メメント・モリ   作:阪本葵

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第60話 照秋対一夏

1年のタッグトーナメントは第一試合から歓声が沸いた。

 

まず、巨大スクリーンにトーナメント表が表示され、そこにタッグの名前が埋まっていく。

トーナメントはA、B、C、Dの4つのブロックに分かれ、Aブロック勝者対Bブロック勝者、Cブロック勝者対Dブロック勝者、最後にA、Bブロック勝者対C、Dブロック勝者の対戦となる。

さらに全生徒強制参加であるため、一日では終わらないこの行事は一週間かけて行われる。

なので、今日試合が行われない生徒もいるわけだ。

だが、そのトーナメント表の第一試合に名前が表示された時、観客席にいた生徒は勿論、来賓席の要人達もざわめいた。

 

学年別タッグトーナメント、1年生部門Aブロック第一試合

 

織斑一夏 谷本 癒子 ペア

    VS

織斑照秋 メイ・ブラックウェル ペア

 

来賓客は世界で二例しかいない男性操縦者の試合、さらにその男性同士の戦闘と同時に第三世代機同士の戦闘に沸き、カメラなどの準備にあわただしくなる。

そして生徒たちは、学園内に二人しかいない男子生徒が戦うということにキャーキャー喚き、さらにどちらが勝つか賭けまで発生した。

 

トーナメント表が発表され、照秋とメイは驚くと同時に早速作戦会議を始めた。

 

「正直、ペアの谷本さんの実力が不明なんで最初は様子見をしていきたい」

 

「うん、妥当だね」

 

「恐らく、一夏が一人で突っ込んで来る可能性が高いから、俺が一夏を相手してメイと距離を取る。メイには谷本さんを一人で相手してもらう事になるだろうけど、最初は無理に攻めず回避に専念して相手の情報収集に努めてほしい」

 

「うん、わかった。でもなんでお兄さんが一人で突っ込んで来るって思うの?」

 

「アイツは自意識過剰で自分は誰よりも強いと勘違いして一人で何でもできると思ってる節がある。たぶん谷本さんは代表候補生ほど技量が無いだろうから、一人でまとめて相手して倒そうとすると思うんだ」

 

「さすが兄弟、良くわかってるんだね」

 

「わかりたくないけどな。アイツは単純なんだ」

 

「ふーん」

 

頭を突き合わせ真剣に作戦会議をする二人だったが、それを遠目に見ていた箒やセシリアは憎々しげにメイを睨んでいた。

 

「くうっ……試合だから接触を控えていたら、あそこまで親密になるとは……あ、おい近付き過ぎだ照秋!」

 

「これは、トーナメントが終わったらすぐに穴埋めをしなければ……ああっ、手が触れ合ってますわよテルさん!!」

 

トーナメント終了後、照秋は待ち受ける受難を知らず、真剣にメイと作戦会議を続けるのだった。

 

 

 

対して、一夏はトーナメント表を見て驚愕する。

 

(おい、嘘だろ!? ここの対戦相手はラウラだろうが! それで、俺がVTシステムからラウラを助けてラウラの嫁宣言受けるルートだろうが!)

 

一夏は、ラウラと照秋の間でのことや、VTシステム問題が解決していること、さらに照秋への愛人発言などを知らない。

一応1組でも話題になっていたのだが、最近は千冬からの稽古と更生と称したリンチに近い特訓によって周囲の声を聴く余裕もなかったのである。

それに、ラウラの態度も今まで通りのクラスでは孤立した状況であったため全く気にしていなかったのだ。

自身の事で一杯一杯だった一夏は、後にタッグトーナメントのペアを組む条件を聞いて焦った。

原作には専用機持ち同士のペアを禁ずるや、代表候補生同士のペアを禁ずるなどという縛りはなかった。

原作では、一夏とシャルが組んでいたから、タッグの条件を知らないまま当然とばかりに一夏はシャルに声をかけた。

気まずい雰囲気の間だったが、そんなもの関係ないと一夏はシャルにペアを組もうと持ちかけるが、シャルはそんな一夏に対し眉を顰め言い放った。

 

「専用機持ち同士はペアを組めないんだよ?」

 

「え?」

 

「それに僕は相川さんと組むことに決めてるから」

 

じゃあね、とあっさり拒否された一夏はそこで初めてペアの条件を知り原作と剥離していることに焦りを覚えた。

そもそもこれまでに原作とは違う状況が多発しているのだから今更であるが、この「インフィニット・ストラトス」という物語の主人公であると疑わない織斑一夏はそういった原作と剥離する事象を許せない。

なぜなら、剥離するという事は原作知識という名の未来予測が役に立たないのだから、どう立ち回ればいいのかわからなくなるからだ。

とりあえず、専用機持ち同士のペアを禁ずるという事で鈴ともペアを組めないので、クラスでも比較的仲の良い谷本癒子を誘いペアを組むことにした。

そして一応ペアを組むという事で一緒に練習をしたが、ここで驚愕の事実を知る。

谷本癒子のIS操縦技術が低いことだ。

いや、正確に言うと専用機持ちや代表候補生などISと多く接触できる人間以外は一般人と変わらないほどのレベルだった。

どれほど自分の技量が高いのか、どれほど自分がISと触れ合える機会が多く恵まれているのかがわかる。

だから、とりあえず自分のことより谷本の技量を高めることに専念し、ある程度までのレベルに達したと判断してから連携を取る練習に時間を費やしたが、それもほとんど付け焼刃程度のものでしかなかった。

結局、一夏の考えた作戦は自分の白式という第三世代機専用機と技量の高さにものを言わせた速攻攻撃で谷本に危害が加わる前に相手を倒してしまおうというものだった。

これならば専用機持ちが対戦相手になるまでは勝ち抜けるハズだと考えた。

しかし、問題もある。

谷本をペアにして、最初の対戦相手になるであろうラウラに勝てるかという事だ。

原作でもシャルの援護があって初めて追いこめたこともあったし、VTシステムが発動するようなダメージもシャルが攻撃したからだ。

弱気になるが、それでも勝てないとは思わなかった。

照秋を嵌めようとして返り討ちに遭ってから、千冬による地獄のような特訓を毎日受けていたのだ。

原作の一夏よりは強くなっていると自負している。

そう考えれば原作乖離に対処できているのか、その乖離に対応できるように世界が修正を行っているのかわからないが、どちらにしろ自分に味方していると判断した一夏は作戦はそのままにラウラとの初戦に臨もうと意気込んでいた。

だが、ふたを開ければ原作と乖離した、原作に存在しない一夏の弟、照秋との対戦である。

 

(あいつは、どれだけ俺の計画を邪魔すれば気が済むんだ!!)

 

更衣室の椅子を蹴り上げ怒りをあらわにする一夏だったが、やがてニヤリと笑みを浮かべる。

 

(まあ丁度いい。俺は千冬姉の特訓で強くなったんだ。あんな体力バカに負ける要素なんて無い!)

 

根拠のない自信だが、その自信は千冬から受けた地獄の特訓を生き抜いたというところからきている。

その短慮な自信が、状況把握を鈍らせる。

一夏が強くなる時間があったという事は、それと同じ時間を過ごしている照秋も強くなっているという事を。

さらには、一夏が千冬に課せられたメニューの倍以上の練習を毎日こなしているという事を。

 

 

 

一回戦開始の時間になりピットから飛び立ち、互いに向かい合う。

満席の観戦席からは歓声が起こり試合開始を待ちわびている。

そんなアリーナの中心で、一夏は照秋を殺さんばかりに睨み、隣ではラファールリヴァイブを纏った谷本がいつもと違う一夏の態度にオロオロしている。

対して照秋は専用機のメメント・モリの装備であるバイザーを着け目元が隠れているため表情が窺えず、パートナーのメイは打鉄を纏い谷本をジッと観察している。

 

「おい、クズ」

 

一夏から発せられた暴言に驚く谷本とメイ。

しかし、照秋は無反応だ。

そんな無反応に一夏は苛立ちを覚え舌打ちする。

 

「ちっ、無視かよ。まあいいさ、どうせお前は俺に負けるんだ」

 

自信満々な言葉に、谷本は勝機があるのかと表情を緩めるが、照秋は全く反応しない。

 

「メイ、打ち合わせたとおりに行動しよう」

 

「うんわかった。あの態度で照秋君の予想が当たるって確信したよ」

 

一夏の戯言に耳を貸さず、メイと打ち合わせをする照秋。

そんな態度にさらに憤慨する一夏は、試合開始のブザーが鳴るのを今か今かと待ちわびる。

 

『ただ今から、学年別タッグトーナメント、第一試合を開始します。選手は正々堂々試合に臨んでください』

 

アナウンスが始まり、一夏は前傾姿勢をとり、照秋は刀剣型ブレード[ノワール]を持ち八双の構えをとる。

 

ビ―――ッ!!

 

試合開始のブザーが鳴り、同時に一夏が瞬時加速を駆使し一気に照秋に接近した。

 

「ぜらあああぁぁぁっ!!」

 

掛け声と共に雪片を展開し零落白夜を発動、照秋に向かって振り降ろす。

零落白夜は、エネルギーの刃を形成し相手のエネルギー兵器による攻撃を無効化したり、シールドバリアーを斬り裂いて相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与えられる白式最大の攻撃能力である。

しかし自身のシールドエネルギーを消費して稼動するため、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもあるのだが、有効なのはエネルギー兵器であり、実体兵器にとっては普通の武器と変わりない。

そして、零落白夜を扱うにはタイミングが重要で、今一夏が零落白夜を使って照秋に攻撃を仕掛けたことは正解だったのだろうか?

応えは否である。

照秋は、一夏は振り降ろした雪片をノワールで簡単に受け止めた。

 

「なっ!?」

 

驚く一夏だったが、驚く暇があったら次の手を打てばいいのだ。

照秋は逆にその隙を突き一夏の腹に蹴りを入れる。

 

「ぐふぅっ!?」

 

蹴りによって吹き飛ばされ、地面をバウンドする一夏だったが、すぐに体勢を立て直し再び照秋に接近する。

 

「何してくれてんだコラアアァァッ!!」

 

絶叫に近い声と共にバカの一つ覚えのように再び零落白夜を展開し瞬時加速を使い照秋に接近する。

動作が丸見えの剣筋など脅威にもならない。

確かに零落白夜という能力は一撃必殺で当たればとんでもないダメージを受けるが、しかし当たらなければどうという事は無いのだ。

赤子がナイフを持って大人に向けて振り回しても、それは危険ではあっても対処できないものではない。

照秋は、再び難なく零落白夜を発動している雪片をノワールで受け止める。

 

「なんで!? なんで受け止めれる!? なんでダメージが通らない!?」

 

一夏の言葉に、呆れる照秋。

 

「零落白夜はエネルギー兵器の攻撃を無効化するが、実体兵器には普通の攻撃となる。そもそも零落白夜はシールドバリアを切り裂くことが最大の長所だろう? 当てなければ零落白夜なんぞ宝の持ち腐れだぞ」

 

「う、うるせえうるせえうるせえええぇぇっ!!」

 

照秋の冷静な説明に、癇癪を起したように喚き散らす一夏は我武者羅に雪片を振り回し間断なく攻撃を仕掛ける。

それをノワールで難なくさばく照秋だったが、観戦席にいる生徒、来賓客たちは最初こそ激しい攻防に沸いたが徐々に今起こっている光景の異常さに気付き歓声がざわめきに変わり、やがて無言になった。

 

「……ね、ねえおかしくない?」

 

観戦席の生徒達からそんな声が漏れる。

 

「織斑照秋君……試合開始から一歩も動いてないよね?」

 

「織斑一夏君の攻撃も避けないでその場所で全部捌いてるよね?」

 

「……あんな事、普通出来るの?」

 

そのざわめきは、目の前に起こる異様な光景の感嘆なのか、畏怖なのか。

生徒たちは会話すらも惜しいとばかりに試合に釘付けになるのだった。

 

照秋と一夏の戦いから離れた場所では、メイと谷本も戦っていた。

しかし、この二人の戦いは終わりを迎えつつあった。

 

「メイさんって代表候補生じゃないよね!?」

 

谷本は疲労こんぱいと言った顔でメイを睨む。

 

「うん」

 

メイは短く答えるが、当のメイは疲労の色が窺えずケロッとしている。

谷本が繰り出した重機関銃「デザート・フォックス」の攻撃や近接ブレード「ブレッド・スライサー」での近接戦闘など、悉くを躱し、逆に上手く隙を突き正確に近接用ブレード「葵」とアサルトライフル「焔備」を巧みに扱いダメージを与えるメイ。

気付けばメイは多少ダメージを食らいつつも致命傷には至らず軽微であり、逆に谷本はシールドエネルギーもわずかの満身創痍の状況である。

 

「じゃあ、なんでそんなに強いの!? どうみても私たちと同じレベルじゃないよ!?」

 

そう捲し立てる谷本だったが、メイはこの試合までの照秋との特訓を思い出したのか遠い目をし始めた。

 

「そりゃあ……それ相応の(地獄の)特訓をしてきたからだよ……照秋君、私が泣いても全く妥協しないんだもん……何よ最後の方のマニュアル操作で1000ピースのジグソーパズル完成させろって! こんな大きな機械の腕と指でそんな精密操作させないでよ! ただでさえパズルとかのちまちました作業苦手なのにさ!! しかも完成するまで帰さないとか、いじめ!? ねえいじめ!?」

 

怒りながらダンダンと地面を蹴るメイを見て、谷本はゴメンと謝るのだった。

 

 

 

照秋と一夏の戦いは未だ続いていたが、どちらが優勢なのかは明らかだった。

一夏は最初から考えなしに零落白夜を発動しまくり、自身のシールドエネルギーが激減したことに焦り、今は普通に雪片で攻撃を繰り出している。

だが照秋は最初と変わらずノワール一本でその場から一歩も動かず捌く。

 

「くそっ! くそくそくそくそくそ!!」

 

焦り、なりふり構わず雪片を振り回す一夏は近接戦闘を続けたことによって無酸素運動を強いられ、顔色が紫色に変色している。

しかし、止めるわけにはいかない。

今止めて距離を取れば間違いなく照秋がチャンスとばかりに攻撃を仕掛けてくるだろう。

今でこそ自分の攻撃をさばくのに精一杯の照秋だから、ここで踏ん張って活路を開くしかないと分析している一夏。

勘違い甚だしい分析力である。

実際は、照秋は一夏の繰り出す温い攻撃に対し失望していた。

あれほどキャンキャン吠え、目の敵にして突っ掛ってきたからもっと強いのかと思ったのだ。

千冬から特訓を受けているという情報もあったから、その期待値が高かったのだが蓋をを開けてみればこの実力差である。

小さい頃、あれほど自分より強いからと腕力のものを言わせ暴力を振るってきた兄が。

全く敵わず、泣いて謝るしかできなかった相手が。

 

――こんなにも弱かったとは。

 

最初こそ、無駄の多い剣筋や我武者羅な攻撃をブラフだと思って慎重になり防御に徹し、途中がら空きだったので思わず蹴りをいれ様子を窺ったりしていたが、一夏は隠している実力を出そうとせず、むしろ焦り攻撃のムラが大きくなっていく。

ここまで来て、ある予測を立てた。

もしかして、一夏の実力はこの程度なのか、と。

 

「――もういい」

 

今まで受け止めいなしていた一夏の剣戟を、照秋は弾き返した。

 

「うおっ!」

 

一夏は照秋の弾き返す力によってバランスを崩し、後退してしまう。

一夏はしまったと舌打ちし酸欠状態の荒れる息を整えながら照秋の反撃に備え構えを取るが、照秋はその場から動かずだらりと腕を下ろし項垂れる。

 

「もっとやる奴だと思っていたけど、過大評価だったみたいだ」

 

「……何を……言ってやがる……」

 

息を整えつつ照秋から目を離さない一夏は、照秋の雰囲気が変わったことに気付いた。

先程までは受けなかった、肌を刺すようなピリピリとした空気が、照秋を中心に巻き起こる。

整えた息が、苦しくなり肺が締め付けられるような感覚。

照秋とは距離が離れているはずなのに、距離感がおかしくなったのか照秋が近くに見える……いや、大きく見える。

この感覚は覚えがある。

これは……

 

「……ち、千冬姉と……同じ空気……」

 

一夏は目の前にいる照秋と、千冬を重ね合わせてしまった。

すると、自身の異変に気付く。

手足が震え、動かなくなっているのだ。

 

「な……何だよ……これ……」

 

歯がかみ合わず、ガチガチ鳴りながらも声を絞り出す。

 

「なんなんだよ! お前は!!」

 

動かない体に震える手足、狭まる視界に高鳴る心音、荒れる呼吸。

状況を理解し、今自分が照秋に抱いている感情が千冬と同じであると理解してしまう前に。

 

「終わりだ」

 

照秋が蜻蛉の構えから繰り出す一撃必殺「雲耀の太刀」によって、白式の残っていたシールドエネルギーは一気にゼロになり、さらにこの攻撃によって絶対防御が発動し、攻撃の衝撃によって一夏は気絶、と同時にメイと谷本の戦いも終わり試合終了のブザーが鳴り響くのだった。

 

 

 

試合終了後、ピットに帰ると照秋はISを解除し、試合モードの気持ちを切り替えるために大きく息を吐きだした。

箒とセシリアは照秋の労をねぎらおうと近寄ろうとすると、そこにメイが駆け寄ってきた。

 

「やったね照秋君!!」

 

駆け寄ってくるメイは、笑顔で手を大きく振る。

そんな彼女を見てフッと笑い、彼女の上げた手に合わせ照秋も手を上げ、パチンとハイタッチする。

そんなフレンドリーな二人を見て目を剥く箒とセシリア。

 

「今までの地獄の特訓が報われたよ……!」

 

目に涙を浮かべ、照秋との特訓を思い出すメイ。

箒とセシリアはそんな涙ながらに特訓の苦しさを漏らしたメイを見て、なんか申し訳ない気持ちになってしまった。

 

「そ、そうか……辛い思いをしたんだな……照秋は練習に関しては妥協しないからなぁ……」

 

「同情しますわ……わたくし、上辺だけで嫉妬してしまった自分が恥ずかしいですわ」

 

そんなつぶやきは照秋にもバッチリ聞こえていたので、あまりな言われ方だとショックを受けるのだった。

 

 


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