トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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11106字、とうとう一万越えやで。


第二章:パラダイス・フォール 14話 『暗闇からの刃』

 

「お節介って、そんな・・・アタシ、ダンナに何もしてあげてないのに、なんでそんなに・・・。アルレットさんの時も、エリスさんの時も、今も・・・嬉しいけど、なんでダンナは損得勘定なしにそんなに人を助けられちゃうんですか・・・」

 

 格子に手を掛け、怖かったのだろう、潤んでいた目のまま見つめるアルに、ティコは格子の隙間を縫うように手を入れ撫でる。

 アルはその一撫ででとうとう緊張の糸が切れてしまったのか、手を格子から離すとぺたんと座り、頬に一筋の涙を垂らした。

 

「まあなにさ、レンジャーはデスクローより残忍だって言う奴もいるが、実際そんなこたない。俺らデザート・レンジャーもNCRレンジャーも、元々ギャングやミュータントの連中から人民を保護するのが役割で、生き甲斐みたいなもんだったからな、有名な話じゃ辺境の村一つ救うために6人のレンジャーが犠牲を出しながらも砂漠を越えた話だってある。ま、本当の本当に『お節介』って思ってくれていいさ」

 

 アルの顔を優しく手で包み、アルの頬を伝う涙をすっと掬う。

 グローブに涙が染み込み、それに気付いたアルがティコを見上げた。

 

「それにNCRレンジャーが出動するのは、いつもキャンプでグダってる新兵共やそのお守りじゃ手が出せない脅威が現れた時ってな、今がそうだと思わないか?嬢ちゃん・・・ともあれ早い所ここから逃げるとしようぜ、今日は相棒と院長のシチューだ、逃す手はないだろ?」

 

 マスク越しに笑い、まだ恐怖の残滓が抜けないのか身体を固くしたままのアルを撫でる。

 そして彼女の髪に入れた手を抜くと――― ティコの指にはアルの髪に刺さっていた、以前彼女に見繕ってやったヘアピンが握られていた。

 

「待ってな嬢ちゃん、今こじ開けてやるからな」

「うん、ダンナ・・・ありがとう」

 

 笑顔を取り戻したアルを見て、へへっと笑うとティコは指に握られたヘアピンを、愛おしそうにもう一度握りしめた。

 髪飾りというものは、得てして奴隷に引っ立てられる際には真っ先に奪われるものだ。綺麗なままのヘアピンは、目の前の小さな赤髪の少女がまだ暴力や情欲を行使されていない、清らかで可愛らしい少女のままでいたことの証左だった。

 

 ティコはアルにちょっと離れるよう言うと、牢の扉の鍵穴へへアピンを突っ込み、懐から取り出したマイナスドライバーで鍵穴を慎重に回そうとする。

 

「ああ、そうだ、ダンナ。一つ言っておきたいんだ、危ないかもしれないから」

 

 唐突に、牢の端にいたアルが声を掛ける。

 それにティコは一度手を止めると、ん?と応えアルの話に耳を傾けた。

 

「アタシ、何かの魔法で意識を持ってかれたんだけどさ、傷も付けずにそんなのできるのってたぶん”陰の魔法使い”しかいないと思うんですよ」

「陰?ああ、そんなのがあるって聞いたな・・・”陽”と対になるんだったか?陽はまぁ、レーザーみたいなのが使えるのか?陰は・・・」

「ええ、だから”陰”ならたぶん―――」

 

 ティコがまた鍵穴に手を掛けようとした刹那、アルの金の瞳がきゅっと、彼女の”先祖返り” である猫のそれのように絞られる。

 そして次の瞬間、アルの身体はそれ全体をバネにしたかのように一気に跳ね加速し、鍵穴に手を掛けたティコの胸に手を押し付けると一思いに押しのけた。

 

「ダンナっ――― いつっ!」

 

 超人的な瞬発力で迫ったアルがその小さな身体でティコを後ろにのけぞらせた途端、牢の外に出ていたアルの腕にわずかな切れ込みが入り、血が流れ出る。アルはその苦痛に顔を歪ませるとすぐに牢の扉から離れ、シャツの裾を破ると血の滴る切れ込みに押し当てた。

 

「嬢ちゃん!?」

「いっつぁ・・・っ!こんな近くにいたなんて!ダンナぁっ!”陰”の魔法使いならたぶん!」

 

 アルが苦痛を耐え叫び、察したティコが後ろに飛び退く。

 刹那ぶんっ、と目の前で何かが振られ空気を切り裂く音が響き、ティコが腰のククリナイフを引き抜いた瞬間、その一瞬だけ揺らいだ空間に、あたかもそこに元から存在していたかのように、ローブを頭まで羽織った筋肉質な長身の男が一人、忽然と現れた。

 

 驚く心を抑えティコは体勢を整えると、またバックステップで距離を離す。そしてざわつく檻の奴隷候補達を一瞥すると、左手でククリナイフを構えたまま、右手をホルスターに仕舞われたレンジャー・セコイアに掛け、一度その場で止まった。

 

「自分の出来る事が必ずしも相手に出来ぬ道理はない、って心得があった気がするが、まさかステルスボーイと同じことの出来る魔法ってのがあるとは思わなかった・・・さて、ここは一つ見逃してくれたりはしないかね?その・・・妙ちくりんな剣のオッサンよ」

 

 ククリナイフを構え、右手はいつでも抜いて撃てるよう銃のグリップを握る。

 興奮からハイになり、いつもの調子で言葉がすらすらと出て来るが、内心ティコはかなり焦っていた。

 

 まず目の前の敵が、魔法を使えるがためにその方面の知識の疎い自分には脅威が不明確にならざるを得ない点に対する焦り。次いで、今自分のやや後方に位置する扉からつながる、廊下とステージの方への警戒だ。

 運搬係を仕留め、アルを連れ出し外へと逃げる、この一連のプロセスの必須条件として、『ステージの奴隷が交代するわずかな時間に行う』点があった。

 

 アルが檻に入れられていたとしても、その時は得意のロックピックで鍵をこじ開けてやれば十分に時間内に終えられる自信はあったし、逃げる際にもステルスボーイを使えばいい。

 だがもしステージの交代が来ないことを不審がられ、ここに何者かが訪れた場合にこのミッションの難易度は激変するのだ。

 

 首を切り裂かれた死体が偶然現れるなんてことはあるまい。

 侵入者がいると分かった途端、現場には警備と現場検証の人間が張ることになるだろう、こっそり殺したとしても、居場所を悟らせ尚且つステルスボーイの効果を知らしめることになり尚更危険だ。加え、出入口が閉鎖されでもしたらその瞬間、予定していたスニーキングミッションは懸念していた正面突破へと姿を変える事になる。

 

 敵戦力は不明、魔法使いがいるのか、ただの人間だけなのか、奇っ怪な魔道具の出番となるのか。

 生きて帰るのがやっとになるかもしれない。

 

―――殺さないでこっそり忍びこむだけにすれば良かったか・・・。

 

 

 今更後悔しても遅いし、それに仮にそうしても目の前の男が現れたに違いない。

 焦りを募らせるティコの前に悠々と立ち、ローブの男――― 浅黒く、服の上からでも分かる筋肉が目を引く白髪の男は、両手に持ったジャマダハル、ナックルダスターに刺突用の短い刃を取り付けたようなその暗殺剣を重ね、ツーッと研ぐ動作をティコに見せつけた。

 

 来るか、とティコは身構えククリナイフをより強く握る。

 

 だが男は、ティコの予想とは裏腹にジャマダハルを下ろすとあろうことか、顔を隠していたフードを取り払う。

 

 うなじに向けてゆっくりと下げられたフードの中からは、浅黒い肌を持つ、無数のキズの残る顔をした白髪の男。幾度もの修羅場を抜けてきたのだろう、黒い目を鋭くする男――― 尖った耳が”エルフ”だと主張する、一人の戦士が現れた。

 

 ティコも驚き、腕を抑えているアルはやっぱりか、といった顔をする。

 ほんの一瞬、無言で見つめ合っていたティコとエルフの男であったが静寂を破るように、一つの声が彼らの間に通った。

 

「―――でなんだ」

 

 若く渋みのない、それでいて絹糸のように清らかな声が静寂の中響く。

 その場にいた者全員が耳を引かれ、声の方向に目を向ける。

 

 そこには、俯きながら格子に手を掛けへたりこむ、銀の髪を伸ばす一人のエルフ。

 ついさっきまで見せ物にされていた”月の民”、ムーンエルフの娘がいた。

 

「なんでなんだ!エルフが同じエルフを捕らえて奴隷に貶めようだなんて!ボクらエルフは同じエルフ同士を尊重しあう種族だったはず!」

「黙れッ!」

 

 青い目を悲しみと疑問に満たし声を上げるムーンエルフの娘の言葉が何かの琴線に触れてしまったのか、今の今まで黙っていたダークエルフの男がとうとう、その傷だらけの顔を歪ませ声を張り上げた。

 

「ムーンエルフの女、名前は?」

「ボクはテッサリア・ルナ・レオミューズだ、エルフの裏切り者!」

「ルナか、月の民らしく月の神に仕えているらしい・・・まあどうでもいい!我々ダークエルフはとうにエルフの誇りもしきたりも忘れている!裏切らせたのは他でもないお前たちだ!!」

 

 傍からでも分かるほどジャマダハルを握る手を強め、怒りの形相で言うダークエルフの男。

 それに気圧されたのか、格子に手を掛け訴えの声を上げたムーンエルフの娘――― テッサリアも、格子に掛けた指先を緩め表情をこわばらせた。

 

「我らが故郷が”魔女”に呑まれた時はいい!故郷が呑まれ、多くの同胞が無残に死を迎えた後、力を削がれた我々を見放し今の身分に貶めたのは他でもない貴様らだ!ホーリーエルフにムーンエルフ!ウッドエルフも!我が名はゴルフェ・エスクリーダ!我らを見捨てた神の名はとうに捨てた!」

 

 服をめくりあげ、見せつけるようにローブの下の身体をテッサリアに見せつけるダークエルフのゴルフェ。その下、鍛えぬかれ、浅黒い肌がなおさらその強靭さを演出する腹筋には、引っ掻き、切り裂き、そして無数の矢を受けたであろう、おびただしい量の傷痕が姿を晒していた。

 

「うっ・・・」

「目を逸らすなら逸らすがいい!これしき、お前たちが薄っぺらい議論に明け暮れている間に!我々が受けたキズの一握りにもならないッ!」

 

 おぞましく残る無数の傷痕につい目を逸らすテッサリア。

 ゴルフェはその姿に言葉の勢いを強めると、更に猛った。

 

「だからこそ報復してやる!そのなめかましい、記憶に刻み込まれるような傷痕を受けたことのない柔肌に幾つもの傷を与えてやる!我らの望みはそのただひとつ!」

 

 高々と腕を上げ、言い放つゴルフェのどこか狂騒的な姿にテッサリアは怯えを見せる。

 それからすぐ、腕を下ろすとゴルフェはジャマダハルを手に持ったまま、ティコの方を向き武器を構えた。

 

「・・・さて、だ、待っていたぞ・・・貴様が”狩人”ティコであるな。我が同胞の戦士トビシロが、街を歩く貴様の相方を見かけたと言っていたぞ」

「随分と有名人になっちまったみたいだな。正直さっきの話についてける自信がなかったから、後3秒こっちを向かなかったら撃っちまおうと思ってたところだ」

「フフ、好戦的で結構、そのほうがやりがいがある。ポスパの村で50人の賊と”魔法使い”をたったの二人で討ち滅ぼした者がいると聞き、手合わせしたいと願っていたのだ」

 

 先の対話の隙に、ピストルを引き抜き既に撃鉄を起こしていたティコと、自身に向けられるその銃口を遠目に見て口角を喜びに釣り上げる戦闘狂のダークエルフ。まくり上げた服を戻してはいたが、その裏、ゴルフェの身体に残る無数の傷痕は、この緊迫した空気にあって疼き続けていた。

 

「エルフのしきたりはとうに忘れたが、戦いのルールは覚えている。 我が名はゴルフェ・エスクリーダ、ダークエルフの士族エスクリーダ家末男(ばつなん)にして”陰”の魔法師、得意とするものはこの二振りのジャマダハル――― 我らが煮えたぎる怒りのため、貴公のその奇抜な兜ごと、首を街の広場に飾ってくれよう」

 

 両手のジャマダハル構えたまま目つきを鋭く変え、”エルフのルール”たる戦いの前口上を終えると共にゴルフェは、催促するようにティコに向け眉を動かす。

 察したティコはピストルを構えた腕を一度肘から上に上げると、左手に持ったククリナイフをくるっと一回転させ、同じようにマスクの下の表情を鋭くし口を開いた。

 

「戦う前の儀式ってやつか、部族の連中はそう言うのが好きらしいな。分かった、付き合ってやる・・・げふん、俺の名はティコ、レンジャー・ティコだ――― 苗字は忘れた」

 

「NCR第75レンジャー大隊、昔は特殊部隊でエコー02なんてコールサインを持ったこともあった・・・まあ、それだけさ、得意なのはショットガンだが、持ち合わせちゃいないからこいつで相手してやる。悪いが早いとこお前を叩きのめしてだな、院長と相棒のシチューを食べに行かなきゃいけないから長くは付き合えないぜ」

「つれないことを、血の味のシチューはいかがか?」

「そっちもつける傷は次が最後にしてやるよ!」

 

 再びレンジャー・セコイアを構えたティコが、一瞬のちに狙いを定め一発撃つ。

 しかし戦闘の開始を察していたゴルフェが姿勢を低くし突進してきたことによって狙いが外れ、拳銃には不相応なほど巨大な45口径のライフル弾は、ゴルフェの突進と共に大きくなびいたローブの裾を大きく切り裂いたに過ぎなかった。

 

 そのまま空気を切り裂いていった弾丸は、偶然にも壁に掛けられたランプに直撃すると金属造りのそれを見事なまでに破砕する。その様子を音で感じ取ったゴルフェは、笑みを浮かべる顔をより嬉しそうにした。

 

「見事な威力!それならば魔法使いを倒したことも納得だ!」

「黙って当たってくれりゃあ肌で感じられたんだぜ!?」

「ならば次は我が斬撃の味を見ていただく!」

 

 急速な突進に、ホルスターにピストルを仕舞う暇も第二射を撃つ間もないと判断したティコが左手に持ったククリナイフを前に構える。

 懐に飛び込めないと判断したやいなやすぐさま刃を低い位置から打ち込んできたゴルフェのジャマダハルをククリナイフでいなし、続けて両手から放たれる短刀を器用にティコは捌いていく。

 

「魔道具使いかと思えば、剣の腕も達者!面白い、面白いぞ狩人ティコ!あの小娘を拐ったのは幸運だった!」

「ああなるほど、お前が嬢ちゃんをこんなトコに押し込んだ犯人で、奴隷狩りの実行犯ってワケか・・・クソッタレめ(Fuck you)!」

 

 ティコの目に怒りの色が宿り、刃を受け流す力が強まったことをゴルフェは感じた。

 

 途端、攻勢が続いていたゴルフェが押され始め、次第に闘いはティコが後退しつつ刃を受け流していたそれまでから、脚を微動だにさせない剣の打ち合いに、それも長くは続かずゴルフェが一歩後ろに下がり、ティコが叩きつけるククリナイフの太刀筋をゴルフェのジャマダハルが受け止めながら一歩、また一歩と下がっていくティコ優勢へと変わっていく。

 

 自分が劣勢に立たされたと気付いたゴルフェの笑顔が、焦燥の色を見せる。

 途端、ゴルフェは身体を大きく動かし、一転攻勢に転じた。

 

「楽しいぞティコ!ぬおあぁ!」

 

 一度バックステップで距離を取り、ゴルフェが吼え、両手のジャマダハルを交差させティコに迫る。

 鬼気迫る表情で迫るダークエルフの”戦士”、その滾る覇気に、彼らの闘いを側で見ていたアルも、テッサリアも、他の奴隷候補も、中てられたかのように身を震わせた。

 

 

 ―――だが、ティコは待ってましたとばかりにマスクの下で笑みを浮かべる。

 

 迫るジャマダハルの刃に対し、ティコはククリナイフを逆手に持ち替え身構えると、そのままで刃を受け止めた。交差されたジャマダハルが挟みこむようにティコのククリナイフを押さえ、身動きを封じる。

 

「これでナイフは使えまい!さあどうする狩人よ!」

「まあナイフは使えそうにないが・・・悪いな、相棒があんなんだから、自分の得意分野を一つ忘れてた」

 

 ゴルフェが笑みを強めた刹那、目の前からティコの姿が消える。

 

 ―――否、消えたのではない、しゃがんだのだ。

 

「こいつが”レンジャー流”ってな!」

 

 ゴルフェの目の前には中空に浮かぶククリナイフと、それを挟む自身の刃。それから目を、しゃがみ込んだティコに向けた頃にはもう遅かった。

 トレンチコートをなびかせ、ティコの、丁度いい程度に汚れたジーンズを履いた脚が伸ばされる。そしてその脚は、あたかも水面を掬うかのようにタイル張りの地面に平行に蹴りを放った。

 

 

 “レンジャーテイクダウン”

 

 NCRレンジャーの格闘技術のひとつで、相手の攻撃を受け流し水面蹴りを放ち、相手を転倒させる技だ。

 脚を掛けられ、綺麗に足元を掬われたゴルフェの大柄な身体は押し付けた勢いのまま向いていた方向に転がっていき、奴隷候補の一人が囚われていた牢の格子にぶつかってようやく止まる。

 

 その衝撃に牢の中にいた少女がひっ、と声を上げるが気にも留めず、ゴルフェは身体のバネをフルに使い、大柄な身体に似合わない宙返りの要領で立ち上がった。

 

が、時既に遅く。

彼の目の前で、彼の目をくらまし転がした”レンジャー”は、既に次の手を講じていた。

 

「―――――!」

 

 瞬間、この狭い空間に、一つの火が灯る。

 赤い目で確かに目の前の、浅黒い肌の戦闘狂を捉えたティコが引き金を絞ると、45口径、大口径の弾丸は殻を破るようにライフリングに削られながら銃身を駆け抜けていき、目標に対し正確な直線を描いて銃口から飛び出す。

 

 その役目を祝福するかのように銃口からは勢い良く花火が上がり、それに見送られるかのように空気を切り裂いていく弾丸は、止まった時の中、確実に目標に迫り――― その肉を引き裂いた。

 

「ぐああぁっ!!」

「今度は避けられないだろ傷男(スカー)ッ!」

 

 叫びが上がり、衝撃でゴルフェの身体が再び牢に叩きつけられる。

 その左肩は、見るも無残に穿たれていた。

 

 ティコは間髪入れずに撃鉄を起こすと、再び狙いを定める。

 左肩を撃ち動きは止まり、距離も十分、外す理由はない。

 

 撃鉄に連動してシリンダーが回転し、今か今かと発射の時を待ち構える。

 

 レンジャー・セコイアはシングルアクションのリボルバーだ、撃鉄とシリンダー、そして引き金全てが連動するダブルアクションに比べトリガープルが少なく、非常に狙いをつけやすい。反面連射が聞きづらいという欠点も抱えていたが、今は一発、そう、一発でいいのだ。

 

 フロントサイトとリアサイト、そして自身の腕が一直線に並び、発射タイミングに到達する。

 レンジャーヘルメットのアイピースが妖しく光り、苦悶の表情を浮かべるゴルフェを視線で居抜き、引き金を引き絞ろうとする指先に力をこめたその瞬間―――。

 

「!」

「出来れば真っ向勝負で貴様を殺したかったが、本領で行かせてもらおうか」

 

 銃口の先、左肩から血を流し、息を荒くしていたゴルフェの姿が一瞬揺らぐとそのまますうっと、忽然と消え去る。

 中空から突然に現れ地面に消えていく血の滴りだけがその存在を証明していたが、ティコの視線の先、壁に等間隔で掛けられた幾つものランプが発する光すら、その空間に影を写すことを叶わない。ティコは構えたピストルの発射タイミングを逃し、加えゴルフェの姿が消えた先、牢の中にまだ年端もいかぬ少女が捕らえられているのにようやく気づくと、目標を捉えていない無闇やたらな発砲は禁物だと判断し、引き金にかけた指を離す。

 

 その一瞬の思惟の隙を見抜き、ねじ込もうとするかのように、滴る血の位置が勢いをつけて動き出す。方角はほかでもないティコ自身であるが、右へ左へ、まるで先の一瞬でピストルの仕組みを理解したかのように、射線を惑わせるように位置をずらしながら高速で接近してくるゴルフェ。

 

 銃による攻撃は線に見えて”点”だ。

 爆弾のような面制圧の武器や、棒や剣のように横薙ぎに払える武器とは違い、確実に狙える”点”に撃ち込まなければならない。その点において、ゴルフェの姿を消す”陰”の魔法は相性が最悪であった。

 

 

―――だが、ティコの持つ”異世界の利器”はひとつだけではない。

 

 

 とっさにティコはピストルを左手に持ち替えると、手ぶらになった右手をこめかみに当てる。

 ティコの頭に被られた、デザート・レンジャーに代々装備されてきたガスマスクも兼ねた黒色のハイテクヘルメットたる”レンジャーヘルメット”の右こめかみに取り付けられた機械のスイッチが入り、キィ、と小さく高い音波が響いた。

 

 元々光を反射し妖しく光っていた赤いアイピースがそれに連動しぼんやりと赤く輝くと、ティコはそれまで目標を見失い方向を安定させていなかったレンジャー・セコイアの銃口を、まるで人が変わったかのようにハッキリと正面に構える。

 

そして間髪入れず、銃口を流れるように動かすと引き金を引き、弾丸を放った。

 

 瞬間ホコリ一つ見えない無の空間が裂け、赤く温い血の飛沫が空気と、そして地面を汚す。

 続けざまにティコは引き金を引き続け、残った三発の弾全てを吐き出すと、同じ数だけ空間が裂け飛沫が飛び地面を汚す。

 

 後に残るのは赤く目を光らせ、銃口から煙を登らせる45口径リボルバーを手に構えるレンジャーの勇姿と、地面に残る大量の血痕のみ。

 

 マスクの首もとを持ち上げ、銃口から昇る煙をふうっと吹き消すとティコはレンジャー・セコイアのシリンダーを外し、薬莢を排出する。

 まだ熱を持った、大口径のライフルカートリッジが地面に一斉に落ち音を立てるそのタイミングで、再び何も見えないその空間が裂け、一人の、褐色肌をした男――― 腹部に無残に引き裂かれた4つの穴を開けたダークエルフのゴルフェが現出した。

 

「・・・ゴハッ!」

「チェックメイトみたいだな、傷男」

 

 膝を付き、腹からはおびただしい流血を、口からも吐血するゴルフェ。

 それでも彼はぎらぎらとした目つきをティコに向け、心底楽しげな表情を浮かべた。

 

「・・・全てが急所に撃ち込まれている、何故、何故位置が分かった・・・?」

「世の中、見える、見えないだけが真理じゃないってことだ。特に人間なんかはな・・・姿だけ消しても隠せないものがあるのさ、熱赤外線とか」

「セキ、ガイ、セン・・・?」

 

 とんとん、と右のこめかみ――― ヘルメットに取り付けられた暗視装置を指で叩く。

 

「生きてりゃ誰でも身体から出してるオーラのことさ、傷男。こいつの暗視装置はそいつを目に映すことが出来るって代物なわけさ・・・まあ、戦争が産んだモンも悪い物ばかりじゃないってことだろうな」

「まさか・・・その様な代物が存在するとは・・・本当に、面白い」

 

 目から色が消え失せ、血をとめどなく流すゴルフェ。

 執念だけで口を動かしているであろうその様に、ティコも寒気を感じ一歩退いた。

 

「ともあれ俺の勝ちだ、奴隷狩りの末路だと思ってそのまま死んでくれ。もう時間がない」

「我が部族の報復も終えられず、貴様とももう手合わせ出来ず、か・・・残念だな・・・最後に聞いてもいいか」

「あぁ・・・言ってみろ」

 

 なお笑みを絶やさない、色の消えた目を向けられティコは見つめ返し答える。

 

「私は・・・お前の人生で何番目に強かった・・・?」

 

 表情を笑みから真剣なそれに変え、ゴルフェはティコをじっと見つめると問う。

 ティコはその真っ直ぐな視線に、憎い相手であるにも関わらずどこか、自分と同じように長い年月を戦ってきた者のそれを感じると、どこか思う所があったのか無意識にヘルメットをポリポリと掻き、それから答えを出した。

 

「一番は譲れねぇ、絶対不変だ。二番目も三番目も長い事変わっちゃいない・・・まあ、昔かち合ったリージョンの精鋭兵よりは手応えを感じたよ、連中とは二度と会いたくないがね」

「リージョン・・・存じないが、貴様が言うほどならその者とも戦ってみたかったものだ・・・フフ・・・狩人ティコよ・・・地獄の底で再び相まみえることを願っているぞ」

 

 既に土気色にまで変わっていたゴルフェの顔ががくりと下がり、膝をついたままうなだれる形で動かなくなる。

 ティコは少しの間だけそれをじっと見つめると、ククリナイフを拾い上げ落とした薬莢も拾い無造作にポケットに突っ込み、マガジンポーチからスピードローダーを引っこ抜くとレンジャー・セコイアのシリンダーに弾をガシャンと一気に詰め込む。

 

 そしてホルスターにピストルを仕舞いこむと、膝をついたまま事切れているゴルフェの亡骸の横をすり抜け奥の、まだ腕を抑えているアルの牢へと向かうと先ほど落としたヘアピンとドライバーを拾い上げ、また慣れた手つきで鍵穴に突っ込んだ。

 

「ダブルピンタンブラーじゃなくて良かったぜ・・・」

 

 時間にしてほんの一分かかったどうか、あっという間に鍵をこじ開け、牢の扉を開く。

 視線を移した先、ティコのために手傷を負った少女と、目が合った。

 

「ダンナ!」

「待たせたな嬢ちゃん、さあ、昼飯食いに帰ろうか・・・傷も治して、今日は一日ボンヤリしようや」

 

 傷に構わず飛びかかり抱きついてきた少女を優しく受け止め、また優しく言葉を掛ける。

 ティコはアルの手を取ると、繋いだまま牢と牢の間の道を抜ける。

 

 ―――が、ある牢の前に来た時に不意に足が止まる。

 ティコと、彼の視線に追従したアルが向く先、そこには銀の髪に青い瞳、なだらかな体躯と美貌を持つ、一人のムーンエルフ――― 先にゴルフェに食って掛かっていたテッサリアがいた。

 

「ダンナ、後のことは騎士団あたりに任せてアタシらは先に・・・」

「分かってるぜ嬢ちゃん、ちょっとだけな」

 

 言うと同時にポケットをまさぐる。引きぬかれたティコの手には、先ほど運搬係から奪い取った一つの鍵が握られていた。

 ティコはそれを鍵穴に差し込むと、一思いにくるりと回し鍵を開ける。

 構造上の問題なのか、牢の扉がぎぃっとひとりでに丁度いい程度に開き、その唐突な一連の流れを目にしたテッサリアは、くりりとした可愛らしい目をぱちくりさせた。

 

「他のは開けてる時間が無いが・・・テッサリアだったか、アンタは丁度鍵があった。早く来い、時間がない!」

「テッサでいいさ、まさか兵士が一人で助けに来るなんて想像もしていなかったよ、詳しいことは後で聞くとして行かない理由はないね」

 

 ティコが伸ばした手を滑らかで美しいその手で受け取ると、貫頭衣姿のテッサは銀の髪をなびかせ、牢の外へと躍り出る。ティコは彼女が外に出たのを確認すると共にスニーキングに使う中腰の姿勢をとり、二人をトレンチコートの内側へと抱き寄せた。

 

「うわっぷ!」

「一体何を・・・」

 

 小柄な二人の少女はすっぽりとトレンチコートの内側へおさまり、アルは嬉しさから抱き寄せたのかもとティコの大柄な身体をひしっと抱き返し、テッサは何をするのかと目をぱちくりさせる。

 

 しかしティコが左腕のステルスボーイを操作し姿を消した途端、隣接していた彼女たちの姿もステルスフィールドにより消失し、ようやく彼の思惑を理解した二人はぴたっとティコの身体にしがみついた。

 

「まさか陰魔法の・・・それも三人一度に消せるほどの使い手だなんて思わなかった、それとも左腕のこれのおかげかな?なんにせよ、一人でここまで来て、かつ魔法の使えるダークエルフに正面から勝てる人間なんて興味深い、良かったら話を・・・」

「そこも含めて後にしてくれ・・・それとちょっと悪い」

 

 言い終える前に、テッサの後ろをヒュッと刃が通る。

 見れば、ティコが抜いたククリナイフがテッサの長く、艶やかな銀髪を半分に切り裂いていた。

 

「髪がステルスボーイの範囲外だった、女の髪を勝手に切るのが礼節に反するのは知ってるが、助けた分でチャラにしてくれや」

「構わないさ、どうせまたすぐ鬱陶しいほど生えてくるし・・・そうだ、後で君の話を聞かせてよ。知りたいんだ、その魔道具も、これを手に入れられた君のことも」

「自分のこと語るのは好きだぜ、一段落ついたら幾らでも話してやるさ・・・100年分くらい。ともあれアルの嬢ちゃん、テッサ、何があっても俺から離れるなよ」

 

 

「悪いな皆、帰ったら騎士団を呼んでやる!それまで耐えてくれよ!」

 

 

 タイル貼りの床が、何も存在しないにも関わらずコツコツと小さく鳴る。

 扉がひとりでに開き、また勝手に締まり――― 後に残された二つの死体が発見された時、地下空間は大騒ぎになったが結局侵入者は見つからなかったという。




ムーンエルフというものは、あまりファンタジーでもあまり見られず、時折MMORPGに出てきたりするのがいっぱいいっぱいのマイナー種族です。

この世界観においては、占星術や治療術を得意とし、月の満ち欠けに応じ力の優劣を左右されるエルフ、という設定になっています。
当然夜型なので朝に弱い、休みの日とか種族単位で昼まで寝てるタイプ。

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