メメント・モリ   作:阪本葵

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第52話 ワールドエンブリオ研究所

ワールドエンブリオから、ドイツのIS、ラウラの持つシュヴァルツェア・レーゲンを調べ改修したいと持ちかけると、ドイツは自由にやってくれと即答してきた。

ちなみに、今回のドイツとのやり取りを行った我らがワールドエンブリの架空の社長『鴫野アリス』の『中の人』はクロエ・クロニクルである。

特に役回りなどはないが、今回はじゃんけんでクロエが束に負けた、とだけ言っておこう。

そんなやり取りで、ワールドエンブリオに対し露骨に性能アップを求めるドイツにげんなりするクロエだった。

 

IS学園の休憩時間を見計らって、クロエがドイツから了解を得たことをマドカに伝えると、早速マドカはラウラの居る1組へ赴く。

1組に付きクラスの中を見渡すと、皆仲の良いグループに分かれきゃいきゃいと会話をしている。

シャルロットもその中のグループに入り楽しそうに会話をしているのを見て小さく笑みを浮かべるマドカだったが、今回はそんなものを見に来たのではない。

はたしてラウラはすぐに見つけることが出来た。

ラウラはクラスメイト達を会話をすることなく、机に向かってIS関連の参考書を読んでおり他者を近付けない空気をまき散らしていた。

ラウラの周囲にはクラスメイトはおらず、明らかに浮いた存在であることが見て取れる。

そんなラウラにずかずかと近寄るマドカを目敏く見つけた生徒が、マドカを目で追う。

 

「おい、ラウラ」

 

マドカはラウラの前に立ち呼ぶ。

後から声をかけると攻撃されかねないからだ。

ラウラは顔を上げ、それがマドカだとわかると、今まで無表情に参考書を読んでいたがすぐにパアっと笑顔に変えた。

 

「おお、マドカではないか。どうかしたか?」

 

クラスで明らかに浮いた存在であるラウラは、常に眉間に皺を寄せ不機嫌な態度を前面に出しクラスメイトを近寄らせないのだが、マドカを見るなり機嫌良く笑うラウラを見て、クラスメイト達は驚き、マドカは苦笑する。

 

(いつからこんなに懐かれたんだ? 心当たりがまったくないんだが……)

 

ラウラがマドカに心を許す理由としてはとても簡単で、単に「照秋の身近にいるとても優秀な護衛」であり、「気の合う同性」だからである。

部下であるクラリッサの嫁(間違った知識を直そうとしない)である照秋を、ラウラは認めている。

尊敬する千冬の弟という肩書に負けない強さを持ち、またストイックな性格を好むラウラは、日々過酷な訓練を自身に課す照秋に対し好意的に思っているからである。

そんな照秋を守るマドカも、卓越した格闘術に高次元IS操作技術、情報収集能力の高さも目を見張るものがある。

ラウラは本当に自分の部隊にマドカを欲しいと思うほどに優秀なのである。

それに、マドカも照秋程ではないが結構ストイックな性格で、妥協を許さないという頑固な一面を持っているところも好感が持てる。

つまり、ラウラは優秀な照秋を守れるほど優秀な人間であるし、話をしてみると気の合う人物であることがわかり、マドカと一緒にいることが楽しく、気に入ってしまったのだ。

そして、今までそれ程気の合う人物がいなかったラウラは、テンションが上がりすぎて、「気の合う友人」を飛び越え「飼い主に懐くペット」ほど距離を詰めてしまったのである。

まあ、ようするにラウラは色々な事で世間知らずということだ。

 

「ちょっと来てくれ」

 

マドカは親指で教室の外を指し言うと、ラウラは頷き立ち上がり廊下に出る。

 

「悪いな。まあ、べつに聞かれて不味い話でもないんだが」

 

「構わんさ。それで、要件はなんだ?」

 

「ああ、ドイツ政府がワールドエンブリオにIS改修の正式な許可を降ろした」

 

「なんと、それは本当か!」

 

ものすごく嬉しそうなラウラ。

セシリアのブルーティアーズというワールドエンブリオが改修して大幅に性能アップしたという実績を知っているため、おのずと期待してしまうのである。

 

「それで、早いうちに本社に行ってラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの検査をしたいんだが」

 

「そうか! ならば今すぐ行こう!」

 

「はええよ。授業はどうするんだよ」

 

「問題ない! どうせ授業で覚える知識など私には児戯のようなものだ!」

 

拳をグッと握り目をキラキラさせ鼻息を荒くするラウラに、マドカは呆れ顔だ。

 

「……それ、織斑千冬の前で言ってみろ。私は他のクラスのゴタゴタは干渉しないからな」

 

「……スマン。教官には正式に外出申請を出しておく。なるべく早めに行けるよう要望する」

 

「それが懸命だな」

 

ラウラは、千冬に鉄拳制裁を加えられるビジョンが明確に見えたのだろう、顔を青くしてシュンとする。

 

「まあ、私の方でも学園側に要請しておくさ。早ければ今日の放課後になるだろうから、予定を開けておいてくれ」

 

「うむ! 了解した!」

 

ビシッと敬礼するラウラ。

私は軍属じゃあないぞ、とマドカは苦笑し、手をヒラヒラと振って1組を後にした。

 

 

 

 

ラウラの外出届はことのほかすんなり受理され、マドカの言うとおりその日の放課後許可が出た。

 

「さあ! 行くか!」

 

ラウラは遠足にでも行く子供のようにテンションが高い。

それを見て苦笑するマドカ、照秋とシャルロット。

4人は揃ってモノレールに乗り込む。

 

「ところで、なんで俺も一緒に行くんだ?」

 

列車に乗りながらもそんなボヤキを漏らす照秋に、マドカはポンポンと背中を叩き宥める。

 

「仕方ないだろう、今回の検査において束博士がお前も連れて来いと言ってきたんだから」

 

「……メメント・モリのメンテナンスでもするのかな?」

 

「まあ、最近は簡易メンテナンスしかしてないからな。ここらで本格的に検査した方がいいだろう」

 

「それはわかったけど、メンテナンスなんかしたら束さんの事がバレるんじゃないか?」

 

ワールドエンブリオで開発したISは全て束の作品である。

そしてエンジニアも束ひとりである。

ということは、必然照秋のIS[メメント・モリ]のメンテナンスを行う人は束になる。

だが、そうなると一緒に会社に行くシャルロットとラウラに束の存在がバレてしまい大事になりかねないのである。

 

「そのことなんだが、どうやら近々ウチが関わった国には公表するつもりらしい。だからそこまで神経質に隠さなくてもいいんだそうだ」

 

「あ、そうなの?」

 

束のやることは突拍子もない事が多く、後々何か考えがあるのだろうと思うのでマドカの言う事にも特に反論せず納得する照秋。

そんな感じで二人でコソコソ小声で話をしていると、その近くではシャルロットは首を傾げる。

 

「じゃあ、僕はなんで一緒に行くのかな?」

 

「お前は専用機の引き渡しだ」

 

「え!?」

 

マドカの言葉に驚くシャルロット。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕は代表候補生を剥奪されたし、専用機も没収されたんだよ!? なんでまた専用機が来るのさ!?」

 

「今のお前の身柄はワールドエンブリオ所属となっている。はっきり言うが、ウチはタダ飯食らわせる余裕はない。だから早速テストパイロットとして働いてもらう。それに、これはフランス政府からの要請でもある」

 

「え?」

 

「以前言ったが、フランス政府に配備されているISの中の内、ラファール・リヴァイヴは全て竜胆に切り替えられる。そのフランス第一号のパイロットとしてお前に白羽の矢が立ったのさ」

 

フランス政府にしても、以前のシャルロットの行いは罪であると認識しているが、彼女の高い技術力を手放すのは惜しい。

彼女のおかげで国内の膿を一掃できたのは喜ぶべきことだが、しかし国内を混乱させ悪事の片棒を担いでいたことも事実であるため扱いが難しい。

ならば、現状ワールドエンブリオ所属に変わったシャルロットに竜胆のデータ取りをさせフランス国内の竜胆への技術継承をさせようというのだ。

実際、フランス国内でのシャルロットへの反応は同情が大半を占めていた。

減罰への署名も大量に送られてきた。

そんな中にはライバルである国内の代表候補生の名前もあった。

それだけ彼女が愛されていたという事だろう。

 

「本当につくづく思うんだけど、ワールドエンブリオってフットワーク軽いよね」

 

シャルロットは、専用機のラファール・リヴァイブ・カスタムⅡを政府に返し少し寂しさを感じていた。

しかし、まさかこんなに早く新たな専用機が来るとは思ってもみなかったのである。

 

「ISコアはお前が以前使っていた専用機のを移植するから、学習データはそのまま引き継ぐが、コアもお前も機体に慣れるのには時間がかかるだろうな」

 

「コアも時間がかかる?」

 

「なんだ、なかなか面白そうな話をしているな」

 

どういうこと? と首を傾げるシャルロットに、二人の会話に聞き耳を立てていたラウラは興味津々と話の輪に入る。

 

「そういえば気になっていたのだが、学園のラファール・リヴァイブは全て竜胆に変わるのか?」

 

ラウラは疑問に思っていたことをマドカに聞く。

現在デュノア社は無くなり、ワールドエンブリオが吸収しフランス支社という形を取っている。

ならば、デュノア社の販売していたラファール・リヴァイブは全て生産中止し竜胆に切り替わるのではないかと思ったのだ。

事実、フランス国内で防衛として使われているISは全て竜胆に機種変更される予定である。

だが、マドカは首を横に振る。

 

「現状ラファール・リヴァイブは据え置く」

 

「何故だ?」

 

「竜胆は性能が良すぎる。学園でISを学ぶなら第二世代機が適当だな。それに打鉄もあるし」

 

なるほど、とラウラは頷く。

だしかに自身のISシュヴァルツェア・レーゲンは第二世代機とは全く異なる。

それでも第二世代機の事を知っていたから理解できる部分も多くある。

入門書という意味では第二世代機は適任というわけだ。

そしてラファールリ・ヴァイブの生産ラインは終了するが、アフターケアは継続するらしい。

 

「まあ、その話は迎えの車の中でするさ。さあ、次の駅で降りるぞ」

 

そうして次駅で降車し改札を出ると、ロータリーに一台のワンボックスカーが止まっていた。

 

「さあ、あれに乗るぞ」

 

スタスタと歩くマドカと照秋の後を付いていくラウラとシャルロットだったが、きょろきょろと周囲を見渡す。

 

「ねえ、出迎えの人っていないの?」

 

「ああ、ウチは少数精鋭の企業だからな。出迎え運転士なんて人員割けないんだ」

 

「そうなんだ……ねえ、その車って、誰も乗ってないよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

「……だれが運転するの?」

 

その言葉で、マドカはラウラとシャルロットがキョロキョロしている意味が分かった。

 

「ああ、そういうことか。安心しろ、この車は全自動だ」

 

「え!?」

 

「なんと」

 

シャルロットとラウラは驚く。

現代の科学がいくらISによって飛躍的に向上したからといって、人工知能や機械の自動制御などの分野は未だ家電製品程度しか進歩していない。

それが、車を自動運転させるほどの人工知能を開発しさらに実用化させているというワールドエンブリオの技術力に、シャルロットとラウラは空恐ろしいものを感じるのだった。

 

車に乗り込むと、無人の運転席にはマドカが座り指示を出す。

 

「研究所まで」

 

『了解しましたマドカ様』

 

音声認識システムのようで、マドカの指示の後、緩やかに動き出す車。

ちなみに、助手席に照秋、後部座席にシャルロットとラウラが座る。

 

「すごいね……そんなに流暢に会話できるAI見たことないよ」

 

『ありがとうございます、ミスロセル』

 

感心するシャルロットに返答する車に搭載されているAI。

それに驚くシャルロットとラウラ。

 

「こんな技術力があるのに、なぜ今まで無名の企業だったのだ?」

 

「ま、色々あるのさ『大人の世界』ってのはな」

 

「いや、マドカが言うとなんか裏でいろいろ工作してる風に聞こえて怖いよ!」

 

シャルロットは悲鳴のような声を上げマドカに突っ込みを入れたが、そんな声にマドカはニヤリと口角を上げる笑みを浮かべるだけだった。

 

「反論してよ! 何そのいやらしい笑い方!? 女子高生がしていい笑い方じゃないよ!?」

 

「……ククク」

 

「やーめーてー!!」

 

「うるさいぞシャルロット。静かにしろ」

 

シャルロットの悲鳴が響く車内でラウラが諌めるのだった。

 

 

 

『ワールドエンブリオ研究所前に到着しました』

 

1時間程は知っていた車が止まり、AIが音声で到着を知らせてくれる。

 

「よし、行くぞ」

 

マドカと照秋が車から出て、シャルロットとラウラも後についていく。

 

ワールドエンブリオ本社前に立ち、シャルロットとラウラは口をポカンと開けて建物を見る。

 

「……ここがワールドエンブリオの建物?」

 

「……これが、世界一の技術を持つ会社の建物なのか?」

 

シャルロットとラウラは口々に呟く。

そう思うのも無理はない。

ワールドエンブリオ本社といわれた建物は、町工場のそれとそん色ないものだった。

高層ビルでもなく、だだっ広い土地を持つでもなく、土地も工場であるから500坪ほどはあるだろうが、建物そのものが鉄骨ストレート造のまさに「ザ・町工場」なのだ。

 

「ここは本社じゃなくて研究所だ。本社は東京都心にビルを構えているがあそこは大々的なIS整備が出来る設備が無いからここに来た」

 

マドカの言葉に納得する二人。

なるほど、たしかに、東京というビル密集地で大きな土地を持つのは困難である。

それこそ、ワールドエンブリオは最近になって大企業に名乗りを上げたいわゆる新参者であるから、そんな都心に土地を多く持っているわけはないのだ。

だがしかし、それでもこの町工場という佇まいには驚かされるが。

 

「ここなら模擬戦もできるぞ」

 

照秋はそう言うが、とても模擬戦が出来る設備があるとは思えない。

 

「ほれ、さっさと行くぞ」

 

マドカが入口の扉も前に立ち扉の横に設置された指紋認証機器に指を乗せ、扉にある黒い丸を見つめる。

 

「指紋認証と、虹彩認証か。なるほど、なかなかなセキュリティだな」

 

ラウラは感心しつつ、ここがワールドエンブリオに重要な施設であることを実感した。

しかし実は生体認証はそれだけではないのだが、一応セキュリティ関係なので言わないでおこうと照秋は思うのだった。

 

そして、建物の中に入るとシャルロットとラウラは絶句する。

 

「……なに、これ?」

 

「外観とは全く違うではないか!?」

 

そう、外観は鉄骨ストレート造のいかにも町工場といったものだったが、中に入るとそこは白に統一された天井と壁、そして左側のガラス張りの奥には敷き詰められた第三世代機の[竜胆]が置かれ、右側のガラス張りの部屋の奥には、竜胆や竜胆に換装するパッケージの製作を全自動で行われているのだ。

 

「本当に量産体制が整ってる……しかも全自動って……」

 

「スタッフが少なくて済むというのはこういう事か…実際にこの光景を見てしまうと納得だな」

 

目を点にして見渡す二人に対し、マドカと照秋はスタスタと歩みを進める。

 

「おい、立ち止まるな。こっちだぞ」

 

「あ、うん」

 

照秋たちに追いつくために小走りし、追いついたのちエレベーターに乗り込む。

 

「ここから地下に行く」

 

なるほど、とシャルロットはこの建物の外観がいろいろおかしいことに納得した。

ようするに、建物自体はどうでもいいのだ。

たしかにセキュリティはしっかりしているし、恐らく外観に反して建物の作りはしっかりしているだろうが、それでも絶対に侵入や外敵から攻撃されないという保証はない。

だから、さらにそこから地下深くに区画と作りより広い面積を確保したのだ。

横に広さをとるより、縦に広さをとるという日本人ならではの土地活用に感心する二人だった。

 

やがてエレベータの階数表示がB-4Eされ、扉が開く。

次の瞬間。

 

「てーるくーーーーん!!」

 

大声と共に突然走ってきて照秋に抱き付く人物。

 

「会いたかったよー! ああ、久しぶりにテルくん成分を補充するよー!」

 

ぐりぐり顔を擦り付ける人物は、照秋の体をさわさわ弄り続ける。

 

「ほほう、また体が大きくなったねー。うんうん、ナチュラルな筋肉だ!」

 

「そう言いながら俺の尻を撫でないでください。男の尻を触って何が嬉しいんだか」

 

「いやいや、テルくんのプリティヒップは性的興奮を覚えるレベルだよー」

 

「おいテルから離れろこのセクハラ引きこもり!」

 

照秋に人物が何やら怪しいことを言い始めたのでマドカは慌てて引きはがす。

 

「やあやあ! まーちゃんも久しぶり!」

 

そう言うや、その人物はマドカの体を上から下へとジロジロ眺める。

特に胸の部分を凝視する。

 

「……なんだよ」

 

「どんまい!!」

 

「うるせえよ!!」

 

ものすごい笑顔でグッと親指を立てる人物の頭を、パコーンと小気味よい音を立て叩くマドカ。

何がドンマイなのか、その意味を理解した照秋とシャルロットは何も言わず見ているだけだった。

 

「ああ、二人に紹介しようか」

 

照秋はシャルロットとラウラに向けて、マドカに叩かれ蹲っている人物を紹介する。

 

「この人が竜胆や紅椿を開発した人であり、ISの生みの親『篠ノ之束』博士だよ」

 

「おうさー! 私がラブリー束さんだよー! よろしくしてやんよ! ぶいぶい!!」

 

紹介と共にブイサインをする人物――篠ノ之束に、シャルロットとラウラは口をあんぐりと開けしばらくした後、大声で叫ぶのだった。

 

 

 

 


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