転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#91 第七王女、上京

 という訳で(詳細は前回)、私とシャルと本音はルクーゼンブルク公国第七王女、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク殿下の世話係に任じられる事になった。

「のはいいのですが……何故私だけ執事服なんでしょう?」

 そう。シャルと本音は目の前の女性、メイド長のフローレンスさんと同じパンツスタイルのレディーススーツなのに対し、私は黒の燕尾のジャケットに同色のスラックス、バキバキに糊の効いたイカ胸シャツのウィングカラー、タイはシミ一つない白、エナメルの黒靴に脹脛まで覆う黒の靴下。

 何処かのパクス・ブリタニカ(大英帝国全盛期)のロンドンを舞台にしたクライム・サスペンス漫画に出てきそうな、まさに執事と言った格好をさせられたのだ。文化祭の時に着たそれとは掛かっている金額が段違いなのが肌触りで分かる。が、何故こんな格好をさせられなければいけないのか?

「王女の意向です」

「そうですか……」

 そう言われてしまっては、私に反論の余地など無い。大人しく執事服に身を包むしかないだろう。

「九十九、よく似合ってるよ」

「うん。ちょ〜かっこいいよ〜」

「ああ、うん。ありがとうな」

 一応、シャルと本音には好評だった。

「ところで、我々は一応IS学園の生徒です。授業は受けさせていただけるので?」

「王女の意向です、異論は認めません」

 フローレンスさんの一言に、(ああ、四六時中付きっ切れって事ね)と三人で目を合わせて苦笑。

 こうして、私達の王女殿下世話係生活が始まった。

 

 

 着替えを終えて教室に戻って来た私達を、王女が満足そうな笑みで出迎えた。

「うむ。よく似合っておるではないか」

「お褒めいただき、恐悦至極にございます」

 その称賛の言葉に、儀礼的に跪いて謝礼を述べると、王女は満足そうに頷いた。

「では九十九よ、学園を見て回るゆえお主が案内せい」

御意に(イエス)王女殿下(ユアハイネス)。まずはどちらを御覧になられますか?」

「任す。お主の良いようにせよ」

「はっ」

 王女の命を受け、私は学園の案内を始めた。

 

 学生寮、ISアリーナ、IS整備室等を案内して回る中、私はふと気になった事を王女に訊いた。

「そう言えば殿下、一つ訊ね忘れていた議が御座います。今お訊きしても?」

「よい、許す」

「寛大なお言葉に感謝を。……何故私だったのでしょうか?」

「それはの、お主が有名人だからじゃ」

「有名人であると言うのならば、一夏の方が余程有名かと存じますが」

 私の反論に「チッチッチ」と指を振り、王女が言葉を続ける。

「確かに織斑一夏も有名じゃ。じゃが、あやつは『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』として()()()()()()()()じゃ。そこについて言えば九十九よ、お主は違う」

「と、言いますと?」

「お主はこれまでに、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』追討の陣頭指揮を執りこれを撃破し、フランスでテロリストを鎮圧。イギリスでは対IS用軌道衛星砲『エクスカリバー』破壊作戦において、これの完全破壊をなした。更に、何者かの手によって奪われたとされていた『ゴールデン・ドーン』を奪還し、つい最近アメリカで空軍特務部隊の駐屯基地の防衛を成し遂げた。分かるか?お主はその実力と知略でもって、()()()()()()()()()のじゃ。と言うても、政治家や軍人にとって、じゃがな」

 まるで我が事のように胸を張って言う王女。面映ゆく感じる私を尻目に、王女は更に言葉を続ける。

「今やお主の一挙手一投足に注目を寄せん者は、少なくとも政治・軍事の世界にはおらん。誇れ、九十九。お主はそれだけの事を為したのじゃ」

「過分な評価かと。私は一介の高校生男子に過ぎません。その戦果も、周りの援護と運あってこそ。誇れるものではございません」

「九十九よ、過ぎた謙遜は嫌味じゃぞ。わらわが褒めておるのじゃ、素直に受け取らんか」

 渋面を作ってそう言う王女。これ以上の謙遜は本当に嫌味になってしまうだろう。ここは素直に受け取っておくとしよう。

「お褒めのお言葉、ありがたく。では殿下、私を評価していると仰るのであれば、その証をいただきたく」

「なんじゃ?申せ。よほどの無体でない限り聞いてやろう」

「では……日当を下さい。1人当たり8000円で」

「なっ!?お主、年下の女から金をせびるつもりか!?」

「授業を受けるなと言うなら、一時的とはいえ雇われているようなもの。いわば殿下の臣下にございます。それとも殿下は臣下の忠勤に報いる気はないと?」

 私の言葉に、王女は「ぐぬぬ」と言いたげな顔をしたが、最終的には折れて日当を支払う事に同意してくださった。人間、名誉だけではモチベーションは保てないのである。

「お主、噂以上に強かじゃのう……」

「照れますな」

「褒めておらぬわ」

 呆れ顔の王女を連れて学園の主だった施設を案内し終えたのは、その日の授業がおおよそ終わった頃だった。やっぱりクソ広いわ、この学園。

 

 

 世話係生活も1週間が経過した頃。この日、王女付きのメイド達はやけに緊張した面持ちをしていた。どうしたのか訊いてみると、ルクーゼンブルク公国(本国)から王女付きの近衛騎士団長(インペリアル・ナイト)が到着したのだと言う。

「いいですか、貴方達も今は王女殿下の従者です。失礼の無いように」

「「「はい」」」

 フローレンスさんの忠告に返事を返した直後、その人は現れた。

 一部を顔の左側で三つ編みに纏めた淡いピンクブロンドのロングストレート。薄化粧を施した凛々しくも美しい(かんばせ)は、宝塚歌劇団の男役スターだと言われても信じられそうだ。しかし、最も目を引くのは彼女の衣装だった。

 ここは中世ヨーロッパだったか?と思ってしまうような、時代錯誤も甚だしい軽装鎧(ライトメイル)に、腰には一振りのサーベル。

 こんな格好で街を出歩けば『場を弁えない迷惑なコスプレイヤー』認定待ったなしのそれを、恥ずかし気もなく着ている。

 チラと横を見ると、本音が『うわぁ……』と言いたそうな顔をしていた。うん、気持ちは分かるが顔に出すな。

 反対側に目をやると、シャルが『無いわー、それは無いわー』と言いたげな表情をしている。うん、分かるけど顔に出すな。

 そんな私達の思考を知ってか知らずか、騎士団長が声を張った。

「傾注‼」

 その雄々しささえ感じる声に、それが騎士団長の発した第一声であったのだと理解するより早く、私の体は一分の隙もない気を付けをしていた。

(たった一声でここまで場を引き締めるとは……。これがルクーゼンブルク公国騎士団長……!恐れ入る!)

 例えて言えば、まさに雷光。凄まじい勢いと堂々たる大音声。獅子吼もかくやの声だった。

 緊張した空気の中、騎士団長は言葉を続ける。

「王女殿下は本日、市街を散策されたいとの仰せだ。そこで、お付の者を1名選出する」

 要は外出なされる殿下の最近距離での警護役を、この場の誰かにやれ。という事だろう。そうと理解したメイドさん達と、シャル、本音の視線が私に集中した。

(……ですよね)

 どうせそうなると言うならば、指名されるより志願した方がまだ印象は良いだろう。ならば−−

 

「騎士団長閣下。その任、是非ともこの村雲九十九に与えて頂きたく存じます」

 ルクーゼンブルク公国第七王女近衛騎士団長ジブリル・エミュレールは、唐突に片膝をつき、自分に対して臣下の礼を取ってきた少年……村雲九十九の姿に瞠目した。

「私が言うより早く、自ら名乗り出るか。見上げた度胸だ。元より殿下はお前をご所望だ。くれぐれも無礼な振舞いは避けよ」

「重々承知の上でございます。ところで騎士団長閣下、御名を拝聴致したく」

「名乗るのか遅れたな。ジブリル・エミュレールだ。他に何か質問は?」

「御座いません、閣下」

 洗練されているとは言い難いが、しかし最低限の儀礼は弁えた九十九の振る舞いにジブリルは満足げに頷くと、九十九を立たせた上でそっと耳打ちをした。

「殿下に何かあった場合は……分かっているな?」

「無論。この村雲九十九、全身全霊を持って殿下の御身守護の任、全う致します」

「良い返事だ。では解散!」

 てきぱきと、全員がその場から離れて行く。しかし、シャルロットと本音はその場に残って、九十九に少しだけ憐憫の籠った視線を向けていた。

「九十九、えっと……ガンバ!」

「明日はきっと良い日になるよ〜」

「やめてくれ。今はその優しさが少し辛い」

 どうせ選ばれるのは自分だからと、自ら名乗りを上げた事で却ってジブリルのハードルが上がったような気がして、九十九はそっと溜息をついた後、アイリスのいるスペシャルゲストルームへと向かうのだった。

 

 

「ふう、それにしても……」

 王女殿下の裏表の激しい性格に、私はほとほと疲れ果てていた。

 王女殿下……アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクという少女は、表……他人の居る場所では年若いながらも威厳と気品を湛えた、まさに王女として振る舞うが、裏……自分と私達従者一同しかいない場所ではただの我儘娘に早変わりする。

 もっとも、その我儘の言い方は、一般的な我儘と少し違った。例えば−−

「九十九、少女マンガが読みたい。読みたいタイトルをリストアップしたゆえ、この中からお主がこれと思う物を買って来い」

「九十九、お主の知る最も美味いアイスを教えよ……北海道!?行って来いは流石に酷か。ならば、近所で買える最も美味いアイスを買って来い」

「九十九、少し疲れた。マッサージをせよ。……妻以外の女の肌に触れる気はないとな。ならば、お主の知る中で最もマッサージの上手い者を連れて参れ」

 とまあ、こんな感じにこちらが「出来ぬ」と言えないように絶妙に逃げ道を塞いでくるのだ。結果として、私は殿下の命を果たすために東奔西走を余儀なくされる。肉体的にも辛いが、精神的にかなりクル。毎晩のシャルの膝枕と本音の抱擁&「よしよし」、そして日当がなければ、今頃殿下の元から逃げ出しているのではないだろうか?

 こういう時、流されやすい性格の一夏が羨ましく感じる。彼奴なら、文句を言いつつもなんだかんだ面倒を見るだろうな。そしてなんかのタイミングで事件が起きて、王女に惚れられるんだろうな。すぐ想像できるわ。

 などと考えている間にスペシャルゲストルームの前に到着した。

 

 コンコンコン

 

『誰か?』

「村雲九十九でございます」

『入れ』

「失礼致します」

 入室の許可を得て部屋に入ると、天蓋付きのキングサイズベッドに横になり、気怠そうにしている殿下がいた。

「九十九、少し脚がだるい、揉め」

「では、一夏を呼んで参りますので少々「今日はお主が揉め。二度言わすな」−−畏まりました。おみ脚、失礼致します」

「ん」

 私が床に膝を突くのに合わせて、殿下がベッドの端に腰掛けて無造作に脚を放り出した。

 少女らしいしなやかな脚線美は、幼さゆえの一種独特な美しさがあった。こんなに綺麗な脚を、一夏は特に何とも思わずに揉み解したというのだから驚かされる。

 少しだけその脚に魅入られていると、殿下が不思議そうに声をかけてきた。

「どうした?早う揉め」

「失礼。つい見惚れておりました。妻達のそれとは違う美しさがあったもので」

 本心を漏らすと、殿下は誇らしげに胸を張った。が、その顔は耳まで赤い。

「と、当然じゃ!わらわの体に、美しくない所など一つもないわ!ふん!」

 そう言いながらも、殿下は私に揉ませるつもりで出した脚を引っ込めた。……照れたのか?

「それで殿下、本日は市街を散策なさりたいとの仰せ。此度の警護の任、私に与えて頂けた事、光栄に思います」

 顔が赤いままの殿下に、少々強引ながら話題を変えて話を進める事にする私。

「う、うむ。お主には期待しておる。励め」

「御意。して、殿下。市街を散策、との事ですがご用向きは……」

 何でございましょう?と言いかけて、私はベッドの上に散乱する多数のファッション雑誌を発見した。……ああ(察し)。

「……なるほど、『普通の女の子』の服をご所望ですか」

「その察しの良さが今はありがたいぞ、九十九よ。言うてみれば、これは社会勉強じゃ。上に立つ者の責務と言えよう!」

「畏まりました。して、お出かけの服は如何なされます?」

「あれじゃ」

 そう言って殿下が指差した先にあったのは、IS学園の制服。彼女の体躯に合わせて作られた特別製だという事はパッと見ですぐ分かった。なんとも用意周到な事だ。余程街でのショッピングがしたかったのだろう。

「では、お着替えの間、廊下におりますので」

「うむ、しばし待っておれ」

 言いながら制服を手に取る殿下を横目に、私は一度部屋の外に出た。

 

 

 十数分後。

「どうじゃ?わらわの制服姿。優美であろう」

 着替えを終えた殿下が、私の前でクルリと1回転して制服姿を披露する。

「よく似合っておいでです、殿下。いつか、IS学園に入学される日が楽しみですな」

 私がそう言うと、殿下は当然とばかりに鼻を鳴らし、胸を張った。

「ふふん、もちろんそうであろう。わらわが入学すれば、IS学園も格が上がるというものじゃ」

 いつも通りのその傲慢さも、制服姿ではどこか可愛らしく見える。思わず小さく吹き出すと、途端に殿下は赤面した。

「なんじゃ。九十九のくせに生意気な!」

「失礼致しました。では、私も制服に着替えて参ります」

「うむ、校門で待ち合わせようぞ」

 そんなやり取りをして、私達は一旦分かれた。

「さて、殿下を待たせるのも悪い。急ぎ着替えなくては」

 自室に走って向かう途中、シャルと本音に出会った。

「あれ?どうしたの、九十九?」

「王女様とお出かけじゃなかったっけ〜?」

「おお、丁度良かった。二人共、私と来てくれ。理由は道道話す」

「「分かった(〜)」」

 

 揃って制服に着替え、待ち合わせ先の校門に急いで向かうと、案の定お冠の殿下が。

「遅い!何をしておった!?」

「申し訳ございません、殿下。アドバイザーを探しておりましたもので」

「アドバイザー、じゃと?」

「はい。この二人です」

 私が自分の後ろを指し示すと、そこにはキラキラした目で殿下を見るシャルと本音が。

「わ、王女様かわいい!」

「よく似合ってますよ〜」

 二人に褒められ、満更でもなさ気な顔をしながら、殿下がある意味当然の疑問を投げてきた。

「何故、この二人を呼んだ?」

「私に、女性服を選ぶセンスを求められても困ってしまいます。それゆえ、二人にアドバイザーとしての同行を願いました」

「お話は聞きました。任せてください、王女様!」

「わたしたちがバッチリコーディネートしてあげますよ〜!」

 そういう二人……特にシャルの鼻息は荒い。かなりの気合が入っているようだ。その様子に、殿下はやや引き気味だ。いつの間にやら、怒りの感情も消えたらしい。

「そ、そうか……よしなに頼む」

「「はい!」」

「では、参りましょうか」

「ん?九十九、車はどうした?」

 コテンと首を傾げる殿下。その様に、私は小さく溜息をついた。

「殿下、あのお車では流石にすぐ身分がバレてしまいます。それゆえ、本日は公共交通機関を使います。ご理解を」

「なるほど、それもそうか。では、皆の者。わらわの事を名で呼ぶのを許そう。畏まった言い回しもせんで良い」

「畏ま……分かった。では、アイリスと呼ばせて貰うが、よろしいかな?」

「う、うむ。良きに計らえ」

「では、今度こそ行こうか。電車の時間が近づいている」

「分かった」

「「はーい」」

 

 

 IS学園前駅からモノレールと電車を乗り継いで約30分。私達は新世紀町駅併設の大型商業施設『レゾナンス』へとやって来ていた。

 『レゾナンス』のビルを見上げながら、アイリスが驚いたような顔で呟いた。

「日本人というのは恐ろしいの。ただの服屋がこれ程大きいとは……」

「えっと……アイリス?ここはね?」

「服屋さんじゃないよ〜?」

「な、何!?」

 シャルと本音の言葉に驚くアイリス。『自分は服屋に連れて行けと言ったのに、着いた先が服屋じゃないとはどういう事だ!?』と言いたげな顔だ。

「落ち着け、アイリス。本音の言い方が悪いだけだ。正確には『服屋だけではない』だ」

「服屋だけではない……とな?」

「ここ『レゾナンス』は、複合商業施設……百貨店(デパート)だ。服飾品は元より、食料品、日用品、書籍、家具・家電、娯楽用品……大概の物はここに有る」

「他にも、レジャー施設や映画館もあるし……」

「美味し〜お店もいっぱい入ってるよ〜」

「なんと!?……夢の国ではないか!ここは!」

 私達の説明に、瞳をキラキラさせて大興奮状態のアイリス。もはや一刻の猶予もならんと飛び出しそうなので……。

「おっと」

 その手を掴んだ。途端、アイリスの顔が真っ赤に染まる。

「なっ!?ななな、何をするか!?」

「逸れたら事だ。まして君……貴女様は一国の姫君であらせられる。旅の恥はかき捨て、とは参りますまい?殿下」

 敢えて臣下の口調で咎めると、アイリスは落ち着いたのか「分かったからいったん離せ」と小声で言った。

 それに従って手を離す。と同時にシャルと本音に指示を出す。

「シャル、本音。フォーメーションα」

「「了解!」」

 

ギュッ!ギュッ!

 

「ぬっ!?何をするか、お主ら!」

「またアイリスが興奮して走り出さないように……」

「わたしたちが手を繋いでおきま〜す」

「そ、そこまで子供ではないわ!離せ!ええい、離さんか!」

「では行こう。婦人服売場はこっちのエレベーターからだとすぐだ」

「「はーい」」

「だから離せ!離せと言うに!」

 騒ぐアイリスを半ば無視して、私達は婦人服売場に向かった。なお、売場に向かう途中で抵抗を諦めたのか、アイリスは顔こそ憮然としていたが大人しく二人に手を繋がれたまま歩いていた。

 この二人、物腰は柔らかいが意外と頑固な所があるからな。

 

 

 買物シーンに興味のある諸兄はいないものとして、丸々割愛させて頂く。時間は昼を少し回ったくらい。私達は空腹を訴えるアイリスを連れて最上階のレストラン街にやって来た。なお、荷物は嵩張るので宅配でIS学園に送っておいた。

「それで?アイリスは何をご所望かな?」

「ソバじゃ!」

「お蕎麦?」

「うむ!日本食の代表格じゃと聞いておる。食うてみたい!」

「了解した。では、『藪そば』の支店がここにあるから、そこに行こう」

「うむ、良きに計らえ!」

 いつもより弾んだ声の「良きに計らえ」が出たので、私達は『藪そばレゾナンス店』に足を向けた。

 

「お待たせ致しました。天ぷらそばでございます」

「おおっ、これがテンプラソバか!美味しそうじゃのう!」

 店に入り、席について、注文を終わらせて待つ事しばし。アイリスの目の前に、お待ちかねの蕎麦がやってきた。ちなみに、私達も同じ物(私は蕎麦大盛)を頼んだ。店に入った時点で結構混雑していたので、厨房の手間を省くために敢えてそうした。

「ふふふ、では早速……!」

「待った、アイリス。その前に、しなければならない事がある」

「む?」

「さっき、私達の所にこれを届けてくれた店員さん。もう一度来て貰えますか?」

 私がそう言うと、先程の店員さんがどこか緊張した面持ちでやって来た。

「あの、何か不手際でもありましたでしょうか?」

 そう問うてくる店員さんに、私はアイリスの蕎麦を指差してこう言った。

「これ、貴女が食べてください」

「「は?」」

 二つの疑問符が同時に上がる。一方は「何言ってんだコイツ?」というアイリスのもの。もう一方は、異様な程に緊張と動揺に満ちた、目の前の店員さんのものである。

「えっと、それはどういう……?」

「私はね、飲食店に入る時は必ずと言っていい程、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。見えていたんですよ、貴女が私達の蕎麦のつゆに何か液状の物を混ぜていたのが、ハッキリとね」

「っ!?」

 私の言葉に、分かりやすくギクリとする店員さん。更に追い打ちをかけるように、アイリスがこの人物の正体に気づいた。

「……お主、どこかで見た顔じゃと思っておったが、一月前にモンバーバラ子爵家から行儀見習いに来たミネアではないか。何をしておるのじゃ?斯様な所で」

「くっ!」

 進退窮まったと思ったのか、店員さん……ミネア・モンバーバラは、制服の下に隠し持っていたナイフを抜いた。騒然とする店内。

 私達は、ミネアがどのような行動をとっても対応できるよう、椅子から立ち上がった。

「アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク!覚悟!」

 直後、ミネアが手にしたナイフをアイリス目掛けて突き出す。殺気と殺意の篭ったその攻撃に、戦場慣れしていないアイリスの体がギクリと強張る。

「させるか!」

 ナイフを持つ手首を掴み、やや強めに握り締める。ギシッと骨の軋む音が響き、ミネアは痛みからナイフを手放す。そのまま腕を捻り上げつつミネアの後ろに回り、腕を固めて床に押し倒した。

「動くな。抵抗を試みたと判断したら、腕を折る」

「くっ……!アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク!アンタさえ、アンタさえいなければ、姉さんは今でも代表候補生序列一位でいられたんだ!」

 アイリスを睨みつけ、喉も嗄れよと言わんばかりに叫ぶミネア。

「お主の姉……というと、マーニャ・モンバーバラの事か」

 

 マーニャ・モンバーバラ。

 ルクーゼンブルク公国代表候補生序列三位で、『踊子(ダンサー)』の二つ名を持つISパイロットだ。

 約一年前まで一位の座にいたが、アイリスによってその地位を追われている。それでも腐る事なく鍛練を続けているが、互いの機体の世代差は如何ともし難く、今の地位を守る事が精一杯なのが現状であるらしい。

 

「それで、アイリスを殺すか、もしくは女に飢えた男共に放って寄越して、一生消えない心的外傷(トラウマ)を植え付けてやろうとしたって所か。わざわざ、憎き姉の敵の懐に入り込んでまで」

「全ては姉さんのため!私がこの女を殺せば、きっと姉さんは喜んでくれる!だから!」

 ミネアはそう言うと、私の拘束を抜け出そうと全身に力を込めだした。その瞬間。

 

ゴキッ。

 

「がっ……!」

「言った筈だ、抵抗を試みたと判断したら折ると。次に暴れたら、膝の皿を踏み砕くぞ」

 店内に骨の折れる鈍い音が響き、ミネアが脂汗を流しながら苦悶の表情を浮かべる。

「ただの脅しではなかったのか……」

「九十九は、敵と見做した相手にはたとえ女性であっても容赦しないから……」

「そこに痺れも憧れもしないけどね~……」

 唖然とするアイリスと、溜息をつくシャルと本音。ちなみに、他に店にいた客達は巻き込まれては堪らんと早々に逃げ出している。丁寧に、食事代を置いて。

「ミネアよ、そなたの言い分は分かった。なれば、わらわの言い分も聞くがよい」

 ミネアを見下ろすようにしながら、アイリスは毅然として言った。

「ISの世界は完全実力主義。お主の姉は確かに強かった。じゃが、わらわの方がもっと強かった。それだけの事じゃ」

「戯言を−−「それにの……」っ!?」

「わらわがマーニャと序列入替戦(スイッチバウト)をした時、わらわが乗っていたのは『ラファール・リヴァイブ(相手と同じ機体)』じゃった。束の作った新型機の納入が遅れての」

「そ、そんな……!じゃあ、姉さんは……!」

「単純な実力差で負けた、という事か」

「嘘よ……そんな、そんな……事……」

 私が端的に事実のみを口にした瞬間、ミネアは心の均衡を崩したのか、それとも受け入れ難い真実から逃げるためか、眠るように意識を失った。

「九十九よ、ミネアを抱えよ。帰ってこやつの今後を協議せねばならん」

「分かった。アイリス、何というか……だな」

「皆まで言うな、九十九。妬み嫉みを受けるのは慣れておる。わらわも一国の王女ゆえ、の」

 そう言うアイリスの横顔は、どこか寂しさの滲むものだった。

 

 こうして、アイリスの市街散策という名の買物行脚は、なんとも後味の悪い感じで終わりを告げた。

 その後、ミネア・モンバーバラはアイリス……ルクーゼンブルク公国第七王女に対する殺人未遂、及び国家反逆罪で逮捕。本国に強制送還の上、懲役30年(仮釈放無し)が言い渡された。

 ルクーゼンブルク公国の刑法では、本来は終身刑が妥当なのだそうだが、姉・マーニャの嘆願とアイリスの「実害は皆無だった。故に、その判決は重すぎる」という取りなしの言葉によってこの判決となった。

 だが、この判決から数週間後、身内から犯罪者を出した。という事でマーニャが代表候補生を辞退した。という話を聞いて絶望したミネアは、収監された刑務所の独房で自ら首を吊って死亡。

 それを聞いたマーニャがショックから体調を崩し、それから数日後に後を追うように亡くなる。という、何とも救われない結末になる。……のだが。

「……この人意外と胸あるな。って思ってるでしょ?」

「そ、そんな事はないぞ!?」

「鼻の下伸ばしながら言っても、説得力ないよ〜?」

「その辺りは、お主もそこらの男とかわらんのじゃのう」

「不当評価だ!撤回を要求する!」

 その時の私達は、そんな事になるとは欠片も思わず、どうにも締まらない会話をしながら家路についていた。




次回予告

九十九を手元に置いておきたい。そう考えた王女は驚きの行動に出る。
曰く「勝負せよ。わらわが勝てば共に来い。お主が勝てばわらわが一緒にいてやろう」
それに対する九十九の答えは……。

次回「転生者の打算的日常」
#92 第七王女、対決

あれ?これ、逃げ場無いよな?

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