メメント・モリ   作:阪本葵

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第15話 クラス代表戦、その後

「篠ノ之、聞きたいことがある」

 

照秋とマドカの試合が終わり、アーチボルトと趙も棄権した。

これ以上試合をする必要もないのでスコールに報告、集合して反省会を始めると言われたのでピットを後にしようとしたとき、箒は織斑千冬に呼び止められた。

千冬の後ろでは副担任の山田先生と一夏が見ている。

そして箒はアーチボルトと趙に先に行くよう言い、千冬を見た。

 

「なんでしょうか、織斑先生」

 

箒は一年前の出来事――照秋が誘拐されたこと――を知っている。

そして、千冬が照秋を見捨てたことも。

それは、照秋から聞いたものではなく、姉の束と助けに行ったマドカからだ。

照秋は決してこのときの事を口にしないし、聞くことも頑なに拒んだ。

そんな照秋の態度に、胸が締め付けられる気持ちになる。

照秋は恐らく、まだ信じたいのだ。

千冬の言った言葉は嘘だと。

そして、自分で口にすると、第三者から聞くと認めてしまい崩れてしまうから。

ああ、なんと脆く儚い希望だろうか。

そんな内情を知る箒は、自然と千冬に向ける視線が厳しいものになってしまう。

千冬はそんな視線を気にすることなく疑問に思ったことを聞く。

 

「まずお前のISのことだが、束が絡んでいるのか?」

 

やはり千冬は気付く。

長年親友として接していたから束の施行がわかるのだろう。

机上の空論とされた第四世代ISの開発、そして、それを纏うのはISの生みの親の妹。

束はワールドエンブリオに関することを千冬に話していないし、束が絡んでいることを千冬に言う事を皆に禁じた。

それに、最近は連絡も取り合っていないという。

箒は考える。

千冬は勘がいいから、ここで下手に嘘を付けば追及されてしまう。

だから、束があらかじめ用意した答えを”教えてあげた”。

 

「ええ、姉さんが設計図をワールドエンブリオに提供したんです」

 

真実を混ぜた嘘。

どこからが真実でどこまでが嘘なのか。

当然、この答えに対し千冬は疑問を持つ。

束は自分が認めた人間以外を認識しない。

そんな人間が、第四世代機という禁断の箱を簡単に提供するのだろうかと。

それに、妹を溺愛する束が、箒をワールドエンブリオに置いておくことを了承するだろうかと。

 

「勿論条件付きです。それは、ワールドエンブリオで私を保護すること。そして、それを日本政府に納得させること。その条件を承認し現在に至るわけです。それ以降姉とは接触していません」

 

事実、箒がワールドエンブリオのテストパイロットになるという、束のお願いという名の命令を、日本政府は渋った。

だが、束の作った会社がワールドエンブリオだとわかるや、手のひらを返すように認めた。

そのとき政府は条件を付けてなんとか日本に利益だそうと欲を出したが、それは束が許さなかった。

束は常日頃から箒の保護プログラムに不満を持っており、もっと自由度を上げろと再三通告していたというのに政府はそれを黙殺、そのしわ寄せとして束は日本政府を物理的に黙らせた。

何をどうしたかは言わないでおこう。

そして、名目は束からの指名でワールドエンブリオで保護を兼ねたテストパイロットという扱いになったのだ。

そもそもワールドエンブリオ社は束が社長であると政府が知る前から優良企業であるという認識があり、第三世代機開発のプレゼン打診も束の存在を知る前の事である。

日本政府は先見の明があったと喜ぶべきか、日本の威信回復に楽観すべきか、爆弾を抱えたことに嘆くべきか。

 

千冬は箒の言葉に疑問を持つが、確たる証拠もなく、箒の言うワールドエンブリオでの保護というのも日本政府が了承しているという裏付けも取っている。

まさか束が政府とワールドエンブリオにそんな交換条件を出していたとは知らなかったが。

だが、妹を溺愛している束の行動は納得できる部分もあり、箒はそれ以上束と接触はなかったと言った。

ワールドエンブリオに束が何らかの形で関わっているという事だけでもわかり、千冬は収穫を得たことに少し満足しこの話題を終わらせる。

 

「次に、照秋の事だが……」

 

「織斑先生」

 

千冬の話に箒は被せ、言葉を止めた。

 

「話の順序が違いませんか」

 

静かな声音で、しかし怒りを込め言う箒に眉根を寄せる千冬。

 

「あなたにとっての優先順位は照秋より第四世代機ですか」

 

箒に指摘され、何か言おうとして口を噤み俯く千冬。

反論さえしない千冬に、箒はますます怒りを覚えた。

 

「……あなたは……! ……私はあなたが照秋の何を聞きたいのか、わかりかねます。ですので、照秋本人に聞いてください」

 

それでは、と言って踵を返し箒はピットを後にした。

千冬は、箒に何も言えず苦しそうな表情で見つめ、そんな俯き肩を落とす千冬の小さな背中を見た一夏は、箒の後ろ姿を睨み見ていた。

 

 

箒が照秋たちのいるピットに付くと、スコールとマドカが言い合いをしていた。

 

「マドカ、あなた、あとで反省文提出ね」

 

「なんでだよ!」

 

「打鉄のダメージレベルがCなのよねー。おかしいわよねー、照秋君はそんな無茶な攻撃してないのにねー」

 

「う……」

 

スコールに指摘され、心当たりがあるのか顔を歪めるマドカ。

 

「あなたね、打鉄の活動限界を超えた操縦するなんて何考えてるの?」

 

「だって、テルがあんな真剣になるから……」

 

「照秋君のせいにしないの」

 

口をとがらせブツブツ言うマドカに、苦笑するスコールと、ニコニコ笑顔のユーリヤ。

 

「私の腕に付いていけない打鉄が悪い!」

 

「ほんと性質悪いわこの子!」

 

マドカがあまりにも自分の非を認めないため呆れ果てるスコール。

打鉄がダメージレベルCという本格的な修繕が必要なダメージを負った理由は、マドカの無茶な操縦のせいである。

一言でいうと、マドカが打鉄の性能以上の稼働を求め、結果機体に負荷をかけ過ぎてダメージを負ってしまったのだ。

その証拠に、ダメージのほとんどが関節部で、試合終了後煙を吹いていた。

つまり、マドカの操縦技術に打鉄は耐えられなかったという事実に、それを聞いたアーチボルトや趙は目を丸くする。

マドカが言う事は、つまり本気を出したくても出せなかったという事だ。

 

「あ、あれだけすごい動きだったのに、本気じゃないって……」

 

高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)なんて滅多にお目にかかれない超高等テクニックを使ったのに本気じゃないなんて……」

 

趙とアーチボルトも驚きを隠せない。

そんな驚く二人を見つけたマドカは、スコールとの言い合いを切り上げてくてくと近づいてきた。

そして、アーチボルトを見ると頭をかきながら謝った。

 

「すまなかったな。私も調子に乗り過ぎた。体は大丈夫か?」

 

いきなり謝られて面食らうアーチボルトは思考が追い付く前に反射的にブンブン手を振っていた。

 

「い、いえ! 私もつい調子に乗ってしまって!」

 

アーチボルトがそう言うと、マドカはホッと息を吐き柔らかな笑顔になった。

 

「そうか、じゃあお互い様ってことで。これからはクラスメイトとして仲良くやっていこう。私の事はマドカでいい」

 

「ええ、改めてよろしくマドカさん。じゃあ、私の事もアトリって呼んでね」

 

マドカとアーチボルト――アトリが握手を交わし、それをにこやかに見つめる周囲。

和やかな雰囲気になり、ハッとしマドカはギャラリーの顔を見る。

スコール……同世代の友情だと思っている顔

ユーリヤ……同世代の友情だと思っている顔

箒……素直になれないマドカに苦笑

セシリア……素直になれないマドカに苦笑

趙……クラスメイトが仲良くなってよかったという顔

照秋……孫の微笑ましい一面を見たという顔

 

「テルー! お前絶対私を馬鹿にしてるだろー!!」

 

マドカは顔を真っ赤にして照秋に掴みかかろうとするが、照秋は巧みに避け逃げおおせる。

そしてピットで追いかけっこが始まった。

 

「織斑君って、なんであんなおじいちゃんみたいなオーラ出してるの?」

 

「……だめだわ、趙の例えがピッタリ過ぎて何も言えない」

 

趙はコテンと首をかしげ、アトリも照秋の態度に驚きつつ呆れる。

 

「まあ、それが照秋だ」

 

やれやれと追いかけっこを眺め微笑む箒。

 

「……箒さんのその一言で納得できてしまう自分の順応速度が怖いですわ……」

 

既に毒されているとわかったセシリアは、ついにマドカに捕まりコブラツイストをかけられ絶叫している照秋を見て呆れるのだった。

 

 

 

ピットでのやり取りが一通り終わり、照秋達6人は寮へ戻り一緒に夕食をとることにした。

照秋は箒と今回の反省点、改善点を言い合い、アトリと趙もその会話に参加。

セシリアもその会話に入りたそうだったが自分だけ違うクラスという引け目からか参加せず聞き耳を立てていた。

そんな歩いている途中で、全く話に参加していないマドカが、思い出したように携帯端末を操作し始め、しばらくしてフッと笑いセシリアに話しかけた。

 

「セシリア」

 

何だろうかとマドカを見ると、マドカは携帯端末を操作してセシリアに見せた。

 

「……何ですの……っ!?」

 

驚くセシリアを見てにやりと笑うマドカ。

 

「悪いと思ったが、ワールドエンブリオ社からイギリス政府に今回の技術提供を報告させてもらった」

 

今回の一組のクラス代表決定戦に先立ち、セシリアはイギリス国の第三世代専用機ブルーティアーズを国の許可なくワールドエンブリオ社と量産第三世代機・竜胆の技術提供を申し出をし、さらに勝手にチューンした。

結果、ブルーティアーズ飛躍的に能力が向上し織斑一夏に完勝した。

だが、その約束事として、この試合が終わったらそのチューンを戻すという約束をしていたのだ。

本来、このような暴挙は許されないことだ。

ブルーティアーズはあくまでビーム兵器の実験機であり、それを政府の了解なく改造など重犯罪と取られても文句は言えない。

ISの開発は国家存亡もかかっているのだから。

しかし、マドカは飛躍的に能力が向上したISを、また使えないISに戻すのは忍びないと思い、密かに改修する前に企業と国で交渉していたのだ。

ワールドエンブリオ社のイギリス政府への技術提供を。

その手はじめとしてブルーティアーズをアップグレードさせることを了承させると提案したのだ。

だからこそイギリス政府はセシリアの暴挙に一切口出ししてこなかったのである。

その後はイギリス国内にワールドエンブリオとイギリス政府の合併会社設立や、共同開発等いろいろな話が積載しているが、これはクロエに丸投げだ。

携帯端末に映し出される文字を見終わったセシリアは、少し目を潤ませマドカに頭を下げた。

 

「ありがとうございます……マドカさん」

 

「せ、せっかくブルーティアーズがいい感じになって気持ちよさそうに飛んでるのに、それを戻すのもかわいそうだからな――」

 

こんなに感謝されるとは思わなかったのか照れるマドカ。

そして悪戯に関しては頭の回転が人一倍速いマドカはにやりと笑った。

 

「――ってテルが言ってたぞ」

 

「え?」

 

いきなり自分に飛び火して驚く照秋は、全く話を聞いていなかったようだ。

 

「セシリアが改修したブルーティアーズを纏って空を飛んでる姿の話だ」

 

マドカはあえて細かく話を説明せず照秋を誘導する。

照秋の性格は把握している。

照秋はこういう風に人を褒めるように誘導すると、決まって歯の浮くような賛辞を言うのだ。

これはスコールの教育の賜物である。

 

「ああ、セシリアさんのISで空を飛ぶ姿は綺麗だよね」

 

「はうっ!?」

 

思った通りの歯の浮くような言葉を口にする照秋ににんまりと笑うマドカは、さらに追い打ちをかける。

そしていきなり綺麗とか言われてパニックになるセシリア。

その後ろで箒がどす黒いオーラを出していると気づかずに。

 

「例えると?」

 

「例えると?うーん……鳥……白鳥……天使?」

 

「て、ててて天使……ですか? ……わたくしが……テルさんの……天使……はふぅ……」

 

照秋は冗談のつもりで言ったのだが、セシリアは耳まで真っ赤にし、うるんだ瞳で照秋を見つめる。

ぽぽぽっと火照った頬を包むように手を添えイヤンイヤンと体を左右に振りながらニヤけるセシリアは、このとき真剣にクラス替えしてくれないかなと考えていた。

 

(だって、一組にはテルさんがいないんですもの!!)

 

セシリアは完全に恋する乙女になっていた。

そんな豹変するセシリアを見て首をかしげる照秋。

照秋は小学校時代にはまともな友達などおらず、中学の三年間は男子校で女生徒との接触が無かったせいで、あまり女子に免疫が無い。

接触した女子といえばワールドエンブリオ関係者くらいだが、このメンバーは家族同然であり異性という認識は薄く除外だろう。

照秋にしてみれば、中学時代の男同士の笑い話的な、ふざけ合う冗談のつもりで”天使”という単語を使ったのだが、まさかセシリアが笑わずに真に受けるとは思っておらず、このような反応をされたこともないので首を傾げるしかないのだ。

ちなみに、中学男子の会話は、ゲーム、テレビ、スポーツ、下ネタの四つが大半だという事を記載しておく。

そんな照秋の背後から、ガシッと肩を掴む手。

ギリギリと締め付けるその手は万力のように強く、肩が砕けるんじゃないかと思った。

振り返ると、そこには笑顔の箒がいた。

だが、雰囲気がおかしい。

箒は明らかに怒っている。

そしてこの滲み出る迫力……照秋は思い出した。

入学初日の、クロエが用意してくれた”夜のお供”を没収した時と同じ雰囲気だ。

 

「照秋」

 

「はい」

 

「部屋に帰ったら、じっくりと話し合おうな?」

 

「……はい」

 

照秋はなんで箒がこんなに怒っているのかわからなかった。

 

そして、後で腹を抱えて笑っているマドカが元凶だとわかっていても、それを指摘できる空気じゃなかった。

 

「マドカって敵に回したら最恐(・・)ね」

 

「……触らぬ神に祟りなし?」

 

アトリと趙はそんなカオスな空間で改めて思い知った。

マドカは敵に回してはならない、と。

 

そんな和やか(?)な空気の中、一人の異物が割り込む。

ふと木陰から飛び出し、照秋の目の前に立ちふさがる人物。

 

織斑一夏が気持ち悪い作り笑顔を張り付けて立っていた。

 


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