昼休みの後、エレナが離れなくて困った。あれからすぐに寝たエレナはなかなか起きなかったから仕方なく背負って教室に運び、何度か揺すったりしてようやく起きたと思ったら寝ぼけてずっと引っ付いてた。可愛いんだけど、さすがに場所が悪かった。教室だもん。授業が始まる前には起きてくれたから良かったけど、クラスメイトの目がなぁ……。
放課後になると案の定昼休みの間何があったか問い詰められたけど、部活があるからと俺とエレナは逃げるようにして教室から出た。
「あいつら、なんであそこまで食いつくかなぁ」
「さあ?でも、なんだかんだ言ってお祝いしてくれたからいいじゃない」
「そういう問題じゃ……まあいいけどさ」
嬉しそうにニコニコしてるから、ぐだぐだ言うのも諦めて代わりに溜め息を吐く。
「溜め息吐くと、幸せが逃げちゃうわよぉ?」
「実際どうなんだろな、それ。っと、悪い。電話だ」
ポケットに入れてたスマホが震えたから、廊下の端に移動してディスプレイを見ると、相手はバイト先からだった。なんだろ、次のシフトの件か?
「はい、火野ですけど。……は?代打ち出来る奴足りなくなったから来いってそんな無茶苦茶な、いや今すぐ行ったって間に合うわけ………ちょっ、それだけのことで減額ってちょっと!?………くそ、切りやがった」
「どうしたの?」
「バイト先から呼び出しくらった……。今日バイクないってのに………」
「そういえば去年免許取ってたわねぇ。って、霞黒くんバイトしてたの?」
「あれ、言ってなかったっけ?一応、去年の12月から始めてたんだけど」
部活中に言ったような気がするんだけどなぁ。気の所為だったか?
「初耳よぉ。どこでバイトしてるの?」
「隣町の喫茶店。一応雀卓あって代打ちとかも出来るから」
「基準は麻雀が出来るかどうかなんだ………」
「?」
あれ、何でか知らないが呆れられたぞ。そんなに変なこと言ったかな?
「で、今から行かなきゃいけないんだけど、エレナも来るか?」
「うーん。どうせ部活も中止になるし、せっかくだから行くわ」
「じゃあ行こっか」
部室に向かうのを止めて、校舎を出てバイト先へ向かうことに。
ちなみにこの時、エレナがすかさず腕を組もうとしてきたから回避したら窓から落ちかけた。さすがにこの高さから落ちたら洒落にならないって。
喫茶『雪月花』。コーヒーと個性的な店員でそこそこ有名な喫茶店だ。でも、俺から言わせてもらうと、店長を始め店員達は個性的というよりは変人だ。それでもというかだからというか、店はなかなかに人気があるらしい。学生から中年まで様々な年齢の人が来てるし、男女どちらも来てる。比率的には男性客の方が多いと思うけど。ついでに言うと、うちの母さんは常連だった。
店に入ると、2台ある雀卓の内1台には店員2人と客が2人着いてた。客の実力は知らないけど、店員は両方とも麻雀を始めて日が浅い新入りだったはずだ。あの2人、代打ちはまだ早いと思うんだけどなぁ。まあそれよりも、
「呼び出した本人は何処行ってんだよ……」
「ここだここ」
カウンターに座って新聞を読んでいた40代に見える男性が新聞を畳んで手招きする。厳つい顔とどこぞの鉄血宰相みたいな髭を生やしてるから誤解されやすいが、これでまだ30歳になったばかりらしい。父さんより若いんだよな、この人。俺はエレナを連れてその人の前まで歩く。
「で、なんで俺なんですか」
「捕まったのがお前だけだからだ。それより、来たなら挨拶くらいしろ」
「………火野です」
「見れば解る」
イラッとくるぜ。
「えっと、ここの店長さん?」
「いや、代理」
「代理?」
俺との会話から予想したんだろうけど、予想外の答えからエレナは頭に?マークを浮かべる。まあ、そうなるな。俺を含め店員の大半も同じこと思ったし。ここの店長は見た目20代の中身35歳だからなぁ。しかも店長は普段敵情視察とか言って店にいないし。ちなみに、前に代理の名前を訊ねてみたけど、返ってきたのは「代理だ」だった。誰が何度聞いてもそう答えたらしい。ここの変人筆頭だ。
「で、俺はあいつらの代わりにあの客と打てばいいんですか?」
「お前たちの麻雀は素晴らしかった!打ち筋も運も!だが、しかし、まるで全然!この俺から
無駄にうるさそうだし、あの手の雀士苦手なんだけどなぁ。
「なに、半荘1回でいいんだ。コーヒーくらいなら奢るぞ」
「代理のコーヒー苦いんでココアで。あとミルクレープもお願いします」
「いいだろう。時に火野、その子は?」
「ああ、俺の彼女です」
「彼女!?」
「おうっ」
俺がそう言ったら驚きの声を上げられた。けど、上げたのは代理じゃなくて常連さんだった。というか母さんだった。なんで今日来てるんだよ。
窓際の席に座ってた母さんは面白そうなものを見付けた子供みたいな表情でこっちに来る。身長のことも相まってほんと子供にしか見えない。
「彼女なんていつ出来たのなんでお母さんに報告しないのよ霞黒くんの癖に生意気だよさあ早くお母さんに紹介しなさいハリーハリー!!」
「ちょっ、母さん落ち着いてうるさくて他のお客さんに迷惑だから………」
「口答えなんて霞黒くんの癖に生意気な――ありゃ、エレナちゃん。いらっしゃい」
「あ、どうも」
「ん?……なぁんだ、やっぱりエレナちゃんが彼女だったんだやっぱり霞黒くんのおっぱいせいjいだだだだだ!」
「いくら母さんでも容赦しないからな…?」
余計なことを言いかけた母さんにアイアンクロ―で無理やり黙らせる。
「あうぅ~………」
「じゃあ打ってくるから、母さんのことよろしく」
「あ、うん。いってらっしゃい」
さあて、久々に本気で打つか。
「カン、ツモ。32000の責任払いで」
「…この俺が、箱割れ………!?」
東場でだいぶ稼がれたけど、奪い返せなかった程じゃないから南場で暴れさせてもらった。打ち筋とかはまあまあだったかな。さて、半荘1回って約束だったし、ミルクレープミルクレープっと。
「……先輩、怖すぎ………」
「
言いたい放題かよ。東1から動いてないだけマシだと思ってほしいもんだ。
「おい、貴様……」
「ん?」
「貴様、どうやらここの従業員らしいな」
「そうだけど」
さっきまで対局してたファンサービス(仮称)が立ちふさがってくる。対局中は鬼気迫るというかおっかない表情だった気もするけど、今は爽やかだ。なんだ、こいつ対局中は何かが憑いてるのか?
「なら、またいずれここで貴様と打ち、今度こそ俺のファンサービスを受けてもらう!」
「……いや、別にネト麻でいいんじゃ」
「それじゃあつまんねぇんだよ!首を洗って待ってろ……」
ファンサービスはそう言って店から出て行った。………なんなんだ、一体。変なのに目付けられたなぁ……。ま、いっか。
エレナと母さんがいる席に行くと、既に俺の分のココアとミルクレープがあった。代理仕事速い。
「霞黒くんお疲れ~」
「お疲れ様」
「別にそこまで疲れてはないけどな」
椅子に座ると、すぐにエレナが距離を詰めてきてほとんど密着してくる。近い近い。母さんがいるし外だからさすがに抑えてほしいんだけど……。そう言っても離れることはなく、腕に引っ付いてくる。うーむ、これじゃあ食べにくい。
「おい、エレナ……」
「だって霞黒くん、放課後からあまり相手してくれなかったもーん」
「あーあー熱いなぁー。暖房掛かってる?」
「昼休みにあれだけべったりいてまだ言うか。あとうるさいそこ」
「霞黒くん分補充~♪」
「俺からそんな妙なエネルギー発生してねぇよ。マジで離れて色々ヤバいから」
「えへへ~」
こう言っても密着してくる辺り聞いちゃいねぇよ人の話。さっきから周りが温かい目で見てくるからすっごくむず痒いんだけど。
「なあ、そろそろ食べたいんだけど」
「エレナちゃんを!?」
「黙ってろロリババア。ミルクレープだよ」
「んー?はい、あーん」
「……まあ、そうくるだろうとは思ったよ」
離れたかと思うとフォークでミルクレープを切り、俺に差し出す。何を言っても無駄だろうからそのまま食べることにする。一口食べる度に母さんが茶化してくるからさっきからずっと顔が熱い。エレナも少しは恥ずかしいのか、頬を紅潮させてるけど止める気配はない。結局そのままエレナによる餌付けは続き、帰る時には新入り達にさえからかわれた。あいつら今度まともに打てるようになるまでみっちりしごいてやる。
いつものコンビニ前に着く頃には結構暗かったから、エレナを家まで送って行った。その帰り際に上がっていくかと訊かれたけど、さすがに相手の親御さんに会う勇気はまだないから断ると、笑いながらヘタレって言われた。悪かったなこの野郎。言われっぱなしは癪だから、肩を抱き寄せてキスしてやった。この不意打ちは予想していなかったエレナは驚いてたから、その表情をスマホのカメラに収めて退散する。一応昼間の仕返し成功ってとこかな。
つーか、よく考えたら俺達恋人関係になってまだ1日しか経ってなかった。……まあいっか、別に。
あてーんしょーん、はろはろ~。室内プールのエレナが手に入らなくて力尽きそうなクロウズです。物欲センサーはモンハンだけで充分だ!
今回はなんと、ファンサービスで有名なあの方に来ていただきました。ですがその出番はあまり多くありませんでした、悔しいでしょうねぇ。さらに彼の出番はもうないでしょうねぇ。
学生の本分は勉強。それ故色恋に現を抜かしている2人に非情な現実が突き付けられる。来たる夏休みを2人で過ごすべく、少し距離を置くべきなのかと考えてしまう2人だが、1日保つかも怪しい状態。2人はこの危機を、どうやって乗り越えるか!?次回、『試験上等』。あの子の笑顔に、シャッターチャンス!!(嘘です)
それではこの辺で。はらたま~きよたま~。