メメント・モリ   作:阪本葵

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ですが、私も社会人なので、いつもパソコンやスマホを見れる環境ではないため、感想をすぐ返せない場合が多いです。
極力全ての感想に返信するつもりなので、気長にお待ちください。


第40話 マドカの実力

試合の結果だけを言おう。

 

更識楯無が勝利した。

マドカが棄権したのだ。

 

しかし、勝利者である楯無は歯を食いしばり、ピットの壁をガンッと殴りつける。

震える体は、疲れからではない。

恐怖からではない。

これは悔しさからの震え。

 

全く自分の攻撃が通じず、マドカの攻撃に対処できず。

 

さらに楯無のプライドをズタズタにされた試合の結末。

 

ロシアの国家代表という肩書に誇りを持ち、IS学園の最強であるという自負もあった。

自分で作り上げた専用機たるミステリアス・レイディにも自信があった。

だが、それらをあざ笑うような見せつけられたマドカの技量と、ISの技術。

最初から彼女の掌で踊らされていたという事実。

 

「お嬢様…」

 

不安げな表情で、布仏虚が見守る。

その横では妹の本音も同じく不安げな表情だ。

ピット内が重苦しい空気で支配され、二人とも楯無に話しかけることも躊躇してしまっている。

 

普段飄々とした態度を崩さず、負の感情を他人に見せることのない楯無が、ここまで悔しいという感情を露わにしているのだ。

 

「……何が国家代表よ……何がIS学園最強よ……」

 

ブツブツと呟く楯無は、きつく拳を握りしめ、もう一度強く壁を叩いた。

そして、そんな姿を織斑千冬は無言のまま見守っていたが、心の中ではマドカに対し危機感を募らせていた。

 

(結淵マドカ……奴の技量は国家代表を凌駕している。おそらく、現状で世界大会に出場すれば簡単に優勝するだろう。……あの若さであの技量……一体奴は何者なのだ?)

 

いやマドカだけではない。

ワールドエンブリオに所属する照秋は勿論、箒も看過できない技量を有している。

 

(ワールドエンブリオ……警戒するに越したことはない)

 

厳しい視線で、楯無の背中を見つめる千冬は、しかしマドカの圧倒的強さを見てニヤリと口元を歪め笑うのだった。

 

 

 

所変わり、マドカ達のいるピットは打って変わって明るい雰囲気だ。

 

「初めての試運転にしては上々だったわね」

 

スコールがにこやかにマドカに話しかけるが、セシリアや箒は不満げな表情だ。

 

「なんだなんだ、なんでお前らが不満そうな顔してんだ?」

 

「何故自分から棄権したんですの?」

 

「そうだ、お前の勝利だっただろう」

 

ISを解除し稼働データを閲覧しようとしていたマドカにそう不満を漏らす二人に、マドカは、小さくため息をついた。

 

「あのな、私の仕事はテルと箒の護衛だぞ。勝って生徒会長なんざなるつもりないんだよ」

 

「ですが……」

 

言いたいことはわかるが、それでも納得できない二人。

 

「そもそも、今回のは試合であっても勝敗なんざ気にしてない。稼働実験がメインなんだからな。それにあんな木端に負けようがなんとも思わん」

 

「国家代表を木端とか言うな」

 

箒に窘められるマドカだが、本当にそう思っているし、事実マドカはその国家代表を完膚なきまでに追い詰めたのだから強く言えない。

 

「とりあえず改善の余地ありなパッケージだから、社長に報告だな」

 

「そうねえ。結構不安定だったものねえ」

 

スコールがデータを見て呟くが、それも当然だろうと納得していた。

 

「だって、社長ったらこのために未完成品を完成って嘘ついて持ってきたからねえ」

 

「そうだと思ったよちくしょう! 出力とか機体バランスが不安定すぎるし関節部の負担が大きくて制御が大変だったんだぞ!!」

 

結局、束は一体何がしたかったのか、理由は天災にしかわからず、またそれに振り回されたマドカは怒りのはけ口が見つからず地団駄を踏むのだった。

 

 

 

 

夜、生徒会室では楯無が一人今日の試合の録画映像を見ていた。

ワールドエンブリオに第三者に流出させず、個人で所有しまた一週間の期間限定という条件でだ。

第三者視点から見ることで新たに見えることもある。

何度も見直し、終われば巻き戻し、再び最初から見る。

もう何回見ただろうか。

何度、その映像でプライドをズタズタにされただろうか。

それでも繰り返し見るのを止めない。

 

 

ビーーーッ!!

 

試合開始のブザーが鳴り響き、同時にマドカが楯無に接近する。

超高等技術である高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)を駆使しマドカは楯無に拳を振り上げる。

楯無はこの高速多連瞬時加速が見えていなかった。

だが、裏の世界で培われた危険予知という名の本能でマドカの拳を避けることが出来た。

一瞬で楯無の顔が驚愕に染まる。

実際に試合で高速多連瞬時加速を行使する選手などいなかったし、まさか初っ端から成功率の低い技術を使う胆力を持ち合わせているとは思ってもみなかったのだ。

楯無はすぐに体勢を立て直し、ナノマシンの水を螺旋状に纏ったランス蒼流旋(そうりゅうせん)を装備する。

楯無は瞬時加速を使いマドカに接近し蒼流旋を突出し突貫する。

それをマドカは悠々と避け、カウンターでナックルを楯無の腹に当てる。

吹き飛ばされた楯無は、その勢いを利用し距離を取り旋回、マドカのISにはバックパックとして2門の大型砲以外は近接装備しかないと予想し遠距離からの攻撃に切り替え蒼流旋に装備されているガトリングガンをぶっ放した。

大型砲の威力は未知数だが、距離を取っていれば対処のしようはあると判断したのだ。

マドカはその攻撃を事もなげに避け、楯無に近付こうとタイミングを計っている。

だが楯無のそれは布石でしかない。

楯無の本命はナノマシンを散布させた水蒸気爆発[清き熱情(クリア・パッション)]だ。

しばらくしてマドカの周囲にナノマシン散布を完了させ、楯無はいつものセリフをいう。

 

「そういえば、なんだか少し暑くないかしら?」

 

すると、マドカはニヤリと笑みを浮かべ言った。

 

「いいや、暴風吹き荒れる中では感じないな!」

 

瞬間、マドカを中心に、衝撃波が発生し、暴風が吹き荒れた。

楯無もその暴風で吹き飛ばされそうになりながらもなんとか耐えた。

だがしかし、楯無が散布させていたナノマシンは先ほどの暴風ですべて吹き飛ばされてしまった。

これではクリア・パッションを発動できない。

マドカの予想外の行動で予定が狂わされ、次の行動が遅くなる。

マドカはそんな隙を見逃さないが奇妙な行動を取る。

明らかに届かない距離であるにもかかわらず、マドカは正拳突きのように虚空に拳を突き出したのだ。

 

ドンッ!!

 

楯無は突然不可視の衝撃を受けアリーナの壁に打ち付けられた。

一体何が!?

そんな混乱、分析、状況判断をさせてくれないマドカは、ボクシングのジャブのように無数に拳を繰り出し、不可視の衝撃が楯無を襲い続ける。

 

攻撃の予想はすぐに出来た。

中国の代表候補生、凰鈴音の第三世代専用機[甲龍]のイメージインターフェイス武装[衝撃砲]と同じ空気の砲撃だろう。

自身を守っているナノマシンで形成された水のヴェールが、爆発や蒸発ではなく、抉れ削られているのが見えたからだ。

だが、自分のISが表示するシールドエネルギー残量を見て驚愕する。

攻撃を食らったのはマドカからのパンチ一発と衝撃砲が数発。

なのに、シールドエネルギーの残量が半分を切っていた。

甲龍の衝撃砲は燃費向上がコンセプトであるからか、威力としてはそれほど高い武器ではない。

不可視の砲弾、見えない砲身というやりにくい相手ではあるが、楯無に掛かればさほど脅威ではない武装だ。

だが、マドカの繰り出す衝撃砲は繰り出す方向は拳の向きが砲身であることは容易に想像できるが、破壊力が半端ではない。

 

楯無が何度も映像を見てナノマシンで形成した水のヴェールの突破跡や空気の歪みを観察し判明したことが、マドカのIS竜胆・鳳仙花の衝撃砲は[ジャイロ回転]させ破壊力を増幅させているようだ。

たかが回転を加えただけでそこまで破壊力が増すのかと疑問を持つかもしれないが、もちろんそれだけではない。

ただ、その秘密は解明できなかったが。

この攻撃をこれ以上食らってはいけないと、高速で旋回し照準を取りにくくしようという戦法に切り替える。

最悪、自身のワンオフ・アビリティーを発動させなければならない。

そう考えなんとか時間を作り作戦を練ろうとしたが、またしてもマドカが予想外の攻撃を繰り出す。

回し蹴りの要領で振り上げた足から再び衝撃が襲ってきたのだ。

腕ばかりに注意がいき、反応が遅れた楯無はその攻撃をモロに食らった。

地面に衝突しそうになるところをなんとか体勢を立て直し着地したが、すでにマドカがそこまでイグニッションブーストで接近している。

もう悠長に考えている時間はないと、楯無は意識を集中しワンオフアビリティーを発動した。

あまりにも高出力のエネルギーが必要なワンオフアビリティーのため専用パッケージである「麗しきクリースナヤ」が必要なのであるが、今はそんなことを言っている暇はない。

「麗しきクリースナヤ」無しでワンオフアビリティーを発動したことはないが、しかしそれでも使わなければ勝てない。

絶対に成功させ、勝つ。

そう、なりふり構わず、なにがなんでも勝利しなければならないのだ!

 

沈む床(セックヴァベック)

 

ミステリアス・レイディのワンオフ・アビリティーの超広範囲指定型空間拘束結界である。

対象は周りの空間に沈み、拘束力はAICを遥かに凌ぐというまさに単一仕様能力だ。

例に漏れず、マドカも空間拘束結界に捕えられ身動きが出来ず空中で停止する。

空間に沈むという意味の通り、沼地に入りもがけばもがくほど身動きが取れなくなっていく能力。

奥の手まで使い、ISのナノマシン制御できるエネルギーもほとんどない状況だが、しかしなんとかギリギリ蒼流旋を展開しマドカに切っ先を突き付ける。

楯無はぶっつけ本番でワンオフアビリティー発動が成功したことの安堵しつつも、イニシアチブを握ったことで余裕が出来たのか、マドカを見てニコリと微笑んだ。

こうなればマドカは逃れるすべはない。

だからこそ、余裕の笑みを浮かべマドカの悔しそうな表情を見ようとしたのだが、マドカは全く焦りもなく状況を確認していた。

 

「ほう、これがセックヴァベックか。なるほど、身動きが取れないな」

 

「ピンチなのに余裕ね」

 

マドカの余裕な態度が気に入らない楯無は眉根を顰める。

そう、マドカに逆転のチャンスはない。

なのにこの余裕な態度。

虚勢か?

そう思ったが、マドカはこう言い放った。

 

「この世の全ては理論があり、証明できる」

 

いきなり何を言い出すのだろうか、楯無は首を傾げる。

 

「それは科学の塊であるISも例外ではない。まして、どれだけ仰々しい名前を付けたとしても、その科学の塊であるISから発生する単一使用能力など最たるものだ」

 

「……何を言ってるの?」

 

楯無はマドカの言っている言葉の意味が分からなかった。

 

「つまり」

 

次の瞬間、楯無の顔は驚愕に染まる。

 

「トリックさえわかっていれば対処できるってことだよ!!」

 

突如、マドカが何事もなかったように動きだし、拳からジャイロ回転の衝撃砲を放った。

全く予想もしていなかった楯無はその攻撃をモロに食らい、地面に叩きつけられ何度もバウンドする。

防御できずもろに攻撃を食らった楯無は、脳が揺らされ平衡感覚が曖昧になり立つことが出来ずフラフラとその場で体を揺らしている。

 

「この世に絶対はないんだよ。勉強になっただろ、生徒会長様よ」

 

楯無の前に、見下すように立ちはだかるマドカは失望の眼差しを向けていた。

あれだけ大口を叩いていた割に、この程度か。

そんな声が聞こえてくるような眼差しに、楯無は睨み返す。

 

「同じ学園生徒のよしみだ。アンタの疑問に答えてやろう。なぜセックヴァベックが破られたか?」

 

演説を始めるように手を広げるマドカは、空を見上げながら懇々と話しはじめた。

 

「答えは簡単だ。鳳仙花の能力である空間制圧能力で事前にセックヴァベックの拘束結界を防いでいた」

 

「……事前に?」

 

「そもそもセックヴァベックはどういった原理で広範囲指定型空間拘束結界を発生させているか理解しているか?」

 

それは……と楯無が言い淀む。

当然だろう、自分のISのワンオフアビリティーの理論を話すなど、今後自分の必殺武器の対策を立てやすくするものだから。

 

「ああ、言わなくていい。代わりに言ってやる。セックヴァベックはつまり広範囲指定型空間拘束結界と偽った超限定ナノマシン操作だ」

 

ドキリと心臓が跳ね上がる楯無。

 

「クリアパッションであからさまにナノマシンをまき散らし空間操作、更にミストルテインの槍というナノマシン操作で固定武装に変換させ強力な攻撃力とする一撃必殺の大技にもなるという大雑把な印象を世間に植え付ける。だがそれはナノマシン操作の一部分でしかない。ミステリアスレイディのナノマシン操作の醍醐味は[精密操作]だ」

 

マドカの説明に無言の楯無。

それは、マドカの説明が全て本当であるという事、肯定であることを示している。

 

「ワンオフアビリティーのセックヴァベックはその精密操作をフル活用した能力だ。クリアパッションなどのようなあからさまなナノマシン操作ではなく、感知できない程の少量のナノマシンを周囲に散布し、時期を見てそのナノマシンを相手のISの可動部分に侵入させ動きを拘束させる。それがセックヴァベックの正体だ」

 

種を明かせばなんてことはない、要するにナノマシン操作による拘束手段だったのだ。

だがその精密作業は前準備が感じで発動には時間がかかるうえに、恐ろしく集中力と拘束するためのナノマシン強化による高出力エネルギーが必要となる。

今回にしてもクリアパッションであらかじめ散布していたナノマシンがマドカ行動によって不発に終わり、運よくそのナノマシンがアリーナ全体に散布されたままであったため専用パッケージを使用することなく、それを活用し成功できたのである。

 

「私はあらかじめ自分の周囲に高密度の空気の膜を作りナノマシンの侵入を防いでいた。だからセックヴァベックによる拘束を免れたというわけだ」

 

つまり、マドカはあらかじめミステリアスレイディのワンフアビリティーがなんであるか、どんな理論なのか理解していたのだ。

理解し、対処したうえでワザとワンオフアビリティーに掛かったと錯覚させた。

しかし楯無はワンオフアビリティーが発動できると発覚してから、ロシア政府は勿論、世間にも家族にも知らせたことが無い自分のワンオフアビリティーを、どうやって知り得たのか。

 

「アンタが想ってるほど世界ってのは秘密に出来る事は少ないってことさ」

 

ニヤリと口角を上げるマドカに、楯無は絶句し同時に恐怖した。

 

「さて、私は慢心しない。だが、今余裕を持ってアンタの前に立っているのはアンタのISの状態を把握しているからだ」

 

事実、ミステリアスレイディのシールドエネルギー残量は二ケタに突入し、ダメージレベルもCで危険領域に突入している。

無理に動かせないほどではないが、しかし動かしたところで現状打破につながる可能性は限りなくゼロだ。

それにこれは試合といっても観客のいない非公開試合であり、私闘だ。

そんな無理を通して戦う理由もない。

だから、マドカの言い分がもっともであると同時に歯噛みしてしまう。

 

「これから私はアンタに何をすると思う?」

 

笑みをさらに深めるマドカに、楯無は震える。

マドカの瞳の色が、暗く、昏く、闇のようで、呑みこまれそうになる。

 

マドカが両手を上げた。

 

ビクリと震える楯無。

 

「降参だ」

 

「……え?」

 

マドカが何を言ったのかわからない楯無は、ポカンと口を半開きにしていた。

 

「だから、降参だ」

 

「な、なんで……」

 

心底わけがわからない楯無は、マドカに聞き返す。

そんな楯無にマドカはため息をついた。

 

「最初から言っただろうが。私は生徒会長や学園最強なんて肩書いらないって。それにこれは我が社の新商品テストだからな、無理はしないんだ」

 

そう言ってマドカは浮き上がり、ピットへと戻って行く。

 

「じゃあな。もう私らに絡んでくるなよ最強(笑)さん」

 

そのセリフと、マドカの後ろ姿を、楯無はただその場で見ているしかなかった。

 

 

ビーーッ!!

 

『結淵マドカの棄権により、勝者更識楯無』

 

 

 

ここで録画映像は終わる。

 

楯無はガリッと爪を噛む。

明らかに手加減され、しかも自分のISを丸裸にされた。

しかも最後は興味ないの一言で勝利を譲るという暴挙。

 

リモコンを操作し、巻き戻し再び最初から映像を見る。

 

無言で、モニタを見つめる。

 

目に焼き付けるために。

己の無力さを認識するために。

リベンジを果たしすために。

 

 

 


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