転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

90 / 146
#90 第七王女、来日

「さて、今日はお前達に新任の講師を紹介する。……入って来い」

 千冬さんが扉に向かってそう言うと、再び扉が開く。そこから姿を現したのは、()()()()()()()()()()()()()()

「今日からISの実技担当講師としてこの学園で教鞭を執る……」

「スコール・ミューゼルよ、よろしくね」

「オータム・ミューゼルだ」

 数秒、しんと静まり返る教室。直後−−

「「「……はあああああああああっ⁉」」」

 一年専用機持ち組全員の絶叫が響き渡った。それもそうだろう。なにせつい最近まで敵だった女が、いきなり自分達の教師として現れたのだから。

 

パンパンッ!

 

「静かにしろ、お前達。今から説明する」

 2度柏手を打ち、場に静寂が訪れた事を確認した千冬さんが、事の経緯を語りだした。

「最初にお前達に言っておく。今年に入ってIS学園に対して何度も行われた襲撃事件、その首謀者の1つがこいつ等の所属していた組織だ」

 ザワつく教室。それをもう一度柏手を打って鎮め、千冬さんは話を続ける。

 北海道での私こと村雲九十九との決戦に敗れ、IS『ゴールデン・ドーン』を失う事になったスコール。こうなった以上、最早自分に『組織』での居場所など無いに等しい。最悪、不要な駒として『処分』される事もあり得る。そう考えたスコールが『組織』に敵対している者達に自身の持つ全情報と引き換えに、自身とオータムの身の安全を保証して貰おうとするのは、ある意味で必然だった。

「最初はラグナロクに行こうとしたんだけど、『君の知っている事は我々も知っている』って突っぱねられちゃって。それならって事でIS学園(ここ)に来たってわけ」

「我々としても、スコールの持つ情報は価千金と言えるものだ。学園長と理事長はスコールの申し出をすぐに受けた。その結果が今だ。専用機持ちの諸君には蟠りもあるだろうが……まあ、なんだ。上手くやってくれ。以上朝礼を終わる」

 そそくさと教室を出て行く千冬さんに付いていく形でスコールとオータムも教室を出て行った。後に残されたのは、何とも言えない感覚を持て余す私達専用機持ち一同と、それを見てどう言っていいかわからず困惑するクラスメイトだけだった。

 

 

 とはいえ、スコールは講師としては極めて優秀だった。その日の午後に行われたISの実技授業。そこで彼女は『各人の理解度と理解の仕方に合わせた指導』をやってのけたのだ。例えば−−

「篠ノ之さん、そこはグンッからのズバッじゃなくて、ズンビッパって動いた方がいいわね」

「あ、ああ、分か……りました、スコール先生」

 箒の感覚的かつ擬音混じりのそれを完璧に理解して見せたり。

「オルコットさん、今の避け方をしたいなら左斜めにもう15度傾けないと、態勢の立て直しが5秒遅くなるわよ」

「か、かしこまりました!」

 セシリアに対して小難しい理論を小難しいままに指導したり。

「凰さん、今のは違うってなんとなく分かるわよね?はい、もう一回」

「は、はい!」

 なんとなくで出来てしまう鈴には、特にあれこれと指導せず反復練習をさせ。

「ボーデヴィッヒさんには実際にやって見せた方が早いわね。付いてらっしゃい」

「リょ、了解した」

 完全実践派のラウラには、より良い動きを実際にして見せ。

「デュノアさんには、普段使い出来る有効な戦術を教えてあげるわね」

「あ、ありがとうございます」

 理論派で、かつ理解力の高いシャルには、口頭で噛み砕いた戦術論を叩き込み。

「布仏さん、貴方の場合もっと天候や気象について深く知る必要があるわね。攻撃が雑になりがちよ」

「は、は~い」

 本音の弱点を正確に突いた指導をすらして見せた。

 それ以外の生徒にも、感覚派か理論派か、習熟度や得手不得手の差、更には個人の性格にまで合わせた的確な指導を次々と行っていく。それでいて、失敗してもただ叱責するのではなく、その失敗から何かを得られるように巧みに誘導していく言葉選びのセンスも光る。千冬さんには失礼だが、指導者としてはスコールの方が1枚以上上手と言わざるを得ないだろう。

「さて、それじゃあお待ちかね。村雲九十九くん、いらっしゃい」

「は、はい、スコール……先生」

 だからと言って、私が彼女の事をスムーズに『先生』と呼べるかどうかはまた別の問題なのだが。

「聞いたわよ。貴方、アメリカでエイプリルとやって1回こっぴどくやられたそうね」

「うっ!……耳が早くていらっしゃいますね」

「私に勝った数日後にあんな新参者にころっと負けるなんて、私が咬ませ犬みたいじゃない」

「いや、私もまだ進化した『フェンリル』のスペックに慣れていないというか、何というか……」

「あら、そうなの。だったら、そのスペックに慣れる為にも徹底的に練習あるのみね❤」

 そう言うと、スコールは纏っていた『ラファール』の全兵装をアクティブにして構えた。

「え、いや、ちょっ……」

「イジメてあ・げ・る❤」

「あ……い、いやあああっ!」

「オーホッホッホッホッ!」

 こうして私は授業の残り時間の間中ずっと、スコールに追い掛け回される事になった。

 

「えっと、オータム。訊いていいか?あれどういう事だ?」

 九十九とスコールの物騒な追いかけっこが始まってしばらくして、一夏はオータムに恐る恐る問いかけた。すると、オータムは溜息混じりにこう答えた。

「ああ、あれな。スコールは気に入った奴ほどイジメたがるんだよ。そんだけアイツが気に入ってるって事だろうな」

 「ちょっと妬けるぜ」と呟いてオータムがアリーナ上空を見上げると、そこではスコールが実にイイ笑顔で九十九の尻に付き、両手に持った火器をバカスカ撃っていた。

「ほらほら、上手く躱さないと当たっちゃうわよー❤」

「うおおおおっ!おっかねえええっ!」

 涙目で叫びながら、それでも必死で銃弾を躱す九十九。

 スペック差を考えれば、『フェンリル』なら『ラファール』など軽々振り切れる筈だが、本人の慣れの無さとアリーナという挟所である事、スコールの技量の高さが原因で、九十九はいつまで経ってもスコールを振り切れずにいた。

 

ガンッ!

 

「痛あっ!」

「ほら当たった。避け方が下手だからそうなるのよ、坊や。さ、もう一回行くわよ。今度は上手く避けて見せなさい?」

「もう勘弁してくださーい!」

「「やめたげてよーっ!」」

 九十九達の叫びは、スコールが撃ち出す銃火の轟音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

 

 

「つくも、だいじょ〜ぶ〜?」

「ウン、ダイジョウブ。ワタシ、イキテル」

「うん、全然大丈夫じゃないねこれ」

 授業が終わり、寮の自室に帰っても、九十九の精神は何処かへ行ったままだった。目は虚ろで、頬は若干痩せこけて見え、肌のあちこちに銃弾の掠った傷跡が付いているのが痛々しい。

 この後、シャルロットと本音の介抱によって、九十九はどうにか正気を取り戻す事に成功するのだった。

 ちなみに、スコールは授業終了後に千冬から『やり過ぎだ馬鹿者』とお叱りを受けていたが、反省している素振りは見えなかったので機会があればまたやらかすだろうと千冬は見ている。九十九の受難はまだ終わりそうにない……。

 

 18時30分、1年生寮1階、大食堂。

「いやー、お前今日は大変だったな。九十九」

「そう思うならせめて助けに入れ。お前らが大爆笑しながら私を見ていたのを、私はちゃんと見てたんだからな」

「いや、だって、なあ?」

「あの余裕と冷静の塊みたいな九十九さんが……」

「恥も外聞もなく逃げ惑う所なんて、恐らくそう見られるものでもないでしょうし?」

「うむ。これがクラリッサの言っていた『愉悦』『メシウマ』というやつなのだろうな」

「……極上のエンターテインメントを堪能させて貰った」

「お前らなぁ……!」

 それぞれ夕食を摂りながら、午後の授業の件について話す私達。そう、上述のようにこいつ等と来たらスコールに追い回される私を助けようともせず、それどころかその様を爆笑しながら見ているだけだったのだ。文句の1つも言いたくなろうというものである。

「そのような態度を取るのなら、今後の『相談』は一切受けてやらんがいいか?」

「「「スミマセンでした!」」」

 そう言った瞬間、ラヴァーズが一斉に私のシカゴピザの皿の上に各々の夕食の主菜を一口分置きながら謝ってきた。

「……その殊勝な心がけに免じて、今回は赦そう。だが、次は無いと思っておけ」

「「「はい!ありがとうございます!」」」

 ラヴァーズの対一夏戦略において、私の助言は極めて重要だ。それを互いに理解しているからこその、このスピード解決である。

 あまりの手の平返しの早さに、周りで夕食を摂っていた他の女子達は唖然とした顔をしている。と、そこへ個人的にあまり聞きたくない声が響いた。

「ああ、いたいた。村雲くん、ちょっと手伝って欲しい事があるのだけど、いいかしら?」

「内容によります、スコール……先生」

 そう、僅か数時間前に私をイジメ倒してくれたスコール・ミューゼルその人である。

「手伝って欲しいのはね……魔窟の浄化よ」

「は?……あっ(察し)」

「あ、あ~……(理解)。俺も手伝うよ、九十九」

 多くの女子達が「魔窟?」と首を傾げる中、急いで、しかし慌てず夕食を腹に収めた私と一夏は、スコールの言う『魔窟』へと向かった。

 

 

「こ、これは……」

「何という事だ……まさかこれ程とは……!」

 そこは、まさに魔窟だった。廊下中に散乱した女性物の衣服と下着。部屋を埋め尽くすゴミ袋の山。テーブルにはビールの空缶と食べ終えたツマミの袋が堆く積み上げられている。

 風呂場を見れば、一体何時から掃除していないのか、浴槽には湯垢がこびり付き、酸化した皮脂特有の酸味のある臭気が鼻をつく。

 キッチンからは食材か食料か、とにかく何かの腐臭が漂い、蠅の羽音がブンブンと喧しい。

 部屋の四隅には巨大な綿ボコリが転がり、一歩踏み込む度にカーペットから埃が舞う。ベッドもロクに掃除していないのだろう。敷布団を触ってみるとじっとりと湿っており、裏返して見ればカビが生えていた。

 到底人が住んでいるとは思えない程に荒れ果てた部屋。その部屋の名は−−寮監室。つまり千冬さんの部屋である。

「何でこんなになるまでほっといたんだよ、千冬姉!」

「……すまん。まだイケる、まだ大丈夫だと思ってそのままズルズルと……」

「せめてゴミ出しくらいしてくれよ!……あーあー、分別もせずに適当に突っ込んで!これ分けるの大変なんだぜ!?」

「……ごめんなさい」

「服にしたってそうだ!ひょっとして千冬姉、『臭わなければ平気だろ』とかって洗いもせずに着てるとかないよな!?」

「……実は」

「それやるなって俺言ったよな!?千冬姉は女なんだから、もっと身嗜みに気を使ってくれって、そう言ったよな!?」

「……はい、言われました」

「じゃあ、何でやるんだよ!?服なんて大抵の物は洗濯機に放り込んで洗剤と柔軟剤入れて後はスタートボタン押すだけだって教えたよな!?俺!」

「……連日の激務で、色々面倒になってしまいまして」

「言い訳は聞きたくありません!……とにかく、ここは俺達で何とかするから、千冬姉はそこで大人しくしてなさい。いい?」

「……はい」

 一夏に叱られる度にどんどん小さくなる千冬さん。こと家事においてのみ、この姉弟の力関係は逆転するのだ。

「えっと、一夏くん?千冬にも手伝って貰った方が良いんじゃないかしら?」

「そうだぜ。手は多いに越したこたぁねえだろ」

 千冬さんに「何もするな」と言った一夏にスコールとオータムが反論するが、それを一夏はピシャリとシャットアウトする。

「いいえ、手伝って貰わない方がむしろ速いんです」

「そこまで言うかよ……」

「彼があそこまで頑なな理由は何?村雲くん」

「一夏が千冬さんに手伝いをさせない理由、その原因が5.13事件だ」

 

 5.13事件。私達が小学校の修学旅行に行った帰りに、織斑家で起きた前代未聞の『家電全滅事件』である。

 原因は、千冬さんが『一夏のいない間ぐらいなら、私でも家事はこなせるだろう』と考え、それを実行に移したからだった。

 結果、洗濯機は何をどうすればそうなるのか洗濯槽の軸が折れ、電子レンジはドアが吹き飛び、掃除機は本体の車輪が粉砕。

 炊飯器はどんな力が加わったのか釜がひしゃげ、オーブントースターからは火でも出たのか、焦げ臭い上に煤が着いている。

 冷蔵庫はドアのヒンジが壊れて開きっぱなしになっていて、中の食材は軒並みダメになっていた。

 エアコンの掃除でもしようとしたのだろうが、その結果が壁からエアコンが剥がれ落ちるというのはどういう事なのか?

 唯一無事だったのはTVだけ。という惨憺たる状況に私は開いた口が塞がらず、一夏はその場で卒倒した。

 

「という事があってな……」

「ああ……」

「お前、どんだけ不器用なんだよ……」

「…………」

 私達の呆れ混じりの視線を受けて、益々小さくなる千冬さん。とはいえ、何時までもこうしている訳にもいかないので掃除を開始する。

「そういえば、何故スコール……先生が千冬さんの部屋の掃除を?」

「『先生』って言いづらいなら『さん』でいいわよ?あと、理由は私達もここに住むからよ」

「……ああ、外に住んでたらいつ亡国機業(ファントム・タスク)の刺客に襲われるか判ったものではないからか」

「そういうこった」

 何故かフンスと胸を張るオータム。……こいつは自分の置かれている状況を本当に理解しているのだろうか?

 とは言え、これは千冬さんにとってもメリットのある話ではあるだろう。スコールの掃除の手際は非常に良い。彼女の家事能力は高いと見ていいと思う。彼女がここに住んでくれれば、私達……というか一夏が寮監室の掃除・洗濯に駆り出される事も殆ど無くなるだろう。

 デメリットがあるとすれば、部屋が手狭になる事とスコールとオータムの睦み合いを間近で見せつけられる気まずさが常に付き纏う事、ぐらいか。……まあ、それくらいは耐えて貰うしかなかろうな。

 というかこの采配、千冬さんの壊滅的な家事スキルに呆れ果てた何処かの副担任の進言によるものなのではないだろうか?

「……いや、それは穿ち過ぎか」

「何か言った?」

「いいえ、何も」

 スコールの疑問に首を振って返し、私はゴミの分別に精を出すのだった。

 なお、寮監室の掃除と洗濯が完全に完了したのはもうすぐ日付が変わろうかという時間だった、と言っておく。

「本当に勘弁してくれよ、千冬姉!」

「……申し訳ございません」

 一夏に叱られる千冬さんの姿はもはや消え入ってしまいそうな程だった。

 

 

 翌日、1年1組教室。今日も今日とて、私は自分の机に突っ伏していた。

「まさかの2日連続疲労困憊……おのれディケイド、もとい千冬さん……」

「九十九、大丈夫……じゃないね」

「つくも、これ飲んどく〜?」

「貰う。ありがとう」

 本音が差し出してきたエナジードリンクを一息に飲み干す。これで幾らかマシになればいいのだがな。

「諸君、おはよう」

「「「おはようございます!」」」

 教室の扉が開き、千冬さんと山田先生が入ってくる。いつも通りのビシッとした姿だが、よく見るといつもよりファンデーションが少し厚い。恐らく、寝不足を誤魔化す為だろう。憧れの先生でいるのも楽ではないのかも知れんな。

「さて諸君。諸君はニュースで知っていると思うが、ルクーゼンブルク公国第七王女(セブンス・プリンセス)殿下が来日中だ」

 千冬さんの言葉にざわつく教室。それもそのはず。ルクーゼンブルク公国と言えば、IS業界では知らない方がおかしい国だからだ。

 

 ルクーゼンブルク公国。

 欧州連合に名を連ねる、東欧の小国。主要産業は観光と農業。ここまでは至って普通の国だが、この国には地下に巨大な洞窟があり、そこにはこの国だけで採れる鉱物であり、ISコアの原料として使われている時結晶(タイム・クリスタル)の鉱床が存在する。

 それゆえ、篠ノ之博士と深い繋がりがあるとされ、各国はこの国の意向を完全に無視できないでいる。

 私の見立てでは、あの国には公式発表以上の数のISが存在すると思われるが、確証はない為何とも言えない。

 

 そんな国の第七王女が、わざわざ極東の島国に一体何の用なのか?気にはなっていたが……。

「織斑先生、ここでその話をするという事は……()()()()()なんですか?」

「そうだ、村雲。……本日より、ルクーゼンブルク公国第七王女、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク殿下が特別留学生としてお見えになる」

 千冬さんの言葉に、今度はわあっと声を上げるクラスメイト達。

「ええっ!?このIS学園に王女様が!?」

「TVではお顔を拝見できなかったけど……」

「きっと素晴らしい方に違いないわ!」

 きゃあきゃあと騒ぎ出す女子一同。と、私の背筋が急に寒くなった。

(この感じは……また面倒事の予感!)

 背筋の寒気は扉の方に目をやった瞬間更に強くなった。その寒気に、思わず身震いしてしまう。

 騒ぐ女子達を、千冬さんが一喝して静める。

「静かに!王女殿下はまだ14歳でいらっしゃる。各人、無礼のないように心がけよ。いいな!」

「「「は、はいっ!」」」

 その鋭い雰囲気に、全員の緊張度が急上昇した。ついでに私の背筋の寒気も益々強くなった。

「それでは王女殿下、お入りください」

 千冬さんがそう言うと、扉が開いて赤絨毯(レッドカーペット)が転がってくる。そしてその上を、黒服の男装メイドを従えた少女が堂々とした足取りで歩いて来る。

 彼女こそ、ルクーゼンブルク公国第七王女にして国家代表候補生序列一位『戦姫(プリンセス)』のアイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクである。

「織斑千冬、紹介御苦労であった。大儀である」

「はっ」

 背は鈴より低く、胸元は完全に平原。年齢以上に幼く感じる顔立ちだが、それと釣り合いの取れた豪奢なドレス。

 まさに王女という出で立ちだったが、その顔に浮かぶ表情は傲岸不遜にして生意気。ひょっとすると、気の強さは鈴以上かもしれない。それが、私が彼女に感じた印象だった。

 ふと、王女と目が合う。瞬間、背筋の寒気がこれまで感じた事のないレベルに達した。咄嗟に目を逸らすが時既に遅し。

「お主!」

 ビシッと私を指差す王女殿下。

「お主が村雲九十九じゃな?」

「左様でございます、王女殿下。名を覚えて頂けて光栄でございます」

「うむ。村雲九十九、お主をわらわの世話係に任じてやろう。どうじゃ?」

「……はい?」

 一瞬、何を言われたか理解できず、思わず聞き返してしまう。と、不機嫌そうに顔を歪めた王女殿下が言った。

「2度同じ事を言うのは嫌いじゃ。が、聞き取れなんだならば仕方ない。もう一度だけ言うゆえ、しかと聴け」

「はっ」

「お主をわらわの世話係に任ずる。否はなかろう?村雲九十九」

 本当は嫌だと言いたいが、そんな事を言えば最悪国際問題だ。故に、私は本音を飲み込み、作った笑顔を浮かべて答えた。

「その任、謹んでお受け致します。それにあたり、一つ私の願いをお聞き届けいただきたく存じます」

「よかろう、申せ」

「私の二人の妻、シャルロット・デュノア、布仏本音の両名を私と共に召し抱えていただきたく」

「うむ、よきに計らえ」

「ありがたき幸せ」

 私と王女の一連のやりとりを聞いていたシャルが「うわぁ」と言いたげな顔をしているのが目に入る。

「九十九ってば、ナチュラルに僕たちを巻き込んできたよ」

「でも王女様のお世話役なんて、人生で1回できるかどうかだし〜……つくも、わたしやるよ〜」

 シャルとは裏腹にやる気を見せる本音。シャルは少しの間渋っていたが、本音の説得を受けて「やるよ」と言ってくれた。

「では早速、お主等にわらわに仕えるに相応しい服を用意してやろう。フローレンス、案内してやれ」

「はっ。皆さん、こちらへ」

 呼ばれて進み出てきた逆三角形メガネのキツめ美人、フローレンス女史に促され、私達は着替えへと向かった。

 

 こうして私達は、第七王女様の世話係に就任した。

 こういう役割って、むしろ一夏の方に行くものではないのか?絶対面倒事に巻き込まれるぞ、この展開。




次回予告

王女のささやかな、しかし身分故に叶わぬ願い。「ただのアイリスになりたい」
少しでも叶えようと奔走する九十九達に、悪意は静かに忍び寄る。
果たして灰銀の魔法使いは、この危機を乗り越えられるのか?

次回「転生者の打算的日常」
#91 第七王女、上京

従者失格だな、あんた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。