♢
「あー……」
「ふむ、これはなかなかにきついな」
1限目『IS基礎理論』を終え、現在休憩時間……なのだが、教室内は何やら異様な空気に包まれていた。
私達以外は全員女子。それはなにもこのクラスだけの事ではなく、学園全体がそうなのだ。
なお『世界で二人だけの男性IS操縦者』として、私達の存在は学園関係者から在校生に至るまで全員に知れ渡っている。という訳で現在、廊下には同級生はもとより二年、三年の先輩方が詰めかけている。
だが女所帯に慣れ過ぎていたためか、こちらを遠巻きに見てくるだけで話しかけてくる女子はいない。
それは教室内でも同じで、「あんた話しかけなさいよ」という空気と、「抜け駆けする気?」という緊張感に満ちている。
「九十九、助けてくれ」
「何からだ?さっぱり意味が分からない授業内容からか?それともこの刺すような視線からか?」
言いながら、私は隣の女子へ目を向ける。すると彼女は、それまで私達に向けていた視線を慌てて逸らす。「話しかけて!」という雰囲気はそのままにだ。
「弾は私達を羨ましいと言っていたが、ならば替わってみるかと言ってやりたくなるな」
「おう、本当にな」
「……ちょっといいか」
「え?」
「む?」
突然、話しかけられた。女子同士の牽制合戦に競り勝ったのか?
……いや違う。教室内外のざわめきから、一人思い切った行動に出たというのが分かった。
「……箒?」
「…………」
目の前にいたのは、実に懐かしき幼馴染だった。
篠ノ之箒。一夏が昔通っていた剣術道場の娘さん。
背中まである長い髪を白のリボンでポニーテールに纏めた、昔と変わらない髪型。身長は同年代女子とそんなに変わらないが、剣道によって培われた体が実際より長身に感じさせる。不機嫌に見える目付きは、本人曰く生まれつき。
『日本刀』それが私と一夏が彼女に抱いていた印象だが、この6年で更に鋭さを増したようだ。
「おや、織斑夫人ではないか。久しぶりだな。どうやら別居中も旦那の事が頭から離れなかったらしいな。私は置物か?まるで目に入っていなかった様だが?」
もっとも私にとっては、弄りがいのある一夏ラヴァーズの一人に変わりないのだが。
「ふ、夫人!?ち、違うぞ九十九!私は!」
だから、顔を真っ赤にして言っても説得力がないと思うぞ、箒よ。
「何言ってんだよ九十九。箒は幼なじみだって」
久しぶりの鈍感発言。その言葉に箒の顔が不機嫌になっていく。6年前から変わらないな、この二人。
「……話がある。廊下でいいか?」
「え?」
「早くしろ」
「いや、でも……」
チラリと私の方を見る一夏。大方付いてきて欲しいのだろうが……。
「なに、私の事は気にするな。二人で話してこい」
「お、おう」
廊下にいく箒の進行方向に集まっていた女子が一斉に道を開ける。その様はまさにモーセの海渡りのようだった。
二人が廊下に出た後で、私は少々後悔していた。一夏に分散していた教室内の視線が、全て私に向かってきたからだ。
「ね〜ね〜、つくもん」
やけに間延びした声をかけられたのでそちらを向く。
「ふむ、何かね?確か……」
「
背中まである薄紅色の髪を狐のチャームが付いたヘアゴムで纏め、袖の長い改造制服を着た、のほほんとした雰囲気の少女。
原作の脇役の中でも屈指の人気者、布仏本音だ。こちらを興味津々といった感じで見つめている。
「改めて、村雲九十九だ。それでのほほん……失礼、布仏さん。私に何か聞きたい事があるのかね?」
「うん。つくもんとおりむーって知り合いなの~?」
「あっ!それ私も知りたい!」
「「「私も私も!」」」
教室にいる女子の気持ちが一つになった。こういう時の女子の結束力には感心するね。まあ、隠していても意味が無いので質問に答えるとしようか。
「私と一夏、そして一夏を廊下に連れ出した女子、篠ノ之箒は幼馴染みの関係だ。箒とは彼女が6年前に引越して以来だが、一夏とはもう10年近い付き合いになる」
「へ~、そうなんだ~」
「他に質問はないかね?」
「あ、じゃあ私が−−」
キーンコーンカーンコーン
「残念だが時間切れだ。早く席につきたまえ。でないと……」
パァンッ!
打撃音に驚いた女子が一斉に振り向くと……。
「早く席に戻れ、馬鹿者」
「……ご指導、ありがとうございます。織斑先生」
千冬さんから強烈な一撃を受けて頭を抱える一夏がいた。
「……ああなる」
私が言い終わるが早いか、慌てて席に戻る女子達。誰も出席簿アタックは受けたくないようだった。
♢
「……であるからして、ISの基本的運用は現時点で−−」
すらすらと教科書を読み上げていく山田先生。私はなんとかついていけているが、一夏はどうやら思い切り取り残されているようで完全に挙動不審だ。
机の上の教科書をめくって、頭を抱える。隣の女子の様子を注視し、視線に気付かれて「何でもない」と誤魔化す。
挙句の果てに「わからない所があったら何でも訊いてくださいね」という山田先生に「ほとんど全部わかりません」と返して、女子の何人かをずっこけさせていた。
山田先生が私にも同じ事を訊いてきたので「現状問題ない」と答えておいた。一夏はかなり驚いていたが、とりあえず無視。
一夏が入学前に渡された参考書を古い電話帳と間違って捨てる。という珍プレイをした事は原作を読んで知っていたが、それでも脱力した。
再発行される参考書を一週間で覚えろ。という千冬さんの無茶振りが発動。
その言葉に『望んでここに居るわけではない』と憮然とする一夏。だが、千冬さんの「現実を直視しろ(要約)」とのありがたいお言葉に気合いを入れ直していた。
放課後の補習授業を一夏に提案した山田先生が、一夏が提案を受けた途端にいきなりトリップして帰って来なかったので、千冬さんが咳払いで呼び戻す。
帰って来た山田先生が慌てて教壇に戻ろうとして、段差に足をとられて盛大にこけた。ぶつけた額を擦る山田先生の姿に、私は先行きが少し不安になった。
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「ん?」
2時限目の休み時間。再びの針のむしろを覚悟していた私達は、いきなり話しかけられた事に驚いて変な声を上げてしまった。
話しかけて来たのは、鮮やかな金髪の女子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、つり上がり気味に私達を見ている。
緩めのロールのかかった髪は高貴なオーラを醸し出しているが、その女子の雰囲気はいかにも『現代女子』という感じである。
「聞いてます?お返事は?」
「あ、ああ。聞いてるけど……どういう要件だ?」
一夏の答えに目の前の女子はかなりわざとらしく声をあげた。
「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
私は正直、こういった手合いが最も苦手だ。
ISを使える。その事が即、国家の軍事力に繋がる。よってIS操縦者は偉い。そして、IS操縦者は原則女性のみ。それゆえ彼女のような女性が幅を利かせているのだ。
「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
「わたくしを知らない?この「セシリア・オルコット。イギリス代表候補生で、今年度IS学園首席入学の才媛だよ。一夏」あら、あなたはわたくしの事をご存じのようですわね」
「まあ、この位はね」
男を見下した口調はそのままだが、とりあえず満足のいく答えだったようだ。
「あ、質問いいか?」
一夏が何か聞きたい事があるようだ。
「ふん、下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
「代表候補生って、何?」
がたたっ!
聞き耳を立てていたクラスの女子数名がずっこけた。◯本新喜劇もかくやのいいリアクションだな。
「あ、あ、あ……」
「『あ』?」
「あなたっ、本気でおっしゃってますの?」
「おう。知らん」
物凄い剣幕で一夏に詰め寄るオルコットに対し、堂々といってのける一夏。
オルコットのこの反応も当然だ。まさか代表候補生の事を知らないという人間がいるとは思ってもいなかっただろうからな。
この一夏の一言で、オルコットは怒りが一周して逆に冷静になったらしく、頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえながらぶつぶつと呟きだした。
「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのはこうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビが無いのかしら……」
「一応反論させてもらうが、テレビぐらいあるさ。目の前の男が滅多に視聴しないだけでね」
未開の地は一夏の周りだけで充分だ。
「ひでえな九十九。で、代表候補生って?」
「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出される女性達の事さ。いわばエリートだ。単語から想像出来るだろう?」
「そう言われればそうだ」
多分だが、こいつは今『簡単な事ほど見落としやすいって本当だな』と思ってるだろうな。
「そう!エリートなのですわ!」
私の説明を聞いてオルコットが復活。流石は代表候補生。この位で挫けていてはエリートは名乗れないか。
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくする事だけでも奇跡……幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「そうか。それはラッキーだ」
「神に感謝せねばな」
「……馬鹿にしてますの?」
幸運だと言ったのは君だろう。とは、思っても口にしない。
「大体、あなた方ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞きましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れですわね」
「俺に何か期待されても困るんだが」
「君の期待に応えるメリットが無いのだが」
「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ」
この態度が優しさなら、今頃世界は優しさに満ちているだろう。と、考えたが口にしない。
「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれれば教えて差し上げてもよくってよ。なにせわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
唯一をやけに強調して語るオルコット。だが、入試といえば……。
「あれ?俺も倒したぞ、教官」
「は……?」
「あれを倒したと言っていいならな。なにせいきなり試験官が突撃してきて、一夏が避けたらそのまま壁に激突して失神。だからな」
「あー、確かにそんな感じだったなぁ」
「つまり、教官を倒したのはわたくしだけではないと……?」
「繰り返すが、あれを倒したと言っていいのであれば、だがね」
「あなた!あなたはどうなのです!」
オルコットがこちらに顔を向けて訊いてくる。
「私かね?私は倒してはいないよ。まあ、合格基準は満たしたがね」
IS学園の入学試験には座学と実技がある。私達は特異ケースという事で座学試験は免除され、実技試験のみ行われた。
試験内容は『
私は開始5分で試験官機の武装の破壊に成功した。オルコットに言った「倒してはいないが合格基準は満たした」は嘘ではない。真実全てを語ってもいないが。
「では、教官を倒したのはわたくしとあなたという事ですわね!?」
「うん、まあ。たぶん」
「たぶん!?たぶんってどういう意味かしら!?」
「さっき私が解説したのだが……聞いていたかね?」
「えーと、落ち着けよ。な?」
「これが落ち着いていられ−−」
キーンコーンカーンコーン
話に割って入った3限目開始のチャイム。正直ありがたかった。
「っ……!またあとで来ますわ!逃げない事ね!よくって!?」
よくはなかったが、そういえば怒るのは明白なのでとりあえず頷いておく。原作でそんな初対面だったと知っていても、やはり面倒な子だなと思った。
♢
「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」
この時間は千冬さんが教壇に立っている。よほど大事な授業なのだろう。山田先生がノートを手に持っていた。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
ふと、思い出したように言う千冬さん。クラス代表者とは、対抗戦への出場だけでなく、生徒会の開く会議や各種委員会への出席などを行う、普通校で言う所の学級委員のようなものである。
色めき立つ教室。一方で事前知識の無い一夏は話についていけず、呆けた顔をしている。だが油断していると……。
「はいっ。織斑くんを推薦します!」
ほら、こうなる。その一言から一夏を推す声が続々と上がる。
「私もそれがいいと思いますー」
「私も織斑君に一票!」
「では候補者は織斑一夏……他にいないか?自薦他薦は問わないぞ」
「お、俺!?」
ようやく自分が推されている事に気付いた一夏。つい立ち上がった一夏の背に刺さる視線の一斉射撃。
これは『彼ならきっとなんとかしてくれる』という無責任かつ勝手な期待を込めた眼差しだ。
「織斑。席につけ、邪魔だ。さて他にいないか?いないなら無投票当選だぞ」
「ちょっ、ちょっと待った!俺はそんなのやらな−−」
「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権などない。選ばれた以上は覚悟しろ」
「だ、だったら俺は九十九を推薦します!」
「あ、じゃあ私も村雲くんを推薦します」
「わたしもつくもんを推薦しま~す」
私にもお鉢が回ってきたようだ。あり得るとは思っていたが、言い出すのが一夏とはね。
「私かね?まあ、やれと言うならばやるが……」
「では、織斑と村雲で決戦投票を−−」
「待ってください!納得がいきませんわ!」
甲高い声を響かせ、机を叩いて立ち上がったのは、イギリス代表候補生セシリア・オルコットだった。
「そのような選出、認められません!男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
どうやらかなり頭に血が上っているようだ。恐らく、自分が何を言っているのかさえよくわかっていないだろう。
やれ「実力からいえばわたくしがクラス代表になるのは必然」だの「物珍しさを理由に極東の猿に任せるな」だの「このような島国まで来たのはIS技術の修練の為であり、サーカスをする気はない」だのと、差別的発言を次々に捲し立てる。
挙句「文化の後進的なこの国で暮らすこと自体苦痛」と言った時点で遂に一夏がカチンと来たらしく、「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」と反論した。祖国を馬鹿にされたと感じたオルコットは大激怒した。
あとはもう売り言葉に買い言葉。
セシリアが一夏に決闘を申し込み、一夏が受ける。
セシリアがわざと負ければ奴隷にする。と言い、一夏が真剣勝負で手を抜く気はないと返す。
一夏がセシリアにハンデをつけてやると言って、クラスの爆笑する声にそれを取り下げる。
セシリアが、むしろ自分がハンデを付けなくていいのか迷うくらいだ。と嘲った笑みを浮かべて語る。
この二人、いがみ合ってるわりに息が合ってるな。と、私は思わず感心してしまった。
「そういえば、あなたはハンデは付けなくてよろしいのかしら?」
思い出したようにオルコットが私に問いかけて来た。
「決闘を申し込まれたのは一夏だけかと思ったが、私もやるのかね?」
「当然ですわ。あなたにもこのセシリア・オルコットの実力を思い知らせて差し上げます!」
「ふむ……」
私は、オルコットの挑戦を受けるかどうかを考える。
受けた場合のメリットは、単純に戦闘経験値が上がる事。私の『フェンリル』とコンセプトの似た特殊兵装を持っているオルコットのISとの戦闘経験は、正直欲しい所だ。
デメリットは特になし。むしろ受けない場合のデメリットが大きい。今は少しでも『フェンリル』に戦闘経験を積ませるべきだ。よってここは……。
「いいだろう。その申し出、受けさせてもらう」
「決まりですわね。それで、ハンデは?」
「射撃武装の全面禁止」
「なっ……!?」
オルコットの顔が驚愕に歪む。それはそうだろう。暗に「お前のISの事は知っている」と言われたようなものなのだから。
「と言いたい所だが、一夏がノーハンデなのだ。私もハンデはなくて構わんよ」
「ねー、織斑くん、村雲くん。今からでも遅くないよ?セシリアに言ってハンデ付けてもらったら?」
私達の斜め後ろにいた女子が気さくに話しかけてくる。だがその顔には、苦笑混じりの表情が浮かんでいる。その顔が一夏の反骨心を刺激したらしい。
「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデはなくていい」
「私もだ。己の言葉に嘘はつきたくないのでね」
「えー?それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも知らないの?」
「…………」
一夏は、千冬さんにISに関わる物を全く見せてもらえなかった。千冬さんが一夏がISに関わる事を良しとしなかったからだ。
そのため、あいつの見た事があるIS関連の何かといえば現役時代の千冬さんの動画くらい(しかもこっそり)だろう。
「さて、話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜、第三アリーナで行う。織斑、村雲、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」
ぱんっと手を打ち、千冬さんが話を締める。
一夏はどこか釈然としない顔をしながら席についた。
私は、一週間後の勝負のために何をすべきかを分割した思考で考えながら、きちんと授業を受けた。
こうして、クラス代表決定戦の開催が決まった。
自称
次回予告
一週間。
それは長いようで短い。
少年たちのそれぞれの過ごし方は…...
次回 「転生者の打算的日常」
#10 学級代表決定戦(対策)
丸裸にさせて貰うぞ、オルコット。