♢
「はーい、村雲九十九くん。ちょっと攫いに来たわよ」
まるで遊びの誘いでもかけに来たかのような気軽さで、私を攫いに来たと宣う豊満な体型の金髪美女……
「九十九を攫うって……」
「どういうこと〜?」
二人の呟きが耳に届いたのか、エイプリルは妖艶な笑みを浮かべて答えた。
「彼は私達にとってジョーカーなの。ある意味で最も厄介な存在って訳。だったら……」
「殺害する、または拉致してから何らかの方法で身内に取り込む。それが貴方にとって上策だと言う事か?エイプリル」
私の答えに、エイプリルは笑みを更に深くした。図星って訳か。だが……。
「それを聞いて『はい、そうですか』と言うとでも?」
「でしょうね。だから、ちょっと強引な手で行くわ!」
そう言って、エイプリルが私に接近しようとして−−
ズドンッ!
横あいから飛んできた砲弾にそれを阻まれた。今のは、対IS用大口径狙撃砲の一撃か?だとすると……。
「待たせたわね、村雲くん。ここは私達に任せなさい!」
意気揚々と現れたのは、それぞれのパーソナルカラーに染めた『ラファール』を纏った『オルカ』の面々だった。
「アメリカ空軍特務部隊『オルカ』の実力、とくと味わって行きなさい!全員、突撃!」
「「「うおおおおーっ!」」」
委員長風の見た目の女性(恐らく隊長)の号令一下、全員が一斉にエイプリルに突貫して行く。
「ふふっ」
それに対し、エイプリルは余裕の笑みを浮かべて待ち構える体勢を取った。そして−−
5分後
「ウソ……でしょ?」
「私達が……」
「たった1機のIS相手に……5分で全滅……?」
第二世代機とはいえ、総勢9機の『ラファール』を相手取ったエイプリル。波状攻撃を仕掛けてくる『オルカ』メンバーに対してエイプリルが行ったのは、
それだけの事で『オルカ』の『ラファール』は次々と機能停止を起こし、地面に堕ちていったのだ。
一体何が彼女達に起こったのか?それは、直後のマクゴナガル少将からの通信で分かった。
『まったく……勝手に突っ走って勝手に負けて。相変わらずお馬鹿さん達なのだから……。村雲さん、あのお馬鹿さん達は私どもで回収致しますのでお気遣いなく。それともう一つ。あの機体『ククルカン』についてですが、第三世代兵装の詳細が判りました。そちらにデータを送ります』
少将から送られてきたデータによると、『ククルカン』の第三世代兵装《
《ヴェネーノ・モルタ》の発動条件は対象ISに0.3秒以上掌を触れる事。たったそれだけで、僅か数秒後には機体が動かなくなるという。一瞬の隙が命取りになる超一流同士の戦いにおいて、これ程恐ろしい武器もそう無いだろう。
『オルカ』メンバーが次々に倒れて行った真相を知り戦慄する私に、少将は言葉を続けた。
『……誠に遺憾ながら、今の私どもに戦闘可能なISは残っておりません。一学生でしかない貴方にこのような事を頼むのは心苦しいのですが……米国空軍特務部隊『オルカ』司令官、ミネルヴァ・マクゴナガル少将より、ラグナロク・コーポレーション企業代表候補生序列三位、村雲九十九氏に当基地の防衛を依頼致します。報酬は私のポケットマネーから……そうですね、
「支払いは必要ありません」
『ですが……!』
「彼女の目的は、もとより私の拉致。私が行うのはあくまでも
『……分かりました。先程の依頼は取り下げます。その代わり、この基地がどうなろうと村雲九十九さん個人及び所属企業に修繕費の請求は致しません。これで如何です?』
「十分です。16の身で借金持ちは勘弁なんで」
少将との話が終わった所で、空中で寝転がって頬杖を突くという器用な真似をしていたエイプリルが、欠伸を噛み殺しながら声を掛けてきた。
「お話は終わったかしら?」
「律儀だな。わざわざ話し終わるまで待ってくれるなんて」
「いい女っていうのはね、男を待てる女を言うの。男もまた然り。そうは思わない?そこのお嬢さん?」
視線を向けられたシャルと本音は、思わずビクッとして身構えた。
「だから……私が彼を連れて行こうとしても、
敢えてなのか、それとも素なのか、エイプリルは挑発的な物言いを二人に向けた。
「……そうだね。確かに、短気な人は嫌われるよね。だけどさ……」
「目の前で好きな人が連れ去られるかも知れないって時に……」
「「それを待ってる女がどこにいるの!?」」
エイプリルの発言を肯定しつつ、その行動を否定するシャルと本音。それぞれペンダントトップを握り、ネックレスに手を添えて、相棒の名を叫ぶ。
「やるよ!『カレイドスコープ』!」
「おいで!『プルウィルス』!」
キイイイイン……!
量子展開特有の真白い光が数瞬、辺りを眩しく照らす。そして、IS『ラファール・カレイドスコープ』と『プルウィルス』を纏った二人が、私の隣に並び立つ。
「言っとくよ、オバさん。九十九は僕達の物なの」
「あなたみたいな若作りオバンなんかに、ぜったい渡さないからね〜!」
「シャル、本音……」
二人の発言に、今が戦時中だという事も忘れて胸を高鳴らせてしまう私。くそぅ、嬉しい不意打ちじゃないか。
一方、二人に『オバさん』扱いされたエイプリルは額に青筋を浮かべてピクピク震えていた。
「お、オバ……!?言ってくれるじゃない小娘が。私はまだ20をいくつか過ぎたばかりよ!」
「へーそうなんだ。とてもそうは見えないね」
「いくつかって、実は8つか9つだったりするんじゃな~い?」
「なんだ、じゃあやっぱりオバさんじゃない。……プッ」
「なっ……が、ぐうっ……!」
煽りに煽るシャルと本音。余程エイプリルの発言を看過できなかったのだろう、言葉の刺々しさが半端じゃない。ついでだ、私も煽ってやるとしよう。
「そう言ってやるな、二人共。裏社会に揉まれて荒んだ心が顔を荒ませたのさ。結果として老けて見えるだけで、きっと本人の言う通りまだまだ若いんだよ。そうは見えんだけで、な」
「く、くくく……か、こっ……!」
エイプリルの額の青筋が更に増えていく。感覚で分かる。あれはもうブチ切れる寸前だ。そうなれば、周りが見えないほど激怒した彼女を下すのは容易い。−−そう思っていたのが。
「グスン……あんまりよ……」
「「「え?」」」
「うわあああん!あああんまりよおおっ!!!!」
なんと、エイプリルは唐突に号泣しだした。あまりの事態にポカンとする私達を他所に、エイプリルは只管泣き喚いた。
「えっく……えっく……。ふう、スッキリした」
数十秒後、そこには目を泣き腫らしてこそいるものの、非常に晴れ晴れとした顔をしたエイプリルが。
「ウソ……さっきまでキレる寸前くらいまで行ってたのに……!」
「どうして〜?」
「……何かの本で読んだ事がある。怒りの感情に飲まれそうになった時、敢えてベクトルの違う感情を爆発させる事で精神の均衡を取り戻すやり方がある、と」
私の言葉に、ニンマリとした笑みを浮かべるエイプリル。彼女がその方法を使えるとなれば、煽り倒して思考を鈍らせた上で、策を弄して罠に嵌める。という私の基本戦術の一つが事実上潰されたと言っていいだろう。
「言いたい放題言ってくれたわね、お嬢さん達。お礼はするわよ、盛大に!」
「来るぞ!彼女を近づけるな!彼女に近づくな!中遠距離戦を意識して保て!」
「「了解!」」
突っ込んでくるエイプリルから距離を取るため後ろに下がる私達だったが、『ククルカン』の加速力は思いの外高く、引き剥がしきれないでいた。
「弾幕を張る!シャル、合わせろ!本音、落雷攻撃準備!」
「わかった!」
「おっけ〜!」
私が《ヘカトンケイル》にありったけの銃火器を持たせて展開するのに合わせて、シャルが『
それに気づいたのか、エイプリルの足が僅かに鈍った。このタイミングなら!
「今だ!一斉射撃!」
「いっけーっ!」
轟音と共に、弾丸の壁と言ってもいい程の厚みを持った弾幕がエイプリルに襲いかかる。しかし−−
「うふふ……」
エイプリルはまるで這い回る蛇のような気味の悪い機動で弾幕を回避していく。完全に回避は出来ていないのか、時折装甲から火花は散るが、直撃している様子はない。
「なんて無茶苦茶……っ!シャル、《
「はいっ!」
私の指示を即座に実行し、《ハイドラ》に換装したシャルのミサイルがエイプリルに殺到する。それをエイプリルは一発ずつ冷静に撃ち落とし、躱していく。
何という力量。然るべき場所に自分を売り込めば、すぐにでも国家代表にでもなれるのではないだろうか。
「本音!」
「ダメ!動きが速いし複雑で、ロックオンできない!」
「くっ!」
せめてほんの一瞬でも足を止めてくれれば、本音の雷撃で撃ち落とす事も可能だろうに……!
カチン!
「しまっ……弾切れを!」
近づかせないように兎に角撃ち続けたのが仇になった。《ヘカトンケイル》軍団の全ての火器が弾切れを起こしたのだ。
「シャル、1分でいい。稼げるか?」
「ごめん、僕もそろそろ弾切れしちゃう」
パッケージと武器を取っ替え引っ替えしながらエイプリルを牽制し続けていたシャルの方も限界が近いようだ。
「随分弾幕が薄くなったわね。もう限界って所かしら。それじゃあ、そろそろ終わらせるわね」
薄くなった弾幕の間隙を縫って接近してくるエイプリル。だが、薄い弾幕な分、エイプリルの回避機動はこれまでより遥かに直線的だ。これなら!
「本音!」
「はい!」
ピシャアアンッ!
私の合図に合わせて放たれた一条の雷光は、エイプリルと『ククルカン』を強かに打ち据えた……筈だった。
「そんな……どうして……」
「こっちにも優秀な技術者はいるの。そっちのISに対抗する手段、用意してないと思う?」
そこかしこから白煙を上げながら、それでも『ククルカン』は健在だった。
「絶縁コーティング、だな。と言っても一、二度防ぐのが精一杯の薄い物だろうが」
ISに絶縁性は無い……訳ではないが、精々並の家電より上程度。落雷の直撃など受けようものなら即アウトだ。それを防ぐ為の手段として薄い絶縁体を機体に貼り付ける、もしくは吹き付ける事で一時的に絶縁性を上げるのが『絶縁コーティング』だ。
これにより、ISは通常以上の絶縁性を発揮できる。ただし、熱に極端に弱いという弱点があり、その効力は長続きしないのだが。
「その通りよ。だから……こうするわ!」
「っ!?」
トリックを見破られたエイプリルだったが、余裕の笑みを崩す事なく私に向かって急速接近。私は近づかれまいと咄嗟に《
咄嗟の事で広範囲をカバーできず、私の目前1mで止まるエイプリル。私がこれが愚策だと気づいたのは、その直後だった。
「しまった、この距離では……!」
「そう。この距離じゃあ、二人共
ギギギ……
金属の軋む音にハッとそちらに目をやると、エイプリルの腕が少しづつこちらに伸びてきている。
《
「ブー。じ・か・ん・ぎ・れ♥」
キュウウウン……
気の抜けるような音と共に《世界》が強制解除され、エイプリルの腕が私の首を捕らえる。
「はい、捕まえた」
「ぐっ……!」
完全に失策だ。手をこまねいている間に取れる策を全て失ってしまった。自らを策士と謳っておきながら、これは余りに格好が付かんではないか。
「九十九を放せ!」
『
「じゃ、お二人さん。ちょっと動けなくなって貰うわね」
「シャル!槍を放−−「遅いわ。《ヴェネーノ・モルタ》、発動」ぐはっ!?」
「きゃあっ!」
全身に電気が走ったかのような衝撃と共に、『フェンリル』がその機能を著しく減衰。只の『くそ重い鉄塊』と化した。
エイプリルに手を離された私とシャルはそのまま地面へと落下した。
「くっ……駄目だ。機体の指一本も、満足に動かせん……!」
「だけじゃない。体も痺れて、言うことを聞いてくれない……!」
更には、ISを待機形態に戻そうとしてもそれが阻害されているのか、『フェンリル』を解除できない。それはシャルも同様のようだった。
「つくも、しゃるるん!」
私達が動けなくなって慌てたのか、こちらに飛んで来ようとする本音を「来るな!」と叫んで制す。
「っ!?」
驚いて、その場にピタリと止まる本音。その顔は今にも泣きそうな程に歪んでいる。
「来るな、本音。君までやられたら、それこそアウトだ」
「で、でも「布仏本音」……はい」
「君に託す。逃げるか、戦うか。君が決めて動け。……信じるぞ」
「……はいっ!」
私の言葉を受けて、覚悟を決めた表情になり、エイプリルを正面にして身構える本音。
初の本格的な実戦が同世代型の近接格闘特化のIS。おまけに相手は超一流、かつ油断も隙も無し。本音にとって、余りに不利な戦いが始まろうとしていた。……神よ、もし見ているのなら一命を賭して願い奉る。本音の力になってやってくれ。
♢
近付きたいエイプリルと遠ざけたい本音の戦いは、エイプリル有利で進んでいた。
暴風で吹き飛ばしても効果は数秒で、すぐに元の位置に戻ってくる。雷撃を放とうとすれば九十九の、あるいはシャルロットの側に行き本音の躊躇を誘う。そして、躊躇している間に自分に近づいてくるため慌てて離れる。これの繰り返しだった。
九十九からは「躊躇うな!私ごと撃て!」と言われたが、そんな事を本音が出来る筈もなく、結果として本音は完全に決め手を欠く事になってしまった。
「ふー……。飽きてきたわね、このやり取りも」
「はぁ……はぁ……」
一歩誤れば即撃墜。その緊張とプレッシャーは、本音の体力と精神力を消耗させていく。
普段の本音ならばとうに「もうダメ〜」と目を回して倒れているだろう。そうならないのは、偏に『自分が倒れたら九十九が攫われる』という恐怖心と『九十九の期待に応えたい』という使命感によるものだ。しかし−−
「あうっ……」
限界に近い肉体が休息を訴え、それが目眩という形で現れた。本音の意識が切れたその数瞬を、エイプリルは逃さない。
「終わりにしましょう、お嬢さん。大丈夫、彼の事は悪くしないから。……じゃあね」
こちらに掴みかかってくるエイプリルの手を、異常にゆっくりとなった視界で捉えながら、本音は思った。
(勝ちたい)
相手が超一流だろうと関係ない。何としても勝利したいと願った。
(勝たせたい)
自分の勝利は、即ち自分に自らの運命を託した九十九の勝利と言ってもいい。九十九に勝ったと伝えたいと願った。
(護りたい)
自分が倒れれば、九十九を護れる人はもうここには居ない。誰でもない、自分が九十九を助けたいと願った。
(だから……力を貸して!『プルウィルス』!)
自身の相棒に、想いの丈をぶつける本音。しかしてそれは『彼女』に届いた。
『告。当機とマスターのシンクロ率、及び経験値が一定値に到達しました。新機能『
(Yes!)
心中で力強く頷いた次の瞬間、これまでに見た事がない程の超巨大積乱雲が基地上空を覆った。
「行くよ、『プルウィルス』!」
『了。全力戦闘を開始します』
♢
突然現れた、日が差し込まないほどの分厚い黒雲。ゴロゴロと響く転雷の音が空気を、私達の体を震わせる。
「ねえ、九十九。これって……」
「ああ。恐らく本音と『プルウィルス』の新たな力が目覚めたんだろう」
あまりにいきなりの出来事だったからか、本音に伸ばしていた手すら止めて呆然とした表情を浮かべるエイプリル。
「行くよ、『プルウィルス』!」
『了。全力戦闘を開始します』
力強く発された本音の言葉に我に返ったエイプリルが、雷撃が来ると予測してか私達の前に陣取る。
「どう?これで貴女は攻撃できないでしょ?」
自慢げな表情を浮かべるエイプリル。私はもう一度本音に決意を促した。
「本音!今度こそ躊躇うな!私ごと撃てぇっ!」
私の言葉に対して本音が返したのは……満面の笑み。というか、ドヤ顔だった。
「大丈夫だよ〜、つくも。もう、そんな覚悟はしなくていいから~」
そして、そのドヤ顔のまま、本音はエイプリルにこう言い放った。
「ねえ、エイプリル。知ってた?神様ってね〜……
『『エル・トール』発動。マスターが敵性存在と認定した対象に、最大威力の雷撃を投射します』
ズガアアアアンッ!
特大の雷雲から放たれた豪雷は、エイプリルに狙い違わず突き刺さった。すぐ近くにいた私達を巻き込んで。
「きゃあああああっ!」
「ぐわあああっ!……あ?」
「うわあああっ!……って、あれ?」
変だな。私達は確かに本音の落とした特大の雷の直撃を受けた筈なのに、全く機体にダメージがない。いや、それどころか!
「機体が……動く?セルフチェック……
そう。それによって機体の状態が完全に《ヴェネーノ・モルタ》を受ける以前の状態まで回復しているのだ。それはシャルも同様のようで、不思議そうな顔をしながら起き上がった。
(まさか、『エル・トール』とは……敵味方識別可能の気象攻撃を行う能力なのか!?)
ハッとして本音に顔を向けると、あの子は「どう?凄いでしょ?」と言いたげな表情を浮かべながら私の横に並んだ。
「くっ……こんなトンデモ、有り得ないでしょ!?」
フラフラと立ち上がりながら、エイプリルが独りごちる。それに対して、私はある意味で『この世の真理』を彼女に説いた。
「そもそもIS自体がトンデモだろうよ。ましてラグナロク製の機体だぞ?トンデモでない方がおかしいとは思わんか?」
IS業界においてラグナロクはトンデモの宝庫とされ、『ラグナロクだから仕方無い』はある種の標語と化している、らしい。
「さて、形勢逆転だなエイプリル。さらなる逆転の手はあるか?」
「くっ……!」
その額に銃を突きつけながらエイプリルに問う。エイプリルは、悔しそうな顔で歯ぎしりをしながら私を睨みつけてくる。
と、そこへけたたましいサイレンの音と共に、白と黒のツートンカラーの『ラファール』が5機、編隊を組みながら現れた。
「ワシントンポリス、空中警ら部隊『ワイルドグース』か。遅い到着ではあるが、有り難い援軍だ」
「ちいっ!」
盛大な舌打ちをしながら、エイプリルが
エイプリルは取り出した手榴弾をその場に叩きつける。瞬間、大量のスモークが手榴弾から噴き出し、私達の視界を覆う。
「スモークグレネード!?」
「だけじゃない!レーダーチャフも混じってる!」
「なんにも見えないよ〜!」
「逃がす訳にはいかん!本音!吹き飛ばせ!」
「はい!」
指示に従い、スモークを突風で散らす本音。しかし、そこに既にエイプリルの姿は無く、かわりに1枚の走り書きされたメモが残っていた。拾い上げて何が書いてあるのかを見て、私は溜息を漏らすしかなかった。
「『
その後、『ワイルドグース』がエイプリルが逃げたと思われる方向へ追跡をしたが、彼女の姿を捉える事は結局無かったと言う。
私達は米空軍『オルカ』駐屯基地防衛に尽力したという事で、大統領から直々に感謝の言葉を述べられた。
食事にも誘われたが、これ以上時間を食うとIS学園の3学期開始に間に合わないからと丁重にお断りし(大統領はとても残念そうな顔をした)、観光どころか土産を買う時間すらなく、帰りのジェットに飛び乗った。
……最近、行く先々で騒動に巻き込まれている気がする。いつもの事と言えばそれまでだが、それにしたって多過ぎないか?
♢
1月7日、IS学園3学期開始当日。
「何とか、間に合ったな……。ああ、腹が減った」
「着いたのが今日の夜明け前だもんね……」
「スゴく……ねむいです〜……」
疲労と眠気と空腹でグッタリする私達に、クラスメイト達が労いの言葉とスナック菓子を寄こしてくれた。有り難いが、これを食べると却って腹が減りそうだ。
と、そんな事を考えていると教室の扉が開き、千冬さんと山田先生が入ってきた。私達の席の近くにいたクラスメイト達が一斉に自分の席に着いた。調教……もとい、教育が行き届いているな。
「諸君、お早う」
「「「おはようございます!」」」
「村雲、布仏、デュノア、戻ったか。向こうでも大変だったようだな」
「ええ。毎度お騒がせして、申し訳無く思います」
「ああ、本当にな」
『いい加減にしろよ、お前』と言わんばかりの溜息を漏らす千冬さん。その姿に私は恐縮しきりだ。
「んんっ。さて、今日はお前達に新任の講師を紹介する。……入って来い」
千冬さんが扉に向かってそう言うと、再び扉が開いた。そこから姿を現したのは、
「今日からISの実技担当講師としてこの学園で教鞭を執る……」
「スコール・ミューゼルよ、よろしくね」
「オータム・ミューゼルだ」
数秒、しんと静まり返る教室。直後−−
「「「……はあああああああああっ⁉」」」
一年専用機持ち組全員の絶叫が響き渡った。どうやら騒動は、向こうの方からやってくるらしい。
私は、久々に自称
次回予告
スコールの登場により、混迷の度合いを増すIS学園。
そんな中、とある王国の姫君が留学にやってくる。
それは、終わりの始まりの引金か、それとも……
次回「転生者の打算的日常」
#90 第七王女、来日
決めた!お主、わらわの世話係をせい!
……はい?