トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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話がこんがらがらないよう設定資料書いてたら10000文字超えてた


第二章:インタッチャブルス 15話

 

 

 

 

 壁に掛けられたランプの火が陽炎のように揺らぎ、薄暗い地下空間を照らす。

 四方八方、壁がけのランプが発する光に照らされた二十ほどの牢の中には一つにつき一人、近場はこの街のどこかから遠方は遥か大陸の北端まで、肌も雪のように白いものから毛むくじゃらまで、耳も横についているものから頭の上にぴょこんと可愛く飛び出ているものまで、多種多様な人々が投げ込まれていた。

 

 窓がないため外の様子が一片も分からず、そして薄暗く、極めつけには鼻につんと来る血の匂いが彼らの精神を少しづつ削っていく。

 

 血の発生源は二つ。

 開け放たれた牢の脇、喉元を切り裂かれ、何が起こったかを理解していない表情をした人間の男の死体。

 もう一つは、閉ざされた牢から血が点々と続くその場所にひとつ、膝をつきうなだれたまま、しかし胸に一つ、腹に四つ残る凄惨な傷跡とは裏腹にどこか満足気な笑みを浮かべた褐色の肌を持つ、ダークエルフの死体だった。

 

 

 ふと扉が開かれ、地下室に残る血の匂いが僅かながら外へと漏れ出る。

 扉を開いた主はそのツンと来る鉄臭さに顔をしかめると、しかしすぐにハッと目を見開き扉を勢い良く開け放ち、地下室の中へ駆け出した。

 

「ゴルフェ!」

 

 膝をつきうなだれたままの死体、ダークエルフの戦士ゴルフェ・エスクリーダの死体に彼女は駆け寄る。そして頭にかぶったフードを下ろしその、ゴルフェと同様の褐色の肌と白の髪、そして”尖った耳”を露出させると、細い指先で彼の死体の髪を掻き上げその顔を覗きこんだ。

 

「そんな・・・!ねえ、嘘でしょ?千叩きの拷問でも、北の戦線でも死ななかったアンタが、そんな・・・」

 

 ゴルフェは何も返さない。

 

 彼女は声を震わせ彼の屍を揺すり続けるが、その拍子に彼の、無数の傷痕が残る身体に真新しく穿たれた五つの傷からどぷりと、その数段軽くなった身体に少しだけ残っていた血液が飛び出した瞬間、反射的に死体から飛び退いた。

 

 ゴルフェの死体が、バランスを崩され仰向けに倒れる。

 その様子と、角度が変わりランプの明かりにてらてらと照らされることになった傷跡をはっきりと目にした彼女は、その惨憺たる様相にようやく彼の死を受け入れたのか口をつぐむ。そして表情を悲しみのそれ一つに集約させると彼の、事切れ物言わぬようになった死体へとゆっくりと近寄った。

 

「アンタが死んだらもう、昔からの顔なじみなんて数えるほどもいないじゃない・・・」

 

 ゴルフェの手を握り、泣きつくようにすがる。

 額越しに、ゴルフェの僅かに残った体温が伝わってきたが、すぐに消えた。

 

 彼の生の名残が完全に消失したことを感じると、彼女はゴルフェの手を寄せ自分の膝に乗せる。 

 そしてその太く、鍛えあげられた腕に嵌められていた大きなミサンガを数本、ゆっくりとほどくと、一つ一つ自分の細い腕に嵌め縛っていく。特にゴルフェのミサンガは大きく、彼女の細腕を二周してようやく収まるその様に、彼女は寂しげにふふっと笑った。

 

 腕に新たに嵌った数本のミサンガ、それまで付けていた物と合わせ十本を超えるようになったそれを見て、彼女は目を閉じ、祈りを捧げる。

 神にではなくこの腕、それぞれ模様の違うミサンガ、それぞれに宿った同胞達の魂へと祈りを捧げる――― ダークエルフである自分達が残した、数少ない伝統だ。

 

「ゴルフェ、エール、キャロ・・・そして死んでいった同胞達よ、私に、あの穢らわしい異種族達に報いを受けさせる力を」

 

 祈りを捧げ、そしてやがて目を開くと共に、握った手を開く。

 しばらく目を閉じていたためにランプの明かりが必要以上に明るく見えた。

 

「・・・?」

 

 だが一方で、その増幅された光がひとつの、きらりと視界の隅に光る何かを捉える。

 彼女は立ち上がると、その光り輝く何かの元へ歩んだ。

 

 たどり着いたのは壁の端、光る何かを拾い上げると、彼女はそれを顔の前に近づけ、じっくりと見る。

 拾い上げた何か――― 練習用に使う先を潰した矢尻だろうか、だがそれにしては(   の ※1)が見えず、おまけに信じられないような力で叩きつけたへこみが見られる。だが更に顔を近づけてみるとこびりついた血の跡が随所に見られ、匂いを嗅げば鉄とはまた違った、血液特有の生臭さが残っていることが分かり、彼女はそこでひとつの確信を覚えた。

 

 間違いない、ゴルフェを殺した道具はこれだ。

 ふと手に力が入り、ぐぐっ、と強く握る。

 

 

「ねぇ、あなた」

 

 振り返った彼女の顔は、先の悲しみ堪えるそれとは打って変わって、妖艶な、にじり寄るようなそれをしていた。

 

「な、なんだ、俺は何も・・・」

「えぇ?でも、”見てはいた”んでしょう?」

 

 牢の一つ、農作業で鍛えられたのだろう、粗末な衣服の端々から固くごつごつとした指先や筋肉を見せる男が捕らえられていたそれの格子を、彼女はつぅ、と艷っぽくなぞり問う。

 その仕草にどきりと惹かれた男は頬を赤らめるが、知らぬ存ぜぬと、身振り手振りでもって彼女の仕草に抵抗した。しかし彼女が再び問うた途端、先ほどとは別のどきりとした驚きで表情を青くしてしまった。

 

「教えて欲しいの、彼を殺したのはどんな奴だった?・・・ねぇ」

「ど、どうせお前らは終わりだ!あの赤い目の旦那が、騎士団を連れてくる!」

 

 ねっとりと、格子に指を絡めて聞く彼女は、他の牢に捕らえられた人々からも妖艶に見えた。

 撫でるような上目遣いにごくり、と農夫の男も唾を飲むが、それでも気丈に抵抗する。

 

「騎士団、ねぇ・・・」

「そうだ!そうすりゃこんなとこ、お前だって潰してくれるさ!」

「本当に?」

 

 急に傾けていた身体を起こし、目と目を平行に合わせる。

 抵抗の言葉を述べるために彼女ににじり寄っていた彼は、急に目の前に彼女の顔が飛び込んできたことに驚き、蛇に睨まれた蛙のように身動きをとれなくなってしまった。

 

「領都のど真ん中で、こんな場所が続けられるのは何でだと思う?」

「―――ッ」

「察しがいいわね、それにどこの馬の骨が来たかも知れないけれど、誰が騎士団を呼んだところで、動くわけないじゃない」

 

 農夫の顔が急速に青ざめていく。

 首筋にかかるダークエルフの女の吐息がぞくりと、寒気とも何とも取れぬ感覚を彼に与え、合わさった視線を震わせる。

 

「―――だから、赤い目だけじゃなくて、もう一つ教えて欲しいの、そうすれば・・・あなた一人くらい、ここから出しても、いいかも」

 

 農夫の口がわなわなと震え、手は格子を無意識に持っていた。

 撫でるような視線が再び注がれ、農夫の身体を隅から隅まで通り抜けていく。

 

 そして彼はとうとう、わなわなと震えた口のまま、一つ一つ言葉を絞り出してしまった。

 

「赤い目をした黒い兜と、全身に魔道具を装備した・・・外套を羽織った男・・・」

「そう、ありがとう、それで十分だわ」

 

 農夫を射抜く視線が、冷めた鋭いものへと変わる。

 彼が答えた途端、彼女はあっさりと格子から指を話し、羽織ったローブを翻して牢から離れていってしまった。

 

「おい、おい!約束が・・・」

「約束ぅ?私は、いいかも、としか言っちゃいないわよ、さっき言ったのも全部嘘、どこからどこまでが嘘なのかは想像してねー」

 

 悔しげに唇を噛み、うなだれる農夫を後に地下室をすたすたと進み、重く大きい、出口の扉に手を掛ける。

 そこで彼女は一度、扉に手を掛けたまま立ち止まると、表情を鋭く冷めたそれから怒りの、熱く煮えたぎるものに変貌させた。

 

 彼女は思い出す。ここのところ、騎士団や街で噂になっている”白銀の騎士”のことを。

 

 そしてその相方に、全身に魔道具を纏い、魔獣”ベビ・ベア”の足を遠方から止め、魔獣”化け物サソリ”に至っては騎士団を容易に弄んだそれを一方的に仕留めた男がいると聞いたことを。

そして彼は赤い目の兜と、胸甲を覆い隠すような長い外套をまとっているとも。 

 

 それが、ほんの数週間前に自らの企てた計画を微塵に砕ききった、忌むべき対象であるとも。

 

「あれの居所はもう分かってた・・・街の孤児院だ。相手の力量を見計らうのに時間を使っていないで、もっと早く殺しておけば・・・ゴルフェが死んだのは、私のせいだ」

 

 ぎり、と唇を噛み、扉に頭をつけもたれかかる。

 彼女の眼の奥には今、左腕のミサンガでつながった同胞の魂の復讐を願う心が炎を渦巻いていた。

 

「“白銀の騎士”は後回しでいい、”狩人”ティコ、あれだけは今殺す・・・」

 

 

「我が名はトビシロ、ダークエルフの王族最後の生き残りにして暗殺者、我が同胞の鎮魂のために、異種族共に報復をする者なり」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 紫色に輝くムードライトだけが妖しく照らす薄暗い空間を引き裂くように、白く、清い魔法の光が次々に輝く。

 地面の下、上等な革の張られたソファが並べられバーカウンターに置かれた酒が欲をそそっていた地下空間のステージは今、焼け跡と弾痕、そして煙と血の匂いの中にその名残を残すのみとなっていた。

 

 

「くそっ!貴族連中が手回ししてくれてたんじゃ!」

「おい!気安く触るな!俺は上流区に屋敷を持つ豪商の跡取りだぞ、こんなことをすれば・・・」

「ハァイお兄さん、あたしはただの雇われでぇ、お酒を売ってただけよ?奴隷なんて・・・ねぇ?」

 

 銀と青色のツートンカラーで構成された鎧を着用した騎士達に、縄で繋がれた幾人もが引っ張られ地上と地下を隔てる木製の扉をくぐっていき、やがて繋がれた全員が外へと消えると一人の騎士が扉の内側、地下空間にまだ残っていた騎士団長、エルヴェに向かい敬礼し扉を閉める。

 

 それを見送ったエルヴェは、ふぅ、と息を吐くと今まで抜身にしていた装飾付きの魔法剣を鞘にしまい、視線を別の方向、今回突然にも降って湧いた大仕事である”奴隷商検挙”の最大の功労者たる人物に向けた。

 

「あんたが雨の中騎士団庁舎に飛び込んできた時はどうしたかと思ったが・・・まさか、ひと月も経たない内にこれだけ手柄を重ねるなんて、将軍にでもなるつもりか?」

「千や万の人間を指揮するなんざ、俺には荷が重いさ団長。そう言うのはシュー将軍あたりに任せておきゃいい。それで、実際どうなんだ?身なりの良い犯罪者は得てして捕まった後のことも考えてるもんだぜ」

「それなんだが・・・」

 

 ううん、とうなり、心の底から面倒そうな顔をエルヴェは見せる。

 ティコはその表情から察したのか、あぁ、と一言だけつぶやいた。

 

「さっきわめいていた豪商の息子はもちろん、多くは貴族がらみの人間が占めていた。これだけでも処理が面倒だってのに、特に質の悪いことに、数名は本人ではなく依頼されて買い付けに来たスケープゴートのようで・・・調査は難航しそうだよ、あんたも身辺には気をつけた方がいいな」

「返り討ちにするのは容易だが、嬢ちゃんや連れ帰ったあの銀髪エルフの事もある、用心に越したこたないか」

 

 腕を組み、険しい顔をするティコ。外からは見えなかったが、エルヴェの慧眼はその心をマスク越しに察しうんうんと、同意するよう頷いた。

 するとジャラジャラと、細かな金属同士がひしめき合うような音を響かせながら一人の、白銀色の鎧を着た騎士が一人二人の後ろから近寄り止まる。そしてその手に持った大きな大きな袋、大量の金貨を内包したいくつもの金貨袋を一度にどさりと床に置くと、頭に被った兜――― ヘルメットを喉元から上げ、とさっとうなじにぶら下げ

 

「多分コレで全部になるんじゃねーかって思いますエルヴェさん」

「助かるよロイズ君、しかし本当に凄い鎧だな、身軽になるだけじゃなくこれだけの荷物を一人で持ち運べるなんて・・・それに鎧の厚さも相当だったんだな、大丈夫か?さっきはかなり攻撃を受けていたようだが・・・」 

 

 白銀色のパワーアーマーT-51bの、肩の二層になった装甲から継ぎ目の真っ直ぐな造りまで、精巧極まりない造形を今一度端から端までエルヴェは見る。そしてその装甲表面についた傷のほとんどが時間の経過したもので、つい先ほどここに突入した時に受けた炎弾や風の刃、剣撃による傷がほとんどついていないことを見抜くと感心したように小さく声を上げた。

 

それにロイズはにっと笑うと、胸を特殊ゴム質のグローブでぼんっと叩き答える。

 

「こんなのこいつの半分のパワーも使っちゃいねーっスよ!全然へっちゃらッス、ああ、そうだ・・・」

 

 表情をはっと変え、思い出したかのように声を上げるロイズ。

 そして彼は左腕に取り付けた戦闘補助デバイス、Pip-boy3000をダイヤルとボタンで操作し、システムが自動生成したこの地下空間のマップをグリーンディスプレイに表示させるとエルヴェの隣にひょいと収まり彼に見せた。

 

「これは・・・前にレットが言っていた魔道具か、自動で地図を書いてくれるとは驚いた」

「Pip-boy3000って言います、ともあれなんスけど、ここ見てもらえます?」

「ん?これは・・・」

 

 ディスプレイの拡縮で地下空間の全体図が映るよう調整すると、ロイズはある一点を指さす。

 地図のあまりの精密さに最初は何処を見ればいいか戸惑ったエルヴェだったが、ロイズに現在地を指摘されるとようやく合点が行ったようだった。

 

「抜け道、か?」

「マップが指したんで隠し扉をぶっ壊してきたんスけど、結構遠くまで通じてたみたいで、今他の騎士さん達が探してるみたいッス」

「となると、逃げられた奴がいるってことになるか・・・ティコ、ロイズ君、本当に身辺に気をつけてくれよ」

 

 一網打尽にできなかったことに悔しさがにじみ出たのか、眉をしかめながらマップに描かれた一本道、自動描画の範囲外まで悠々と伸びていくそれを眺めるエルヴェ。ティコも思う所があったのか、こめかみに手をやりどこか不服そうにしていた。

 

 だがしばらくするとエルヴェの方も思い出したかのようにはっと表情を変え、次いで、ロイズが床に置いた金貨袋まで行きしゃがみこむと、袋の紐をほどき中に無造作に手を突っ込んだ。

 

「っと、これがどんな金かということを分かっているなら受けとりたくなくなるかもしれないが・・・それでも今回の礼を先に払っておいた方がいい気がしてね、正式にこれを城の金庫に収めても、財務の連中が予算を多く割り振ってくれるとは限らないからな」

「団長さん、でもよ、こいつは・・・」

 

 エルヴェの手に積まれた金貨、実に一人頭20枚、二人頭40枚にも及ぶそれを、エルヴェは二人へと差し出す。

 だが仮にも奴隷商人が、人売りをして得た金であるという引け目があるせいか、二人は手を出し渋っていた。

 

エルヴェはそんな二人を見て笑うと、表情を真面目なものに変え、口を開く。

 

「分かってる、分かってるが、でも今回の件に貴族が関わっていると分かった以上、これを素直に領都の懐に収めれば彼らの懐にも届くだろう。なら少しでも、信じられる君たちに使ってもらえる方が有意義ってもんさ・・・まだ仕事見つかってないんだろう?ならこれでしばらく無職でもして、孤児院にいてやってくれ、何が起こるか分からないしな」

「まあ、そういうことなら貰っておくか、なあ相棒?」

「そうしてくれ、悪人どもが懐に蓄えてた金が少し減ったくらい誰もわからんさ」

 

 エルヴェの真剣な目つきと共に差し出された金貨の山を受け取り、半分を懐のポケットに収めるともう半分をティコはロイズに手渡す。

 てらてらと輝く黄金色の貨幣の山の重さに、パワーアーマーのアシスト機構が反応しロイズにかかる負担を抑える。ロイズはその手に収まったものの存外の軽さと、それの持つ意味を頭のなかで反芻させたあと、腰のバッグにじゃらじゃらと流し込んだ。

 

「・・・あの子らが売られてたら、こんなもんになってたかもしれないのか・・・」

「命に価値はつけられないって言う奴もいるが、案外そうでもないもんだ。農夫と兵士じゃ育てるのに掛けた金は違うが、兵士は農場じゃ役に立たんし逆も然りだ、生きてる奴はみんなそれぞれ時代と場所で価値が違うもんなんだよ。許せないのは、ああいう奴隷商人共はその価値を無理矢理奪って、自分の物にしようとしてることだな」

 

 言い、視線をすぐそば、広く開けた場所へと移す。

 魔法の光源に照らされひときわ明るくなっていたその場所には、総勢二十名ほど、つい数時間前まで檻に入れられ、どことも知れぬ下衆に命を売られるのを待ち続けるだけであった多種多様の人々が、それぞれ縮こまり、知り合った者同士で命の価値が救われたことに感涙しあっていた。

 

「おっ?」

 

 ティコの視線が人々と合う。

 一人交錯した視線が伝播するように二人、三人と広がっていき、やがて全員が彼の視線に気づくと、彼と視線を合わせ、そしてその中から代表するように一人の、犬の耳が頭にぴょこんと飛び出した小さな少女がティコへと向けて歩み寄ってきた。

 

 少女はとたとたと裸足のまま歩み、ティコの直ぐ目の前に来ると、止まる。

 彼はそれを受け、腕を組むのをやめると少女と正面から相対し、膝を折る。

 

 そして自身の姿――― 荒れ果てたウェイストランドに跋扈するレイダー(追い剥ぎ)は愚か組織だったギャング、そして味方からすらも恐れられるブラックアーマーのレンジャー、NCRベテランレンジャー仕様のコンバットアーマーと、その威圧感の最大の源たる、真っ赤に光るアイピースを顧みてか、少女を怖がらせないようにゆっくりと目線を合わせた。

 

「あの、あの・・・」

「怖がらなくてもいいさお嬢ちゃん、俺は全ての心ある子たちの味方のレンジャー、レンジャー・ティコだ、ご用件は何かな?」

 

 グール特有のガラガラ声は無意識に相手に恐怖感を与えてしまうと自覚しているがゆえ、ゆっくりと、優しく声をかけ、頭を撫でた。

 長年を生き、もはや道行く全ての人間が子供同然とも取れる齢をとったグール、ティコの年の功は受け入れられ、先のこともあってかまだ少し怯えていた様子の少女は僅かに残していた震えを収めると、両手を合わせて握り、にこりと微笑んでから言葉を発した。

 

「ありがとう、ございます。助けてくれて・・・何もお礼なんてできないのに、それにあたしこんななのに」

「あぁ・・・そんなことか、気にすんな嬢ちゃん」

 

 自身に生えた犬耳に触れながら少女が言うと共に撫でる手を止めると、ぽんっ、と自身の胸を叩く。

 

「俺はただ通りすがりに助けられる命を助けただけさ、亞人だとか人間だとか、関係ない、それとな・・・」

 

 ティコは話を止めると、首元に手をやる。

 そしてヘルメットの端から少しだけその傷痕――― 生涯残り続ける、グールの全身に広がる”放射能の大やけど”をちらっとだけ見せた。

 

「お嬢ちゃんの境遇に似通ってるかは分からないが、俺は昔大やけどをしてな、ほら。だがそれでも受け入れてくれた奴がいて・・・そいつはもう死んじまったんだが、それでも心の支えにはなった、長生きした中で一番充実した時間だった」

「あたしにも、そんな人、いる?」

「きっといつか会えるさ。そうだ、お嬢ちゃんは自分のこれがいいってとこ、あるか?」

 

 少女の手を、力を込めない優しい握り方で握る。

 犬耳の少女は、握られた手のごつごつとした、それでいて柔らかいグローブの未知の素材の感触をひとしきり不思議がったあと、ううん、とうなりやがて答えを出した。

 

「お耳!」

「そうか、それじゃあ毎日手入れを欠かさないで最高のお耳にしておきな。俺もこっちの相棒も、人間ってのはどっかしら足りないもんを探して、足りないもん持ってる奴同士でくっつきたくなるもんなのさ、きっとそのキュートな耳が自分の人生に足りないって奴が、お嬢ちゃんと寄り添ってくれるさ」

「・・・よくわかんないけど、わかった! ・・・ところでおじちゃん、いくつ?」

「鋭いところを突いたな!今年で151だ!」

「エルフなの?」

「グールかな?」

 

 少女自慢の犬耳をひとしきりぽむぽむといじった後立ち上がり、また身を寄せ合っていた人々へと指さすと少女は最後に頭を下げ、戻っていく。

見れば、他の人々もティコの視線に反応して頭を下げていた。

 

「まぁ、こういうのがあるから辞められないんだよな、分かるだろ相棒?小さな革命のキックスタートさ」

「自分の手柄じゃねーけど、なんかこう、来るものがあるのは分かる、B.O.Sもコーデックス通りならこうするべきだと思うんだよなぁ」

 

 しばしのやりとりに心を温める。

 それからティコはバーカウンターに残っていた酒を数本、豪快にぶんどると、高々と掲げた。

 

「ともあれ腹が減った!今日は帰って早いとこ飯にしようぜ相棒、風船ガムじゃ腹も膨れん!」

「まぁ、結局食材が届かなかったから飯作れてないからなー、つーか当たり前みたいに酒持ってくなよ、ちっとくらい遠慮しろよ」

「ハハハ!ウェイストランドじゃ持ってかない方が珍しいってもんだ、あとで分けてやるからそんな顔すんなよ相棒!」

 

 ガラス製のボトル同士がすり合う音を響かせながら、扉を開け外の、光の差す世界へと躍り出る。

 そしていつの間にか止んでいた雨と、雲が裂け日の出た空を見上げた途端、二人の心も少し晴れやかになった気がした。

 

 

 

 


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