トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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第二章:パラダイス・フォール 9話

 

「王立騎士団サンストンブリッジ支部長、エルヴェシウス・F・レスターの名の元、正式に感謝状と報酬を贈る。“狩人”ティコ、団員とレットの命を助けてもらったことを感謝している、こいつで今夜は一杯パーッと飲んでくれ」

「恐縮だ団長、だが俺が一晩飲むならこれでも足りないぜ?」

 

 領都サンストンブリッジの中央、商店街や貧民街、市民の住宅街が立ち並ぶ外縁部より内側、サンストンブリッジの名を訪れる者にすべからく納得させている、昼間のうちに受けた陽光で夜は明るく輝き、門へと凱旋する貴族たちを演出する”サンストーン”によって作られた橋が東西南北にかかり、強固な城壁と相まってならず者の侵入を防ぐ上流階級の街。

 

 その更に内側、中央に気高くそびえ立つ城の側に建つ石造りの庁舎。

 修練のために使われる庭を含めれば、実に上流地区の5%程度を消費しているのではないかという巨大な建築を持つ王立騎士団サンストンブリッジ支部の更に奥、実に百人近い人間――― それもすべからく銀をベースにところどころを水色の結晶、バレライトの装飾を組み込み魔法処理のされた鎧を着用した精鋭たる騎士達が一糸乱れぬ整列をしている講堂。

 

 先日呼ばれたとおりここの定例集会を訪れたティコとロイズはそんな彼らの視線の先で壇上に上がり、栗色の短いくせっ毛をそのままにする支部長、整った顔立ちとよく通る声が性格に似つかわないカリスマ性を感じさせるエルヴェシウスからの感謝状を受け取っていた。

 

「“白銀の騎士”ロイズ、君もだ、一応名目は一週間前の魔獣退治の礼ということになっているが、あの画期的な治療法でレットから毒を払ってくれたことを俺はきちんと覚えてる。感謝してもしきれない・・・それにしても本当にフリーなのか?また誘って悪いが、今からでもここに入っては・・・」

「は、はひぃ・・・ダ、ダメです、オレまだやりたいことが・・・」

 

 どこか慣れた、というか整列した鎧騎士達が放つ覇気をまるで無いもののように受け流し、いつも通りのどこか軽さを感じさせる佇まいで応じるティコと、対称的にガチガチに身体を固め、騎士達の視線をちらちらと見るたびにこめかみに垂れる冷や汗をひとつ増やしていくロイズ。

 

 もっとも騎士達の視線の多くは、被害覚悟の魔獣退治を解決してもらったことで結果的に同僚や人民の命を救ってもらったことに対する恩と、そのあと騎士団庁舎に運ばれた死体を見て、これを一人で倒した騎士に対する興味や強者への尊敬を強めた者の眼差しであったが、既に心ここにあらずなロイズは知る由もない。

 

 ティコがトレンチコートにカーボン製コンバットアーマー、それに赤いアイピースを光らせるヘルメットをいつものようにフルに着用し、腰に携えたレンジャー・セコイア(.45-70ガバメント)の黒色の銃身を覗かせる。

 そして顔を奇妙なマスクで隠した男が栄誉ある騎士団支部長から感謝状を受け取る、という傍から見れば奇妙な光景を晒した後、ロイズも今日は整列する鎧騎士達に習い白銀の鎧、駆動音を響かせ稼働するT-51bパワーアーマー姿で感謝状を受け取る。

 

 面白くもパワーアーマーの精密なパワーアシスト機構は、ロイズのガチガチな動きにまで寸分の狂いなく追随したためにちょっとの動きが大げさなくらい大振りになり、その滑稽さを隠し立てすること無く晒し続けた結果、ティコはぶふっと吹き出しエルヴェは苦笑し、騎士団の面々も張り詰めた空気を和らげ口元に笑みを浮かべていた。

 

「報酬はちょっと多めにしておいた・・・まあ先行投資みたいなもんさ。ではティコとロイズ、今後も王国と、民のためにその力を振るってくれることを祈るよ。武の女神ディーナの加護あらんことを」

 

 言い終えるとともに、エルヴェが一歩引く。

 それを見届けたティコは式の終わりを察し壇上から降りると、騎士達に軽く手を振り彼らの間に開いた道の赤いカーペットを、ブーツのゴム底で悠々と踏みながら去っていく。

 

 ロイズの方ははじめ右に左に顔を動かし勝手がわからない様子だったが、ティコが悠々と去っていくのを見ると慌てて自分も壇上から降り、ティコの通った赤いカーペットに対面する。

 その時ようやく、イメージしていた厳格な視線ではなく、自身に微笑みを向ける騎士達の顔に気づくと表情をきりっと整え、彼らに一礼すると背筋を伸ばし、超合金の靴底でカーペットを踏み鳴らしながら歩いて講堂から出て行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「金貨が五枚ずつ、思ったより多めだな。まあこれで当分は財産の切り売りも仕事もせんで大丈夫そうだ」

「そうは言うけど現状住む場所とシャワーは甘えさせてもらってるじゃねーか・・・金貨五枚、キャップで数えるなら5,000ってところか、物価があっちと同じなら当分遊んでても大丈夫そうだけど、こっちの物価は戦前のドル基準に近いみたいだからなぁ」

 

 $5000って戦前じゃあ二ヶ月の給料だったらしいぜ、今じゃ紙切れだけどよ、とロイズは袋から取り出した金貨、表面にはきっと善政か何かを行ったこの国の何代目かの国王であろう人物が掘られたそれをじゃらじゃらと手で揉み、一つを逆の手に取るとピンッと指ではじいて取る。

 

 ティコとロイズの二人がいるのは騎士団庁舎の真ん前で、つい最近では商店街の人々から”またあの旦那か”程度に評価が落ち着いていたティコのレンジャーアーマー姿も、往来を身なりのいい、この時代の先進的なファッションをした大商人や貴族が行き交うこの場所としては、くたびれたトレンチコートもあって奇異の視線を多く受けていた。

 

「さて相棒、俺はちょいと、ここは居心地が悪いんでな、商店街に戻って軽く一杯飲もうと思ってる」

 

 マスクの赤いアイピース越しに、自身に注がれる無数の視線を見返しティコが言う。

 

「まだ朝だぞこの飲んだくれ・・・まあいいや、オレはちょっとここいら歩いてみたくなったからうろつくことにする、前に来ようとしたときは門で弾かれたし」

「まあ確かに、誰でも入れる一等市民区画、なんてものがあったら物乞いや盗っ人の処理で大わらわになっちまうからな。身なりの良い奴ってのは、得てして捨てるものも良い物ばかりってもんだ、それならいっそ入り口から完全に分断しちまえばいい・・・っと」

 

 顔を上げ、下層区とは比べ物にならないほど大きい、最低でも三階建ての邸宅ばかりが広がる街を視界に入れ、ロイズは目を輝かせる。

 それをどこか微笑ましそうに一瞥したティコは、懐に手を入れると一つの道具――― 黒く無骨なデザインをした軍用無線を出し、電源を入れ周波数を調整するとロイズにほら、と手渡した。

 

「ん?何でこんな・・・」

「まあ立場が立場だったからな、大抵セットで持ってるのさ。Pip-boyは受信は出来るが発信は出来ないだろ?心配すんな、民間用のチャチな奴とは違って軍用無線ならこの街の端から端まで届く、何かあったら連絡してくれ相棒」

「なーるほど、ま、世話になるようなことなんてないと思うけどな」

 

 受け取るとすぐ、パワーアーマーの肩の部分に無線をベルトでとりつける。

 それからティコが軽く手を振り、ポケットに手を突っ込んだまま歩いて行くのを見送ると、ロイズもまた逆の方向に、手にした金貨袋を腰のバッグに無造作に仕舞うと歩いて行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 騎士団支部の定例集会が朝の6時だったということもあり、対面から鋭く光を差し込んでくる太陽が高度を上げていくのに比例するように、商店街の広く開けた道には人があふれ始めていた。

 

 今朝とれたての新鮮な野菜や輸送したての冷凍魚、潰したばかりの家畜を店頭に見せびらかし、道行く人々に声を掛けては値下げ交渉を吹っかけられる八百屋や精肉屋。

 打ちたての剣を高く掲げ、今代これよりいいものは打てない、と昨日もこないだも言っていた謳い文句を述べてはフラれる鍛冶屋。

 そして開けた店内に客を詰め、朝のコーアやパン、安物の朝食セットを頼む客を次々と捌いていく大衆食堂、などなど、千差万別の人が日が低いうちから往来を行き来し、積み荷を載せた荷車が幾つも門を行き交う。

 

 上層区に行くための輝く橋も、そろそろ蓄えた光を失おうとしているサンストンブリッジの朝、ティコはたびたび街に繰り出していたために、すっかり顔なじみになった商店街の面々に軽く挨拶をしながら商店街を太陽の昇る方へゆったりと歩いていた。

 

「街の往来が朝に賑わうのはどこも一緒だが、唐突なドンパチが無いぶんこっちのが気兼ねなく歩けて何よりだな・・・おっと」

「あれ?ダンナじゃないですかぁ!もう帰ってきたんですかー?」

 

 ティコがふと、対面で一人が立ち止まったのに反応して足を止める。

 そこには、空の買い物カゴを両手に抱え、いつものように調子の良さそうな笑顔を向ける赤毛の少女アルベルトが立っていた。

 

「アルの嬢ちゃんじゃないか、朝の買い出しか?」

「まあそんなところで、勉強苦手なアタシができるって一番のこと言ったら早起きくらいですからねー」

 

両手を肩の高さに上げて、仕方ない、というように首を振る。アルは買い物カゴを片手にまとめ背に回すと、ダンナはこれからどうするので?と小動物のように可愛らしく首をかしげ聞いた。

 

「さっきあの団長さんから金貨をもらってな」

「へぇ!支部長さんから感謝状をもらいに行ったっては聞きましたけどそれも!さっすがダンナぁ」

「よせやい照れる・・・まあそんなワケで朝から一杯飲みに行こうと思ってたんだけどな、嬢ちゃんも来るか?結局稼いだ額はパーになっちまったがこの前手伝ってくれたぶんを何も返しちゃいないし、よけりゃ買い物にも付き合うぞ」

「ホントですかダンナぁ!アタシ前々からまんぷく堂のイ・ヌ肉焼きとか食べてみたかったんですよね!ダンナふとっぱらー」

 

 流れるような動作でティコの横に収まり、両手を合わせてよっ、大将!とおだてるアルの調子の良さにふふっと苦笑すると、懐から一枚金貨を取り出しぴんっと指で弾く。

 垂直に空に金の線を描き、ティコの頭よりもずっと高いところで止まり落ち、再びティコの手に中に収まる金貨をアルは目を輝かせて追い、ティコがそれをこれみよがしに見せつけてから懐にしまうのを見届けると、二人は欲深い舌を満足させるために歩き出した。

 

 

 

 

「ほー、嬢ちゃんは生まれてすぐに捨てられた、と」

「エリス院長から聞いた話なんですけどね。まあ当時は別の人が院長でそりゃひどい人だったんでとても恩なんか感じられないんですけど、顔も知らない相手やド畜生のばあさんなんかより、今のエリス院長のがずっと母親って呼べますよ」

 

 商店街の中央、東西南北の道が分かれる広場の一角に陣取る2階建ての食堂。まんぷく堂と呼ばれる中流層向けの大衆食堂のテーブルのひとつに、ティコとアルは座っていた。

 

 ティコと話すアルの手にはフォークが握られていて、作法を学んでいないのかグーに握ったその先端には一切れの、赤く滴る肉汁をぽたり、とたった今テーブルに垂らした上等な肉、中流層から上流階級まで幅広く愛されている食肉のイ・ヌ肉のステーキが刺してあった。

 

 それを口に運ぶとアルは、んっ、と満足そうな声を漏らし、付け合せの温野菜には目もくれず肉を切ってはそればかりぱくり、ぱくりと口に運んでいく。

 一方のティコは、その様子だけで満足だとばかりに頬杖をつきアルを見ているだけで、たまに思い出したようにヘルメットの口元をずらしては、手元のジョッキに入ったエールを流しこむ程度だった。

 

「それにアタシ、自分が捨てられた理由も知っちゃってるんですよねー」

「そいつはヘビーだな、自分が嫌われる理由を理解するってのは心に深い傷を入れるもんだ・・・昔俺もあった」

「アタシはダンナのこと結構好きですよ?スリを寛大に許して、何があるわけでもないのに院長さんに高い薬使ってまで病気を治して、おまけに魔獣の目の前に勇んで飛び出しちゃう。今日びおとぎ話の英雄みたいですもん。・・・ダンナだけ見ててくださいよ、まあ、アタシが捨てられた理由ってのは」

 

 アルがフォークを置き、前髪を手で上げると椅子に膝から乗り、ティコの真ん前まで詰め寄ると目をかっと見開く。

 ティコはアルが急に接近してきたことにぎょっとし飲んでいたジョッキをどんっとすぐに置くと、ヘルメットの位置を直してアルの目と目を合わせた。

 

「・・・嬢ちゃん、つまり」

「あれ?ダンナは知らないんですか?”先祖返り”ってやつですよ、身体のどっかが獣の亞人みたくなっちゃうもんで、たまーにだけ生まれるんだそうで。亞人があんまりいい顔されないのはご存知でしょ?ダンナ。なんでも人をカミサマが作ったモノじゃあなく、サルから進化したもんだーって叫んだおかしな学者先生にちなんでるらしいです」

 

 進化論浸透せずか、とこぼし、ティコはまたヘルメットの口元を上げるとジョッキを流し込む。

 

「瞳、アタシのは切れ長でしょ?猫の血が戻って来ちゃったんだそうですよ。人の目の動きや手の動きなんて全部見えちゃいますし、飛ぶ鳥だって小石ひとつもらえりゃ簡単に撃ち落とせますよ。まあおかげでスリをするのは楽だったんですけどね」

「常時V.A.T.Sみたいなもんか?なるほど俺も相棒も盗まれたことに気付かなかったわけだ。だが嬢ちゃん、今度からスリはやめときな。嬢ちゃんが俺らに捕まったみたいに、世の中”規格外”って奴は案外いるもんだからな」

「善処しますよ。・・・でもちょっと手が滑るくらいは・・・へへ」

 

 悪びれない様子で頭をポリポリと掻くアルと、ため息混じりにジョッキを流し込むティコ。

 それからは他愛のない話が続き、ティコが先にジョッキを飲み干し、それからすぐアルが肉を平らげる。そしてそのまま席を立とうとするアルにティコが温野菜を食べるよう言い、アルがしぶしぶ一緒に残したスープと共に流し込むと、二人は席を立ちカウンターに金貨を置いた。

 

「あいにくこれしか持ってなくてな、端数の銅貨はいらんから崩してくれや」

「マスクの旦那気前がいいねぇ。ほら、銀貨が9枚と大判銅貨が8枚、確かに返すよ」

 

 カウンターに並べられた硬貨17枚をつかみ、まとめて袋に入れると重量を増した硬貨の山に思わず笑みをこぼす。

 ティコとアルはそれぞれ買い物カゴを片手に持ち、また来てくれな、と背中から声をかける食堂の主人に手を上げ応え食堂から去る。

 

 食堂から出た頃にはずっと日が高くなっていて、空を見上げたティコは手で光を遮った。

 

「さて嬢ちゃん、買い物を済ませる前にちょっと行きたい所があってな、付き合ってくれるか。・・・その後は、院長さんと皆を連れて、ボロボロの服をパーッと新調でもしようぜ、嬢ちゃんも女の子だ、着の身着のままは嫌ってもんだろ?」

「その時はダンナが選んで下さいよ、アタシはあいにくセンスなんてものとは縁遠いですからねー」

「フフッ、任されたぜ嬢ちゃん、じゃあ皆が腹を減らす前に済ませて帰ろうか」

 

 アルが手を伸ばし、ティコがそれを受け取ると手が繋がれる。

 アルの金色の、切れ長の瞳――― 飛び立つ鳥も、震える指先もが精密に映る亞人の瞳が、ティコの黒いヘルメットと赤いアイピースに視線を注ぐ。

 

 こころなしか、彼女にはその表情が見えたように思えた。

 本当は見えはしなかったが、それでも見えている気がしたのだ。


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