♢
「君を、我がアメリカ空軍、IS配備特務部隊『オルカ』に迎え入れたい!どうかね!?」
「「「……はい?」」」
目の前の老人、現アメリカ大統領レオナルド・タロットの突然の申し出に、私達は揃ってポカンとしてしまった。が、そんな間にも大統領の話は進む。
「君には『オルカ』副隊長の地位と少佐の階級を与えよう。なに、すぐに来いとは言わん。君がIS学園を卒業してからでいい」
「いや、ちょっと……」
「我が軍のISパイロットは揃いも揃って基本脳筋でな。『敵なんて、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばせば良いんだよ』と宣うような連中ばかりだ。そこで、君の戦術眼と智謀、そして勝利の為に手段を選ばない狡猾さを、俺は切実に欲しているんだ!」
「だから……」
「勿論、福利厚生は充実させるぞ!過重労働など決してさせんし、ボーナスだって出す!なんなら住居だって最高クラスの物を用意しよう!どうかね!?」
ズイ、と顔を近付けてくる大統領。この人、こっちの話聞く気無くないか?
「いえ、ですから……」
「何か問題か?……ああそうか!将来部下になる連中がどんな奴等か気になるんだな!?よかろう、奴等の駐屯基地はここからそう遠くない。俺直々に案内しようじゃあないか!おい、車を回せ!」
「しかし大統領、この後ディノ国務総長との会議が「アレックスには明日にしろと伝えろ!急げ!」……かしこまりました」
大統領の剣幕に押され、渋々ながら車の手配をしに部屋を出る案内役の人。あの人も苦労が絶えないんだろうなぁ。お気持ち、お察しします。
♢
大統領の強引な主導により、私達は米空軍IS配備特務部隊『オルカ』の駐屯基地に連れて来られた。
「よう、少将!久し振りだな!」
「大統領!?ご連絡頂ければお出迎え致しましたのに!」
気さくに手を挙げる大統領に、驚きの表情を見せる『少将』と呼ばれた老年女性。驚く彼女に大統領は笑いながら言った。
「サプライズというのは、言わないからこそ効果がある。そうだろう?少将」
「時と場合によりますわ大統領。そして、今回のこれは『サプライズ』ではなく『迷惑なドッキリ』です。お分かりですか?」
「……ハイ、スミマセン」
少将にピシャリと言われ、若干ヘコむ大統領。一国の大統領と軍の少将という間柄なのに、その間には気負いや遠慮がない。恐らく、プライベートでは親しい関係なのだろう。
「紹介しよう。この基地の長で『オルカ』司令官の……」
「ミネルヴァ・マクゴナガル少将です。お会い出来て光栄ですわ、村雲九十九さん」
「は、はい。こちらこそ」
一分の隙も無いビシッとした敬礼に、思わず敬礼で返してしまった私に、ミネルヴァ少将は苦笑を浮かべた。
「あらあら、緊張させてしまったかしら?」
「君は昔から自然と人を緊張させる空気を纏っているからなぁ。ほら、なんといったっけ?君の一番弟子の……」
「グレンジャー退役中佐ですか?」
「そう、その娘だ。俺の前では言い難い事をズバズバ言ってくる勝気な娘だったが、君の前ではまるで借りてきた猫のように大人しかった。そう言えば何時だったか……「タロット大統領、ご用件は?」っと、失礼。いらん事を言う所だった。実は……」
ーー大統領説明中ーー
「と、いう訳だ」
「……はぁ〜〜」
大統領の説明に深い、それは深い溜息をつくミネルヴァ少将。しばし頭を抱えていたかと思うと、キッと大統領を睨みつけた。その鋭い眼光に、大統領の足が一歩下がった。
「大統領……いえ、レオ。私は貴方に常に言っていた筈ですね?あまり強引に物事を運ぶなと」
「いや、しかしだなミネット……」
「しかしもかかしもありません!まったく……彼の了承も殆ど得ぬまま、半ば無理矢理に事を運ぼうなど……一国の長として恥を知りなさい!レオナルド・タロット!」
「ハイ!スンマセン!」
「謝罪は私にではありません!」
「ハイ!村雲九十九くん!強引に事を運ぼうとして、どうもスンマセンした!」
少将に叱られて、即座に私に深々と頭を下げる大統領。
……何となく見えた。多分この二人幼馴染で、ヤンチャな大統領の手綱をしっかり者の少将が握っていた。という感じなんだろう。なんなら、今でもそうなのだ。
「いや、まあ、アメリカ空軍の特務部隊がどんな感じなのかは知っておきたい所でしたし、良い機会だと思わせて貰います。副隊長着任に関しては、私がラグナロク・コーポレーションの企業代表候補生序列一位の身の上ゆえ、お引受けできかねますが」
「だそうですよ、レオ。人の頭越しにものを進めようとするのは貴方の悪い癖です。少しは改めなさい」
「むう……」
少将に叱られてすっかりヘコんでしまった大統領。何となく背中が煤けているような気がする。
「だ、だが、折角連れてきたんだ。ミネ「大統領?」……少将、彼にこの基地の見学許可を出してやってくれんか?」
「……いいでしょう。大統領閣下のお願いとあっては、無碍にはできません。みなさん、こちらへどうぞ」
まるで夫婦のような(後で聞いたら、本当に一時期夫婦だった)やり取りの後、私達はこの基地の見学をさせて貰える事が決定した。さて、大統領をして『脳筋集団』と謳う『オルカ』の隊員達とは、一体どういう人達なのだろう?
♢
「−−という訳で、村雲九十九さん、布仏本音さん、シャルロット・デュノアさんが当基地の見学にやって参りました。みなさん、くれぐれも粗相のないように」
「「「Yes mom!」」」
ミネルヴァ少将の召集命令に、3分と掛らず『オルカ』の隊員達が格納庫に集合した。といっても、部隊員は全部で10名程とそれ程多くは無い。全員がISスーツを身に着けている事から、訓練の直前だったか、最中だったか、あるいは丁度終わった所か。
大半の人の目は好奇、興味で彩られているが、一部の人の目つきが剣呑だ。特に右端の、頬傷のある怖い目つきの女性からの好戦的な視線が滅茶苦茶怖い。他の人達も大なり小なり似たような雰囲気を放っているのが何とも言えず不安な気分にさせる。
「彼らはあくまで見学に来たのです。決して……いいですか?決して喧嘩を売るような真似はせぬように。特にザラキ曹長、貴女です」
「……チッ」
名指しされて、はっきり聞こえる程の舌打ちをしてそっぽを向く頬傷の女性……ザラキ曹長。
え、やってるの?名指しで注意受けるくらいそういう事やってるの?よく除隊にならないなこの人。
「では、私は通常業務がありますのでこれで。村雲さん、布仏さん、デュノアさん。この見学が有意義なものになる事を願っております」
ピシッと敬礼をして、少将は格納庫から出て行った。途端、私の周りに隊員達が集まった。
「アンタが『
ボビー店長並に上背のある大柄な女性がそう言えば。
「姐さんに比べたら大抵の男はチビでしょ?」
箒と同じくらいの身長の女性がそれにツッコみ。
「ウ~ン……顔70点、体85点ってとこかしら。一応合格。けど、もう少し筋肉付けた方がいいわね」
釣り目にポニーテールの女性がいきなり私を採点しだしたと思えば。
「そう?この子きっと『脱いだらスゴイ』タイプよ?ほら、腕とか結構カチカチだし」
溢れる色気を隠そうともしない蠱惑的な女性が、私の腕やら肩やらに触れながら反論する。
「不思議な光を宿した眼……苦難に晒される運命を、貴方から感じるわ」
ミステリアスな雰囲気の
「実際そうでしょ。この1年足らずでどんだけ事件に巻き込まれてんのよ、コイツってかコイツら」
一際小柄なショートボブの女性が呆れ気味に呟く。
「ねえねえ、一緒にいる女の子達って君の恋人だったりする?違うなら頂戴!」
何処か好色的なオーラを感じる、セミロングヘアの女性が質問すると。
「ここに連れて来てるって時点で特別な関係の人に決まってるでしょ!手を出そうとしない!」
委員長っぽい感じの眼鏡を掛けた女性が怒鳴りつける。
「エイト、どうどう。司令が言ってたでしょ?喧嘩を売るのは駄目って」
「離せ、コラ!オイ!村雲九十九!オレと勝負しろ!」
「だから駄目だって!」
そして、私に突っ掛かって来ようとするザラキ曹長を羽交い締めして押し留めるサイドテールの女性。
……いや、そんな一気に来られても対応に困るんだが。だがこの状況、ちょっと良い気持ちだ。
「貴女達、村雲くんが困ってるわよ。ちょっと落ち着きなさい」
そこへ、別の誰かの皆を諌める声が響いた。……ん?今の声、何処かで聞き覚えが……。
「ハーイ、村雲くん。お久しぶり。
現れたのは、鮮やかな金髪が目に眩しい、カジュアルスーツ姿の女性。
「ええ、覚えています。一別以来ですね。米国代表候補生序列一位、『
私の答えに、満足げな笑みを浮かべるナターシャさん。あの時は呆然としてしっかり顔を見る事ができなかったが、こうして見るとやはりとても美し−−
ギュッ!×2
「痛い!分かった、見惚れたのは謝る!謝るから手の甲を抓らないでくれ!」
「「む~、む~む~!」」
「え?そっちもだけど、沢山の女性に囲まれて鼻の下伸ばしてたでしょって?そ、そんな事はな(ギリッ×2)あーっ!すみませんありました!ごめんなさい!ホントごめんなさい!」
シャルと本音の怒りの手の甲抓りを受けて悶える私を、ポカンとした顔で見ている『オルカ』メンバー。
「え?待って。今あの二人「む~」しか言ってなかったわよね?何でなんて言ったか分かるの?」
「そこはほら、愛の力……的な?」
「説明になってなくない?」
「他に説明の仕方、ある?」
「無い……わねぇ」
「勝負!勝負!」
「だーから駄目って言ってるでしょ!」
周りの様子を全く意に介していないのか、ザラキ曹長は未だに私に食ってかかろうとしていた。そんな曹長に、ナターシャさんが近づいて含めるように言った。
「エイト、司令も言ってたでしょ?今日の彼らはお客様なの。丁重にもてなすのが私達のやる事よ」
「へっ、んな事知るかよ!オレはアイツと斬り合いてぇって「エイト」……ちっ、わーったよ」
ナターシャさんの言葉を一度は無視しようとしたザラキ曹長だったが、低い声で凄まれた事で一旦矛を収めた。ただ、敵意の篭った目でこちらを睨むのは止めなかった。
「さ、エイトも大人しくなった事だし、行きましょうか。まずは医務−−」
「ナターシャさん、医務室と女子更衣室と無人の会議室とトレーニングマシーン倉庫の案内は結構ですので」
「……ちぇー」
妙な予感がしてナターシャさんに先んじてそう言うと、ナターシャさんは露骨にいじけたような顔になった。案内する気だったな?この人。
♢
「ここが作戦司令室よ」
案内されたのはこの基地の要である作戦司令室。そこでは、軍服に身を包んだ人達が忙しなく動き回っている。流石に忙しそうなので、ここはチラッと見るだけに留めて次の場所へ行く事にした。
「ここが工廟よ」
次に案内されたのは工廟。そこでは、ISの周りにツナギ姿の整備士が集まり、白熱した議論を行っていた。
「ここは機動性の強化を優先すべきっすよ」
「いや、装甲の強度を上げて、多少の被弾をものともせんようにすべきだ」
「ダメージを受ける前提の機体作りはもう古いんすよ!時代は『
「いいや!いつの時代も『
ただ、その議論は何処ぞの『版権アニメのクロスオーバーシュミレーションRPG』における機動兵器の区分の事でも言っているかのような、ある意味極端な思考同士のぶつかり合いだったが。あのゲーム、本格的な海外進出ってつい最近だったと思うんだが……。
「次、行きましょうか」
「あ、はい」
割って入るのも躊躇われたので、私達は次の場所へ向かった。
「ここが兵舎よ。殆どの隊員がここで生活をしているわ」
次に案内されたのは、5階建ての大きなアパートが連なる団地だった。ナターシャさんによると、ここは独身者用の兵舎で、妻帯者はこの基地近くの住宅街の一軒家(借家。退役時に返却必須)で生活しているのだそうだ。
「一応守秘義務があるから中は案内できないけど、結構広くて快適よ。すぐ近くに隊員専用のモールもあるし、アミューズメントパークだってあるのよ」
「「へー」」
「福利厚生はしっかりしている、という事か」
「ええ。ただ……」
パンッ!パンッパンッ!
「「「銃声っ!?」」」
「たまーに喧嘩が本気の撃ち合いに発展したりするから、割と危険だけど」
「血の気多いな!?流石アメリカ!」
「最後に、ここが訓練場よ……で、何してるのエイト」
最後に案内されたのはこの基地のIS訓練場。そこには、血のように真っ赤な色の『ラファール』を身に着けたザラキ曹長が、身の丈程もある大斧を肩に担ぎ、殺気を漲らせて立っていた。
「言ったろ、大尉。オレはコイツと斬り合いてえってよ。村雲、オメエ『飼ってる』だろ?」
「何をですか?ザラキ曹長」
問い返すと、ザラキ曹長は担いでいた斧を私に向け、こう言った。
「とぼけんじゃねえよ、オメエの目の奥から『獣』の気配がすんだ。オレとおんなじ『獣』の気配がよ」
「見間違えでは?私は不必要な戦いは寧ろ厭う。誰彼構わず牙を向く事はしない」
「……んだよ、ただの腰抜けか。こんなのを旦那にしようっていうそこの二人は、よっぽどの尻軽なんだろうな!」
『冷静な私』は、これがザラキ曹長の明らかな挑発だと理解する。しかし、『激情家の私』がその言い分にカチンと来た。
「……ザラキ曹長、私の女が、何ですって?」
「っ……!いいねぇ。いい顔すんじゃねえか」
「今の台詞、取り消して頂きたい」
「イヤだね、取り消して欲しけりゃ……力づくで来いよ!」
「いいでしょう、こちらも貴女に敵意を向けられ続けて少々苛ついていた所だ。挑発に乗りますよ。始めるぞ『フェンリル』」
キンッ!
「ザラキ曹長、とくと見て行くといい。私、村雲九十九と『フェンリル・ルプスレクス』の手にした、王たる者の力を」
「はっ、上等!」
『フェンリル』を纏ったと同時に、斧を振りかぶって突貫してくる曹長。
「シャル、本音、ナターシャさん。下がって」
「「うん、気をつけてね」」
「あのおバカ……!後で説教よ!」
私に言われて、慌ててピットの方へ下がる3人。ナターシャさんは怒りと呆れが入り混じった声で叫んだ。
「オラァッ!」
「《
呟きと共に装甲が展開し、全身から薄桃色の光が漏れる。
全力で振り下ろされる大斧をぎりぎりまで引きつけて躱すと同時に、ガラ空きの脇腹に向けて拳を放つ。挙動に合わせて撃ち出された不可視の砲弾が、曹長のボディに突き刺さる−−筈だった。
「ふんぬっ!」
「なっ!?」
なんと、曹長は大斧を支えにその場で片手逆立ちをして《神竜》の一撃を回避。同時に高角度の打ち下ろし蹴りを見舞ってきた。
「そらよ!」
「なんとぉっ!」
もっとも、無理のある姿勢から放った蹴りだったため、ある程度余裕を持って回避できた。曹長は逆立ちの姿勢のままスラスターを吹かして、私は後ろに引いた勢いそのまま、互いに距離を取る。
「あっぶねえ……オメエ、そんな技持ってたのかよ」
体勢を立て直した曹長が、冷汗を拭うような仕草をしながら話しかけてきたのでそれに答える。
「《神竜》、拳打脚撃に合わせて不可視の衝撃弾を放つ。という能力だ。初見で躱したのは貴女が初めてだがな」
「はっ、そいつは光栄だ……な!」
大斧を担いで再び突貫してくる曹長。他に武器を出す様子も、突貫以外の戦法を取る様子もない。まさかと思いながらナターシャさんに視線を向けると、彼女はコクリと頷いて解説を始めた。
「米国空軍特務部隊『オルカ』所属の突撃兵で、アメリカ代表候補生序列十位『
「あ、やっぱりそうです「オラァッ!」かあっと!」
ナターシャさんの解説に何となく納得しつつ、首狙いの横薙ぎをすんでで躱し、もう一度距離を取る。
「ちょっと待て!貴女、私を殺す気か!?」
「安心しろ。
「いや、そうだけども!」
「それより、そっちも斬り掛かって来いや。やってやられてが戦いだろうが!オラ、来いよ!」
大斧を肩に担ぎ直して、左手で『C'mon』とジェスチャーする曹長。
「それじゃあ、遠慮なく……と言うとでも!?《
曹長に右手で指鉄砲を向けると共に、装甲から漏れる光が薄桃色から橙へと変える。瞬間、膨大な熱量を持った熱線が放たれた。
「ぬおっ!?」
不意をつかれた曹長は咄嗟に大斧で防御を行ったが、それでも大きく吹き飛ばされる。
「テメエ!飛び道具を使うとか、それでも男かこらぁ!」
「何とでも言え!私は本来ガンファイターなんだよ!接近戦は比較的不得手なんだ!」
憤る曹長に反論しつつ、低出力の《火神》を連射する。相手は接近戦以外に取れる戦術がない。なら、
「ぐっ、この……鬱陶しいんだよぉ!」
ちまちました私の攻撃に苛ついたのか、曹長が防御を捨てて突っ込んできた。
「そう来ると思っていた!」
それに対し、私は《火神》を撃つのを止めて右手を突き出す。同時に装甲から漏れる光を黒へと変える。
「《
漆黒の光が溢れると共に、曹長の突撃がピタリと止まる。
「この感じ……AICだと!?何でテメエが!?」
「『フェンリル・ルプスレクス』の
言いながら、下げた左腕装甲の光を漆黒から純白へと変える。光は手元で収束し、片手剣の形を取った。
「マジ……かよ、それ……」
「『フェンリル』流《零落白夜》、《
敗北を悟り、悔しそうな顔をする曹長に止めの一撃を食らわせようと振りかぶった瞬間、事態は急変した。
BEEP!BEEP!BEEP!
「「!?」」
突如として鳴り響く警報音。観戦していた他の『オルカ』メンバーの表情が厳しいものになる。
『当基地の南南西より、友軍登録の無いISが急速接近中!『オルカ』メンバーは総員出撃せよ!』
「なっ!?」
その放送に私は絶句した。一体どこのトチ狂った馬鹿が
(いや、考えるのは後だ)
近づいて来ている敵に対応すべく、私は即座に曹長を拘束していた《ディ・ヴェルト》を解除。自由になった曹長は、そのまま敵機がいる方向にすっ飛んで行った。
「ちょ、待った曹長!敵の情報も何も無しに突っ込むなんて無謀が−−」
「るせぇ!どこの誰だろうが、まっすぐ行ってぶっ飛ばしゃ終いだろうが!」
私の静止も聞かず、曹長は大斧を振りかぶって突っ込んで行き−−
「ぐああああっ!」
すれ違いざまに大斧を躱した敵が何かをしたと同時に、曹長は断末魔の叫びを上げて堕ちていった。
曹長を瞬殺した敵は、曹長に一瞥もくれず真っ直ぐにこちらに向かってくる。その姿を見て、私はまたかよと思った。
アナコンダを思わせる斑模様の装甲と、両腕の蛇の頭を模したナックルガード。頭部のバイザーはキングコブラのように幅広で、どこか威圧的だ。
そう、やって来た敵とは、数ヶ月前に
「はーい、村雲九十九くん。ちょっと攫いに来たわよ」
「エイプリル……!」
シレッと自分の目的……私の誘拐を宣言するエイプリルに、私は頭を抱え、思わず叫んだ。
「ああもう!最近巻き込まれすぎだろ、私!?」
その叫びは、アメリカの腹が立つ程青い空に虚しく吸い込まれた。
次回予告
鯱達は蛇神の毒に倒れ、九十九達は苦戦を余儀なくされる。
勝ちたい、勝たせたい、護りたい。
無垢なる少女の願いが、雨を齎す神の新たな力を呼び覚ます。
次回「転生者の打算的日常」
#89 雷神覚醒
行こう!『プルウィルス』!
了。全力戦闘を開始します。