところだよ・・・ダークエルフが、何でダークエルフって呼ばれるのか、重要な要素だからね」

 

 口元にカップを運び、お茶を飲む。

 テッサは喉の潤いとお茶の味に微笑み、つられて喉の渇きに気付いた他三人が口をつけ終わるのを待った後、カップをテーブルに置いて、それから話を始めた。

 

「旧名はイーラット、人間達が”魔女の大陸”って呼び始めてからはそっちで呼ばれるようになったけど、それまであそこは普通の、エルフが森で、街で、大陸何処ででも生活を送れた故郷だったんだ。ただ・・・ボクが生まれるより前、今からだと121年前ってとこかな、大陸が、霧に包まれたのさ」

「霧・・・?」

 

 北アメリカ大陸が真っ白い霧に包まれるイメージを頭のなかにロイズは浮かべる。

 だがテッサは心を読んだように、ロイズの目を見てふるふると首を横に振った。

 

「紫色の霧さ、最初は一晩で大陸の4割を覆って、今では半分持ってかれてる。ひどかったみたいだよ、ムーンエルフとホーリーエルフの国は地理的に直接の被害を受けなかったみたいだけど、ウッドエルフも国境沿いの領土一割ぐらいを持って行かれて――― ダークエルフに至っては、今では国家が機能してないからね」

「霧に包まれただけで国家が機能しなくなるのか?なら毒の霧ってとこか、エンクレイヴが昔そんなことをしようとしていたらしいが、成功してたらそうなったと思うと・・・身震いがするな」

 

 腕を組み納得した素振りを見せるティコ。

 それにテッサはこめかみに指をとんと当て、うーんとうなり少し考える素振りをした。

 

「半分は正解なんだ、霧から生き残った人が残した本によれば中では・・・魔法が使えなくなるらしい。その状態で、霧の中で生まれた”異界の魔獣”と対峙することになったダークエルフは、あっというまに数を減らしていったって聞くね」

「異界の魔獣・・・ジャイアント・ラッドスコルピオンみたいなのと剣と盾で戦えってか、そりゃ無茶だ。リージョンにはそんな変態がいたらしいが、例の”運び屋”でもあるまいし、武装した俺でも二・・・はともかく三、四匹を相手にしろと言われたら泣いて喚くね」

「異界の魔獣を仕留めたことがあるのかい?なら話は早いね、千差万別、中には共食いしていたのもいたみたいだけど、多くのダークエルフは逃げくれなくて死に、生き残ったのも難民として他のエルフの国家に逃げたみたいだけど良くない扱いを受けたらしいよ」

 

 途端、説明を弁舌さわやかに述べるテッサの表情に少し憂いが差す。

 聞いていたロイズとティコはそれだけで、彼女が彼女の話す”霧”の残り香に少なからず関わりのあったことを察した。

 

 テッサはもう一度お茶を啜ると、自身の手首を持ちじっと見る。

 そこには、つい先程まで奴隷商に、ダークエルフに捕らえられた際につけられた縛り跡が残っていた。

 

「ダークエルフは、元々ダークエルフって呼ばれていたわけじゃないんだ」

 

 ゆっくりと、視線はどこか別の場所を見たままに話す。

 

「昔はシャドウエルフって呼ばれてて、その名の通り陰魔法と風に適正のある種族だったんだけど・・・霧のせいで故郷を追われたシャドウエルフは生きるために盗みや汚れ仕事、特に彼らにはうってつけの暗殺者なんてのをやらされたらしい。元々影に生きたシャドウエルフが、闇に生きるダークエルフなんて呼ばれることになったのはそこが由来さ」

「ある日突然全部失って、それまで想像もしなかった事をこれでもかってくらいする羽目に・・・戦後すぐはそうだったってオレ、パラディンから聞いたことある」

「救われないのは、彼らの意思や因果とは全く関係なしにある日突然奪われたってことだね。ともあれこれくらいでいいかな、他には何かあるかな?」

 

 ロイズの言葉に繋げたテッサは、ようやく説明を終わらせたとばかりにお茶をぐいっと飲み干した。

 空っぽになったカップを置きテッサは、まだ質問はないか、説明ならいくらでもすると張り切り顔で、ティコとロイズの二人、そして彼らが身につける未知の装備の数々を交互に見ながらエネルギッシュに前のめりになる。

 

 ロイズはティコと顔を合わせた後、ティコが顎だけで合図したのを受け取り自分が口を開いた。

 

「あー、テッサ、この後どうするか決まってんの?」

「ボクの?そう言えばそうだったね、路銀を持って行かれた以上旅を続けるのは無理そうだし、故郷に帰るには遠すぎるし・・・しばらくはここに留まるしかないかな」

 

 あっけらかんと、孤児院への寝泊まりを当然のように具申してのけたテッサに、ティコとロイズは顔を合わせる。当の院長エリスは後ろで『少しくらい別にいいのよ』と笑っているが、隣のアルはこんなのが住むのかやの、また散らかされるだのと不服そうだった。

 

「故郷に帰りたいってことなんだよな?」

「勝手に飛び出してきたこともあるけど、このままじゃあ野垂れ死にがいいところだからね。元々長旅の予定はなかったから、ここから帰るだけでも十分私の知識欲は満たせるはずさ。一度帰ってしばらく静養して・・・それから身支度を整えて、またこっそり飛び出すのがいいかも知れない」

「懲りてねぇのな・・・」

 

 不躾なのか地の性格なのか、ためらいなく置いてあったティーポットをひっつかみお茶をまた注ぐテッサを見ながら、ロイズが呆れたように言う。そのままずずっ、とちょうどいい温度に冷めていたお茶を飲むテッサを見るロイズを横目に、今度はティコが腕を組んだまま、思い切り良く声を上げた。

 

「よし!なら今後の俺達の予定も決まったな!」

「ああ、やっぱりそうだよなー・・・いつまでもここにいるのもアレだし」

「あら、もう行かれてしまうんですか?子どもたちもティコさんとロイズ君のこと気に入ってたのに」

「そこは残念だが、俺らもこのままここに居を構えるってわけにもいかんからな・・・まあ、色々と背負ってる重荷が片付いたらおいとまさせてもらうさ。ああそうだ、これはそれまでと・・・それからの分の気持ちってな」

 

 笑顔を見せ、次いでティコは懐に手を伸ばすとそこから布製の小さな袋を取り出す。

 そして紐を解くと中から五枚の厚手のコイン――― キラキラと、雨上がりの昼空の光を受け輝く、人を狂わせる黄金色、金貨をとりだし重ね、テーブルの上に置くとすっ、と手でエリスの方へと寄越す。

 

だが当のエリスはそれを見るなり、目を丸くして手をふるふると振り、受け取れませんと拒む姿勢を見せた。

 

「う、受け取れませんって!前にも子どもたちの服を買ってもらったばかりだっていうのに、またこんな!」

「気にするなよ院長さん、あんたが俺らをここに止めてくれなきゃ俺らは当分星空の下で寝過ごさなきゃならなかったし、あの奴隷商共の巣穴を見つけてテッサやアルの嬢ちゃんを助ける事もできなかった。ほんの気持ちだと思って受け取ってくれ・・・テッサ!」

 

 いやいやと断ろうとするエリスに無理矢理押し付け、ティコはテッサの名を呼ぶ。

 呼ばれたテッサはその青の瞳をティコに移し、何かな?と首を可愛らしく軽くかしげた。

 

「ここを出た後は、あんたとあんたの故郷まで行くことにする!どうだ?」

「構わないけど、いいのかい?君たちにも行く所があるんじゃないか?」

「構わんさ、俺らが行く場所はずっと遠い、最短ルートを探すためにいくつも寄り道しなけりゃいかん、それでもいいならえーっと・・・」

「ルナアリア、だよ」

「そうだ!そこまで一緒するぞ、それでいいな相棒!」

 

 ティコがロイズを振り向き、確認する。

 当の相棒、ロイズはようやくPip-boyへの情報入力が終わったようで、ティコの呼びかけに気づくと彼を一瞥し、グリーンディスプレイのバックライトを消灯させてから彼を向いた。

 

「まあ、ウェイストランドへの道は全然分からないからなー・・・ここでもう少し調べたら、そうしていいか」

「よし決まったな!じゃあそういう事だ、早いとこ食い損ねたシチューを食べるぞ相棒!腹が減った!」

 

 そう言い立ち上がり、いつものパーソナルスペースである窓際のロッキングチェアに座ると手をパンパンと叩いて催促するティコ。

 そのあまりにスムーズな、労働を放棄することを宣言する流れに軽くため息を付いた後、ロイズも空いた胃袋が鳴らすブザーを受け止め立ち上がる、が、それからキッチンへ移動しようとした途端、腕に重みを感じる。

 

 ん?と声を上げ、ロイズは右腕にのしかかった重みの正体は何かと、首を反対側に動かし右腕を見る。その瞬間彼はびくりと身体を震わせ、ひっ、と軽く怯えた声を上げると冷や汗をたらりと一筋、こめかみから垂らした。

 

「まあ待ってくれたまえ騎士ロイズ、約束は絶対だ。その複雑な構造の鎧も、左腕についた魔道具も、一から十までボクに説明を求めるよ、さあ左手をこっちに!左手を寄越すんだ!腕よこせ!ハリィ!」

「ひっ、ひぃっ!妖怪だ!ミュータントだっ!逃げ・・・パ、パワーアーマーが力負けしてるっ!?助けてくれグール!ちみっ子!喰われる!」

 

 興奮からキラキラと恍惚じみた目をしたテッサにズリズリとテーブルへと引き寄せられていくロイズが助けを求めるが、彼の相棒は、頼むぜ、と笑ってキッチンへと向かっていくし、対面に座っていたはずの赤いちみっ子アルは既にいない。

 

 ロイズは再び、恐る恐るテーブルの上へと目を向ける。

 そこには、雪のように冷たそうな白い肌と、白銀のように妖しく光る髪を持った青い目の少女が、満面の恍惚を浮かばせ彼を自分のたもとへと引きこもうとしていた。

 

「さあロイズ、まだ昼だけど夜は長いよ、分かる分かる、他にもいろいろ持っているんだろう?大丈夫だ、私ムーンエルフだから夜型だし、朝まで耐えるなんてへっちゃらさ、君は天井のシミでも数えながら口だけ動かしてくれればいい・・・今夜は寝かさないよ」

「あぁっ!嬉しくない!これは絶対に嬉しくないぃ!!」

 

昼下がりの孤児院に、ロイズの叫びがこだまする。

その日は、そうやって更けていった。




※T-51bパワーアーマーの重量はだいたい18kg程度です。
コンセント見当たらないし、きっと掃除機にも核分裂バッテリー使っちゃうぐらい素敵世界だったんだって信じてる。

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