転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#95 赤之月、白之陽

「篠ノ之を攫ったあの量産機の行方は、現在捜索中だ」

 IS学園の地下区画。その作戦会議室では、千冬をはじめ学園の教員達が専用機持ちと共に出席していた。

「この問題については箝口令が敷かれている。各員、情報の漏洩には気をつけるように」

 淡々と告げる千冬に対し、冷静でないのは一夏だった。

「そんな事より!箒は無事なのか⁉」

「落ち着け!バイタルサインは正常だ。なにより、攫ったという事は、篠ノ之を無傷で手に入れる事が目的のはずだ」

「そんなの分から「一夏」……っ⁉」

 なおも千冬に言い募ろうとする一夏だったが、九十九の重く冷たい声に、その言葉を止めた。

「落ち着け。急くな。話が進まん」

「あ、ああ。悪い、ちょっと頭に血が上ってた」

 冷水を浴びせられたかのように急速に冷えていく頭を自覚しながら、一夏は席に着いた。それを見て、九十九は千冬に話を振った。

「先生、続きをどうぞ」

 常にない程に冷えた九十九の語調に、千冬は九十九が『怒りを押し殺している』事を悟った。こうなった状態の九十九は、激昂している時とは別の意味で怖い事を千冬は知っている。背に冷たいものを感じながらも、千冬は努めて冷静に話を続けた。

「今回の件だが、相手の目的についてはおおよその目安がついている」

「「「え……?」」」

 千冬の言葉に、場がざわついた。

「どういう事です?」

 口を開いたのはラウラだった。

「相手の目的が分かっているのなら、箒の居場所も分かるはずでは……」

「その事について、重要な話がある」

 千冬が真耶に首肯で合図を送ると、真耶が一旦会議室を退出。しばらくして、一人の女性を連れて戻って来た。

「はは……。どうもどうも」

「あなたは……」

「篝火ヒカルノ……倉持技研の主任技術者で、IS『白式』開発リーダー。だったか」

 九十九の解説に頷きで返すヒカルノ。そこに普段の剽げた様子は欠片もなく、その恰好は所々に包帯の巻かれた痛々しいものだった。その姿を見た九十九は、一足飛びに結論を見出した。

「なるほど。今回の襲撃事件、やって来た量産機の出所は……アンタの所(倉持技研)だな?篝火ヒカルノ」

「なっ……⁉」

 再びざわつく会議室。ヒカルノは、場が静まるのを待ってから訥々と語り出した。

 『エクスカリバー事件(#78〜84)』の時、倉持技研は『O・V・E・R・S』を作戦メンバーに提供していた。

 その目的は、量産型『紅椿』……『緋蜂(あけばち)』を開発するためのデータ収集であったと、ヒカルノは告げた。その告白に、場は更に混乱する。

「量産型『紅椿』なんて、そんな事が……」

「だいいち『O・V・E・R・S』はエネルギー増幅装置であったはず。元となるエネルギーが無ければ、起動しないはずでは?」

「なにより、あの無人操縦機は一体……?」

 ざわつく教員達を、九十九が発した一言が黙らせた。

「……篠ノ之束。この計画を立て(絵を描い)たのは、あのお騒がせクソ兎だ」

 全員が身を竦ませた。

 ISの創始者にして、全てのコアの製造技術を独占しているかの天災ならば、あり得ない事ではない。

 倉持技研を強襲して量産型『紅椿』を奪い、無人操縦機を搭載。エネルギーを供給した上でそれらを箒の誘拐、及び九十九の殺害(これについては未遂)を行った。その目的は−−

「オリジナルの『紅椿』と、操縦者の箒さんが必要になったから。九十九くんに関しては、復讐ってところかしら」

「でしょうね。まったく、迷惑この上ないったらないな。あのクソ兎め……」

 

ズズ……

 

 苛立たしげに言う九十九の周囲の空気の重さが一段増した。

(やべぇ、爆発寸前だ……!)

 隣に座る一夏は、冷や汗をかきながらシャルロットと本音に『どうにかなんない?』と視線で問うた。二人はそれに首を横に振って答えた。というより、二人がかりで必死に宥めた結果が今の九十九なのである。これ以上何をどうしろと?

 『ごめん、無理』と視線で答えられた一夏は、溜息を一つついて席から立ち上がる。

「箒を、救けに行く」

「どこにだ?奴の居場所は現状分かっていないんだぞ」

「いや、分かるよ」

 そう言うと、一夏は空中ディスプレイを展開した。その画面には、世界地図のある位置で点滅する光点が映し出されている。

「太平洋上のこのポイント。ここに、箒がいる」

 一夏の発言に全員が驚いた。

 隠蔽状態にあるはずの『紅椿』の信号を、『白式』だけが検知していたと、彼はそう言うのだから。しかし−−

「十中八九罠だな。それに篠ノ之と『紅椿』が同じ場所にいるとは限らん」

「……分かるんだ。箒はここにいる。ここにいて、俺が来るのを待っている」

「……止めても無駄なようだな」

「というか、止まると思っておいででしたか?」

 呆れる千冬にかけられた九十九のツッコミに、千冬は溜息をつく事で答えた。

「俺は箒を救けに行く。一人ででも」

 決意の籠もった目で千冬と正面から向き合う一夏。その目が一瞬金色に輝いたのを、この時は誰も気が付かなかった。

「分かった。では、これより篠ノ之箒救出作戦を開始する!専用機持ちは全員、機体と装備の点検を行う。IS学園教員はバックアップを。出撃は40分後だ!」

「「「はい!」」」

 こうして、篠ノ之箒救出作戦……後に『篠ノ之束の乱の序章』とされる、『紅椿事件』がその幕を開けた。

 

 

「一つ言っておくぞ、一夏」

「どうした?九十九」

 出撃準備に皆が慌ただしく動く中、九十九は一夏に声をかけた。

「もし、今回の出撃中にあのクソ兎が出てきた場合……私は……()は自分を抑え切れる自信がない。もし、俺が作戦中に命令無視をしてどっかにすっ飛んだら、お前達は一旦俺を放って作戦を遂行しろ」

「いや、でも「いいな?」……分かった。皆にも伝えとく」

 九十九の深い怒りを湛えた声に、一夏は今の九十九を止めるのは無理だと判断した。

(……あれ?九十九の目って、あんな碧い瞳だったっけ?)

 その目が冷たくも美しい碧に染まっていた事に、直接相対した一夏だけが気付いていた。

 

「敵の数は?」

 同じ頃、慌ただしい準備の様子を横目に見ながら、千冬は真耶に訊ねた。

「生産されていた『緋蜂』は6機だったそうですが、既に束博士の工房で複製されていると見るのが妥当です」

「となると、未知数か……」

 束の読めない思惑に、千冬は苦々しい表情を浮かべた。そんな千冬に、真耶がおずおずと話し掛ける。

「あの、本当にIS学園だけで手に負えるのでしょうか?イギリスでの事もありますし、日本政府に協力を仰いだ方が……」

「奴らは手など貸さんさ。知っているだろう?『白騎士』の時でさえ、何もしなかったのだからな」

 ふん、と鼻を鳴らす千冬。

「自身の地盤が崩されない限り、静観を続けるような連中だ。だからこそ、こちらはこちらのやり方ができる」

「ですが、そのために学生を戦わせるというのは……!」

「不服−−いや、不安か」

「はい……」

 千冬は、一息置いて溜息をつく。その後で、優しい表情を浮かべた。

「変わらないな、山田先生は」

「そういう話ではなく……!」

 頬を染めて食ってかかる真耶を、千冬は手で制しながら鷹揚に頷く。

「分かっているさ。だが、知って置いて欲しい。今後、世界を左右するのは間違いなくあの子達の世代だ。ならば、遅かれ早かれだろう」

 決断するのは自分自身だと。そして、もうその決断の時は近いのだと、千冬は冷静に理解している。

 かつての己がそうであったように。選ぶ時が来るのだ。いずれ、彼ら彼女らにも。世界を選ぶか、それとも−−

 

「各員、最終確認だ。準備はいいか?俺……ふー……私はできている」

「『ブルー・ティアーズ』の出力調整は完了しましたわ〈彼、爆発寸前ですわね……〉」

「武装チェック、オッケーよ!〈今のアイツはニトログリセリンみたいなもんね〉」

「いつでも行けるよ!九十九!〈ちょっとした刺激でドカンって事かぁ……〉」

「強襲仕様パッケージのインストール、完了だ〈言葉の端々に怒気が籠もっている。あれは危険な状態だ〉」

「みんな……連携攻撃の一覧、目を通しておいて……〈彼が暴走した時は、シャルロットと本音に任せる〉」

「よ〜し、わたしも頑張るよ〜!〈止めきれる自信は無いけど、やってみるよ〜〉」

「さあさあ、盛り上がっていきましょう!〈彼にとっての『刺激』が出て来ないのを祈るのみね……〉」

 それぞれ専用機持ち達の準備が整う中、一夏は一人瞑想をしていた。目を閉じ、心を空に保つ。自らの心の置き場を間違えぬように。

「今行くぞ、箒……!」

 その呟きが、出撃の合図だった。

『各機にカタパルトの操作権限を移譲。ユーハブコントロール!』

「「「アイハブコントロール!」」」

『総員、出撃!』

「織斑一夏、『白式・王理』行きます!」

「村雲九十九、『フェンリル・ルプスレクス』出る!」

「凰鈴音、『甲龍』出るわよ!」

「セシリア・オルコット、『ブルー・ティアーズ』参ります!」

「シャルロット・デュノア、『ラファール・カレイドスコープ』発進します!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、『シュヴァルツェア・レーゲン』出撃する!」

「更織簪、『打鉄二式』進発します……!」

「布仏本音、『プルウィルス』いっきまーす!」

「更織楯無、『ミステリアス・レイディ』行くわよ!」

 緊急時にはカタパルトとして利用できる各アリーナの滑走路から飛び立つ、IS学園最高戦力達が、それぞれの想いを胸に決戦の空へと舞い踊った。

 

 

(ここは……)

 ふと気づいた時、箒はそこにいた。真白い砂浜と寄せては返すを繰り返す水面。その光景に、箒は見覚えが無かった。

(ここは……どこだ……?)

 自分の居る場所が、見渡せば端が見える程に小さな……無人島のような場所にいるのは理解したが、箒にはここが何処なのかも、何故こんな所にいるのかもまるで見当がつかない。

 現状についてもう一度思考してみようとした箒は、瞬間、自分の背後に唐突に気配が現れたのに気づき、弾かれるように振り向いた。

「誰だっ⁉……っ⁉お、お前は……⁉」

 箒は驚愕に目を見開いた。そこにいたのは、服装こそ違うものの紛れもなく−−

「私……⁉」

 もう一人の自分。常に己の心の闇に潜む、力の象徴たる自分。その自分が目の前にいた。赤く輝く双眸を携えて。

「私が……」

 ゆっくりと、もう一人の自分(ホウキ)の口元が笑みに歪む。

「私が、代わってあげる」

 狂気に満ちた笑みを向けてくるホウキに、箒は戦慄した。

「私が代わってあげる。力のない貴方に」

 ゆっくりと手を伸ばしてくるホウキ。その手から逃れようとするも、背を向けた先でまた同じ手が正面から伸びてくる。

「逃げられない」

 ホウキの言葉の意味を、箒はすぐに理解した。そう、逃げられない。何故なら、目の前のこいつは−−

「自分からは、逃げられないのよ」

 紛れもない、自分自身なのだから。

「さあ、溺れてしまいなさい。意識の海へ……」

 そっと、ホウキの手が箒の頬に触れ、箒の目から伝い落ちる涙を拭った。

(ああ、そうだ。私は……)

 箒は、自分が心地よさを感じている事に気づく。心地よさの正体の名を、ホウキは口にした。

「分かるでしょう?堕落とは……心地よいものだって」

 箒の体が、ゆっくりと砂浜に飲まれていく。

「もう眠りなさい……」

 箒の耳に、ホウキの声が優しく響く。

「後は私が……」

 次第に声は遠くなっていく。もう、聞こえなくなっていく。しかし、最後の声だけはやけにはっきりと聞こえた。

「私が、全部片付けてあげるから。貴方が煩わしいと思う全部を」

 赤い、紅い双眸のホウキが微笑む。その身に真紅のISを纏って、光の中で微笑んでいる。

「この私、『赤月』が」

 

 

「洋上に人工物反応!これは……」

 見渡す限り、眼下に広がる海。そこに、人工島とも呼べる巨大海洋建造物(ギガ・フロート)が浮いていた。

 広さは推定200平方m。しかし、そこには異常な程の量のコンテナが積まれていた。

「まるで蜂の巣だな」

 六角形(ヘックス)コンテナの密集する島の姿は、まさしくラウラの言葉通りだった。そして、その中身は当然−−

「無人ISの反応多数!4、5……ううん、もっと大量に……!」

「待て、あの島浮上を始めてないか?」

 私達の目の前で、ギガ・フロートはその身を震わせながら徐々に浮上。明らかになった全貌はヘックスコンテナの集合体……蜂の巣だった。

 あのクソ兎、一体どれだけの数の無人ISを用意したんだ?仮にあのコンテナ一基に一体ずつ入っているとして、概算で100以上か?普通に考えれば絶望的な物量差だ。

 『冷静な私』が現状戦力では攻略不能。即時撤退し、各国軍に協力を要請すべき。と訴えるが、『激情家の私』がそんなまどろっこしい事してられるか!とっとと行くぞ!と吠え、『傍観者の私』もまた『激情家の私』に賛成している。曰く、篠ノ之束の狙いは私でもある。今引けば、私を亡き者にしようと追ってくる無人ISが都市部に余計な被害を出すかもしれない。それは許容出来ない、と。ではどうするか?決まっている。

(進むしかない!)

「総員、第一種戦闘態勢のまま進軍。この後の指揮は簪さんがしてくれ。今の私は、普段より遥かに視野が狭い自覚がある」

「……分かった」

 それぞれの死角を補うように隊列を組みながら更に蜂の巣に接近。すると、そこに誰かの声が響いた。

「行きなさい、私の『朱蜂(あけばち)』達……」

「「「っ⁉」」」

 唐突に聞こえたその声に、全員が警戒態勢をとった。

「九十九、一夏。あれ!」

 シャルの指差した先、太陽を背負って私達を見下しているのは、禍々しい姿に変貌を遂げた『紅椿』を纏う、一人の少女。

 その顔は幼く、体躯は華奢。両目は黒いバイザーに覆われて見えないが、何者も寄せ付けない意思をひしひしと伝えてくる。

「そのISは⁉箒はどうした⁉」

 『紅椿』を纏った少女に、一夏が食ってかかろうとするのを、セシリアと鈴が腕を引いて止めた。

「待った!コンテナから熱源反応多数!来るわよ!」

「くそっ!ここまで来て!」

「チャンスはありますわ!まだ諦めるには早くてよ!一夏さん!」

 私達は簪さんを中心に防御陣形を組むと、防御の軸を楯無さんに任せて、各自武装を展開した。

 コンテナから飛び出してきた多数の『朱蜂』が、こちらに得物と無機質な殺意を向けてくる。

「敵IS群の武装展開を確認!各自の判断で動くのは危険よ!簪ちゃんの指揮を待って!」

 暴走寸前の一夏を言葉で抑え、楯無さんが『朱蜂』の第一陣に起爆性ナノマシンの霧をばら撒く。瞬間、紅蓮の炎と轟音が空間を支配した。今の一撃で、相当数を撃破出来たとは思うが、油断は出来ない。必ず、抜けてくる奴がいる。

 果たして、予想通り爆炎のカーテンをくぐる抜けてきた『朱蜂』の群れ。その数は10機。それを見た簪さんが指揮を出す。

「射撃で弾幕を張って、敵の接近を極限まで引き延ばして……い、一夏⁉」

「そんなまどろっこしい事してられるか!箒が待ってるんだ!」

 簪さんの指揮を無視し、単機で躍り出た一夏。全員の驚愕を尻目に、一夏は《雪片弐型》の一振りで3機の『朱蜂』を撃破してみせた。

「どけえええっ‼」

 咆哮とともに縦深突破を図ろうとする一夏。あの馬鹿!人の事は言えんが、熱くなりすぎだ!

「待て!一夏!一人で行こうと……何だ⁉機体出力が上がらない⁉」

 一夏を追うべくブースターを吹かせようとした時、私は……私達は異変に気づいた。機体の出力が上がらないのだ。

「本音!」

「だめ!これ以上出力を上げられない!これじゃ、おりむーを追いかけられないよ!」

「シャル!」

「こっちもダメ!どうなってるの⁉これ!」

 他の機体も一様に出力が上がらないようで、突然の事態に困惑を隠せない。

 『白式』を除く全機一斉のパワーダウン。明らかに人為的なそれに、私はすぐさま下手人に思い至った。

「……あんのクソ兎、またしてもやってくれたな……!」

 何をしたのかは分からんが、また一つあのクソ兎をぶっちめる理由ができたな!と『激情家の私』が猛る横で、『冷静な私』が篠ノ之束はなぜそうまでしてあの少女と一夏をぶつけようとしているのだろうと思考していたが、答えは出そうになかった。

 

「今行くぞ、箒!」

「待ちなさいってば、一夏!」

「一夏さん、危険です!お待ちになって!」

「死にたいのか⁉待て!行くな!」

「一夏!」

「一夏くん!」

「うおおおっ!」

 ラヴァーズの制止を振り切り、一夏は赤の少女へと突撃する。後を追うべく飛び出そうとしたラヴァーズだったが、彼女達を足止めするかのように『朱蜂』が立ち塞がる。

「「「待って(ください)!一夏ぁ(さん)!」」」

 しかし、まるで何かに吸い寄せられるように、一夏は少女の元へと消えていく。残された者達は、烈火の戦場で必死に戦うだけだ。

「くそっ!なぜISの出力が上がらない⁉簪、原因を解析できないのか⁉」

 苦戦するラウラが苛立ちも露わに叫ぶ。

「待って、もう少し……!これは、『コードレッド』発令……?ISの出力を制限する、裏コード……⁉」

「関係ないな」

 呆然とする簪に、九十九が吐き捨てる。

「え……⁉」

「手持ちの札で戦わなければいけないという事に、何の変わりもない。そうだろう?お前達」

 九十九の言葉に、ラヴァーズの目に闘志の光が戻っていく。

「そうね、その通りだわ。やったろうじゃないの!このあたしと『甲龍』が!」

「やれますわね、『ブルー・ティアーズ』!」

「行くぞ、『シュヴァルツェア・レーゲン』」

「やろう、『弐式』」

「さっさと一夏くんと箒ちゃんを助けるわよ!『ミステリアス・レイディ』!」

「ならば道は我ら3人が開こう。お前達は一夏の元へ急げ!やるぞ!二人とも!」

「「うん!」」

 そう言うと、九十九は《ヘカトンケイル》を全機展開、シャルロットは新パッケージ《孤狼(ベオウルフ)》を装備して両肩のウェポンラックを開く。本音もまた、今出せる出力で可能な限りの雷雲を上空に呼んだ。

「《火神(アグニ)》、フルバースト!」

「《大雪崩(アバランチ)》、シュート!」

「《神の裁き(エル・トール)》、広域連射!」

「「「いっけーっ!」」」

 百条の火線が、無数のチタン製ベアリング弾が、空を切り裂く雷撃が、眼前の『朱蜂』の群れを薙ぎ払っていく。道が、出来た!

「今だ!突っ切れ!一夏を頼んだ!」

「「「はい!」」」

 出来た道を一直線に突き進むラヴァーズ。その先にもまだ『朱蜂』はいるだろうが、九十九は不思議と心配していなかった。

「ま、あいつ等は一夏の勝利の女神達だからな」

「ん〜、でもその女神様たちって……」

「微笑むっていうより、横っ面ひっぱたく方じゃない?」

「違いない。……さてと」

 気を引き締め直した九十九達の眼前には、なおもコンテナから飛び出してくる『朱蜂』の群れ。しかし、今までに出てきたそれらと違って、出て来た『朱蜂』達は皆一様に無機質な殺気を九十九に向けて来ている。

『最優先抹殺対象、確認』

『至高命令、遂行』

『村雲九十九、抹殺』

『『『抹殺せよ、抹殺せよ』』』

 『抹殺せよ』の大合唱と共に自分に向かって来る『朱蜂』の群れに、九十九は溜息をついた。

「やれやれ、またか。……まあいい。どうやらクソ兎はここにはいないか、いても出て来る気が無いらしい。仕方ないから、お前らで鬱憤を晴らさせて貰うぞ!」

 こうして、感覚的にはとても長く、しかし実際にはとても短い数分間が始まった。

 

 

『抹殺せよ』

「ふんっ!」

『抹殺せ……』

「せいっ!」

『抹殺……』

「らあっ!」

『まっさ……』

「はあっ!」

『まっ……』

「ええい!いい加減にしろ!」

 落としても落としても、一向に減る気配を見せない『朱蜂』の群れ。こいつら、一機一機は大した事ないが数が半端じゃない。あと、連中が腕に内蔵しているビームマシンガンの名前が《九十九殺(つくもごろし)》と表示されるんだが⁉明らかに狙ってるよな⁉クソ兎め。自業自得を逆恨みしてくるなよ!

『『『抹殺せよ、抹殺せよ』』』

 なおも無機質な殺意を向けて襲って来る『朱蜂』達。物量差は如何ともし難い。このままでは数の暴力に押しつぶされるぞ。

「九十九!」

「どうするの!?このままじゃ……!」

「再度面制圧攻撃を実行!少しでもいい!数を減らすんだ!」

 とは言ったものの、出力が低下している今の状態ではどれだけ減らせるか分からない。だが、それでもやるしかない!

 そうして賭けに出ようとした私達の耳に届いたのは、幼いながらも凛とした響きを持つ声だった。

『そういう事なら、わらわに任せよ!』

「「「っ⁉」」」

 声のした方に振り返ると、そこにはジブリルさんの駆る『インペリアル・ナイト』に抱えられて飛んでくるアイリスがいた。

「「「アイリス(アイちゃん)⁉何でここに⁉」」」

「今はおけ!最大出力・最大範囲で放つ!お主たちは疾く退け!」

 ジブリルさんから離れたアイリスは、そう言うとゆっくりと上昇しながら手にした錫杖にエネルギー。をチャージしていく。何をやろうとしているのかは、それだけで分かった。

「撤退!」

「「ルートは?」」

「決まってる!()()()()()()()()()()()()()だ!」

 号令一下、全員でアイリス達のいるの方へ飛ぶ私達。当然、『朱蜂』達は『抹殺せよ』の大合唱とビームマシンガンの乱射を続けながら追ってくる。

(かかった!)

 私は内心でほくそ笑んだ。やはり所詮は無人機、プログラムに則った行動しか取れないのだ。と。

 実はアイリスの駆るIS『セブンス・プリンセス』の唯一にして最大の武器〈重力爆撃(グラビトン・クラスター)〉には安全装置がかかっており、『我が身諸共の超重力攻撃』は決して実行できないようになっている。そのため、必ずその攻撃は『自機前方のみ』に集中する。何が言いたいって?つまり−−

「今だ!アイリス」

「喰らえ!グラビトン・クラスター!」

 

ズシ……ッ!

 

 私の合図で放たれた超重力の波動は、私達を追っていた『朱蜂』の群れを漏らす事無く捉え、押し潰した。『朱蜂』は圧力に耐えかね、一機、また一機と爆発四散。その爆発に周囲の『朱蜂』巻き込まれて爆発。その爆発で他の『朱蜂』が……。という風に誘爆していき、ついに動いている『朱蜂』は一機もいなくなった。

「どうじゃ、九十九!わらわもやるであろう!」

「ああ、助かったよアイリス。しかし何故ここに?」

「お主らが緊急出撃したのをたまたま目にしての。これは何かあったなと、おっとり刀で駆けつけたのじゃ」

 おっとり刀って今日日聞かないな……。だがまあ、助かったのは事実。後は一夏とラヴァーズがあの赤の少女をどうにかできれば……。

「九十九、待って!」

「また出て来始めてるよ〜!」

 

ピキッ

 

「本っっっ当にいい加減にしろよクソ兎が!……やはり蜂は()()()退()()()()()()()効果は無いか。良いだろう、ならば見せてやる。新たに生み出されたこの力をな!」

 吠えると共に全身の展開装甲が開き、そこから黒よりもなお黒い……闇色の光が漏れる。

「シャル、あっちで戦っている奴等に避難指示を。これから使う技に巻き込まれたら……良くて死ぬ」

「「良くて死ぬ⁉」」

「皆、急いで巣から離れて!九十九が危険な大技を使うよ!」

 シャルの通信が届いたのか、自分達の戦場を巣から大きく離すラヴァーズ一同。よし、あれだけ離れてくれれば、巻き込む危険はないだろう。

「行くぞ『朱蜂』共!光届かぬ地の底まで、この村雲九十九が案内してやろう!」

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)連続で使い、一気に巣へと接近する。気づいた『朱蜂』達が私に殺到しようとするが−−

「もう遅い!受けろ!『フェンリル』流グラビトン・クラスター……《冥獄(タルタロス)》!」

 瞬間、突如現れた巨大な闇色の球体が巣と飛び出していた『朱蜂』達を纏めて呑み込む。直後−−

 

メキ……ベキ……ギシギシ……グシャッ!ベコン!ゴキゴキ!

 

 球体の中から、金属が歪み、軋み、圧し潰れるような破壊音が響き出す。そして、球体が消えるとその中からまるで()()()()()()()()()()()()()()()()圧縮された巨大な鉄塊……『朱蜂』と巣の成れの果てが現れ、そのまま海に落ち、沈んだ。

 

 超重力空間発生能力《タルタロス》

 ある一点を中心にした、最大半径1㎞の球状の空間内に10倍〜最大1万倍の超重力場を発生させる能力。空間内に囚われたものは中心点に向かって圧縮され、いずれ圧に耐え切れずに圧壊する。

 ただし、使用には多大なエネルギーと集中力を必要とし、現在の『フェンリル』のエネルギー貯蔵量でも最大半径・最大加重は一回が限度の超大技である。

 

「制圧完了……。しかし、これはやはり対人戦で使えるものではないな」

「これは……なんていうか……」

「とってもつくもらしい技だね〜」

「本音、それどういう意味だ?」

「敵と見なせば冷酷非情。同じやるなら徹底的に。お主の信条じゃろ?旦那様よ。で、どうじゃ?鬱憤は晴れたか?」

「まあな。あ、ジブリルさんも送迎役お疲れ様でした」

「貴様……私の事を今の今まで忘れていただろう……?」

「はは、まさか。さて、一夏の方はどうなったかな?」

 向けた視線のその先で展開していたのは、まさに戦闘の佳境。赤の少女の繰り出した突きを、己の手で受け止める一夏の姿だった。

「「「なっ⁉」」」

 その場にいた全員の驚愕が重なる。そのまま一夏は赤の少女に組み着く。それを振り解こうと、赤の少女はショルダービームキャノン《穿千(うがち)》を零距離から放つも、一夏は赤の少女を離さない。

「ここからは我慢比べだな、箒!」

「っ!」

 紅白の2機は絡み合ったまま上昇を開始。なおも《穿千》を撃ち続ける赤の少女とそれに耐える一夏。そして−−

 

ドオオオン‼

 

 2機の間で小規模の爆発。紅白我慢大会、その勝者は……一夏だった。

 ISを失い、気を失った赤の少女……箒を抱え皆の元へ降りていき、ラヴァーズの迎えに笑顔で応えつつ、そのまま自身も気を失った。

「やれやれ、あいつの無理無茶無謀は今に始まった事ではないが、今回ばかりは強めに灸を据えねばなるまいな」

「でも、箒は取り返す事ができたよ」

「束博士が出てこなかったのはちょっと不気味だけど〜……」

 確かに。箒誘拐のついでに私の事を始末しようとする程−−何なら動員数からして私の方が主目的だったのではないかと思う−−私に憎悪を向けていたあのクソ兎が、チラとも姿を見せなかったというのは、いささか気味の悪さを感じる。今回、新技《タルタロス》を出したのは、早計だったかもしれない。

 だが−−

「ちょっと、アンタたち!なにボーッとしてんの⁉帰るわよ!」

「「「了解」」」

 とりあえず今は、箒奪還作戦成功を喜んでおこう。と思いながら、私は皆と共に学園への帰途についた。

 

 篠ノ之箒奪還作戦−−作戦成功

 味方被害−−重傷1名(織斑一夏)軽傷若干名。IS各機にレベルB〜Cの損傷。IS『紅椿』消滅。

 敵被害−−量産型無人IS『朱蜂』多数(概算100機以上)及び『朱蜂』収納コンテナ群『蜂の巣』圧壊の後、沈没。

 

 

 一夏達の戦場となった海。その水深3000mの位置に、()()はいた。

 第二次大戦期のドイツ軍潜水艦『Uボート』に酷似したシルエットながら、潜水艦には似つかわしくないキャロットオレンジ色をしている。

 賢明なる読者諸兄はもうお分かりだろう。そう、篠ノ之束はずっとそこにいたのだ。水深3000mの深海に、息を潜めて。

「『朱蜂』達は頑張ってくれたね。おかげで、あいつのデータは揃った。後は−−」

「束様、上方から圧壊された『朱蜂』と『蜂の巣』が落ちてきますが、回収しますか?」

「いらないから避けといて。くーちゃん、用事は済んだから帰るよ」

「はい」

「待ってなさい、村雲九十九。お前は……お前だけは私の手で殺してあげるから……フフ……フフフ……!」

 狂気と妄執に満ちた笑みを浮かべる束。天災と魔狼の繰り手の戦いの火蓋は、或いは既に切られているのかも知れない……。




次回予告

明かされる『暮桜』不在の真実。そして、自分自身の秘密。
それは、たった一人の少年が受け止めるには、あまりに重く。
少年に差し伸べられるのは、希望を齎す手か、絶望の刃か。

次回「転生者の打算的日常」
#96 織斑一夏、正体
この……化け物め

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