トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

13 / 91
ティコさんばっかり喋ってますけど、一応主役がティコさんで主人公はロイズ君なんです。


第二章:パラダイス・フォール 7話

「レット!俺だ!俺が来たから返事をしてくれ!!」

「うわ誰っ!?つかオレは違っ・・・あばばばばば」

 

 貧民街と市民街の境目のように立つ孤児院の、そろそろくたびれてきた木張りの階段を鞭打つようにギッシギッシと大きく踏み鳴らし駆け上がる男が一人。

 彼は階段を駆け上がると、ところどころ子どもじみた落書きを消した跡の残る木張りの床を無遠慮に走り、とうとうバキッとヒビを入れると同時に一つの扉の前で立ち止まりバンッと勢い良く開く。

 

そして中に入るなり、普段のパワーアーマー姿ではなく春服に着替え、テーブルに置いた飲み物をスプーンでかき混ぜていたロイズの肩をつかみガクガクと揺らした。

 

「隊長、それは違います!アルレット副長ならそっちです!」

「お、おぉ!?そうか、悪いな誰か知らんが!」

 

 追いついてきたらしい護衛の騎士達に言われはっとすると、男――― 彼らやアルレットと同様の装備をした騎士は一言だけ詫びを入れ、ロイズをひょいとどかすとすぐ部屋の奥のベッドに寝ている紫髪の女性、アルレット・アルケインの元へ、真横で座っているコートの男にも目もくれず駆け寄った。

 

「レット!クソッ、俺が不甲斐ないばかりにこんな・・・ああ、冥府の神アカスよ、私はもう無謀なギャンブルをしませんから彼女をこの世に連れ戻して下さい・・・」

「起きてますよ、エルヴェ」

 

 駆け寄るなり、肩に包帯を巻かれ目を閉ざしベッドに横たわるアルレットの枕元に頭を擦り付け、涙をぽろりとこぼす男。だがアルレットが目を開き、頭だけで彼の方を向き優しく言葉を掛けるとばっと頭を起こし、彼女のまだ無傷なほうの手を握り涙に目尻を落とし満面の笑顔を見せた。

 

「ああ、よかった、ああ・・・!お前が”異界の魔獣”に刺されて倒れたって聞いたら居ても立ってもいられなくなって仕事ほっぽり出してここまで・・・」

「あなたって人は本当に・・・ほら、しゃきっとしてください。一緒に来た一等騎士の方や、孤児院の方々、それにここまで連れてきてくだれたティコさんに示しが付きませんよ?」

「お、おぅ、そうか、そうだな・・・ごほん」

 

 微笑みながらアルレットがエルヴェに言うと彼はまたはっとし、真横で腕を組みながら椅子に座っていたトレンチコートの男――― ティコの存在にようやく気づくとばっと離れ、鎧や髪をせっせと整えるとボウルに水を入れタオルを絞っていた院長エリスや、揺らされたせいで気分を悪くしているロイズ、そしてティコにそれぞれ目を向けてから口を開いた。

 

「ここにいる皆の方々に感謝する、自分は王立騎士団サンストンブリッジ支部長、エルヴェシウス・F・レスター、家名のFはフォントリオだが長いから構わない。部下のアルレットを救助してもらったこと、ここで感謝する・・・噂は聞いているよ、本当に見たことのない装備だ。”ティコ”だったな?狩人だとか密売人とか運び屋とか色々話が舞い込んできたが・・・」

「偉い立場の方に覚えてもらっていて光栄だ、感謝は受け取っておくさ。結構大変だったんだぜ?なにぶん鎧を脱がすわけだからな・・・留め具が歪んで外れなかったから、手持ちの工具で無理やり切ったりしたよ。それにしても、部下って割にはかなり入れ込んでるみたいに見えるな」

「エルヴェ支部長は私の幼なじみなんですよ。家の領地が隣同士だったから小さい頃によく会っていて、ここの王立養成院の同期でもあるんです。学問じゃ私がずっと上でしたけど」

「レット、お前なぁ・・・」

「仕事をほっぽり出してここまで来たんでしょう?どうせ私がまた付き合わされるんですし、ちょっとくらいいいじゃないですか」

  

 ふふっ、と笑み言うアルレットに、エルヴェも口をつぐめ何も言えなくなる。そうしていると、白の春服を着たロイズがお盆を手に持ち、エルヴェにじとーっとした視線を送った後ティコとエルヴェの二人の間にぬっと割って入り、寝ているアルレットのそばに来るとお盆をベッド脇の小棚に置いた。

 

「アルレットさん、ほら」

「どうもすみませんロイズさん・・・ん、あまい」

 

 ロイズに背中を押さえられ、ゆっくりと上半身を起き上がらせたアルレットは彼からホットココア――― この世界ではコーアと呼ばれるちょっと違う飲み物を受け取ると、ゆっくりと口に運び、感想を漏らしロイズにカップを渡す。

 

 ロイズはアルレットから飲みかけのホットコーアを受け取るとまたお盆の上から、今度は小さな器を取るとスプーンでかき混ぜ、スプーンをアルレットに渡した。

 

「正直あんまうまい物じゃないけど塩も入れてあるし、多少マシになってるかなって」

「いえ、そんなことは・・・は、はい、そんな、ことは」

 

 左腕の使えないアルレットはロイズに器を持ってもらったまま、スプーンですくってそれを口に運ぶ。

 彼女が口にしたそれ、”水で戻すマッシュポテト”である即席ポテトはロイズが言うとおり気に召さなかったようで一瞬嫌そうな顔をしたが、アルレットもそれは無礼だと無理に笑顔を作って応えた。

 

「しかし相棒、お前にそんな才能あったとは驚きだ、B.O.Sじゃ飯炊きでもやってたのか?」

「別に、ただ研究と作業で食事の時間がバラバラなスクライブのメシとコーヒーは自分で作る機会が多かったってだけだよ」

「へぇ・・・そういえば、食料庫の電子ロックいつの間に解いたんだ?俺にはC4でも壊れなさそうに見えたがお前のパンチじゃあ・・・」

「そんなトコまでそっちに頼るかハゲ・・・考えても見れば、あんなキズひとつない綺麗な状態の冷蔵庫、出荷状態のくらいしか無いと思ったからよ、試しに”0000”だけ入れたら開いたんだよ」

「なるほど伊達にスクライブはやっちゃいないか、これからは晩飯のレパートリーが豊富になるな、子供達にゃあアレは食わせられんが」

 

 被曝しちまうからな、ははっ、とティコが笑う。

 彼が言うとおり、基本的にウェイストランドで見られる既成品の食糧というものはその程度の差があれ若干の放射性物質を内包している200年前のものか、稀有だが製造工場を再稼働させた模倣品であることが多い。

 

 そのためウェイストランドに生きる人はガイガーカウンターを手放せず、自分の食べるものが安全かを確かめるのだ。今回アルレットが口にしたものはB.O.Sが輸送キャラバンのために用意したものであったために被曝の危険の無いものであり、ロイズがPip-boyで再三確認したものであったが、それでも戦前アメリカのジャンクフード、大味であることは変わらなかった。

 

 ロイズがやっぱりだよなぁ、と持ってきた塩をまた振りアルレットも即席ポテトを完食すると、受け取ったロイズが小棚にホットコーアだけを置きお盆を持って部屋を出る。

 すると、その間忘れられていたように黙っていたエルヴェが上半身を起こしたままのアルレットのベッド脇にまた食い付いた。

 

「そういえばレット、傷は、大丈夫か!?なんなら今すぐにでも治癒院に連れて行って、高度な魔法治療を・・・」

「え?ああ、まだ左腕はまだ動かないですけど、しばらく絶対安静みたいだから・・・」

 

急に勢いの変わったエルヴェにアルレットも困惑気味に返す。

 

「それなら尚更だ、すぐにでも行って―――」

「悪いが騎士団長、そいつはやめといたほうがいい」

 

 更に食いつこうとしたエルヴェの言葉を、ずっと腕を組んだまま椅子に座っていたティコの言葉が遮った。

 エルヴェはティコを振り向くと、彼と面と向かい合う。いの一度も見たことのない装備をした得体のしれない長身の男の、黒い兜の真っ赤な目が自身を睨むように見え、エルヴェは少し身体を固くした。

 

 彼としては、言葉には妙な力があったし、なによりアルレットを回復させてくれた恩はあったが彼の身なりが医療に関して、この世界のほぼ全ての都市に存在し傷病者に慈悲を与えている”治癒院”より造詣のあるものだとは思えなかった。

 

 

彼はティコに説明を求める。

 

「その治癒院ってのがちょん切れた腕をくっつけたり、RADを一晩で取り払ってくれるくらい凄い能力を持ったトコなのかは知らんが・・・アルレットの姉ちゃんが受けたのは毒だ、スコルピオンベノム。つい昨日俺が殺した”ラッドスコルピオン”の毒さ」

「ティコ、確かにあんたがもし狩人の(ほう)だったなら毒物の取り扱いは上手いだろうが、それなら治癒師に頼んでトードの魔法を掛けてもらうのが手っ取り早いぞ」

「それなら俺もそうするんだかね・・・まあなんというか、この毒、そこの院長さんもついこないだ受けたものでな」

 

 ティコが後ろの院長エリスを振り返る、視線を受けたエリスはその黒い髪を揺らし、氷袋に魔法で氷を入れながらティコに微笑み、エルヴェに一礼する。だがそれで手元が狂ってしまったようで、床に落とした氷を追いかけていた。

 

「その時も院長さんはその治癒院ってとこで治療を受けたらしいんだが、結局治ってなかったみたいでな、危なかったところに俺らが通りかかって、治したんだよ」

「治癒師にも治せない病気を、狩人が・・・一体どうやって」

「血清さ、お前さんらには馴染みのないものらしいからどうやって説明すれば―――っと」

 

 きょろきょろと周りを見たティコが、開かれた扉から入ってきた相棒、ロイズを目にし言う。

 彼の手には瓶に詰められたパウダーとチューブ、それと一本の注射器が握られていた。

 

「血清とは違うが使い方は一緒だ、ちょうどいい」

「あ?・・・あー、何かあったらその人押さえてくれよ、うっかり針が折れたらヤバいからよ」

「針・・・?」

 

 物騒な単語の登場にエルヴェは怪訝な顔をする。それを横目にロイズは少量だけMed-X――― 現実にはモルヒネと呼ばれるそれを入れた注射器を一旦置くと、アルレットの手を取りベッドに座らせてから右手を取る。

 アルレットはそれをすんなりと受け入れると、軽装鎧から着替え今は薄手の服となっていたそれの袖をまくり、されるがままにチューブで腕を締め付けさせた。

 

 ロイズはアルレットの腕に血管が浮き出るのを確認したあと、注射器を手に取り一度、ぴゅっと中の液を飛ばす。これは空気が入らないようにするためのものだが、側にいたエルヴェはそれを見た瞬間察しの良さから何をするかを瞬時に理解したようで、怪訝な顔をしだした。

 

「なああんた・・・いや、もしかすると”白銀の騎士”ロイズか、まさかそいつをアルレットの中に入れるってことじゃないだろうな・・・」

「二度目だからこんなんだが、一度目は結構怖がってたからなアルレットの姉ちゃん・・・まあ騎士団長さんもこんなもんか、大丈夫だ大丈夫、安心して見てろって」

「ええ、大丈夫ですよ団長・・・ちょっと痛いけど」

「そら、刺しますよー」

 

 プスッとロイズが針を刺し、Med-Xを注入する。アルレットがんっ、と痛みに耐える声をするとエルヴェは身を乗り出そうとしたが、ティコに肩をつかまれ顔を見合わせ、加えアルレットが甘んじて受け入れているのを見て黙って椅子に戻った。

 

 ほんの数秒程度だが、慣れていない者には何倍にも思えただろう、注射器がスポッと抜かれ血の一滴がぽたりと垂れる。ロイズはそれをふきんでそっと拭うと瓶の中の治療用粉末、回復パウダーをちょっとだけぱっぱとかけると、ドクターバッグの中から包帯とテープを取り出し彼女の注射痕に巻いた。

 

 アルレットはその様を見てほっと息を吐くと、エルヴェに向かって笑む。それを見た瞬間、彼もほっと胸を撫で下ろした。

 

「こんな治療法があるなんてな、さっきの無礼を詫びるよ騎士ロイズ」

「だからオレは騎士(ナイト)じゃなくって・・・あーもう団長公認とか好きにしろよぉ・・・」

「ああ、そういえば運び屋だったか。それにしては上等な装備みたいだな・・・どこかの貴族のワケアリか?」

 

 今はロイズの身体を離れ、立ち姿のまま脇に置かれているT-51bパワーアーマーを見てエルヴェが言う。

 人間が入らずとも重厚さを荘厳さを失わないその白銀鎧は、アイスリットが黒色のマジックミラーとなっているのと全身に一切の隙間がないのも手伝い、部屋の隅にあってなお見張っているかのような威圧感を周囲に与えていた。

 

「まあなんにせよ、支部長として正式に書状は渡そう、社交界でも通用するはずだ」

「それはまあ・・・受け取っておきます、うん」

 

 注射器を分解してボウルに入れ、アルレットへ包帯を巻き終えるとすぐに道具を持ってその場をロイズは離れる。エルヴェはその背を見送りながら、そっけないな、とつぶやいた。

 続けてエリスがベッドまで寄るとアルレットの背中を押さえて寝かせ、氷袋をその額に当てると離れ、扉の前でにっこりと一礼しその場を去る。

 

 随伴の騎士達もエルヴェに仕事に戻っていいぞと言われると敬礼し、来た時と同じようにどたどたと木張りの床を踏み鳴らし戻っていった。

 

あとには椅子に座るティコと、また椅子に座ったエルヴェと、ベッドに横になるアルレットの三人が残された。

 

「まあ、こんな風に俺達でしか治せなかったものだから、アフターケアも俺達でやってやろうって魂胆さ、院長さんもまだどうなるか分からんからな。そういや姉ちゃん、俺が殺したラッドスコルピオン・・・異界の魔獣、あれに接近戦を挑んだってこたあいつを知らなかったみたいだが、こういったことは滅多に起こらないのか?」

 

 一旦は物音すらせず静かになった部屋に、グール特有のガラガラ声の第一声が響く。ホットコーア、もう少しぬるめになっていたそれを飲んでいたアルレットは一度置き、口元を同じく置いてあったハンカチで拭うと眼鏡の位置を直し答えた。

 

「ええ・・・裂け目が開くのは今ではおおよそ二週間に一回程度です、各地を巡回する兵に持たせた魔道具で検知して、そのたびに出動しています」

「それで裂け目を見張って、閉じるのを待つってわけだ。俺は団長だから現場には出ないが、十中八九回は”異常なし”って報告を受ける」

「なるほど・・・じゃあその十中八九の残りの一回二回が」

「ええ、異界の魔獣が現れます」

 

そろそろ薬が効いてきたのか、少しだけ眠たそうにアルレットが答える。

 

「たいていは”襟巻き小竜”や”鎌切り虫”のような対処可能なものばかりです、中でも”ハダカネズミ”は懐いて今騎士寮で飼われていますし」

「俺にはあれの可愛さが理解できないんだけどなぁ・・・」

「毎日会えば分かりますよ、結構。・・・ただ、異界の魔獣の中にも二度ほど、対処に犠牲を払ったものがありまして」

「ジャイアント・ラッドスコルピオンみたいな奴か、確かにアレは手強い」

「“装甲悪鬼”と”死の鉤爪”と呼ばれていて・・・」

「ああ、分かる、言わんでも分かる、俺も昔殺したことはあるがよくも対処できたな・・・」

「当時は脅威が不明確だったから、本部から支援金が多めに出てたわけだ、お陰で臨時に借りた警備隊の人間にも上等な装備を貸し出せた」

 

 いつしかエルヴェもティコと同じように腕を組んでいて、しみじみと語る。

 ティコも、何処へ行っても予算の問題というものは付きまとうのだな、とツギハギのあるジーンズを見てうんうんと頷いた。 

 

「今聞いた限りだと、ティコさんは異界の魔獣との経験が豊富のようで、私は当分戦闘には加われませんから出来れば騎士達にご教授願い・・・ふわぁ」

 

 言葉の途中で、アルレットが大あくびをする。だが自分でそれに気づくと、顔を少し赤くして口元を押さえてまた話に戻ろうとした。

だが、アルレットの目は今にも閉じそうになっており、頭もこっくり、こっくり、と揺れている。

 

「そういえば・・・」

「Med-Xは痛み止めに効くがたまに眠くなるんだ、まあ積もる話は今度にして、今は寝ちまいな、姉ちゃん」

「そうさせて頂きます・・・ふわぁ」

 

 氷袋を頭に置き、天井へと顔を向けるアルレット。

 そして彼女が一度エルヴェに微笑み、また今度にしましょう、と言い目をつむったのを見るとエルヴェもまた椅子を立った。

 

「目をつむってほんの数秒くらいだってのに、もう寝ちまったのか・・・。じゃあ時間取って悪いが、俺も帰るとしよう、狩人ティコ」

「ティコでいいぞ」

「分かった、ティコ。それと5日後に定例集会がある、そこに来てくれ、正式に魔獣退治とアルレットの礼として書状を送りたい」

「また急だな・・・領主とか、色々通さなくていいのか?」

「ここに関しちゃ俺に一任されてるのさ、騎士団支部長の肩書きは伊達じゃあ無いさ」

 

 にっ、と歯を見せ笑うエルヴェに、ティコも笑い声を漏らす。

 そしてお互い視線を交錯させ、握手をするとエルヴェはまたな、と一言残し扉から出て行った。

 

 来た時とは逆に、木張りの床を気遣うように静かな足音が去っていくのを聞き届けると、ティコもまた部屋を出ようと立つ。

 

 正式に賞状を与えられる、そういえばどれだけぶりだろうか。

 あれば仕事探しも楽になるだろうし、当然報奨金ももらえるんだろう・・・お金、お金・・・?

 

そこでふと、ティコは思い出したかのように立ち止まった。

 

 

「そういやまだ一文無しのままだった・・・」

 

 

ふとポケットをまさぐると出てきたのは、小さなガムの包み紙ひとつだけだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。