メメント・モリ   作:阪本葵

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まだそれほど一夏が出てきていないのに、感想での一夏の評価が低すぎてビックリしました。


第8話 一夏の乱入

自己紹介の後、なんと入学式を行った日にもかかわらず、通常授業を始めた。

IS学園はあくまで高等学校なので、最低限の教育は受けなければならない。

そこにISの授業も入れば、一日だって無駄に出来ないのだ。

ただ、土曜日は午前中授業だし、日曜日、祝祭日も休み、長期休みも日本の学校と同じだけある。

クラブ活動もある。

テストは学期末テストのみだが、その分難易度が高くなっており、当然赤点をとれば補習授業を受けなければならない。

授業内容以外は、ほぼ日本の普通高校と同じスケジュールだ。

体育祭、文化祭、臨海学校、修学旅行etc……行事も豊富だ。

 

とりあえず初めてのIS授業が終わり休み時間、照秋はため息をついた。

授業内容についていけないわけではない。

事前予習、というかこの一年で束やマドカ、スコールに叩き込まれたから問題ない。

ただ、視線がキツイ。

授業中こそ皆授業に集中していたからいいが、終わればその集中は興味の対象へと移る。

さらに他のクラスからも男性操縦者を一目見たいと廊下から教室内を見る大量の生徒。

 

「……鬱陶しいな」

 

マドカが教室の外から照秋を見に来ている生徒を睨む。

 

「まだ近寄らないだけマシだ」

 

フンと鼻を鳴らす箒。

マドカと箒が方々睨んでいるため、教室内のクラスメイト達も照秋達に近付けない状況だ。

この二人、結構他人に厳しいよな、と思った照秋だったが、口には出さない。

 

そこへ、教室の外から一際わっという驚きの声と共に、一人の乱入者が現れた。

 

「よう、箒! 久しぶりだな!」

 

IS学園では珍しい男性の声で名を呼ばれた箒は、声の方を振り向き、顔を見た途端眉間に皺を寄せた。

はたして、そこにいたのは照秋の双子の兄、織斑一夏だった。

たくましく大人の男になりつつある昔より成長した体に、整った顔、さわやかな笑顔。

二卵性なので瓜二つというわけではないが、それでも血のつながった兄弟だから照秋と似ている。

照秋は、どちらかというと一夏より千冬に似ていた。

 

「……何か用か」

 

箒は素っ気なく言う。

それは、一夏と話などしたくないと言っているような態度なのだが、一夏は気付かずニコニコしている。

 

「ちょっと話しようぜ。ここじゃ人が多いから、屋上で」

 

一夏はさわやかな笑顔で箒を連れ出そうとするが、箒はそんな一夏の行動が気に入らなかった。

自分に声をかけるより、先にかけるべき実の弟が目の前にいるだろうが。

 

「おい、織斑」

 

箒は一夏を苗字で呼ぶが、一夏は気付かない。

しかし、そんな一夏の無神経さなど気にせず目を細めて睨んだ。

 

「私より、先に言葉を交わす人物がいるんじゃないのか」

 

箒はチラリと照秋を見て言うが、一夏はこう返した。

 

「ん? 千冬姉か? 千冬姉なら俺のクラスの担任だったから挨拶は済んでるぜ。ていうか、箒は千冬姉がIS学園で教師やってたって知ってたんだな」

 

俺なんか家族なのにそんなことも知らなかった――

そう言葉を続けようとした一夏だったが、箒にはもう我慢の限界だった。

 

「もういい」

 

箒は拳をきつく握りしめる。

 

「私は貴様なんぞと話すことはない。さっさと何処かに()ね」

 

ギロリとひと睨みすると、もう話すことはないと一夏に背中を向けた。

そんな対応をされ驚いた一夏だが、恥ずかしがっていると勘違いしたのか負けずに誘い続ける。

 

「な、なんだよ箒、久々に会った幼馴染じゃないか。そんなこと言わずに――」

 

「そこまでにしろ織斑一夏」

 

今度はマドカが割って入ってきた。

いきなりの乱入者に驚く一夏に、マドカは冷たく言い放つ。

 

「貴様のような兄弟を無視する小物と話す口はない、と言っているんだ。さっさと自分の教室に帰って、大好きな千冬姉とやらと乳繰り合ってろ」

 

あまりの言われように、一夏はムッとする。

 

「なんだよ、あんた」

 

一夏はマドカの方を見て睨むが、そのマドカの顔を見て固まった。

 

「……あんた……なんか……」

 

眼鏡をかけ髪型も違うが、顔のつくりが千冬に似ている気がする。

そこを口にしようとしたら、マドカに強引に遮られた。

 

「こんな無神経な男が双子の兄とは、苦労するなテル?」

 

「テル? 兄?」

 

一夏はマドカが話を振ったテルと呼ばれた人物を見て目を見開く程驚き息を呑んだ。

そこには一夏の双子の弟、照秋が居り、一夏に対し眉を寄せ見つめ返してきた。

 

「なっ……て、照秋!? な、なんでお前がここにいるんだよ!?」

 

「……はあ?」

 

何を言ってるんだコイツは?

何故驚く?

照秋がこのクラスにいることか?

いや、この驚き方はそんな小さいことではない。

一夏は、照秋がIS学園にいることに驚いているのだ。

一週間前あれほど世間を騒がせたというのに、この男は全く知らなかったのである。

つまりこの一週間はおろか離れていた三年、一夏は照秋の所在など全く気にも留めていなかったのだ。

それを理解し、怒りに震える箒とマドカは今にも殴りかかりそうな雰囲気だった。

 

「もう始業ベルは鳴ったわよ。自分の教室に帰りなさい織斑一夏君」

 

突然後ろから声をかけられ驚き振り返ると、そこには困った表情のユーリヤとスコールがいた。

始業ベルがなったと聞いて、急いで戻る一夏に、呆れた表情のユーリヤとスコールと、怒りに一夏の背中を睨む箒とマドカ。

そして散々無視され、終いには驚かれてしまった照秋は、少しの安堵と失望の眼差しで去って行った一夏をずっと目で追っていた。

 

その後、一夏は3組に来ることはなく、比較的平和に学園生活一日目が終わった。

休み時間になれば終始教室の窓には他のクラス、他の学年からの野次馬で埋め尽くされまともに教室を出ることが出来なかったが、話し相手に箒やマドカもいたし、女性への免疫が極端に無いなりにもクラスメイト達とも親交を深めるべく友達作りに取り組んでいた。

箒は根はいい子だが、人見知りだし、見た目が少々きつそうなイメージがあるため取っつきにくく、小学生の時もあまり友達がいなかった。

マドカも見た目やもろもろが箒同様の理由であまり人が近寄らない。

そもそもマドカは学校に行ったことが無いのだから、それ以前の問題だ。

二人とも美人なのに……

そう思った照秋が、ならば自分が仲を取り持ち二人に友達を多く作ってもらおうと奮起したのだ。

 

「余計なことを……」

 

「私は頼んでないぞ」

 

そう毒づく二人だが、同性同年代の友達が多くできたことにまんざらでもないようで、どこか嬉しそうだった。

 

「さて、帰るか」

 

授業が終わり帰ろうとする照秋はチラリと周囲を見ると、そこにはまだ照秋を見るクラスメイト、そして見に来た他クラス、他学年の生徒が教室を囲みきゃいきゃい騒いでいる。

 

「帰りもクロエが迎えに来るのか?」

 

マドカが照秋に尋ねる。

照秋はIS学園登校に際し、途中の護衛がなんとクロエだったのだ。

何も知らない他人が聞けば、あの小さい女の子が護衛とか、何の冗談だ?と思うだろう。

とはいえ、見た目は子供でも、クロエはああ見えて照秋より年上らしい。

しかも、クロエはその見た目に反し数々の格闘術を習得している。

だから、照秋の護衛という目的は問題ないのだが、あの見た目が問題だった。

実際、入学式の際クロエを連れて登校した時、周囲から変な目で見られたからだ。

ちなみに、クロエはどこで仕入れたのか黒いバイザーを着け目を隠している。

 

「フフフ……これで私の戦闘力は倍以上に……いつかビームを……」

 

とか呟いていたが、クロエは厨二病という病気を患っているとマドカが言っていたので照秋は受け流していた。

 

「仕方ないだろ。今、護衛任務に付ける余裕があるのがクロエしかいないんだから」

 

「こんな時に限ってオータムはどこで何をしてるんだか……」

 

マドカはため息を吐き、現在世界を飛び回って仕事をこなしている仲間、オータムの事を考え毒づいた。

 

「大丈夫よ」

 

そこへ、スコールが声をかけてきた。

後にはユーリヤも控えている。

 

「照秋君の寮の部屋、準備できたから」

 

「は?」

 

「はい、これが部屋の鍵」

 

「規則やら諸々は後で目を通しておいてねー」

 

「ちょ、ちょっと待てスコール」

 

淡々と話を進めるスコールとユーリヤに、マドカは混乱した。

 

「ここでは先生と呼びなさいマドマギ」

 

「おい、そのあだ名を言うとはいい度胸だな。殺すぞオバハン」

 

「……あら、そんなに貴女が死にたいのね?」

 

売り言葉に買い言葉、マドカは自分が嫌がるあだ名を言われ、スコールはおばさんと言われ。

一瞬にして空気がピリピリしだした。

一瞬にして静かになる教室。

あまりの殺気にスコールの後ろでプルプル震えだすユーリヤがとても場違いな存在だ。

マドカとスコール、この二人、ワールドエンブリオ社内にいたときもこういった喧嘩を頻繁にしていた。

照秋と箒は知らないが、この二人ともう一人オータムは、ワールドエンブリオに来る前から同じところで働いていた。

どんな場所だったか照秋が聞いても皆はぐらかすので深く聞かなかったが、あれほど卓越したIS技術を持っている人間三人がいたところだから相当すごいところだろう、と照秋と箒は勝手に解釈していた。

二人は普段はそうでもないのだが、ちょっとしたきっかけで、まあだいたいがマドカから吹っかけ、そしてスコールがいなす……のだが、スコールのNGワード「年齢」が必ずマドカの口から飛び出しいつも喧嘩になる。

今ここに血の気が多いオータムがいたら混沌とした場になっていただろうから、そこだけは助かったといえる。

ただ、二人ともまだ理性的なのか今までISを使用してまでは喧嘩をしたことはないが。

睨みあいピクリと拳が動き、殴り合いになるかというとき、決まって仲裁が入る。

 

「まったく……二人とも、人が見てるんだ。いい加減にしろ」

 

それは、箒がいつもため息交じりに二人を止めるのだ。

こういう時の箒は本当に役に立つ。

照秋などこの二人の殺気にやられてしまい、胃がキリキリしだしてお腹を押さえる始末だ。

意外とストレスに弱い照秋の胃である。

 

「そうですよ~! 喧嘩はだめですよ~!」

 

ユーリヤが涙目でスコールとマドカに講義をし、二人はバツが悪そうに顔を歪めた。

 

「殴り合いなんて手が傷つくじゃないですか~! やるならちゃんとルールに則ってグローブを付けないと~!」

 

「え?」

 

「えっ?」

 

ちょっと人と思考と論点がずれているユーリヤは、やはり天然だった。

 

 

 

「んんっ、話を戻しましょう」

 

軽く咳払いをし、改めて説明するスコール。

照秋と一夏たちは、IS学園の生徒の部屋の調整が間に合わないためしばらくは自宅(会社)からの通学を通達されていた。

だが、スコールはもう部屋の調整が済んだから入寮しろと言う。

 

「早いな」

 

マドカは素直に感心する。

照秋と言う存在上、出来るだけ早く入寮した方がセキュリティという面では望ましかった。

だが一夏はともかく、発表から一週間、すでに割り振りが終わっている部屋割りを、また調整するというのは結構時間がかかる。

特に、男女同じ屋根の下という倫理を守りつつ、だ。

10代の男女は性に興味を持つ年代であり、さらに歯止めが効かず後先考えない。

織斑兄弟が寮内に入って、一番の懸念材料がそこだ。

最悪妊娠騒動が勃発する恐れがある。

そうなれば責任問題やら引き抜き、各国の軋轢などの国際問題が浮上するだろう。

というか、それを見込んで各国織斑兄弟を狙ってくる可能性は高い。

いわゆるハニートラップというやつだ。

そういった類の訓練を受けた者なら引っ掛からないように気を付けだろうが、織斑兄弟はそんな訓練を受けていない。

猿のような10代の男が、目の前にぶら下げられた餌に飛びつかないわけがない。

とはいえ、一夏はともかく、照秋に関してはその辺は心配ない。

何故なら、常に目を光らせているマドカと箒、スコールがいるからだ。

 

「部屋は何号室だ? ……ふむ、私の隣か。……隣?」

 

はて?とマドカは首をかしげた。

マドカの部屋は一番端の個室だった。

その隣は誰かと言うと、箒である。

これは、マドカの護衛対象に箒も含まれているためである。

最初この部屋割りを見たとき、マドカは箒と一緒の部屋の方が護衛しやすいと抗議をしたが、決定条項で変更不可とスコールに言われ渋々従ったのだ。

話を戻すが、壁側にあるマドカの部屋の隣と言うのは箒の部屋しかない。

だが、照秋はマドカの部屋の隣だという。

つまりは、

 

「箒ちゃんは照秋君と同室よ。『社長』の達ての希望で、ね」

 

パチンとウィンクするスコール。

そしてすべてを理解したマドカは呆れ、箒は顔を茹蛸のように真っ赤にした。

 

「な、ななななあっ!?」

 

「ええーーー!?」

 

叫ぶクラスメイトと見に来た生徒たち。

あまりにも予想外な部屋割りに、女生徒達はキャーキャー騒ぎ出す。

 

「うそ!? 男女同室っていいの!?」

 

「いいなー!」

 

「篠ノ之さん、なんなら私が代わるよ!」

 

言いたい放題のクラスメイト達に、羨ましそうに見る外野。

 

「仕方ないのよー。『社長』が是非箒ちゃんと照秋君を同部屋に! って言ってきたんだもの―」

 

「つらいですねー。教師としてこの選択は本当につらいですー」

 

すごい棒読みのスコールはため息を吐き困った風な顔を作りつつ、目は笑っていた。

そして、問題はユーリヤだ。

なんでそんな目をキラキラさせて言うのか?

ちなみに、社長とは篠ノ之束の事である。

普段は皆篠ノ之博士とか、束博士とか呼んでいるが、人前では社長と呼ぶようにしている。

つまり、束が照秋と箒を同部屋にするようにスコールに指示、もしくは学園側に圧力はたまたハッキングを行ったということだ。

マドカはニヤニヤ笑うスコールを見た。

……こいつ、実は知ってた? ……いや、知らなかったんだろう。

しかしマドカは知っている。

スコールは快楽主義者であると。

スコールは昔はここまで露骨ではなかったが、こういう面白いことが大好きなのだ。

つまり、スコールは束がぶら下げたネタに、嬉々として飛びつきノリノリで加担したのだ。

 

「……お前……教師としてそれは……」

 

マドカは呆れるが、しかしマドカの任務の内容上、護衛対象の照秋と箒が同じ部屋にいてくれて方が監視しやすいのは確かだ。

箒は未だあうあうと口をパクパクさせパニック、照秋は呆然としていた。

照秋自身、束から一夏と同じ部屋にはしないと言われ安心していたのだ。

たしかに一夏と同じ部屋ではない。

だがしかし……

頭を抱える照秋に、ポンと肩を叩くマドカは、生暖かい目で慰めた。

 

「煩悩に負けるなよ、()少年」

 

「無責任なこと言うな!」

 

だって他人事だもん、と笑顔のマドカ。

照秋は顔を真っ赤にしてマドカを怒るのだった。

そして、スコールは箒に近付き、耳元でこう囁いた。

 

「避妊はちゃんとしなさいよ」

 

「はーーーーーーーーーーっ!!!??」

 

奇声を発し、とうとう箒の脳はオーバーヒート、その場で倒れてしまった。

 

 


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