トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

17 / 91
第二章:パラダイス・フォール 11話

 太陽がそろそろ真上に登ろうとしている午前の終わり、商店街の通りからは少しづつ人が減っていき、今朝は大声で客寄せに徹していた店主たちも店の奥に引っ込み昼食をとる時間。

 西商店街は東寄り、中流層から下流層まで幅広く人の集まる中央部分からは外れやや上流区寄りの、ちらほらと身なりのいい、決して貴族達に及ばないがそれでも整った格好をした人々が行き交う”小金持ち街”とも呼べる場所。

 

 がっしりとした赤のレンガ造りが目を引く小洒落た1階建ての小さく見えるお店、だが少し角度を変えてみれば、その建物は奥行きが高さや幅に比べ広く取られていることが分かる魔道具店、”ディーナの憂鬱”のカウンターで、店主の男が自身も昼餉(  ひるげ※1)を摂るため扉に鍵をかけようと、席を立つ。

 

 だが奇しくもそのタイミングで、閉めようとしていた扉が開かれる。

 

 貴重で高価な魔道具を扱うために、雰囲気作りと防犯を兼ね重めに作っているその扉、貴族なら従者に開かせるし、そうでなくても防犯だ、と思われれば信用を買えるために重めに作っている扉を、ギィと鳴らし入ってくる影が二つ。

 

 最初に入ってきたのは赤毛の少女、身なりは良くなく、両手には藁の買い物カゴを二つ抱えている。

 その目は金色をしており、この辺りではなかなか見ない。だがじっくり見るとその瞳がやや切れ長に伸びているのが見え、それがこの、好奇心の目をあちらこちらに向ける女の子が”猫の亞人”の血を持った人間なのだと分かり、店主は目を鋭くした。

 

 

 赤毛の少女は店内を見回したあと、『ダンナ』と言い扉の横にどく、すると、少女のために重い扉を押さえていたのだろうか、扉の影から一人の――― とても奇抜な風貌の男が現れた。

 

「おっとすまんな店長さん、これから昼時かい?」

 

 開口一番に自分を気遣う言葉を発する男。

 声からして年寄りだろうか、若いそれではないガラガラ声を、頭に被った黒い兜越しにかけられる。

 兜には一片の隙間も見当たらず、両目に取り付けられた妖しく光る赤い石を通して自分を見ているのだろうかと推察する。

 だが仮にこの大きさのバレライト、属性処理をしたものであればその価値は途方も無いだろう―――

 

そこまで見て、店主ははっと気付き男の全身を見た。

 

 まず目についたのはその黒色の兜だ。

 頭頂部はつるりとし何の変哲もないが、口元は精密な造りをした何らかのパーツが覆っていて、特に右の頬に取り付けられた、一本の棒のついた部品は何を目的にしたものか予測できない。

 目元の赤い石はその目を見せない程度に透き通っており、見れば見るほど目元には視界確保のための穴がない、それがこの石越しに彼が視界を確保している証明になっており、先にも思った通りこれが”炎”の属性処理を施したバレライトの結晶ならば計り知れない値がつくだろう。

 

 胴を覆う鎧は遠目にも、金属ではない、しかし革や植物由来でもないことが分かり、古びてはいるが羽織っている外套――― 肩部に硬い装甲が入っていることからやはり戦闘用だろうか、もしかすると魔法使いが使うローブの亜種かもしれない、も左肩の”双頭のクマ”の刺繍とあわせ凝った作りをしていることを理解させる。

 

 ―――だが、最も分からなかったのは右腰に携えた金物の道具だ。

 

 木目の持ち手には肩のとは違う、単頭のクマが掘られていて、それをしまっている革のラックの先から筒のようなものが出ている以外はさっぱりなその”金物の道具”。

 多くの魔道具に触れ、貧富問わず様々な顧客を相手にしてきた自分でも、降りかかる『未知』にどうしても惹かれてしまう。

 

 ―――顧客?

 

 そうだ、私は魔道具店の店主ではないか、風貌に度肝を抜かれてしまったが、ならばこの方も当然・・・。

 

 カウンターへ戻ると、”準備中”と書かれた札をカウンターの裏にぽいっとしまい襟を正す。そして、いつものようににこりと”顧客”に笑顔を浮かべるとこう言うのだ。  

 

「ようこそ魔道具店”ディーナの憂鬱”へ。ご自宅でも戦場でも、頼れるパートナーをご提供致しますよ」

 

 

 

 

 存外に重い扉を開けると、ティコはトレンチコートの裾を扉に挟まないよう気を遣いながらゆっくりと扉を閉めた。

 そして振り返り、カウンターから出ようとしていたらしい壮年の男に目を向ける、手には看板が握られていて、読めないが察するにどうやら彼も他の店舗同様昼飯時にするタイミングだったらしい。

 

「おっとすまんな店長さん、これから昼時かい?」

 

 既に慣れてしまっているが、”自分の発している言語が相手には違う発音に変換されている”という気がかりを頭の隅に追いやって声をかける。この街のルールはある程度飲み込めているからこそ、この時間の訪問が快く思われないことを知っていた。

 

「ようこそ魔道具店”ディーナの憂鬱”へ。ご自宅でも戦場でも、頼れるパートナーをご提供致しますよ」

 

 にこやかに店主が返す。

 その笑顔に屈託やいら立ちがないことを見抜くと、安心してティコはカウンターの前まで進み、それから店内を軽く見回した。

 

「随分揃えてるんだな」

「もちろん、上流区の方の気取ったお店とは違って、私は一般家庭でも使えるような安価なものから、ワケアリな物まで幅広く揃えてますから」

 

 笑顔をやや意地悪にして店主が答える。

 アルはというと、店内の魔道具の数々に目を光らせている。まあ自分がいる以上出て行くこともないだろうし、仮にこっそり盗みでもするようなら後できつく絞ればいい、とティコは思い、話を続けた。

 

「まあなんだ、悪いが今回買い物じゃあなくてな・・・ちょっとこれを見て欲しい」

 

 ホルスターからレンジャー・セコイア(.45-70ガバメント)を引き抜き、くるっと手で返し銃身を持つと、ゆっくりとカウンターの上に置いた。

 ゴトリ、と重い音を立て、カウンターの木目に沿って置かれた45口径リボルバーとの対面に、店主は目を丸くすると同時に手をのばそうとし、すんでのところで一度止めると目をティコに向ける。

 

「・・・触っても?」

「構わんさ、バラしても直せるから心配しないでいい」

 

 では遠慮無く、と一言断ってから、店主はリボルバーを手に取る。

 存外の重さに驚いたようだったが、すぐに慣れると目を細め、まずブラックの銃身に刻まれたエッチングに隅から隅まで目を通した。

 

「なんという精密な彫刻だ・・・咲き乱れる花の美しさを、こんな小さな道具に刻みこむとは・・・これは文字ですかな?読めないが・・・」

「“名誉ある仕事のために(For Honorable Service)”、そして”全ての暴君に反する(Against All Tyrants)”さ、まあ俺らレンジャーの信条みたいなもんだな」

 

 店内を見回すアルを微笑ましげに目で追いながら、ティコが言う。

 エッチングに目を通し終わった後、店主はようやくグリップ、トリガー、撃鉄、シリンダー、フロントサイトにエトセトラ、機構のひとつひとつに目を通し、銃口を覗く。

 

 ティコが整備済みの、すみずみまでキレイにされたライフリングの統一された造りをひとしきり見た店主が感心すると、店主はレンジャー・セコイアを両手で持ちゆっくりとカウンターに下ろし、ティコに目を向けた。

 

「親父から継いだこの店をやって20年以上経つが、こんなものは見たことがない・・・だが、魔道具ではないでしょうな、マナを感じない」

「なるほど、見たことがないか。世界にこれと同じようなものが散らばっているかが知りたかったんでな、それを聞きたかった」

「それはなにより、しかし魔道具ではないことを抜きにしても、この精密な造り・・・一体何に使う物なのですかな?」

「それはまあ、見てもらったほうが早いか。何か壊していい手頃なものはあるかね?」

 

 カウンターに置かれたレンジャー・セコイアを手に取ると、マガジンポーチから弾をひとつ引っこ抜きシリンダーに入れる。

 店主は弾薬とそれを装填する動作にまたも目を奪われるが、すぐにはっと我に返ると店の端の、端の欠けた花瓶を指さした。

 

「欠けてしまってそろそろ買い換えようと思っていたんだ、あれなら構いませんよ」

「ラジャー、驚いてひっくり返らないでくれよ」

 

 シリンダーをくるくると回し、ぴったり銃口と一直線の場所に弾を止めると右手でその黒い銃身を持ち、店主から距離を取ると撃鉄を起こす。

 そして、フロントサイトとリアサイト、そして店の端で花も生けられず退屈そうにしていた花瓶が一直線に並んだ瞬間に、ティコはトリガーをぐっと引いた。

 

 瞬間ズバン、と乾いた、しかし9mmや10mmピストルほど小さくはない重めの音が響き、レンジャー・セコイアの銃口から炎と共に硝煙が吹き出す。

 それと時を同じくして花瓶が粉々に砕け散り、突如響いた発砲音と炎に驚いていた店主は合わせて二重の驚きを受けびくり、と身体を一瞬硬直させた。

 

「こんなもんさ、離れたところから敵に穴を開ける、こんな武器を他に見たことはないか?」

「いえ、私は覚えが・・・今確かに炎が・・・火のマナ?あの小さい鉄の矢じりの方が本体か・・・。ところで旦那様、そちら、お売りになる予定は?」

「悪いな、ウィンチェスターほどじゃないが結構長くやってる相棒なんだ」

 

 店主が残念そうに引き下がり、次いでティコは懐に手を入れると銀貨を取り出しカウンターの上に置いた。

 

「ともあれ聞きたいことは聞けた。冷やかしと思わせるのも悪いからこいつは取っといてくれ、掃除もしていくさ・・・ああ、そうだ」

 

 思い出したかのようにティコがまた懐に手を入れ、もう一つ、銀貨と同じ大きさをした一枚のチップ――― 赤地に”Nuka cola”と筆記体で書かれた瓶キャップを取り出しカウンターに置く。

 

「こいつを見たことはあるかい?柄は違ってもいい」

「この緻密な塗装と柄・・・”クラウン”じゃないですか、東から来る交易商がたまに持ってくるとか、それぞれ柄が違うとかで貴族や商人の間ではちょっとしたコレクターアイテムとして流行中ですよ。特に裏に星の描かれたものはかなりの値で取引されるそうですな、一説では死人も出たとか」

「東か・・・なるほど助かるぜ店長、こいつも持ってってくれて構わん」

 

 スッ、と指で店長の方へとキャップを押すと店長は、いいのですか?と恐縮しながらも受け取った。

 

「いいのさ、当分使う予定は無さそうだからな・・・さて、嬢ちゃん!ちょっと掃除の方手伝ってくれ!終わったらグレーフジュース奢ってやる!」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「さーって!じゃあ次はあっちの串焼きでも行くか!」

 

 騎士達との打ち合いが終わり、上流区から帰ってきたロイズは一人、今はヘルメットの頭の後ろに下ろし、消耗を訴える自らの腹を満たすために屋台を手当たり次第に練り歩きながら商店街を下っていた。

 

「おっちゃん!こいつ二本!塩とタレで!」

「威勢がいいな兄ちゃん!銅貨二枚だ!」

 

 上流区の悪夢とは程遠く、手元に光る金貨一枚が無数のアイテムに化けられるこの商店街で彼の食指はついつい動いてしまい、疲れた身体と空いた腹も合わせ次から次へと食べ物が入っていく。

 そんなこの空間に満足しながら、彼はまた串焼きをひとつ口の中に頬張ると、ジュースをぐいっと呷り位に流し込んだ。

 

「こういうのもいいかもなー」

 

 かつて生きた荒れ地(ウェイストランド)に吹く硝煙まみれの風や、地下バンカー内の機械的な臭いの空気とは程遠い、人々が笑い合い、肌をほどよく温める陽光が差す通りを包む空気を感じ、ふとこぼす。

 

 いつかは帰る、だがそれが今じゃなくてもいいだろう。

 もう少しだけ楽しんで、この”世界”を知って、それからでも遅くないのではないか――― 脳裏に走らせる。

 

 そして串焼きを食べ終わった後の串数本を道端に佇むゴミ回収の小僧に渡し、共に銅貨一枚をピンッと指で弾き手渡すと去っていく小僧には目もくれず手に持った最後の串焼き、タレが滴るそれを大口開けて頬張ろうとした。

 

 その時だった。

 

 どんっ、と後ろから肩に何かがぶつかる感覚を覚え、見る。

 

「あっ、大丈夫ですか、オレは大丈夫・・・」

 

 自分の後ろからぶつかり、そしてすぐ側で立ち止まった外套を纏った誰か。

 

 紺色の外套の内には紋様を刺繍した、これまた紺色の服が着こまれており、しなやかな身体のラインからそれが女性であることをロイズに理解させる。

 頭にはフードをかぶっていたが、ぶつかったせいなのかフードがめくれ浅くかぶる形になっており、そこからは一見にも手入れされていることを感じさせる白髪がのぞいた。

 

 その肌は浅黒く、端正な顔立ちと相まって俗にいう常人とは何かを隔てたような、奇妙な妖艶さを感じさせる。

 そして何より目を引いたのは、その耳が”尖っている”ことだ。

 この世界におけるエルフ種の共通点たるそれが、めくれたフードから露出していた。

 

「あの、そっちは」

 

 ロイズが声をかけると同時に、外套の女性は何も言わずに走り去る。

 ・・・否、ロイズには聞こえなかったが、確かに彼女は一言だけ口にした。

 

 

 ―――見つけた。

 

 

 走り去り、すぐに女性が横道に逸れ消えたことを見届けると、ロイズは呆気にとられたようにその場に立ち尽くす。

 そうしていると、今度もまた後ろから誰かが、それも複数人が走ってきたことを感じ、ロイズは振り返った。

 

「騎士様!?紺の外套を来た女を見ませんでしたか?」

「は?・・・ああ、あっちに行ったけど」

 

 敬礼をし立ち止まり、質問する警備隊の人間に女性が消えた方向を答えると彼らは、盗っ人め!と言いながらすぐに走って行き、全員が横道に消える。

 

 それをまた呆然と見送ったロイズは、手に持っていた串焼きがタレを地面にぽたりと落としたのに気づくと、ぱくりと一片だけ口で引っこ抜き咀嚼する。

 

 そして飲み込むと、どうも釈然としない表情で

 

「・・・何だったんだか」

 

 一言だけ、つぶやいた。




※1
昼食のこと。

 なおレンジャー・セコイアのモデルは.45-70ガバメント弾を使用するリボルバー銃のマグナムリサーチBFRと、バイソンブルとなっています。両方共スコープがつけられるもので、スコープ付きマグナムリボルバーの方もこれがモデルです。
 Honorableには閣下や貴族といった意味もあるみたいなんですが、訳としてはおおむねこれがいいと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。