夕食時、大広間でクラス別に分けられ出された懐石料理に舌鼓うつ。
畳に座布団を敷き、正座で食事を採るのが苦手な生徒は椅子とテーブルが用意されている場所で食事を採る。
海外からの床に座って食べる文化の無い、もしくは畳に正座で座るのがつらい生徒たちがテーブルを利用している。
照秋は座布団の上で胡坐をかき刺身を箸で摘まみ新鮮な刺身に舌鼓を打つ。
「学園の食堂の料理も美味いけど、ここの料理も美味いな」
「この鮮度は地元直送でないとそうそう出会えないな」
「舌の肥えたIS学園の生徒を泊めるんだ、生半可な料理は出せないだろうさ」
照秋の両隣りでは箒とマドカが同じく料理の美味しさに頷いている。
「ただ、量が少ないのが難点だなあ。あ、おかわり」
愚痴りながら茶碗を箒に渡し、箒はおひつの中の白米を茶碗に移す。
「これが普通の量だ。照秋が普段食べすぎなんだ」
「とはいえ、お前は本当にいつもあれだけの量を食べておいて太らんな」
マドカは照秋が茶碗の中のご飯をかきこむ姿を見て、腹に目を移す。
普段照秋は常人の2~3倍ほどの食事量を採る。
朝食も和朝食を一人で3人前採り、昼は麺類特盛、日替わり定食大盛り、丼もの特盛、夜は昼食プラス肉類のおかず大盛りというラインナップだ。
なぜそれほど食事の量を採るのか、それは照秋の普段の練習量のせいである。
「食べないと体がもたないんだ」
照秋は食べないと逆に痩せてしまうという、全世界の女性を敵に回すような生活を送っていた。
ならば練習量を減らせばいいのだが、そんな拷問の様な選択肢、照秋には存在しない。
食べても太らず、食べないと痩せる、これにはさすがの箒やセシリアたちも照秋に対し羨望の眼差しというより嫉妬の目を向けていた。
「羨ましいのか、燃費が悪いと言うべきか、何とも難儀なもんだな。ほら、このエビフライやるよ」
「え、いいの? ありがとう」
マドカが自分の皿からエビフライを摘まみ照秋の皿へ移す。
マドカに礼を言って照秋は嬉しそうに目を輝かせたのを見た箒や周囲の生徒は、こぞって自分のおかずを照秋にあげはじめた。
「どれ、私のエビフライもやろう」
「私も、天ぷらあげるよ」
「私は刺身あげるね」
「茶碗蒸しいる?」
「え、こんなにいいの? みんなありがとう!」
照秋は目を輝かせ、笑顔で礼を言い、それを見た周囲の女子たちは恍惚をした表情で身悶えたという。
そして、それを遠目で見て悔しそうな表情をするセシリア、シャルロット、ラウラ。
この後の反動が怖い。
夜の自由時間になり、セシリアとシャルロット、ラウラは自分たちのグループが止まる部屋を離れ、照秋のいる教員用の部屋に行く。
風呂に入り、丹念に体を磨き気合を入れる3人は、若干下心があった。
臨海学校であるにもかかわらず、生徒たちは学校の制服、ジャージなどを着用せず、旅館の浴衣を着用している。
浴衣、それは、女に色気というアビリティを付加していくれる装備である。
浴衣の着方が分からなかったセシリアは同じ部屋の日本人生徒から着付けをしてもらったのだが、これがまたワビサビを感じるものだった。
日本の文化に興味津々のセシリアは浴衣を着てご満悦だったが、ふと日本人生徒の鏡ナギを見る。
普段は艶やかな長い黒髪に大人しい雰囲気の彼女だが、その黒髪をアップにし浴衣を着ている姿を見て、おもわずセクシーだと思ってしまった。
普段は降ろされている黒髪で見えないうなじ、少し首元を緩めた浴衣の着こなし、チラリと裾から見える白い足首、普段おとなしいからか、愁いを帯びたように見えてしまう表情。
セシリアはキュピーンと閃いた。
このセクシーな姿でテルさんに迫れば……!
そして、セシリアはちらちらと鏡ナギを見ながら自分の浴衣を直し、髪をアップにする。
体や髪は丹念に洗ったから汗臭くはない。
ちゃんとボディケアも欠かしていないから肌艶もいい。
無駄毛の処理もしている。
下着も、この日のために新品の、さらに照秋を誘うようなセクシーなものを選んだ。
よし、いける!
気合十分、セシリアは部屋を出ると、ばったりとシャルロット、ラウラと出会う。
チラリと見ると、シャルロットの体から良い匂いがする。
どうやら考えていることは一緒のようだ。
ラウラはいつも通りだが、髪が十分乾いていないからか長い髪を束ねポニーテールにしている。
「あら、お二人はどちらへ行かれるのですか?」
白々しく聞くセシリアにシャルロットはニコリと笑う。
「今から照秋のところに行こうかと思ってね」
やっぱりか、とセシリアは内心舌打ちする。
別にシャルロットが嫌いなわけではないが、これから起こす行動で自分は初体験をする予定なのだ。
出来れば、ムードを高め、二人きりで自分の初めてを卒業したいと思っているのである。
だが、それはシャルロットも同じようで、はははと乾いた笑い声をあげる。
「私はクラリッサから連絡の催促が来てな、それを言いに行こうかと思っているのだ」
クラリッサとは、ドイツ在住のIS部隊の副隊長であり、ラウラの部下であり、照秋の婚約者である。
そんな彼女とは、照秋はほぼ毎日連絡を取り合っているのだが、今日は何やら急を要するらしい。
セシリアとシャルロットはとりあえず自分たちの目的の事は保留にして、照秋の元へ向かおうという事になった。
そんなこんなで三人で向かっている途中、ふとある部屋の前でふすまに耳を張り付けて真剣な表情をしている鈴と箒がいた。
「何をなさってるのですか?」
セシリアがそう尋ねると、鈴と箒はすかさず人差し指を口元で立てシーっと言う。
そして、こっちに来いと手招きをする鈴の顔は何故か赤かった。
とりあえず言われた通り近寄りふすまに耳を近付けるセシリア、シャルロット、ラウラ。
すると、なにやら扉の向こうから声が聞こえてきた。
『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』
『そんな訳あるか、馬鹿者……んっ! す、少しは加減をしろ』
『はいはい。んじゃあ、ここは……と』
『くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅっ!!』
『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし……ねっ』
『あぁっ!』
「こ……これは……!?」
顔を真っ赤にするセシリア。
声の主は織斑一夏と織斑千冬である。
そういえば、二人は同質だと言っていたことを思い出すが、しかし聞こえてくる会話はおよそ姉弟のものとは思えない内容であった。
見渡すと、ラウラ以外が顔を真っ赤にして聞き入っていた。
ラウラは会話の内容を聞いても首を傾げるばかりである。
顔を真っ赤にして聞き入っている女子たちは、会話の内容で同じ想像をしていた。
「あ、あいつ……私に手を出さないで、ち、ちちち千冬さんに……!」
プルプル震える鈴を見て、同情の目を向ける箒たち。
すると、突如耳を張り付けていたふすまが勢いよく開かれた。
支えていたふすまが無くなりバランスを崩し、前のめりに倒れてしまう。
揃って倒れた箒たちは、ふと目の前に見える足が。
恐る恐る顔を上げると、そこには呆れ顔の千冬が腕を組んで見下ろしているのだった。
「何をしているんだお前たちは」
仁王立ちの千冬に、目の前で正座をしている箒たち。
「い、いや、なんだか声が聞こえてきたので……」
「私は、照秋の部屋に行こうとしたら鈴がふすまに張り付いていたので、何をしているのかなと……」
「わたくしたちもテルさんのところに行く途中に、鈴さんに呼ばれて……」
顔を赤くして目をそらす鈴と、俯く箒たちに、ピンときた千冬は深くため息をついた。
「何を想像したんだお前たちは」
「い、いや」
「それは……」
言い淀む箒たちだが、一人表情を変えないラウラは言い放つ。
「クールダウンの柔軟体操かマッサージか、そんなところでは? 昔から教官は艶のある声を上げながらストレッチをしてましたからね」
我々の部隊ではクラリッサ曰くご褒美でした、と真顔で言うラウラに、ポカンと口を開ける千冬。
「……そうだったのか」
自分の知らぬ癖を指摘され、頬を赤くして頭を抱える千冬。
そして、自分たちがあらぬ誤解をしていたことに、さらに顔を真っ赤にして俯く箒たちだった。
「普段こうして話をする機会もないメンツだからな、ここらで少し腹を割って話をしようか」
そう言って皆に缶ジュースを手渡し、口を付けるのを確認すると、千冬は手に缶ビールを持ちプシュッとプルタブを開ける。
「……一応職務中では?」
「硬い事を言うな。それにお前たちには口止め料を払ったぞ」
そう言われアッと声を上げる。
千冬の隣では一夏が苦笑していた。
「で、だ。まあいろいろ国やら委員会やらの思惑に振り回されてるお前たちに聞きたい。一夏や照秋のどこがいいんだ?」
「え、千冬姉? あの、俺いるんだけど?」
「うるさい黙ってろ」
戸惑う一夏を一蹴し、チラリと端にいる鈴に目を向け、お前から話せと促す千冬。
鈴は、恥ずかしそうにもじもじしながらも、しかししっかりと言った。
「わ、私は一夏の優しくて、頼りになるところです」
「ほう」
ハッキリ言うとは思わなかったようで、千冬は驚き、隣では一夏も驚いている。
「日本の小学校に転入したころ、私はクラスメイトにいじめられていました。それを助けてくれたのが一夏なんです」
はじめて聞くエピソードに、そんな馬鹿なとか、一夏がそんな綺麗な事するはずがないとか、そんなつぶやきが聞こえてきた。
犯人は箒とシャルロットであるが、千冬と鈴は無視した。
「一夏は私を守ってくれた、大切な人です」
ハッキリとそう言う鈴を見て、フムと頷く千冬に、恥ずかしそうに頭をかく一夏。
「では、次は篠ノ之だな」
「私は照秋の優しいところが好きです」
即答の箒。
若干喰い気味である。
「それだけか?」
「もちろんそれだけではありません。しかし、照秋は人一倍優しいです。何故なら照秋は人の苦しみ、悲しみを知っているからです」
だから、照秋は人にやさしく接するのだと、箒は言った。
「……まあ、鍛錬には一切妥協しないので、私たちや剣道部の部員が泣いても許さない鬼畜の大馬鹿者ですが」
「……アレは何とかならんのか?」
「ならないでしょうね。先日照秋の中学時代の師である新風三太夫先生に会い窘められていましたが、まったく聞き入れてませんでしたから」
眉間を押さえる千冬だったが、しかし、と箒が言葉を続けた。
「ラウラが言っていました。照秋は大事な人を守るために強くなりたいのだと。そして、その大事な人が私たちなのだと。そう言われてしまったら、止めることはできませんよ」
ふわりと笑う箒に、小さくそうか、と呟いた千冬は、次にセシリアを見る。
「わたくしは、テルさんの強い心に惹かれました」
「強い心?」
「テルさんのトレーニングは、基礎練習の反復がほとんどです。それは、とてもつらいものです」
そう言われて、千冬は頷く。
練習において、一番大切なものは基本である。
そして得てして基本練習というのは単調で、反復練習をしているとつまらないものが多く心が折れてしまい基礎練習を蔑ろにしてしまう者も多い。
だが、照秋はそんな反復練習に一つも文句も愚痴も言わず淡々と繰り返す。
そして研ぎ澄まされる心技体は、セシリアから見ても輝いていた。
「強さへの飽くなき探究心。まるでサムライであると錯覚するほどの崇高な精神。そんな強い心が、そしてわたくしたちへ向ける多大な愛情が、わたくしがテルさんを愛する理由です」
「……そうか」
なんとまあ、恥ずかしげもなく堂々と言うものだと、聞いていた千冬が恥ずかしくなってくるセシリアの告白。
次にセシリアの隣にいるシャルロットを見る。
シャルロットに関しては一夏の美人局事件、デュノア社の不祥事、ワールドエンブリオの買収、フランス政府の大々的と国を巻き込んだ事態の中心的人物である。
この真相は闇に葬られるものであり、語られる子のない事実であるが、事実照秋に、そしてワールドエンブリオに助けてもらい新たな人生を歩むことが出来たシャルロットは名前もデュノアからロセルへと変えたといういきさつがある。
そんなシャルロットであるが、最近照秋に告白したらしいと噂を聞いた。
「ロセル、お前は最近照秋に告白したらしいな」
「え!?」
千冬の衝撃的な言葉に驚く一夏。
そんなシャルロットは、恥ずかしそうに頬を赤く染め、頷いた。
「そこに、贖罪は無いのか?」
千冬のいう贖罪というのは、一夏の美人局事件に巻き込み照秋に血を流させるほどの怪我を負わせ、さらに自分を助けるために尽力してくれたことへのものを指している。
しかし、シャルロットは首を横に振った。
「僕は、気が付いたら照秋が好きになってました。でも、僕は照秋にすごく迷惑をかけたから、この気持ちを打ち明けないでおこう、ずっと友達でいようと思ってたんです」
実際、自分がしたことは友達すらおこがましいんですけどね、と笑いながら言うシャルロットの顔を一夏は見ることが出来ず悔しそうに歯を食いしばり目をそらしてしまった。
「でも、マドカが言ってくれたんです。『今まで自分を殺して、言いなりの人生を送ってきたんだから、もう自分の気持ちに素直になれ』って」
箒とセシリアも後押ししてくれましたし、と肩をすくめ、えへへと照れ笑いするシャルロットを優しく見守る箒とセシリア。
「照秋は僕を助けてくれた、とても大切な人です。だから、僕は照秋を助けたいんです」
「そうか」
短くそう言い、千冬はどこか誇らしげだった。
自分の知らない照秋を、彼女たちの口から聞き、それが逞しく成長した姿であることに嬉しさを感じた。
次にラウラの方を見た千冬だが……
「私は照秋の愛人として傍にいます」
堂々とそうのたまうラウラに、千冬は呆れ、一夏はまたしても驚きの表情を向ける。
「……お前はそれでいいのか?」
「IS委員会の施行した一夫多妻制度は一国一人と定められています。我がドイツはクラリッサが照秋の嫁です。部下の婿を横取りするなど、非道な事は私は出来ません」
凄く男らしい感じだが、言っていることは不埒なものである。
「一夫多妻制度に、嫁以外を受け入れてはならないとは一文も書かれていませんので。それに、私は別に嫁にこだわりはありません。照秋の傍でいることができ、戦うことができれば満足です」
そう満足そうに言うラウラ。
だが千冬は、それを聞いて確認したいことがった。
「ラウラ、お前の実力は国家代表と遜色ないほどであると私は分析している。そんなお前が、照秋を認めるという事は、照秋もそれ相応の実力を持っているという事か?」
クラス代表戦、所属不明の無人機IS撃退、凰鈴音との非公式試合、学年別トーナメントでの箒との熱戦。
照秋の試合を見て、振り返る千冬は、照秋は代表候補生のレベルを超える実力であると踏んでいた。
振り返ってみれば、ロシアの国家代表である更識楯無に圧倒的実力差で勝利したマドカに対し、照秋はクラス代表戦において、マドカと対戦し、マドカのISが打鉄ではあったがそれでも勝利しているのだ。
「私は照秋と真剣勝負をし、負けました」
いつ、とは言わない。
「私は、任務以外で初めて本気で戦いました。持ちうる力をすべて出し尽くしました。それでも照秋には勝てなかった」
ラウラは、国家代表たちを見限っていた。
所詮スポーツであると認識し、ISの戦闘における意識の低さに落胆していた。
戦場や災害現場とは違う、纏う空気の温さに失望していた。
技量は高くとも、勝利への執着心が国の威信だとか、自身の評価止まりなのである。
以前も記述したが、実際ラウラは本気を出せばドイツの現国家代表に勝てる実力を持っている。
しかし、温い戦いに興味のないラウラはスポーツとしてのISを見限り、国防でのIS活用に己の身をを投じ生きていくと決めた。
ラウラの求める戦いとは、命を懸けた、己が存在を賭けた戦い。
そこには国も、プライドもなく、ただ、生き残ることのみをかけた生死を分けた戦いのみ。
やるか、やられるか。
そんな戦いを求めるラウラの元に、現れたのはまさに自分が求めていた戦いをする照秋だった。
もう一目惚れと言ってもいいだろう。
「私は照秋との戦いに愛を感じました」
「いや……それは……」
流石の千冬もラウラのカミングアウトに引いた。
命を懸けた戦いに愛を感じるとか、ヤバすぎるだろう。
バトルジャンキーであると自覚している千冬でさえ、ラウラのトンでも思考は理解できなかった。
しかし、それでも皆が共通していることがある。
鈴は一夏を、箒、セシリア、シャルロット、ラウラは照秋を、正しく愛してくれているのだと。
人に愛される人間に育ってくれたこと、これほど嬉しい事は無い。
そんな彼女たちだからこそ、千冬は言わなければならない。
今まで散々後回しにし、口にしなかった真実を。