トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

10 / 91
第二章:パラダイス・フォール 4話

 

「そうかそうか!孤児院の院長さんが病気に倒れて、それで薬代を捻出しようと・・・」

「ええ、ええ、本ッ当に申し訳なかったと思っていますダンナ!でもどうしても手元にお金がなくて・・・院長がこのまま死んでしまうんじゃないかと思ったらつい手が・・・」

「お前ら・・・オレに言うことないか・・・?」

 

 商店街から離れた裏道を、腕を組み、わざとらしく涙ぐむ赤毛の少女アルの一言一言にうなづくティコと息を切らしぜいぜいと呼吸するロイズは、三人仲良く横並びになって街の外側へと歩いていた。

 

「おう、相棒早かったな!それによく俺の居場所がわかったもんだ、それでこそ相棒だな!」

「早いもクソも、最初にモーションセンサーでソイツ追いかけさせたのはお前だろ!?身分証のおかげで名前控えられただけで捕まりこそしなかったけどよ!有り金のほとんどが罰金で消し飛んだぞ!?どーすんだよ明日の宿とメシ!」

「どうってほとんどお前の大暴れのせいだろ相棒」

 

 今はヘルメットを脱ぎ、小脇に抱えて歩くロイズの顔色は悪い。いまさっき、街の景観や建造物を破壊しながら疾走した罪で捕らえられた際聞いた街の被害、屋台一台、レンガ壁二枚、街灯―――この世界では火を使うランプだが、その他諸々、請求額において実に銀貨20枚、ドルに直せば2000$、円に直せば20万円、ウェイストランド通貨のキャップに直せば西海岸レートでおおよそ2000キャップ以上だろうか。

 

 略奪を生業とする野蛮人(レイダー)ではなく真っ当な兵士四人に囲まれ大暴れして逃げるわけにもいかず、正当な法と、あとちょっとの情状酌量の下に拝み倒し事情を説明し、賠償額の一部――― 前日さんざんティコが飲み倒し、挙句の果てに現地住人に奢り、結果わずかに残った魔獣討伐報酬額、持ち金銀貨5枚を支払い身分を提示、後日支払いと引き伸ばすことで難を逃れたのだ。

 

「まあ、仕事に関しちゃ探して・・・金に関しちゃ荷物にあったガラクタの山から適当に売り払えば何とかなるだろ、それよりも相棒、ちょっと寄り道するぞ」

「は?今晩のメシですら危ういのにまた何を・・・」

 

 眉を寄せ、ロイズはティコを見る。視線を受けたティコは一度二人に挟まれて歩くアルベルト、アルに目を向けると、アルが何か察したように口を開けるのを見て親指を自分に向け、言い放った。

 

「ちょっとお節介に行くのさ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 領都サンストンブリッジは街の建設から明確な方針を決められていたため、貴族たる領主が住まい有事には司令塔として機能する城、その周囲を覆う豪商や有力者の居住、商業区画、そこから壁を隔て一般市民の区画が与えられ、外側に行くごとに歴史は新しくなり住民も貧相な身なりの者が多くなっていく。

 

 街を一直線に突っ切る大通りや商店街を除けばどこもそんな様相を呈しており、裏道の裏道の、日の当たらない場所にはどうしても貧者が寄り集まり、法の執行の及びにくい、内輪の結束が強いスラムが出来上がる。

 

 サンストンブリッジは北西30°程度、スラムと一般の居住区の中間地点、そろそろ二階建ての建物は希少となり一階建ての、木造建築の貧相な家屋が軒を連ねてくる場所に一軒、その建物は存在していた。

 二階建て、均等な大きさに作られた部屋の数は20はありそうな大きな建物。民家にしては大きすぎ、商店にしては店構えが見当たらない。そこそこ広く設けられた庭にはくたびれた遊具が置いてあり、そこで今は何人もの、小さな子どもたちが生い茂った雑草を抜き、小さな畑に種を巻いているところだった。 

 

 彼らに親はいない。領主によって決められた”貧民にパンと勉学を与える”規定に基づき孤児を収容し、少ない助成金を元に貧者を、行き場を無くした小さな命を救済する、サンストンブリッジに存在する孤児院のうちの一つ、それがこの場所だった。

 

 そんな孤児院の一室、せいぜい六畳程度の狭い空間に机やランタンや、本を詰めた棚や、その他必要な物を詰め込んだせいでますます狭くなっている部屋に、荒い息の音が響く。

見ればその狭い部屋の三割ほどを占めている古びたシングルベッドに、一人の女性が横たわっていた。

 

「―――っふぅ、・・・ふぅー・・・あの子達、こんな時だからって何も無理して働かなくてもいいのに・・・嬉しいけど、心配でたまらないわ」

 

 顔を赤くする彼女、手入れが行き届いているが、落ちた髪質から苦労の伺える、純黒の長い髪を無造作にベッドに散らす女性は生地の薄いゆったりとした服を着たまま布団を身体にかけている。

 布団の端から出る細い手とは裏腹に、布団越しにでも思い知らされる豊かな躰をした彼女、孤児院長のエリスは、のそりと起き上がると頭の上の氷袋の中身をボールに流し、魔法で小さな氷を精製すると袋に詰めまた横になると、頭に氷袋を乗せ、余裕のなさを感じさせる深い息をふぅ・・・と吐いた。

 

 そしてそのまま意識を手放そうとした矢先、彼女の部屋のドアがコンコン、と叩かれる。

 それに彼女は目を半開きにしたまま「はぁい」と応じると、続けて「病気が伝染るかもだから、マスクをしてちょうだい」と扉の向こうの相手に話した。

 

「心配するな、こちとらマスクなら年中着けてる」

 

 とても耳に印象的な、喉を焼いたようなガラガラ声がドア越しに響く。彼女はその聞き覚えのない声に驚くと、氷袋が落ちることも気にせず上半身をがばっと起こし、ゆっくりと開かれるドアを見つめる。

 

 やがて扉が全て開かれると、そこには見覚えのある少女アル――― アルベルトと共に、二人の男、片方はそれも貴族階級の居住区にでも行くか、時折街道を貴族や領主が通る時でないとと見られないような白銀の鎧を着た騎士。

 

 もう片方は、生涯一度も見かけたことのないような風貌――― 黒い兜をかぶり素材の不明な目元の赤い宝石を光らせ、腕を通せる大きめの外套を羽織り内側には厚い胸甲を装備する、完全には理解が及ばなかったが、それが戦闘のために洗練された重装備なのだと分かる男が立っていた。

 

「あ、あの、どちら様、でしょうか?」

 

 突然の事態と、氷袋を落としたことでこみ上げてくる熱に頭が回らず、とぎれとぎれに話す。

貧民街の悪漢や商家の人間が連れている用心棒になら、こういった奇抜な風貌を好んで着ける者がいるかもしれないが、彼と並んでいるのは高価なフルプレートメイルを着た騎士そのものだ。

 

 考えれば考えるほど、目の前の存在が理解できなくなる。だが彼らの後ろで顔をのぞかせている赤毛の少女、アルがいるということは、彼女が連れてきたのだろう。だとしたら別に害を与えるために来たわけではないと思えるが―――… 回り出した目が、さらにぐるぐると不安定になりだす。 

 そこまで考えたところで、彼女はとうとう頭を押さえて倒れこみ、枕に頭をぼふん、と抱かれると「すいません・・・」と申し訳無さそうにこぼした。

 

「院長!無理すんじゃないって、どうせ動けないんだから!この騎士のロイズさんと、狩人のティコのダンナが見てくれるらしいから連れてきたんだ!」

「あぁ・・・そうなの・・・ごめんなさいね、不甲斐なくて・・・ごほっ、ごほっ」

 

 倒れこんだ院長エリスに駆け寄り、布団を掛けてやると落ちた氷袋を頭に置き、口調こそ乱暴だったものの優しく手を握るアル。その様子をしみじみと感動しながらティコは見て、ロイズに視線を送る。

 

 視線を受けたロイズは「オレ?」とつぶやき一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐにヘルメットをかぶりパワーアーマーのグローブを外し素手になると、病による疲労や苦しみがあるだろうに無理に微笑むエリスの顔を一瞥し、その手に触れた。

 

「オレ、別に専門じゃないんスけど・・・風邪くらいだったらたぶんどうにかなるんで、お、オネガイシマス・・・」

「大丈夫です、騎士様。私みたいな貧しい者にあなたみたいな人が施してくるだけで満足ですから・・・」

 

 優しく微笑むエリス。それにロイズも表情を真剣なものにすると、診察を開始した。

 

「脈拍は・・・速い、発熱に・・・食欲不振、悪寒もある、と」

「ええ・・・でももう一週間もあって・・・いたっ!」

「え!?」

 

 急に腹部を押さえ、痛みに唸るエリス。

 ロイズは患者の急な様態の変化に驚くと、すぐさま一言断り布団をめくり、エリスが着ているゆったりとした寝間着の裾をめくった。 

 

「最初は小さかったんだけど、だんだん大きくなって・・・」

「ウソだろ、おい!」

 

 めくった裾の裏、彼女の横腹は、円形に真っ赤に腫れていた。

 その知識外の分野の到来にロイズはとうとううろたえ、アルも始めて見た、と涙目になりかけている。

 

 だが一方残されたティコは、ロイズをどかすと冷静にしゃがみこみ横になるエリスの傷に軽く手を当てる。そしてエリスが苦痛の表情を露わにすると、アルとロイズは慌てて無遠慮に腫れの周囲を触り続けるティコを引き剥がし離した。

 

「どういうつもりだグール!自分から来たいって言ったくせに、余計に状況悪くするつもりか!」

「アタシが言える立場じゃないけど、さすがにこれは怒りますよダンナぁ!!」

 

 食いつく二人に囲まれるが、ティコは二人には目もくれずただ、苦痛に悶え長い黒髪を更に散らしたほどであったのに今も無理をして笑おうとするエリスを見つめ口を開いた。

 

「院長さん・・・もしかすると、呼吸が苦しくて、横っ腹はシビれるような痛みじゃ、ないですかい?」

「え?ええ・・・その通りです、でもお医者さんで治癒の魔法をかけてもらっても、ぜんぜん治らなくて・・・」

「なるほど・・・、おい、相棒」

 

 ロイズに目を向け、ティコが言う。

 今なおティコを睨むロイズは、突然の問いかけに機嫌悪そうに返事をした。

 

「今からひとっ走りして、荷車から解毒剤取って来い・・・ラッドスコルピオンの毒(スコルピオンベノム)に似ている。仮にそうじゃないにしろ、生物毒には違いないはずだから今より悪くはならないはずだ・・・おっと、今回は安全運転で頼むぜ?」

「は?一体何でそんなこと・・・」

「さあ早くだ相棒!院長さんが危ないぞ!ハリィ!」

「・・・ああ、もう!」

 

 パワーアーマーの駆動音を響かせ、床板をギシギシと軋ませながら一目散に駆けていくロイズと、それを見送る三人。ティコは窓の外を見て、ロイズがまた通行人にぶつかりそうになりながらも走って行くのを見送ると近くにあった椅子を持ち、横たわるエリスの側に置くとどっかりと座った。

 

「院長さん、寝たがってるところ悪いが、その傷一体いつから?」

「晴れだしてきたのは一週間前ですが・・・ここ、その少し前に街を歩いていた方がぶつかった場所なんです。でもその時痛みはなかったので・・・」

「アンタが恨みを買う人間だとは思えないが、そこで毒を打ち込まれた可能性があるな。まあ諸々の事情は置いといて、今は相棒が帰ってくるのを待っててくれや、院長さん」

 

 そう言い、机の上の容器から一個のリンゴ――― にしては不相応に大きい果実、リンガをひょいと一つつかむと、腰に携えていたマチェットを引っこ抜きしゃりしゃりと剥いていくティコ。

 見た目からは想像もできない小器用なさまに横になっていたエリスも、後ろにいたアルもくすっと笑うと、アルはティコの横に椅子を置き座り、彼の剥いた皮を別の容器に入れ、エリスは彼を信用しロイズの帰りを待つ間、ティコの剥いたリンガを口に運んだ。

 

 

「帰ったぞグール!マップが無かったら迷ってた!だってこのへん知らない所ばっかだし!」

「助かるぜ相棒!ほら、口開けろ!」

「あーん」

 

 ほんの30分もせず帰ってきたロイズは、ティコの興が乗ったのか芸術的な盛り方をされていたリンガをひとつ口に放り込まれると頬張り、両脇に抱えていた救急箱をどさっと床に置く。

 ティコもようやく来たかと両手をすり合わせて嬉しそうにすると、救急箱から注射器と血清の注射器、その他諸々の医療用具を引っ張り出し、注射器の先端からぴゅっと液を飛ばすとまた椅子に座り、エリスの服の袖をまくると手頃な手術用チューブで腕を締める。

 

 だが、赤い目をしたマスクをかぶった大柄な男が、うら若き乙女の手を縛り針のついた道具をこれみよがしに見せつけている。

 傍から見たらとても反社会的なシーンにしか映らないこの状況は当人にとってもなかなか受け入れがたいものだったらしく、状態を起こし腕を縛られているエリスはティコの手にも伝わるほど小さな震えをし、アルは手を出さないまでも顔を多いなんとか見ないようにしていた。

 

 ロイズの方は、三人を視界に入れられる絶妙な立ち位置だったのが災いしてかこの異常なシーンを嫌というほど見せつけられたらしく、頭を抱えなんとも言えない顔をしている。

 

「院長さん・・・確かにこっちじゃあ外科治療が発展しているワケでもなさそうだし、不安になるのは分かるけどよ、別に殺そうってワケじゃないんだ」

「は、はい、分かってます・・・でも少し怖くって」

「・・・まあ、そうだな、理解できる。だがよ、もしその毒が俺の思う通りのものだったら―――適切に治療しないとじわじわ衰弱して、最後は死んじまうかもしれないモンだ。アンタが死んだらどうなる、ここにいる子達を見たぜ、後に残された奴ってのは――― 辛いもんだ」

 

 最後だけ、どこか遠くを見るようにため息混じりに言う。

 その様子に気を取られたのか、ほんの少しだけエリスの震えが止まるとティコは一思いにプスッと針を刺し、押し子をゆっくりと押していき血清を注入する。

 

「っ、あぁ・・・」

「我慢しな、あんたのためだ」

 

 やがて血清が全て注入し終わると、ティコは注射器をエリスの肌から抜き救急箱から包帯を取り腕に巻く。

 

「さて、まあしばらく身体が熱いかもしれんが、これでしばらく休んであとは・・・おろ?」

 

 極度の緊張だったのかエリスは布団にぼふっと倒れこみ、それを見たアルが駆け寄りエリスの肩を揺する。

 だがティコが制止するとすぐにエリスは一瞬瞑ったままだった目を開き、そして見つめる三人に向かってまた優しく微笑んだ。

それを見たティコは、マスクの上から鼻の下を恥ずかしげに掻くといつものクセでマスクを深くかぶり、椅子から立ち上がった。

 

「じゃあ嬢ちゃん、あとは院長さんをしっかり休ませて、看病してやってくれ、俺らはちょいとやることが山積みでな」

「あっ・・・ありがとうございましたティコのダンナ!それと騎士様!きっと仕事中だったのにアタシのせいで・・・それにこんなことまで・・・」

「あー、オレは騎士(ナイト)じゃなくって・・・むしろ仕事探してるんだよ、金は持って行かれて今夜のメシのアテもねーし泊まる場所もねーし、おまけに預けた荷車の代金も払えなくなるから持ってこなけりゃならねーし」

「あ、あの、よかったら・・・」

 

 ようやく山積みになったやるべきことを思い出し、腕を組んでため息を吐き、将来空っぽになるであろうお腹をさする二人に院長エリスが声をかける。

見ればエリスは、先ほど針を刺した、まだ痛むであろう右腕を押さえながら上半身を起こしていた。

 

「エリスさん、無茶はしないでも・・・」

「そうだぜ院長さん、礼は結構だ、なんなら1キャップくらい貰ってもいいが、貧しい人からむしり取るのは俺の流儀に反するぜ」

「いえ、お礼と言えるほどではないのですが、お二人とも泊まる場所が無いとのことでしたのでよければ、ここの部屋を貸し出したいのですが・・・お庭にも場所がありますし、荷車ひとつを置くくらいは、大丈夫です」

 

 そう言ってまた微笑むエリスにロイズはついどきりとし、ティコは顎に手をやりふむ、と一考する。

 

「確かに魅力的だ、そういったお礼なら、喜んで受け取るぜ。さて相棒・・・」

「嫌な予感がする」

 

 後ろに一歩後ずさり、出口に近づく。

 だがティコは彼と距離を詰め、肩をぽんと叩くとマスクの下で笑顔を浮かべ口を開いた。

 

「一緒に荷物取りに行こうや、今度はゆっくりな」

「あぁー!またかよォーっ!」

 

本日二度目の往復が、決まった。




血清はFallout1,2に出てくるアレです。本編だとぶっちゃけ使わないで売られるアレです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。