トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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第二章:パラダイス・フォール 13話

 

 

 

 

 

 両端の壁にかけられたたいまつが怪しく照らす扉を、ぎぃ、と音を立てゆっくりと開く。

 途端ティコの目には、貧民街の一角、それも地面の下の領域とは思えないほど裕福な身なりをした何人もの人々が飛び込んできた。

 

「こいつは何の集まりだ・・・?」

 

 疑問を口にしながら、後ろ手に扉を閉める。

 たいまつの光が遮られ、部屋の中の想像以上の薄暗さを感じると共にマスクの下でますます怪訝な表情を強めたティコは、右手に握ったピストルをそのままに地下空間を見回した。

 壁の高いところに空いた穴にもまた奇っ怪な道具が取り付けられており、それが空気を清浄化しているのか、鼻孔に入る空気は地下特有の湿っていたり臭いそれとは遠く、温度も快適そのものであった。

 

 中にいる、ソファに座り酒と贅沢な品々を口にしている裕福そうな男たちは軽く30人ほどだがその付き人や、いくつかある扉に立っている見張り、そして男たちに酒とつまみを運んでチップを貰っている給仕の女たちを加えれば50人近い人間がいるだろう。

 

 ティコの背には今、アサルトライフルであるAK-112が背負われていたが、この数を相手に単騎特攻は死にたがりのすることだ。ティコはひとまず、ピストルをホルスターに仕舞うといつもの癖で腕を組み、次にすべきこと思索した。

 

 

 今回戦闘になれば真っ先に背中のAK-112に頼ることになるだろう。

 これは積み荷の中に投げ込まれていたもので、在庫処分ついでに使い潰すため輸送元が部隊に送ろうとしたものだろうとティコが睨んだ旧型のモデルであるが、今の状況ではかえってこれは都合が良かった。

 

 このモデルは世界戦争が起こる前、アメリカ軍がモデルチェンジの予定ギリギリまで使っていたために、既に拡張用のパーツが開発されなおかつ予備パーツが多く残されていた。

 

 東海岸、キャピタル・ウェイストランド一帯では州兵に配備されたR91型や中国軍が持ち込んだ九十三式が猛威を振るっているし、西海岸においては銃器製造メーカー”ガンランナー”の量産したアサルトカービンが台頭しているものの、戦後100年後ほどではアサルトライフルと言えばこれを指すほどで、新モデルが開発された戦後206年経過後の現在も西海岸では細々と使われている。現に荷物の中にも交換用のパーツや予備のマガジンが揃っていた。

 

 弾薬はアサルトライフルに多く使われる5.56mmや7.62mmではなく5mmの小さな弾であったが、これが軽量で、ティコが背負っている物にも取り付けられている拡張マガジンに弾薬を満載した際の装弾数100発でも案外軽く、かつミニガンに使われる弾薬と同種であるために、ジャンク・パワーアーマーを着用した重火器兵を投入した戦場が多くなっている昨今ではわざわざ弾薬を別に輸送する必要がないという利点があった。

 

 ティコ達の積み荷の端にもミニガンが、ガトリングレーザーと隣り合ってひっそりと置かれていたが、あの過剰威力の重火器を持ち出す機会はそうそうないとティコもロイズも考えているため当分はこちらに弾を回すことになる。

 むしろ、AK-112を廃銃させたとしてもミニガンがあり弾が無駄にならないと、無茶が出来ると気兼ねなく使えるぶんティコは気を楽にしていた。

 

「ハァイ!マスクの旦那ぁ、そんな風にシャイにならないでお顔を見せて頂戴よぉ」

「ハハハ、俺の素顔はとっても怖いんだぜ?それこそ腰抜かしちまうくらいな」

「アハハ、なにそれコワーイ。ワインはどう?スコッチもあるわよ?それともエールにする?ついであげるわよ?」

「いや構わんでいいさ、長居する予定じゃなくってな」

 

 横からひょいと現れ急に距離を縮めてくる給仕の女に酒を勧められるが、断る。

 本当のところ飲みたかったが、射撃手としては酒によって手先が狂うのは致命的であり、なによりアルを追って戦闘にならないとは限らなかったためにあえて控えておいた。

 

 横にスリットの入った扇情的な給仕服、そこから覗く脚にもごくりと唾を飲む。

 グールの中には美的感覚が変貌し、同じグールにだけ恋愛感情を抱き、通常の人間の肌を”滑らか肌(スムーススキン)”と軽蔑するようになるものもいるが、ティコの感覚はかつてのそれと同じであった。

 

 院長エリスを美しい女性だと思うし、相棒のロイズも童顔に似合わずワイルドに傷が多く、女受けしそうだと見ている。子どもたちもそうだ、グールという言葉の意味は知らないだろうが、この顔を見てもなお軽蔑せずに接してくれる。

 

 アルも、まだ会って一ヶ月も経っていないが、共にワケアリの生い立ちを持つ互いを受け入れられる仲となっていて、グールとなり子供を作れないティコとしては、まるで娘が出来たかのような感覚になっていた。

 

―――助けなければ。

 

 

「なあ美人の姉ちゃん、ここじゃ何―――」

 

 何をやってるんだ?

 

 そう聞こうとし、はっと口を止める。

 給仕の女が営業用の演技的な微笑みを向けたまま首を傾げるが、ティコは閉じた口を開けずに言い淀んだ。

 

 

 ここはどこか?地下の、何をやってるかも分からない場所だ。

 

 だが、先のスーパーミュータントもどきは”お得意様限定”と言っていた、つまりは既に”知っている”人間が来るべき場所であるはずだ。うっかり無知を晒せば、疑いの目を向けられるかもしれない。

 

 忘れていたが自分の格好もこの世界では相当目立つようで、視線を少しずらしてみれば数人、自分に目を向けている者も見えた。

 

「“今日は”何かやるのかい?」

 

 絞り出した答えを、言葉にして出す。

 考えなしに飛び込んだ自分の無謀さを嘆きたくなるが、このある種の賭けが成功するに祈るしか無かった。

 

「・・・うーん?聞いてたんじゃないの?ここにいる人みんな常連だと思ったんだけど」

「あいにくと一箇所には留まらないタチなもんでな、ここの話を聞いた時には今日のことまで聞いてはなかったのさ。何か一大イベントの予定があるなら、聞いておきたくてな」

「あら~・・・ここらじゃ見ない人だと思ってたけど、それじゃ仕方ないわねぇ。今日は結構大漁みたいよ?いつもは20人行かないくらいだけど、今日は偶然”狩ってきた”人達が一同に介したらしいわ~」

「大漁か、そいつはまた興味があるな。ところでステージは―――」

 

 

「はいーっ!お集まりの皆様!こちらをお向き下さい!本日の収穫物の”競り”を開始致しますっ!」

 

 賭けの成功に安堵し、話を進め更なる進展を得ようと考えたその途端、ティコの耳に声が響く。

 彼はその調子の良さそうな、男のに首を向けざるを得なくなり、事実彼が首を向けた時には給仕の女だけでなく、地下空間で享楽に浸っていた身なりの良い男たちの誰も彼もが、楽しげな表情を浮かべステージに目を向けていた。

 

 魔道具だろうか、空間を薄暗く演出していたムードライトの明かりをかき消すように、ステージに向けてスポットライトが当てられる。

 

 そしてステージに立つ、小奇麗に格好を整えた司会の男の姿が露わになると同時にガラガラと大きく車輪の音を鳴らし、ステージの上手(かみて)から一つの牢が運ばれてくる。

 牢は上から赤い暗幕がかぶせられており、下側30cm程度の隙間だけから中の様子を窺い知ることが出来るようになっていて、影になりよく認識はできなかったが、もぞもぞと動いている様子からそれが生物の類であることをティコは理解した。

 

 司会の男は暗幕の端を持ち、ゆらゆらと揺らす。

 そのたびに中の生物は身をよじらせ、客の男たちも心底興味深そうに目を細めていた。

 

「本日は!まことに上物の”商品”が入荷しましたっ!北のニーヴェからはるばる運ばれたエルフのお嬢さんですっ!」

 

 司会の男が叫び、ついに暗幕を剥ぐ。

 

「なっ!」

 

 暗がりになっていた牢の中が魔道具の照明によって照らされ露わになり、”商品”に客が沸き立つ一方、ティコはその中に収容されていた”生物”に絶句し、マスクの下で眉をしかめた。

 

「どうですかっ!銀の髪の麗しきエルフ!”月の民”ムーンエルフの若い娘ですっ!」

 

 いくつものスポットライトによって照らしだされた牢の中の若い娘。

 へたりこんでいるために床に垂れている銀の髪はライトの明かりを眩く反射し、つい見惚れるような美しさを醸し出している。貫頭衣だけに見を通しているために方から腿から露出している手足は細く、狭い牢の中で折りたたまれた脚の曲線美はその出るとこは出ているが全体的にスレンダー、そんな芳体の絶妙なバランスを演出していた。

 

「ん!んー!んーっ!」

 

 巻かれた口布のために顔の半分が隠れているが、それでも残る半分に見える筋の通った鼻や、くりりと丸い蒼い目の造形が、娘が全てにおいて見惚れるようなバランスを兼ね備えた美しい女だと、彼女に目を向ける無数の人々に向け知らしめていた。

 

 目には怯えた色が見えていて、視線から逃れるように身をよじる様は逆にその手の人間の嗜好を刺激してやまず、何かを叫ぼうとしている口からは一向に言葉が出ない。

 

 それでも身を捩るたびに動くつんと尖った耳が、彼女が恐怖にまみれていることをティコに理解させた。

 

「あら~・・・綺麗なコじゃないの、相当な値が付くんでしょうねぇ」

 

 グラスに注いだワインをいつのまにか口にしていた給仕の女が、愉快げに言う。

 ティコはその言葉にはっとしたあと、ようやく理解した、といった感じでマスクの眉間に指をぐっと当てた。

 

「あ、あー・・・分かった分かった・・・どこでも変わらねぇ。向こうじゃようやく表舞台から根絶やしにしてやったと思ってたが、こっちじゃまだだったか・・・ははっ」

 

 NCRが奴隷商人を違法とし、根絶すべく動き始めてもう長い。

 

 かつては首都近辺に奴隷商人のアジトが堂々と存在していた時期もあったが、それから何十年とかけ勢力を拡大したNCRは国民の主権を侵す奴隷商人達に積極的な攻撃を仕掛け、かつてデザート・レンジャーであった自分達がレンジャー統一条約により正式にNCRと併合されてからはより一層激しくなり、第二次フーバーダム戦争が終結し奴隷商人を擁するシーザー・リージョンが内部分裂を起こしてからは領土内における奴隷商人の横行は”探してようやく見つかる”レベルにまで落ち込んでいた。

 

 ようやく成し遂げたために見られなくなっていた事を今まさに直視させられていたからこそ、彼は眉間に当てた指先の震えを止められなかった。

 悔しさが先行し、どうしても”助けたい”といった思考が表に浮き上がってくる。だが目の前にいる何十人もの人間に、一人助けるためにたった一人で挑むなど無謀だと自覚していた。

 

 あるいは、かつての勧善懲悪の化身たる”相棒”なら有無を言わさず食って掛かっていったかもしれない、銃口を向けずとも、あの”ミュータント・マスター”を弁論で打ち負かした舌先を使い状況を好転させたやも。

 

「今は抑えろティコ・・・アルの嬢ちゃんを助けるのが先だ―――あっ」

 

 しばらく俯いていた顔を上げ、ステージにまた目を向けた途端。

 

 目が合った。

 

 

「あっ・・・」

 

 すがるような青い目が、自分を射抜く。

 とっさにティコは目をそらし、逃げるように給仕の女に声をかけた。

 

「なあ姉ちゃん、あの・・・えーっと、エルフ、買い取るんだったら幾らぐらいになるかね」

「ん?競りに参加するの?そうねぇ・・・女の私が見惚れるくらいなんだから、相当じゃないの?髪はうらやましいぐらいキレイだし、クリクリの青い目もキュートね、身体なんか食べごろ絶品で・・・まあ、久々の上玉でバレライト貨幣一枚(5,000,000)以上は余裕でしょ」

「そうか・・・」

 

 もしかすると、どうにかできるんじゃないかと思ったのかもしれない。

 もしかすると、何かしようとしたなら、ここで手を伸ばせずに逃げる口実になるのかもしれない。

 

 懐で光る金貨と背負った機関銃、そして相棒のリボルバーの無力さを噛み締めながら、名残惜しそうにもう一度ステージにティコは目を向けた。

 

 また目が合うが、ティコはすぐに目を逸らす。

 いたたまれない気持ちになりながら、本来の目的を達するために、積み上げられる金貨の音を聞かないように意識しながら薄暗い地下空間を歩き始めた。

 

 

 

「ヘイ兄ちゃん、精が出るな。ところでちょっと催して来ちまってよ、トイレはその扉の向こうでいいんだよな?」

「おぉ、これは旦那・・・うおぉ・・・全身魔道具ですかい?さぞ名のある御方のようで、どうぞ、この扉の先の警備が立ってるところでさ」

 

 いくつかある扉のうち、レザーで身を固めた警備の男が立っているステージに最も近いものを選ぶと、ティコはいかにもフレンドリーにエールの入ったグラスを手渡し、大げさなジェスチャーで警備の男に聞く。

 

 エールを渡された男はそれだけで気を良くすると、ティコの要求に素直に従い扉を開け彼を通す。

 

 思った以上にあっけなく、場合によっては手持ちのフラググレネードか何かで混乱を起こし、その隙に押し通ろうと思っていたティコはどこか肩透かしを食らったような感じを受けながらも地下空間のバックヤード、地下空間とは打って変わってところどころランプが焚かれ、明るく道を照らすその場所を歩く。

 

 

「さて、じゃあやるか。バッテリーはまだ十分にあるしまあ、問題ないだろ」

 

 一度深く呼吸し、気を整えると彼は腰のベルトからステルスフィールド発生器たるステルスボーイを外すと左手に巻き、空いた右手にホルスターから抜いたレンジャー・セコイアを握ると、ひとおもいにスイッチを入れる。

 

 瞬間、ステルスボーイの姿がティコの左腕から消え、間髪入れずにその消失領域が腕から肩、胸、頭、と広がっていき、それが足先まで到達すると、ランプから昇る陽炎が揺れるように一瞬だけその、影すらも消え失せた空間が揺れるがすぐに何もなかったかのようにクリアになり、ティコの姿は完全に消え失せた。

 

 同時にティコは歩き出す。

 どこか早足で、焦りを感じさせるその様は事実二つの焦りを抱えていた。

 

 ひとつは当然、アルが無事か。当然生きていてもらわなければならないとして、彼女もぱっと見気づきにくいが見た目可憐なうら若き乙女、先ほどの光景を思い出せば非道いことをされていてもおかしくないと、廊下の端を歩くティコの足がまた早くなる。

 

 ふたつはこの、透明化による悪影響だ。

 ロブコ社製、個人用ステルスフィールド発生装置たるステルスボーイは物体の一方から対になる方向へと反射光を伝導させることにより姿を消し、未熟な者の視界から消え失せるという暗殺者には垂涎モノの効果を持つが、なにもいいことばかりではない。

 

 長時間の使用はそれだけで精神に変調を起こし、パラノイアや統合失調症を引き起こすこともある。

 もっとも、そんなのは数時間や数日単位の長期に渡る連続使用による弊害であり、まさかそんなにはかからないだろうと高をくくっているが、問題は彼が今連れ戻そうとしているアルの方であった。

 

 ウェイストランドの住人は長期使用に耐えうることが実証されているが、この世界の住人に果たして同じことが言えるだろうか――― そう考えると、最悪帰りは正面突破の道を通ることになるかもしれない。

 

「まあいいさ、弾を受けるのも、恨まれるのも慣れてるしな・・・。もし何かあるようだったら、相棒と二人で再三蹴散らしてやりゃいいってもんだ」

 

 頭に浮かぶロイズの、いつもしていたシャドーボクシングをなんだか頼りになりそうだなと思う。事実パワーアーマーは、対抗できる装備がなければ街の一つや二つ程度、簡単に滅ぼせる能力を持っているのだ、巻き込んで悪いと思うが、生きて帰れれば少なくとも勝利は確約される。

 

 屈みながらゆっくりと、先に聞いたトイレの前の警備兵に気づかれないように廊下を通る。

 そのタイミングで、ティコの耳に狭い廊下をハウリングする、金属が擦れて鳴る音が通った。

 

 長い経験で培ったスニーキング技術を活かし早歩きで音の方向へと向かうと、先ほど目にした車輪付きの牢が、ようやく競りが終わったのか意気消沈した銀髪のエルフの娘を中に入れたまま、ガラガラと音を立て運ばれている光景を目にする。

 牢は入れ替わりで別の牢がステージに向かっていくようで、その別の牢の中には狼の頭と毛むくじゃらの身体を持つ、傷だらけの亞人の男が気丈にもギロリと運搬人を睨みつけながら運ばれていた。

 

 恐らくは戦士だったのだろう、と推察しながら、ティコは彼がこの後辿る運命についてつい思考を巡らせる。

 

 前の世界においても、奴隷は主に農奴や性処理、運搬の用途に使われるケースが多かった。

 奴隷はそれ自体が商品であるために健康管理をされ、質素ながらも衣食住を保証されているのが一般的であり、しかし首に遠隔操作式の爆弾首輪をとりつけられているがために逃げることもままならず、病気や老化が進めば見捨てられる。

 

 爆弾首輪は便利なもので、スイッチ一つで奴隷の首を飛ばせるがために、時折これがあるために奴隷を戦士として使用する者も現れるほどであった。

 狼頭の男は見たところ、指先は剣を握れるか怪しい造形をしており、徒手空拳を得意とするなれば、存在そのものが脅威となる、性処理に使うには相当キワモノな趣味の者でないとキツいだろう。 そういえば以前ニューベガス近郊のスラムに行った時に、そんなキワモノ趣味の男がいたな、とティコは思い出した。

 

 もしあの狼頭を従え従事させるなら、恐らく奴隷を従えるための特別な方法――― 魔法があるのだろうと思い、ティコはますますアルの身を案じる。もしその手の魔法が使われているならば、その方面にはズブの素人である自分達はお手上げだ、どういった効果があるかもわからないし、仮に爆弾首輪のようにこの場所から離れた者に死を与えるようなものがあれば、それこそ今自分がしていることが無駄になってしまう。

 

 暗幕の向こうに消えていく狼頭の男を見送りながら、姿を消した状態のままティコはすっとエルフの牢を運ぶ男の背後につく。

 男はガラガラと牢を運び、やがて一つの重そうな鉄扉の前に立つとそれを億劫そうに開き、またガラガラと扉をくぐって部屋の中に入っていった。

 

 そうしてその、やや広めに取られた空間へと牢が入った途端、ティコは鉄扉を強引に閉める。

 元々開けっ放しにすればそのままになる構造をしているのだろう、牢を運んでいた男がちらりと後ろを振り返り、足を止めた。

 

「―――――?」

 

 気だるげに、すっとんきょうな表情を浮かべた運搬の男は、後ろに何もいないと見るやため息をつき、また運搬用の持ち手に手を掛け力を入れようとする。

 

 姿を消したティコはホルスターにピストルをしまい、一転して疾走すると腰に携えたククリナイフを引き抜き、男の口元をがばっと手で覆うとナイフを喉元に置き、そのまますっと斬り抜ける。

 刹那、切り抜かれた首筋につーっと線が描かれ、ものの数秒もしないうちにその線は大きく開いていき、あたかも水道を限界まで開いたホースから水を噴射したかのような多量の流血を撒き散らした。

 

「―――――!」

 

 焚かれたランプに照らされた赤い血液が更に色を鮮やかにし、口元を押さえられた男が目をぐりんと上に回すと共にその血色の良い肌を青白く染め、やがてどさりと崩れ落ちる。

ティコは手を離すと、ククリナイフを振り血液を払った。

 

「一張羅だ、血の付かない斬り方をさせてもらったぜ。・・・奴隷商人に情けはねぇ、そのまま土に還りな」

 

 投げかけるように死体に言い、男のポケットをまさぐり、見つかった一つのキーを引っこ抜くとようやく今自分が入った空間を見回す。

 空間にはいくつもの牢が置いてあり、そのどれもに多種多様、千差万別の種族の人間が投げ込まれていた。

 

「あんまりだぜ・・・だがこの鍵で牢が全部開けられるでもないだろうからな、今は嬢ちゃんが最優先だ」

 

 自身を怯えた目で見る奴隷候補達にちらちらと目を向けながら、20近く存在する牢をひとつひとつ見ていき、そのひとつひとつにアルがいないことを確認するたび落胆を色を浮かべる。

 だが連なる牢の奥、最後の一つを見た時、彼は打って変わって喜色をマスクの下の顔に浮かべた。

 危険を冒してまで侵入した虎穴、その中でようやく見つけた目的のものが、確かにそこにあったからだ。

 

「嬢ちゃん、嬢ちゃん!」

「・・・え?ダ、ダンナ?なんで、どうして・・・」

 

 牢の中、へたり込むアルはかつての着の身着のままで、その体には汚された後もなかった。

 ティコはふぅ、っと深く安堵の気持ちを息にして吐き出すと、膝を折り、ばたばたと牢の扉に手を掛け近寄るアルに目線を合わせ、

 

「前に、ちょっとお節介するって言っただろ?まだ終わっちゃいないのさ」

 

赤い目が、ランプの光を反射して妖しく光った。

 

 

 




拡張マガジン装備のAK-112かナイトビジョンつきのFN FALどっち出そうかと迷ったんですが、ナイトビジョンはレンジャーヘルメットと被ったのでAK-112さんに登場してもらいました。

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