メメント・モリ   作:阪本葵

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第6話 女たちの思惑

「なんで私までIS学園に入学しなければならないんだ……」

 

「聞き飽きたぞ、その愚痴は。……ムフフ……」

 

マドカはため息をつき、手に持つ白を基調としたIS学園の制服を睨む。

そんな隣で箒は、これから照秋とのきゃっきゃウフフな学園生活を妄想しニヤニヤしていた。

 

「やれやれ、マドマギはまだゴネてるんですか?」

 

「おいクロエ、マドマギ言うな殺すぞ」

 

ふーやれやれと大きなため気をつき肩をすくめ首を横に振るクロエに、本人にとって非常に嫌なあだ名で呼ばれ睨むマドカ。

 

「ふん、テルの護衛なんぞいらんだろう? あいつは自分の身は自分で守れる力を持ってるし、叩き込んだからな。それに、たしか剣道三倍段だったか? 長モノ持たせたら私でも近付くのは難しいぞ」

 

「それは、あくまで訓練での話です。照秋さんが学園内で命のやりに取り関わったときその力を十全に発揮できるとは限りません」

 

「IS学園はそんなに死と隣り合わせなのか!?」

 

「ええ、毎年数十人程行方不明の生徒が出るとか」

 

「恐ろしすぎるなIS学園!?」

 

クロエとマドカの本気なのかどうかわからない会話を聞き流し、箒は未だに照秋とのきゃっきゃウフフな学園生活を妄想していたのだった。

 

 

 

そうしてIS学園入学式前日、全寮制の学園ため前日には入寮し準備を行わなければならない。

そのため、手荷物と共にIS学園へと向かう箒とマドカはワールドエンブリオの社屋入口で束、クロエ、照秋の三人から送り出されたいた。

 

「箒ちゃーん! 1日一回はお姉ちゃんに電話とメールしてねー!」

 

「はい、姉さんもお元気で」

 

「マドカも、くれぐれも無用な人殺しはしないように」

 

「おいこらクロエお前私になんか恨みでもあんのか!?」

 

ハンカチを振り涙を流す束は、しばし別れる妹の箒と姉妹の語らいをし、クロエとマドカは今にも喧嘩をしそうなほど睨み合っていた。

照秋はそんな光景を見て微笑ましく思い、笑みを浮かべる。

 

「俺も明日から通うんだな……でも、俺だけしばらくここから通うのか……」

 

「しかたあるまい。急な事なんだ、学園寮内の部屋の調整が追い付いていないんだろう」

 

照秋も同じくIS学園へ入学するが、照秋の寮の部屋の調整が入学式までに追い付かず、しばらくはこのワールドエンブリオ社内の割り当てられた部屋から通うことになっている。

世界初となる量産第三世代機と第四世代機IS、そして第二の男性パイロット照秋の発表を行った6日前、発表後はそれはもう騒々しい日が続いた。

会社には世界各国からISの注文や自国への会社の移転という名の引き抜き、合同会社設立の提案、さらに照秋の詳細を知りたい電話が鳴り響き、マスコミもこぞって照秋をなんとかスクープしようと会社に張り付いたり、日本政府からISについて褒められつつも照秋の事を隠していたことに怒られたりと、とにかく騒がしかった。

結果、政府は照秋をワールドエンブリオ社で保護するよりIS学園で保護した方が安全だと判断し、IS学園への強制入学を命令したのである。

もともとそういうプランであったため、素直に従い、入学手続きを行うのだった。

そして、織斑千冬からも会社に「照秋に会わせろ。でなければ襲撃するぞ」と脅迫まがいの電話があったが、「どうせ入学するのだからその時まで待て」と、まったく相手にしなかった。

織斑一夏も同じくしばらくは実家から通うことになっているらしい。

しかし、照秋は寮に入ることを喜べない。

何故なら、IS学園の寮は二人部屋であり、必然的に一夏と同じ部屋になるからだ。

照秋は中学校入学以降一夏と会っていないし、連絡も取っていない。

それ以前の一夏は照秋に対しきつく当たってきた。

兄として弟を厳しく躾けるとかを建前に、いじめとも取れるようなことを、それこそ殴る蹴るなど日常茶飯事だったのだ。

しかも、それらは必ず人目のつかないと所で、見えない場所をという徹底的な隠ぺいを行使して、だ。

学校や道場で一緒にいることが多かった箒ですら、最近になって照秋に聞くまで気付かなかったというのだから、その隠ぺい工作は相当なものだった。

照秋の暗い表情に気付いた面々は、照秋の考えていることが分かったのか沈黙する。

マドカなど、「いまなら照秋の方が確実に腕力はついているから返り討ちにしろ」とか言いそうだが、子供の頃の記憶というのは根深く、そう簡単に克服できるものではない。

マドカもそれは理解しているので、あえてキツイことは言わず、どうしたものかと眉を寄せ悩む。

 

「大丈夫! てるくんは絶対アイツとは一緒の部屋にしないよう手を回すから!!」

 

一夏のことを『アイツ』という束。

小さい頃は『いっくん』と親しみを込めて呼んでいたが、最近は興味をなくしたのかもっぱら『アイツ』呼ばわりだ。

 

「それに、アイツと違うクラスになるようにもするから!」

 

束は胸を張って言うが、それを聞いた箒は束を見て思った。

 

(……もしかしたら、姉さんに頼んでいれば、照秋と同じクラスになったんじゃないか?)

 

などという卑怯な事を思っていたが、後の祭りだ。

だって、入学式は明日、つまり、もうクラス分けは決定しているのだから。

 

(でも……もしかしたら……姉さんが私と照秋を……)

 

などと淡い期待を持つ箒だった。

そして、またきゃっきゃウフフな妄想をしていると、束が口元を三日月のように歪め箒の肩をポンと叩き小声で言った。

 

「箒ちゃん、大丈夫だよ。お姉ちゃん頑張ったからね!」

 

男前にグッとサムズアップする束。

それを聞き、箒は自分の希望が叶っていることを確信し、パアッと笑顔になる。

 

「姉さんありがとう!」

 

「箒ちゃん!」

 

抱き合う篠ノ之姉妹。

しかし理由が不純だった。

だが、箒は束が自分の希望以上の、予想を超えることまでやらかしているのを知らない。

知るのは、翌日の放課後だった……

 

 

 

一方、IS学園では問題が起きていた。

特に騒いでいるのは織斑千冬であるが。

 

「何故照秋が別クラスなのですか?」

 

学園長室に居るのは、千冬とIS学園の実質運営者である轡木十蔵、そして生徒会長の更識楯無の三人で、ソファに座る。

千冬と更識の前に十蔵が座る位置である。

十蔵も千冬の言いたいことがわかるだけに、難しい顔をするのみで無言だ。

隣に座る更識も千冬に同情の目を向ける。

一夏は千冬が担任となる1年1組へ編入されるが、照秋は3組なのだ。

千冬は自分の弟をまとめて見たいと、自分が守ると嘆願したのだが、十蔵はそれを却下した。

 

「日本政府からの通達であり、決定事項ですからね」

 

「学園はいかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約があるはずです。何故簡単に政府の意向を飲むのですか!」

 

「分散させればどちらかに『不幸な事故』が起こっても、最悪片方は残りますからね」

 

十蔵の言い分にバンッと机を叩き激怒する千冬。

つまり、有事の際一夏と照秋を別にしていれば、どちらかが死んでも片方は生き残り、サンプルは取れるというのだ。

 

「私の弟たちはモルモットではない!!」

 

十蔵も更識も、それはわかっているのだ。

だが、そうせざるを得ないのだ。

 

「情よりデータですよ先生」

 

「貴様……!」

 

横で冷たく言い放つ更識の胸ぐらを掴み、睨む千冬。

更識はここまで感情を露わにする千冬を初めて見て内心驚いているが、表情は冷たい視線を送り続ける。

彼女はIS学園の生徒会長、つまりはIS学園最強の存在であり、裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部「更識家」の当主でもあるのだ。

私情を挟むなどという愚かなことはしない。

 

「何か勘違いされているようですが、一夏君を生かすために照秋君を犠牲にするという意味ではありませんよ。織斑先生、あなたが一夏君を絶対に守れるという保証はないんですから」

 

「それに、自分で身を守る力を持っているという点では、照秋君の方が安全といえば安全ですし、護衛も付きますしね」

 

十蔵と更識の言葉に言葉が詰まる千冬。

3組の方が安全だという理由、それはワールドエンブリオ社のマドカも同じクラスに編入し護衛をするということだ。

それに照秋の実力は全国中学剣道大会優勝者という名に恥じぬ強さだ。

照秋本人の実力もさることながら、護衛を務めるマドカの実力は折り紙つきで、あのワールドエンブリオ社のプレゼン後、急きょ日本の代表候補生に名を連ねた。

さらに同時に箒も日本の代表候補生となった。

ちなみに箒も同じく3組だ。

 

「確かに1組は更識家から護衛として布仏本音を組み込み、さらにクラスのほとんどを日本人で編成していますので、他国からの干渉も極力防ぐことを考えての布陣に設定しました。さらにサポートとして副担任に山田先生を加えましたが、あくまでこの編成は一夏君一人の場合の編成です」

 

暗に、再編成するには時間が無いと言っているのだ。

それはわかっている、千冬とてわかっているのだ。

だが、納得するのと理解するのでは意味が違う。

 

「それに、3組の担任はスコール・ミューゼル先生ですよ。新任ながら、彼女の過去の実績と現在も劣らない実力は目を見張るものがあります」

 

3組担任となるスコール・ミューゼルは、カリフォルニア州サンノゼ出身のアメリカ人である。

一時期アメリカのIS代表候補生に名を連ね、国家代表にいちばん近いと言われた人物だったが突如行方不明となり、つい一年ほど前にひょっこり現れたという変わり者だ。

そして、今年になりIS学園の教師として赴任し、1年3組の担任も任されるという大抜擢を受けた。

千冬もスコールの名は現役時代に聞いたことがあるし、会ったこともある。

人として好感の持てる人物であるし、ISの実力も教師陣の中でトップクラスと申し分ない。

だが、と言葉を詰まらせる。

 

「……私はワールドエンブリオを信用していない。だから、そこで戦技教導を行っていたスコールも信用できない」

 

そう、スコールはワールドエンブリオ社でマドカや箒、そして照秋のISの技術指導を行っていたのだ。

これはスコール本人から聞いた確かな情報である。

スコールは照秋がISを扱える事を1年前から知っており、そして指導していたと言ったのだ。

何故世間に公表しなかったのかと、何故姉である自分にまで内密にする必要があったのかと問い詰めたが、スコールの答えは簡単だった。

 

「彼の命を守るためだからよ」

 

ワールドエンブリオ社は、一夏がISを扱えると世間に発表されるまで照秋の事は公表するつもりはなかったらしい。

そんな、世界的に重要な事例を隠ぺいするなどという暴挙世界に公表してしまえば非難轟々だろうが、ワールドエンブリオ社は照秋の人権尊重を最優先に行動していたとスコールははっきり言った。

もし公表すれば、照秋の人生がモルモットとして世界から狙われると確信できたからだ。

公表せず、ワールドエンブリオ社で保護し照秋が自分の身を自分で守れる実力が付くまで教育し、それから千冬の元に帰す予定だったという。

だが、今回の一夏の発表というイレギュラーのせいで、急きょ予定を繰り上げざるを得なくなってしまった。

IS操縦訓練で厳しく指導はしたが、千冬が想像した人体実験などという非人道的なことは一切していないとスコールは断言したから、照秋の安全は保障されていたのだろう。

そして、千冬にさえ説明しなかったのもきちんと理由があった。

彼女は有名人である。

そんな彼女の周囲にはスクープを狙うマスコミや、各国の勧誘など、常に人の目がある。

そんな彼女のもとに未熟な状態の照秋を帰してしまえば、ISが扱えることが発覚しても対処できないだろう。

……そうならそうと事前に説明しろと言いたかったが、千冬はそれだけが理由とは思っていなかった。

そもそも照秋の存在を隠ぺいして、さらに照秋を鍛え上げ十分なレベルに達したら放逐するなど、ワールドエンブリオ社にメリットが一つもない。

 

「確かにあの会社は謎が多いです」

 

更識が苦々しく顔を歪める。

IS事業に参入する前はそれほど有名なIT企業ではなかったのだが、事業に参入した途端頭角を現してきたのだ。

あまりにも不自然な急成長だが、確かに発表した新OSは素晴らしいものであったし、有能なプログラマーを獲得したと発表しているし、その人物の実在する。

――その人物は書類上のみ存在し実在しないのだが、あまりにも巧妙に細工されているため発見できずにいた――

そして、暗部としてのパイプをフルに活用し調べた結果、ワールドエンブリオ社は『白』だった。

 

「まったく怪しい情報が出ず、後ろ暗い事も何もなかった」

 

だからこそ怪しいと更識は言う。

大企業になるほど、裏の世界と繋がりを持ってしまう。

そんな裏の世界、暗部を監視する更識にまったくワールドエンブリオ社の裏の話が入ってこないのだ。

怪しくないから怪しい、そんな謎かけのような言葉だが、千冬は本能で理解してる。

あの会社は何かある。

スコールは何もないと言っていたし、事実記録では何も犯罪行為は行っていない。

おそらく、親友である篠ノ之束も関与しているだろうと疑っている。

確証はないが、やることが突飛すぎるし、行動がどこか束を匂わせる。

実際束に連絡を取ろうとしたが、全く連絡が付かない状況である。

 

「世界に先駆けて量産第三世代機と机上の空論とされた第四世代機の発表を行えるだけの技術を持つ企業……注意するに越したことはないですね」

 

十蔵もワールドエンブリオを危険視しているが、千冬ほど警戒してはいない。

それは企業として他国への影響という意味での危険視であり、IS学園に害をなすとは思っていないのだ。

それは、生き字引としての勘だが、千冬と更識はそんな十蔵の勘を疑わない。

それだけ、彼女たちに信頼される人物なのである。

 

結局、千冬の願いは叶わずクラスの変更は行われなかったが、改めて千冬達はワールドエンブリオ社の関係者に警戒心を高めるのだった。

 

 


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