転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#93 永遠之別離

 17時10分。IS学園、第三アリーナ。試合会場内。

 

「第2ラウンド開始と行くわよ!」

 気合の籠もった叫びと共に、《双天牙月》を構えてアイリスへと突貫を仕掛ける鈴。それに対してアイリスは、空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を展開して防御態勢に入った。《双天牙月》と空間歪曲場がぶつかり、激しい閃光と衝突音がアリーナに広がった。

「愚かな!お主の攻撃は、わらわに届かんと分かっておろうに!」

「ええそうね。でも、()()()()ならどうかしら⁉」

 親指で自分の後ろを指し示す鈴。釣られてアイリスが鈴の背後に視線をやると、その目を驚きに見開いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

「あれは《ヘカトンケイル》……!九十九、お主か!」

「女の影に隠れてコソコソ……は性に合わんが、勝敗に関わらず結果が同じなら……速攻で決める!」

 逃れられない運命なら、せめて少しでも自分が有利な運命を掴む。それがこの1週間、悩み抜いて出した私……村雲九十九の答えだ。

「生意気な!纏めて叩き落として「殿下!」−−っ⁉ちいっ!」

 《重力爆撃(グラビトン・クラスター)》の起点である錫杖を振り下ろそうとした瞬間、閣下の強い呼びかけに咄嗟に攻撃を中断するアイリス。

 アイリスが《グラビトン・クラスター》を使えば、そのエネルギーを私が吸収してほぼ無効化するのみならず、巡り巡って『フェンリル』の強化に繋がる事は、ついさっき理解させられているからだ。

「ふん!だが『わらわの守りを突破するのはいかなお主とて不可能じゃ!』−−っ!」

「と、言いたいのだろう?アイリス。だが、忘れたか?《神を喰らう者(ゴッドイーター)》は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぞ」

 それを聞いたアイリスがハッとした。そう、アイリスの防御の要である空間歪曲場(ディストーション・フィールド)もまた、エネルギーで空間に干渉するものであり、《ゴッドイーター》の効果発揮対象だという事に気がついたのだ。

「殿下!」

「おっと、行かせませんよ閣下」

 閣下がアイリスの救援に向かおうとするのを、展開した《ヘカトンケイル》の半数を使ってその場に押し留める。

「くっ、おのれ!邪魔だ、どけえっ!」

 閣下が《ヘカトンケイル》を押し退けてアイリスの元に辿り着くより先に、アイリスの空間歪曲場に《ヘカトンケイル》が突き刺さった。瞬間、《ゴッドイーター》の効果によって、空間歪曲場に穴が開く。今が好機!

「鈴!」

「分かってるってーのっ!」

 そう言って、鈴がアイリスとの距離を零に詰め、その両肩を強引に掴み身動きを封じる。その状態から繰り出すのは、今の『甲龍』にできる最大威力攻撃の−−

「受けなさい!《零距離衝撃砲!》」

 

ズドンッ!

 

「うぬっ……!」

 大気を揺るがす大きく重い音が響き、アイリスの顔が苦痛に歪む。どうにか鈴を振払おうと藻掻くアイリスだったが、実戦経験の乏しさ故か、ただ身をよじるだけに終わっていた。

「逃がすもんですか!」

 

ズドンッ!ズドンッ!

 

 最大威力の零距離射撃を繰り返す鈴。攻撃の余波を受けた衝撃砲が、蓄積したダメージによって徐々にひび割れていく。

「付き合って貰うわよ、『甲龍』!これで……ラストッ!」

 最後の一撃を放った鈴は、直後に爆散した衝撃砲によって大ダメージを受けて地上に落ちて行く。

「九十九!」

 『最後の一押しを頼む』言外にそう込めて叫びながら。アイリスはダメージコントロールが上手く行かないのか、体勢が整っていない。決めるなら今だ。

 私は閣下を牽制していた《ヘカトンケイル》の操作を一旦手放し、防御すら捨ててアイリスに向き直る。

「フィニッシュだ!アイリス!」

 アイリスに指鉄砲を向けると同時、展開装甲から漏れる光がアイスブルーから朱に近いオレンジへと変わる。そして、その指先に火球が形成された。

「《火神(アグニ)》、最大出力で……発射!」

 超火力の熱線が、アイリスに殺到する。

「殿下!」

 その直前、剣を放り出した閣下がアイリスの前に立ち、捨て身の防御を行った。

「あああっ!」

「ジ、ジブリルーっ!」

 膨大な熱エネルギーの直撃をその身に受けた閣下は、そのまま堕ちていった。

「鈴!地上戦は行けそうか⁉」

「それくらいなら!」

 鈴が破損した装甲をパージしながら、加速して閣下の元へ向かう。

 一方の私は、アイリスの前に立ちふさがり、その眉間に《狼牙》を突きつけ、視線に僅かな殺意と多くの殺気を込めて彼女を睨みつける。

「お逃げください!殿下!」

 閣下の声を聞いたアイリスは、しかしどうすれば良いのか分からないのか、明らかに狼狽えている。

「あ、あ……」

 極限の戦闘状態。それに耐えられる程、アイリスの精神は強靭ではない。眼前に突きつけられた銃口と、私の目を見たアイリスの顔に浮かんだのは、明らかな怯えだった。

「…………」

 その表情を見た私は、突きつけていた銃を頭上に掲げ、その引金を引いた。

 

ガオンッ!

 

 大口径銃特有の太く大きな銃声がアリーナに鳴り響く。全員の視線が私に集まった所で、私は口を開いた。

「アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクの戦意喪失を確認。これ以上の戦闘行為は不可能と判断する。閣下、後は貴女だけだが、()()()()()()()?」

「……いや、我等の負けだ」

 観念したようにそう言う閣下に、アイリスが反論した。

「な、何を言うかジブリル!わらわはまだ負けておらぬ!」

「いいえ、殿下。もはや私達に勝ちの目はほとんど残っておりません。王族たる者、往生際は潔くありましょう、殿下」

「…………」

 閣下の進言に、黙して俯くアイリス。やがて、深い溜息をついたアイリスはそっと両手を挙げた。

「確かにそうじゃな。負けを認めよう、九十九。これよりわらわはお主のものじゃ。よしなにの、旦那様よ」

 そう言って笑うアイリスの顔は、実に美しく、それでいて悪戯っぽさの混じったものだった。

 こうして、アイリスとのISバトルは私の勝利で幕を閉じた。……のはいいんだが、シャルと本音を一体どう説得したものかで、私は頭を悩ませるのだった。

 

 

 17時45分。第三アリーナ男子更衣室。

 

 アイリスとの戦いを終え、着替えて更衣室から出ると、そこには大層不満そうな表情を浮かべたシャルと本音が仁王立ちしていた。

「「…………」」

「あ~、その……だな。ルクーゼンブルクに行かないで済むようにするには−−」

「それ以上は言わなくていいよ。()()()()()()()()()()っていうのは分かってるし、理解もしてるよ」

「でもね〜、理解と納得は別物なんだ〜。という訳で……」

「「一発張らせなさい!この微自覚女たらし!」」

 

パンッ!パンッ!

 

「ぶほおっ!す、すみません……」

 両頬に()()()()()()()()をつけて頭を下げる私。そこにアイリスがやってきた。

「おお、ここにおったか九十九よ。む?その平手打ちの跡はどうした?……まさかお主ら、わらわの旦那に無体を働いたか⁉」

 「痛かったのう、よしよし」と私の頬を撫でながらシャルと本音を威嚇するアイリス。一触即発の空気がそこには−−

 

ニッコリ

 

 無かった。アイリスの威嚇に対してシャルと本音が浮かべたのは優しい笑み……の筈なのだが、何か圧が凄い。その笑みに、私はふと母さんを思い浮かべた。

 その圧倒的なプレッシャーに、アイリスはたじろぎつつも言葉を続ける。

「な、なんじゃ。今更何を言うたところで、結果は変わらんからな⁉」

 フン、と強がるアイリスの両隣にシャルと本音がスススっと近づき、そのままアイリスの手を取った。そして、その状態のまま揃って歩き出した。

 手を握られているアイリスは、当然引っ張られる形で歩く事を余儀なくされる。この二人の行動にアイリスは動揺しきりだ。

「な、何をする⁉離せ、離さぬか!」

「押しかけ女房とはいえ、一応僕たちのお仲間になる訳だし……」

「ここはたーっぷり話して聞かせてあげるね〜」

「「知りたくない?九十九の事、全部」」

「……聞かせよ。逃げぬゆえ離せ」

 観念したようにアイリスが言うと、二人はアイリスから手を離し、そのまま連れ立って去って行った。

 アイリスの事は、取り敢えずあの二人に任せよう。……アイリスがどんな話を聞かされるのか、という不安は残るが。この状況で私にできる事などほぼ無いしな。

 

prrrr prrrr

 

 小さく溜息をつくと、スマホが鳴った。取り出して相手を確認すると、そこに表示されていたのは『凰麗鈴(ファン・リーリン)』の文字(楽音さんの件で番号を交換した)。

「はい、村雲です。どうしました?麗鈴さん」

『九十九くん、そこに鈴はいる⁉』

 電話を繋ぐと、麗鈴さんがすぐさま鈴の所在を聞いてきた。その声には、恐怖と焦燥が籠もっていて、只事ではない雰囲気が伝わってくる。

「いえ。どうされました?」

『楽音さんが−−』

「っ⁉」

 麗鈴さんの報を聞いた私は、真っ直ぐに鈴のいるだろう更衣室へ駆けた。くそっ!いくら何でも展開が早すぎる!兎に角、急がなければ!

 

 

 17時48分。女子更衣室。そこでは現在、鈴が一夏の労いを受けていた。

「がんばったな、鈴」

「ふふん、もっと褒め称えなさい!」

 頭を撫でられ、気持ち良さそうに目を細めつつ、大威張りに胸を張る鈴。一緒に来たラヴァーズ達は『いいなぁ……』と思いつつもそれを口に出すのを憚る。今回の功労者が鈴である事は、誰の目から見ても明らかだったからだ。

 もしここに九十九がいれば、「勲功第一はお前だ。鈴」と言っていただろう。

『鈴、いるか⁉着換えは終わったか⁉』

 と、鈴が考えていると、脳内で噂をした男が更衣室の扉の前に現れた。

「終わってるから、入っていいわよ」

 

バンッ!

 

 許可を出したと同時に勢いよく扉を開けて九十九が飛び込んできた。その顔には焦りの表情が伺え、息を切らしている事から見ても、相当慌ててやって来た事が分かる。

「どうしたのよ、そんなに慌てて。焦んなくてもまだ時間は−−「無いんだ!」えっ?」

 あるでしょ。と言おうとした鈴の台詞を遮り、九十九が短く、鋭く叫ぶ。その姿に、鈴の中で嫌な予感が膨らんだ。

「……ねえ、九十九。お父さんに……何かあったの……?」

「え?楽音さんがどうかしたのか?ってか見つかったのか!良かったなり……「今は黙ってて!」お、おう」

 九十九は一度大きく深呼吸をして息を整えると、真剣な表情で鈴に告げた。

「たった今、麗鈴さんから電話があった。楽音さんが私達の戦いを観戦中に喀血、そのまま意識を失い、現在危篤状態にある。と」

「えっ……」

「これまでにも何度かそうなったらしい。が、今回ばかりは『峠を越せない』だろうというのが、医師の意見だそうだ」

「そんな……」

「マジかよ……!」

「兎に角、今は一刻の猶予もない。行くぞ、鈴。……一夏、お前も来い」

「「分かった(おう)」」

 九十九に促され、鈴と一夏は走る九十九の後を追った。

(お願い、お父さん。私が行くまで待ってて)

 

 

 20時15分。ラグナロク・コーポレーション医学部直営がんセンター『アスクレピオス』正面入口。

 

 モノレール『IS学園前駅』から『新世紀町駅』に向かい、そこからバスとタクシーを乗り継いで約2時間半。私達は鈴の父、楽音さんの入院する『アスクレピオス』に到着した。

 麗鈴さんから、容態は逐一LINEで報告を受けていた(楽音さんの件でこちらも交換した)が、やはり状況は良くなるどころか悪化の一途を辿っているようで、最後の報告では意識がとぎれとぎれになっているとの事だった。

「楽音さんの病室はこっちだ。付いて来い」

「「ええ(おう)」」

 走り出してしまいそうになるのを必死に抑え、楽音さんの病室へ向かう鈴。その様子を、隣で一夏が心配そうに見ていた。

 

 20時20分。『アスクレピオス』本棟15階、終末期患者病棟。1503号室。

 

「ここだ。鈴、覚悟はいいか?」

「ええ」

 

コンコンコン

 

『はい、どなた?』

 病室の中から聞こえた儚げな印象のソプラノ。麗鈴さんだ。

「村雲九十九です。鈴と、一夏を連れてきました」

『どうぞ、入って』

「失礼します」

 戸を開けた瞬間、感じ取ったのは薄っすら漂う血の匂いと、濃厚な死の気配。人工呼吸器に繋がれ、浅い呼吸をする楽音さんが、病床に横たわっていた。

「お父さん……」

「っ……!」

 その痛々しい姿に、鈴も一夏も二の句が継げない。それもそうだろう。

 かつて『中国の光源氏』とも謳われた端正な面立ちは、もはや見る影もない。頬はこけ、目は落ち窪み、鍛え上げられていた腕も脚も痩せ衰えて、まるで枯枝のようだ。

「楽音さん、鈴が来ましたよ。起きてくださいな」

 麗鈴さんが声をかけた事で意識が浮上したのか、楽音さんがうっすらと目を開けて視線だけをこちらに向けた。もう、首を動かす事すら難しいのだろう。鈴を視界に捉えた楽音さんは、苦しい息の中か細い声を上げた。

「鈴……か?立派になったなぁ……。父さん、びっくりしたよ……」

「お父さん……」

 鈴は涙目になりながら、フラフラと楽音さんに近づく。直感的に気づいているんだろう。これが最期の会話になると。

「ごめんな、鈴……。寂しい思いをさせてしまって……」

「ホントよ。何にも本当の事言わずに出て行って、久々に会えたと思ったら……こんなだし……」

「分かってくれと……言うつもりはない……。あの時は……これが最善だと……思ったんだ……」

 息も絶え絶えに紡がれる楽音さんの最後の言葉。鈴の目からは、いつの間にか涙が溢れていた。

「でも……そうじゃなかった……。本当の最善は……最期の時まで……家族皆でいる事だった……。今際の際になって……それに気づくなんて……俺も馬鹿だなぁ……」

「ホントよ……この……バカ親父……!」

 鈴の拳が楽音さんの胸を弱々しく叩く。それを楽音さんは泣きそうな笑顔で受けた。そして、その視線を麗鈴さんへと向ける。

「麗鈴……お前にも……迷惑をかけた……」

「貴方の事です。きっと何か訳があるのだ、とは思っていました。だから私、騙されてあげたんですよ?」

「そうか……。敵わないな……お前には……」

「当然です。私は……貴方の妻なんですから……」

 バイタルチェッカーの心拍数表示が、少しずつ下がっていく。私は、いよいよ別れの時が近づいているのだと悟った。

「楽音さん……一夏君と九十九君も来てくれてますよ」

 麗鈴さんの手招きに応じ、楽音さんの病床に近づく私と一夏。

「お久しぶりです、楽音さん」

「お久しぶり……です」

「おお……君達も来てくれたのか……。嬉しいなぁ……でも、ごめんな……大人になったら……一緒に酒を……呑もうっていう約束……果たせそうに……ないんだ」

 気に病んだふうにそう言う楽音さんに、私は首を横に振った。

「お気になさらず、楽音さん。貴方との約束は、後日我等が()()()()()()()()()()

「はは……そうか……。頼もしいな……。一夏君」

「は、はい!」

 楽音さんに名を呼ばれ、緊張した面持ちになる一夏。

「鈴は……俺の自慢の娘だ……。お前を男と見込んだ……鈴を……頼む……」

「……はいっ!こいつは、俺が必ず守り抜いてみせます!」

「一夏……」

 鈴の肩を抱いて、力強く宣言する一夏。楽音さんは満足そうに「そうか……そうか……」と漏らして目を閉じ……その目が開く事は、二度と無かった。

 

 20XX年1月XX日20時35分。劉楽音、永眠。享年42歳。死因・末期がんによる多臓器不全。その死に顔はとても穏やかで、まるで本当にただ眠っているように見えた。

 

 

 

 同日深夜。一年生寮、九十九の自室。

 

「ただいま……」

 楽音さんの葬儀・告別式は明後日行うという事で、私と一夏は一旦寮に戻って来た。千冬さんにその旨を伝えると「分かった。当日は私も弔問に行こう」と答えた。

 しかし、やはり見知った相手の死を看取る。というのは、精神的に辛い。前世で高校生の時、母方の祖母を喪った時を思い出してしまい、少しばかり気が滅入ってしまった。

 気を落ち着けようとダイニングの椅子に座ると、シャルと本音、アイリスが近づいてきた。

「お帰り、九十九。辛そうだけど、何かあった?」

「だいじょうぶ〜?」

「聞かせよ。話すと楽になる、という事はままあるぞ」

「……ああ、実は今日−−」

 

−−村雲九十九説明中−−

 

「という事があってな。それで少々気が滅入っている」

「そっか。今日慌てて出て行ったのってそういう……」

「鈴ちゃんだいじょうぶかな〜?せっかく会えたのにもうお別れなんて、辛すぎるよ〜」

「親しい者を喪うというのは、心が痛いものじゃ。わらわもお祖母様を喪った時は、それはもうワンワン泣いたものよ」

「うん、分かるよ」

 三者三様に鈴に共感するシャル、本音、アイリス。心中を語った事で大分気も落ち着いた事でふと心に浮かんだ疑問を、私はそのまま口にした。

「そう言えば……シャル、本音。アイリスに私の事を話して聞かせる、と言っていたが……何を話して聞かせたんだ?」

 そう聞いた瞬間、シャルと本音が私から目を逸らし、アイリスの顔が真っ赤に染まった。え?何この反応?

「い、色々……だよ?」

「そうだね、色々だね〜」

「う、うむ。色々じゃ」

「おい待て、ホントに何聞かせた?シャル、本音。ちょっとこっち見て。見ろ、おい!」

 結局、二人は「色々です」以外の答えを返す事はなく、私はアイリスが一体何をどこまで聞いたのかが気になって、どうにも寝付けなかった。

 

 

 翌日、私は教室で意外な光景を眺める事になった。

「アイリス、何故君は()()姿()()()()()()()()()?」

 そう、アイリスがIS学園指定の制服を着て、一年一組の教室に堂々と立っていたのだ。

 私の問いに、アイリスはドヤ顔を浮かべてある書類を私の眼前に突き出した。……なになに?

「『転入申請書』……⁉おまけに既に承諾印まで押してある⁉」

「左様!これでお主とは晴れて同級生じゃ!これからよろしくの!九十九!」

 ニパッと破顔して、アイリスがそう言った。本来なら既に転入生枠は埋まっていて、受け入れはしない。というのだろうが、そこは天下のルクーゼンブルク公国王家一同が、娘の、あるいは妹のために強力な後押しをしたのだろう。そうでなければ、IS学園が規則を曲げるなどありえないからな。

 なお、実際ならIS学園に教師として残留するはずだったジブリル閣下だったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一体何者の陰謀なのか?それは全く分からない……という事にしておく。

 こうして、私達は二人の新たな学友を迎えた。今まで以上に騒がしい日々になるだろう事に、私は僅かに痛む頭を押さえた。

 

 

 楽音さんの葬儀・告別式は、しめやかに執り行われた。彼の人柄を示すように、葬儀には多くの弔問客が訪れた。

 楽音さんが営んでいた中華料理屋『小鈴飯店』の常連客、店のあった商店街の皆さん、家族ぐるみで付き合いのあった私の両親、弾をはじめとした五反田一家、織斑姉弟、更には楽音さんの訃報を聞いて急遽来日した親戚一同と、そこそこ広いはずの葬祭会場は、あっと言う間に満杯になってしまった。

 坊さんの読経と焼香、麗鈴さんの弔辞と、式は恙無く進み、いよいよ楽音さんとの最期の別れの時が来た。

「馬鹿野郎が……俺より先に逝っちまいやがって……」

 楽音さんに一目置き、共に『(孫)娘の花嫁姿を見るまで死なない』約束を交わしていたという厳さんが、怒りと寂しさの綯交ぜになった顔で楽音さんの棺に花を手向ける。

「楽音さんの炒飯、俺好きでした。もう食えないんだなって思うと……やっぱ寂しいっす。……さよなら」

 目元に少し涙を浮かべながら、弾もまた花を手向けた。

「弟の事で何かとご迷惑をおかけしました。ゆっくり、お休みください」

 小さく頭を下げながら、千冬さんが。

「楽音さん。鈴の事は、俺がきっと守って見せます。どうか、見守っててください」

 決意の籠もった声で言いながら、一夏が。

「随分先の話ですが、私が『そっち』に行ったら、一緒に酒でも酌み交わしましょう。それまで、お別れです」

 向こうで会える事を願いながら、私が。

「勝手にいなくなって、また会えたと思ったらすぐいなくなって……ほんっと勝手なバカ親父なんだから!……でも、大好きだよ、お父さん。……バイバイ」

 自らの心中を吐露しながら、鈴が。

「楽音さん。きっと、天国でまた会いましょうね。……我永遠愛你(永遠に愛しています)

 最後に、楽音さんに愛を囁きながら、麗鈴さんが花を手向けた。

 霊柩車に載せられた楽音さんの棺はそのまま併設の火葬場へ送られ、遺体は荼毘に付された。がんによって骨も脆くなっていたのだろう。残された骨はとても小さく、細かくなっていた。

 遺骨を骨壷に収めて、一連の儀式は一旦終了。その後、故人を偲んでのささやかな宴が催された。

 楽音さんとの思い出話に花が咲く中、そっと宴会場を出る麗鈴さんを私は追いかけた。

「麗鈴さん」

「あら、九十九君。……そうだわ、まだお礼を言っていなかったわね。あの人の事、色々どうもありがとうね」

 謝礼を伝える麗鈴さんに、私は小さく首を横に振った。

「いえ、私に出来た事など然程のものでは……。麗鈴さん、この後どうするおつもりで?」

 私がそう訊くと、麗鈴さんは儚げな微笑を浮かべて答えた。

「そうね……あの人を追うつもり」

「なっ⁉」

「……だったんだけど、あの人が『どうか俺の分まで生きてくれ。俺の最期の願いだ』って、そう言ったの。だから生きるわ。あの人の分まで、生きて、生きて、生き抜いて、しわくちゃのお婆さんになるまで。あの人に会うのは、それから」

 そう答えた麗鈴さんの笑顔は、儚さを残しながらも力強いものだった。

 数日後、麗鈴さんは楽音さんの遺骨と共に中国へと帰国。麗鈴さんの自宅近くの墓地に遺骨を埋葬し、菩提を弔いながら暮らすそうだ。その事に鈴は不服そうだったが、最後は麗鈴さんの言葉を受け入れ、笑顔で彼女を見送った。「まっ、行こうと思えばいつでも行けるしね」とは、鈴の弁である。

 

 こうして、鈴と父・楽音との永遠の別離は終わりを告げた。その後、鈴は毎年一回は楽音の墓参りに出向くようになる。

 数年後、鈴が一夏と共に楽音の墓を訪れると、楽音が『一番好きだ』と言っていた日本のビールと、楽音の好物だった焼鳥が供えられていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()んだと気づいた鈴は、小さく「ありがとね」と呟くのだった。




次回予告

騒がしいながらも穏やかな日常。それは、唐突に終わりを迎える。
突如として襲い来る無人ISの群れ。その狙いは……箒の誘拐。
終わりの始まりは、すぐそこに迫っていた。

次回「転生者の打算的日常」
#94 崩壊之序曲

やってくれたな……クソ兎!

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