シャルロットとラウラは、まさかISの生みの親である篠ノ之束が現れるとは思ってもいなかったので驚嘆する。
「まさか開発者本人が現れるとはね……」
「だが、篠ノ之博士が関与していると考えればワールドエンブリオの技術力の高さも納得できる……」
呟く二人を余所に、篠ノ之束はマドカとの漫才を止め空間投影モニタとキーボードを展開し凄まじい速度でタイピングする。
「さあ、時間が惜しいからドイツの方からISを出してもらおうか」
名前を覚える気が無いのか、国名で名指しする束に対し反抗することなく素直にラウラの専用機[シュヴァルツェア・レーゲン]の待機状態である黒いレッグバンドを渡す。
レッグバンドを受け取った束は早々に立ち去り、ガラス張りの部屋に入りシュヴァルツェア・レーゲンを展開し調べを始めた。
「よし、シャルロットはこっちに来い。専用機のプランを組み立てるぞ」
マドカはマドカで、シャルロットに新たな専用機について話を持ちかける。
そして、束がいる部屋とは別の部屋に入り[竜胆]の実物を見せモニタを展開し説明しだした。
廊下には、ポツンと残された照秋とラウラが。
「……あれ、メメント・モリのメンテナンスは?」
「……私は何をすれば……」
放置された二人は手持無沙汰のようにキョロキョロしだす。
そこへもう一人の人物が現れた。
「照秋さんのISは私が預かりメンテナンスを行いますので、その間ラウラさんと訓練でもされてはどうですか?」
現れたのは、長く煌めく銀髪に小柄な体型、そして目元をバイザーで覆った人物、ワールドエンブリオでの仲間であるクロエ・クロニクルだった。
「なんだ、クロエもここにいたのか」
「はい、私は束様の行くところには必ず付いていくことにしていますので」
目元を隠しているので表情は読みにくいが、口元が綻んでいるところを見るに笑っているのだろう。
だが、照秋の隣では、現れたクロエの姿に怪訝な表情をするラウラがいた。
「……なんだ? 私と……」
――似てる?
ラウラがそう思うのも無理はない。
目元をバイザーで隠しているとはいえ、身体的特徴が酷似しすぎているのである。
髪の色、身長、骨格、肌の色。
「ああ、そういえば前から思ってたんだ。ラウラとクロエって見た目似てるよな」
「似てる……いや、それ以上だ」
照秋はラウラとクロエを見比べ、そしてつぶやきと共に困惑したラウラの心境を察知したのか、クロエはラウラを見てこう言った。
「当然です。私はあなたと同じ、鉄の子宮から生まれたのですから」
「―――っ!?」
衝撃の告白にラウラは絶句し、照秋も声が出ないくらい驚いていた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、いえ『遺伝子強化試験体C-0037』。同様のコンセプトで生み出された私は『遺伝子強化試験体C-0009』」
そう言ってバイザーを外し、黒い眼球に金色の瞳の自分の目でラウラを見るクロエ。
「まあ、私は完成されたあなたと違って失敗作ですが」
そう言ったクロエの表情は少し翳りのあるものだったが、しかしそんなこと関係ないとばかりにラウラはクロエに抱き付いた。
それを無言で受け止め、クロエもラウラの背中に手を回ししばらく無言のまま抱擁するのだった。
「……私に同士がいた……そして、生きていた……」
「ええ。廃棄され死ぬのを待っていたところで束様に拾われたのです」
落ち着いたのを見計らい、クロエは照秋とラウラを連れ応接室のような場所に移り緑茶を出し事の経緯を説明し始めた。
クロエはラウラと同じく遺伝子強化による体外受精で生まれた。
本来体外受精の方法はその字の如く体外で排卵直前の卵と培養を施された精子を受精させ、約48時間の培養処置後、被実施女性の子宮腔内へ受精卵を戻し、妊娠、分娩に至らしめるという、いわば卵管バイパス法であるが、ラウラやクロエはその子宮腔内へ受精卵を戻す処置を行わず生み出された。
遺伝子操作技術はそれほど発達しているが、クローン技術などの遺伝子操作は現代の倫理では禁忌とされている方法であるが科学者にとって倫理など関係ない。
ドイツでこの計画に携わっていた科学者は、科学の進歩の妨げになる倫理などクソくらえとしか思っていないのだ。
ただ、この技術で生まれた人間は育成が難しく、生まれたばかりの頃は普通の乳幼児よりも免疫がなくすぐウィルス等に感染したり、さらにその過程において上手く培養できず、ほとんどの個体が10歳になるまでに死亡した。
Cシリーズとして生み出された個体40体のうち、生き残りはラウラとクロエを含めわずか12体であった。
さらにラウラとクロエは達、いわゆる「
そんな彼女たちは一定成長し免疫や様々な検査をクリアしたCシリーズの試験体たちは、別々に教育を受け個々の得手不得手を見極める。
だから、ラウラは自分を同じ試験体の存在を知らなかったのである。
「C-0037、ラストロットチャイルドのあなたが一番優秀だった。だから、他の私たちは無能と判断され廃棄処分となったのです」
処分されたのは今から3年前、ラウラがISとの適合性向上のために行われた「ヴォーダン・オージェ」の処置が行われ、不適合と診断された後である。
同個体であったクロエ達他の試験体も同様の処置を行われた。
結果、全ての個体で不適合と診断された。
クロエも不適合であった上に、白い眼球が黒く変色しラウラと同じく常時 ヴォーダン・オージェが発動状態となり、近いうちに失明し脳への高負荷によって廃人になる可能性もあった。
事実、クロエを覗く試験体の10体は失明、高負荷によって脳内の血管が破裂し脳死状態となってしまった。
そうなると育てる意味がなくなるのだから、廃棄するのは当然だろう。
クロエは殺処分されそうになったところを束に助けられ、保護された。
そして、ヴォーダン・オージェの処置によって負荷がかかった目と脳を治療し生きながらえることが出来たのである。
それでも常時ヴォーダン・オージェが発動状態であることは変わらないので、保護する名目でバイザーを着けているのだという。
ラウラの眼帯と同じ役割を果たしているが、そうなると目を塞いでしまい見えなくなってしまうため束の腕によってヴォーダン・オージェのみを抑制する作りとなっているというハイテク使用だ。
そんな一連の話を聞いて、ラウラはボロボロと涙を流し俯く。
「私は……私は……」
自分の出自は知っていたが、姉妹がいたことを知らなかった。
そんな自分が軍で無能の烙印を押された
ラウラは自分の部隊を持ち、千冬の想いと部下とのコミュニケーションによって家族の大切さというものを知った。
たとえ、鉄の子宮から生まれ天涯孤独の身であっても、自分の家族は部隊の皆であると言い切れるほどに信頼している。
そんな自分の知らないうちに、自分の姉妹たちは国によって殺処分されていたという事実に気が狂いそうだった。
「知らなくて当然です。私たちは同じ遺伝子を持ちながらも一度も接触することなく、存在すら知ることなく生きるよう行動を制限されていたのですから」
まあ、私は知っていましたが、と付け加える。
クロエが知らされていた理由として、彼女の才能はラウラの身体能力や格闘センスではなく、情報処理能力であったことだ。
その能力によってドイツ政府、軍部だけでなく世界中の情報を収集、処理していったなかで知り得たのである。
勘違いしないでほしいのだが、クロエは決して身体能力が劣っていたということではない。
ただ、ラウラと比べると能力値が低かったのであって、ラウラもクロエと比べて情報処理能力値が低かっただけであって、決してアホの子ではないのであしからず。
「しかし……!」
「私たちは求められた成果を出すことが出来なかった、だから処理された。それは当然のことですよ、私たちはそのために作られたのですから」
国に忠誠を誓うあなたならわかるでしょう?
そう言うクロエに対し、ラウラは唇を噛みしめ俯く。
「本音を言うと、私はあなたが羨ましいのではなく、誇らしかった。Cシリーズとして作られた私たちの中で、あなたは一番輝いていたから。その輝きが私の希望でした。まあ、他の姉妹たちはどう思っていたのかはわかりませんがね」
「私は……死んでいった姉妹たちや貴女の誇り足り得た人生だっただろうか……?」
ぽつりとつぶやくラウラに対し、ニコリと微笑むクロエは、ラウラの隣に座って肩を抱き、やさしく言った。
「ええ、まさしくあなたは私の光です」
ラウラは声を押し殺しクロエに寄りかかり泣き続けた。
「恥ずかしいところを見せてしまったな」
ラウラは赤くなった目元をクロエが用意したおしぼりで押さえ照秋に謝る。
「いや、そんなことはないよ」
照秋はそんな陳腐な言葉しか言えない。
ラウラの境遇や人生を、理解できない自分が知った風に語ることは許されないと自覚しているからだ。
「今日は色々驚く事ばかりだ」
「そうだね」
「だが……我が人生最良の日だ」
にこやかにほほ笑むラウラは、現在忙しくキーボードを叩き照秋のIS[メメント・モリ]の整備をしている姿を見つめる。
クロエは凄まじいスピードでタイピングを行い、モニタに映る滝のように流れる文字の羅列を読み進めメメント・モリのメンテナンス行う。
「天涯孤独だと思っていた私に、姉がいた。家族がいるというこんなにうれしい事はない」
「そうだね。でも、なんでクロエはその存在を隠して……ああ、隠すしかないか……」
照秋は疑問を口にし、途中で気付き一人納得した。
「ああ、国が廃棄した存在が生きているという事は、それは国の危機だからな」
そもそも人体実験が現在の世界共通である倫理に反する行為である上に、ドイツは過去世界中を敵に回す行為を行っている。
そんなドイツが再び外道な行為を個人ではなく、国単位で行っていたと知られればタダでは済まない。
前例があるというだけで世論は一層見る目を変え、ドイツにとって逆風が吹くだろう。
だから、もしドイツの闇であるクロエが生きていると知られれば、間違いなく殺しに来るだろう。
手段を選ばずに。
ならば同じ生い立ちを持つラウラはどうなのかというと、ドイツ政府はラウラの経歴を改竄し公表しているため他国かたツッコまれることはないし、ラウラもそれは承知している。
「しかし、そうなると篠ノ之博士の事を祖国に報告するとクロエの事もばれるワケか……ううむ……」
ラウラは悩む。
世界で指名手配されている篠ノ之束を発見できたという事はドイツにとってかなり有利な情報になるのだが、そうなるとクロエの存在もドイツにバレることになる。
国の繁栄か、家族の命か……軍属であり国に命をささげているラウラにとって選択肢足り得ないもののハズであるが、しかし家族の愛情というものに飢えているラウラは悩む。
そんなラウラに照秋がポツリと呟く。
「そういえば、近々大々的に束さんが存在を発表するらしいから、クロエの事も何らかの対策は取ってるんじゃないかな」
「なんと、それは本当か!?」
「たぶん」
「たぶんでは困るのだ! クロエの命がかかわってるのだぞ!!」
「うわっ!? 揺らすな!」
ラウラは興奮して照秋の胸ぐらを掴みガクガク揺らす。
その表情は必死である。
「大丈夫だよ~」
すると、突如間延びした声がかかる。
ラウラと照秋が振り返ると、その声の主は束であった。
「ちゃんとその辺の対策は考えてるから~」
ブイブイとダブルピースしニコニコ笑顔の束は、クロエに近付き進捗状況を覗く。
「もう終わります」
「りょーかいりょーかいー、さすがくーちゃん仕事が早い!」
「ありがとうございます」
「束博士、対策を立てているというのは本当か!?」
「モチのロンよー! 束さんの最愛の娘であるくーちゃんを守るのは当然だろうよー!」
胸を張る束。
その時に豊満な胸がぶるんと揺れたのを照秋は見逃さなかった。
しかし、ラウラは束の聞き捨てならない言葉に反応する。
「む、娘?」
「そうだよ! くーちゃんは束さんの娘なのだー!」
「なんと!?」
ラウラは衝撃を受ける。
そしてラウラの脳内では凄まじい速度で計算がなされていた。
束博士がクロエの母
↓
クロエと自分は同じ精子と卵子から出来た、いわば姉妹のようなもの
↓
ということは、束は自分の母でもある?
↓
ピコーン! キタコレ!!
「あなたは私の母だったのか!」
「うん、嬉しいのはわかるけどちょっと落ち着こうか。流石の束さんも君の順応具合には驚くよ」
束は苦笑しつつ、目をキラキラ輝かせるラウラを止めるのだった。
「クロエを助けていただき、ありがとう篠ノ之博士」
落ち着いたラウラは、改めて束に向き腰を折って礼をする。
頭を下げ礼をする風習のない海外だが、ラウラは部下のクラリッサから日本の美徳である謙虚な姿勢を学び「ワビサビ」を理解しているのでその文化に従い礼をする。
そう、心の底から感謝しているのである。
知りもしなかった肉親の存在を、知らないうちに廃棄されそうなところで助け、さらにボロボロの体も治療してくれた。
頭を下げ感謝してもし足りないくらいだ。
「私が出来る事があれば何でも言ってほしい。私は、あなたに感謝してもしきれないのだ」
まっすぐ束を見つめるラウラは、本心からそう言った。
それを聞いた束は、ニヤリと笑みを浮かべ、こう言った。
「へ~、じゃあ、早速お願いしようかな~」